第百六十一話〜第百七十話

第百六十一話「朝」

「ほれほれ!  早く起きぬか!  食事の準備が出来ておるぞ!」
  まだ眠たいというのに、ディト爺の声が聞こえて来る。
  もうちょっとぐらい眠らせてくせてもいいだろ……。
  心の中でそう呟くと、ディト爺の声を無視して再び眠りに就こうとした。
「ふふふ、どうしても起きぬというのなら……。ふふふ、今がチャンスじゃな……。
さあ、愛しのトラップ、爺チャンの腕の中で──」
「止めやがれぇぇぇぇぇぇ!」
  刹那、一瞬にして飛び起きると、ディト爺の姿を発見すると同時に蹴り飛ばした。
「ったく、ゆっくり眠らせてくれてもいいじゃねぇか……」
  そう呟くと、完全に目が覚めたからテントから出て行く事にした。ディト爺は既
に外で食事をとっていた。
  さっき蹴り飛ばされたっていうのに、相変わらず無傷で、更には平然と食べてい
た。
  いつもの事かと思いつつディト爺の近くで座ると、ディト爺は暖かいスープの入っ
たカップを渡した。それを受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。
「そうだ、まだ正式な自己紹介がまだだったな」
  突然ディルクが俺に向かってそう言った。そして、ディルクは地面に置いていた
大きな剣を持ち上げて剣に掲げた。
「こいつはライディアスって言う大剣だ。重さは十五キロあって、長さは百六十セ
ンチだ。こいつの御陰で何度も命を救われている。俺の相棒だ」
  すると、ディルクの隣でスープを飲んでいたスレイブが頬を膨らましてディルク
の肩を叩く。
「ぶ〜!  僕が相棒です〜!」
  そんなスレイブを見て、ディルクは薄く笑んでスレイブの頭を軽く撫ぜた。
「そうだな、俺の相棒はお前だな」
  そしてディルクは大きな剣を地面に置くと、ポケットから草を取り出した。
「まあ、こんな大きな剣を使っている俺だが、これでも薬屋の息子だったんだぜ。
退屈な日々が嫌になって、親父の様な城で働く立派な兵士になりたくって旅に出た
んだ。まあ、それでも薬屋で働いていた事もあって、薬草の調合については詳しい
から、怪我でもしたら俺に言ってくれ」
  すると、ディルクは地面に置いていたカップを手に取った。
「さ、お前の自己紹介をしてくれ」
  そう言われて、俺は冒険者カードを取り出して、それをディルクに見せた。
「俺は、トラップ。職業は盗賊だ。まだまだレベルは低いが、よろしく頼むぜ」
  ディルクは冒険者カードを手にとってジロジロと見ると、カードをすぐに俺に返
した。
「そうか、冒険者だったのか……」
  そんな意味ありげな言葉を呟くと、俺に手を差し伸べた。
「こっちこそ頼んだぜ!」
  ディルクは少しだけ笑みながらそう言って、俺が差し伸べた手を握ると、にっと
笑った。
「ふむ、肉を食べんのか?  食べないのなら爺チャンが食べるぞ」
  と、横でディト爺がそう言ったので、すぐに横を向いてディト爺の手に握られた
肉を奪い取って食べた。
「ふふふ、爺チャンと間接キス……」
「マジだったら殴り飛ばすぞこらぁぁぁぁぁぁ!」
  刹那、ディト爺を殴り飛ばした。殴り飛ばされたディト爺は、テントの中まで飛
んで行った。だが、すぐにディト爺がテントの中から出て来ると、俺に近付いて来
た。
「朝から激しくて、か、い、か、ん!」
「だったら消え失せろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
  すぐにディト爺を殴り飛ばすと、ディト爺はまたしてもテントの中に飛んで行く。
  俺は肉に食べた跡がない事を確認すると、その肉を食べ始めた。
「ったく、朝から疲れさせやがって……」
  大きくため息をつきながら肉を食べていると、俺の真正面にあった大きな木が大
きく歪み出し、それまであった木は変えて小さくなっていきやがった。
  ディルクはすぐに立ち上がって、地面に置いていた大きな剣を振り上げる。
  くっ、今度は何が来るんだ!?

第百六十二話「再び」

  突然、俺の正面にあった木が歪み、どんどん形を変えていきやがる。そして、木
は人の形へと変わっていった。
「ふむ、また来おったか……。そんなに会いたいのか?」
  ディト爺がテントの中からそう言いながら出て来る。
  人の形へと変わっていったそれは、あの仮面を付けたあのディト爺の弟になりや
がった。
  黒いローブに身を包み、相変わらず不気味な奴だ。仮面も不気味だな。本当にディ
ト爺の弟か?
  そんな事を思っていると、そいつはテントから出て来たディト爺の方を向かず、
俺達の方を見る。
「まだ君達に私の名前を名乗っていなかったな……」
  そんな事を言って、そいつはゆっくりとお辞儀をした。
「私の名は、リオス・エルタジェム……」
  そいつ──リオスは自分の名を言うと、ディト爺の方を向いた。ディト爺はリオ
スを睨み付ける様にして見て、杖に手を掛けて剣技の構えをしていた。ディト爺の
怒りに満ちた目は、今まで見た事が無いぐらいに怖く見えた。
「……お主に、その名を語る権利はない!」
  刹那、ディト爺が怒りに満ちた声を上げた。
「斗菟剣技・邪陣!」
  刹那、ディト爺の杖から漆黒い刃が放たれた。その漆黒の刃は、ディト爺の怒り
その物に見えた。
  だが、漆黒の刃はリオスの体に当たったものの、そのまま通り抜けてリオスの後
ろの方にあった木に直撃した。木は漆黒の刃が直撃した個所から徐々に黒くなって
いき、やがてはそれまで緑色だった木はその色を黒色へと変えていった。
  リオスはその木の方をちらりと見ると、すぐにディト爺の方を見た。
「ふ……。邪悪な力も持ちながら、それでも正義を貫くか?」
「正義じゃと?  ふざけるでない!  儂は正義を貫いているつもりはないわい!  
ただ、邪悪に魅了されたお主を止めようとしている、それだけじゃ!」
「邪悪な存在と融合をしてまでも力を求めた者の言えたセリフか……」
  リオスはそう言ってディト爺に一歩だけ近付く。それでもディト爺は全く動じず、
リオスを睨み付けていた。
  一体、どういう事なんだ?  ディト爺が邪悪な存在と融合した?  じゃあ、ディ
ト爺は人間じゃねぇって事なのか?
  色々な疑問を抱きつつ、俺は二人を見ていた。

第百六十三話「出発」

  リオスとディト爺はお互いを睨み合う様にしていやがる。ディト爺は一歩も引き
下がること無く、リオスを睨み付けている。
「そうそう、私がディトルムの作ったゴーレムを、真似して作成したあのゴーレム
を倒したそうだな……。あのゴーレムを倒せるとは思わなかったがな……」
  リオスがそう言うと、ディト爺は一瞬笑った。
「ふん、所詮は真似をして作った物。弱点は同じという事じゃ」
  すると、リオスの姿は少しずつ薄くなっていき、何も無い空間に溶け込んでいく
ように消えていく。
「……生きていれば、我が塔で会おう!」
  消えゆくリオスはそう言うと、とうとう完全に姿を消してしまった。後に残った
のは、さっきまでリオスがいた場所に落ちていた一本の鍵だけだった。その鍵は、
金色に輝き、何やら不気味な輝きを放つ紫水晶が取り付けられていた。
  ディト爺はその鍵を拾い上げると、その鍵をぐっと握り締めた。
「リオス……」
  全く動かず見ていた俺は、ようやく呪縛から解放されてディト爺の元へと少しだ
け歩み寄った。それは、ディルクとスレイブも同様だった。
  全員がディト爺に近付くと、ディト爺は握っていた鍵をポケットに入れ、顔を上
げて無理に明るい表情をした。
「さ、さて、先を急ぐかの!  今日の昼までにコーベニアに到着して、それから船
のチケットを買わなくてはいけないわい」
「そうだな……。一刻も早く船に乗って、リオスを止めないといけねぇな」
  俺は色々と聞きたい事があったが、あえて何も聞かずにそう答えた。
  辛い思いをしているディト爺に、あれこれと聞くのはかわいそうだな……。
「じゃ〜、テントを折り畳んで早速出発です〜!」
  スレイブがジャンプしながらそう言うと、俺達は早速出発する事にした。
  テントを折り畳み、ディト爺の袋に入れると、ようやく出発となった。
  先に俺が少し歩いて街道に出ると、空を見上げて太陽の位置を確認した。太陽は
それほど高い位置にはなく、昼までには十分時間があると思われた。
  全員が街道に出て来ると、早速街道を歩き始めた。
  街道を歩いていると、途中で色々な人とすれ違った。何やら楽しそうな話をしな
がら歩いている冒険者らしき者達、何台かの馬車、急いだ様子で街道を走る者、何
やら落ち込んだ様子で寂しそうに一人で歩いている者……。
  そして街道を歩き続けること半日、何事もなくコーベニアに着いたのだった。

第百六十四話「コーベニア」

  コーベニアに着いた俺達は、まず二手に分かれる事にした。一方は明日の船のチ
ケットを買う事に、そしてもう一方は今夜の宿の予約をする事にした。
  話し合いの結果、俺とディト爺は宿の予約をする事に、ディルクとスレイブは船
のチケットを買う事となった。
  ディルク達との待ち合わせの場所は、街のすぐ外で、時刻は今から二時間後とい
う事にした。幸い、ディト爺は自作の時計を二つも持っていて、一つをディルクに
渡して、時間を確認してから街の中へは入って行った。
  先に街に入って行った俺とディト爺は、さっそく宿を探しに行く事になった。
「な、まずはどの辺りから探すんだ?」
  俺が歩きながらディト爺に尋ねると、ディト爺は辺りを見回した。
「ふむ、そうじゃな……。なるべく安い宿の方がいいじゃろう。奴の追手が夜襲を
仕掛けて来ると思われるわい。高い宿じゃと、戦いをした場合は色々と物を壊すと
金が掛かるわい」
  それもそうだな。もし、また物凄いゴーレムがやって来たら、大変な事になっち
まうだろうしな。
  俺達は、中心から出来るだけ離れた場所で宿を探す事にした。
  何しろ、中心となれば人の集まりも良く、繁盛している店が多い。その為、繁盛
した店は自然と大きくなっていくもんだ。出来るだけ大きな宿は避け、小さな宿を
見付ける為にもどうしても街の中心を避ける必要があった。
  街の中心から離れた場所にある宿を探す為、まずは街の外れに行く事にした。出
来るだけ人通りの少ない道を見付け、そこを通って宿を探す事に専念した。
  そして、探し始めて三十分が経過した頃だった。
「お!  ここ、宿屋じゃねぇか?」
  俺が発見したのは、街の外れにある小さな宿屋だった。
  入り口の扉の上の方には看板がぶら下がっていて、『ラダリオの宿』と書かれて
いた。宿の扉を見たところ、使っている木の材質が少し悪いのか、それとも設計士
が悪かったのか、壁との間に少しだけ小さな隙間が空いていた。だが、結構奇麗に
掃除されていて、扉は殆ど汚れてはいなかった。
「ふむ、良いところではないか……」
  ディト爺が呟く様に言うと同時に、宿の扉が小さな悲鳴の様な音を立てて開かれ
た。
「おや、あんた達、何か用かい?」
  開かれた扉の奥から出て来たのは、人の良さそうな女だった。年齢は三十代といっ
たところか。
  すぐにディト爺が軽く礼をすると、
「儂らはここに泊まりたくて来たのじゃよ」
  と言った。
「おやおや、お客さんかい。そうかい、それなら早く中に入るといいよ。お客さん
ならいつでも歓迎だからね」
  と、その人は言って、宿の中へと入って行く。それに続く様にしてディト爺が入っ
て行き、その後に俺が入って行った。

第百六十五話「キットン」

  宿の中に入った俺とディト爺は、女に連れられて一つの部屋に案内された。その
部屋はこの安そうな宿にしては奇麗な部屋で、キチンと掃除がされていた。窓も磨
かれていて、外に映る路地の風景が良く見える。ベッドは二つあった。
  俺とディト爺だけが寝る場所ならいいだろうけど、ディルクとスレイブもいるし
な……。
「どうだい?  この部屋なんかいいんじゃないかい?」
  女がそう言うと、ディト爺はゆっくりとうなずいた。
「ふむ、そうじゃな。この部屋に泊まるとするかの……。じゃが、まだ連れがいて
の、あと二人いるのじゃよ。その者達の部屋もないかの?」
「ああ、それなら正面の部屋にお連れさんの部屋にしたらどうだい?」
  女はそう言って部屋から出て行くと、俺達も続いて部屋から出て行く。すると、
女はこの部屋を出てすぐ正面にあった扉の前に立っていた。
  女は俺達が出て来るの見て、すぐにその扉を開けた。すると、その扉の奥には同
じく奇麗に掃除されている部屋があった。
  まあ、これなら大丈夫だろうな……。
  俺がそう思って部屋の中を見回した。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!  トラップじゃないですかぁぁぁぁ!」
  その聞き覚えのある声を聞いてすぐに振り返ると、そこにはボサボサ頭の男、キッ
トンが立っていやがった。
  おいおい、なんでこんな所にいやがるんだよ……。
「どうして急にいなくなったんですか!  皆さん心配していましたよ」
  その五月蝿い声を聞いて、俺は大きくため息をついた。
「まあまあ、そこの方、ここは落ち着いてこれでも見るのじゃよ」
  突然、ディト爺はポケットから小さな青い玉を取り出すと、それをキットンの顔
に近付けた。
「リィム!」
  ディト爺がそう言った刹那、青い玉が青白い輝きを放った。すると、キットンは
突然倒れてしまった。
「ちょっと、この人どうなったんだい!?」
「お、おい!  キットンに何しやがったんだ!?」
  すぐに俺がディト爺に詰め寄ると、ディト爺はにやりと笑った。
「ふふふ、大丈夫じゃよ。単に眠らせただけの事じゃよ。……しかし、ここには泊
まれぬな。お主は仲間とは会いたくはないのじゃろ?」
「ああ……」
  俺がそう言うと、ディト爺は女に軽く礼をした。
「ふむ、すまぬな。ところで、この者はこの宿に泊まっておるのか?」
  ディト爺が尋ねると、女はゆっくりとうなずいた。
「そうだよ……。でも、この人のお連れさんもいたよ」
  それを聞いて、ディト爺はゆっくりとした歩調で廊下を歩いて行く。それに続い
て俺も廊下を歩いて行く。
「ちょ、ちょっと!  この人は大丈夫なのかい!?」
  後ろから女の声が聞こえて来ると、ディト爺は足を止めて女の方を向いた。
「ふむ、十分も経てば目が覚めるはずじゃ」
  そう言うと、すぐにディト爺は歩き出した。
  この宿を出るまでに会わない事を祈るか……。
  そんな事を思いながら俺は宿の外へ足早に向かった。

第百六十六話「大群、再び」

  誰にも出会わない様に、俺は出来るだけ早足で宿を出ようとしていた。
  途中、ディト爺はトイレに行くと言って、宿の何処かへと消えてしまった。
  まあ、宿の外には行きはしねぇだろうから、外に出たらディト爺でも待っている
か……。
  しばらく廊下を歩いていると、ようやく玄関が見えて来た。
  辺りには誰もおらず、何とか誰にも見付からずに出る事が出来そうだ。
  ようやく安心出来たから、俺はすぐに扉に向かって走った。が、その扉がゆっく
りと開かれて、外から見覚えのある姿が……。
「ト、トラップ!?  どうしてこんな所にいるんだ!?」
  それは、青いマントに背の高い男──クレイだった。
  俺はすぐに苦笑いして足を止めると、今度はゆっくりと後退を始めた。
  ちっ、なんでこんなタイミングの悪い時に来やがるんだよ……。ディト爺がいて
くれたら発明品で何とかしてくれるだろうが、今はトイレに行っていてどうしよう
もねぇな……。
  クレイは扉を開けたまま、俺に近付いてくる。表情は怒っている様に見える。
  ったく、面倒な事になりそうだぜ……。事情を説明したら、こいつらは絶対に付
いて来るだろうし。そうなったら単なる足手纏いだ。それに、こんな所で話をして
いる暇はねぇ。
「どうして急にいなくなったんだ?  説明しろ」
  ああ、面倒だぜ……。
  と、顔をしかめながら上を見上げた。すると、天井には一匹の猫がはり付いてい
た。
  あ、あいつは、リオスの猫型ゴーレムじゃねーか!  こんな所にまで来ていやがっ
たのかよ。
  すぐにポケットに手を突っ込んであの銃を取り出そうとした。が、銃はディト爺
に返してしまっていたんだ。
「おい、トラップ!  いつまでも黙っていないで少しは話したらどうなんだ!?」
  クレイの言葉に気を掛ける事なく、俺は猫を倒す手段を考えた。
  すると、突然猫が天井から落ちて来やがった。
  武器、武器、何かねーのか!?
  俺は必死に武器を捜してポシェットに手を突っ込んだ。すると、ルシェルから渡
されたあのフックがちらりと見えた。すぐにそれを取り出すと、俺はにっと笑った。
「そうか、武器じゃなくても大丈夫だったな……」
  さっと構えると、落ちて来る猫に向かってフックの照準を合わせ、ボタンを押し
た。刹那、フックが勢い良く飛び出した。そして、そのフックは猫に見事に命中し
た。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  すぐにフックのボタンを押して引き寄せる。そして、フックを鞭の要領で下に向
かって振った。すると、フックは簡単に下にの方に曲がり、猫は地面に叩き付けら
れようとした。
「にゃんにゃんにゃにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  刹那、開けられた玄関から何匹もの猫達が走って入って来た。そして、猫が地面
に叩き付けられる直前に他の猫達が自分の体で受け止めた。
「な、何がどうなっているんだ!?」
  クレイは混乱している様で、乱入して入って来た猫達に圧倒されて、その場で辺
りをキョロキョロと見回している。
  やべぇ事になっちまったぜ……。

第百六十七話「呪いは続く…」

  突然乱入して来やがった猫の大群を見たクレイは混乱しながらも部屋の隅に非難
していやがる。
  ったく、面倒な事になって来やがったぜ。ディト爺は何処に行ったかわからねぇ
し、クレイには見付かっちまったしよ。
  素早く猫の方を見ると、猫は一斉に俺の目を見て、鋭い目付きをしやがった。
  武器はこれといった物はねぇし、スレイブやディルクは別行動をしているからま
ずここには来ねぇ……。武器なしの状況でどうやって戦うかだ……。パチンコで戦
うには威力がなさ過ぎる。あの剣か銃を持っていたら何とかなるんだがな……。
  俺は苦笑いをしてこっちを見ている猫を見た。
  ……何か良い策はねぇか?
  ……ん?  こいつらはリオスの手下なんだよな。じゃあ、人間の言葉も理解出来
るかもしんねぇな……。武器がねぇなら、知恵で勝負か?
  俺はにっと笑うと、バッと宿の外を指差して驚いた顔をした。
「あ!  リオスじゃねぇか!」
  俺がそう叫んだ刹那、猫の大群は見事に外の方を一斉に向いた。素早く走り出し
て近くにあった窓を開けると、その窓から飛び出して行った。
  窓から飛び出した俺は、思いっきり走って何処でもいいから適当に街の中を走っ
た。細い路地を走り、大きな路地に出たかと思うとすぐに細い路地に。右に曲がり、
今度は左に曲がり……。
  しばらくそんな調子で走り続けて、もう大丈夫だろうと思って後ろを見た。
「……おいおい、そんな大群を率いて俺の後ろをずっと追い回していやがったのか
よ……」
  呆れて頭を手で押さえると、俺はその全く数が減っていない猫の大群が嫌になっ
てきた。
  どうしてこいつらは俺の後を正確に付けて来やがるんだよ……。まあ、リオスの
事だから、何か変わった装置でもこいつらの体内に埋め込んでいるんだろうが……。
「あ、そのボール取って下さ……」
  人の声が聞こえて来たもんだから、すぐに辺りを見回すと、俺の後ろの方に一人
の子供が立っていた。その子供は俺の前にいやがる猫の大群を見て言葉を失ったの
か、ガタガタと震えていた。
「早く逃げろ!」
  俺はすぐにその子供に向かって叫ぶと、子供はすぐに路地の奥へと向かって走り
出した。だが、猫の大群はその子供には全く見向きもせず、ただ俺の方をじっと見
ていやがった。
  けっ、完全に俺狙いって訳か……。
  コン──と、俺の足に一つの青いボールが当たった。
  ……そういや……、あの俺に掛かっている猫化の呪いはもう治っていたっけ?
  ふとそんな疑問が浮かびあがった。
  刹那、俺の体は足元に転がっていたボールにじゃれ始めた。
「にゃ〜ん」
  ち、違うんだぁぁぁぁぁぁぁ!  俺はこんな事をしたいんじゃねぇぇぇぇぇぇ!
  だが、俺は猫の様な声を上げてボールにじゃれ付いている。いや、正確には遊ん
でいるのかもしれねぇ。
  頼むから、こんな姿は人にだけは見られたくねぇ……。
「……トラップ、なに馬鹿な事をやっているんだ?」
  そ、その声は……。
  俺は自由の効かない体と戦いながらも必死に路地の方へと目をやると、そこには
呆れた顔をしたクレイが立っていやがった。
  み、見られちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
  俺は心の中で絶叫した。
  だが、体はまだボールにじゃれついていた……。

第百六十八話「我が街の名物?」

  ボールにじゃれつく俺は、未だにむなしくも体の自由は効かなかった。
  た、頼むから。早く、呪い、解けてくれよ〜!
  だが、心の叫びもむなしく、体は一向に自由が効かないままだ。
  時々辺りを見れるチャンスがあり、クレイの方を見ると、クレイは呆れた顔をし
て突っ立っていやがった。
  あ、あの野郎……。俺が最大のピンチに陥っているというのに、何で助けねぇん
だよ!
「いや〜、それにしてもなんだな、こりゃ面白いな」
「んだんだ、もしかしたら、こりゃ街の名物になるかもしんねぇだ」
「それじゃ、この人にこの街で働いてもらうってのはどうだ?  猫男劇場って所を
開いて、この人に何十という猫と一緒に戯れて遊んでいる姿を劇にするってのは?」
「いんや、悲劇、猫男の人生ってのはどうだ?」
「いやいや、俺だったら……」
  そんに話し声が何処からともなく聞えて来る。いや、正確には俺がその場所を見
れないだけだ。体の自由が効かず、話し声がする方向を全く見れやしねぇ。
  ……って、なんで変な方向に話が進んでいやがるんだ!?
「じゃあ、彼に早速頼まないといけないな」
「オラ、この街の金持ちさん達を集めて劇場を作るように頼みに行くだ。知り合い
に面白い劇場を作ろうと計画している人をしっているだ」
「お!  それいいじゃねぇか!  じゃあ、強制的にでも彼にここで仕事をしてもら
うように頼まないとな!」
「いやいや、心配しなくていいよ。私がその金持ちだよ。見たところ、彼の才能は
素晴らしい。一見すれば猫そのもの。更に、周りの猫達も良い味を出している。こ
れで劇場を開いたら大繁盛間違いなしだろうな」
「う〜む、我が街の名物になるだよ」
  ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇぇ!  何だか物凄く話がかなり強引に、しかも変な
方向に進んでいる様に思うのは気のせいか!?
  だが、その叫び声は声にはならず、体はまだボールとじゃれていた……。
「ふにゃ〜」
  と、俺じゃない俺が声を出すと、体はあの猫の大群の方に一歩一歩近付いて行く。
  猫の大群は、揃って不思議そうに首を傾げると、一斉に口を大きく開けて白い牙
をギラギラと輝かせていやがる。
  ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇ!  何でそっちに行くんだぁぁぁぁぁ!
「おお!  とうとう猫男と猫の大群が接触をしようとしている様だぞ!」
「う〜む、これは我が人生最大のイベントだな……」
  う、うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!  誰が猫男だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
  だが、その叫び声は決して声にはなりはしなかった……。
  そして、俺は猫の様に四本足でゆっくりと歩いて、猫の大群に近付いて行くと、
一匹の周りの猫より一回り大きな黒い猫が俺の前に出て来やがった。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「にやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……にゃぁぁぁぁう」
「にゃう」
「にゃぁう」
「…………」
  お、俺は一体何を喋ってんだよ……。
「お、おい、あの猫男、猫の大群の頭領らしき猫と喋っていやがるぜ」
「う〜む、只者ではないな……」
「やはり、彼は我が街の名物となるべき人物だったのだろうな……」
「実はよ、昔、ばーちゃんがこの街にいつか猫と喋る不思議な青年が現れるってい
う物語を聞かせてくれた事があったんだ。もしかして、これは彼が実際に現れるっ
ていう事を予言した物語じゃないねぇかな?」
「あ!  その話だった知ってるぜ!  俺んちのばーちゃんも聞かせてくれたぜ!」
「じゃあ、あの方は、伝説の猫男なのか……」
「そうだ!  違いない!  彼こそが我が街の伝説の猫男だ!」
「おおー!  すげぇぇぇぇ!」
  いつの間にか物凄くわけのわからねぇ方向に話が進んでいる様だが、今そんな事
を気にしていられる状況じゃねぇ。
  しかも、あいつらの顔すら見られねぇぜ。話し声だけが聞えていやがる。多分、
丁度俺の後ろ側に立って見ていやがるんだろうな……。
  しかし、何でクレイが何も否定せずに黙っていやがるんだよ!  仲間の俺が酷い
事を言われているっていうのによ。
  俺は心の中でクレイに対する怒りを燃え上がらせていた。だが、視界に入ってい
る状況を見ると、その怒りも何処かへと消えてしまった。何しろ、あの猫の大群が
目の前にいやがるからだ。
  俺じゃない俺は、未だに猫の言葉らしき声を発して黒い猫と喋っていやがった。
  ……なんでこんな変な展開になるんだよ……。

第百六十九話「伝説の猫男」

「にゃ〜う……」
「……にゃぁぁぁぁぁぁぁぅぅぅぅ!」
  俺は依然として黒い猫と何かを喋っていた。
  状況からして喧嘩をしている様には思えねぇ。
  くそっ、自分の事だっていうのに、全くわからねぇってのが辛いな。
  辺りを見回そうにも体が言う事を効かねぇし、喋ろうにも声は出せねぇ。
「おお!  町長さんに話を付けて来ただよ!  もうすぐ町長さんが来るそうだよ」
「そうか、それじゃ、すぐにでも見てもらわないとな!  猫男……中々良いな」
「んだ。何しろ、伝説の猫男だよ。そんな伝説の猫男がこの街の劇場で働いてくれ
たら、もう最高だよ」
  おいおい、何で勝手に話がかなり進んでんだよ……。
  だが、そんなに呆れてもいられなかった。
  目の前にいた黒い猫が、突然俺に近付いて来やがった。一歩、また一歩と近付い
て来やがる。
  だが、黒い猫は口元の白く輝く牙を見せてはいなかった。少し前までは見せてい
たというのに、今やその牙は口の中に閉まっている。猫がよく威嚇の時に出す特有
の声も聞えて来ねぇ。
  ……どうしたって言うんだ?
  俺が不思議に思っていると、体は勝手に黒い猫に近付いて行った。そして、黒い
猫の真正面まで来ると、俺と黒い猫は小さく鳴き始めた。
「にゃぁぁぅ」
「にゃぁぁぁぅぅ」
  ああ、何で訳のわかんねぇ言葉を喋ってんだよ、俺は……。
  いや、元はと言えばディト爺が悪いんだぜ!  猫の呪いとか言う変な副作用のあ
る薬を使いやがったせいで、俺は変な事を……。
  だぁぁぁぁぁ!  俺の体を元に戻しやがれぇぇぇぇぇぇ!
  ──と、前を見ると、どうやら話し合いが終わったらしく、黒い猫は、天に向かっ
て大きく鳴くと、他の猫達がゾロゾロと何処かへと去って行きやがるじゃねぇか。
  全ての猫達が去って行くと、残っていた黒い猫は軽く頭を下げて礼を俺にして、
細い路地へと姿を消してしまった。
「おお!  なんと!  猫男が、黒い猫と話を付けて退散させてしまったぞ!」
「ふむ、彼は只者では無いな……」
「どうです、町長!?  彼にここに留まってもらって、伝説の猫男として名物となっ
てもらっては!?」
「……駄目だ」
「な!?  どうしてですか!?  彼の力は凄いのですよ!  もし、この街で働いてもらっ
たら、この街はより一層栄えるはずですよ!?」
「彼ば、伝説の猫男であるのはわかった。だが、伝説にはこうある……。『猫男は
旅を続け、更なる力を付けて平和を世界に齎すであろう。彼を決して止めてはいけ
ない。彼が成すべき事は果てしなく大きな事なのだから』と」
「……わかりました……」
「町長!  オラ、間違ってただよ!  オラ達がすべき事は、猫男様に進むべき道を
提供して差し上げるという事だよ。今、ようやく気付いただよ」
「……そうだな……。そうと決まれば、猫男様が進むべき道を提供して差し上げる
のだ!」
  ……なんだか知らねぇが、かなり強引に良い方向に話が進んでいやかがるな……。
  ふと、そんな事を思いながら体を動かしてみた。
  すると、体は既に自由が効くようになっていて、腕もちゃんと動くようになって
いやがった。
  はは、何はともあれ、助かったな……。
  しかし、猫の呪いに助けてもらうとは、また変な事になりやがったぜ……。
  俺が呆れて苦笑いをしていると、一人の男が俺の目の前まで近付いて来やがった。
そして、男は俺に向かって大きくお辞儀をすると、堅苦しい表情の顔を上げた。
「猫男様、これから何処へと向かわれるのでしょうか?」
  と、尋ねて来やがった。

第百七十話「仲間」

  何だか知らねーが、どんどん話が勝手に進んでしまい、今や伝説の猫男となっち
まった俺は、何故かこの街の奴等に崇められる様な存在になっちまった。
  俺(猫の呪いによるもんだが)が猫を追い払った後、俺に近付いて来た男はどう
やらこの街の偉い奴で、これからの行き先を尋ねてきやがった。
「……そうだな、まず、俺の仲間がこの街にいるんだ。それで、全員で話し合わねぇ
事には決断するのは無理なんだが……どうやら、既に集まっている様だな」
  俺は喋りながら辺りを見回していると、スレイブやディルク、そしてディト爺の
姿を発見した。
  ディト爺達に手を振ると、すぐに三人は駆け寄って来た。
  だが、ディト爺達の後ろに見覚えのある背の高い奴と青いマントをした奴がいた。
  間違いねぇ。クレイとノルだ。
  ……もしかして、ノルが俺が使っていた猫の言葉を通訳してクレイに伝えていや
がったのか?
  疑問に思っていると、ディト爺が俺の肩をポンと軽く叩いた。
「ふむ、中々やりおるの……。猫の力は凄まじいものじゃったな」
  全ての元凶であるディト爺を、思わず声を上げて殴り飛ばそうと思ったが、ここ
でそんな事を言ったら、俺が伝説の猫男じゃないんじゃねーかって思われちまうか
ら、今は仕方なく殴るのは止めておいた。
「で、行き先だが……」
  俺が喋ろうと口を開けると、ディト爺は地図をポケットから取り出して、それを
男に見せた。
「儂らが行こうとしているのはここで……」
  ──と、ディト爺が男に説明している間、俺は辺りを見回した。
  未だに三十人程の暇そうな見物客がいやがったが、その中にはクレイとノルの姿
が確りと確認出来た。
  俺がクレイの方に軽く手を振ると、クレイは大きくため息を吐いて呆れた顔をし
ていやがった。
  しかし、やべぇな。ノルやクレイだけなら話せば何とか理解してくれるかもしん
ねぇが、ここでパステルが来ちまったらややこしくなっちまうだろうな……。
  とにかく、話が終わったら手短にクレイに事情を説明して、さっさと行くしかねぇ
な。長居は無用だな……。
「ほれ、猫男殿!  急ぐぞ!  後三十分で船が出港するそうじゃぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!  明日にすればいいじゃねぇか……」
  急ごうと俺の手を引っ張るディト爺を止めると、ディト爺の隣に居た男が首を横
に振った。
「申し訳ありません……。実は、船は一週間おきに出ていまして、今日乗らないと、
今度は一週間後になってしまうのです。それに、伝説の猫男様がいらっしゃるとい
う事で多く人々が猫男様の元に訪れ、大混乱する可能性が御座いますので……。
  それを聞いた俺は、仕方ないなと思い、すぐにクレイの方を向いた。
「すまねぇが、話を付けとかねぇといけない奴がいるんだ。ちょっとだけ時間をく
れ」
  そう言うと、クレイの元へと走った。
「……トラップ、どういう事なんだ?  俺達に何も言わず城を抜け出して……。あ
の後、俺達は半日も掛けてお前を探していたんだぞ。そして、ようやく見付かった
と思ったら、今度は俺達に何も言わずに別の大陸に行くなんて……」
  クレイが表情を固くして俺を見る。隣に居たノルはいつもの様に黙ったままで、
じっと俺の方を見ていた。
「すまねーな。ちょっと用事があったんだ。今はわけあって変な奴らと旅をしてい
るんだが……」
  俺は少し面倒くさく思いながらも事情を説明しようとすると、クレイは一歩前に
出て、俺に近付いた。
「そんな事を聞いているんじゃない。ただ、どうして俺達に一言言ってくれなかっ
たんだって聞いているんだ。俺達がどんなに心配したと思っているんだ」
  俺は少しうつむくと、ポリポリと頭を軽く掻いた。
「……お前達に言ったら付いて来そうでよ……。今、俺が追っている相手は今まで
の様な相手じゃねぇ。もしかしたら死んじまうかもしれねぇ相手だ……」
「それで、お前がそんな相手と対等に戦えるって言うのか?  俺達と力はたいして
変わらないじゃないか。もし、お前が対等に戦える様な相手なら、俺達にも協力出
来るはずだろ?  俺達は困難を潜り抜けてきた同じパーティーだろ?」
「……いや、俺はディト爺って奴から強力な武器を借りて、奴と戦っている。それ
でもギリギリの戦いをしているんだ」
「強力な武器が無かったら、お前は単なる弱者って事じゃないのか?  武器の力を
頼るばかり、仲間の力を信じられ無くなったのか?  それだったら、ディト爺さん
という人に頼んで、旅をするのを辞めるように言った方がいいんじゃないか?  ま
た俺達と旅をしよう。そうすれば、本当の自分の居場所がわかるはず……」
  その言葉は、俺に戻ってくる様に言っている様に聞えた。いや、多分そうなんだ
ろう。
「確かに俺はディト爺が持っている武器の力を頼ったり、ディト爺の力を頼ったり
している。それに、俺より遥かに強い様な奴らもいる。スレイブ、ディルク、ルシェ
ル……。でも、俺一人が劣っているとはあまり思った事はねぇ。助けられてばかり
じゃねぇ。各々が力を出し、その者の力があってこそ突破出来た罠もあった」
  そこまで言うと、後ろから何か嫌な気配を感じて、すぐに振り返った。そこには、
ディト爺がいつの間にか立っていて、いつになく真剣な表情をしていた。
「その通りじゃ」
  そう一言言うと、ディト爺はトンと杖で地面を付いた。
「あなたは……確か、城で……」
「ふむ、ディトルム・エルタジェムじゃ。まあ、それはさて置き、今はトラップの
力は必要なんじゃ。時には儂らの力を頼る事もあるじゃろう。じゃが、己の力を使
い、儂を助けてくれた事は何度もある。……この者はとても強いわい。これから先
の戦い、この者が儂らにとって大切な仲間となるじゃろう」
  ディト爺が静かにそう言うが、クレイはまだ納得した様子はなかった。

 1999年1月31日(日)12時50分07秒〜03月16日(火)17時20分13秒投稿の、帝王殿の小説第百六十一話〜第百七十話です。

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