第百七十一話〜第百八十話

第百七十一話「仲間との別れ」

  クレイはじっとディト爺の方を見たままだ。ディト爺はというと、少し時間を気
にしているのか腕に付けた時計にチラチラと視線を送っていた。
「ふむ……。確かにトラップの身勝手な行動でもある。じゃが、今トラップがここ
にいるという事は、トラップ自らが選んだ道という証拠じゃ。自分勝手なところも
あったじゃろうが、それはトラップの人生というものじゃ」
  ディト爺が久しぶりに真面目な話を続けているものだから、俺は少し驚きながら
話を聞いていた。
「ですが……」
  と、クレイが何かを言いたそうに言葉を発したが、ディト爺はキッと鋭い目付き
でクレイを睨んだ。流石のクレイも、何か言いたそうだったがその言葉を止めた。
「お主に他人の人生を勝手に決める権利はあるかの?  お主に他人の人生を拘束す
る権利はあるかの?」
  そう言われて、クレイは黙り込んでしまった。
  ディト爺は再び腕に付けた時計に視線を送ると、スイレブ達が待っている所に向
かって歩き始めた。
「あ、あの……」
  声を発したのはクレイだった。クレイの声に、ディト爺は振り返ってクレイの方
を見た。するとクレイはディト爺に向かってひ大きく頭を下げた。それを見ていた
ディト爺は不思議そうにしていた。勿論、俺もだ。
  頭を上げたクレイは、さっきとは違って表情は柔らかかった。
「あの、トラップを宜しくお願いします」
  ……俺としてはディト爺にお願いされたちょっと困るんだがな……。
  そう言われたディト爺はというと、表情を和らげて軽くうなずいた。
「ふむ、まだ少しだけ時間があるわい。トラップと話をするといいじゃろう。ただ
し、話は手短にな」
  そう言い残すと、ディト爺は離れた場所にいるスレイブの元へと向かった。
  俺はクレイの方を向くと、クレイも俺の方を向いた。
「……最後に、これだけは約束してくれ」
  クレイは普段より表情が固かった。
「なんだよ?  早く言ってくれよ。早くしねぇと船が出港しちまうからな」
  俺が面倒くさそうに言うと、クレイはいつになく真剣な顔をして俺を見た。
「生きて帰ってこいよ」
「……んな事、当たり前に決まってるだろ。心配しなくても生きて帰って来るさ。
場所は……みすずだな」
  俺はそう言ってにっと笑うと、すぐにディト爺の元へと急ごうとしたが、その足
を止めて振り返った。
  俺はクレイの隣に居たノルに視線を送ると、少し苦笑いした。
「なあ、ノル。俺があの黒い猫と話していた時の会話、覚えてっか?」
  だが、ノルは首を横に振った。
「実は、俺もノルに聞こうとしたんだが、何しろ人が多くて、更に話し声で猫の声
が殆ど聞えなかったんだ」
「そっか……。じゃあ、仕方ねぇな」
  あの猫との会話はかなり気になっていたんだが、まあ諦めるか……。結果よけれ
ば全てよしってな。
  俺はノルとクレイに軽く手を振ると、すぐにディト爺の元へと急いだ。
  ……必ず帰って来るからな。

第百七十二話「出港」(視点変更)

  小さな波が船に当たり、そして消えて行く。連続して発生した小さな波が船に当
たれば、船は少しだけその船体を小さく揺らしていた。
  ここはコーベニアの港には多くの船が出港を待って停泊していた。中には船体を
揺らしている船もあり、その光景は船が待ちきれずに無理に動こうとしている様に
も見えた。
  日はそろそろ沈み掛けており、太陽の光は赤く染まっていた。元々赤く染められ
た船体は、その船体はより一層赤く染まり、炎の様に燃える赤さを放っていた。
  その港に、船に荷物を運び込んでいる者達の姿があった。その荷物を運び込んで
いる者達の中に、派手な印象を持たせる人間ではない者がいた。ビシャスと呼ばれ
る者達で、尻尾があり、体全体はブルーと白の色をした縞模様の体毛に覆われてお
り、猫を思わせるようなである。
「アクス、そこの荷物をついでに持って行ってくれないか?」
  派手な毛を持つ者──アクスの前を歩いていた男が振り返り、苦笑いをしながら
言った。その男は台車に一杯荷物を積んで運んでいて、荷物は今にも零れ落ちそう
な状態であった。
  アクスは少し嫌な顔をしながらも、逆らえない立場にあるのか、小さく舌打ちを
して仕方なく乗船客の荷物が置かれている場所へと引き返して行った。
  アクスは客の荷物は殆ど持っておらず、まだ十二分に持てていたのだった。
  急いで荷物が置かれている場所に向かったアクスは、いつも並べて置かれている
場所に大きな茶色い袋と黒い鞄を見付けた。
  荷物が置かれている場所は、ちゃんと鍵が掛けられた場所で、乗船券を売ってい
る場所のすぐ隣にあった。
  こういった荷物を運ぶ仕事はたいがいが重い荷物である。軽い荷物なら客が自分
で持って行くからである。わざわざ軽い荷物を運ばせて、後で受け取るというのは
手間が掛かるからである。
  黒い鞄はどう見ても重そうには見えない。今までに何度かこの仕事をしてきたが、
軽い物を運ぶというのは無かったアクスだった。その為、少し不思議に思いながら
その鞄を持ち上げようとした。
  だがどうした事か、その鞄は異常に重かった。普通なら軽いと思われる大きさの
鞄だというのに異常に重たい。持ち上がらなくも無いが、どう考えてもその重さは
尋常ではなかった。
「な、何だ?  この鞄は……?」
  不思議に思いながらその鞄を持ち上げると、もう一つ残っていた茶色い袋を持ち
上げようとした。
  刹那、ピリッ、と袋が破ける音と共に茶色い袋は中央が破けてしまい、中から白
い粉が、ザザーッ、と出てきてアクスを真っ白に染めた。あの派手で目立つ体毛も、
今や白くなってしまっていてた。
「ゲホッ!  ゲホ!」
  大きく咳き込みながら体に付いた白い粉を払っていると、部屋の隅にあった大き
な箱の横で、一瞬だけ何かが動いた物が見えた気がした。
  それが気になったアクスは、足音を出来る限り立てない様に忍び足をして慎重に
部屋の隅にある大きな箱に近付いて行った。
  大きな箱の近くまで行くと、一度大きく深呼吸をして気を引き締めると、音を立
てない様に慎重に箱の裏を覗いた。
「ニャー……。ニャー……」
  アクスはそれを見て一気に肩の力が抜けた。何故なら、そこには黒い猫が一匹い
ただけであったからである。
  ちょこんと座り込んだ黒い猫は、箱の影に隠れて目を光らせていたが、特に恐い
存在には見えなかった。
「なんだ……。猫かよ……」
  ホッとしたアクスは、すぐに残りの荷物を持って行く事にした。
  部屋のに残された荷物を持つと、部屋を出ようとした。
「にゃ〜……」
  アクスが部屋を出ようすると、部屋の中から猫の声が聞えて来た。
「あ、そうか。部屋から出してやんねぇといけないな」
  アクスは持っていた荷物を扉の前に置くと、駆け足で箱の後ろに近付いていった。
  そして箱の後ろに行くと、暗闇で目を光らせる黒い猫を手で捕まえると、この部
屋の唯一の出口である扉から黒い猫を逃がしてやった。
  二度荷物を手に持つと、部屋から出て扉を閉めようとした。
「にゃぁぁぁぁぁ……」
  すると、再び部屋の中から猫の声が聞えて来た。
  不思議に思って辺りを見回すが、猫の姿はない。
「にゃぁぁぁ……」
  また部屋の中から猫の声が聞えて来る。
  不思議に思ったアクスは、また荷物を扉の前に置いて部屋の中に入って行った。
「お〜い!  何処にいるんだー?」
  大きく声を上げるが返事はない。
  辺りを見回すと、どうしても目に付くのはあの箱であった。
  もしかしたら、あの黒い猫の後ろにまだもう一匹猫がいたのかもしれないと思っ
たアクスは、箱に近付いて行った。
「にゃぁぁぁぁ」
  また猫の声が聞えて来る。今度は確かに近くから聞えて来た。それも、箱の後ろ
からであった。
  ようやく場所がわかったアクスは、すぐに箱の後ろを覗き込んだ。箱の後ろは暗
く、奥の方までは見えなかったが、確かに何かがいる気配はした。
「おーい、早く出て来るんだ」
  アクスがあまり怒鳴らない様に声を上げると、奥で何かがゴソゴソと動き、アク
スの方に向かって動き始めた。
「よ〜し、良い子だ……」
  段々近付いて来るその影が猫より異常に大きい事にアクスは薄々感じていた。だ
が、猫の声を出しているからには猫には違いないのだと信じていた。
  そして、それが箱から姿を現した時、アクスは驚いて指差した。
「て、てめーは!」
  大きく声を上げて指差した先には、埃で服を汚した赤毛の男がいた。男は箱の裏
から出て来ると、突然不思議そうな目をして辺りをキョロキョロと見回した。
「あれ?  ここは何処だ?」
  赤毛の男が何が何だかサッパリわからないといった表情をして辺りを見回してい
ると、アクスは咄嗟に何かを思い出した様に声を上げた。
「そうか!  お前があの猫男だな!」
  すると、赤毛の男はその言葉に敏感に反応してアクスの方を見た。
「……いいか、覚えとけ……。俺の名はトラップだ!」
  赤毛の男──トラップは素早い動きでアクスを殴ると、訳がわからないまま部屋
を出て行った。
  残されたアクスは、殴られた頭部を摩りながら怒りに火を灯していた。
「こらぁぁぁぁぁぁぁ!  アクス!  何をサボっていやがるんだぁぁぁぁぁぁ!」
  突如、部屋に響く物凄い声。その声を聞いたアクスは一瞬にして怒りの火は消え
てしまい、今や極寒の地にいるかの様に激しく震えていた。
  部屋の唯一の出入り口である扉の前には、大きな体の男が立っていた。体は黒く
焼けており、まさに海の男であった。
  海の男は額に血管を浮かびあがらせており、手は既に殴る準備をしているのか、
拳に力を込めていた。
「いつまで立っても来ないと思ったら、こんな所でサボっているとはな……。覚悟
は出来ているんだろうな……」
  海の男は怪しく笑うと、アクスに一歩ずつ近付いて行った。
  その後、その部屋では奇怪な叫び声が聞えて来るという噂が立ったという……。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!  出港だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  大きな船の上、あの海の男が大きく叫び声を上げた。
  それを合図に、海の男と同等の体付きをした者達が一斉に動き始める。ある者は
碇を上げ、ある者は帆を降ろし。
  船から大陸を眺める者達は、少しずつ遠ざかって行く大陸をじっと見ていたり、
大きくジャンプをしながら喜んでいたり、悲しそうにうつむいていたりと様々であっ
た。
  そんな中、船内ではトラップが嫌な予感を覚えながらベッドで横になっていた。

第百七十三話「悪夢〜前編〜」

  あれからどれだれ時間が経ったんだろうな……。相変わらず嫌なぐらい揺れてい
やがるぜ……。
  ……そういや、ディト爺に貰った酔い止めの薬は良く効くな。以前、キットンに
貰った薬以上に効くぜ。……副作用がなければいいんだがな……。副作用が犬の呪
いだっていう事はねぇよな……。そうなったら、俺は単なる変人だぜ……。
  ベッドでずっと横になっていた俺は、ぼーっとしながら窓の外に見える夕日によっ
て赤く染まった空を眺めていた。
  ……暇だ……。何もする事がねぇってのは暇だな……。今まで寝ている暇なんて
滅多になかったから、余計に暇という時間に嫌気がするぜ……。
  船長の話じゃこの船が次の大陸に到着するのは3日後らしいが、それがどれだけ
暇な時間になるやら……。
  ゴロゴロとベッドの上で右へ左へ転がる。だが、それも暇つぶしにもならなかっ
た。
  目を大きく開けて天井を見ると、大きくため息を吐いた。そして、その目をゆっ
くりと閉じて眠りに就こうとした。まだ壁に掛かっていた時計は5時を指していた
が、俺は特に気にする事はなかった。
  ……それににしても、あの黒い猫、俺とまた喋っていたな……。荷物置き場の前
を通りかかったら、突然体が言う事を効かなくなっちまって……。扉は半開きになっ
ていたから簡単に入って行って、部屋の隅にあった箱の後ろに行ったと思ったら、
あの黒い猫がいやがったんだよ。
  寝ようとしたものの、ついつい考え込んでしまっていつまで経っても眠れはしな
かった。だが、それも単なる暇潰しでしかなかったのかもしれねぇ。
  コンコン……。コンコン……。
  扉が軽く何度かノックされ、その音を聞いて俺は起き上がり、扉の方を向いた。
「誰だ?」
  俺が扉の方に向かって尋ねるが、返事は返って来なかった。
  ……嫌な気配がしやがるな……。
  出来るだけ音を立てない様に動き、扉に近付いて行った。そして、扉の前まで行
くと、ゆっくりとノブに手を伸ばした。刹那、扉は勝手に開かれ、ゆっくりと開い
た。
「……は?」
  だが、開けられた扉の向こうには誰もいねぇ。廊下を見ても何処にも人の姿はな
かった。
  誰もいない事を再度確認して扉を閉めると、再びベッドで横になろうと思って振
り返った刹那、そこには五人ぐらいの男がいやがった。
  俺は驚いて少しだけ後退した。すると、後退した俺の背中を触る誰かの手の感触
がした。振り替えると、そこにも男が立っていやがった。
  扉はいつの間にか開けられており、廊下にも数人の男が立っていやがった。
「……な、何だよ?  俺に何か用か?」
  男達に尋ねながらもポシェットに手を入れて武器を捜す。
  ……こいつら、リオスの仲間じゃねぇだろうな……。
  一人の男が俺の目の前まで近寄ると、男は手を伸ばした。その手には、白紙の紙
があった。そして、左手にはペンを持っていた。
「サイン……下さい」
  あまりにも訳のわからねぇ言葉に、俺は言葉を失った。
  ……何を言ってんだ?
  辺りを見回すと、全ての男達が紙とペンを持っている事に気付いた。
「猫男様……サインを……」
  目の前にいた男がその言葉を言った瞬間、俺はあるようやくどういう事なのかわ
かった。
  つまり、こいつらは俺の事を猫男だと知っていやがるんだな……。
「仕方ねぇな。書いてやるか……」
  俺はペンを受け取ると猫男と書いてやると、それを渡した。すると、男は異常に
喜びだし、大きくジャンプをして声を上げてまで喜んでいやがった。
  続いて他の男が紙を俺に渡してくる。
「……あの、サインを書いてくれましたら、猫と話をしている所を実際に見せてく
れないでしょうか?」
  その言葉を聞いて、俺の手は一瞬止まった。
「それはいいだよ!  オラ、今すぐ呼んでくるだよ!」
  一人の男がすぐに走り出したので、俺はその男を止めようと手を伸ばしたが、周
りの男達が邪魔で止められなかった。
  やべぇな……。猫の呪いが必ず発動する訳じゃねぇしな……。発動したら、それ
はそれでやべぇ事になる。
  更に身動きが出来る状態ではなく、俺は渡される紙に黙々とサインを書き続けた。
「猫を連れて来ただよー!  特大の猫だよー!」
  男はにこにこと笑いながらやって来た。
  すると、周りの男達はザワザワと騒ぎ始め、俺を廊下へと無理矢理押し出した。
  廊下に押し出された俺はキョロキョロと辺りを見回した。だが、何処にも猫の姿
は見当たらなかった。
「おい、何処に猫がいるんだ?」
  俺はさっきの男に尋ねようと振り返った。だが、そこには扉があった。そう、俺
は部屋から追い出され、更に扉を閉められたんだ。
「何しやがるんだ!?」
  ドンドンと扉を激しく叩くが返事はない。
「ふざけやがって……」
  ドンッ、と強く扉を蹴ると、廊下の方を見た。
「……にゃ〜……」
  微かに廊下の奥から猫の声が聞えた。だが、猫の姿は何処にもない。
  あの野郎、マジで呼びやがったのかよ……。
「……にゃ〜……」
  再び鳴き声が廊下に響き渡る。だが、姿は依然として見えはしねぇ。

第百七十四話「悪夢〜後編〜」

  何処にも見えねぇ猫の姿。だが、声だけは聞えて来やがる。しかも、何度も聞え
て来る内に、猫の声は次第に大きくなって来やがる。つまり、少しずつこっちに近
付いて来ていやがるって事だ。
  廊下の前後を確認するが何処にも猫の姿は見えねぇ。
  しかし、下手に動くとやべぇな。前方から猫が来るのか、後方から猫が来るのか、
それとも両方からか?
  俺は警戒心を次第に高めながら、聞えて来る猫の声を必死に聞いていた。
  だが、ふと疑問が浮かび上がった。
  ……なんで猫に警戒してんだ?  あの男が呼ぶ猫なんて、どうせ何処にでもいる
様な猫に決まっていやがる。それなのに、何故警戒する必要があるんだ?
  そう思うと、次第に警戒心は解けていった。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  刹那、前方から猫の鳴き声が響いて来た。しかも、かなり近い。その声は、鳴き
声と言うよりも叫び声にも聞えた。
  薄暗い奥の廊下を目を凝らして見ると、何か巨大な黒い影が迫って来ているのが
見えた。
「なんだ……?  猫にしては大きすぎるな……」
  しばらく廊下の奥から迫って来るその影を見ていると、次第にその影の正体が明
らかになってきやがった。
  全体を大量の黒い槍の様に太く殺傷力のありそうな毛で覆い、薄暗い闇の中で巨
大な目を輝かせ、大きく開けた口からは鈍く輝く白い牙……。
「きょ、きょ、巨大首猫だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
  それは、廊下一杯に巨大な猫の首があり、動体は何処にも見当たらねぇ。いや、
あったとしても絶対に見たくはねぇ。
  首だけだというのに、不気味にも廊下を滑る様に動いてこっちに迫って来やがる。
「またリオスが作ったゴーレムかぁぁぁぁぁぁぁ!?」
  俺は大きな声を上げて巨大首だけ猫に向かって叫んだが、猫は全く反応はせず、
ただ迫って来るだけだった。
  やべぇな、武器も何もねぇ今、こんな奴と戦ってられねぇ。
  俺は奴の様子を見ながらゆっくり後退を始めると、奴はさっきよりもペースを上
げて迫って来やがった。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  後方にいた巨大首だけ猫は、大きく鳴き声を上げると物凄い勢いで廊下を滑る様
にして迫って来やがる。
  あまりの速さに一瞬呆気を取られたが、そんな状況じゃねぇ。
  すぐに廊下を走り出すと、奴と反対方向に進んだ。
  くそっ、何で最近は猫ばかりに追い掛けられてんだよ俺は……。
  走りながらも後方を見ると、巨大首だけ猫との差は三メートルもなかった。さっ
きよりも確実に距離が短くなっている。
  このままじゃやべぇな……。
  そう思っていると、すぐ先の方に上がりの階段が見えて来た。それを見付けると、
俺はすぐにその階段を上って行く。
  階段を上がると、そこはまた廊下だった。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  刹那、右方向から猫の声が聞えて来た。しかも、何か物凄い足音を立てて。
「おいおい……、もしかして、猫の大群だって言わねぇよな?」
  俺が口元を引き攣らせながら右方向を見ると、それは間違いなく猫の大群だった。
数はどれぐらいかわからねぇが、とにかく物凄い数だって事は足音だけでもわかる。
  しかも、階段の下からあの猫の鳴き声が聞えて来る。
  このままここで止まっていたら、両方の猫に殺られちまうぜ。
  キッと左方向を見て猫がいない事を確認すると、すぐにそっち方向に向かって走
り始めた。
  前方だけを見て、後ろを出来るだけ見ない様に走る事にした。
  後ろを見ると恐怖心が生まれるだけだ。とにかく、走る事だけに集中しねぇと。
  ただ黙々と廊下を走り続ける俺は、猫の声に気を取られる事無く走った。
  しばらく廊下を走っていると、何か不自然な事に気付いた。それは、かなりの距
離を走っているって言うのに、廊下の終わりがないって事だ。
  廊下はまだ先があり、先の方は暗くてよく見えねぇ。
  不思議に思いながら走っていると、前方から何か嫌な事を思い出す様な音が聞え
て来やがった。
  ゴンゴンゴンゴンゴンゴン……。
  それは、あのローリングストーンだった。キスキン国で多くあった罠の中で、ロー
リングストーンは猫の次に嫌な罠だった。
  それを見て立ち止まった俺は、嫌な予感がした。
「……もしかして……?」
  呟く様に小さく言って後ろを振り返ると、そこには猫の大群が待ち構えていやがっ
た。しかも、その猫の大群の奥の方にはあの巨大首だけ猫も……。
  ぜ、絶対絶命のピンチじゃねぇかよ……。どうやってこの状況を切り抜けろって言
うんだよ……?  もしかして、俺の人生はここまでなのかよ?
  前方を見れば、ローリングストーンがどんどん迫って来ていやがる。引き替えそう
にも猫の大群がいて無理だ。
  もう、どうしようもないってのかよ?
  俺はどうしようもないという絶望感で満たされ、その場に座り込んだ。
  猫の大群は少しずつ迫って来る。ローリングストーンは容赦無く更に迫って来る。
  もう駄目かと思った刹那、床が大きく揺れ始めた。
「助けに来たぞぉぉぉぉ!」
  上から声が聞えて来たから、俺はすぐさま見上げた。すると、そこには天井にくっ
付いているディト爺の姿があった。
  ディト爺は俺と目が合うと、にやりと笑って天井から落ちて来た。そして、俺に直
撃した。
「何しやがるんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  俺が大声を上げてディト爺を殴るが、ディト爺はにやりと笑い、俺の体を強く締め
付け始めた。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
  俺は激しく抵抗するが、ディト爺は物凄い力で俺の体を締め付ける。
「ふふふ、爺チャンの腕の中で死ねるだけ安心せい……」
「んな所で死にたかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
  だが、俺がいくら叫んでもディト爺は離さなかった。
  そして──。

「失せろこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  俺は力を込めて体に抱き付いている奴を殴った。
「ぬぉぉぉぉぉぉ!  寝ていると思ったら反撃をするとは!  むむむ、腕を上げたの、
トラップ……」
  ……は?  寝ている、だと?
  俺はディト爺をもう一度殴ってから起き上がると、そこは俺の部屋のベッドの上だっ
た。
「……どうなってんだ?  夢……だったのか?」
  変だ……。さっきまで猫に追われていて……。それから……。
  俺が色々と考えていると、ディト爺は俺の肩をチョイチョイと軽く叩いた。
  ディト爺の方を向くと、ディト爺はにやりと笑った。
「ふふふ、どうやら薬の副作用によって悪夢を見ていた様じゃな」
  にやにやと笑うディト爺はそう言うが、俺はまだあまり状況が把握出来なかった。
さっきまで追われていた……じゃなく、俺は夢を見ていた……。その原因は、ディト
爺がくらた船酔い止め薬による副作用……って。
「そうか……。そうか……。そうか……」
  ふつふつと怒りがたまっていき、とうとう限界に達した。
  刹那、俺は素早い動きでディト爺にパンチを食らわすと、今度はポシェットに入っ
ていたロープでディト爺を縛り上げた。
「てめぇは、毎度毎度やべぇ薬を俺に飲ますんじゃねぇよ……!」
  だが、ディト爺はいたって平然としていた。
「ふむ、あの薬が一番効くのじゃよ。まあ、副作用は一度だけじゃから、もう悪夢に
うなされる事はないじゃろう」
「……そうか……。じゃあ、こいつで終わりにしてやるか」
  最後に一撃、ディト爺の頭を殴ると、ディト爺を縛っていたロープを解いてやった。
  ……もう二度と見たくねぇ夢だったぜ……。
  俺は思い出す度に身震いをし、早くその事を忘れようと他の事を必死に考えていた。

第百七十五話「朝」

  航海二日目の朝、俺はいつもより早く目が覚めた。窓から覗く空はまだ薄暗く、壁
に掛かっている時計の針は六時を指していた。
  大きく伸びをしてベッドから降りると、自分の服装を見た。
「……そういや、昨日はそのままの服装で寝ちまったんだな……」
  そう、昨日はかなり暴れたから、疲れていたんだよな。それで、ベッドで横になっ
ていると自然と眠っちまったんだな……。
  猫男と呼ばれたり、猫に追い回されたり、夢でも猫に追いまわされたり……。夜は
夜でディト爺のボケにツッコミを何度となくしたしな。激しい戦いだった……。
  俺は大きく深呼吸すると、ベッドから落ちて床にあった帽子を拾い上げると、軽く
ポンポンと叩いて埃を払うと、それを被って部屋から出て行った。
  扉を開けると廊下に出た。それから廊下を右方向に進んで行くと、階段が見えて来
た。下に行く階段と上に行く階段。
  勿論俺が行くのは上の階段だな。
  階段を上がって行くと、あの夢とは違って、そこはもう外だった。
  空を見上げると、気持ち良いほど青々と晴れ渡っていた。太陽はまだ顔を出しては
いない。だが、地平線の彼方が少し赤く染まっていた。
  多分、もうすぐ太陽が顔を出すんだろうな。しばらく見ているか……。
  そういや、この船の朝食は八時からだったな。食堂は地下一階にあるから、ここか
らでもすぐに行けるな。時計は色々な場所にあるから迷う事はねぇな。
  そんな事を思いながら地平線の彼方を眺めていると、不意に誰かが俺の肩に手を乗
せた。
  振り替えると、そこには背伸びをしたスレイブがいた。
「おはようです〜!」
  朝から元気な声を上げるスレイブを見て、俺は苦笑いをした。
「よく朝からそんな元気な声が出るな……」
  少しまだ眠気が消えない俺は、言い終わると小さく欠伸をした。
「駄目ですね〜。朝は元気良く挨拶をするものですよ〜。さ、一緒に伸びしましょ〜」
  するとスレイブは、天に向かって大きく手を伸ばした。それを見た俺も続いて天に
向かって手を伸ばした。そして、天を見上げてしばらくその状態を保っていた。
「よっ!  朝から何してんだ二人とも!」
  後ろから聞えて来た声は、間違いなくディルクの声だった。
  伸びを止めると、後ろを向いた。すると、そこにはディルクの姿があった。背中に
はいつもの様にあの大きな剣があった。
  しかし、よくあの大きな剣をいつも背負っていられるよな……。どんな力をしてい
るんだ?
  ディルクは背中の剣を鞘から引き抜くと、ブンッ、と風を切る音を立てて振り下ろ
すと、何度か素振りをした。その素振りは尋常ではなかった。あの大きな剣を木の棒
を振り回すようにして扱い、更に表情一つ変えやしねぇ。
  素振りを終えると、その大きな剣を背中の鞘におさめた。
「よくやるぜ。そんな重たい剣を軽く振り回すなんて尋常な力じゃねぇな。どんな筋
肉してんだ?」
  冗談交じりに俺が言うと、ディルクはにっと笑った。
「ハハハッ。昔からこういった武器には扱い慣れていたからな。親父が兵士をやって
いたから、大きな武器なんてのを見せてもらった事が何度かあったんだ。それで興味
を持ってガキの頃から振り回していたんだぜ」
  ディルクはそう言って、腕を覆っていた袖を捲り上げると、そこには意外にもスマー
トな腕があった。
「う〜、前よりも一段と筋肉が付いてる〜」
  スレイブがディルクの腕を見て声を上げた。
  こいつは、余分な脂肪は一切ねぇな。筋肉ダルマみてぇな奴じゃねぇな。搾り込ま
れた筋肉だと体重も重くならず動き易い。まさに、戦士向きの体だぜ……。
  ディルクは俺に背中を向けると、顔だけ俺の方を見た。
「どうだ、こいつを持ってみないか?  試しに振ってみたらどうだ?  どんなに重い
か実際に味わってみるのもいいぜ」
  ディルクはにっと笑うと、俺は大きく息を吸い込んでからその剣の柄に手を掛けた。
「いいか?  剣を引き抜く時はトロトロするな。そんな事をしているといつまで経っ
てもこの剣は引き抜けねぇ。引き抜く時は力を込めて、一瞬に賭けるんだ」
  ディルクがアドバイスを俺に送ると、ディルクはその鞘を地面に置いた。多分、鞘
は紐で体に巻き付けてたんだろう。
「で?  なんで鞘を置いたんだ?」
  俺がディルクに尋ねると、地面に置いた鞘を持ったディルクは呆れた顔をした。
「おいおい、お前が実際に鞘を背負わないと剣は引き抜けないぜ。もし俺の背中から
引き抜くって言うのなら、三メートル以上の身長が必要だぜ?」
  そして、ディルクはその鞘を俺の体に紐で巻き付け様として、俺に背中を向ける様
に言った。
「な、トラップ。お前は右利きか?  それとも左利きか?」
「ん?  右利きだが」
  そう答えると、ディルクは鞘を俺の背中に押し当てて紐を左腕の脇の下から出して、
右肩の辺りに回してきた。いや、紐というよりも太いベルトって言った方がいいな。
「じゃ、手を放すから力を入れろよ。鞘には剣が入っているからな」
  その言葉の後、すぐに肩にズシリと重い感覚が現れた。思わず後ろに倒れそうになっ
たが、すぐに誰かが支えてくれた。
「大丈夫ですか〜?」
  その声を聞いて、支えてくれたのはスレイブだと確信した。
  ディルクは少し笑いながら俺の前に来ると、俺の背中にある剣へと視線を移した。
「しかし、この剣、一体何キロあるんだ?」
  俺は体勢を整えてからディルクに尋ねた。まあ、体勢を整えたって言っても、単に
前かがみになっているって言う情け無い状態だが。
「確か二十五キロぐらいだったかな。何しろ、ブレイドの幅が二十センチもあるから
な。盾にもなって便利だぜ」
  気楽に言うディルクを見て、俺は呆れてしまった。

第百七十六話「剣」

  背負った大きな剣の重みに何度もよろけそうになりながらも柄に手を伸ばすと、
俺は大きく息を吸い込んだ。
「いいか、一気に抜けよ。体は前に倒せ。自然と剣が鞘から出て来るはずだ」
  ディルクのアドバイスを聞いていると、ディルクが若干笑っているのがわかった。
  こいつは何かあるな、と思いつつも剣の柄を強く握り締めると、体を前に倒して
引き抜いた。
  だが、剣は全く鞘から出て来なかった。重いという事もあったが、特に鞘が邪魔
で中々出て来ねぇ。
  何度も何度も力を込めて柄を握って引っ張ってみるが無理だった。
  やけになって思いっきり体を前に倒して剣を引き抜くと、剣が鞘から飛び出して
来やがった。だが、剣の柄は床に直撃しただけで、剣の先はまだ鞘に入ったままと
思われる。
  今の俺の状況を説明すると、大きくお辞儀をして床に頭を付けていて、剣の柄は
その頭の横にある。未だにそのお辞儀をした状態だって事は剣が鞘に残っているっ
て事だ。
「ハハハハハ!  やっぱり引っかかっていやがるな!  普通、鞘から剣を引き抜く
なんて無理だって気付かないか?」
  ディルクが俺の前で大きく笑い飛ばしているのが聞えて来た。
  やっぱりそうだったか……。それで変な笑いをしていやがったのか……。
「それはそうと、こいつを早くどうにかしやがれ!」
  俺が大きく怒鳴ると、ディルクはまだ少し笑いながらも剣を持ち上げた。
  剣が鞘に完全におさまったところで、体勢を元に戻した。
「……で、本当はどうすりゃいいんだ?」
  俺が真剣に聞くと、ディルクは俺の胸の中心辺りを指差した。そこに視線を送る
と、剣の鞘を括り付けているベルトがあった。そして、そのベルトに小さなボタン
の様な物が付いていた。
「こいつを押せば鞘の左方向が自動的に開いて、簡単に剣を鞘から出せるぜ……」
  再び剣の柄を強く握ると、左手でベルトに付いているボタンを軽く押した。だが、
何も起こりはしなかった。
  何度もボタンを押すが、やっぱり何も起らねぇ。
  俺が不思議に思っていると、ディルクがにやにやと笑いながら鞘に触れた。
「……ってのは冗談で、本当は鞘の上に付いているボタンがある。そいつを押せば
いいだけだ」
  刹那、剣を握っていた手に物凄い重みが掛かった。
  何とか剣の柄を強く握って落とさない様にしていたが、剣を前に持って来る事は
出来ねぇ。
「いきなり何しやがるんだ!  剣を落としそうになっちまっただろうが!」
  俺が怒鳴るが、ディルクは笑っていた。
「おいおい、そんな事を言っていないで手に力を入れたらどうなんだ?」  
  俺は怒りの感情を押さえ、とにかく手に力を入れる事にした。
  柄を強く握るが、次第に剣は下へと落ちて行こうとしていやがる。その重さは尋
常じゃねぇ。ホントにこれが剣か!?
  少しだけその状態を保っていたが、とうとう力尽きてしまって剣を落としそうに
なった。
「おいおい、無理だったらもう一度ボタンを押せよ。それで鞘が元に戻るぜ」
  それを聞いて、すぐに鞘へと左手を回してボタンに触れると、それを強く押した。  
  だが、さっきとは何も変わりはしなかった。
「あ、そうそう。当たり前の事だが、剣が鞘に入っていないと意味がないぜ」
  ディルクが俺に近寄って来てそう言うと、俺は呆れた様にディルクを見た。
  言うのが遅いんだよ……。
  ディルクは俺の後ろに回ると、さっきまでの剣の重みが消えた。
「どうだ?  重たかったか?」
  振り替えると、そこにはあの大きな剣を天に掲げているディルクが立っていた。
その隣にはスレイブもいた。
「ったくよ、よくやるぜ……。その馬鹿力、何処から来やがったんだ?」
  俺は呆れてディルクに尋ねると、ディルクはその剣先に目をやって、目を細めた。
  丁度その時、太陽が顔を出して、光が辺りを照らし始めた。
「……さあな?」
  そして、ディルクは剣を勢い良く振り下ろすと、俺に近寄って来て、鞘のベルト
を外した。
  鞘を持ったディルクは、スレイブに手伝ってもらって鞘を体に付けていた。
  さぁ、そろそろ部屋に戻るか……。飯までもうすぐだろうしな。
  船内へと続く階段の方向に向かって歩き始めると、少し後ろを向いてディルク達
の姿を見た。
「俺は部屋に戻るぜ。飯の時にまた会おうぜ!」
  そう言い残すと、俺はすぐに階段を降りて行った。

第百七十七話「襲撃」

  部屋に戻った俺は、ベッドの上で時計を眺めながらぼーっとしていた。
  何もする事が無いってのは暇だ……。何かする事はねぇのか?  リオスは船の上
までは襲って来ねぇのか?
  安心出来るのはいいが、暇で仕方ねぇぜ……。
  時々思う事と言ったらリオスの敵だけだ。だが、その敵すら現わそうにはなかっ
た。
  ドンドンッ!  ドンドンッ!
  突如、部屋の扉が激しく叩かれた。それを聞いて、俺はすぐに立ち上がって扉の
前まで行った。
「誰だ?  もう飯の時間か?」
  そう言いながら時計を見たが、まだ七時三十分を指していた。
「大変じゃ!  変な船がこっちに向かっておるわい!」
  その声を聞いてすぐに扉を開けると、そこにはディト爺が立っていた。ディト爺
は既に戦闘準備は整っている様で、右手には杖を持っていて大きな袋を背負ってい
た。
「で、具体的にはどんな船なんだ?」
  俺が落ち着いて尋ねると、ディト爺は左手で頭をポリポリと軽く掻いた。
「一見すれば海賊に思われるが、その船の帆にはあるマークが描かれておったのじゃ
よ……」
「あるマークだと?」
  尋ねると、ディト爺は表情を険しくして口を開いた。
「ふむ、猫の手のマークじゃ」
  猫の手のマーク……。それはまたリオスの手の者じゃねぇか!  猫と言えばあの
黒い猫が関係しているに違いねぇ!
「ディト爺!  そいつはリオスの……」
「恐らくそうじゃろう。ただ、問題はどうやって戦うかじゃ。敵がどんな奴かもわ
からぬ。もし、水上戦を得意とするモンスターじゃとしたら、ディルクは船の護衛
をし、儂とスレイブは敵への攻撃。トラップは武器が二種類あるから、その武器に
よって戦い方を変えられるが……」
  ディト爺は喋りながら袋を床にドンと置くと、袋を開けてあの剣と銃を取り出し
た。そして、その銃と剣を俺の手に握らせた。
「よいか、水上での戦闘は絶対に避けるのじゃぞ。特に、お主の武器は水に対して
威力を発揮する事が出来る武器じゃ。剣は雷の力によって感電させ、銃は風の力に
よって吹き飛ばす。周りの者達に被害が出ない様に注意して使うのじゃぞ」
  ディト爺はまた袋に手を入れると、ゴソゴソと探り出してある者を取り出した。
それは牙の様な飾り物だった。
  確か、こいつをこの剣の柄に付ければ雷を発生させる力を止めて、剣の切れ味を
良くする物だったな。
  ディト爺はそれを俺に渡すと、袋の口を確りと閉めてから背負った。
「剣の力が危険と思ったらすぐにそれを付けるのじゃぞ」
  俺に念を押す様にして注意をすると、ディト爺は俺に向かって軽く手招きをから
廊下を走って行った。
  ……どうやら、俺には暇はねぇ様だな。
  しかし、どんな奴が来るんだ?  いきなり物凄く強い奴が来るってのはなしだぜ。
もしそうだったら、俺達は果たして勝てるのか?
  暇から開放される喜びと、これからの戦いに対する不安。俺はそれをかき消す事
は出来ないまま廊下を走って外へと向かった。
  廊下はいつもより長く感じられた。
  剣を握る手に自然と力が入って行くがわかった。銃は左ポケットに入れて、あの
牙は右ポケットに入れていた。
  廊下を走っていると、クルー達が忙しく廊下を走って客室の扉を叩いている光景
が目に付いた。
  どうやら、本格的に敵が迫って来ている様だな。

第百七十八話「猫の船」

  廊下を走り、階段を上がって行くと、ようやく外に出た。外に出るとすぐに辺り
を見回した。すると、たった数名だけが外に出ていた。しかも、その数人というの
がどれも見た事のある顔だった。
「よっ!  やっと来たか」  
  ディルクは大きな剣を振り上げている。その隣にはスレイブが銃を持って立って
いる。そして、その後ろにはディト爺の姿があった。
  視線を海へと移す。するとそこにはこの船と同じぐらいの大きさがある船がいた。
その船の帆を見ると、猫の肉球が大きく描かれていた。
  その船を見て呆れながらも、俺はディト爺に近付いて行く。
「なあ、アレは何だ?  本当に敵か?」
  ゆっくり歩きながらディト爺に近付いて行く。だが、視線はあの船から離れなかっ
た。何しろ、良く見れば見るほど変な光景が見えるからだ。
  舳先には一匹の猫らしき奴が肉球の型が付いた旗を振り回していやがる。器用に
旗を持っている事から本物の猫じゃなく、リオスが作った猫型ゴーレムだと思われ
る。
  次に目に付くのが船の一番上、つまり帆の上に猫がいやがる。そいつは双眼鏡の
様な物でこっちを見ていやがる。
  そして一番俺の目を引いたのが、船からこっちを見る黒い猫。小さく見える影だ
けだが、それは絶対にあの黒い猫だと俺には確証が持てた。別に証拠があるって訳
じゃねぇが、何かがあいつだと俺に知らせやがる。こいつも猫の呪いによる現象か?
  ……しかし、あいつ、また来やがったか……。今度は戦う事になるのか……。
  いつの間にか船から身を乗り出さんばかりにして、あの船を見ていた。
「でも〜、僕達以外に戦える人がいないって大変ですね〜」
  それを聞いてふと後ろを振り返った。
  よく見ると、俺達以外には誰も出ていなかったんだよな。
「そうじゃな。この船は客はたくさん乗っておるが、あいにく冒険者は一人も乗っ
てはおらんそうじゃ……」
  ディト爺は少し残念そうにうつむいた。
  戦力的には俺達が不利って事か?  ……いや、相手の戦力がわからねぇ以上、ど
うなるかわからねぇ。
「あう〜、僕達が失敗したら責任重大です〜。ドキドキ……」
  スレイブは如何にも緊張している様にして胸に手を当て、大きく深呼吸をする。
「ハハハッ!  そんなに心配しなくて大丈夫だって!  失敗しそうになったらこの
船から逃げりゃいいだけだって!」
  ディルクは豪快に笑いながらも、物凄く残酷で恐ろしい事を言っていやがる。
  ……おいおい、んな事したらやべぇだろうが……。
「そんな事したらヤバイよ〜」
「何、心配すんなって!  証拠なんてもんは爺チャンに頼んで焼却処分すりゃいい
んだって……」
  そうだろ、と言わんばかりにディルクはディト爺の肩をポンと叩く。すると、ディ
ト爺はいかにも任せなさいと言わんばかりに、ドンッ、と胸を叩いた。
「ふふふ、その時はまかせい。爺チャンに不可能はないわい」
  ……俺達は良い奴なのか?  それとも犯罪者なのか?
「あう〜、それじゃ、僕も共犯者になっちゃうよ〜!」
  スレイブは慌てながら辺りをドタドタと足音を立てて走り回ると、ディルクが呆
れた様にスレイブを見る。
「お、おいおい。冗談に決まってるだろ。……ま、気合入れてぶっ倒すぜ!」
  その漫才の様な会話をずっと見ていた俺は、大きくため息を吐いた。
  頼りになるんだが、どうしてこんなに和やかなんだ?  よくやるぜ……。
  そんな事をしている内に、猫の船はこっちに向かっていた。視線をあの船に視線
を送ると、さっきよりも更に迫って来ているのがわかった。

第百七十九話「猫の襲撃」

  近付いて来る猫の船を見ると、いつ戦いが始まってもいい様に剣を強く握って構
えた。
  次第に距離を縮めて来る船の上には、何十匹という猫がいやがる。
「大丈夫ですか?」
  と、後ろの方から男の声が聞えて来た。
  振り替えると、船員らしき男達がいた。全員で五人ぐらいいて、五人とも手に剣
を持っていた。
「なんじゃ?  お主等も戦うというのか?」
  ディト爺が尋ねると、男達は揃って首を縦に振った。
  だが、ディルク呆れた様子で首を横に振った。
「あのな……。こいつはガキのお遊びじゃないんだぜ?  悪いがあんた達の命の保
証は出来ないぜ。殺られそうになった所で、俺達は自分達で精一杯だ」
  ディルクは男達に向かって言うと、男達の表情が曇った。
「ふむ、お主等はとにかく乗客の安全を守って欲しいわい。儂等が全ての敵を排除
出来るとは限らんわい。もし船内に敵が侵入して来た場合、お主等に戦って欲しい
のじゃ」
  ディト爺がそう言っていると、猫の船はとうとうこの船に衝突して来やがった。
  その衝撃によって大きく船が揺れると同時に、猫の船から猫の大群がこの船に乗
り移って来やがった。
  この船と猫の船は隣接していて、最も近い場所から猫が大きくジャンプして乗り
移って来ていやがる。
「早く船内に向かうのじゃ!」
  ディト爺が五人の男達に向かって叫ぶと、すぐに船内へと向かって行った。
  辺りを見回すと、ディルクが既に戦っていた。
「トラップ!  お主は甲板に乗り移って来る奴等を徹底的に叩くのじゃ!  スレイ
ブ!  お主はディルクと共に甲板にいる猫達を叩くのじゃ!  奴等の目的はどうや
らこの船ではなく、儂等だけの様じゃから心配せずに戦うのじゃ!」
  ディト爺の言う通り、猫達は船内へと入る階段を目の前にしても見向きもせずに
俺達に迫って来やがる。
  一匹の猫が正面から俺に飛び付いて来た。
「けっ、上等だぜ!」
  素早く剣を振ると、光り輝く刃が弧を描いて猫に直撃した。
「そうじゃ、その剣を少し改良しておいたわい。暇があるとこういう事がしたくなっ
ての」
  ディト爺は猫を抱き締めながらそう言った。
  相変わらず可哀相な事を……。まあ、俺がやっている事も同じか。
  もう一度辺りを見回し、猫がこの船に乗り移って来ている場所を探した。キョロ
キョロと見ていると、猫が次々に飛び移って来ている場所が一個所だけあった。そ
こは船の後方だ。
  初めは船の前方から乗り移って来ていたが、いつの間にか場所を変えやがったな。
  猫の船はこの船の後方にいやがる。
  場所がわかると、俺はすぐに走り出した。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  走っていると前方から猫が迫って来た。だが、剣を振って光り輝く刃を放つと、
すぐに倒した。
  何匹も迫って来たが、同じ様に剣を振って薙ぎ倒して行った。
  そして、ようやく船の後方に辿り着いた時だった。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  猫の船にあの黒い猫がいるのを発見した。さっき見た時とは違って、場所は帆の
上にいやがる。
「あいつ、また……」
  と、呟いた刹那、途端に体が動かなくなった。
  いや、違う。これは……猫の呪いだぁぁぁぁ!
  突然猫の呪いで体の自由が効かなくなると、いつもとは違って体が猫の姿勢をと
らなかった。

第百八十話「もう一つの意識」

  突然体の自由が効かなくなると、体は剣を強く握り締めると、大きく跳躍した。
そして猫の船に飛び乗ると、前方から三匹の猫が襲い掛かって来やがった。だが、
また大きく跳躍すると、ポシェットからフック付きのロープを取り出すと、それを
上に向かって投げ付け、見事に引っ掛けやがった。フック付きのロープを引っ掛け
ると、すぐに昇って行って上に辿り着いた。
  そこは帆に近い場所だった。下には何十匹という猫がいやがる。
  多分、船内にはまだウジャウジャといやがるんだろうな……。
  すると、体はロープを回収すると、またしても大きく跳躍して帆に近付いて行く。
  こいつ、黒い猫の所に行くつもりだな……。
  しかし……俺より動きがいいんじゃねぇか?
  再びフック付きのロープを投げると、帆の下辺りに引っ掛けた。距離が足りなかっ
たのか甲板に着地する。それから上を見上げると、ロープを握ってからどんどん昇っ
て行く。
  更に猫が横から飛び付いて来た。だが、体は剣を軽く振って薙ぎ払って行く。例
え何十匹来た所で俺を……いや、この体を止める事は出来なかった。
  そして、体は何気なく右方向に剣を二回振った。すると、剣から発生した光り輝
く刃は、遥か遠くに居た猫二匹に直撃した。
  ……どうなってんだ!?  猫の呪いじゃねぇのか!?  俺の体はどうなってんだよ!?
  だが、誰も答えるはずがなかった……。その叫びは決して声になる事はなる事は
ありえねぇ……。
  流れに身を任すしかねぇのか……。
  体はしなやかな動きで、あこちから飛び掛かって来る猫をかわしたり薙ぎ倒した
りと、決して怯む事無く先へ先へと進んで行く。
  ロープを昇り終えると、そこにはあの黒い猫がいやがった。
「……にゃ〜」
  ……と、俺の体は声を発した……。
  ……まともに喋りやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
  黒い猫と俺じゃない俺がすぐに話を始めた様だった。俺も、猫も鳴いていて、何
て言っているのかサッパリわからねぇ。
『……五月蝿い……』
  突如、男の声が何処からか聞えて来た。
  だが、視界には男の姿なんて何処にもない。目の前には黒い猫がいるだけだ。
  もしかして、この黒い猫が喋っていやがるのか?
『……聞け、愚者よ。今よりお前に力を授ける』
  また同じ男の声が何処からか聞えて来た。
  にしても、俺に対して愚者だと!  だいたい俺の何処が愚者だって言うんだ!?
「……どうしたのだ?  独り言が多い様だが?」
  その声は、さっきの男の声とは明らかに違った。少し高い声だ。だが、一番気に
なるのは、さっきの声が聞えたと同時に、猫の口が開いた事だ。
  ……もしかして、さっきの『力』ってのは……。
「気にするな。この体の持ち主が五月蝿いだけの事だ。……それより、本当にリオ
スの味方をしていないのだな?」
「当たり前だ……。奴の下僕に成り下がるほど愚かではない……。姿さえ元に戻れ
ばすぐにでも力になれるのだが……」
  一体何がどうなってんだ?  猫の喋り声が普通に聞えるし、こいつらは何を話し
ていやがるかわからねぇし……。
『……良く聞け、愚者よ。この黒き猫は、リオスによって猫へと姿を変えられた。
少し前まではリオスに味方をしてはいたが、今は我々の味方だ……』
  何者だ、こいつ?  勝手に話を聞かせて来たかと思うと、この黒い猫が味方だ?
『この者は、リオスの命令によって猫型ゴーレムを連れて我々を襲いに来た。この
まま何もせずに戻ると、リオスに殺られるだろう。リオスは魔法によって我々を見
張っているそうだ。今、こうしてこの者と話をしている事すらリオスに見られてい
る確率は高い』
  リオスが魔法を使って見張っていやがったのか……。道理で海上の上まで襲って
来るわけだ。
  しかし、その前にこいつは誰なんだ?  さっきからごちゃごちゃと話し掛けて来
るこいつは……。
『我はお前の中に生まれた意識。お前が猫の呪いと言っているのは我が意識。老人
は猫の呪いを生み出したのではなく、意識を生み出したのだ』
  何だか、ややこしい話になって来やがったぜ……。
  突如、体が後ろを向いて剣を振りかざした。
「何故死を望むか……」
  俺が……いや、もう一つの意識が悲しそうに言葉を発した。
  甲板には、何十という猫がこっちを見て牙を光らせていた。

 1999年3月18日(木)23時06分20秒〜4月02日(金)23時10分19秒投稿の、帝王殿の小説第百七十一話〜第百八十話です。

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