第百一話〜第百十話

第百一話「また…」

  しばらく泳いでいると、正面に壁が見えてくる。左方向は、少し遠くの方に同じ
く壁が見える。とすると、ここは右に向かうしかねぇな。
「ディト爺、右へ向かうぜ」
  すると、ディト爺の姿を確認するべく、後方を見た俺は、思わず硬直しかけた。
何故なら、ディト爺の少し後ろの方には猫の大群が追いかけて来ていたからだ。
「な、なんでこんな所まで猫が来てんだよ!?」
  俺は驚きのあまり、少しその場で止まっていたが、すぐに泳ぎ始める。
「ディト爺!  早く逃げるんだ!」
  後ろも見ずに俺が大きく叫ぶ。そして、俺は力の限り泳ぎ始める。
  こんな所であいつらに殺られちまうわけにはいかねぇんだよ。第一、あんな猫に
殺られちまったら情けねぇじゃねぇか。
  必死に泳いでいると、後方から、バチャバチャバチャ……。という音が聞こえて
くる。しかも、その音は一匹やそこらの話じゃねぇ。何十、何百という数だ。これ
じゃ、逃げ切れるかも問題だぜ。
  俺が必死に泳いでいるにも関わらず、猫との距離は少しづつ短くなってきやがる。
「ふふふ、なんとか追いついたわい」
  すると、いつの間にかディト爺が俺のすぐ近くまで来ていた。その表情は少し安
心した様子だった。
「爺チャンを守って〜!」
  すると、ディト爺が素早く俺に抱き着こうとする。そのディト爺を素早く殴り飛
ばす。すると、ディト爺はにやりと笑う。
「ふふふ、て、れ、や、さん!」
「いい加減黙れ!」
  思いっきりディト爺を殴り飛ばすと、俺はイライラしながら泳ぐ。
「にゃにゃにゃ〜!」
  後方で猫が泣き叫びながら迫って来る。その距離は、まだ少し余裕がある。果た
して、このまま逃げ切れる事は可能なのか?
  そして、前方を見ると、なんと床があるじゃねぇか。この事で、俺は一気に力が
出てきた。
「ディト爺!  もう少しだ!」
  隣で必死に泳いでいるディト爺に向かってそう言うと、俺は一気に泳ぐ。
  そして、そのままの勢いで床まで到達すると、床に上り、辺りを見回す。
  後方からは猫の大群が接近しつつある。右方向はまだ水が入っていない所だ。左
方向は水が入っている。そして、その水が入っている方に、変な所に床があるのを
発見した。途切れ途切れになりつつも、ここの床と、向こう側の床となんとかつな
がっている様だ。だが、少し距離があり過ぎる。これじゃ、ジャンプをしても届き
そうにはない。
  一体なんの為にあの床はあるんだ?
「ほれほれ!  早く先に進まんと、爺チャンいや〜ん、どうして結婚なんてしちゃ
うの〜?  いやいや、お主が早くせんからじゃよ。そんな酷すぎ……」
「かってに話を作ってんじゃねぇ〜!」
  思いっきりディト爺を殴ると、左方向の水のある方へと飛び込み、先へと進む事
となった。
  しばらく泳いでいると、あの猫の大群がまた後方から迫って来る。
  くそっ、一体どうしたらあの猫の大群を追い払えるんだよ!

第百二話「飛び渡れ!」

  後方の猫の大群に気を付けながら、必死に泳いでいると、前方に床が見えてくる。
その床に近付いて、そして乗っかると、辺りの様子を確認する。
  後方は、猫の大群が俺達を追いかけて来ている。前方は、またしても水がなく、
下まだの距離は、約七メートルはあるんじゃねぇか?  こんな所に落ちたらやべぇ
な。二度と出る事は出来ねぇ。そして、その後は、猫の餌食になっちまうぜ。前方
をよく見ると、ここと同じぐらいの高さがある床が途切れ途切れにある。そこをジャ
ンプしながら渡って行くしかねぇ様だな。それ以外、俺達には道は残されてはいねぇ
からな。
  後ろを振り返ると、いつの間にかディト爺が立っていた。そして、更に少し後ろ
には、猫の大群が迫りつつある。
「ディト爺、もう行くぜ。絶対について来いよ」
「ふふふ、地獄の果てまでおともするわい……」
  そう言って、ディト爺が俺にくっ付いてくる。
「やめんか!」
  思いっきりディト爺を殴ると、俺は前方を見る。
  ここから次の床までの距離はそうたいした距離が空いている訳じゃねぇな。これ
なら、ディト爺も簡単に行けるだろうな。
  素早くジャンプすると、床に飛び移る。続いて、ディト爺もジャンプして飛び移
る。
「ふむ、これならなんとかなるわい」
  余裕のある一言をディト爺が言っていると、後方で猫の大群が迫って来ているの
を思い出して、すぐに次の床に飛び移る。続いて、ディト爺も……。
「ぬごぉ!」
  突然、ディト爺が飛び移るのに失敗して、床の手前で落ちそうになった。素早く
ディト爺の手を掴み、なんとか助かった。
  ディト爺は、苦笑いしながら俺を見た。
「ふふふ、ちっと油断してしもうたわい」
「ばーか!  どんな時も油断すんなって。油断大敵って言うだろ?」
  俺は一気にディト爺を引き上げると、素早く次の床へと飛び移る。そして、ディ
ト爺も飛び移る。
  何度もそうしている内に、やはり猫は身軽とは言えども、間抜けな奴もいる様で、
下に落ちてしまった猫が何匹もいた。当然、上る事は出来ず、下は猫地獄と化して
いた。
  下の方からは「にゃ〜にゃ〜」と猫の鳴き声が響いてくる。まるで、俺達が落ち
てくるのを待っているかの様に。
  呑気に下を見ていると、突然、一匹の猫が俺達に向かって飛んで来る。
「ふにゃ〜!」
  その勢いは、物凄いものだったが、あまりにも勢いがよい為に、目標を誤り、下
へ落ちて行ってしまった。
「馬鹿だな……」
  そんな猫を見て呟いていると、また猫が飛んで来る。しかも、何匹も飛んで来や
がる。
  どうやら、ここにいては危険だな。早く先に進むしかねぇな。
  俺は次の床に飛び移ると、続いてまた飛び移る。一体何処まで行けばいいのかわ
かんねぇが、この先に絶対に何かがあるはずだ。

第百三話「飛べ」

  次々とジャンプをして飛び渡っていると、前方に壁らしき物が見えて来る。
  どうやら、あそこまで行けば何かがあるらしいな。
「ディト爺!  後もう少しだ。頑張れよ!」
  後方で少しペースの遅いディト爺に向かってそう言ってやると、俺はまた次の床
へと飛び移る。かるく着地すると、何気なく下を見た。そこは、崖下の様だって言っ
ても過言じゃねぇな。何しろ、下までの距離がかなりあるからな。こんな所に落ち
ても生きているの猫達は、それ以上に恐いがな。
  少し下を眺めると、すぐにまた次の床へと飛び移る。
「ほれほれ!  猫がすぐそこまでやって来ておるわい!」
  ディト爺が後ろでそう言っているので、俺は少しだけ後ろを見た。すると、ディ
ト爺のすぐ後ろには、猫の大群が迫りつつあった。
「ディト爺!  急げ!  早くしろよ!」
  俺は少し焦りながらディト爺に向かって叫ぶと、俺はまた飛び移る。そして、ま
た次の床へと飛び移ろうとして前方をよく見ると、そこはもう壁がある行き止まり
の様だった。だが、壁をよく見るとスイッチらしき物がある。多分、また水が入っ
たり無くなったりするんだろうな。
  じゃあ、今水の入っていないここは、水が入る訳だよな。じゃあ、帰りはまたこ
こを引き返すんだよな。それじゃ、あいつらをなんとかしとかねぇと、大変な事に
なるじゃねぇかよ!
  なんとか手段はねぇのか!?
  俺は考えながらジャンプをして、最後の床へと着地する。もう、ここから先はな
い。終点だな。
  もしかしたら、ディト爺が何かいい発明品を持っているかもしれねぇな。それに
賭けるしかねぇな。
「ディト爺!  猫の大群をこの下に落とす様な物はねぇか!?」
  俺が大きく叫んで言うと、ディト爺は一瞬にやりと笑った。
「ふふふ、そういう事ならお任せじゃ。この、スベスベになって、お肌も奇麗〜。
じゃがしか〜し!  滑り過ぎてギャグまで滑ってしまうわい!  こりゃぁ、悪魔な
物じゃの〜。いやいや、兄さん、これをライバルに仕掛けると……」
「いい加減しねぇか!」
  ポケットにしまっていた銃を取り出すと、素早く引き金を引いてディト爺の近く
の床を撃つ。
  すると、流石にディト爺も驚いた様子だったが、すぐににやりと笑い出す。
「ふふふ、激しい愛情表現じゃの。可愛い奴」
「いい加減にしろって言っているのが聞こえねぇのか!」
  銃口をディト爺に向けると、ディト爺は顔を赤らめる。
「いやん……」
「五月蝿い!」
  思いっきり大きく叫ぶ。すると、ディト爺はすぐに袋を探り出す。そして、何か
の入れ物を取り出す。
「これはじゃな、これを床などにつける事により、滑りまくる様になっておるのじゃ
よ。ただし、効果持続時間は一分のみじゃ」
  ディト爺が真剣な表情になると、俺は少し安心した。そして、猫の大群を見ると、
一塊になって走ってきていやがるのがわかる。これなら、一分も必要ねぇな。
「そうか、そんだけ持てば十分だぜ。早くそれを使ってくれ」
  俺がそう言うと、ディト爺はその小さな入れ物の蓋を開けると、何かから出てく
る液を床一面に垂らす。そして、すぐにディト爺は俺のいる所へ向かってジャンプ
をした。
  なんとかディト爺かここに辿り着いた事により、俺は安心する。
  さてと、後は、あの猫の大群が下に落ちていくのを待つだけだな。

第百四話「進め!」

  床に変な液体を垂らしたディト爺は、素早くこっちに向かってジャンプをして、
俺のいる所まですぐにやって来た。
  その刹那、ディト爺がさっきまでいた床にいっせいに猫の大群がジャンプをして
乗っかる。すると、突然、猫が滑り始めてどんどん下へと落ちて行く。何匹も何匹
も下へと気持ちよく落ちていく。ジャンプをして他の床へと行き、助かった猫もい
たが、まだ滑る効果が続いていた為か、不幸にも落ちて行った。
  そして、あっという間に全ての猫が下へと落ちて行ってしまった。
「ふむ、どうやら一分も必要なかった様じゃな」
  俺は辺りに猫がもういない事を確認すると、壁にある小さなスイッチを押した。
すると、何処からか水が流れ出る音が聞こえて来る。
「もしかして……」
  急いであの大量の猫が落ちて行った所を見ると、そこからは既に水が流れ出てい
た。
  このままここで待っていたら、猫が浮いて来やがる。そうなったら、危険だぜ!
「ディト爺!  急いで引き返すぜ!  早くしねぇと、死ぬ事になっちまうぜ!」
  俺は素早く引き返す為、ジャンプをして床へと飛び移る。そして、床が全く滑ら
ないという事を確認すると、また次の床へと飛び移る。
  ディト爺が作った発明品は、確かに効果があるな。しかも、一分を過ぎたら完全
に効果がなくなっちまう物まで作るとはな……。
  ディト爺は、後方で必死なって俺を追いかける様について来る。下の方を見ると、
猫の大群が俺達について来ている気配はない。落ちた所で、ずっと止まっている様
だ。
  下に落ちれば、その衝撃で怪我をする事はないかもしれねぇが、猫に捕まっちま
うぜ。そうなったら、確実に終わりだな。
  急いでジャンプをして先へと進んでいると、下の水がかなり溜まっているのが見
える。
  もう、完全に溜まるまで時間はあまりねぇな。猫の大群が追っかけて来るまで時
間はもう少ないな。
  後方では、まだディト爺が少し遅れていやがる。このままだと、ちょっと辛いぜ。
  しばらくジャンプをして進んでいると、前方に少し高い床が見えて来た。その床
をジャンプして乗ると、辺りを見回す。
  後方には、ディト爺が必死にジャンプをしながらこっちに向かって来ている。前
方は、水がなくなって、下には何メートルという穴が広がる。
  ここをどうやって渡るかは……。
  辺りを見回すと、左方向の壁に床があるのが見えた。その床は、一番初めは高さ
は高いものの、だんだん低くっている。中心部分になるとかなり低くなる。ただ、
その後はまた高くなっていて、最終的には向こうに見える床と同じぐらいの高さま
である。途中で途切れ途切れになっているものの、ジャンプをすれば大丈夫だろう
な。
「ふう、やっと着いたわい」
  いつの間にか、ディト爺が俺の隣に来ていた。
  ディト爺はかなり汗が出ていて、肩で息をしている程だ。疲れている様だな。
「疲れているだろうが、お次はあそこを渡るぜ」
  そう言って、俺は左方向の壁の近くにある床を指差した。

第百五話「やはり変」

  俺とディト爺は壁際まで走り、壁の近くにある途切れ途切れになっている床を見
た。
  床の大きさは、約五十センチぐらいだ。ただ、中央に近付けば近付く程床の大き
さは小さくなっていやがる。その上、床と床との距離も広がっている。中央辺りが
一番危険だって事だな。
  だが、それでも先に進まなくてはならねぇんだ。このままこんな所でくたばって
たまるかよ!  死ぬのはもっと先の話だぜ!
「じゃ、さっさと行くか!  こんな所でトロトロしていたら、猫に追いつかれちま
うからな」
  俺はそう言って、初めの床へと飛び移る。そして、続いて次の床へと飛び移る。
  ふと後ろを見ると、ディト爺も疲れているながらも頑張ってついて来ている。
  今のところ、猫の影は見えねぇな。だが、追いつかれるのも時間の問題だな。な
んとかして、早く先に進まねぇとな。
  そう思いながら、ジャンプして次の床へと飛び移る。
「ぬごっ!」
  突然、後方でディト爺の変な声が聞こえてきた。素早く振り替えると、ディト爺
が床から落ちそうになっていた。今や、見えているのは床にしがみついている指く
らいだ。
「ディト爺!  待ってろよ!」
  そう叫んで素早く引き返す。ディト爺がいる床は、ここから一つ離れたところだ
から、すぐに行った。
  だが、俺がそこへ辿り着いた刹那、ディト爺は力尽きて指を離してしまった。
「ディト爺!  こいつに捕まれー!」
  素早くポシェットからフック付きのロープをディト爺に向かって投げつける。す
ると、見事にディト爺の頭にヒットし、そのロープがディト爺の首に絡まった。
「ふー。なんとか助かったな……」  
  ディト爺を首吊りのまま引き上げると、ディト爺はとても元気そうだった。
  おいおい、なんで首吊りにされといて、元気になってんだよ……。
「ふふふ、元気が出てきたわい。さくさく行こうではないか!」
  何故か異常に元気のあるディト爺は、早くも次の床へと飛び移って行った。
  ディト爺、おめーはおかしいぞ……。
  俺は何処か間違っているディト爺の背中を見ながらそう思った。
「ふふふ、どうしたのじゃ?  元気がないぞ。ほれほれ!  さっさと先に進もうで
はないか!」
  ディト爺は立ち止まってそう言った。
  それもそうだな。ディト爺が疲れていないなら、俺も安心が出来るってもんだな。
それに、まだまだ先は長い。こんな所で立ち止まっていも仕方がねぇしな。
「わかったよ!  それより、また足を滑らして落ちるんじゃねぇぞ」
  俺はディト爺にそう警告すると、ジャンプして次の床へと飛び移って行った。

第百六話「ディト爺の究極連打攻撃!?」

  首吊りによってディト爺は物凄く元気になり、ディト爺に対するこれから先の不
安が少しは和らいだ。だが、ここで油断する訳にはいかねぇな。その証拠に……。
「ぬご〜!  また落ちてしまうわ〜い!」
  ディト爺は、少し先の床で、また滑って落ちそうになっている様だ。
  ったく、何をしているやら。
「もう少し待ってろよ!  すぐに行くからよ!」
  俺は落ちかけているディト爺にそう言うと、素早くジャンプして床を渡り進む。
  三つ程床を渡って行くと、丁度中央辺りの床に辿り着いた。その床は、幅がとて
も狭くなっていて、少しでも油断していたら足を滑らして落ちてしまいそうだ。
「おお〜い!  儂はここじゃ〜!」
  下の方からディト爺の声が聞こえてきたので下を向くと、そこにはディト爺の手
が床にあった。
  仕方なくディト爺の手を持ってやると、ゆっくりと引き上げてやる。
  ディト爺がなんとか床まで上げると、ディト爺は何故か顔を赤らめた。
「愛しい貴方の手が……」
「もう一回落ちやがれ!」
  俺はディト爺を素早く蹴ると、ディト爺は下へと落ちそうになりながらも、次の
床へと飛び移った。
「ふふふ、変わった愛情表現じゃが、爺チャンはそんな貴方が、す、き!」
「いっぺん殴り殺したろうか!」
  俺は一気にディト爺のいる床へと飛び移ると、ディト爺を殴ろうとした。だが、
ディト爺はまたしても次の床へと飛び移る。
  くそっ、ディト爺の奴め……。
  俺はイライラしながらディト爺を見た。ディト爺はにやりと笑いながら俺を見て
いる。
「ふふふ、可愛いの〜。そんなに爺チャンと一緒にいたいのかの〜」
「誰がだ!」
  俺は大きく叫ぶと、またディト爺のいる床へと飛び移る。だが、ディト爺はまた
次の床へと飛び移った。
  くそっ!  ぜってーに殴り倒す!
  俺は更に怒りを込めてディト爺を追いかける。だが、ディト爺は素早く逃げる。
「ふふふ、爺チャンは首吊りパワーによって、一気に力がみなぎったのじゃよ」
「変な事で力をみなぎらせているんじゃねぇ!」
  思いっきり大きな声で叫ぶと、再びディト爺のいる床へと飛び移る。だが、ディ
ト爺は素早く次の床へと飛び移る。
「ほれ、もうここで終わりじゃな」
  ディト爺は先の方を見てそう言うと、少し安心した様に俺を見た。俺も次の床へ
と飛び移るとそこの先にはちょっとした段があり、そこを進むと、そこから先は水
が一杯溜まっている。
  隣にいるディト爺を思いっきりなぐって水の中へと突き落とすと、俺はその水の
中へと入った。

第百七話「月光のルシェル」

  何処までも続くと思われるような水路を泳いでいると、左方向に床が見えてくる。
  俺はその床に乗ると、辺りを見回した。この床から先は、まだ水が入っていなく
て、下に広がるのはただの闇だ。何処かにスイッチがあるはずだ。多分、こっち側
にはまだ進むなという事だろう。あのまま水路をずっと真っ直ぐ進んでいるのが正
解だろうな。
  俺は再び水の中へと入ると、また泳ぎ始めた。ディト爺も俺になんとかついて来
ている様だ。
  首吊りをして元気になったディト爺は、水に入ってすぐに元気がなくなってしまっ
た。だが、それ程元気がないって訳じゃねぇから安心出来る。
  しばらく泳いでいると、後方から猫の大群が泳いでいるのが見えてくる。しかも、
前よりもかなり速いスピードだ。このままじゃ、ディト爺が確実に追いつかれちま
うぜ。
  ディト爺と猫の大群との距離は、かなり近い。しかも、少しずつ狭まっている。
「ディト爺!  もっと急ぐんだ!」
  俺が大きな声で叫ぶが、ディト爺は全く反応はなく、泳ぐ速度は変わりなしだっ
た。
  このままじゃ、ディト爺が危険だ。だが、ここで俺がディト爺の元へ行っても何
も出来やしねぇ。あいつらを追い払う事は不可能だ。
  あの剣を使ったとしても、俺達もただじゃすまねぇだろうな。下手したら、俺達
が死んじまうしな。
  俺はディト爺の方を見ながら泳ぎ続ける。少しずつ猫の大群がディト爺に迫る。
  更に、猫の大群はディト爺に迫り、ほぼディト爺に接触しかかったその時だった。
突然、猫の大群を何者かが突き進んでいるのが見えた。しかも、猫を剣で斬っ
ている。
  そして、ディト爺の隣まで来ると、ディト爺を背負って泳ぎ始めた。
  その様子を見ていた俺は、すぐ前に床があるのにようやく気が付いた。その床に
乗ると、ディト爺の方を見た。
  すると、ディト爺を背負って泳いでいるのは見た事もない男だった。男はディト
爺を背負っているのにも関わらず、そのペースは全く衰えはしなかった。
  そして、俺のいる床へと辿り着くと、ディト爺を床に立たせた。
  男は金色の髪をした男で、腰には鞘があり、立派な剣が入っている。身長は、百
七十センチぐらいだろうな。
  男は俺を少し見ると、ディト爺の方にすぐに向き直って表情を和らげた。
「な、なんじゃ!?  ルシェルじゃと!?  どうしてこんな所に来ておるのじゃ!」
  ディト爺は物凄く驚いた顔をして男を見た。
「なんだ、ディト爺の知り合いなのか?」
  俺はまだ驚いた顔をしているディト爺に尋ねると、ディト爺はコホンと軽く咳払
いした。
「ふむ、こやつはな、儂の従兄弟の息子なのじゃよ。昔はよく遊んでやったものじゃ
よ」
  ディト爺は懐かしそうにルシェルと呼ばれた男を見ていた。
「まさか、爺チャンがこのダンジョンへ侵入した者だったとはな」
  ルシェルと呼ばれた男は俺を見る。
「俺は月光のルシェル。厄介なクエストに挑むのが俺の生きがいでな、こうしてこ
のダンジョンへと挑みに来た。爺チャンには苦労しているんじゃないか?」
  ルシェルは少し苦笑いをして俺を見た。すると、俺も苦笑いをする。
「お互い、大変な様だな。ディト爺にはかなり苦労しているぜ」
  そして、ルシェルと俺は一緒に軽く笑い始めた。
「ほれほれ、いつまでもここにいると危険じゃ!  すぐに猫の大群が来るわい」
  ディト爺の言葉を聞いて、すぐに笑いを止めると、ルシェルは真剣な表情をする。
「詳しい話は後でする。今は、この状況を切り抜けるのみだ」

第百八話「ルシェルの語り〜前編〜」

  前方に広がるのは、まさに崖としか言い様のない光景だ。何処まであるかわから
ない程の高さにこの床はある。
  辺りを見回すと、いつもならあるはずの飛び渡っていく為の床が全く見当たらな
かった。壁際を見ても、それらしき物は見当たらない。
  一体どうしろって事なんだ?
「あれは……。動く床か?」
  隣にいたルシェルが小さく、ささやくように言った。そして、ルシェルは前方の
暗い奥の方を指差した。そこを、必死に目を凝らして見てみると、少し大き目の床
が宙を浮いているのが見えた。しかも、それは宙に浮いているだけではなく、ちゃ
んと動いていやがる。
「ふむ、なんらかの魔法が掛けられている様じゃな。そして、ある決まった法則の
道筋をずっと動き続けているのじゃろうな」
  ずっと、って事は、昔から、そして、ここが出来た時からずっと動き続けているっ
て事なのかよ?  休むことなく、永遠に……。
  そんな事を考えながら宙を飛んでいる床を見ていると、床がこっちへと向かって
来た。
  すると、ディト爺は早速飛び乗った。
「お、おいおい、罠かもしれねぇぞ」
「その時はその時じゃ。それとも、このままここで待っていて、猫に殺されたいの
か?」
  俺は無言のまま床に飛び乗ると、最後にルシェルが飛び乗った。
  宙に浮かぶ床は、俺達を乗せて、何処かへと動き出す。
  辺りを見ると、下は闇、床の方を見ると、既に猫の大群が来ていた。猫の大群は
俺達の姿を確認すると、無謀にもジャンプをして下へと落ちて行った。
  これで、とうぶんは大丈夫だろうな。
  俺はルシェルの方を向くと、床に座った。
「さってと、しばらくは落ち着ける事だろうし、話ってのを聞かせて貰おうか?」
  すると、ルシェルも床に座り込み、ディト爺も座った。
「ああ、わかった。で、まずはどういう事から話そうか?」
  ルシェルは鞘から剣を抜き放つと、剣を少しだけ見た。
「そうだな。まずは、どうしてここに来たかだ」
  ルシェルは、その剣を鞘におさめると、ディト爺が出したお茶を少し口に含んで
からゆっくりと話し始めた。
  話によると、ルシェルはいつも謎に満ちたクエストに挑む無謀な奴だったそうだ。
そんなルシェルが、ある日、耳にしたクエストって言うのが、このキスキン国の罠
だらけの地下ダンジョンの事だった。今までにこのダンジョンに挑んで見事に生還
した奴は誰一人としていなかったそうだ。しかも、ここに潜り込む為には、罪人と
なる覚悟が必要だった。それは、ここが罪人の処刑所みたいな所だったからだそう
だ。
  そして、いつしかこのダンジョンには凄い宝があるという噂が流れ始めた。ある
盗賊が、このダンジョンに宝を持ったまま、罪人としてここに落とされ、そのまま
ここで死んでしまったという事らしい。そして、その宝は未だにこのダンジョンに
眠っているって事らしい。
  決して誰も脱出する事の出来なかったダンジョン。それは、ルシェルにとって、
このダンジョンこそが宝の様に思えたらしい。名誉の為でもない、金の為でもない、
ただ、ここを制覇したいという思いから、このダンジョンに自らの決断で挑みに来
たらしい。
  そんな話を聞いて、俺は胸が弾んだ。このダンジョンには宝がある。定かな事じゃ
ねぇが、存在するかもしんねぇ。これは、絶対にやるしかねぇな!
  俺は、まだ見ぬ宝に期待を膨らましていた。
  床は、そんな俺を乗せて何処かへと飛び続けていた……。

第百九話「ルシェルの語り〜後編〜」

  宙を浮く床は、俺達を乗せて何処かへと飛び続けていた。孤独に飛び続けていた
床は、俺達を乗せて力強く飛び続けていた。
「それにしても、ここまで来るのは簡単だったよ」
  ルシェルは、そういって少し笑って見せた。
「な、なんだって!?  それはどういう事だよ!」
  俺は驚いて立ち上がって、ルシェルを見た。すると、ルシェルは少し不思議そう
に俺を見た。
「なんだ?  知らなかったのか?  城には、色々な所からこの地下へとつながって
いてな、その一つ一つが全て違う所につながっているんだよ。そして、俺が入った
のは、地下三階へとつながるものだったのだよ」
  つ、つまり、俺がそこに落ちていたら、こんな苦労はしていなかったって事かよ?
いくらなんでも不公平じゃねぇかよ。
  そして、ルシェルは、ここに来るまでの事を詳しく話してくれた。
  まず、ルシェルはとある情報から得た城壁にある隠し通路を知り、そこを通って
城へと侵入したそうだ。その後は、適当に城の中を歩きまわり、地下への侵入口を
探したそうだ。そして、いくつか見付かった内、運任せでその穴を決め、思い切っ
てその穴へと飛び込んだそうだ。
  その後、地下三階へと落ち、そこから俺達と合流すべく、先へと進み出したそう
だ。そして、ディト爺が猫に追われているところを発見し、剣で猫達を倒しながら
先へと進んで行ったそうだ。
  俺ががっくりとしてその場に座り込むと、ディト爺が少し首を傾げてルシェルを
見た。
「なんじゃ?  いつもの愛用の剣はどうしたのじゃ?」
  すると、ルシェルは苦笑いしながら、鞘から剣を抜き放った。
「愛用の剣は、今はまだ使用する訳にはいかなくてな。だから、俺のよく使ってい
る剣を持っているのだよ。あの剣は、あまり使わない様にしているだけだ。いざと
いう時にだけにしているのだよ」
  そう言うと、ルシェルはその剣を鞘におさめた。すると、ディト爺は少し可笑し
そうにルシェルを見た。
「ふふふ、まったく、お主という奴は。命知らずな奴じゃわい。あの剣なら、お主
の本領が発揮されるというのに……」
「ふっ、それは一つの楽しみというものだよ。自分の本当の力を出さずに何処まで
行く事が可能かってな」
  ルシェルは少し笑って見せると、ディト爺も少し笑った。
「ふむ、まったく変わった奴じゃわい。月光のルシェルの名が泣くぞ」
  俺はそんな二人の会話を聞きながら、何処かへと飛び続ける床の行く先を見つめ
ていた。
  一体何処まで行くんだろうか、この床は。もしかしたら、このまま果てしなく飛
び続けるって事はねぇよな。
  床は何処かへと飛んで行く……。闇を孤独に飛んで行く……。何処へ行くのかわ
からないが、必ず着くと信じて……。

第百十話「油断」

  床は何処までも飛び続けている。ルシェルの話をしばらく聞きながらその時を過
ごしていた。
  しばらくルシェルとディト爺の話を聞いていると、前方に床が見えて来る。
「おい、どうやら到着するようだぜ。ここが終点のようだぜ」
  その言葉に、ルシェルとディト爺も前方を見る。
  少しずつその床へと近付いていく。そこをよく見ると、すぐに壁があるだけに見
えるが、よく見ると、壁にスイッチらしき物が見える。それを押せば、何かが起こ
るって事だろうな。
  ルシェルは、ゆっくりと立ち上がって、床がその床へと近付いたと同時に飛び移
る。続いて俺も飛び移った。そして、最後にディト爺も飛び移った。
  辺りを見回すと、やはり壁にスイッチがあるだけだ。注意しながらそのスイッチ
へと一歩ずつ近付く。そして、そのスイッチに手を伸ばそうとした。
「待て!」
  突然、ルシェルが俺を呼び止めた。
  俺は後ろにいるルシェルを見た。
「なんだよ?  ここはスイッチを押せばいいだけだって。何もないさ」
「それが、敵を油断させる罠だとしたら?」
  と、ルシェルの鋭い一言。
  確かにそうだな。あまり他人に注意されるのは心地よくねぇが、確かに今の俺は
油断しているな。最近は罠が少ねぇから、油断しているのは事実だ。
「じゃあ、一体何処に正解のスイッチがあるってんだよ?」
  すると、ルシェルは薄く笑み、俺の隣まで歩いて来ると、俺をそのスイッチから
遠ざけた。そして、ルシェルは剣をおさめたままの鞘を右手に持つと、その鞘がギ
リギリにスイッチへと届くぐらいまで離れると、俺の方を見た。
「いいか?  こういうのには罠があるという事だ。ただ、その罠を作動させてこそ
先へと進む道が開かれるという事もある。誰かが犠牲になって先へと進む事が出来
るという罠があるというのは事実だからな」
  誰かが犠牲になって、先へと進む事が可能になる罠は、実際には殆ど見た事がねぇ
んだが、確かに存在する。非道ではあるが、こっちの砦に仕掛けるとしたらどれ程
心強い罠か。まあ、俺は罠を仕掛けるより、罠を解除する方が好きだがな。
  ルシェルは、スイッチの方を向くと、鞘でそのスイッチを押す。その刹那、ルシェ
ルがいたすぐ前の床に大きな穴が開く。その穴は、スイッチを押したと同時に作動
した、つまり、俺がさっきそのスイッチを押していたら、今頃は何処かへと……。
  そう考えるとぞっとした。こんな所で落ちたら、死ぬ可能性は高い。つまり、ル
シェルが注意してくれなかったら、今頃、俺はここにはいないって事だな。
  そして、少しするとそのスイッチがあった右の辺りから、新たなスイッチが姿を
現した。
「すまねぇな。御陰で助かったぜ」
   すると、ルシェルは少し和らいだ笑みを浮かべた。
「なに、気にする事はない。こういう職だとな、嫌でも慣れてしまうからな」
「どういう職なんだ?」
  だが、ルシェルは答える事はなく、すぐにその笑みを消し、無言のまま壁のスイッ
チを鞘で押した。
  すると、後ろの方で水の音が聞こえてくる。これで、また新たな道が広がった訳
だな。
「ほれほれ!  早く行かんと動く床が出発してしまうわい!  さっさと乗り込むの
じゃぞ!」
  ルシェルへの疑問を残しながら、俺は急いで動く床へと飛び乗る。最後にルシェ
ルが飛び乗ると、床はゆっくりと宙を飛び始める。
  そういや、ディト爺の正体ってもまだ知らなかったよな。その知り合いのルシェ
ルか……。謎だらけだな。このダンジョンを出た時には、全てを教えてもらわねぇ
とな。
  床は、また飛び続けた。俺達を乗せて、来た道を引き返す……。

 1998年8月17日(月)11時09分38秒〜9月12日(土)16時19分31秒投稿の、帝王殿の小説第百一話〜第百十話です。

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