第百十一話「ルシェルとディト爺」 床は何処までも飛び続ける。闇なる空を飛び続ける。 「ふむ、ルシェルよ、本当の目的はなんなのじゃ? いくら危険な事を好き好んで 挑むお主じゃが、他にももっと危険な所はあったはずじゃぞ」 ディト爺は、お茶を飲みながらルシェルに話し掛けていた。 ルシェルは、少し笑った。 「ははは、流石は爺チャンだな。どんな事でも見透かしているな」 ディト爺はにやりと笑ってルシェルにお茶を差し出した。それをルシェルがゆっ くりと飲み出す。すると、ディト爺は俺にもお茶を差し出した。 「まあ、ここに来た理由というのが、単なる危険を好き好んで来たという訳ではな く、ちょいとした事があってな。その目的を果たす為に、わざわざここまで来たっ て訳だ」 深くは話さなかったが、ディト爺はにやりと笑って、その理由を理解した様だっ た。俺にはさっぱりわからなかったが、聞いたところで仕方ないだろうな。 辺りを見回すが、未だに床は宙を飛び続けていた。一体いつになったら着くのや ら。まあ、引き返しているだけだろうから、着く場所がわかっているだけでもいい か。 「ふむ、そろそろ到着の様じゃぞ」 ディト爺がお茶を袋に入れながらそう言った。 前方を見ると、確かに床が見えている。しかも、その床には何匹もの猫達が座っ て待ち伏せをしていた。 「おいおい、どうすんだよ、あれを!」 だが、ディト爺は特には驚いた様子が見られない。それは、ルシェルも同様だっ た。 こんな状況でよく落ち着いていられるぜ。下の方は水が少しずつたまっているっ て事は、この下に落ちて行った猫がやって来るって事なんたぜ!? 下を見ると、水はもう確認出来るぐらいの高さまで来ていた。しかも、その水面 には大量の猫が浮かんでいる。 おいおい、冗談じゃねーぜ。下には猫。前にも猫。この状況をどうしろって言い たいんだよ!? すると、ディト爺とルシェルは立ち上がり、共に武器を構える。 「さてと、久々にお主の力を見せてもらうかの?」 「そう言う爺チャンだって、ちゃんと力を見せてくれよ」 二人はにやにやとしている。まるで、この状況を楽しんでいる様だった。 「ほれ、トラップ! お主も一緒に飛ぶんじゃぞ!」 「何言ってるんだよ!? 向こうの床には猫が待ち伏せしていやがるんだぜ!? 俺に 死にに行けって言いたいのかよ!?」 すると、ディト爺はいつもの様なにやりとした顔をする。 「ふふふ、爺チャンが抱きしめてあげる!」 「とっととくたばれ!」 想いっきりディト爺を殴り飛ばすと、俺は正面を向き、あの猫がいる床を見つめ た。 「こっちには策がある。まず、俺が剣で奴等を切り裂いて道を作る。そして、次に 爺チャンが向こうに渡り、剣技で奴等を威嚇する」 「おいおい、威嚇って言ったってよ、奴等は絶対に動じないんだぜ!?」 だが、ルシェルは大丈夫と言わんばかりに表情を和らげた。 「けっ、わかったよ。だが、失敗は許されねぇ。チャンスは一度なんたぜ」 そうこう言っていると、ルシェルが先に床からジャンプして少し距離の空いた向 こうの床へと飛び移った。すると、予想していた通り、猫がいっせいにルシェルに 群がって来る。 だが、その猫はルシェルが剣でいっそうする。左右へと軽く振り、上方からジャ ンプして迫りつつあった猫を軽く薙ぎ払い、後方から不意打ちをしようとしていた 猫は、ルシェルが振り向いたと同時に切り裂かれていった。 「爺チャン! 今だ!」 まだルシェルの後方には沢山の猫がいるのにも関わらず、ディト爺を呼ぶ。 すると、ディト爺はなんの躊躇いもなくジャンプをして渡った。 「トラップも来るんだ!」 続いて呼ばれた俺は、仕方なくジャンプをして床へと飛び移った。 俺が飛び移ったと同時に、ディト爺が杖に手を掛け、技を出そうとしていた。 「斗菟剣技・剛陣!」 その刹那、杖から何かが出て来て、左方向の壁を破壊する。すると、壁が破壊さ れ、砕け散った壁の巨大な破片が水面を泳いでいた猫達に襲い掛かった。 「ふぎゃゃゃゃゃ〜!」 断末魔の悲鳴と共に、水面を泳いでいた猫達は見事に破片に当たり、水の中へと 消えていった。
第百十二話「何匹もいる猫」 ようやく猫の大群を追っ払ったところで、俺達は先へと進むことに。 「早く行くかなくてはな。すぐに追手が来るだろう」 ルシェルがそう言って辺りを見回す。そして、右方向へと歩いて行く。俺とディ ト爺も続いてその後に続く。 横幅30センチという床を歩いていると、前方に壁が見えてくる。その壁に添っ て左方向へと道が続いている。 しばらくその道を歩いていると後方から猫の大群がまたしても迫って来た。しか も、その数が尋常じゃねぇほどだ。いくらなんでも多すぎる。見ただけでも100 匹はいると思われる。これじゃぁいくらなんでも相手にするには無理があり過ぎる な。今は逃げるしかねぇ! 「ディト爺! ルシェル! 急ぐぜ!」 俺は二人に向かってそう叫ぶと、一気に走り出す。だが、猫の方もそんな俺達に 追いつこうとするように素早く走り出す。 しばらくその道を走っていると、右方向に水が溜まっているのが見えた。 「右へ行くんだ!」 俺がそう言うと、ルシェルが先に水の中へと飛び込んだ。続いて俺が。そして、 最後にディト爺が飛び込んだ。 そして、俺達は泳ぎ出した。 後方の猫の大群はまだ水の中には入っていねぇな。だが、いつ追いつかれるか。 何より心配なのはディト爺だな。 などとディト爺の事を心配していると、何かか物凄い速さで泳ぎ抜けた。それは、 物凄い速さで犬掻きをしていたディト爺だった。 驚いた俺は、一瞬言葉を失ったが、すぐにディト爺に話し掛けた。 「お、おい、なんでそんなに速いんだ!?」 すると、ディト爺はにやりと笑って俺を見た。 「ふふふ、爺チャンはな、この年で世界ジュニア級犬掻き選手権で優勝したのじゃ よ!」 「んなふざけた事があるか!」 思いっきりディト爺を殴り飛ばすと、ディト爺は水の中へと潜ったままで、しば らく姿を見せなくなってしまった。 「おいおい、どうしたんだよ?」 俺が心配して辺りを見回して消えたディト爺を探していると、よく見ると、先の 方でディト爺が物凄い勢いで、潜水をしながら泳いでいるのが見えた。そして、し ばらくしてからディト爺が水面に上がってきた。 「ふふふ、爺チャンはな、世界ジュ……」 「いい加減にしやがれー!」 言い終わる前にディト爺に近付いて素早く殴り飛ばす。 「漫才をしていないで、早くこっちに来てくれないか?」 ル、ルシェル、俺は漫才をしているんじゃねぇよ……。 そんな事を思いながら先へと進んでいると、後方からバシャバシャと水の音が聞 こえて来た。 これは、もしかして……。 嫌な予感がしながらも振り向くと、そこには猫の大群が! 「急げ〜!」 素早く向き直ると、一気にペースを上げて泳ぎ出す。隣ではディト爺が犬掻きで 必死に泳いでいる。しかも、その速さは俺が力一杯泳いでいるのと同じ速さだから 凄いもんだ。 そうこうしている内に、前方に床が見えてくる。 「早くこっちに来るんだ。部屋がある。そこに逃げ込もう」 一足先にルシェルが様子を見に行っていたようで、俺達はルシェルの後に続いて 床に上り、そこからすぐ正面にある扉の中へと入って行った。 部屋の中に入ると素早く扉を閉めて、俺達はその場に座り込んだのだった。
第百十三話「何かがいる!」 辺りは闇で、部屋の中には一筋の光もない。ただ、壁がほのかに光っていた。そ の光だけが頼りだった。 「ふ〜、ようやくこの階ともおさらばのようじゃな」 そう言って、ディト爺はお茶を取り出して俺達にコップを渡した。 俺はその言葉を聞いて辺りを見回した。すると、部屋の奥の方に階段があるのが 見えた。 ようやくこの階から脱出か……。毎度の事だが疲れるな。この階も色々とあった な。 変なモンスターとの戦い。メレンゲと再び会い、更にルシェルという心強い仲間 との出会い……。だが、まだ先はあるんだよな。また出会いがあるかもしんねぇな。 俺はそんな事を考えながらお茶を飲み干した。 「ふむ、ここで、恒例の乾杯じゃ〜!」 ディト爺が突然大きな声でそう言うと、俺は考える事を止めてにやりと笑った。 「そうだな……、って、まだこの階から脱出していねぇだろ?」 そう言うと、ディト爺は立ち上がり、階段に向かって歩き出す。そして、階段の 前まで行くと振り返った。 「それもそうじゃな。さて、少しだけ場所を変えるかの? いつまでもこの階にい る理由などないはずじゃ」 「ああ」 俺はうなずいて立ち上がり、続いてルシェルも立ち上がった。そして、階段に向 かって歩き出すと、ディト爺は一足早く先に階段を上り始めた。 階段を迷いなくのぼって行く。その一段一段に何かただならない何かを感じた。 いつもなら気持ちよく行けるはずなのに、今回は何故かそうはいかない。 変な気配を感じているのは俺だけではなかった。少し後ろを歩いているルシェル はいつまにか剣を手に持ち、いつでも敵が襲ってきても大丈夫な体勢だった。 「……来るぞ!」 ルシェルが静かに、そして強くそう言った刹那、右方向の壁がぶち壊された。そ して、物凄い勢いで何が俺の目の前を突き抜けて行った。 「な、何事じゃ!?」 先を歩いていたディト爺が驚いてこっちを見た。 「爺チャン、トラップ、ここは危険だ! 早くこの階段を走り抜けるぞ!」 ルシェルはそう言うと、いつでも斬りかかれるような体勢になり、辺りを見回す。 ここは危険だな。早くここから先へ行かねぇと! 俺は一気に階段を走り出す。続いて、その後ろをルシェルも続くようにして走り 出していた。 「……また来るぞ!」 その刹那、左方向の壁がまたしても破壊されて何かが横切った。 くそっ! 一体何がいるっていうんだよ!?
第百十四話「破壊の通路」 横から何かが飛び出て来ては俺達の行く手を阻む。そんな状況の中、ルシェルと 俺は、必死になって階段を駆け上がった。 ようやく階段を上り終わったと思った刹那、今度は左方向の壁から何かが飛び出 して来て、俺の目の前を通り過ぎて行き、壁に大きな穴を残して消えて行った。 「一体なんなんだよ!?」 「ふむ、巨大な何かが通り抜けているとしか考えられんの〜」 隣にいたディト爺が冷静に答える。 よくこんな状況で冷静でいられるよな……。つくづくディト爺の事が変に思える ぜ。 「しかし、階段を上がっても何かが飛び出して来ていたという事は、ここで止まっ ている事は危険という事となる。今すぐ先へ進むぞ」 ルシェルがそう言ってゆっくりと走り出す。続いて俺もルシェルの後を追って走 り出した。 「ちょっと待つのじゃ〜!」 突然、ディト爺が大きな声を上げて俺達を呼び止めた。 驚いた俺は、一瞬転びそうになったが、すぐに体勢を整えてなんとか堪えた。 「お、おいおい、なんだよ?」 俺が後ろを振り向いてそう聞くと、ディト爺は近くの壁を指差した。 壁に何か書かれているのか? そんな事を思いながら、俺はディト爺の近くまで行き、壁をよく見た。すると、 壁には文字が書かれていた。 「何々、『破壊の通路』だと……?」 破壊の通路……つまり、この階は全て通路で構成されていて、しかも、あの壁か ら出て来る何かがこの階にいる限り絶対に出てくるって事なのか? そんな事を考えながらしばらくその場に立っていると、突然、右方向の壁が破壊 されて左方向の壁へと何かが突き抜けて行った。 長居は禁物だな。こうなったらとことん走るしかねぇな! 「ディト爺! ルシェル! 全力で走り抜けるぜ!」 そう言うと、俺は一気に走り出す。その後ろにルシェルが続いて走り、最後にディ ト爺が走っている。 「ふふふ、世界ベビー級マラソンチャンピオンの爺チャンにかかれば、こんな事な ど容易い事じゃ」 「何処の馬鹿がベビー級に挑んでんだよ〜!」 俺はディト爺に近付いて、一気に殴り飛ばす。すると、ディト爺はにやりと笑い ながら俺を見る。だが、ディト爺は俺を見るだけで、全く何も言おうとはしない。 な、なんだ!? こ、恐いぞ、ディト爺! 「……貴方の熱い視線で説けちゃいそう……」 「視線だけで何を説いているんだ〜!」 再びディト爺を殴り飛ばすと、俺は力一杯走り出す。 「いつまでも漫才をしていないで走るのに力を入れろよ」 と、ルシェルが一言。 だから、俺は漫才をしているんじゃねぇって……。 「どわ!?」 突然、俺のすぐ左方向の壁が破壊されて何かが飛び出して来た。しかも、すぐ目 の前を。 咄嗟に後方へと回避したが、右腕に何か鋭利な物で切られたような傷があり、更 に傷は深い。出血はまだ酷くはないものの、しばらくすれば酷くなっていくに違い はない。 痛みはすぐに襲ってきやがった。激しい痛みに走るペースが少しずつ遅くなって 行くのが自分でもわかった。 なんとかこの傷を治さねぇと……。 と、そんな事を思って走っていると、ルシェルがポシェットから布を取り出して 俺に渡した。 「早くそれで応急処置をするんだ。傷が深いと治療の時に時間がかかる。出来るだ け傷口が広がらないようにそれを巻いて出血と傷口の広がりを抑えろ」 素早くその布を傷口に巻き付けると、俺は痛みを堪えながら走り出した。
第百十五話「休憩所」 俺は腕の痛みを堪えながらしばらく走り続けていると、少し遠くの方に壁らしき 物が見えて来た。 まさか行き止まりか!? そんな事を思っていると、またしても壁から何かが飛び出して来やがった。今度 は俺達の少し前の方から出て来やがった。 「一度後退しろ!」 ルシェルが素早く言い放つと、俺とディト爺は後退して何かが通り抜けるのを待っ た。少し前を走っていたルシェルは、いち早く後退して難を逃れた。 目の前では、何かが物凄い勢いで通り抜けて行くのが確りと見える。 「一体こいつはなんなんだ?」 俺は誰に言うのでもなく、ただ呟いた。 「ふむ……。モンスターにしてはやけに大きすぎるわい。となると、何かの仕掛け としか考えられんわい」 「仕掛けだと? これが何かの仕掛けだって言うのかよ?」 「正確にはわからないが、今はそう言うしかないだろうな……」 ルシェルが付け加えてそう言う。 今はそう言うしかない、か……。ま、すぐに正体を暴いてやるぜ。俺達をびびら せた奴だ。絶対にどんな奴なのか正体を暴いて、もし、それがモンスターならぶっ 倒して、仕掛けだとしたら、それ操作している奴を殴り倒してやるぜ。 少しすると、前方を通っていた何かが見えなくなった。 どうやら通り過ぎた様だな。 「今の内に行くぜ!」 俺は誰よりも早く走り出すと、さっきから見えている扉へと向かって行った。 それにしても、ここの階は一本道ばかりだな。まあ、ややこしい造りになってい たらこの階を突破出来るか不安だがな。 腕の痛みをなんとか堪えてしばらく走っていると、確りと扉が見えてきた。そし て、その扉の前に辿り着いた俺は、その扉に張り紙がしてあるのを見付けた。 「何々、『休憩所』だと?」 休憩所? つまり、この中に入るとあいつが襲って来ないって事なのか? いや、 これは罠かもしれねぇ。こういう風に書いておいて、実は一番危険な場所だってい う事もある。だが、このダンジョンでそんな事は一度もなかったはずだ……。張り 紙は常に事実のみ書かれていた。嘘は書かれてはいなかったはずだ。とるすと、こ こは安全だって事か? そんな事を考えていると、すぐにディト爺とルシェルが追いついて来た。 「ほれほれ! 何を止まっておるのじゃ? 早くこの中へ入ろうではないか」 ディト爺はそう言って、全く警戒心のない様子で、扉を開けて入って行ってしまっ た。 「お、おいおい、罠だったらどうするんだよ」 俺が入って行くディト爺を止めようとするが、ルシェルが「大丈夫だ」と言って 俺の肩を軽く叩いた。 「気にするな。その時はその時だ」 そんな事を言って、ルシェルもまた中へと入って行く。 けっ、仕方ねぇ。俺も入るか……。 俺は腕の痛みを堪えて入って行くと、そこは小さな部屋だった。ほんのり明るく、 落ち着く雰囲気だった。 「ふむ、ここには調理器具も色々と揃っておるわい。ここなら飯も作れるわい」 ディト爺がいつの間にか部屋の中を色々と調べまわっていた。ルシェルは部屋の 中にある机の上に色々と何かの薬を並べてすり潰していた。 俺はその机に近付いて行くと、ルシェルが俺の方を見て手招きした。 「さあ、これを腕の傷口につけるんだ。そして、これを飲むんだ。これは傷の回復 を異常に早める薬だ」 そう言って、粉状になった薬と透明の水の様な物を俺に差し出した。 俺はそれを受け取ると粉状の薬を口に含んだ。 「その透明の水薬で飲むんだ」 言われるがままにその水薬を口に含んで飲み込んだ。 「そうしたら、しばらく休んでいる事だ。今はゆっくりと休み、寝ているのが一番 いい……」 そうだな。少し疲れた……。今はゆっくりと休んでいるか……。 俺はその場に座り込むと、壁にもたれてゆっくりと目を閉じた。 「そうじゃ、今、飯を作っておるから出来たら起こしてやるわい」 ディト爺の言葉が聞こえてくる。 いつになったら出られるのやら……。 そんな事を思いながら、俺はいつしか眠りについていた。
第百十六話「騒がしい食事」 果てしなく続くこのダンジョン。一体いつまでここにいなきゃいけねぇんだ? いつの間にか目が覚めていた俺は、天井を眺めながら、ふと、そんな事を思って いた。 周りでは、ディト爺が未だに食事の用意をしている。そして、壁際ではルシェル が何かを考えているように真剣な表情をして立っている。 このダンジョンに入ってかなりの時が流れているんだろうな。初めは、このダン ジョンを脱出する事ばかり考えていた俺だったが、今は少し違う。今は、このダン ジョンを楽しんでいる。変な仕掛けや、猫ばかり出てくる仕掛け。手の込んだ仕掛 け。それを突破する事が少しずつ楽しくなってきたぜ。そして、何より、このダン ジョンにあるというお宝! 「ほれ! いつまで寝ておるのじゃ! もう飯がか出来上がったぞ!」 突然、ディト爺が俺の頭を殴った。 「いって〜! 何しやがるんだよ! 俺は怪我人だったいうのによ」 すると、ディト爺はにやりと笑って俺の右腕を指差した。その指につられて自分 の右腕を見ると、そこにはすっかり怪我の治った腕があった。 俺がそれを見て驚いた表情していると、ルシェルが「よく効く薬だろ」と一言。 それから、俺達はディト爺の作った料理を食べる事にした。 腹が減っては戦は出来ぬ。まさにその通りだった。 俺の腹は、ディト爺の作った料理を見てすぐに、ぐ〜、となった。 「ほれほれ、どんどん食べるのじゃぞ」 偶々あった机の上に沢山の料理が並べられていて、しかも、美味しそうな物ばか りだった。 「爺チャンははほんとに料理が上手いな」 ルシェルが肉を手に取り、ディト爺の方を見てそう言った。 「ふふふ、これもまた花嫁修業というやつじゃよ……」 「何が花嫁修行だー!」 思いっきりディト爺の頭を殴り飛ばすと、俺は肉をがつがつと食べ出す。 まあ、ディト爺の料理が上手い事は確かな事だよな。これだけ上手いと店を開く 事も出来るんじゃねぇか? 「ふふふ、掃除、洗濯、料理、そして、夜の……」 そう言って、ディト爺はゆっくりと服を脱ぎ出す。 「脱ぐな脱ぐな脱ぐなー!」 思いっきりディト爺を張り倒すと、俺は再び食べ出す。 隣では、ルシェルが少し笑いながら食べている。 ……俺は漫才をしているのか? すると、ディト爺がにやりと笑って俺を見た。 「ふふふ、夫婦漫才といったところじゃな」 「勝手に夫婦にするなー!」 更にディト爺を殴り飛ばすと、俺はまた肉を手に取り食べる。 それにしても、ちょっと疲れたな……。ツッコミのしすぎだな。 って、どうして食事をするだけでこんなに疲れなきゃいけねぇんだ? そんな疑問を持ちながら、俺はひたすら食べ続けた。
第百十七話「再会!?」 食事が終わり、俺はディト爺が後片付けが終わるまで待っている事にした。 俺のすぐ隣ではルシェルが壁にもたれながら立っている。 「これからが大変だな。油断をしているとすぐに殺られてしまうだろうな……」 ルシェルが真剣な表情をしながらそう言った。 確かにこれからが一番やばいだろうな。まだあの変な奴の正体が全くわからねぇ し、いつ変な方向から襲い掛かってくるかわからねぇ。予測不可能って事は一番厄 介だからな。 「ふむ、そろそろ行くかの?」 ディト爺は食器を全て袋につめ終えて、出発の準備は万端の様だった。 「そうだな、行くか」 扉の前まで少し歩くと、俺は扉に手を掛けた。 「いいか、扉を開ける時は慎重にな」 と、ルシェルが言う。 俺は当たり前だと思いつつ、扉を慎重に、そしてゆっくりと開けた。 その刹那、扉のすぐ前を何かが物凄い勢いで横切って行った。 「待ち伏せとは中々面白い奴じゃねぇか。でもよ……」 にっ、と笑ってディト爺を見ると、俺は一気に走り出す。それに続いてディト爺 とルシェルも一気に走り出した。 すると、まるでそれを狙っていたかの様に何かが物凄い勢いで後方から迫って来 やがった。 「お、おいおい、なんで後方から追いかけて来るんだよ!?」 「作戦を変えたようだな……」 「じ〜ちゃんショーック!」 全員が殆ど同時に別々の事を言った。 走りながら後ろをちらっと見ると、後方から床を破壊しながら突き進んでいやが る。 しかもよく見ると、床を殆ど破壊していやがるぜ。これは、完全に後戻りは出来 ねぇって事だな。でもよ、今更後戻りなんてする必要なんてねぇな。 そんな事を思いながら走っていると、前方に階段が見えて来た。 「おお!? もうこの階はここで終わりか!?」 俺は少し嬉しそうに言うが、ルシェルはそうは思っていなさそうに俺を見る。 「いや、それはいくらなんでも変だ……。一番最悪の事態を考えてこの階段を一気 に駆け上がるぞ」 ルシェルは一足早く階段を駆け上がっていく。それに少し遅れて俺が。最後にディ ト爺が駆け上がっていく。 階段は螺旋状の階段で、グルグル回りながら駆け上がっていく。 タンタンタンタン! 快調に階段を駆け上がっていくと、突然、下から何か嫌な音が聞こえて来やがった。 ゴゴゴゴゴゴゴ……。 少しずつ、その音が大きくなっていき、更には地響きまでしてきやがる。 「な、なんだ!?」 俺はディト爺がいる辺りを見た。すると、ディト爺のすぐ下の辺りの階段が崩れ ていくのが見えた。 おいおい、まさか、あれが階段を破壊しながら来ているって事じゃねぇだろうな? 更に地響きが激しくなってきやがる。 「お、おい、ディト爺! 急げ! このままじゃやべぇぞ!」 その刹那、ディト爺の足元の床が崩れた。 「ぬお〜!」 「ディト爺ー!」 ディト爺が落ちそうになったその時、突然フック付のロープがディト爺の体に巻 き付いた。そのロープの先を辿ると、俺のいる所より少し上の方にルシェルがロー プを持って立っていた。 「なんとか間に合った様だな。トラップ、手伝ってくれ」 その言葉にすぐに反応して俺は階段を駆け上がっていき、ルシェルと一緒にロー プを引っ張った。 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。 更に階段は崩れていき、俺達がいるすぐ下まで階段は崩れていやがる。 そんな事を気にしている場合じゃねぇな。 俺はロープを引っ張ってディト爺を必死に引き上げる。 「さあ、後もう少しだ」 ようやくディト爺が近くに来た時だった。 ゴゴゴゴゴゴゴ……。 「また崩れるのか!?」 だが、床の崩れは止まっている。 じゃぁ、この音は……? 何気なく上方を見ると、そこには懐かしくも嫌な奴等の姿があった。 「にゃ〜!」 それは、あの猫の大群だった。
第百十八話「フック」 「にゃ〜! にゃ〜!」 上では猫の大群が俺達を今にも襲おうとずっと待っていやがる。 「ほれ、もう少しじゃ……」 ようやくディト爺の手が床を掴むと、そのまま一気に引き上げた。 しかし、ディト爺をなんとか引き上げたものの、あの猫だけはどうにもなんねぇ な。この状況でどうやってこのピンチを乗り切るか……。 後方は階段が崩れてしまっていて、下を覗けば漆黒の闇が支配していやがる。か といって、前を見れば猫の大群。これじゃ逃げ場がねぇな。 「……一気に突破するぞ」 ルシェルが平然として表情でそう言う。 「お、おい!? 何を言ってんだよ!? この状況でどうやって突破すんだよ!」 俺が大きく叫ぶと、ルシェルは腰にあったポシェットの中から、フック付のきロー プを三つ取り出した。 そのフックを見ると、俺が持っているのとは少し違っていた。 フックは普通だが、ロープが異常に短くてロープとはいえない物だった。更に、 持つ所には何かのスイッチが二つある。そして、持つ所は普通のとは違って大きい。 何かが入っているようだ。 「これは、先程見付けた物だ。ここから少し先にこのフックが置いてあった。中々 良い物で、上の方にあるボタンを押す事によりフックを発射させる。下のボタンを 押す事によりフックのロープを巻く事が可能だ。制限体重は百キロまでは耐えられ るそうだ」 そう言って、ルシェルは古びた紙を取り出した。その紙を見ると、このフックに ついての説明が全て書かれていた。 どうやら、このフックを使ってこの状況を乗り越えるしかねぇ様だな。 だが、どうやってこれを使うかだが……。 ちらっと猫の大群の方を見ると、全く入る隙間もない状態だった。だが、その上 の方に目をやると、そこにはフックを付けるのに丁度いいサイズの輪が天井から出 ていた。 「あれを狙って突破するぞ」 「でもよ、ここからあそこを狙ったとしても、すぐ下には猫がいるからやばいんじゃ ねぇか?」 すると、ルシェルは少し笑んでフックを俺とディト爺に渡し、一歩前に出た。
第百十九話「危機は更に…」 ルシェルは前に歩み出ると、剣を鞘から抜き放った。 「俺が奴等の気を引くから、爺チャン達はその間に行ってくれ」 すると、ルシェルはゆっくりと階段を上がって行く。その刹那、一匹の猫がルシェ ルに向かって物凄い勢いで飛びかかって来た。 ザンッ! すぐに反応してルシェルが剣で一刀両断する。 斬られた猫は真っ二つになり、そのまま階段に転がった。それをよく見ると、そ こにあったのは猫の形をした石だった。 「な、なんだよあれは!? どうして石があんなにも本物に見えるんだ!?」 俺は驚いてその石を見た。 何しろ、階段の上で待っている猫はどう見ても本物の猫だ。だが、ルシェルの前 に転がっているのは完全に石だ。 どうやら、何かの魔法が掛けられているようだな……。石が本物と殆ど変わりな い様になっちまうとは厄介な事だぜ。 そんな事を考えていると、ルシェルがまた襲いかかって来た猫を斬る。 「このままゆっくりと後退するんだ! 出来るだけ後ろへ行くんだ! そして、ギ リギリまで後退したらそこで待機していてくれ!」 俺達はルシェルに言われるがままにゆっくりと後退する。すると、ルシェルもゆっ くりと後退し始める。 それでも容赦なく猫達がルシェルに襲い掛かって来やがる。 ドゴゴゴゴゴゴゴ……。 その刹那、後方から物凄い音が響いて来た。 「な、なんだ!?」 俺は素早く後方を向く。だが、後方は崩れてしまっていて、少し前までは階段が あった場所が今では闇の道となっているだけだ。そこからは全く光が見えねぇ。 「ふむ、どうやら例の奴が来たようじゃな」 ディト爺がなんとも落ち着いた口調で言う。 ルシェルは平然とした表情で襲い来る猫を斬り続けていた。 どうしてこの二人はこんな状況で平然としていられんだよ!? ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! 「上じゃ!」 ディト爺が大きく叫ぶと、俺は素早く天井を見た。すると、天井が何かによって 破壊されていくのが見えた。 破壊される事により、落盤が俺達に襲い掛かって来やがるな。早くここから逃げ ねぇと……。 ドーン! 俺のすぐ横に大きな岩が落ちてきやがった。 素早く上を見て、次の落盤を確認しようとした。すると、俺達のすぐ上の天井が 崩れようとしていた。 「逃げろー!」 そう叫んだが、逃げるようにもすぐ前には猫の大群が、そして後方は奈落の底と いった状況。どうしようもない。 「これを使うのじゃ!」 隣にいたディト爺が袋からさっと何かを取り出して俺にそれを渡した。 それを見た俺は思わず、にっ、と笑った。 「へっ、こういうのは早く出そうぜ!」 ディト爺から受け取った雷の力を帯びた剣を確りと握り締めると、素早く構えて 天井に向かって剣を振る。その刹那、剣から雷の力が解放されてたった今崩れて落 ちて来ようとしている物を一気に粉砕した。
第百二十話「回避方法」 天井から降り注ぐ岩を剣で破壊して防いだ俺は、ようやく正面を向く。すると、 前方には未だにしつこく猫の大群がいやがる。しかも、降り注ぐ岩を簡単に避けて いやがる。 だが、それ以上に驚いたのは天井だった。 ルシェルが言っていたあのフックを引っかける輪のあった所は無残にも崩れて去っ てしまっていて、もう後がない状況だった。 さて、どうするか……。 俺がその場で静止して考えていと、隣ではルシェルが襲い掛かる猫を斬っていた。 その光景を見て、ある疑問が浮かびあがった。 「待てよ……」 俺は静かに呟くと、ルシェルの肩を軽く叩いた。 「ルシェル、その場で静止してくれねぇか? 勿論、ディト爺も同じくだ」 にっと笑いながらそう言うと、ルシェルは少し表情を険しくをしたが、すぐに静 止した。ディト爺はすぐに静止して、全員が全く動かない状況になった。 するとどうだろう。さっきまでルシェルに襲い掛かって来ようとしていた猫達は まるで俺達がここ居るという事に気付かない様で、次第に猫達は変な方向へと歩き 出したり、またある猫は漆黒の闇が支配する穴へと落ちていったりと。 どうやら、俺の感は当たったようだな。 「ふむ、あの猫は動く物に対して反応する様になっておったのじゃな。その為、目 標が動かなくなった事により混乱したのじゃろうな」 ディト爺が出来るだけ唇を動かさずに言う。 「しかし、しばらくはこのままで居た方がいいだろうな。ここで下手に動くとすぐ に奴等が見付けるだろう」 「そうだな。でもよ、数が少なくなったらすぐにでも出発しようぜ。時間は大切に しねぇとな」 俺は手元にある剣の柄をぐっと握り締めた。 こいつがあるからなんとか大丈夫だろうな。 「じゃが、数が少なくなったからと言っても油断は禁物じゃ。殆どの猫はここから 先へと進んでいくだけじゃ。もし、この先で猫の大群が待ち伏せをしてたら……」 確かに……。でも、そんな事に脅えてもたもたしていたらいつまで経っても先へ は行けねぇ。 だが、今はゆっくりと待つか。 俺はまだ辺りをうろつく猫達を睨み付けながら猫達が去るのをずっと待っている 事にした。 一体いつまで待てはいい事やら……。
1998年9月20日(日)10時54分40秒〜11月29日(日)12時23分29秒投稿の、帝王殿の小説第百十一話〜第百二十話です。