(1) <<1.プロローグ 夢>> 「ミモザ。」 「なーに?」 猫が扉を開けようとしているレリーフがある扉の前で 男は『ミモザ』という小さな女の子を胸に抱き、いとおしそうに見つめそう言った。 「この扉は、選ばれし者にしか開けられぬ『先への扉』だ。」 「さきへのとびら・・?」 「うむ。人の・・いや、お前自身の未来へとつづく扉だ。」 「ミモザ、ミモザのみらいみたいっ!」 彼女は男にしがみつきながら元気に叫んだ。 男はそれを聞いてフッっと笑みをもらす。 「・・未来と言ってもそういう未来ではない・・・。 自らが未来に進むため試練なのだ。」 「???」 わかっていない様子のミモザの顔を見ながら男は真剣な表情でこう言った。 「よいかミモザ。たとえお前がこの扉を開けることができたとしても、 決して中に入ってはならぬぞ。」 「なぁぜ?おとうさま。」 首をかしげて無邪気に聞く我が子から扉へと視線を移してつぶやいた。 「・・・入った方が良いのかもしれないが、私はお前につらい思いをさせたくはない・・・。」 「・・・ミモザよくわかんない・・・・。」 うつむいて少し泣きそうな表情を見せる。 そんなミモザを高い高いして言い聞かせた。 「・・とにかく近づくんではないぞ。これだけは必ず守るように。 わかったか?ミモザ。」 「・・はい!!おとうさま。」 元気な声が城中に響き渡った・・・。 ***お分かりだろうが、この女の子『ミモザ』は後にキスキン国の女王となる者である。 このお話はパステル達と分かれ、即位式を前にした彼女を主人公にした 「彼女の」物語である。*** ・・・つづく・・・
(2) <<2.現(うつつ)から幻(まほろば)へ・・>> 夢からの覚醒はゆっくりおとずれた・・・。 「おはようございます、ミモザ姫。よくお眠りになれましたか?」 侍女がそう声をかけてきたが私の頭は父上の夢でいっぱいだった。 「・・・・あぁ・・・・・。」 なんとかそう声を絞り出すと、 「・・?どうなさいました?ご気分でも悪うございますか?」 その声の調子に心配して上半身を起こした私を覗き込んでそう聞いた。 「あ、いや、そういうわけではない。ただ・・・。」 あわてて取り繕って墓穴をほった。 「ただ・・・?」 こう聞かれたらもう答えるしかなかった。私はうそがつけないのだ。 「・・・夢を見ただけだ。」 「どんな夢だったんですか?」 さらに突っ込まれた・・・。 「お父様の夢だった・・・。」 「国王様の・・・・。それはようございました。」 「あぁ・・・。」 良かったのか悪かったのか分からなかったがとりあえずそう答えておいた。 「・・・先への扉って知ってるか?」 なんとなくそうきいてみた。 「先への扉ですか?・・・聞いたことがないですわ、すみません。」 知らない。知っていてもおかしくないはずではないか? 皆が良く通る王の寝室がある廊下の突き当たりにあるのだから・・。 城の人は知らない・・・?お父様は城の皆にお教えにならなかったのか? 疑問が疑問を呼ぶ・・・。私の頭はさらに扉のことでいっぱいになっていた。 気がつけば私は先への扉の前に来ていた。 頭の中では朝議のために王の間に行かなければならないと分かってはいたのだが動けなかった。 夢のあの日から1度も近づかなかったこの扉が気になってしかたがなかった・・・。 「あれっ?ミモザ。そんなところで何してるんだ?早くしないと朝議が始まるよ?」 相変わらずの軽い口調はナレオだ。 「ナレオ。」 さすがに人の前ではミモザ姫と呼ぶようになったが2人だけだと前のまま・・・。 私が振り返る事もしないでその名だけ呼ぶと、 横に来て私がびっくりするようなことを言ったのだ。 「・・・この開かない扉がどうかしたの?」 「!?開けようとしたのか!!」 私の驚きようにびっくりしたのか一瞬つまってこう聞く。 「えっ?あ、あぁ・・・。それがどうかしたのかい?」 「・・・いや、なんでもない・・・・。」 お父様が約束したのは私だけなのだから、開けようとしていても不思議なことではない。 そう言った時、 『姫様〜!ミモザ様〜〜!!どこにいらっしゃいますか〜!!!』 遠くからアルメシアンの声が聞こえてきた。 朝議のために私を探しているのだ。分かってる!分かってるけど・・・・。 「アルメシアンだ。早く行かないとおれまで怒られちゃうよ。」 ナレオがそう私に言ったが耳には入ってなかった。 「・・・・・。」 私は自分の手が扉の取っ手に伸びていくのをただ見つめていた。 その時、 『姫様ーー!!!』 またアルメシアンの声が響いた。返事をしようとしない私の代わりにナレオが叫ぶ。 「アルメシアン!ミモザ姫はここだよ!!」 ”ダダダ・・・・・” 足音が近づいてくる。 そんなに急がなくても・・・と頭の隅でそんなことを考えながらも私の神経は扉に集中していた。 やっと取っ手に手がかかった時アルメシアンがやって来た。 「ミモザ様!何をしておいでです!! 皆あなたのおこしをお待ちして・・・・・」 その言葉の続きは私の先への扉を開けようとする姿を見た瞬間、驚きの言葉に変わった。 「?!何をしておいでです!そこは・・・」 ”ガチャッ ” ・・・・開いた・・・。 力も入れずにただ回しただけなのに簡単に開いてしまった。 中は吸い込まれそうなほど真っ暗だ。何も見えない。 「開いた?!」 ナレオが驚きの声をあげる。 自分が開けられなかったのに私が簡単に開けてしまったのにびっくりしているらしい。 「ミモザ様!すぐにそこからはなれてください!!!」 「えっ?これは何か危ない扉なのかい?」 「・・・・。」 動かない私とアルメシアンを交互に見ながらナレオが聞いた。 「これは先への扉という選ばれた者しか開けることができない扉なのだ! 国王様が・・・」 「お父様がここには近づくな・・・とわたくしが小さなころに言っていた・・。」 振り返って、じっと私を見つめるアルメシアンの言葉をそう引き継ぐと、 うんうんとうなづきながら私を扉から離すためにお父様の話題を出した。 「そうですぞ。そのお父上の言うことをお守りにならないのですか?」 昔、お父様は確かに「入った方が良いのかもしれない」と言った。 約束をする前に・・・・。 お父様は私を傷つけたくないから「近づくな」と言ったのだ。 私は・・・・。 「・・お父様は入った方がいいのかもしれないとも言っていた。 だからわたくしは行ってみる!」 「ミモザ!?」「ミモザ様!?」 私は行ってみたい!だからこんなにここが気になったのだ。 想像したとうり2人はびっくりする。 危ないって聞かされている所に「行く!」と言って驚かないほうがおかしい。 「アルメシアン、わたくしは自分の未来を見てみたいのだ。 お父様が言っていた『自分が未来に進むための試練』を確かめてみたい!」 ナレオが聞く。 「未来に進むための未来って?」 「わたくしにもその意味はわからない。」 私はこう答えた。その意味は小さな時も今も分からない。けれど・・・。 「けれど、行ってみたら分かるような気がするのだ。」 アルメシアンを見つめて私は言った。 「それでも・・・」 「だめだと言うのだろう?」 「・・・・はい。」 やっぱりそうくるか・・・アルメシアン。 なぜそこまでして止める必要がある?王女だから? いや、それだけじゃないだろう。 侍女も、ゾラ大臣の息子のナレオも、この城の人が知らなかったこの先への扉を アルメシアンだけが知っている。 おかしい・・・。なぜアルメシアンが?お父様が話したのか? 「・・・・アルメシアン。お前はこの『中』を知っているな? だからわたくしが『中』へ行こうとするのを止める・・・。」 「・・・・・・。」 たぶん違うだろうとふんでいたのになかなかきり返して来ないアルメシアン・・。 もしかしてあたったのか?それならそれでいい。 たとえ何が待っていてももう私を止めることはできないのだから・・。 「たとえつらい目にあうことになってもかまわない。わたしは行く!」 「ミモザ様・・・・。」 アルメシアンはばつの悪そうな顔をしながらもじっと私を見つめている。 それでも行くな・・・ということか? その時ナレオが肩をすくめながらあきれたように言った。 「・・・あきらめたほうが良いんじゃないか?アルメシアン。 この扉の事といいよく分からないけどさ、王様の言うことだけは必ず守ってきたミモザが それをやぶってまで行きたいって言うんだからさ。」 「・・・・・・・。」 無言でナレオのほうを見るアルメシアン。 まだ「でも・・・・」といいたいんだろう?お前は。 「・・行ってこいよ、ミモザ。やりたいことがやれるのも今のうちだからな。」 「・・・ナレオ・・・。」 信じられないものを聞いた気がした。 ナレオがこんなにはっきりいいと言ってくれるとは正直言って思っていなかったからだ。 いいと言うとしたら「おれも一緒に行く」って言うのではないかと・・・。 ウインクしながら笑顔でこう言ってくれた。 「ミモザがいない間はおれにまかせとけって。」 「それは・・・・・・心配だな。」 私は顔が笑っているのを感じながらも少し意地悪をしてみた。 ナレオはガーンとでもいう様にがくっとよろけながら言う。 「・・・少しくらいおれを信用しろよなぁ・・・・。」 おもしろかった。今まであんなナレオの表情を見たことがなかったから。 笑いながらさらに意地悪を続ける。 「信用できるわけないだろう?つい最近まで敵対してたお前を。」 「それなら無事に早く帰ってくることだよ。そうじゃなきゃおれが王座を貰っちゃうからな。」 今度はにっこり笑ってこうきり返してきた彼を見て、 私の意地悪に付き合ってくれていたのだと知った。 こっちもにっこり笑って(笑えたのかは定かではないが・・。) 心の底で必ず帰ってくると誓って答えた。 「わかった。肝に銘じておく。」 アルメシアンがなぜか悲しい顔をして私を見つめ、こういった。 「ミモザ様・・・そこまで言うのならどうぞお行きください。」 「アルメシアン・・・。」 許してくれた・・・。それはうれしかった。 でもその表情は?何を思ってそんな顔をするのだ? 私を心配しているだけでこんな表情をするか?・・・分からなかった。 さらに、 「・・・決してご自分にお負けにならないようにしてください・・・。」 自分に負けないようにする・・・。何かのヒントなのか? それも分からなかった。 しかし2つの言葉から痛いほど自分の事を心配してくれていることだけは理解できた。 「 ・・・・お気をつけて・・・・。」 「ありがとう。じゃあ行ってくる!!」 アルメシアンの言葉に私はできる限りの笑顔でこたえた。 「7日後が即位式だぞ!忘れるなよミモザ。」 「忘れるわけがないだろう。必ずそれまでに帰ってくるから・・・。」 ナレオのイヤミもどこかあたたかく感じた。 「・・・いってらっしゃいませ。」 「行ってこい!」 2人の言葉に笑顔を返しながらゆっくりとこの一言を押し出した。 「・・・・行ってきます。」 そして私は先も何も見えない真っ暗な扉の中へと1歩を踏み出したのだった。 ・・・つづく・・・・
(3) <<3.闇の部屋(1) >> ”やみはひかりをうつすかがみ・・・ ” ・・・う・・た・・・・?・・どこから・・・? ぼうっとした頭でそのとき考えられたのはこれだけだった。 ゆっくりと目を開けてみたが真っ暗で何も見えなかった。 ただいくつかの子供の声が歌を歌っているということだけ理解できた。 先への扉の中に足を踏み入れた後、私の後ろで扉が閉まったとたん 闇の中に引きずり込まれてしまったのだった。 そこから記憶がはっきりとしない・・・。 ”・・・うつす・かがみ ここはやみのせかいのはし ひかりがゆいいつさしこむいりぐちのへや ” だんだんと近づいてくる歌声・・・。それにつれて私の意識もはっきりとしてきた。 どうやら3人いるらしい。 ”このへやであなたはなにをみつけるの? ようこそやみのくにへ! ” 「・・・・?」 私のすぐそばに来てちょうど歌が終わったらしい。ゆっくりと体を起こして周りを見た。 しかしそこには闇があるだけで何も見えなかった。 どこに行ったんだ?その時、目の前の闇から声が聞こえた。 「ようこそいらっしゃいました。 広大なる闇の世界の端、外からの光が唯一差し込む闇の部屋へ。」 「誰!?」 おかしい。いくら暗くても何かが見えるはずなのに見えるのは闇ばかり。 まったくなにも見えず、少し心細かった。 「僕達はこの部屋の管理人。」 「外からの訪問者のためにこの部屋を『つくる』管理人さ。」 その心細さが私に声をあげさせた。 「管理人だと?一体どこに居る!!」 「あぁ、これは失礼。あなたは『外』の方でしたね。」 「??」 『外』の方・・?扉の外ということか? 「俺達にはあんたの姿が見えてんだよ。」 見えている?・・・嘘だろう、こんな闇の中何が見えるというんだ? 「我々と違って、あなたは光を持っているものですからね。」 その言葉が終わると同時に”パチン”と指を鳴らす音がした。 とたんふわっっと私の周りだけが明るく浮かびあがった。 目の前には3人、黒髪の小さな男の子がいた。 「あらためまして、ようこそ闇の部屋へ。私はシルエット・ヤーセルフ。」 そう言ったのは目の前に居る燕尾服を着ている紳士風の男の子・・・。 立ち上がろうとする私に手を差し伸べて手助けをしてくれた。 腰ほどもある長い髪を灰色の大き目のリボンで1つに束ねている。 その左には髪の短いいかにも性格(口かな?)の悪そうな子供。 「俺はシングス・コンフリクト。」 ファイターが着るような服をきっちりと着こなしていた。 シルエットと名乗った子供の右にはかわいいセーラー服のような子供服を着た男の子。 肩までの長さの髪をした頭にはかわいい帽子をちょこんとのせている。 「僕はセイム・サイド。」 3人の服はすべて黒と灰色の2色でできていた。 立ってみるとやっぱり子供・・・。皆、私の身長の3分の2くらいしかなかった。 うやうやしくお辞儀をしながらシルエットが言った。 「ここの3人の管理人です。以後お見知りおきください、ミモザ姫。」 ・・・・つづく・・・・
(4) <<3.闇の部屋(2) >> 「なぜ名前を・・・?」 「ここはあらゆる外の世界の影となる闇の世界。外のことで知らないことはありませんよ。」 そんなはずあるわけないだろう。 私がそう思ったのが分かったようにセイムがにっこり笑ってこう言った。 「ミモザ姫が七日後に王様になるって事も知ってるよ。」 「!?」 これにはびっくりした・・・。どうやらシルエットが言うことは本当らしい。 私は少し疑問に思ったことを聞いてみた。 「・・・ここは先への扉の中ではないのか?」 「外の方はそうお呼びになりますね。」 外はやはり扉の外のことらしいかった。 すると今まで腕組みして見ていただけのシングスが口を開いた。 「いろんな奴に何度も『ここは闇の部屋だ!!』っていってんのに、 なんでか外に行くとここのことを『先への扉』だってぬかしやがる。」 思ったとうり口が悪い・・・。 「僕達にはわかんないけど、そう言われる何かがあるんじゃないかな?」 さっき外のことで知らないことはないって言わなかったか? 聞かれたくないことなのだろうか?ここには何かありそうだからな・・。 とりあえず聞いてもよさそうなことを聞いてみようか。 「・・・聞きたいことがあるんだが・・・・。」 「何でしょうか?」 シルエットが私の目を見て大人顔負けの静かな笑顔を見せた。 この子達は一体いくつなんだ?外見と中身がセイム以外一致していないようなんだが・・。 「ここは一体何をするところなのだ?父上は『未来に進むための試練』と言っていたのだが・・・」 「試練なんてねぇーよ!!」 試練がない?シングスから痛い返答をもらってしまった。 「シングス!!口を慎め!!!」 その言葉を聞いてさっきまで笑顔を見せていたシルエットが叫んだ。 セイムもシングスに詰め寄って非難している。 私のためにそこまでする必要はないのだが・・・。 「そうだよ!シングスのせいでお客様がみーんな気を悪くしちゃうんだから・・・。」 「いや、別にわたくしはかまわない。」 そう。むしろ新鮮で楽しい。 私の前でこんな言葉遣いをする者は今までではあいつしかいなかったのだからな。 ・・パステル達は今ごろどのあたりだろうか・・・。元気・・・だろうな。 今私がこんな事になっているなんて思いもしないだろうなぁ・・・。 「お見苦しいところをお見せしましてすみません・・・。」 シルエットの言葉で意識を現実に引き戻された。 そうだ今は彼女達のことを考えている時ではなかった。 「それより試練じゃないとはどういうことだ?一体何を・・・?」 「ある意味では試練なのかもしれませんが、 ここ闇の部屋で、ミモザ姫には3つのことを『理解』していただきたいのです。」 「『理解』?」 「はい、詳しいことはお教えすることができませんが・・。」 「・・・・。」 やっぱり教えられないことがあるみたいだな。それにしてもあんまりじゃないのか? 『理解』と言う言葉だけしか教えてもらえないというのは・・。 「これから私達3人がそれぞれ1つずつ、全部で3つの場所をあなたのためにつくります。 そこであなたは1つのところで1つずつ『何か』を『理解』してください。」 「よく、わからないのだが・・・。」 正直に言ってみた。すると、 「すみません。これ以上のご説明はできないことになっていますので・・・。」 シルエットに困った顔をされてしまった・・・。これ以上聞くことはできないな。 「とにかく『何か』を『理解』をしたら、その場所をつくった管理人の名を呼び、 何を理解したのかお教え下さい。 3つの場所で3つのことを理解すればあなたは元の世界に戻ることができます。」 「・・・戴冠式までには帰ることができるだろうか・・・・。」 必ず守らなければならないナレオとの約束。それまでに絶対帰らなくては・・。 「早ければ3日、遅くて・・・・。」 シルエットは意味ありげな間をとった。遅ければ7日以上かかるということか。 「まぁミモザ姫がお頑張りになれば間に合うと思いますよ。」 「そうか・・・。」 「もういいか?」 「こちらからお伝えすることはすべて伝えたよ。」 私達の会話が途切れたのを見てシングスが話しかけてきた。 シルエットは彼の問いに答え、次に私のほうを見て聞いた。 「・・・何かお聞きになりたいことがありますか?」 私はちょっとあきれ笑いをしながら聞いてみた。 「聞いても答えてもらえそうもない物ばかりならあるんだが?」 「それはお帰りのときにでもお答えいたしますよ。」 帰るときならすべて話せるのか・・・。まぁ、最終的に分かるならいいか。 「それなら別にない。」 「じゃ、最初は俺の部屋からだ。」 シングスが私に近づいてくる。残りの2人は私に応援の言葉をくれた。 「頑張ってください。」 「はやくシングスの部屋をクリアしてくださいね。僕達待ってますから。」 私は右手を軽く上げながら笑顔でお礼を言った。 「こっちもなるべく早く終わりたいからな、頑張るよ。」 シングスがすっっと手を私のほうに差し伸べた。 「手を・・。」 彼の手に私の手を重ねた。 その瞬間、周りの闇が光を持って変化し出したのだった。 ・・・・つづく・・・・
(5) <<4.緑の中で >> 闇が光を持って溶ける・・・。そして新たに何かが作られている。 これは・・何だ・・・・? 「・・シングス、・・・光はないのではなかったか?」 私の問いにシングスがもっともだという顔をして答えてくれた。 「・・・あんた達『外』の人間が唯一の光って言っただろ?」 「あぁ。」 「これはお前の中にある光から作ってんだ。」 私の中の光から作っている? 「どういう事だ?」 「・・・・。」 シングスはちょっと宙を仰ぎ悩む。言って良いものか・・・とでも考えているんだろうな、これは。 しばらくして彼は口を開いた。 「・・・影・・闇は光の裏に必ず存在する物。光があれば闇もそこにあるんだよ。 だからあんた達が持ってる光があれば闇で『物』を作り出すことができるってわけ。」 分かるようで分からない説明だ。でも、たぶん・・・と思って聞いてみた。 「わたくしの光から作っているから『あなたのために・・』ということなのか?」 「・・・そういうことだな。」 あたった!それなら作られる『物』は私に関係あることなのだろうか・・。 それを聞こうと口を開いた時、 「そろそろできるぜ。」 シングスのこの言葉に打ち消されてしまった。 私は周りを見まわしてみた。まだはっきりとは分からない。 しかしこれだけは分かる。四方すべてが緑色だ。 「・・森・・・?」 そう思って口に出して見るとシングスがこう教えてくれた。 「正確に言うんなら『自然』だな。」 「自然・・・。」 やっと周りがはっきりとする。私達は木々に囲まれた森の中にいた。 シングスが私の手をはなし、右手を上げて言う。 「じゃ、なんか分かったら呼べよ!俺の名前はシングスだ。」 もう行くのか・・。見知らぬ場所にいる心細さがもう少し彼にいて欲しいという気持ちを起こさせた。 が、なんとかおさえて笑って見せた。 「分かった。」 それを見てシングスは私にがんばれよとだけ言い残して風景に溶けるようにして消えた・・・。 それからしばらく、私はぼーっと立っていた。 「・・・まずは何をするべきなのだ・・・?」 1人で森になど入ったこともない私だ。右も左も分からない状態だった。 何も分からなかったが、とりあえず何かを『理解』するにはこの場所を見るべきだと思い、 後先考えずに歩き出してしまったのだ。 これがいけなかった・・・。 迷うだけならまだしも(はじめから迷っていたようなものだが) この森にいる魔物たちに自分の存在を知らせてしまったのだ。 ”かさっ ” 右手の方で音がした。何かいるのか? そう思ってすっと顔をそちらの方に向けると、草むらの向こうに赤く光る目を見つけたのだ。 モンスター!? どうしたらいいのだ?装備だってまともにしていないのに・・・。 あるのは護身用に肌身はなさずつけている短剣だけ。 私の剣の腕でなんとかできるのか? ”グルル・・・・・ ” 今度は声がした。 獣か?いったい私はどうすればいいのだ!? そうこうしてるうちに相手が草むらからゆっくりと姿をあらわした。 狼のような姿。紺色の毛並みで私と同じくらいの大きさがあった。 攻撃的な赤い瞳がじっとこちらを見つめる。 こんなモンスター相手に戦って自分を守れるのか? がたがたと足が震えてくる。 低い姿勢で今にも飛び掛ってきそうだった。 ・・・恐い・・・・。 私は赤い瞳から目を離すことができずにただ震える手で小さな短剣を握っていた。 じわじわと相手が近づいてくる。 逃げる?いやだめだ!動いたら殺される!! それに後ろに下がろうとも足が動かなかった。 どうすれば!? 来る!? もうだめだ!誰か・・!!! 「・・・・!!!!」 だれか!!助けてくれ!!!!!! ・・・・つづく・・・・
(6) <<5.大切な忘れ物 >> その時俺はキスキン城のある一室でミモザの代わりに会議に出ていた。 ”ガタッ ” ミモザ!? 会議中だというのにイスから勢いよく立ちあがってしまった。 「・・・どうなされた?ナレオ殿。」 「・・・・。」 呼ばれたような気がした・・・。 ミモザに何かがあった・・・? 「ちょっと失礼します!」 俺はその場にいた何人もの高官達にそういってそのまま部屋を出た。 「ナレオ殿!?どこへ行かれる!!」 後ろから声が追ってきたが無視して俺は先への扉へと向かった。 ”ガチッガチッ・・ ” 開かない・・・何度やっても同じだ。 胸騒ぎがする。絶対ミモザに何かがあったんだ!! それなのに、それなのに俺には何もできない・・・ この中にいることが分かってるのにもかかわらずだ!!! たった1枚の木製の扉を隔てに、俺とミモザはなんて遠いんだろうか。 ”ダンッ!!! ” 俺は目の前にある開かない扉を思いっきり殴った。 無力な自分に怒りを感じて・・・・。 ☆ 「ほい、タッチ。」 その声がした瞬間、目の前にいた紺色の獣(モンスター)が 光を無くして形のない闇だけの存在になって砂の様にその場に散って消えた・・・。 ・・・助かった・・・・? そう思ったとたん足から力が抜けてすわりこんでしまった。 モンスターがいた場所にはファイターのかっこうをした小さな男の子、 そう、シングスがすまなさそうな顔をして立っていた。 さっきの気の抜けるような言葉を言った本人がする顔なのか?これは。 そうぼーっとした頭のすみで考えていた。 「大丈夫か?」 そう言いながら私に近づいて小さな手を差し伸べてくれる。 私はその手を借りてなんとか立ちあがりお礼をいった。 「・・・ありがとう、本当に助かった。」 「とーぜんの事をしたまでだ、別に礼なんか要らない。 こっちにも非があったんだからな。」 またさっきと同じ表情だ。 それにしても・・・ 「どうして助けに来てくれたんだ?」 ハァ・・、とため息をついて私に教えてくれる。 「さっき言ったろ?こっちに非があったの!」 「非?」 そんなこと言ってたか?・・・聞き逃していたのか。 情けない、まださっきのショックが残っているみたいだ。 「そうだ、伝え忘れたことがあったんだとよ。」 「・・・・・。」 ― あったんだとよ。 と言う事はシルエットが・・・ということだな。 「あと、俺達のこと呼んだだろ?だから助けにきた。」 呼んだ!?確かに心の中では呼んだ覚えがあるのだが・・・。 「・・・口に出した覚えはないのだが、聞こえたのか?」 無言で笑うシングス。 これは何かあるな。よし、確かめて見ようか。 「なぜ・・・と聞いても良いか?」 「ダメだ、そのうちわかる。」 はっきりとダメだと言われてしまった。 ・・・そのうちわかる・・ね。 そういう事が多すぎるんだ、ここは。こっちの我慢もそろそろ限界にきそうだぞ・・・。 「おっとそうそう、伝え忘れるところだった。」 まだ何かあるのか? 「なんだ?」 「シルエットから伝言だ。」 「シルエットから?」 !!・・そう言えばまだ何も聞いていなかった、伝え忘れの事・・・。 謎の事に気をとられたせいだな。 シングスがうなずいてこう言った。 「あぁ、大事なことをあんたに言い忘れてやがったんだよ、あいつ。」 「何を言い忘れていたんだ?」 「俺はそのまま伝えるぜ。説明は俺の専門外なんでな。」 そのまま伝えるって・・・まさかシルエットの口調そのままに話すつもりか? シングスが彼のその言葉使いをしてみろ! 想像しただけで・・・・。 「『すみません、ミモザ姫。』」 ・・・やっぱり・・・・。 とてつもなく変な感じだ。声はシングスなのにシルエットの口調・・・。 彼ら3人があまりにも違う言葉遣いで話しているからだな、これは。 私は心の中を表に出さないように下手な作り笑いを浮かべながらがんばった。 「『大切なことを言い忘れていました。 この場所は本来外の世界にはない純粋な闇で作られています。 けれども「外」と同じ時間が流れ、転べば怪我もしますし、おなかも減ります。 先ほどのあなたの様にモンスターに襲われれば死ぬことだってあります。 しかし私達管理人はお客様に怪我をさせるためにここを作ったわけではありません! 「お客様のために」これが私達のモットーです。 ですから再び危険なことがありましたら、遠慮なく管理人をお呼び下さい。 私達が闇から作った物ですから壊すことはなんでもない事なのです。 どうぞお気をつけ下さいますように・・・・。』っつーことだ。」 はぁ・・、やっと終わった。 大切な事もどうでも良くなってしまいそうだな。そう思って心の中で苦笑した。 シングスはそんな私をじっと見つめて話している。 そんなに見るな!思っていることが分かってしまうだろう!! 「まぁ、特にあんたは箱入りも箱入り・・・城の外の事を知らなさ過ぎるからな。」 その言葉を聞いた瞬間、今までの事は頭からすっかりなくなってしまった。 自分の顔が赤くなっているのが分かる。 「・・・すまん・・・・。」 恥ずかしくて思わず謝ってしまった・・・。 「あんたのせいじゃねーんだろ?過保護な親父がいたんだよな。」 私のせいじゃないと言ってもらえて嬉しいような悲しいような・・・。 「・・・今思えば確かに過保護だった・・・。」 「それと、あと1つ言う事がある。」 もう1つ?なんだろうか。 「食べ物の事だ。」 ”ぐうぅぅ・・・・ ” 私のお腹が音を立てて鳴った。もう日が真上を通ってしばらくたっている。 さらに顔が熱くなった。もう、本当に恥ずかしい・・・。 含み笑いをしながらシングスが言う。 「どこにあるって言ってなかったしな。」 うぅ・・、溶けそうなくらい熱い・・・・。 「まぁ、普通なら自力で探す事もできるんだろうけど、 何も知らないうえに方向音痴だってな。さっき知ったぞ。」 方向音痴だという事まで知られてしまっていたのか・・・。 私はもう顔を上げられなかった。 「ついてこい。」 シングスの声が明らかに笑っていた。 「・・・きれい・・・・。」 シングスについてしばらく歩いていくと、急に目の中にすごい量の光が入ってきた。 森が開けていて、眼前には大きな湖が広がっていた。 緑に青に水色、白、言い表せないようなたくさんの色がきれいなコントラストになっていた。 前にいたシングスが振り返ってこう言った。 「この辺にある食べ物はほとんど食べる事ができる。もちろんこの湖の水も飲める。 ま、後は自分でいろいろ探してみるのがいいんじゃねーか? そうすれば何か自然が理解できるかもしんないしな。」 「迷惑をかけてすまない・・・。」 本当に迷惑をかけている、世間知らずな私のせいで・・・。 「俺は当然の事をしたまで、謝る必要は全くねーよ!」 そう言ってくれたが、申し訳なくてもう1度謝った。 「すまない・・・。」 それを少しあきれたような、でもやさしい微笑みで聞いていてくれる。 頑張らなければ。 私のために色々な事をしてくれるシングス達のために、 そして・・・国でまっているナレオのためにも。 そんな私の新たに決心した表情が分かったのか彼は 「じゃ、なんかあったら呼べよ。」 と言い残して、また風景に溶け込むように消えた。 私はさっきまでシングスがいた何もない空間にむかって言った。 「ああ。」 お前達のためにも私は頑張って何かを必ず『理解』するからな! ・・・つづく・・・
(7) <<6.湖 >> 「これくらいでいいか・・・。」 湖の周りにはたくさんの実のなる木があった。 私はいくつか食べられることを確認しながらそれらの実をもぎ、 近くの大きめな木の下に腰を下ろした。 ・・・美味しい・・・ 城では絶対に食べられない味だ。 こんな他の皆には当たり前のことも知らないのだな、私は。 食べかけた実を見つめながらそう苦笑した。 ふと湖の方に目をやって私はぎょっとした。 動物達だけでなく何匹かのモンスターが水を飲みに来ていたのだ。 私は少し体をこわばらせながらじっと彼らを見ていた。 誰かが飲み終わって森の中に帰って行けば他の場所から新たな者がやって来る・・・ そのくり返しだった。 「この辺りに水があるところはここだけなのか?」 たぶんそうなのだろうな。 そうでなければこんなにもたくさんの生き物が入れ代わり立代わりやって来るものか。 私はモンスターを恐がっていたことも忘れ、 しばらくの間、動物たちをそこから眺めていたのだった。 1時間もたったころだろうか・・・私は1つのことに気づいた。 「これって・・・・。」 ・・・・・? 「これって・・・・??」 ・・・・・あれ??? ― これって・・・・ このあとに私は何を言いたかったのだ? 何かに気づいたはずなのに私は自分が何を言いたかったのか全く分からなかった。 大切な事だったような気がするのに。 「・・・・・。」 もしかしたらそれがここで『理解』する物なのかも知れないな。 「よし!」 私はその場から立ちあがりうなずいた。 ・・・・探してみよう!私があの後に言いたかったことを。 私は先ほど役にたたなかった護身用の短剣を手に取り、 もたれていた木に分かるように目印をつけた。 今度は迷わないように頑張るぞ! その思いの裏にはいつ迷うか・・という不安の方が大きかった・・・・。 「はぁ・・・。」 空が赤い・・・・。 結局何も分からなかった・・・・ただ歩き回って疲れただけだ。 もうすぐ日が沈む。 まだ日がある今のうちに湖に戻らなければいけない。 暗くなってしまったら目印が見えなくなる。 かろうじてまだ迷っていないが、そうなったらもう完全におしまいだ・・・。 またシングスの世話になるわけにはいかないからな、早く帰ろう。 私は自分のつけた目印を道しるべに先ほどの湖に向かって歩きだしたのだった。 ・・・つづく・・・
(8) <<7.星の海の中で >> 帰り道に食べる物を調達していたら湖についたときにはもう日が沈んでいた。 「・・・・・。」 海だ・・・・一面の星の・・・・。 今日は新月だったのか、月が全く見えなかった。 幾億もの星だけが空に広がる闇の大地にさらさらと流れていた。 さらに湖が鏡のようにその様子を映しだして、 さながら星の海の中に浮かんでいるようだった。 「あぁ・・・」 ・・・そうか。 さっき私が言いたかったことはこれだ・・・。 「これって、わたくしと同じだ。」 何か当たり前のことを忘れていたような気がする・・・。 知っているはずなのに知らないふりをしていた。 「・・・シングス・コンフリクト。」 私はぼーっと星の海を見つめながらでもはっきりとその名前を呼んだ。 「・・・呼んだか?」 目の前に広がる闇にシングスがふわっと空気のように違和感無くあらわれた。 私は彼ににっこりと笑いかけた。 それを見て(夜の闇の中でしっかりと見えたのかはさだかではないが) シングスが真面目な口調で私に話しかけた。 「『理解』できたようだな・・。」 「ああ。」 そう私が答えると彼はうなずいてこう聞いた。 「じゃあ、教えてもらおうか?あんたがここで『理解』したことを・・・。」 私はゆっくりと口を開いてこう言った。 「みんな同じだ。そしてここはなくてはならないものだ。」 詳しく説明してみろとシングスが先を促した。 「動物も植物もモンスターも・・・人間もみな同じだ。 世界に広がる大地の上で生きる者・・・。 この空でいうのなら、空の闇は大地でそこで光る星々がわたくし達生物だ。」 うまく言えているのだろうか?私は疑問に思いながらその先を話した。 「ここがなくてはならないものというのは・・・えっと・・・ なんて言うのだろうか・・・。」 「・・・ここってのはどこなんだ?」 私の困りようにシングスが助け舟を出してくれた。 まず整理しろということだな。 「ここというのは『自然』のことだ。」 「それで?」 えっと・・・・ 「・・・忘れていたのだ。当たり前の事なのに忘れていた・・・。 わたくしに限っていえば、知らなかった・・と言ったほうがいいかもしれない。 自然はわたくし達になくてはならないものだということを。 私達人間も自然の中の1つ・・・・。 人間は自然のおかげで生きていくことができているということ。 そして今の大部分の人間は それを忘れて自分たちだけで生きていると思っていること・・・。 ・・・すまない・・・・・ まだ言いたい事はあるのだがどう言って良いか分からない・・・・。」 頭の中で言いたいことがぐるぐると回っているのだが 言い表すことができないのだ・・・。 「・・・それだけ言えれば上出来だ。」 え? 「合格!」 上出来・・?合格?? ・・・これでよかったのか・・・? 「これで・・良かった・・・のか・・・?」 「あぁ、自分が理解したことをここまで言葉にできる奴はめずらしいぞ。」 シングスが私の方に駆け寄ってきて思いっきりほころばせた顔を見せてくれる。 そんな彼を見下ろして私は聞いた。 「もっと何も言えない人もいたのか?」 「もちろん、でもそんなんでも合格は合格なんだけどな・・・。」 するとちょっと苦笑して答えてくれた。 「大体の奴は感覚で理解するんだ。だから言葉にできない。」 そうなのか・・・。 ということは私は感覚だけで理解していたわけではなかったのかな? 「とにかく1つ目は終わり! さ、ここを壊してあいつらがいるところまで帰るぞ!!」 壊す??そうか・・ここはシングスが作った場所だった。 でも・・・ 「・・ちょっと待ってくれ!!」 「??・・・どうかしたのか?」 私の言葉に不思議そうに顔を覗き込んでくる。 しゃがみこんで彼の目線と自分の目線を合わせて頼んでみた・・・。 「朝までここに居たいのだが・・・だめか?」 「・・・風邪ひくぞ・・・・?」 あきれたように言ってくるシングス。 「それでもこの星の海の中にもう少し居たい・・・・。」 私がそう言うと、彼はくるっと後ろを向いてしょうがねーなぁ・・と、こう言ってくれた。 「・・わかったよ、付き合ってやるよ・・・。」 立ちあがってそんな彼を見つめる。 「ありがとう・・・無理を言ってすまない・・・。」 「『客のために』がモットーだからな!しかたねぇーよ!!」 とかなんとかいいながら思いっきり照れているだろう?シングス。 ・・・本当にいろいろと・・・ 「ありがとう。」 「・・・・。」 私はシングスの出してくれた毛布に包まり、シングスの暖かい瞳に見守られながら 星の海の中で深い眠りに落ちていった・・・。 ・・・つづく・・・
(9) <<8.2つ目の場所 >> 「おはようございます!ミモザ姫。」 「・・・・?」 あれ・・?セイムの顔が見える・・・・・・・。 えっ!? 「・・セイム!?」 がばっと体を起こし周りを見まわすと右隣にシングスが立っていた。 「やっと起きたか・・・案外寝ぼすけヤローなんだな。」 「シングス・・・ここは?昨日の場所ではないようだが・・。」 私が座っているところは広大な草原・・・。そこに立っている大きな木の下だった。 遠くの方に小さく町らしきものが見える。 「ここは僕が作った2つ目の場所のすぐ近くだよ。」 セイムが私の問いに答えてくれた。でももう移動してるなんて思ってもみなかった・・・。 「あんたは朝まで・・って言っただろ?」 確かに朝までここに居たい・・・と言った。今だって朝のはずだが・・・? その疑問はセイムの言葉で納得できた。 「日が昇ったから僕が来たんだよ。」 なるほど・・・そこを基準にしていたわけか・・・・。 「ってことだから、俺はもう行くぞ!」 え?あぁ、そうか。シングスは今までセイムがいただろう違う空間に帰るのか。 私は(昨日も何度か言ったが)もう一度お礼を言った。 「ありがとう・・付き合ってくれて・・・。」 シングスは振り返らずに左手を挙げ、無言のまま溶けるように消えていった。 「・・・・。」 私がしばらくその場所を見つめているとセイムが心配そうに私の顔を覗き込んだ。 「どうかしたの・・・?」 「いや、なんでもない。」 私は心配ないと笑顔でそう言って立ちあがり、小さく見える町を指差して聞いた。 「・・・次はあの町で何かを『理解』すればいいのだな?」 「うん、そーだよ。」 笑顔でそう答えてくれるセイム。 「分かった、何かあったら呼ぶ。」 シングスと同じように私の前から消えるもの・・・ と思っていたセイムがいつまでたっても目の前に立っている。 おかしい・・・・・前の時とは違うのか? そう思って聞いてみると・・・ 「・・・?わたくし1人で行かなければならないのではないのか?」 「そうなんだけど・・・僕のとこはシングスのところとは違う意味で 危ないところばっかりだから、シルエットが一緒に行きなさいって。」 ・・・・そういうことか・・・・。 私は自分の顔が熱くなっていることに気がついてうつむいた。 「・・・すまない・・・わたくしが世間知らずなばかりに迷惑をかける・・・・。」 セイムはそんな私を下からとびっきりの笑顔で見上げながらこう言った。 「別にいいよ!!だってこんなことめったにないんだもん。すっごく楽しい!!!」 落ち込んでいたこちらまで楽しくなってきてしまった・・・。 セイムの笑顔にはこういう力があるようだった。 「そうそう、準備はい〜い?」 そう聞かれて私は身なりを整え答えた。 「OKだ。」 「じゃあ入り口まで行くから手、貸してね。」 セイムが右手を私の前に差し出した。その手に自分の右手をそっと重ねた。 その瞬間、風景が入れ替わった。残像らしきもの意外何も分からなかった・・・。 気がつけば目の前にはレンガ造りの建物が両側に建っていた。 彼の言った通りここは町の入り口だった。 セイムが首をかしげながらこの町にある物を簡単に教えてくれる。 「えっと、ここはね市場と公園と教会、領主さんのおうちに民家とかお店があるよ。 ・・・どこに行きたい?」 「・・・市場・・・。」 私が少し赤くなってそう答えると 「そっか・・おなかへった?」 セイムはシングスのように面白がるわけではなく純粋にそう私に聞いた。 私はおとなしくうなずいた。 「じゃ、始めに公園の噴水にって顔を洗って、 それから市場に行っておなかいっぱいにしよっか!!」 元気に町に入って行こうとするセイムの後を私がついていこう・・・とした時、 「あ、もう1つ忘れてた・・。」 セイムがそう言って振り返った。・・・何を言い忘れたんだ? 私がどうしたんだ?と首をかしげると、セイムが一瞬驚くことを言った。 「ここは影で作られてるけど、僕達の話も相手に聞こえるから『ミモザ姫』って呼ぶのは ちょっと危ないの・・・。だから『ソフィア』って呼んでい〜い??」 「!・・なぜその名前を・・・・・あぁ・・そうか。」 何でも知っているんだったな・・・。そう思い出して自分を落ち着ける。 「それでかまわない。」 そう答えるとセイムはまた嬉しそうな笑顔を見せて私の手を握った。 「じゃ、いこっか!ソフィア!!」 こうして私(とセイム)は2つ目の場所へと足を踏み入れたのだった。 ・・・つづく・・・
(10) <<9.人と町と(1) >> すごい・・・・。 どこを見ても人の波だ。 まだ朝早いというのに人がたくさんいる。気を抜くと迷いそうだな・・・。 「ソフィア!こっちこっち〜!!!」 私を呼ぶセイムの声が少し前の方から聞こえる。 人ごみをかき分けて彼を探す。セイムの顔を見つけ声をかけた。 「どうかしたのか?」 彼はたくさんの果物が売っている店の前にいた。 そしてある赤い果物を指差しこう聞いた。 「これ買おうよ!ねぇーおいしそうでしょ?」 「あ、あぁ・・別にかまわないが・・・・。」 そう答えた私にセイムがにっこり笑ってすごいことを言った。 「ソフィアが買うんだよ!」 「えぇ!?」 他の人には何でもないことだろうけれど・・・私にはすごいことだったのだ。 声をあげた私にまさか・・・という顔をしてセイムが聞く。 「・・・・もしかして買ったことない・・・・?」 「こういう所では・・・ない・・・。」 彼の顔から目をそらしてそう答えた。 物を買う機会すらほとんどない私だ。こういう店から直接買う経験なんてない・・・。 その様子を見てセイムが少し考えてこう言った。 「そうかぁ・・・、ならまず僕が買ってみるから見ててね。 まず・・・?ということは・・・ 「後でソフィアが買うんだよ!」 やっぱり・・・。かわいい笑顔で残酷なことを言うセイムに動揺しながら返事をした。 「え?わ、わかった・・・。」 ・・・ほんとに私が買うのか・・・? そんな私の気持ちも知らず元気に店の主人に声をかける。 「おじさ〜ん!!」 「らっしゃい!何が欲しいんだ?坊主。」 小さなセイムを見下ろして人のよさそうな大柄な主人が聞いた。 彼はさっき欲しいと言っていた赤い実を指差す。 「う〜んとね、この赤い果物が欲しいな!」 「リリベルの実だな。いくつだ?」 「2つ!!」 2つのリリベルの実を紙袋に入れながら言う。 「24Gだな。」 「ん・・と・・はい、24G。」 セイムは財布を服のポケットから取り出して24Gを渡す。 主人は暖かい笑顔を見せて彼に袋を手渡した。 「まいど!!!」 「ありがと〜!!」 セイムは開いている手を主人に振って私の所まで戻って来た。 「はい、ソフィア。」 ガサガサと袋の中から今買った実を取り出して1つ私に差し出してくれた。 「・・・ありがとう。」 少しの間それを静かに2人で食べる。 そしてセイムは財布から20Gを取り出して私にくれる。 「これ。あんまりたくさんあげられないけどこれお金ね!好きなもの買っていいよ。」 「あぁ・・・。」 好きなものを買う・・・か。 何にしようか。私は20Gを握り締めながら周りを見まわした。 セイムはそんな私の隣をにこにこしながら歩いている。 私はいい香りがするパン屋を見つけた。これにしようかな・・・。 「あの・・・・」 元気のよさそうなぽっちゃりとした女の主人に話しかけた。 「いらっしゃい!」 「あの・・・これ・・・・。」 私は何を言っていいか分からなかったのでとりあえずあるパンを指差した。 「これが欲しいのかい?」 「え・・あ、はい。」 だめだ・・・どきどきする・・・・。 「いくつ?」 「う・・あ・・・」 私はそう聞かれてどう答えたらいいか分からず隣にいるセイムを見る。 「僕の分はいいよ。」 そう笑顔で教えてくれるセイム。 えっと・・それ・・なら・・・・・・。 「・・じゃぁ・・・1つ・・・。」 「1つね。はいよ、10Gだよ。」 10G・・・10Gね・・・・。 「・・・は、はい・・・。」 私は手の中のお金から10Gだけ手渡した。 「どうも。また来ておくれよ!」 そう言って私にパンを渡してくれた。 「ありがとうございます・・・。」 私は頭を下げてお礼を言ってそこから少し離れた道の端に行った。 「どう?」 そしてしゃがみこんだ私を覗き込んでセイムが聞いてくる。 「・・・緊張した・・・・。」 「何度もやればそのうち馴れるから、大丈夫だよ!」 セイムが私の肩にやさしく手を乗せてそう言ってくれた。 が、私は心配で、 「・・・そういうものか?」 と彼に聞いた。セイムは大丈夫と私に言ってくれる。 「そういうものだよ。」 「そうか・・・。」 今度から何か買いに出てみようか・・・。 まずいろいろ試してみて世間知らずを直さなければな。 私は笑顔のセイムを見つめ、そう思いながら苦笑したのだった。 ・・・つづく・・・
1999年3月08日(月)14時05分02秒〜3月27日(土)21時28分17秒投稿の、リューラ・F・カートンさんの長編小説「先への扉」です。