4つ葉のクローバー

 鮮やかに彩られたショーウィンドウ。街頭には店の人達の声が飛び交う。
 どの店も、いつも以上の賑わいだった。それもそうだろう。今日は女の子達にとっ
て、すごく特別な日。

「う〜ん、どれにしようかなぁ?」
いくつも並べられたチョコレートを前に、パステルは頭を悩ませていた。どうせ、
どれを選んだって、何食わぬ顔でさっさと食べてしまう。それは分かっているんだ
けど。そう思ってはみても、なかなか決まらない。他のパーティに渡すものは決まっ
たのに、1人だけ決まらない。
「これ、かわいいけど、小さい割には高いもんなぁ。こっちのはおっきいけど、こ
の飾り付け、ちょっと地味な気がするし……。だいたいトラップって、チョコレー
ト好きなのかな? 嫌いだったら貰ってもらえないかもしれないし。う〜〜〜」
さんざん頭を悩ませた結果、ハート型のチョコレートが4つ、4つ葉のクローバー
のように飾ってあるものを選ぶ。
「去年はこんなに悩んだ覚えないのにー」
ぶつぶつとつぶやきながらカウンターの方に早足で近づく。そして、合計4つのチョ
コレートを差し出そうとして、手が震えていることに気がついた。
 へんなの。まだ本人に渡すわけでもないのに。
 そう考えて、手の震えを止める。また震え出さないうちに、とさっとカウンター
の上に置いた。
 クレイには、剣の形のチョコレート。
 ノルには、大きくてシンプルなチョコレート。
 キットンには、ハーブ入りのホワイトチョコレート。
 そして、一番上に、トラップへの4つ葉のクローバーのチョコレート。
「85Gです」
綺麗にラッピングし終わったチョコレートをもう一度カウンターの上に戻して、店
員さんが言った。今度はクローバーのチョコレートは一番下。パステルは、財布を
取り出して、50G硬貨を1枚と、10G硬貨を4枚、店員さんの手に渡す。おつ
りを財布の中に入れると、チョコレートを入れられたふくろを持って、みすず旅館
まで走り出した。少しでも早く、渡したいから。

「んもう、どこにいるんだろ?」
いない。トラップがいない。もう、他のパーティには渡したのに。肝心のトラップ
がいない。
「全然早く帰ってきた意味がないじゃないのよぉ!」
空はもう、夕暮れの紅を通り越して、夜空の紺色に変わっている。買いに出たとき
は、確かにまだ日は真上にあったのに。
 パステルは、無駄だと思いつつ、窓を開け、外を見た。
「ほら、やっぱりいな……!」
いた。柔らかな光を放つ星達に照らされた、見慣れた赤毛。いつからそこにいたの
か、パステルのいる窓を見上げていた。パステルと目が合って、慌てて目をそらす。
「な、なんでおめー、そんなとこにいんだよ!」
「なっ、そ、それはこっちのセリフよぉっ! 昼間っからずっと探してたのにっ!」
思わず言ってから、はっと口を押さえる。
「と、とにかくそこで待っててよ。今から降りていくから!」
そう言ってパステルが窓を閉めようとすると、トラップが叫んだ。
「あ、おれ、今から行くとこあるから。じゃなっ!」
「えっ? あっ、ちょっと待ってよっ! もう……っ」
声をかけても、トラップはさっさと行こうとする。冗談じゃない。これじゃ、今日
中に渡せない!
   バタンッ!
大きな音に何事かと振り向いたトラップの瞳に映ったのは。もう一度開けた窓から
飛び降りようとするパステルの姿。
「なっ……馬鹿かてめーはっ!?」
トラップの叫び声と同時に、パステルは窓枠を蹴った。
「っっきゃぁぁぁっ!」
落ちていくパステルの絶叫が響き渡る。そして。
   ドサ……ッ
 パステルは、滑り込みセーフでトラップの腕の中に収まった。
「ったく、なんでこんなに重いんだよ。ちったぁダイエットくらいしろよな」
「ななっ、なによぉっ! せっかく人が……」
口から出かけた言葉が、途中で途切れる。瞳から溢れ出た涙に遮られて。
「げっ!? なんでいきなし泣き出すんだよ! おい、パステル?」
声をかけたトラップの顔に、何かが投げつけられた。それはパステルが昼間からずっ
と持ち歩いていた物。
「早く、渡したかったのに……なんで帰って来なかったのよぉ……」
しばらくの静寂。夜のみすず旅館には、人ひとり来なかった。
「……貰えないのが怖かったから」
「えっ?」
唐突に、トラップが口を開く。
「だぁらっ! てめーから貰えなかったら嫌だったんだよ! それが怖かったんだ
よっ! 自分でも馬鹿みたいだけどなっ」
 涙に瞳を濡らしたパステルには、トラップの顔は見えなかった。それでも、どん
な顔をしているか、手に取るように分かる。トラップは照れ屋だから。
「……ありがとう」
「……礼言うんなら、これくらい許せよな」
そしてトラップは、まだ腕のなかにいるパステルの唇に、そっと口づけした。
 そばには幸運の、4つ葉のクローバー。

 1999年2月15日(月)17時49分25秒投稿の、蒼零来夢さんのトラパスバレンタイン短編です。続編もあります。

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