続・4つ葉のクローバー

(前編)

「なぁ、クレイ。おまえ、パステルにどんなもん返す?」
「はぁっ?」
3月14日という日。ちょうどあの日から1ヵ月の今日。おれは、1ヵ月前のパス
テル同様、何を買うか悩んでいた。
「どんなもんって……そうだなぁ、クッキーか何かにするかな」
「あ、そう」
なるほど、クレイらしいやな。ああ、もう、これじゃあ全然参考になんねーよ。な
んかもっとあいつが気に入りそうなもん、思いつかねーのかよ。ちぇ、クレイなら
なんか思いつくかと思ったのに。
「そう言うトラップはどうするんだ?」
「あぁ?」
げ、役にたたねーばかりか、逆に聞き返してきやがった。決めてねーから聞いてる
んだってのに。こいつもよくよく鈍感だよな。
「あー……なんか適当に買うわ」
「あ、ずるいぞ。人にだけ答えさせて」
伸びてきたクレイの手をひょいっとかわす。クレイがあてになんねーってことは、
自分で探すしかねーのか。しゃーない、さっさと買ってくるかね。

――――決まらない。くそっ、パステルのやつの気持ちが分かったような気がする
ぜ。おれからしたら、どこが違うんだってやつがごろごろしてやがる。やっぱり誰
か他のやつに聞いてみっかな。
「安いよ安いよーっ! ホワイトデーならではの大特価! この白のブレスレット
なんてどうだい!? かわいいクローバーの飾りがついてるよぉっ! しかも4つ
葉! これで彼女に喜んでもらえることまちがいなしだ!」
ああ、うるせー…………って「4つ葉のクローバー」……!?
 慌てて振り向くと、ちょうどさっき声をはりあげていたおやじと目が合った。
「お、そこの赤毛の彼、これ、買っていくかい?」
「……いくらなんだよ、それ?」
すぐに飛びつきたい気分だったが、一応聞いておく。くれと言ってから金が足りんっ
てことになったらかっこわりーからな。
「30Gだよ」
30Gか……ぎりぎり足りるな。ちくしょー、この前ギャンブルで金すっちまった
んだよな。
「よし、もらうぜ、それ」
言いながらおやじの手に30Gを置く。そして、そのブレスレットをもらうと、み
すず旅館への道をたどった。

 みすず旅館の自分達の部屋の前まで来ると、おれは足を止めた。中から話声が聞
こえてきたからだ。パステルと、もう1人。考えるまでもなく分かる。この声は、
クレイだ。少しだけ開いていた扉の隙間から、中を覗き込む。あいつらは、まるで
気付いた様子はねえ。こういうのは、本業だからな。
 見ると、ちょうどクレイがパステルにクッキーを渡しているところだった。それ
をパステルが受け取って……微笑む。とても幸せそうに。胸に、刺されたような痛
みが走った。なんであんな幸せそうに笑うんだよ? 本当なら、おれがそうやって
笑わせてやりたかったのに。なんで……クレイに……。
 自分の中では、すでに答えが出ていた。あの1ヵ月前の日からも、おれはあいつ
に対して何も変わったことはしなかった。つまりは、いつもどおりにしていたわけ
だ。……照れ臭かったんだよ、態度を変えるってのは。それを時々あいつが寂しそ
うに見てたのも知っている。こんなやつ、愛想つかされたって文句なんかいえねー
よな。
 おれは、音をたてないように、そっとその場を離れた。
「どーすっかな、このブレスレット……」

(後編)

 おれはみすず旅館の外の、木の陰に座っていた。――よく考えれば、あの日から
逃げてばっかりだな。ふと、そんな考えが頭に浮かぶ。嫌な現実から逃げて。情け
ない自分から逃げて。たどり着いたところには、また情けない自分がいて。あいつ、
よくもまぁ、たとえ一時的でも、こんな人間好きになったよな。
   がちゃっ
「トラップ、トラップーっ!? どこにいるの?」
 あいつの声。おれを探しにきてくれたのか?
「トラッ……! トラップ、こんなところでなにしてるの!?」
「別に。寝てたんだよ」
そう言って、わざと欠伸をしてみせる。
「こんなところで? もう、心配かけないでよね!」
……おめーには関係ねーだろ。どうせ、クレイと一緒にいたんだからよ。
「――ところで、トラップ。もしかして、今日、何の日か忘れてる?」
「はぁっ? なんで」
「だって……トラップ、何もくれないんだもん」
あいつが少し頬を膨らませる。おめー、おれなんかからもらいたかったのかよ? 
クレイからもらってたじゃねーか。
「……欲しいの?」
「え??」
「何か、欲しいのかよ」
溢れ出る「嫉妬」という名の感情。多分、今の俺はすごい険悪な顔をしている。
「な、何言ってるのよ、トラップ? そんなこと……」
おめーは遠慮する必要、ねーんだよ。おれが悪ぃんだから――って、お、おい!
「な、なんでおめーはまた泣く……!」
「だっ、だって、……ヒック、トラ……トラップが、くれないって……ヒック」
「だぁぁーっ、だれもそんなこといってねーだろぉっ!?」
たのむから泣きやんでくれよーっ! おれはおめーの泣き顔が1番苦手なんだよっ!
「ト、トラップは……ほんとは、ヒック、わたしのこと、好きじゃ、ヒック、ない
んでしょ!?」
それはこっちの台詞だぜ。おれは、おれはだなぁ……こほんっ。
「だって、トラップ、ヒック、この1ヵ月、何も変わらな……!」
「ああぁっ、もう! とにかく落ち着け!」
そう叫んで、あいつの右手を取る。そして、ポケットからあのブレスレットを取り
出して、強引にはめた。
「それはおれの気持ちのつもりだからなっ! お守りとして大事にしとけよっ!」
みるみる顔に血が上っていくのが分かる。くそっ、こういう台詞は苦手なんだよ。
あいつは、呆然としておれを見上げてやがる。
「え……これって……」
……鈍感なやつ。こいつとクレイだったら、鈍感同士で似合ってるよな……。
「トラップ、これ――ヒック、くれる、の?」
「だからそう言ってんだろっ」
何回言わせるんだよ、こいつは。
「……ありがとう、ほんとにうれしいよ! トラップ、大好き!」
そう言ってあいつは微笑んだ。あの、幸せそうな微笑み。気のせいかもしんねーけ
ど、おれには、クレイに笑っていた時よりも数倍輝いて見えた。そして、何よりも。
 『トラップ、大好き!』
その言葉が一番、うれしかった。こんなおれでも、こいつを、こんなに幸せそうに
笑わせることができるのだから……。
 その時、あのブレスレットを買った、おやじの言葉が頭に蘇った。
 『これで彼女に喜んでもらえることまちがいなしだ!』
くやしいけど、本当にそのとおりだな。ったく、4つ葉のクローバーの魔力はすげー
ぜ。これからも幸運をよろしくな!

 1999年3月14日(日)21時29分55秒〜3月14日(日)21時30分48秒投稿の、蒼零来夢さんのトラパスホワイトデー短編です。

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