(無題)(2)

〜そろそろ山に……〜

 あぁー、懐かしいなぁ。
 あれからリシェル(許可が出たのでタメ口にすることにしたの。お友達だし
ね♪)も目が覚めて、昔の想い出話に華が咲いた。
「そうそう、あの時、一緒に野原に遊びに行って……」
「私がモンスターに襲われたんだよね」
「それでリシェルが助けたのはいいけど、相手の血を見て顔面蒼白。あれは笑
 えたぜー!」
「あの時はあの時だろ! ぼくだって今はなんともないよ!」
「そうだよねー。あんなに簡単にグスフングを倒せちゃうんだもん。私達なん
 て5人がかりでもすごく苦戦したのに」
「そういえば、オウナーのじーちゃん、グリーンスライム並のモンスターしか
 出ねぇって言ってなかったか?」
 横から割り込んできたトラップの言葉にはっとする。
「そ、そうよ! どういうことなんだろ!?」
「あぁ、それなら、近くんとこで聞いた話なんだけど」
「え、何?」
 リシェルの言葉に、私達全員耳をかたむける。
 だって、話によったら、これからの身の危険性大、なわけじゃない?
 私達って近所での聞き込みなんてしてなかったし、これは聞いとかないとい
けないよね。
「いや、さ。猛獣コレクションかなんかをしてる人がいるらしくって。で、そ
 の人が5日ほど前に、山で何匹かの猛獣に逃げられたんだそうだよ」
「危ない趣味の人もいるもんですぅ。困っちゃいますよねー」
 な、何、それー!?
 『困っちゃう』って、全然困ってるように見えないんですけど。
「も、猛獣って、例えば……?」
「さっきのグスフングはもちろん、ウージョとかそういう気持ち悪いのもいる
 らしいですよ」
 これまたセイムさんがさらりと答える。
 も、もしかしてバジリスク並の奴なんて、いないよね!?
 ううん、たとえいなくても、普通の猛獣にも十分、かなわないわ!
「ね、ねえリシェル……」
「うん、だから一緒に行こう?」
 ……よかったぁ〜。
 私達だけじゃ、心もとないけど、リシェル達がいれば安心できるじゃない?
「ねーね、リシェルのお兄ちゃん?」
「いやあの、ぼくは女……」
「別にいいのよ。あのね、私も一緒に行っていいのよね?」
「うん、そりゃもちろん」
「やった! これだけたくさんいれば楽しく行けるわね」
 気楽でいいなぁ、フェシーは。
 いや、そりゃあ、ね。
 私だって気楽じゃあないって言ったら嘘になるけどさ。
 でも、猛獣が出るってのに、恐くならないのかな。
「あ、そういえば、リシェルさん達はどうしてここへ来てるんですか?」
 クレイが問い掛けると、リシェルは笑って答えた。
「敬語はいいよ。そのかわりぼくもタメ口にするし。ええと、ここへ来たのは
 ね、君達と同じ理由だよ」
 同じ理由? ってことは。
「オウナーさんに頼まれて?」
「うん。尤も、ぼく達とパステル達以外に受けた人はいなかったみたいだけど」
 さすがに、ねぇ。
 あんな怪し気な仕事受ける人はそういないよね。
 オウナーさんもそう言ってたし。
「じゃあさ、何でリシェル達はこの仕事、受けたの?」
 私が言うと、リシェルは苦笑して少し口籠った。
「いや、それは……」
「これもあんたらと同じ理由だよ」
 ええっと、それじゃあ……。
「もしかして……金欠?」
「そ。ちょっと、誰かさんのせーで、ね」
 そう言って、ちらっとミニアを見た。
「い、いや、あれはぁ……、すごく綺麗だったんですもん! つい……」
「ついですむほどの買い物ならよかったんだけどね」
「・っ」
 どうやらミニアが何やら買ったせいで、金欠病に侵されてるようだけど。
「ねぇ、何を買ったの?」
「ルビーやらサファイアやら、いろいろ宝石がついてたよなー」
「さすがに僕もあれを見た時は驚きましたねー。値段を知った時は卒倒するか
 と思いましたし」
「ねえねえ、だから何を買ったのぉ!?」
「……これですぅ」
 ミニアが見せたのはすんごいきれいで高級なブローチだった。
 女の子なら誰でも一度は身に付けてみたいような。
 たぶん、私達のような貧乏パーティには一生かかっても買えないだろう。
 私は唖然として、「……なるほど」と呟くのが精一杯だった。
「パステル、そろそろ、山、登る」
 ノルの声で現実に引き戻される。
「あ。そかそか……」
 そうよね、フェシーの家族も早く探さないといけないし。
「ぱぁーるぅ。ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう!」
 ルーミィのお得意のフレーズも出たし。
「ルーミィ、もうちょっと我慢してね」
「やだぁ! おなかへったんらあ!」
 叫んでわたしをたたくルーミィを、フェシーがなだめる。
「ルーミィちゃん、あとでおいしいもの食べさせてあげるから、今は我慢しよ
 う。ね?」
「……わかったおう。ぜったぁ、やくそくだお?」
「うん、約束するから」
 これから山登りするのに、美味しいものってのはちょっと無理じゃない?
「フェシー、そんなこと言ったら、あとあと大変になるんじゃ……」
 小さい声で私が言うと、
「大丈夫、私、料理は得意だから! 後で菜食料理でも作ってみせるから、楽
 しみにしといてね」
「あ、あ、キノコは私が集めましょう!」
 菜食料理という言葉にすぐさま反応するキットンだった一一。

〜晩ご飯の時間です〜

「や、やっと頂上〜?」
「んなわけあるか」
 私がひーひー言いながら上げた声は、冷たいトラップの一言に否定された。
 ちなみに、私が頂上と間違えたのは、小さな山小屋のある所だった。
 そこだけ少し開けていて、休憩所として使われているようだ。
「そんな、簡単に、否定、しなくても、いいじゃ、ない……はぁ、はぁッ」
「そー言われてもなぁ。まだ1/4も登ってねーんだから、しょーがねーだろ」
「え〜っ! よ、1/4も、登って、ない、の!? こ、これで?」
 う、嘘でしょぉ〜?
「まあまあ。フェシーさんも疲れているようですし、あの小屋で一度休みませ
んか?」
「そぉですよぉ。私も疲れましたですぅ」
 ……ミニアって時々よくわからない。
 だって、不平言ってる割には、さっきから猫のようにぴょんぴょん跳び回っ
てるんだもん。
 全ッ然疲れてるように見えないし。
 でも、フォロー入れてくれた、セイムさん&ミニアに感謝!
 いつもだったらこういう所はクレイがフォロー入れてくれるけどね。
 そうそ。確かにフェシーはすんごく疲れてるみたいで、さっきから一言も話
さない。
 最初はさんざんトラップを叫ばしてたのに(笑)。
 でも、クレイが「荷物、持ってあげようか?」って言っても、黙って首を振
って……すごい根性だよねー。
 私にはとてもじゃないけど、そんな根性はないな。
 まぁそれで、せっかく2人がフォロー入れてくれたんだけど。
「あまいあまいあまいあまい! んなことしてたらいつまでたっても頂上に着
かねーぜ!」
「でもトラップ、もうそろそろ晩飯の時間だぜ」
 と、これはエイオス。
 なんか性格が似てるのか、二人で意気投合しちゃったみたいで。
「あ、そーいえばそうだな。んじゃ、おれ休んでるから用意しといてくれや」
 そう言ったトラップの頭をすかさずスリッパで殴る!
「いってーな! ってゆーか、どっからスリッパが出て来たんだ!?」
「こういうものは、必要性にかられた時は、どこからともなくでてくるもんな
のよ!」
 んな無茶なと自分でも思うけど、さすがにオウナーさんの所のスリッパを、
こんなこともあろうかと思って借りてきた、なんて言えない。
「どこが必要性にかられてるんだよ……」
「細かい事は気にしない!」
「十分元気ですね、パステル」
「何か言った、キットン!?」
「い、いえ……」
 ああっ、しまった!
 いきなり漫才を始めてしまったぁっ!
 あぁ、もうちょっとで本格的になる所だったわ……危ない危ない。
「ぱぁーるぅ……ルーミィ、おなかぺっこぺこ……」
 クレイの背中で寝ていたルーミィの寝言で我に返る。
 そうよ、晩ご飯!
 ちなみに、いろいろと言ってる間に登って来て、今は山小屋に着いていた。
 山小屋の中には、干し肉とかはなかったけど、大きめのテーブルと、たくさ
んのいすはあったし、寝る所もちゃんとあった。
「おーい! こっから先は未開発のとこみたいだぞー!?」
 先がどうなってるのか見に行ってたクレイが、報告してくれる。
「それじゃ、今日はここで一泊、といこうか。この上まで行ったら野宿になる
からね。まだ猛獣達は健在のハズだから、それは危ない」
「げぇーっ!? ばかみたいにゆっくりしてんのな。まだ日ぃ暮れてからほと
んどたってないぜぇ?」
 トラップは、顔中に不満の色を浮かべていた。
「で、でも、フェシーは私達と違って少しも戦えないんだよ!? そんな危な
いことは一一!」
「わぁったわぁった。勝手にしろよ!」
「素直じゃなげふっ!」
 横で、ちょっと回復したのか、フェシーが何か言おうとした直後、素早くト
ラップの足がフェシーのみぞおちに食い込む!
 フェシーが疲れてたのはコレのせいかも知れない……。
「う……反応早くなったわね」
「おめぇが早くしたんだッ!」
 ナイスコンビネーション。
 私もだんだん、疑問が湧いてくるより先に、楽しく眺めるようになっていた。
 でもフェシー、せっかく回復した体力を、何やら突っ込むために使わなくて
も。
 まぁいいや。
 せっかく小屋まであるんだし、泊まる用意でも始めないと、ね。

〜いきなりの出現〜

「お、おいしい!」
 今私は、約束通りフェシーが作ってくれた、野菜(?)炒めなどなどを食べ
てるんだけど……ねぇ、これが。
 おいしいのなんのって!
 もう、ほっぺが落ちそうってのはこのことだ。
「えへへ。そぉ?」
「うん、おいしすぎるよぉ! どうやったらこんなの作れるの!?」
 他のみんなも、普段なら(リシェル達は知らないけど)あっというまに食べ
てしまうのに、ゆっくり味わいながら食べてるみたい。
 ルーミィでさえ、ちょっとずつ楽しみながら食べてるんだもん。
 しかもこの料理、そこらへんに生えてる草&キノコからできてるんだよ?
 なんてゆーか、神業?
「たくさん作ったつもりなのに、これだけの人数じゃ1人分、ちょっとになっ
っちゃったね。ごめんね」
「そんな……こんなおいしいものを作って下さったのに、逆にお礼が言いたい
くらいですよ」
「そうだよなー。いっつも不器用な奴の料理じゃ……」
「何か言ったか? エイオス」
「いえ……」
 首筋に冷たいものを感じて沈黙するエイオス。
 それを見てフェシーがにやりと笑ったのには、2人は気付いてなかったよう
だ。
 それを見たトラップが、「かわいそうに」って顔したのも……。
 フェシーが言った通り、料理はちょっと少なめだったので、そろそろみんな
食べ終って、次は寝る用意に移る。
 だけどこれがまたせまいのなんの。
 小屋の大きさ自体はそれほど小さくもないんだけど、何しろ人数が人数でし
ょ? 1枚のふとんを3人で使う羽目になっちゃって。
 あ、ノルにはルーミィとシロちゃんと寝てもらうんだけどね。
 でも、それで寝てもぎりぎり入るって感じで、横には1cmたりとも動けない
状態におちいるわけ。
 その後は……どうなるか、わかるよね。
「私、トラップやキットンの横だけはいやよ、絶対!」
「パステル……それおれだっていやだぞ」
「うるせぇな、そこまで言うんなら外で寝りゃーいいだろ」
「やぁよ! あなたが外に行ってよ、トラップ!」
「パステルの頼みとあっちゃ外行かなきゃねぇ?」
「てめえが外行け、フェシー」
 そして、リシェル達の方もそうゆーこと、あるみたいで。
「エイオス、はしっこで寝ろよ」
「リシェルさん、女の子は女の子どおし寝ましょぉ♪」
「……つまりは僕がエイオスの隣、ということですか?」
「んだよ、そのイヤそうな顔は」
「そりゃイヤですから」
 ……やっぱしエイオスってトラップと似てるんだろうなぁ。
 いやいや、こんなとこで感心してたって仕方ないけど。
 あぁ、それにしてもうるさいこと。
「私、外出てくるね!」
 私はそのうるささに耐え切れなくなって、小屋の外にでることにした。
 いつの間にか辺りは闇に包まれていて、夜風が頬にあたるのがすごく気持ち
いい。
 明かりが手元のポータブルカンテラ1つってのはちょっと心もとないけど、
ちょっと涼んでく事にして、近くの岩に腰を下ろす。
 あーあ、相変わらずどたばたやってるよ……。
 あれで私の寝場所、トラップの横になってたらヤだなぁ。
 と、その時。
 がさがさという音を私の耳が捕らえた。
「誰かいるのかな?」
 ポータブルカンテラをそっちの方に向け……今日2度目の硬直。
 それは私の見た事無い生物だった。
 でも、いくらなんでもこれだけは分かる。
 「それ」はモンスターだ、と。
 きっと、リシェル達から聞いた、猛獣の1匹目だろう。
    カラ−……ン
 地面に落ちたポータブルカンテラが、妙に乾いた音を立てた。

〜聖なる翼に包まれて〜

「い、いや……」
 ガサッ……
「来ないでッ!」
 とりあえず叫んでみるものの、震えて後ずさる事しかできない。
 相変わらず小屋の方は騒がしく、まったくこっちの様子に気付く気配はない。
 1歩、また1歩。 私の足は後ろへと下がってゆく。
 だけど、私は知っている。この後ろには・がけ・があるということを。
 ザッ……ザッ……
 私の足音とモンスターの足音が重なる。がけは、私のすぐ後ろに迫っていた。
 あと一一5歩!
 ザッ……
 あと4歩。誰か……!
 ザッ……
 あと3歩。
「助け……」
 ザッ……
 あと2歩。死ぬ思いで抵抗しようにも……得物がない!
 ザッ……
 あと1歩……! 微かな希望に縋り、小屋の方を見る。
 ザッ……
 もう後が……。……! あの紫の髪は一一!
「リシェルっ! 助けてっっ!!」
「パステル!?」
 ああ早く……。
 一一その時だった。
 ガラガラッ!
 突然足場がなくなり、体が宙に浮く。
「っきゃああぁぁーーっ!!」
 はっきりとわかった。私は今、あの絶壁を落ちてるんだ……。
 こんなことって、ないでしょ?
 ギュッと目をつむり、手を組んで。
 それで。
 私の体は何かに包まれ、ふわっと制止した。
「……え……?」
 おそるおそる目を開ける。
 そこには、私を抱きかかえ、真っ白な羽を生やしたリシェルがいた。
「天使……?」

〜3族の狭間に〜

「ちゃんとつかまっといてよ」
「う、うん……」
 リシェルに抱きかかえられたまま、だんだん上に上がって行く。
 うわ……すんごいドキドキする〜っ! だってだって、リシェルが女の人と
分かっててもやっぱりかっこいいものはかっこいいじゃない。しかも背中に純
白の羽まで生やしてるんだよ!? これで何とも思わなかったらおかしいって。
 ……ってそういえば。
「リシェル! 上に行ってもまだあのモンスターがいるんじゃ……!?」
「大丈夫だよ。しっかり殺してきたから」
 う、うそっ!
 落ちてる途中だったからよく分からないけど、あんな一瞬で……。
 でも、実際上に着いてみると、さっきのモンスターが剣を深々と突き刺され
たまま倒れていた。
「さてと」
 その剣を引き抜き、鞘に収める。そして……リシェルの背中から翼が消えた。
まるで、夜の闇に掻き消されたように一一。
 いろいろなことをきこうとわたしが口を開きかける。でも、その前に、次の
言葉がとんできた。
「まず初めに、何をききたい?」
「……その翼のわけをききたい」
 きく前から分かってるのね。なんかなぁ。まぁとにかく、リシェルはきっち
し話してくれましたとも。その翼のゆえんを。
 その話を聞いて、わたしはぶっとんだ。いや、そりゃあ驚かないようなコト
のはずないってのはわかってたけどさ。それでもやっぱり驚くもんは驚くんだ
よ。その話を要約して話すとね一一
 まず、リシェルのお母さんは、なんと、天使と人間のハーフらしい。ここま
できいて、じゃあリシェルって天使と人間のクォーターなの? ってきいたん
だけど。なんとまあ、それだけじゃなくって……お父さんは、人間と悪魔の、
ハーフらしい一一んだよね。
「もう2人とも、生きてはいないけどね」
「え!? わたしがキリシム村に行った時、お2人とも元気になさってたじゃ
ない!」
 そう。わたしが行った時は、さ。すんごくいいお母さんとお父さんがいらっ
しゃって。そのお父さんが悪魔の血をひいてるなんて、絶対思えないくらいの
……。
「ある日、モンスターに襲われて……。2人共すごく強い人だったんだけどね。
一一ぼくが冒険者になったのも、それからだよ」
 平気そうに話してるけど、本当はすごく辛いんだと思う。わたしもおんなじ
ような境遇だから、なんとなくわかるんだ。リシェルは必死で隠してるけど、
その顔には悲しさが見える。
「ごめんごめん、こんな話しちゃって。もうそろそろ小屋に戻ろう。また何か
来ないともかぎらない」
「うん、そだね……」
 わたしも、わたしのお母さんとお父さんの事、思い出して、ちょっと悲しく
なっちゃったりして。でも、こんなとこでくよくよしてたって、なにも始まら
ないもんね! 気を取り直して小屋に入って……。
「うそっ! わたし、トラップの隣なんてぜっったい、嫌よぉーっ!!」
 うわーーん、やっぱり外に出てるんじゃなかったよぉ〜。自分が嫌だからっ
てみんなヒドイじゃない〜。

〜黒髪の少女〜

 く〜〜っ、何もかもトラップのせいだわ! なんでっ、なんで2晩続けて寝不足
にならなきゃなんないの?
「あの〜、パステル?」
 大体もうちょっと、無神経な所、治してほしいもんだわ!
「パステル、パステル? おーいっ!」
 ……はっ。
「あ、えーっと、ごめんフェシー。なに?」
「朝ご飯用意できたから……どうしたの、目つり上げて。……あぁ、寝不足なの
ね?」
 しまった、すっかりトラップへの怒りで、頭の中がどっか飛んでってたみたい。
でももしかして、もしかしなくてもわたし、そんなに目をつり上げてたのね。
ちょっと反省。それにしてもフェシーって勘がいい……
「一一ってフェシー、朝ご飯まで作ってくれたの!?」
「うん。あ、朝はたくさん作ったから、心配しないでね」
 いや、そんな心配はしてないけど。
「ごめんね、わたし、何もやらなくって」
「いいよ。連れてってもらってるんだもん、それくらい、しないとね」
 そんな、気を使う必要、全然無いのに。あーぁ、わたしとはまったく違うなぁ。

 それで、とりあえずフェシーに連れられて、みんなが朝ご飯食べてる所に行った
んだけど。
「遅ぇぞ、パステル。ったく、こっちは早く起きて行く用意までしてたってのに」
 むっかーっ! 誰のせいだってのよ、ほんとに。なんか昨日の朝も同じようなこ
と考えた気がするわ。
「どぉーもすみませんねぇ。誰かさんのせいであまりにも眠くって!」
 言い放ち、どかっと腰を下ろす。そして、フェシーの作った朝ご飯を食べ始めた
時、彼女はにやっと笑ってつぶやいた。
「夫婦喧嘩?」
 ぶっっっ!! わたしとトラップの音が見事に重なる。
 んなっ、なっ……!!
「なっ、フェシー、何よそれ!? あ、もしかして道中トラップをからかい続けて
たのって、それ? ずっと勘違いしてたの? やだなぁもう、全然違うよぉ!」
 ちょっといきなりそんなこと言われてかなり混乱してたせいもあって、わたしは
真っ赤になって抗議し続けた。だってそんな、とんでもないこと!
「と、とりあえず落ち着け、パステル」
「おちつくんだおう、ぱぁーるぅ」
「パステルおねぇしゃん、おちついて下さいデシ」
 あまりにもしゃべり続けたせいか、クレイ達が止めに入る。あ、ああ、そういえ
ば、朝ご飯の最中だったっけ。でも、少し落ち着いたところにまた、ミニアとフェ
シーが話を引っぱり出してきた。
「顔、真っ赤ですよぉ、パステルさん」
「やっぱりパステルにもその気はあったのかしら?」
 !! 同じくらいの年だからって、意気投合して! だから、思いっきし叫び返
した。
「ぜんっぜんっそんなもの、無いわ!!」
そしてわたしは、まだ少ししか食べてない朝ご飯を途中で切り上げて、さっさと行
く用意を始めることにした。
「あーあぁ、怒っちゃってるよ、パステル」
「私、最初は一言しか言ってなかったんだけど……」
「でもたぶん、寝不足で気が立ってらっしゃるんだと思いますぅ」
 後ろのほうで会話が聞こえてくるが、言われてみればたしかにそのとおり。うん。
なんかさっきからわたし、怒ったり静まったりと激しいもんね。

「おーい、みんな行く用意はできたか〜?」
「こっちはOKだよ!」
「あ、ちょっと待って、ルーミィが……」
 そして少々にぎやかな朝ご飯が終わり、そろそろ出発しようかってことになった
一一んだけど。何しろ人数が人数でしょ。もう、学校の遠足状態になっちゃって。
「ぱぁーるぅ、またおやまさんのぼるんかぁ?」
「そうよ、ルーミィ」
「あ、クレイ! 見て下さい、こんなにたくさんリジティーラが取れましたよ!」
「……。キットン、そうゆうのは後にしてくれないか?」
 静かだった山があっという間に騒々しくなった。まだ眠っていた小鳥達も何事か
と起き出してきて、ノルがなだめるのに苦労している。そうこうでやっとみんなが
準備をすませて、登れるようになった時には、もう日が結構高くなっていた。
「確か、こっちから登れたと思うけど……」
 昨日先の方を見に行ったクレイが、細い道の方に歩いて行く。みんなもそれにつ
いて行って一一
   ガサ……ッ
 え、え? なに? なんか今、前の草が揺れなかった?
   ガサガサッ
 みんな無言で身構える。そして、派手な音を立てて目の前に現われたのは、いか
にも強そうなモンスター一一ではなく、黒髪、黒い瞳の女の子だった。

〜幻獣の住処〜

「フェイク。戻ってきたの……?」
 彼女はフェシーとそっくりだった。その漆黒の髪と瞳を除けば。まるで吸い込ま
れるような闇の色。そうか。この人が一一。
「ルシア姉さん、だよね?」
 ルシア・B・クレイド。フェシーの双子の姉の。
 すると、その人……いや、ルシアは少し微笑んだ。
「そうよ。驚いたな、いきなり帰ってくるとは思っていなかった」
 でも、ルシアは、フェシーとは全然雰囲気が違う。別に悪い人じゃない、いい人
だとは思うんだけど、ずいぶん落ち着いている。ううん、フェシーも落ち着いては
いるんだよ。でもなんか、ルシアの方が大人っぽい感じがする。それは言葉遣いか
らなのか、表情からなのか、わからないけど。
「そちらの方達は?」
 いきなり話を振られ、驚いていると、リシェルがまったく動じない様子で話し始
めた。
「ぼく達は仕事の途中で彼女に会い、どうやら同じところに向かっていたようなの
で、ここまで同行させてもらいました。えーっと、ぼくはリシェル・エスペクトと
いいます。で、こっちは……」

 これだけの人数がいると自己紹介だけでも大変なので、またまたとばさせてもら
うことにする。あ、そうそう。フェシーの身の上話(?)は、道すがらリシェル達
にも話していたからリシェル達もちゃんと知ってる。
「私はルシア・B・クレイドです。フェイクの姉ですが……まぁ、そこら辺のこと
はフェイクから聞いておられるでしょう。
 ところで、フェイクをここまで連れてきて下さったお礼に、私たち幻獣の集落へ
来られませんか?」
 …………。
『……はい?』
 間抜けにも、みんなの声が重なる。
 げ、幻獣? って魔法能力にはエルフ以上にすぐれてるっていう、あの?
 え、え〜〜〜〜??

〜ただいまのあいさつ〜

 ・・・
 私たち幻獣の、ってことは、ルシアは幻獣ってことなの?? でも、どっからど
う見ても人間なんだけど……。
 あ、そう言えば、ルシアはフェシーのお姉さんなんでしょ。じゃ、じゃぁフェシー
も幻獣なの? でも、フェシーって小さい頃に捨てられたって言ってたよね。とい
うことは、フェシー自身はそのことを知らないってこと!? 
 いろんな疑問が頭に浮かんで、また混乱してしまいそう! それで、とりあえず
フェシーを見た。他のみんなも同じこと考えたのかな、みんなに一斉に見られたか
ら、さすがのフェシーもちょっとたじろいだ。
「え、えっとぉ……」
「フェイクから何も聞いてなかったんですね」
 フェシーの代わりに、というのかはわからないけど、ルシアが言う。何も聞いて
なかったんですね、って、それじゃ、フェシーはそのこと知ってたの? ああーっ
もう、余計わからなくなってきた!
「じゃ、そのことは集落に着いたら話すことにしましょう。あ、でもその前に、集
落へ来ていただけるのなら、ですけど?」
 でも、これだけわからないことだらけでも、1つだけわかることがある。それは、
絶対にその幻獣の集落を見てみたいってこと! 滅多に、というよか普通見れない
もんね、そんなとこ。それに、今まですっかり忘れてたけど、オウナーさんが言っ
てた「めずらしい生き物」って、もしかして幻獣のことなんじゃないかな? これ
を断わる手はないよ。だからわたしたちは、すぐに返事した。
『行きますっ!』
 ってね。

「うっわぁ……」
 幻獣の集落は、獣道の様な道を少し歩いた所にあった。ばっと視界が開けて、ま
ず、幻獣達の姿が目に入る。みんな、ほとんど人と同じ様な格好をしてるんだけど、
しっぽが生えてたり、頭に小さな羽がついてたり。やっぱりオウナーさんが言って
たのって、幻獣のことだったんだ。あ、でもあの人……じゃない、幻獣は嫌だな。
なんか目がぎょろっとしてて、恐い。それで、一番変わってるな、って思ったのは、
家。すごく太いのに背が低い木の中をくりぬいて、その中に住んでるみたい。
 そんな中をルシアに連れられて歩いていると、少し大きめの木一一いや失礼、家
の前に来た。
「お父様、お客様でございます」
ルシアがノッカーらしきものを鳴らして言う。しばらくしてから、ドアが開き、温
厚そうな男の人が出てきた。最初はにこにことあいさつをしてくれたんだけど、ふ
とフェシーに目を止めて、その人一一フェシーのお父さんなんだろうけど一一は、
驚きの表情を隠せなかったみたい。わたしからでも十分わかる。
 そしてフェシーは、普段だったら絶対言わないんじゃないか、って口調で言葉遣
いで、その人に告げた。
「ただいま帰りました、お父様」

〜その理由は〜

 あれから、とりあえずわたし達は家の中に入れてもらった。「家」ってまぁ、木
の中なんだけどね。これが、何個かの部屋に分かれてるんだな。でも、ふと思った
んだけど、これでちゃんと木が育つのかな? だって、植物って、道管と師管が栄
養とかを運ぶんでしょ。つまり、それが切れたら枯れちゃうってことじゃない。で、
ちょっとルシアに聞いてみたらね、
「ああ、それなら、この木はちょっと変わっていて、中のほうはくりぬいても差し
支えはないんですよ」
……だそうだ。どう変わってるのか知りたい気もしたけど、その前に一番大きい部
屋一一たぶん居間だと思うんだけど一一に着いて、そこにあった大きいテーブルの
回りに並べてある、椅子に座らされた。全員が座ったのを確認して、フェシーのお
父さんも正面の椅子に座る。そしてゆっくりと話し始めた。
「すぐにフェイクが帰ってきたお祝いといきたいところですが、まずはお客様方に、
私達が何故、フェイクを捨てなければならなかったか、ということをお話しなけれ
ばなりませんね」
そう、それが一番知りたい。だって、もし自分がフェシーの立場だったら、ぜった
い嫌だもの。少なくとも、こんな素直な子には育ってない。
「私達は、見ての通り普通の人とは少し違う姿をしています。それくらいなら気に
しない人間もいるでしょうが、興味を持つ人間もいるでしょう。私達幻獣はもうこ
こにいるだけしか残っていません。ですから、私達は一生をここで終えなければな
りません」
「うそ……。幻獣ってそりゃあ残り少ないのは知ってたけど、まさかこれだけなん
て……」
わたしは思わず口に出して言ってしまった。でも、他のみんなも同じ事思ってると
思う。
 幻獣の血って、長命の薬になるって聞いたことがある。あと、魔力が飛躍的に上
がるとか……。どこにいるかなんて知ったら、どんな人が来るかわからない。だか
ら、絶対に人目に触れてはならないんだ。たぶん、わたし達は特別なんだろう。
 フェシーのお父さんは、頷いてみせ、先を続けた。
「幻獣は、子供のうちは普通の人と変わりない姿に生まれてきます。いつ変化が訪
れるかはそれぞれ別々なのですが……。そういうこともあり、子供のうちに外の世
界を見ておかせるため、生まれて少しで、山の麓に置き帰るという習慣があるので
す。もちろん、なにも記憶のないまま放っておかれたらいくらなんでも辛すぎるだ
ろうし、この山まで戻って来ないので、その一一フェイクが付けているピアスがあ
るでしょう。それに記憶を入れておくのです」
はぁ〜……。なんか、厳しい世界だなぁ。だって、赤ん坊のうちに外に放り出され
るってことは、そっから自分で生きていけってことだもん。さすがに冬の寒いとき
に、ってことはないだろうけど、食べ物とかどうするんだろう? 普通の子供だっ
たら、飢え死にしちゃうよね。幻獣の子供だからってことで何とかなるんだろうけ
ど。
「あの、1つ質問させてもらってもよろしいでしょうか?」
わたしがいろいろ考えてると、何やらセイムさんが口を開いた。
「はい、何でしょう?」
「フェシーさんが捨てられたというわけはそれで解ったんですが、それなら何故、
ルシアさんが今、ここにいらっしゃるのかが解らないんですが」
あ! そういえば、ルシアもフェシーと同じはずなんだよね。でも、ここで暮らし
てるってことは、ルシアは捨てられなかったってこと? それとも、もう帰ってき
たのかな。
 でも、ね。セイムさんが何気ない疑問を口にした瞬間。
「!!」
「ルシア姉さん?」
 ルシアの顔が真っ赤に染まった。
 え、なに? どうしたんだろう??

〜ルシアの過去〜

「姉さん、どうしたの?」
 フェシーが、真っ赤になったルシアに問いかけた。フェシーも原因知らないんだ?
一体、ほんとにどうしたんだろう。
「え、えと、あの……お、お父様、私はこれで失礼させていただきますので」
そう言ってルシアはそそくさとこの広間から出ていこうとした。……ってちょっと
またんかい。
「姉さん……そんな露骨な隠し方するくらいなら、話したくないって言った方がい
いと思うよ」
「うっ」
ますますルシアの顔が赤くなる。
「いやあ、ルシアはですねぇ……」
「おっ、お父様っ!」
慌ててフェシーのお父さんにくってかかる。あーあ、耳まで赤くなっちゃって……
こうやって見ると、まだ歳相応に見えるんだけどなぁ。
「でもよぉ、そんな風に言われたら、余計聞きたくならねーか?」
「ルーミィ、るしゃーのお話、ききたいお!」
トラップとルーミィに言われ、ぐっとつまるルシア。その隙に、そうでしょうとば
かりにフェシーのお父さんが話し始めた。
「ルシアも一度、外に出したんですよね。でも、8歳くらいの時に帰ってきて。し
かも1人で、ですよ。あまりにも早かったもんですから、理由を聞いてみたんです
がねぇ」
 ルシアは、観念したのか、あさっての方向を向きながらぎゅっと口元を結んでい
る。
「それが、人間の男の人を好きになったらしいんですよね。でも、その人は、自分
よりも10歳ほど年上だったらしくて」
「え、でもぉ、普通だったら好きな人ができたら、逆に、帰りたくなくなるんじゃ
ないですかぁ?」
うん、ミニアの言うことも正論だと思うな。わたしにはあんまりわかんないけどさ、
どっちかっていうと、好きな人ができたら、その人と一緒にいたいって思うんじゃ
ないかな? 少なくともわたしは、ジュン・ケイと別れなければならないって解っ
たとき、そう感じたもんね。
「ええ、普通はそうだと思います。でも、その男の人はもう結婚しておられたよう
で。見ていると辛くなるからって、いくら行っておいでと言っても行こうとしない
んですよ。だから、それ以来、ルシアはずっとここに住んでるんです」
へーぇ、そうだったんだぁ。なんか私よりもずっと年下のはずなのに、大人びてる
というか、経験が豊富というか……。改めて実感させられた。
 で、当のルシアは、というと。顔が真っ赤のまま、すっかりふてくされてしまっ
てる。でも、なんか意外だなぁ。確かにずいぶん大人っぽいけど、実は照れやさん
だったのかな?

 1998年7月22日(水)17時55分22秒〜1999年3月12日(金)19時24分51秒投稿の、蒼零来夢さんの長編です。

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