―1―
はぁ、はぁ、はぁ……
雪の積もった、林の中。自分の吐く息がいやにうるさい。足の疲れも極限に
達しているし、あの塔に着くまでに自分の体力がつきるのは火を見るより明ら
かだった。
――それでも。
それでも、行かなければ。なんとしてでも……。
「……!?」
意に反して、足がもつれる。ばさっと音をたてて、自分の身体が地に倒れ込んだ。
(行かないと……早く、1秒でも早く行かなければいけないのに!)
それでも、指先ですら動かない。情けないことに、意識まで遠くなってきた。雪が、容赦のかけらもなく、あたしの上に降り積もってゆく。そして……
あたしの視界は真っ暗になった。
「おい、このカタツムリ! のろのろしてっとおいてくぞ!」
「ちょ、ちょっとまってよぉ!」
こんにちは。みなさんご存じ、詩人兼マッパーのパステルです! 今、わたしたちはヒールニントよりかもっともっと北の方、なんと海を越えて別の大陸にいます。ちょうど去年の今頃、例のキスキン国の事件で突然リッチーになってしまったわたしたち。それで、今年は暖かい服も買って、冬のクエストにも挑戦しようってことになって、なぜだかこんな極寒の地に来ているのです。
さっきわたしを怒鳴ったのは、もちろんトラップ。木々の枝とかに積もってる雪が綺麗で見とれてたら、ついつい遅れちゃうのよね。でも、だからってカタツムリはないんじゃない? カタツムリは。だいたい、トラップには美しいものを感じる”心”ってものが……
「うわあぁっ!? ちょっ、ちょっとみんな来てくれ!」
!? 今のは、先頭を行ってたはずの、クレイの声! 何、何が起こったの? とっ、とにかく早く……って、キットンっ!
「キットン、なにしてんの!? 行くわよ、早くっ!」
「でもですねぇ、パステル。このキノコはロクロペテルといって、
大変珍しい……」
「ええい、そんなもん後よ、後!」
言いつつ、キットンの首根っこを捕まえる。ったく、こんな時に何やってんだか。
「ど、どうしたの、クレイ!?」
わたしが慌てて駆け付けると、そこにはもうみんな集まっていた。
「ああ、パステル。ちょっと……」
そう言ってクレイが指差したところには、なんと女の子が倒れていた。年はわたしと同じか、1つ下くらいだと思う。長い黒髪に隠れた顔は、死人のように青白い……!
「……なんとか生きてるみたいだぜ。ったく、クレイが見つけんのがもうちょっと遅かったらどうなってたか……」
脈をとっていたトラップが、顔を上げて言った。まだ生きているってことに、とりあえずほっとする。でも、でも。まだ大丈夫ってわけじゃないんだよね? ぴくりとも動かないその子を見ていると、なんだか今にも命が消えていきそうだ。
もちろん、みんなその間何もしていなかったわけじゃない。ノルは、ケッコー通販で買った簡易テント(見かけによらず、わりとあったかい)を組み立てていたし、シロちゃんはその子の横でずっとブレスの熱いのを吹いている。あのルーミィでさえ、このあいだ覚えたばかりの、レベルの高い、ちょっと長もちするファイヤーをかけていた。
「わ、わたし薪を集めてくるね! ほら、キットンも手伝って」
「いえ、パステル、すみませんが1人で行って下さいませんか? 凍傷の手当てもしなければなりませんので……」
そうか。こんな雪の中に倒れてたら、凍傷もひどいはずよね。
「わかった! じゃ、行ってくる!」
言いながら駆け出す。
どうか、死なないで。無事でいて! まだ、名前も知らないのに……。
―2―
(…………うん?)
目が覚めて、最初に目に飛び込んできたのは、見慣れない“布”だった。
まだ頭が朦朧としている。ここは……そう、テントの中?
ぼやけていた視界が少しずつ鮮明になってくる。次に見えたのは、あたしを覗き込んでいる
数人の人の顔だった。なぜか、犬までいるようだ。
(いや、それより――)
なぜあたしはここにいるんだろう? 確か……、確か、あたしは……。
「!!」
ぼんやりしていた頭が一気に冴える。そう、あたしはあの塔に行かなければ――!
* * *
わたし、キットン、シロちゃんの2人と1匹は、あれからずっと眠ったままの女の子を祈るような気持ちで囲んでいた。もう外は暗くなりかかっている。
ルーミィは、さすがに疲れ果てて眠ってるし、クレイとトラップ、ノルの3人は、新しい薪を探しに行ってる。何しろこの雪のせいで、落ちている枝なんか使い物にならなくなっているから、すでに生えてる木の枝を折ってこないといけないんだ。
それだって、湿ってて燃えにくい。薪は大量に必要だった。
「あれっ? このおねーしゃん、少し目を開けたデシよ?」
シロちゃんの声に、はっと我にかえる。
慌てて目の前の女の子を見たら、まだ焦点はあってないけど、確かに少し目を開けてるみたいだった。
よ、よかったぁ〜。
「ね、あなた大丈夫?」
とりあえず声をかけてみたけど、なんていうか、ぜんっぜん聞こえてないみたい。ま、仕方ないよね。ずっと寝てたわけだしさ。
……と、思ってたんだけど。
その子はパチパチと何回かまばたきした後、いきなしがばっと上半身を起こした。
「……!? なっ、何?」
突然の行動に呆然とするわたし。そんなわたしを見て、その子がもう1度パチクリとする。そして納得したようにうなずくと、私の手を取って、ものすごいスピードで話し始めた。
「あなた方が助けて下さったんですね。ありがとうございます。えっと、あたし
セリア・ブロッサムっていいます。御迷惑かけておいて本当に申し訳ないんですけど、
あたし、急がなければいけないんで……またいつか会えたならその時にお礼をします!
それでは!」
(ちょ……っ! それではって、まさか!)
わたしのヤな予感は見事に的中した。
彼女はわたしの手をぱっと放すと、テントの外へと走り出したのだ。今の今まで気絶してたような最悪の体調だというのに。
そう、未だに雪の降り止まない、極寒の林の中へ。
―3―
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
わたしは慌てて彼女――セリアの後を追った。幸い(?)、まだあまり回復してないようで、すぐに追い付く。
「ほ、ほんとに急いでるんです! それに何もお礼なんてできるほど……」
「誰もお礼の話なんかしてないわよっ! それよりあなた……」
わたしが次の言葉を紡ごうとすると、追い付いてきたキットンが先に口を開いた。
「まだ目が覚めたばっかりなのに、今外に出ていったらまたすぐ倒れてしまいますよ! あなたがなぜ急いでいるのかはわかりませんが、途中で行き倒れなんかしたら、あなたの用事だって余計に遅くなってしまうのではありませんか?」
キットンの言葉にセリアはぐっとつまったようだった。それでも少しの間反抗していたけど、やがて気が静まったのか、それとも目眩でもしたのか、その場に座り込んだ。
そして、何気なく自分の頭に手をのばして――……
「???」
瞬間、ティアの顔からさっと血の気がひいた。
「ぼっ……帽子! あの、あたしの帽子は!? 知りませんか!?」
冷静に考えたら、今さっきまで寝ていたんだから帽子なんてかぶってるはずがないんだけど、そこまで頭がまわらないくらい動揺してるみたい。
でも、おかしいな。帽子なんて……
「帽子ってコレか?」
「トラップ!?」
突然の声に顔をあげると、いつのまにやらちょっと離れたところにトラップが立っていた。片手に、白いふわっとしたベレー帽のような帽子に黒いリボンがついているのを持っている。
「あ、それ! それです! あ、ありがとうございます!」
その帽子をみたセリアは慌てて駆けていって、ひったくるようにしてトラップの手から奪い取っていた。そして胸にぎゅっと抱きしめる。
なんか、ホントに安心したって感じの顔をしてる。大切なものなんだな。
そんなことを考えてると、いきなりキットンがすっとんきょうな声をあげた。
「そういえばトラップ。あなた薪を取りに行ったんじゃないんですか?」
「あっ、そういえば。なんで何も持ってないのよ?」
「へっへっへ。まぁ、おれは木ぃのぼって折ってくるのが仕事だからなぁ」
もしかして。
トラップの後ろをみたわたしは、やっぱりって思った。
だって、たくさん薪を抱えたクレイとノルが、ちょうど到着したところだったんだもの。
「トラップ、おまえなぁ〜! 少しは手伝えよ!」
「トラップあんしゃん、クレイしゃんとノルしゃんばっかしに持たせてたらだめデシよ」
クレイはともかく、シロちゃんにまで責められたトラップは、さすがにちょっとバツの悪そうな顔をしてる。
で、そんな文句を言ってから、クレイはやっとセリアが起きてきてるのに気が付いたみたい。
「あれ? 君、起きて大丈夫なの? おれたちは構わないからさ、もうちょっと寝ておいた方がいいんじゃ……」
――とりあえず、わたしたちはセリアに状況を説明してもらうことにした。
―4―
あれから、外で話すのもなんだということで、みんなでテントの中に入ることにした。最初っから大きめのテントを買ってたから、セリアを加えても全然狭くない。
「えっと、とりあえずもう1回ちゃんと自己紹介しますね。名前は、セリア・ブロッサム。16歳です」
そう言って一息つくセリア。ずっと焦ってた心の中がやっと落ち着いてきたみたい。
「ねえ、セリア。どこに行こうとしてるのか、なんでそんなに急いでるのか、できたら教えてくれないかな?」
まだクレイ、トラップやノルははっきり状況を理解できてそうにないけど、ま、話してるうちにわかるだろう。
でも、そんなことを考えながら口にした問いに、セリアの返した答えは私達を驚かせるのに充分すぎるくらい充分なものだった。
だって、だって、セリアが行こうとしていた場所っていうのが、わたしたちのクエストの目的地とおんなじだったんだもの!
クーデルクの塔。
それが、今回のクエストの目的地だった。
なんでも、その塔にはいかにもあやしげな魔法使いだかなんだかが住んでるらしい。
それだけなら、まぁ、地元の人にとっては気持ち悪いかもしれないけど、特に実害はない。
だけど、月に1回くらい正体不明の爆発がおこったり、正体不明の霧みたいなものが発生したりしてるっていうんだから話が別。
おおざっぱな人なら、気にしなければすむってんでクエストにもならなかっただろうけど、世の中そんな人ばかりじゃない。
そして、地元の人たちが不安がって冒険者協会に相談したのだそうだ。
ちなみに、特に目立った被害がないせいもあって比較的レベルの低いクエストなんだけど、何しろこんな寒いところだから、わたしたちが初めの挑戦者だそうな。
「それなら話が早いんじゃないか。このまま彼女1人で行かせるのも危ないし、目的地が同じなんだから、一緒に行けばいい」
セリアに、わたしたちもクエストで同じところに行くんだということを説明した後、開口一番クレイがそう言った。どうやら3人ともだいたいの状況はわかってきたらしい。
「みんなもそれで文句ないよな?」
「ああ、文句ねーぜ」
「ないデシ!」
「わたしも特にありません」
「おれも……」
「…………ルーミィ、おなかぺっこぺこだお……ぐ〜〜……」
周囲を見回しながら聞いたクレイに、(寝ているルーミィを除いて)みんな口々に賛同した。
もちろんわたしも異論はない。
「えっ? で、でもあたしはさっきから迷惑かけっぱなして……」
戸惑ってるセリアに、
「んなこた関係ねーって。いいじゃねーか、こっちがいいっつってんだから」
と、トラップ。
「誰かさんと違ってあんた軽そうだから、また倒れかけたらノルかクレイにおぶってもらやいいしな」
むっ! 「誰かさん」って誰よ、「誰かさん」って!
セリアの手前、ここで怒鳴るわけにはいかないけど、わたしはおもいっきりジト〜〜ッとした目でトラップを睨み付けてやった。
「そうそう。困った時はお互い様。おれはクレイ。クレイ・S・アンダーソン。この口が悪いやつがトラップで、あっちがパステル。キットンにノル、シロちゃん。それで、あっちで寝てるのがルーミィだ。よろしくな」
にこっとクレイに微笑みかけられて、ちょっと顔を赤くしながらセリアは、
「よろしくお願いします」
って、ぺこっと頭を下げた。
なんかちょっと悔しい気もするけど、かわいい〜☆
―5―
「ところで、急いでる理由の方なんですけど……」
「あ、ちょい待ち」
セリアがまた話しだそうとした矢先に、いきなりトラップが待ったをかけた。
「あんたさ、その敬語やめろよな。一時的とはいえ、これからは仲間としてやってくんだからな。そんな風に言われるとこっちもやりにくいんだよ」
そういえば、確かに一緒に行動するのに敬語なんて使ってたら、堅苦しいことこの上ない。
それでわたしもうんうん頷いていると、セリアもちょっと申し訳無さそうに頷いた。
「はい、わかりました。じゃない、ああ……わかった」
ん? な〜んか話し方に違和感があるような……。いや、敬語じゃなくなったとか、そういうことじゃなく。
気のせいかな?
「それで、理由なんだけど……歩きながら話すってのは、だめかな?」
また少し焦りの見え始めた表情で言ったセリアの提案は、ノルの静かな一言によって却下された。
「外、もう夜だ。セリア、まだ疲れてるし、危ないから、今日は、休んだ方がいい」
と、いうこと。実はセリアは腰の後ろに短剣を差しているんだけど、そこから考えると、戦えるんだろうな、とは思う。けど、やっぱり夜に歩くっていうのは、セリアにとってだけじゃなく、わたしたちにとっても危ない行為なんだ。
「そっか……。それじゃ、まぁ、今から話すから、聞いてくれよな」
!? え? あれ? 今の、セリアが話したセリフだよね?
しばらく唖然として目をぱちぱちさせてみる。みると、みんなも同じようなかんじだった。セリアは1人、「どうしたの?」って顔してる。
わたしには、さっきの違和感の正体がわかったような気がした。つまりは……
「セリア……男言葉?」
まだ唖然としたままのクレイが、問いかける。
その言葉にセリアはポン、と手をうって、
「ああ、さっきまで敬語使ってたしな。わからなかった? あたしはちっちゃい頃からこーゆー言葉遣いしてるから……ダメかな?」
最後のところで、ちょっと眉を寄せて、不安げな表情できく。
いや、だめじゃないけどさ。
なんていうか、セリアって、外見もサラサラの黒のロングヘアで、小柄で、声だってかわいいのに、ギャップが……ねぇ。
確かに目もとは気が強そうな、そんな感じなんだけど。
でも…………ねぇ?
―6―
「そうそう、急いでる理由、ね。ちょっと長くなるんだけど……」
* * *
単刀直入に言えば、あたしの住んでる村の、ミューズって男の子があの塔に住んでるやつにさらわれたんだ。
え? 単刀直入すぎ?
んじゃ、もうちょっと詳しいとこから話すな。
まず、ミューズのこと。ミューズがさらわれたのには、ちゃんとワケがあるんだ。
ってのも、ミューズには変な能力があってさ。
ちょっと話変わるけど、冒険者にはさ、エレメンタラーっているだろ?
いきなり何言い出すんだって顔すんなよ。関係あるんだからさ。
で、ミューズの能力ってのはそれに似てるんだよ。
似てるって言ったって、まったく違うものかも知れない。何しろ、そんな能力なんて聞いたことなかったんだ。
じらさないで早く教えろって? うるさいよトラップ。
言われなくても、ちゃんと今から話すよ。
その能力ってのは……なんていうか、精霊に体を乗っ取らせるってものなんだ。
なんだそりゃって感じでしょ。あたしもあんましわからない。
つまり、操ることとかはできないんだけど、精霊の力をこの世界に現わさせるために、自分の体を器として貸し出すっていうのかな、そんなかんじ。
もちろん、何をするにしても、普通にエレメンタラーが精霊の力をつかうよりかずっと威力が強い。
なんて言ったって人間がむりやり力を引き出すんじゃなく、精霊自身が力を使うんだからな。
だから、ミューズは誰か知らんけど、あの塔のやつにさらわれた。
そいつがどうやったかまであたしは知らないよ。
とにかく、ミューズがいなくなって探してた時に、あのクーデルクの塔にいるってことを知って、急いで来たんだ――。
そう……早く行かないとミューズが……。
……えっ? ああ、どうやって知ったかって?
それは、クライン・シュテイトっていう人が教えてくれたんだ。
ある日郵便受けを見たら手紙が入ってたんだって。
なんか3月末までに誰も来なければミューズを殺すとかっていう、ふざけた内容だ。
クラインってのは、うちの村の教会に住んでる人でさ、親とかいなくて、年の離れた従妹と一緒に暮らしてる……いい人だよ、クラインは。
あんな人、滅多にいないね――。
* * *
「う〜〜ん……」
なるほど、それであんなに急いでたってわけね。
まだすーすーと平和そうな寝息をたてているルーミィを見ながら思う。
わたしだってもしあのルーミィがさらわれたりなんかしたら……!
考えるだけで涙がでそうだ。
「とにかく、今1番怪しいのはそのクラインって野郎だな」
わたしが考え込んでいると、いきなりトラップがそんなことを言い出した。
「!? 違う! ぜったい違うよ。クラインはぜったいそんなことしない。あたしは、クラインのことよく知ってるもん!」
当然、セリアがトラップにくってかかる。そりゃそうだよ。
いきなりそれは、ないんじゃない!?
「だいたい、あの塔には怪しい魔法使いが住んでるんだろ!? じゃあ、ミューズをさらってったのはそいつだってことじゃないのか?」
「そいつがその怪しい魔法使いかも知れねーじゃねーか。嘘の場所を教えたのかもしれねーし。だいたい、その手紙ってのが怪しい。考えてもみそ。誰がそんな手紙教会に入れるんだよ?」
「クラインは魔法は使えない。いつも魔力さえあればもっと人を救えるのにって嘆いてたよ」
そう言ってトラップをきっと睨み付ける。
だのに、トラップはしれっとした顔。セリアがこんなに言ってるってのに!
わたしが何か言おうと口を開きかけた時、ちょっと怒ったような声がした。
「トラップ、それは言い過ぎじゃないか? よくその人を知りもしないおれたちがそんなことを言うべきじゃない。セリアが信用してるんだから、それを信じるべきだと、おれは思う」
さすがクレイ。やっぱりわたしなんかが言うよりずっと説得力がある。
クレイにそう言われて、トラップはちょっとすねたように言った。
「だからおれはそういう可能性があるってことを言ってんだ。ちょっとでも可能性を考えておくってのは悪いことじゃねーだろ?」
なんってかわいげのない。素直におれが悪かったっていえないのかしら!
しかもトラップはそのあとにこんなことまで付け足した。
「それにしても、おめぇさっきまでとえらく態度が違くねーか? 迷惑だからなんていってたのはどこのどいつだよ。あーあ、同一人物とは思えねー」
「なっ!! あたしはあんたと違って多少の礼儀ってもんをわきまえてるんだよ! 他人に対してくらい、遠慮するのはあたりまえだろ!?」
「レイギ、ねぇ。そんじゃ今だってもうちょっと礼儀をわきまえて欲しいよなぁ。敬語使わなくていいって言ったとたん、これだぜ? いくらなんでも変わり過ぎなんだよ」
「なんだってぇっ!? あんたも礼儀の面じゃ人のこととやかく言う資格なんかないだろーがっ!」
言い争いはどんどんエスカレートしていき、最後には寝ていたルーミィが起きてもまだ止まらなかった。
もちろんルーミィは、ずっと死んだようだったセリアがあんなに元気なんだから、もうびっくり。
「ぱぁーるぅ、あのおねぇちゃん、どうしたんらぁ?」
ってわたしの袖を引っ張ってきた。
あぁあもう、わたしは知らない!
―7―
翌日。
わたしたちは、クーデルクの塔へと、着実に歩を進めていた。
ちなみに今は2月の末なんだけどね。だから、指定された期限までにはあと1ヶ月もあるから、間に合わないなんてことはないんだけど。
でもやっぱり、わたしたちはちょっと急ぐようにしていた。
だって、わたしがセリアの立場なら絶対、一刻もはやく助けに行きたい。
それに、トラップの言うとおり、もしかしたら場所は嘘なのかもしれないし。
クラインさんっていう人が嘘をついていなくったって、手紙に嘘が書かれていたっていうことも、かなりありうるもんね。
「……なぁ、1つ思ったんだけど」
他愛のない会話をしながら歩き続けていると、ちょっと遠慮がちにクレイが口を開いた。
どうしたんだろう? なんか、言うか言わないかずっと迷ってたみたいなかんじ。
みんなで一斉にクレイの方を振り向いたもんで、クレイはちょっと言いにくそうに続けた。
「いや、その、なんで、そのミューズって子を探しに行くのに、村の大人にじゃなく、セリアに言ったのかな、と思って……」
あ、そうか。全然気がつかなかった。
言われてみれば、変なことかも。だって、セリアってまだ16歳でしょ?
普通なら、いくらセリアがしっかりしてるといっても、そういうことは大人の力を借りるんじゃないかしら。
特に今回は、村の子供がさらわれるっていう、一大事なんだし。
わたしが考えていると、セリアはちょっと意味深な感じで呟いた。
「ミューズは……誰からも好かれるやつだよ」
「はい?」
前後のつながりがまったく見えないセリフに、キットンが眉をひそめて聞き返す。
「ただし、子供からは、ね」
わたしが混乱している間に、セリアが言葉を続けた。
「明るくて、純粋で、村の子供の人気者みたいな感じだな。でも、大人はみんなあまりミューズに近づこうとはしない。……その力が怖いから。そりゃそうかもな。いくらミューズが努力したって、一旦「自分」を精霊に貸しちまうと、ミューズの意志なんか関係ないんだ。いつ自分が被害を受けるか分からない。賢いやつならたいてい怖がるさ。だから、近づかない。
……ってことで、大人なんか当てにならないよ。うちの村でミューズを探しに行こうとする大人は、ミューズの両親くらいだね。あたしくらいの年のやつだって、たいていはミューズを怖がる。怖がらないのはあたし以外で2人くらい、かな」
怒りや悲しみを抑えたような、それでいてどこか冷めてるような声。
「あたしは一応、戦えるからさ」
トントンと、腰の後ろの短剣を叩く。
これは差別、なんだろうか。
大人達を責めることはできない。
いくらミューズを信じていたって、精霊の力はミューズ自体の力でなんとかできるものじゃないから。
でも、もしわたしがそんな環境で育ったら。
もし、生まれ持った力のせいで避けられたりなんかしたら。
わたしは、自分を、そして周りの大人を、呪うかもしれない。
「ま、理由はそれだけじゃないんだけどな……」
わたしたちの間に重苦しい沈黙が流れたとき、ぽそっとセリアが呟いた。
「え??」
「他の理由って……?」
そして、聞いたクレイに向かって、にっこりと笑いながら言う。
「今はまだ、秘密」
その時のセリアは、女のわたしから見てもむちゃくちゃかわいくって。
まるで、天使が微笑んだようだった。
―8―
周囲は、木々もまばらになり、やがて見渡す限りの白銀の世界になった。
雪がずっと降っているため、視界はあまりよくない。
もうすぐ塔に着くころだろうと思うけど、雪に遮られて、ちらり、ちらりとしか
塔の影は見えなかった。
「これではモンスターが出ても気がつきませんね、ぎゃっはっはっは」
キットンったら、何がそんなにおかしいのか、あの馬鹿でかい声をあげて笑っている。
するとトラップがキットンの頭をいきなりぼかっと叩いた。
「ばかか、おめーは。そう言うぐれーならモンスターが寄って来ねーようにその馬鹿でかい声をなんとかしやがれ」
「痛いですよ、トラップ! だいたいあなたはすぐそうやって叩くから……」
言い合いを始めようとした2人を呆れ果てたセリアが止める。
「こんなところで体力使ってたら、あとあとしんどくなるだろ。今は、ただでさえ凍えそうな気温なんだから、体力の温存は大切だと思うぜ?」
そうだよね。こんなところで休みたいなんて言っても、たき火だってたけない。
「そうそう、セリアの言うとおりだろ」
クレイもうなずいて、「ったくいつもこうなんだからな……」って、ため息ついてる。
「でも、セリアって冒険者なのか? そういうとこにまで気がまわって……」
「そういや、戦えるとかも言ってたじゃねーか」
反省の色全然なしってかんじで会話に加わるトラップ。
ほんとにもう、こいつは〜!
「あぁ、あたしは冒険者じゃないよ」
「せりゃー、ぼーけんしゃじゃないんかぁ?」
すっかりセリアになついたルーミィが聞く。
まぁ、冒険者じゃなくったって剣を扱える人は扱えるし。
話からすれば、ずっと村に住んでたみたいだから、よく考えれば普通は冒険者なんかじゃないよね。
でも……冒険者なのに剣が使えないわたしって……。
そりゃあ、これでも短剣ならちょっとくらい使えるようになったけど、ねぇ。
わたしがちょっと落ち込んでいると、ルーミィの頭をなでながら、セリアが付け足した。
「剣が使えるようになったのは、まぁ、幼馴染みとどっちが強くなれるか、競争していたみたいな感じでね。小さいころから自己流で練習したんだよ」
へぇぇ……すごい。努力家なんだぁ。
「本当はこんな短剣じゃなくて……」
セリアが続きを続けようとしたとき、突然シロちゃんの声が響き渡った。
「危険が危ないデシ!」
!!!
はっとしてシロちゃんの目を見ると、鮮やかなエメラルド色に輝いている!
「モンスター!?」
さっきのキットンの話じゃないけど、今の今まで全然気付かなかった。
もう、この雪の中でも形が見分けられるくらいに近づいてきてる!?
幸い、3匹くらいしかいないみたいだけど、この寒さだし、わたしなんてもう手に感覚がない……。
「……なぁ、今、こーいうこと聞いてる場合じゃないとは思うんだけどさ」
剣を構えながら、ふいにセリアが口を開いた。
そんなこと言っておきながら、全然セリアにスキはなさそうだけど。
「何?」
「シロちゃんって一体何者なんだ? 話すし、目の色変わるし。つい今まで聞きそびれてたんだけど」
……………………。
「後で話すわ」
「うん。ごめん……」
モンスターは、もうすぐクレイの剣が届くぐらいの間合いに入ろうとしていた。
―9―
さすがに、この距離まで近づくと、モンスターの全貌がはっきり見える。
おおざっぱに言うと、小さいのが2匹と、大きいのが1匹。
小さい方は、なんだかモグラみたいな格好をしてて、半身を雪の中に埋もれさせている。
でも、小さいって言ったってルーミィより少し大きいくらいの大きさ。
そして、1番目を引くのが、前足(?)の長い爪。
そのモンスター自体の地上に出てる部分の3分の2くらいの長さで、すごく鋭そう。
十分、剣がわりに使えそうな……。
大きい方は、鳥と熊を合わせたようなやつ。
今はこの雪だから、飛ぶことはないだろうけど、その頑丈な翼はわたし1人くらいなら吹き飛ばしてしまいそうだ。
こっちはさっきのモグラみたいに「刃物」は持ってないけど、身体全体が武器になりそう――。
人間に例えると、筋肉モリモリのマッチョマン、みたいなかんじなんだもん。
とにかく、敵は3匹。
「……あ、ありました!」
うわっ!?
あぁ、びっくりした。キットンったらいきなり大きな声、あげないでほしい。
モンスター辞典調べてたみたいだけど、でも、こんなに早く見つかるなんて珍しいこともあるもんね……なんて考えてる場合じゃないんだった!
「キットン、何、何!?」
「えーっとですねぇ。まず小さい方のやつは、ユキモグラといいまして、名前のとおり雪のよく降るところに生息し……」
「だぁぁっ! んなこたどうだっていいんだよ! 弱点はなんなんだ!?」
トラップが、キットンからモンスター辞典をひったくろうとする。
と、またまたキットンにしては素早く、モンスターの弱点を読み上げた。
「どちらとも火に弱いです! ただ、大きいやつは、刃物の攻撃が効きにくいようです!」
「よし、それじゃ、ノル、悪いけど大きい方頼む! トラップ、ルーミィ、シロも加勢してくれ」
「わかった」
「やってやろうじゃねーか!」
「わかったデシ!」
ノルとトラップ、シロちゃんが返事をする。
「ルーミィ、あの大きいのにファイヤーをお願い」
「わかったおう!」
どうすればいいのか、もうひとつ解っていなさそうだったルーミィも、まんまるい目でモンスターを精一杯睨みつける。
「セリアは、むこうのユキモグラの相手をしててくれ! おれはこっちをするから……。パステル、キットンは下がってろ!」
「OK!」
そう言ってセリアも、ユキモグラに切りかかった。
クレイだって、みんなに指事を飛ばしながらずっと、いつ相手が飛びかかってきてもいいように、間合いをとっている。
こういう戦闘になると、結局わたしは何もできないのよね……。
それでもとりあえず、ショートソードを抜いて、まわりに気を配る。
また新手のモンスターが襲い掛かってきても、いけないじゃない?
そんなこんなのうちに、まわりでは激戦が始まっている。
大きい方のやつは、動きはそんなに速くないみたいで、ノルが足を止めているスキに、シロちゃんの「熱いのデシ」や、ルーミィのファイヤー、トラップのパチンコがバシバシ決まっていた。
でも、とにかく生命力がやたらとあるらしく、全然倒れそうなそぶりを見せていない。
トラップも、目とか、そういう皮の薄いところを狙ってるんだけど、まったく動かないってわけでもないんだし、どうもきっちり決まらない。
セリアの方は、さすが小さいころから練習していただけあって、余裕がある。
冒険者じゃないんだから、モンスターを相手にしたことなんて、そんなにないハズなのに……。
あの鋭い爪も、2、3本折り飛ばしていたりして、断然優勢だ。
ただ、ちょっとあの短剣を扱いにくそうにしてる……?
そして、次にわたしがクレイの方に目を向けようとした、その時。
「うわあぁぁーーっ!!」
ちょうどそのクレイの悲鳴があがった。
何ごとかとわたしはクレイの方を見て……。
「クレイ……!!?」
そう――わたしの目に映ったのは。
それは、ユキモグラの爪に、右肩を深々と突き刺されている、クレイの姿だった……。
―10―
「ぐっ!」
クレイの肩を突き刺したユキモグラは、その爪を肩から引き抜き、さらに攻撃を続けようとした。
(あぶないっ!!)
叫ぼうとしても、恐怖で声が出ない。
慌ててトラップが目標をユキモグラにかえたみたいだけど、動きが素早くてうまく当たらなかった。
他の人は手が塞がっているし、キットンはこういうのはあてにできないから、手のあいているわたしがなんとかしないといけないのに……足ががくがく震えて動かない!
クレイは、左手で右肩を押さえつつ、横振りに放たれた1撃を、後ろに下がってなんとかかわしたみたい。
でも、相手の動きは予想以上に素早く、クレイがふと顔をあげた時には、もう2撃目が……!
「クレイーーーーッッ!!!」
がつっ!
(……え?)
わたしが悲鳴をあげると同時に。
クレイの前に誰かが飛び出してきて、ユキモグラの爪が弾き飛ばされた。
「セ、セリア!?」
そう、前に飛び出してきたのはセリアだった。
でも、セリアももう1匹のやつと戦ってたはずじゃなかったっけ?
「あっ!?」
なんてこと。
見たら、もう1匹のユキモグラは、バッチシ地に伏しているではありませんか!
「セリアって……すごかったんだぁ」
思わず見とれてしまった。
……と。
「おや? セリア、左の上腕部を怪我してるのではありませんか?」
え? え?
キットンに言われて見てみると、たしかに、真っ白い袖が切れて、真っ赤に染まっている。
慌てたせいでユキモグラに切られたんだろう。
しかも、その傷のせいか、さっきまでみたいに優勢って感じじゃぁない!
ちょっとひいきめに見たって……五分五分。
後ろにクレイを庇いながら戦ってるせいもあるんだろう。
と、そのとき。
「セリアっ! これ使えっっ!!」
聞いたことのない男の人の声がしたと思うと、なんかでっかいもんが飛んできてセリアの近くに刺さった。
「あれは……グレートソードってやつですねぇ」
そう、それは。
あぁ、あれが……って思うような、でっかい――大剣。
都合よく声がかかったと思ったら、あんなやつどうやって使えっていうのよ……?
ってまぁ、そう思ったんだけどね。
あろうことか、それを見たセリアは、ちょっと驚いた後、にやっと笑って、持っていた短剣をユキモグラに投げて牽制しながら、右手1本でそれを引き抜いたのだ!
「うそ……!」
だって、自分自身の身長の半分以上は充分ある大剣だよ!?
わたしなんか、絶対両手でも持ち上げられないだろうのに……。
セリアの後ろにいたクレイだって、目がまんまるだ。
しかもしかも。
セリアはそれを軽々と振り回して、あっと言う間にユキモグラをやっつけちゃった。
もう、すごい迫力。
セリアって……冒険者じゃないんだよねぇ?
ちょうどその頃、ノル達も大きい方のモンスターを倒し終わって、みんなであの剣が飛んできた方を見た。
「よ、テイル。遅かったじゃん」
セリアが左手を額の高さまであげてあいさつする。
そこにいたのは、小柄な男の子だった。
男の子って言ったって、わたしたちと同じくらいの歳の人だよ。念のため。
ちょっと内まきのくせっ毛の、茶色いショートヘア。
セリアと同じように手をあげてあいさつをした彼は、とても人懐っこい笑みを浮かべていた。
でも、変なのは、何かよくわからない乗り物に乗っていること。
ちょっとだけ地面から浮かび上がっている、円盤みたいなもの。
それに、服装もちょっと変わってるし……?
一体彼は、誰なんだろう?
セリアの知り合いみたいだし、悪い人ではなさそうだけど……。
2000年2月20日(日)00時37分〜3月29日(水)01時13分投稿の、蒼零来夢さんの長編「雪原の塔」(1)です。