―11―
「紹介するな。こいつはテイル・フォスティっていって、あたしの幼馴染み。テイル、この人達はあたしを助けてくれた冒険者の人達で、パステルにルーミィ、クレイ、トラップ、キットン、ノル、それにシロちゃんだ」
セリアが1人1人指を差して紹介する。
「よろしくね!」
「よろしくだおう!」
「あ、はじめまして……」
「とりあえずよろしくやってくれ」
「セリアの幼馴染みですか? あ、わたしキットンといいます。はじめまして」
「よろしく……」
「よろしくデシ!」
わたしたちがそれぞれあいさつをすると、彼は目を真ん丸に開いて、シロちゃんを見た。
あ、そっか。
セリアの幼馴染みっていうし、セリアと会ったときもすっかり忘れてたけど、シロちゃんってしゃべっちゃいけなかったのよね……。
しばらく呆然としていたテイルは、はっと思い出したように、乗っていた円盤状のものから降りて言った。
「あ、あ、こっちこそよろしく。えっと、ところで……」
テイルの視線は自然とシロちゃんの方へと向く。
ふと見ると、セリアも同じような表情でこっちを見ていた。
う〜ん。どう言えばいいものか……。
思わずクレイと顔を見合わせていると、シロちゃんが遠慮がちに声をあげた。
「パステルおねえしゃん、ボク、喋っちゃいけなかったデシか……?」
「あ、ううん! 全然そんなことないんだけどね」
どうせセリアには説明する約束だったし。
そういえばさっき火もはいてたしね……(こりゃごまかしようもないわ)。
「単刀直入に言うと……シロちゃんは、普段は犬の振りしてもらってるけど、実はホワイトドラゴンなの」
さっきまでは全然犬の振りなんてしてなかったけど、それはおいといて。
さすがにこれはびっくりしたらしく、2人はしばらく沈黙した後、ほとんど同時に叫んだ。
『ホワイトドラゴン〜〜!!??』
「うわっ! ったく、もうちょっと小さな声で叫べよな。塔のやつに聞こえたらどうすんだよ」
あまりの大声に、トラップが無理な注文をつける。
さすがに塔までは聞こえてないと思うけど……。
「まぁ、普通の犬だとは思ってなかったけどさ。ホワイトドラゴンなんて聞いてないぞ?」
困惑した表情のセリア。
仕方ないよね……いきなり、目の前の子犬はホワイトドラゴンです、って言われたんだもの。
驚かない人は、それこそホワイトドラゴンの子供をみたことがあるとか、そういう人ぐらいだろう。
「っと、も1つ聞きたいんだけど……」
すると、まだ少し驚いたままのテイルが口を開いた。
なんか、さっき知り合ったところってのが嘘みたいな口調。
こっちも影響されて、ついついタメになってるし。
テイル自体の人懐っこい雰囲気のせいか、ぜんぜん違和感がないんだけどね。
「さっき、セリアを助けてくれたって言ってたよな? こいつ、何かあったのか?」
この言葉に、セリアの顔が「しまった!」ってかんじに変わった。
でも、そんなことに全く気付いてないクレイが、
「あ、それなら昨日、向こうの林の中でセリアが倒れていたのをおれたちが見つけて……」
って説明し出したもんだから、セリアはかわいそうなほど慌て出した。
「あ……わ、わっ」
いそいでクレイの口を塞いだけど、もう遅い。
だいたいの事情はわかったのか、テイルはにっと笑って、
「だ〜からこれができるまで待っとけって言ったのに」
と、さっきまで乗っていた円盤を指差した。
「う、うるさいなっ! いつできるかわからなかったんだからしょうがないだろ!」
叫んだセリアは、耳まで真っ赤っ赤。
「なんだ、それはつまりオレの腕を信用していないってことか?」
テイルが、これは心外、って表情をすると、
「そうじゃなくて〜〜〜ッッ!」
とセリアが眉を歪めた。
さすが幼馴染み……。なんかすごい仲良さそうだよね。
でも、「オレの腕」って、あれ、乗り物みたいだけど、テイルが作ったのね。
すごいなぁ。どういう仕組みで浮いてるんだろう?
「っはは! やっぱ久しぶりにセリアと話すと楽しい……っと、そういえば、困ったな……?」
笑ってたテイルが、ふとわたしたちを見つめて呟いた。
「ここじゃ、道具もないし……」とか、「第一時間が……」とか、まだぶつぶつ言ってる。
キットンじゃないってのに。
「てーる、どうしたんらぁ?」
ルーミィがそばまでてくてく行って、ズボンの裾を引っ張る。
それで我にかえったのか、テイルは頭をかきつつ、
「いや、これ、セリアは乗っけれるように作ったんだけど、さすがに8人は無理かなぁ、と思って……」
その円盤はだいたい直径1mとちょっとくらい。
ま、これに8人(しかもノルも入れて)乗せようと思ったら、無理だよな。
べつにわたしたちにとっちゃあ、いつも歩いてるんだし、そう問題でもないのだけれど。
テイルにしては、自分達だけ乗ってわたしたちは乗せないというのは気が引けるのか、真剣に悩んでるようだった。
―12―
結局円盤には、セリアの他に、わたしとルーミィが乗せてもらうことになった。
つめればもう1人くらい乗れないこともないんだけど、そこまでする必要があるわけでもなし。
「オレはずっと楽してたんだし、オレが降りられればいいんだけど……」
って、テイルは苦笑してる。
でも、テイルが降りたら誰も操縦できないんだもんね。
まぁ、ずっとこんな和やかな雰囲気なわけだけど。
なんか、みんな忘れてると思わない?
そう、クレイの怪我。
実はわたしもちょっと忘れてたんだけどね……。
突然セリアが、
「そういえば、クレイ。ずっと気になってんだけど、その怪我大丈夫なのか?」
って聞いたもんだから、みんな、「あ、そういえば!」って感じでクレイの方を見たの。
ほら、痛さの余り、だんだん慣れてきて痛みを忘れるってこと、あるじゃない?
そんな感じで、クレイも忘れてたみたいで(ホント、脳天気というかなんというか……)、自分の傷を見たとたん、彼は卒倒してしまった。
だからって、こんな寒いところで寝ていたら大変なことになる。
だから、クレイには早々起きてもらうことになったけど……思ったより傷が深くて。
動かさない限りはあまり痛くないらしいんだけど、クレイが傷を負ったのは、右肩だ。
当然剣なんか使えないし、キットンの薬草も、やっぱり治るまでに時間がかかる。
今から塔へ乗り込もうっていうのに、肝心のファイターが怪我っていうのは……やっぱりツライ。
ここで野宿することはできないから(なんたって今だに雪は降り続いている)、クレイの怪我が治るのを待つことなんてできないし……。
わたしたちが考え込んでいると、突然足下からかわいい声があがった。
「クレイしゃん、ボクの血では治らないんデシか?」
あ!!
そうよ、シロちゃんの血を飲んでその上から薬草も使っておけば、なんとかなるんじゃない!?
「でも、シロ。いいのか?」
「クレイしゃんの怪我に比べたら、なんてことないデシ!」
うう……なんていいこなの?
シロちゃんの血の説明を聞いたセリアが、シロちゃんのシッポにそっと短剣を当てる。
そういえば……セリアってよくあんなグレートソード軽々と扱えたよね……。
多分、1人で来るのには邪魔だからって置いてきたのをテイルが持ってきたんだろうけど。
あんなもの背負ってたら、体力使って仕方ないもんね。
とかなんとか想像してるうちに、クレイはシロちゃんの血を飲んだ。
さすがに一瞬で治りはしないけど、ほら、塔っていうからには、ボスは最上階って決まってるし、それまでにはなんとか治るだろう。
キットンの応急処置も終わって、周りにあったモンスターの死体も、雪に埋もれて見えなくなったころ。
やっとわたしたちは出発することになった。
「ほら、ルーミィ、おいで」
「ぱぁーるぅ、こえ、なんだあ? ルーミィ、こえにのるんかぁ?」
ルーミィはあの円盤を指差している。
「そうよ、ルーミィ。おちたらだめだから、じっとしてるのよ?」
そう言いつつわたしは、円盤の上にちょこんと座り、ルーミィを引き上げてやる。
「うん、わぁーったお」
「乗ったか? それじゃ、出発しようぜ」
円盤は、ほとんど何の飾りもついていなかった。
ただ、鉄の板みたいなやつで、前後左右一つずつ、丸い宝石みたいなやつがついてて、光ってる。
前の宝石の上には、上向きに黒い棒が1本たっていて、その先――ちょうどテイルが座ったときに手を置きやすいくらいの高さのところに、いろいろと操縦するためのものらしきやつがついていた。
ちなみに、飾りがないのは、時間がなくてデザインに凝れなかったからだそうだ。
「なぁ、テイル。一応確認しておきたいんだけどよ。お前さんは戦力に期待してもいいのか?」
出し抜けに、トラップがテイルに質問をなげかける。
そして、その問いには、本人より先にセリアが答えた。
「それなら充分だよ。さっきあたしが言ってた、小さい頃から競争してた幼馴染みってのが、こいつだから」
「……とは言っても、力じゃぁ断然負けるから、オレは自分で作ったもん使わせてもらってたんだけどな」
ふぅ、とため息をつくテイル。
まぁ、女の子に負けるっていうのは悔しいかも……。
「別にいいと思うんだけどな。テイルがそんだけすごいもんを作れるっていうのも、テイルの力のうちだろ?」
「まぁ、セリアは女じゃねーからなー、そういう意味では」
「テイルゥ〜〜〜っっ!!??」
ほんっとに。仲がいいよね。
なんかうらやましくなってきちゃうくらい。
でも、みんな気付いてないみたいだけど。
テイルが最後に「そういう意味では」ってつけたのは、やっぱりちゃんとセリアのことを女の子だって思ってるから、なんだろうな。
―13―
あと塔につくまでの時間はあくまで平和に進んでいった。
そうそう。わたしはこの円盤がどうやって動いてるのかすっごく不思議で、そのことを聞いたんだ。
エレキテルパンサーとか、あーゆうやつといっしょなのかなーって思ってたんだけど。
「ん〜、ちょっと違うんだよなぁ。何かのエネルギーを使って動かすっていうのは一緒なんだけどさ。アレは電気ってやつなのに対して、オレのは魔力を原動力にしてるんだよ。ほら、ここにコードがあって、その先に手で握んのにちょうどいいくらいの大きさのもんがついてるだろ? これ握ってこのスイッチを押すと……魔力がこん中に溜められるってわけ」
そう言いつつ、テイルは実践してみてくれた。
操縦の方は大丈夫なのか、ちょっと不安だけど……。
テイルが言ってたスイッチを押すと、変なやつを握ったテイルの手が、ほんのり紫色に光った。
多分、魔力の流れっていうか、そういうものがちょっとだけ見えてるんだろうけど……すごい!
まぁ、あんまり長い間やってるとテイルも疲れちゃうだろうしね。
すぐにスイッチから手を放した…………あれ?
「テイルって……魔力あるんだね……?」
「え? ああ、あるみたいだなぁ。魔法とかは使えないんだけどさ」
「クラインにいっつも羨ましがられてたもんな、お前。僧侶になれって言われて」
「そ……うだな」
あれれ? テイルの表情、ちょっとだけだけど、寂しそうな……。
もしかして……テイルはセリアが好きなのかな?
セリアは別に、クラインさんには対しては、尊敬してるって以上の感情は抱いてないと思うけど。
でも、この前トラップがクラインさんを疑ったときも、あの人はいい人だーってすごいくってかかっていったし……テイルは嫉妬、してるのかな。
まぁ、そんな感じで雪の中を進み、昼と夕方の間くらいのときに、やっと塔についた。
高さは……5階建てくらい?
なんかいかにもクエストって感じで、セリア達には悪いけど、ちょっとわくわくしてしまう。
中は、どんなところなのかな?
うぅ、マッピングが大変なところじゃなきゃいいけど。
塔の前で(もちろん円盤からは降りて)ぼーっとしてると、トラップに後ろ頭をポカッと殴られた。
「いつまでぼーっと突っ立ってる気だ? ほら、さっさと中入んぞ」
あ、いけない。
見てみればみんなもうすでに塔の中に入ろうとしている。
「ま、待ってよぉ!」
わたしが慌てて追っ掛けてくと、みんな入り口あたりで待っててくれた。
わわっ、雪だから足がずぼってはまってこけそうになる!
こんなところでこけたりしたら絶対トラップに笑われる。
幸いわたしはなんとかこけずにみんなのとこまで走れた。
「それじゃ、隊列を決めようか」
クレイが、みんなをまとめるように言う。
「そうだな、まずトラップが先頭で、罠とか調べてくれ。その後に、おれと……セリアが行こう。んで、真ん中にパステル、ルーミィ、キットンを挟んで。あ、シロは……どうしよう。トラップといっしょにいてくれるか? じゃ、最後尾はノルとテイルってことで」
こうして、隊列も決まった。
ごくっとつばを飲み込んで、先頭のトラップが1歩、塔に踏み込む……。
―14―
<From May>
とうとう、セリア達がこの塔まで来てしまった。
私はセリアにここまで来てもらうためにここにいるはずなのに……自ら望んでここまで来たのに。
あの2人がここに近づいているってわかるたびに、怖くなる。
足が震えそうになって、必死でそれを止めている。
顔にだって、出すわけにはいかない。
でも……私だって、わかってる。
私は、あの2人にここまで来てほしくないんだってこと。
いっそ、途中でモンスターにでも殺されてしまったなら……楽なのかもしれない。
悲しくて、すごく悲しくても、自分の手を彼女の血に染めずにすむ。
それに――あいつは、私のせいだということを知らずに、私を恨まずにいてくれる、かも……。
そこまで考えて、ぶんぶんと頭をふる。
いつから私はそんな卑怯なやつになったの?
だいたい、あいつなんて関係ない。
私は……私は、クラのためにここにいるんだから。
クラのためなら何だってできるから……。
ふと見ると、クラはずっと眠ったままのミューズの前に立って、目を閉じていた。
きっと、いろいろ考えてるんだろう。
本当はとても、優しいから。
何か、罪悪感のようなものを感じているのかもしれない。
でもきっと、1度決めたことは、変えようとしない。
昔から、そうだった。
たいていは正しいことを言っていたから、それでよかったんだろうけど。
でも、今回は……。
わからない。私には……わからない。
でも……クラの決めたことなら、正しいと信じたい。
そう、たとえ――大切な友達をこの手で殺めなければいけなくても。
これからずっと、限り無い痛みを背負うことになっても。
そっと開けたクラの目には……思ったとおり、決意の色しかなかった。
「メイ。そろそろセリア達がこの階に着く頃だろうから、迎えに行ってあげて」
私が用意した水晶球を覗き込みながら、クラが言う。
とうとう、来てしまった。
ぎゅっと目をつむって、迷いを吹き飛ばす。
「……うん、わかった。行ってくるね」
もう、後戻りなんてできない。
「私は……人殺しに、なるのね……」
部屋を出て、小さな声で呟いた。
―15―
<From Pastel>
塔の通路は、意外と広かった。
幅はだいたい4mくらいかな? 敵が出ても、さっき決めた隊形で充分戦えそう。
でも、ひょっとしてひょっとしたら、この塔、碁盤の目状に通路がなってるんじゃないか?
その証拠に目の前に続く道は、けっこう遠くまでまっすぐ続いている。
外から見た感じじゃ、1階1階はそんなに広そうじゃなかったのがせめてもの救い。
マップ書くのは楽で助かったけど、上にあがる方法を見つけるのが絶対大変だ。
それに、マップを書くのは楽でも、ちょっと間違えたら完璧迷ってしまう……。
えっと、こういうとこなら……曲り角に印とかつけてくんだっけ?
曲がり方さえわかればいいんだから。
「どうすんだ? とりあえずまっすぐ進むか?」
「そうだな。何も考えずに曲がるよりは……」
前でクレイとトラップが相談してる。
「それじゃ、まっすぐ進むってことで、みんな異論ないか?」
クレイが聞くと、みんなOKの返事を返した。
あ、そうそ。テイルの円盤は折り畳めるようで、今は4分の1になった、いちょう形のやつの上にテイル1人が乗ってる。
まぁ、持ち運ぶには重たいだろうしね。
そしてしばらくして、先頭のトラップががちょうど2つ目の角に差し掛かったとき!
「げ! さっそくモンスターさんがおいでなすったぜ!」
なんて言いながら、さっさと戻って来たではないか。
ま、トラップが先頭で戦うべきじゃないってことくらいわかってるんだけどさ……。
トラップが戻ってくるとすぐ、右の角からモンスターが顔を出した。
先頭になったクレイとセリアが慌てて準備する。
そして、後ろを護っていたノルも、前の方へ走って行った。
敵は……げげっ!
でっかいのが2匹。
これはまだいいんだけど……その後ろに。
コウモリみたいなやつがなんかたくさん……4匹もいるじゃない!?
あれはたしか、吸血コウモリ――ヴァンパイア・バットってやつ。
「セリア、そっちのやつ頼む! ノルはこっちに加勢してくれ」
クレイはすでにでっかいやつの1匹と戦ってる。
とはいえ、怪我した右肩がまだまだ痛むらしく、思うようにはいってない。
敵の攻撃をかわすのが精一杯みたいだ。
「キットン、ねぇ、あいつの弱点は!?」
「あー、はい。ちょっと待ってくださいねー……」
あぁあもう、キットンったら何してるのよ?
キットンは、あーでもない、こーでもないと言いながらモンスターポケット図鑑をめくっていた。
あぁ、その間にもコウモリが来てるよぉ!
トラップはパチンコを構えて飛んでくるやつらを狙ってるし、ルーミィだってシロちゃんだってがんばってるけど、4匹もいるんだもん!
……しかたない。
背中からクロスボウを取り出して組み立て、矢をつがえる。
これでも、ミモザ姫のときにトラップに言われたこと頭に入れて練習してたし、だいぶうまくなったんだからね!
よし、これであいつを狙って……。
「パステル、危ないっ!」
へ?
えーっと、今のはただ1人、まだ後ろに残ってたテイルの声。
ってことは……後ろぉっ!?
わたしが振り向くと……うそっ、さっきの1つ目の角からも来てる!
慌てて1番近くまで来ていたコウモリに矢を放つけど、当たるわけなんてなかった。
それどころか、何かしようとしてたテイルのそばに飛んでいって邪魔しちゃってるぅぅ!
う、そんなこといってる間にもそのコウモリがこっち来てるし……!
このままじゃたっぷり血を吸われちゃうよぉ!
「いやぁーーっっ!!」
バジュッ!
わたしが叫ぶと同時に、レーザーのような光が走って、何かが弾けるような音がした。
そして、ゆっくりと、コウモリの身体が、目の前に落ちてくる。
それは見事にど真ん中を貫かれていた。もちろんコウモリは絶命している。
(すごい……! でも、これってもしかして……テイルの?)
たしかに光はテイルのいた方向から来たし……。
そういえば、わたし、ぼーっとしてるけど、今戦闘中なんだっけ?
忘れるくらい――敵がこっちに来ない。
目の前のコウモリの死体を見ていた顔をあげると、ちょうど、テイルの手の中のものから発せられた光がまた1匹を貫き、こっちから来たやつらのすべてが地に伏したところだった。
―16―
<From Pastel>
後ろからきたやつらが全員息絶えたとほぼ同時に、前のやつらも、クレイ達の活躍で倒れた。
「ふう……。みんな、怪我はしてないか?」
「大丈夫だって。だいたい、この中で1番の重傷人はおめーだろーが」
みんなを気遣うクレイに、トラップが容赦なくつっこむ。
まぁ、クレイの場合、まだ治ってない右肩を使って戦ってたわけで。
シロちゃんのおかげか、幸い傷口は開いてないみたいだけど、かなり痛いはずだ。
他のみんなはテイルとセリアの戦力が加わったせいもあり、特に怪我をした人はいなかった。
ノルは少し相手の攻撃がかすってしまったみたいだけど、彼にとって、それくらいはたいしたことじゃない。
「ぱぁーるぅ、るーみぃ、おなかぺっこぺこだお!」
「はいはい、ちょっと待ってね……」
わたしはさっそくお約束のフレーズを出したルーミィに、チョコレートを差し出しながら、テイルに聞いてみた。
「ねぇ、テイル。さっきのすごいのも、あなたが作ったものなの?」
「ん? ああ、これ? そうだぜ。モンスターが出てくる可能性は考えてたから、殺傷力の強いやつ選んできたんだけど」
選んできたって……こんなのがまだ他にもあるの!?
口に出そうとしたら、先にキットンが、興味津々って感じで聞いていた。
「選んできたっていうことは、こんなやつがまだ他にもあるんですか?」
そういや、キットンはほとんど戦闘に参加してなかったから(人のことは言えないけど……)、テイルの戦ってるところ、見てたのね。
でも、見てなくってもコウモリの死に様を見れば、どれだけの威力かはわかる。
急所を正確に貫いてたってこともあるけど、みーんな、一撃で死んでるんだ。
「そりゃぁ、こんなコワイ武器でセリアとやりあったりしたら、死んじまうだろ。ケンカ用につかえるくらいの威力のやつがほとんど。だいたい、こんなもんばっかだったら、誰もオレの家になんか近づいてこなくなるぜ?」
「ぎゃっはっは。そりゃーそうですね〜」
……まぁ、たしかにそりゃあそうだ。
なんかテイルの場合、「ケンカ用」がどれくらいの強さかわかんないのが怖いけど。
ちなみに、その武器は、ちくわ(他にいい表現が思い浮かばなかったんだもん!)くらいの大きさの筒――って言ったって片端は閉まってるんだけどさ――に、その閉まってる方から3分の1くらいに分けたあたりから、手で握るようなところが出ていて、そんで、その筒の長い方と握るところがつくる角のところに、人さし指を引っ掛けるようなところが付いている。
あ〜、言葉にはしにくいんだけど、とにかくそーいうやつなのだ。
「これもこの円盤と同じで、魔力をエネルギーとして使ってるんだ。この中には魔力の増幅装置があって、ここを引いたらその増幅された魔力が打ち出されるってわけ」
そう言いつつ、さっきの人さし指を引っ掛けるところを引くマネをした。
はぁー、よくわかんないけど、なんかすごい……。
こんなもの作れるって、テイルって天才なんじゃない?
そこから先は、何回もモンスターに遭遇したけど、みんなの連係がよくって、たいした怪我もなく、順調に進んだ。
碁盤の目ってのは、ときどき頭がおかしくなりそうだけど、奇跡的に迷うこともなかった。
こういうところは、どうせボスは最上階にいるってトラップの意見で、階段を見つけたらすぐ上るってことにしてたから、運がよかったときはたいして苦労せずに次の階に行く事ができたし、今までの不運な数々のクエストと違って、経験値だってたくさん手に入ったのだ!
もちろんわたしもちゃんと戦闘に参加したから、次のレベルにだんだんと近づいてる。
やっぱり、こういう冒険もありだよね♪
「あったぜ! 5階に行く階段!」
先の方からトラップの声が聞こえてくる。
「この塔、外から見たかぎりでは、5階建てみたいだったからな。多分次が最上階だろ。気をつけようぜ」
セリアの言葉に、みんな気を引き締める。
そう。外から見た感じでは、だいたい5階建てくらいだった。
もしかしたら1階くらい数え間違えてるかもしれないけど、多分、次の階は最上階なんだ……。
「最上階にも何もなかったりして」
まぜっかえすのは戻ってきたトラップ。
もう! こんなときにまでこいつは!
だいたい最上階に何かあるはずだって言ったのはトラップでしょうが。
「何もなかったとしたら、塔の中をもう1度探すしかないな。……こんなところでああだこうだ言ってたってしょうがない。みんな、準備はいいよな?」
さすがリーダー。頼りになる。
もちろんみんな準備くらい万全だ。ちょうど階段に着いたわたしたちは、緊張した面持ちで階段を上った。
「やっと着いたのね。セリア、テイル」
『メイ!?』
階段を上り切ると、そこには1人の気の強そうな女の子がいた。
歳の頃はやっぱりわたしと同じくらいで、肩で灰色の髪を切りそろえてる。
服は黒と白のシンプルな組み合わせで、胸元には十字架のペンダントがぶら下がっていた。
「メイ……? おまえ、なんで……」
「わかってないことないでしょう、セリア? まさか私があなたたちを追っかけてきた、なんて思ってはないでしょ?」
……ってことは、つまり。
この人が、ミューズをさらった張本人なわけ?
2人は、言葉を出せない様子で見つめあっている。
セリアは、信じたくないという視線で。
メイは、ちょっと睨むような視線で。
ただ……その瞳が少し悲しそうに見えるのは気のせいなんだろうか?
自分自身に何かを言い聞かせているような、そんな……。
それに、メイは2人の名前を呼んでおきながら、テイルと1回も目を合わせてない。
「セリア、誰なんだ……?」
クレイが警戒しながら聞く。
「……メイは……」
「メイメイ・W・シュテイトよ。あなたたちとは初めて会うけど。心配しないで、あなたたちに危害を加えるつもりは、こっちとしては全然ないの。とりあえずあなたがリーダーみたいね? まぁ、いいわ。全員、クラのところに案内するから着いてきて」
そう言い残して一方的に去って行く。
口調からすると、セリア達と同じ村の人……?
でも、ファミリーネームの「シュテイト」っていうのは、もしかして……。
―17―
<From Seria>
信じられなかった。
いや、今だって、信じられない。
これが夢であってくれたなら……。
いくらそう願っても、目の前の現実に変わりはなかった。
「ねぇ、セリア……。彼女のファミリーネームは……」
パステルが、先を行くメイに聞き取れないよう、小さな声で聞いてくる。
パステルの言わんとすることはわかってた。
「……そうだよ。メイは、前にもちらっと話した、クラインが一緒に教会に住んでる従妹」
口に出すと、ますます現実が襲いかかってきそうで、あたしはそれ以上何も言わなかった。
思いを整理するため、1度目を閉じる。
メイはさっき、「クラのところに案内する」と言った。
それはつまり、クラインもいるってことだ……。
――何故?
あの2人だけは、ミューズのことだってわかっていてくれてると思ってたのに……。
みんな、みんなミューズの辛さとか、寂しさとか、わかってなくて、でもあの2人とテイルだけは、わかってるって……
「セリア?」
びくっ!
いきなり声をかけられて、思わず過剰に反応してしまう。
振り返ってみると、テイルが心配そうな顔でこっちを見ていた。
……そんなに、みじめな顔をしてたのか?
心の中で、そっと苦笑する。
「……大丈夫だって」
あたしは自分に言い聞かせるように呟いた。
と、突然、頭の上にぽん、と手が置かれた。
「……クレイ?」
――きっと、あたしは今泣きそうな顔をしているんだろう。
それはクレイの困惑した顔を見たらわかる。
でもクレイは、遠慮がちに、そして優しく、言葉を紡ぎ始めた。
「いや、おれが口を出すべきことじゃないのかもしれないけどさ……セリア、すごい辛そうだから。でもさ、なんて言うか、セリアがあのメイやクラインを信じてるっていうのは、絶対に意味のあることだと思うから。セリアが信じるような人だったら、ミューズのことだって何かわけがあったんだと思うぜ」
わけ、が……?
そうかもしれない。
どんなことかはわからないけど、何か考えがあるのかもしれない――。
それがとてつもなく甘い考えだと知りながら。
あたしは、頭の上に乗せられた、温かさに甘えて、もう少し、メイたちのことを信じてみることにした……。
「ほら、ここよ」
しばらく歩いたところにあった、1つのドアを、メイがゆっくりと開ける。
少し広い空間があって、そこにはやっぱりクラインがいて、そして……ミューズもいた。
「! ミューズ!」
テイルが叫ぶけど、ミューズはぴくりとも動かない。
かすかに小さな胸が上下しているから、寝ているだけだってことはわかった。
見覚えのある、短い金髪。あどけない寝顔。あたしの胸あたりまでの身長。
懐かしくて、懐かしくて、涙が溢れてきそうだったけど……本当に、生きていてくれて、よかった。
ただ、それだけを思って――そして、しばらくしてから、あたしとテイルはクラインに目を向けた。
いつもと同じように、優しそうな笑顔を浮かべたクラインを、あたしは祈るような目で、テイルは少し睨み付けるような目で、見つめる。
「なんでこんなことしたんだよ、クライン!? オレだってずっとお前のことは尊敬してたのに……こんなことやるやつだって思ってもみなかったのに。どんな理由があるのか知らねーけど、たとえどんな理由があったとしたって、やっていいことと悪いことがあるはずだろ!?」
テイルもやっぱり、あたしと同じようなことを考えてたんだ。
あたしは、自分の心の中をテイルが全部代わりに吐き出してくれたみたいで、少しホッとした。
信じているつもりだけど、自分からはわけを聞けそうにないから。
お願いだから、クライン……あたしにまだあなたたちを信じさせてくれ。
あなたたちを許せるようなわけを聞かせてくれ――。
……でもその願いは、クラインの1言によって、ばらばらに打ち砕かれた。
「テイル、怒るな……と言ったって無理だな。僕は、このミューズと……あと、セリアの命を奪うために、『こんなこと』をしたんだから」
…………今。
……今、なんて、言ったんだ…………?
命を、奪う……ため……?
信じていたものが無くなったとき。
人は、暗闇を見ることを、知った――。
―18―
<From Tale>
「テイル、怒るな……と言ったって無理だな。僕は、このミューズと……あと、セリアの命を奪うために、『こんなこと』をしたんだから」
……なんだって……!?
ミューズと、セリアの命を奪うため……?
それって、つまりは、殺すためってことじゃないか!?
正直言えば、ミューズを殺すためってのは、ある程度覚悟してた。
こいつがそんなことやるはずないって思ってた反面、こいつならやるかもしれないという予感めいたものがあったから……。
でも、なんでセリアも……?
ふと横目で当のセリアを見ると、1言も発することのできない様子で呆然としている。
目の焦点もはっきりと合っていないだろう。
(無理ないよな……。悔しいけど――あんなにクラインを尊敬してたもんな)
その本人に殺意を向けられたのだから。
オレは、相変わらず微笑んでいるクラインをきっと睨みつけた。
実を言うと、オレにはセリアがミューズと一緒に狙われる理由に、心当たりがないでもない。
でも、それはセリアとミューズ以外にはオレしか知らないはずなのに……。
いくらクラインでも、セリアは言っていないはずなんだ。
……考えていてもラチがあかない。
そう考えたオレが、かまをかけてみようと口を開きかけたとき、それより先にクレイが疑問をぶつけていた。
「なぜ、『セリアの命を奪うため』なんですか? ミューズが命を狙われるというのは、理由はセリアから聞きましたし、理不尽だと思いますけど、まだ納得できます。でも、セリアは何も……普通の人じゃないですか! ずっと平和に、同じ村で暮らしてきたんでしょう!?」
最初は静かだったクレイの口調が、だんだんと激しさを帯びてくる。見てみると、他の5人と1匹だって、刺すような視線でクラインを睨んでいた。
状況が把握できてなくても不思議でない、ルーミィまでも。
……そう、みんなセリアを大切に想っていてくれている。
再びクラインに視線を戻すと、まだあの微笑みを浮かべたままだった。
不自然なほどに優しい微笑みに、これはクラインがわざとつけている仮面の表情なんじゃないかとさえ思えてくる。
この仮面を取れば、2人を殺さなければいけないあまりの苦しみに悶えているような表情が出てくるんじゃないかと……。
(いつものクラインを知ってるから、そう思うのか?)
そっと、心の中でため息をつく。
そんなことを考えてる場合じゃないんだ。
今大切なのは、セリアのこと。
「君たちは、セリアとミューズの関係については、何も知らないんだな。まぁ、そうか。テイルは知っているんだろう?」
やっぱり!
クラインの言葉に、セリアがびくっと震えたのがここからでもわかった。
さっきから青白い顔色が、ますます青くなったように思える。
オレは、急いで駆け寄りたい衝動をぐっと抑え込んだ。
今ここで自分だけが自らの感情にまかせて行動するわけにはいかない。
クラインに返事はせず、次の言葉を紡ぎ出すはずの口元をじっと見つめる。
そしてクラインは言った。
「セリアとミューズは姉弟なんだよ」
と。
―19―
<From Pastel>
え? ええ?
ど、どういうこと??
セリアとミューズが姉弟って……ええ〜〜???
わたしがぽかーんと口を開けてると、わたしの斜め後ろあたりから声が聞こえた。
「うそつきやがれ。あいつらのどこが姉弟なんだよ」
――この口の悪さはトラップだ。
「え? トラップ、でも……」
「なぁにが『でも』だ。あいつらの髪の色見りゃわかるだろ」
髪の色……。
そっかぁ、そう言えばセリアの髪はカラスの羽みたいに(悪い意味じゃないよ!)真っ黒だけど、ミューズの方は、綺麗な金髪。
全然そんなことにまで気がつかなかった。
トラップってこういうとこ、ほんと鋭いよね。
でも、わたしが1人納得してると、クラインさんがさらりとこんなことを言ってのけたのだ。
「あぁ、髪の色か。この2人は姉弟って言っても、母親が違うからね」
「!?」
えええ!?
それって、腹違いの姉弟ってことぉ?
あぁ〜、頭がこんがらがりそう……。
って、いつのまにか問題がすりかわってるじゃない。
今問題なのは、なんでセリアが殺されなくちゃいけないかってことよ!
「でっ、でも、セリア達が姉弟だからって、セリアの命を狙う理由にはならないじゃない!」
気がつけばわたしの口が勝手に動いてた。
その言葉を聞いて、クラインさんはわたしの方に目を向けた。
あの優しそうな笑顔のままで。
「そう。まぁ、ただ姉弟ってだけで、殺すつもりはないな。困るのは、セリアがミューズと同じ……いや、より強力な能力を持っていることなんだ」
ミューズと……同じ能力?
あの、精霊に「自分」を貸してしまうっていう、あの……能力?
はっとセリアを見ると、今の言葉も聞こえてないみたいに、呆然と立っていた。
多分、まだ2人に裏切られたショックから立ち直っていないんだ……。
なんでこの人は――こんなことをしたんだろう?
ふと、すごく初歩的な疑問が頭に浮かんだ。
ミューズやセリアの能力がすごく危険なものだってことは、わかる。
だから、危険を避けるためにこんなことをしたんだってことも、なんとなくわかる。
でも……なんで?
なんで、セリアがあんなに信じてたような人なのに、こんなひどいことをするんだろう?
すごく悲しい気持ち。
なにげなくみんなを見回してみると、みんな何かを考えているような表情で黙り込んでいた。
「……さて、もう聞きたいことがないんなら、セリアの命を貰い受けさせてもらうよ」
!? 冗談じゃないわ!
わたしはセリアのところへ走り寄っ……て?
!!!??
「うぎゃぎゃぎゃ、何したんですかぁ!?」
「な、なんだよ、この力!?」
うそ……なんで!?
身体が、目と口以外動かないのよぉ!
これってもしかして、金縛り!?
「てめぇ……! 魔法は使えねぇんじゃなかったのかよ!?」
トラップが怒鳴ってる。
それも当然。だって、このままじゃセリアが殺されちゃう!!
ほんと、クラインさんって、魔法使えないんじゃなかったの!?
「トラップ、ちがう」
と、静かだけど、焦りを含んだノルの声が響いた。
「クラインが、魔法使ってるんじゃ、ない。使ってるのは、メイ」
え?? あ!
そうだ、クラインさんだけじゃないんだ。
すっかり忘れてたよぉ〜! この子って魔法使えるの!?
「そう、ついでに言っておくと、周りの村から苦情が出てたみたいだけど、あれは僕たちじゃないから。カムフラージュのために1人魔術師を雇って住まわせてたんだが……逆に冒険者を寄せつけるはめになるとはね」
そんなことを話しながらもクラインさんの足は緩まずセリアに向かっている。
メイの魔力が先に切れたりしないかな〜なんて一抹の希望を胸に抱きつつ、メイの方を目だけで見てみるけど……手のひらをこっちに向けて魔法を使ってる彼女は、一向に疲れた様子はない。
……あれ? でも、よく見ると……少し、指先が震えている。
眉もほんの少しだけだけど、辛いものを耐えるかのようにしかめていた。
疲れてるっていうんじゃなくって、悲しみを抑えてるような……。
もしかして、メイは……?
びかぁっ!!
「きゃ……っ」
わたしが考え込んでいると、いきなり強烈な光がこの部屋に満ちた。
それは一瞬の後すぐに引いていったけど、すごい光だった。
でも、不思議と目の方に異状はなさそうなんだな、これが。
な、なんだったんだろう?
わたしは目だけであたりを見回して……ううん、見回すほどもなく、すぐに原因はわかった。
「!!」
「ミューズ……気が付いてたのっ!?」
クラインさんの顔色がさっと青色に変わり、メイも、やりすぎた悪戯がばれてしまった子供みたいな感じが混ざった声で叫ぶ。
さっきまで少し高くなったところで眠っていたミューズが、上体を起こしてこっちを向いていたのだ。
でも、さっきまでは遠くてあまり見えてはいなかったけど、それでも眠っていたときのミューズとは全然雰囲気が違うのがはっきりとわかる。
ミューズの目が微妙に赤く光って、とても子供だとは思えないような表情をしていたのだ。
きっと……これがミューズの「能力」ってやつなんだろう。
2人があんなに怯えているんだもん、わたしも正直言えばちょっと怖いけど……。
……って、そういえば。
もしかして、メイの気がそれた今なら、動けるようになったんじゃぁ!?
試しに指先を動かしてみて……やっぱり動く!
そうとわかればまずはセリアを護るのが先決よね!
そう思ったわたしが動くのとほぼ同時に、みんなも同じことに気付いたのか、一斉にセリアのところへ駆け寄る。
シロちゃんは、また同じことをされてはかなわないとメイのところに走っていった。
「! しまっ……!」
クラインさんが慌ててこっちに向き返って、いつの間に取り出したのか、けっこう神聖そうなナイフを構えるけど、こっちにはクレイやノル、テイルだって(セリアはまだ呆然としたままだから戦力には数えられない……)いるんだもんね。
絶対、セリアは護ってみせるんだから!
……ってまぁ、意気込んだはいいんだけど、わたしってば一瞬、すっかりミューズのことを忘れていたのよね。
あの、精霊に身体を貸しちゃったミューズのことを。
ほんとに一瞬なんだけどさ。
でも、精霊の力っていうのは、思った以上にすごいようで、それがミューズの意志関係なしにぶっぱなされたのね。
どんな形でかっていうと、塔が……いきなりがったんがったんと横に、縦に、また横に揺れだしたの!
もう、セリアを護るどころの話じゃない。
まるでみんなの意志を挫くように揺れは激しくなって……あちこちをぶつけまくって、しまいにはわたしの意識はなくなってしまった。
―20―
<From Pastel>
気が付けば、わたしたちはあの塔に1番近い町の近くに倒れていた。
1番近いと言ったって、すぐそばにあるわけでもなし、塔が揺れた衝撃とかで吹き飛ばされてきた、なんてことはありえない。
おそらく、何かの魔法的な力が働いて――つまり、誰かがテレポートの魔法か何かを唱えたせいで、ここにいるんだろう、とテイルは言っていた。
ってことは結局、さすがにルーミィがやったってわけでもないし、ミューズかメイがやったことなんだろうな。
みんなはミューズの力だろうって言ってるけど、あたしは……違う気がする。
あのメイの表情を見てしまったから。
きっと……セリアが自分のせいで死んでしまうのが耐えられなかったから、危なかったわたしたちをテレポートでここまで飛ばしてくれたんじゃないだろうか?
これは、わたしの完全な勘違いかもしれない。
でも、メイだってセリアの幼馴染みだったんだもん。
彼女が言い出したんじゃないなら、少しでもまだセリアのことを想っててくれてるって、信じてもいいよね?
そうそう、わたしたちは今、さっき言った町の宿屋に泊まっている。
もう1度塔まで行ってみなきゃいけないんだけど、何しろセリアがずっとあの調子なのだ。
目が覚めた時も、町へ行くわたしたちの後をふらふらとついてくるだけで、いくら話しかけても目の焦点があってない状態で、聞こえているのかも疑わしいほどだった。
その後は、宿に着くと、さっさと自分の部屋に割り当てられたところに入り、それからずっと彼女は部屋の外に出て来ない。
食事だって、部屋にもっていっても全然食べないし……このままじゃ冗談じゃなく死んじゃう!
さすがにおトイレくらいは行ってるみたいだけど……。
そういうわけで、わたしたちはまだ出発はしていない。
セリアがこんな状態じゃ、ミューズを助け出すどころの話じゃないもの。
そういえば、初めてセリアに会った時は、セリアは死にかけ寸前で雪の中に倒れていて、あの時もずいぶん心配したっけ。
みんな自分ができる最大のことをして、この命が失われないようにって心から祈ってた。
目を覚ました後、セリアはいきなり1人でミューズを助けに行こうとして……びっくりしたよなぁ。
それでセリアをなだめて、セリアの話からミューズがあの「クーデルクの塔」にいるってのがわかったのよね。
そうそう、クーデルクの塔っていうのは、偶然わたしたちのクエストの場所でもあって、セリアを1人で行かせるわけにもいかないし、一緒に行くことにしたんだ。
で、次の日、わたしたちはセリアにいろいろと事情なんか聞きつつ、着実に塔に近づいていたんだけど……ちょうど、降り注ぐ雪に邪魔されてあたりが見えなくって、すぐ近くまでモンスターに近づかれて。
幸いシロちゃんが気付いてくれたから普通に戦いを始めることができたけど、相手はわりと強くって、クレイが右肩を怪我しちゃったのよね。
すぐにセリアがかばってくれたけど、短剣しか持ってなかったセリアは苦戦して、危なかったけど、ちょうどその時、自家製の円盤(?)に乗ってやっとセリアに追い付いたテイルが、セリアの得意な武器――なんとグレートソードをとっさに投げてくれて、モンスターをやっつけたんだっけ。
今思えば、テイルもよくあんな重たい剣、投げれたよなぁ。
で、そっからは8人と1匹のパーティになり、塔までたどり着いたんだ。
塔の中は結構モンスターが出たけど、セリアとテイルの戦力が加わったこともあり、特に大きな怪我もなく(あ、クレイの右肩はまだ傷は塞がってなかったけど、シロちゃんの血を飲んだから、塞がるのも時間の問題だった)、最上階の5階への階段を上って……そこにメイがいたんだった。
メイに案内されて着いた部屋には、メイの年の離れた従兄であり、「誰から見てもいい人」だったクラインさんがいて。
そして……あろうことか、ミューズを連れて行ったのはミューズとセリアを殺すためだなんて言われたんだ。
こんなこと言われればショックを受けるのって、当然だよね……。
ましてやセリアは、すごくクラインさんを尊敬してたもん。
その後はメイの魔法でわたしたちが動きを止められてる間にクラインさんがセリアを殺そうとして……いつの魔にかミューズが自分の「能力」を使って。
……いろいろ、ごちゃごちゃと気持ちの整理ができなくって、よくわからないというのが本音。
でも、今1番の願いは、セリアがもとに戻ってほしいということ。
彼女の悲しみは、わたしはわかることはできないけど、彼女のために何か、わたしのできることはないんだろうか……?
2000年3月31日(金)23時38分〜5月3日(水)23時28分投稿の、蒼零来夢さんの長編「雪原の塔」(2)です。継続中。
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