愛し愛される者

第1話

「パステル!入っていいか?」
 誰かの声が聞こえる。
 私は、というと、ベッドで横になっていた。
 昨日は、ミモザ姫が無事王家の証を手に入れ、そのパーティーが開かれた。
 つまり、今日はその翌日。
「おーい!パステル?」
 あぁー、もう。うるさいなぁ。
 …って「パ・ス・テ・ル」?
 「は、はいっ!」
 私は慌てて起き上がり、ドアを開けた。
「どうしたんだ?」
 クレイだった。
「な、何もないよ。…あ、あはははは」
「……?」
 うぅー、やだなぁ。まともに変な目でみられてる…。
「…まあいいや。マリーナが昼飯作ってくれたから、下りてこいよ」
「うん、わかった」
 でも……。
 どうせ今日、言わなければならないんだから、食事中にいっちゃおうか。
 うん、そうだね、そうしよう。
 みんなどんな風に思うだろう?
 私は、不安を胸に抱きながら、階段を下りていった…。

第2話

「どうしたんだよ、パステル?」
 ちなみに今、昼食中。
 私が、いつあの話を切り出そうか、と考えてる時に、またまたクレイが気を
使ってくれた、というわけだ。
「さっきから変だぞ? 妙にぼーっとして」
 心配そうな、そしてわけがわからない、という顔をしてる。
「ほっとけほっとけ。どーせそいつのこったから腹痛でもおこしてんだろ」
「ち、違うわよぉ!」
 うぅっ、トラップのいじわる!
 クレイとは天と地ほどの差があるわね。
 私はゆっくり息を吸い込んで、一息で言った。
「私、ガイナに帰ろうかと思ってるの」
 ―その瞬間、みんながまさかという顔でこっちを見た。
 いや、正確に言うと、マリーナとギア、そして…ルーミィとシロちゃん以外
は。
 しばしの沈黙の後。
「ほ、本気か?パステル」
 クレイがかすれた声でたずねた。
 私がゆっくりうなずいたのを見て、彼は、
「なんで‥‥だよ?おれ、なんかいやなこと、したか?」
 と聞いた。
「ううん。でも、だからこそ、ここにはいられないの。私、何もできないで
 しょ?こんなのじゃ、ただの足手まといだもの」
「そんなことありませんよ、パステル!」
「ぱぁーるぅ、どうしたんらぁ?」
「パステルおねえしゃん、帰るデシか?」
 キットンばかりか、ルーミィやシロちゃんまで声をかけてくれた。
 うぅっ、ありがとぉ、みんな。
「おれもガイナに言ってみようと思っている」
 ギアが口を開いた。
「ちょっと!?聞いてないわよ?そんなこと」
「あ、ごめん、マリーナ。言ってなかったわね」
「パステル、あなたまだ…」
 マリーナが何か言いかけて、やめた。
「ぱぁーるぅ、いなくなるんかぁ?」
「ルーミィ…」
「いやらぁ!ぱぁーるぅは、ずっとここにいるんらよぉ!ルーミィ、いっしょ
 にいうもん!」
 ルーミィが、わぁわぁ声をあげて、泣き始めた。
「パステル、誰も足手まといだなんて、おもってないよ!」
「でも、私、何かできるわけじゃないでしょ」
「パステル……!」
 ごめんね、みんな。私なんかのために。
「まぁ、このことは、また明日、話し合いましょ。今すぐ出発、ってわけじゃ
 ないんでしょ?」
「うん…」
「もうちょっと、気持ちをおちつけましょうよ。今はこれで解散」
 もうみんな食べ終わっていたし、すっきりしない顔のまま、みんな帰ってい
った。
 私は…そこに残って片付けを手伝いながら思った。
 ノルが無口なのはいつものことだけど、トラップは何も言ってくれなかった。
 やっぱりトラップにとっては私なんてどうでもいいのかな…。
 胸がズキズキと痛んだ。
 なんだろう、この感じ……。

第3話

 コンコンッ。
「はぁい」
 あんな話のあとにしては、脳天気な声だけど、心はダークだったりする。
「あれ?トラップ?」
 そう。ドアの向こうにいたのはトラップだった。
「何?」
「あぁ…。…今日、晩飯一緒に食わねーか?と思って…」
「…?いつも一緒に食べてるでしょ?」
「・っ…、そういう意味でなくって、だ。だから、その…二人で食べに行かねー
 かって」
「いいけど、なんで?」
「さっきのことで話があんだよ」
 …まちがいなく、私がガイナへ帰るという件だろう。
 さっきは何も言わなかったのに…。
「でも、どうせ行く食堂おんなじなんだから、みんなと一緒でしょう?」
 そう言うと、チッチッチッと指をふって、
「ちょっともうけたんだよ」
「う、うそぉーーー!!」
 だ、だって彼の場合、もうけたって言えばアレでしょ?
 今までもうけたなんて話、聞いたことないよ!?
「んなに驚くこた、ねーだろ? ったくひでー奴」
「でもねぇ…」
「んじゃ、そういうことでな」
 そう言って彼は部屋を出ていった。
「あ、そういえばトラップがノックしたなんて、めずらしいわねぇ。
 何があったのかしら…?」

第4話

 トラップと約束したしばらく後。
 またまたノックの音がした。
「今度は誰だろ…?」
 私はつぶやきながらドアまで歩いていった。
「はい……あ、クレイ」
「パステル。晩飯、一緒に食いに行くよな?」
「あ、ごめん。あのね、トラップと二人で食べに行く約束したんだ」
「トラップと…二人で?」
「うん。昼の話のことでって」
「…それ…行くって言ったのか?」
「さっき、私、約束したって言わなかった?」
「あ、いや…」
 長い沈黙。
 クレイは、私をじっと見つめていた。
 …とても優しい瞳で……。
「どうしたの?」
 言い終わるが早いか。私は…
 うでをぐいっと引っ張られ、抱きしめられていた。
「クレイ……!?」
 顔が熱くなるのがわかる。
「や、やめ…」
「ごめん。もう少し…このままで」
「…………」
[パステル、君を…愛してる」
 小さな、でもはっきりとした声だった。
 私は、さらに顔が熱くなっているのがよぉーくわかった。
 ギアの時と同じく、歩きまわりたい気分だったけど、今はクレイの腕の中。
 …ちょっと無理があるよね。
「クレイ、私は…」
「おれが好きってわけじゃないってことはわかってるよ」
「え……」
「パステル自身が気付いてるかは知らないけど、おれが君を好きだって自覚し
 た時には、君の瞳には他の人が写ってた」
「……」
「誰だかわからないかい?」
「……ううん」
 今、やっと答えがでた。
 今までの変な気持ち、あれが一体何だったのか。
 「恋」だよね、きっと。
「私…私は、……トラップが好き」
 クレイは少し微笑んでこう言った。
「ごめんな、変なことして。でも、これが最後だから…こうしていたかった」
 そう言ってクレイは私を放した。
 …ってなんか鼻がムズムズして…
「っくしゅっ!」
 あーあ、やっぱこらえられなかった。
「…ぷっ…!」
 見ると、クレイが必死で笑いをこらえていた。
「…くっ…あっ、あっはははははは!…パス……テ…っ、なんで…
 ク、クシャミ!?」
「うっ…もうっ!失礼しちゃうなあ!」
「あはは…は……ごめんごめん。でも、パステルらしくていいよ」
 そうは言ってくれたものの、余計傷付いた。
「…さっきのことは忘れて、これからも仲良くしてくれよ」
「うん、もちろん!」
 「これからも」……。
 ここに私がいれるのは、後2、3日だよ、クレイ…。
「パステル…」
「え、何?」
 見れば、クレイはまた真剣な目で私を見つめていた。
 まだ、何かあるのかしら…?
「おれ、思ったんだけどさ。ガイナに帰るっていうのは、パステルがよく考え
 て出した答だろ?」
「うん…」
「じゃあさ、一度帰ってみろよ。でも、絶対にまたもどって来いよな。歓迎
 するからさ」
「…ありがとう!クレイ…」
 私がにっこりと微笑んだのを見て、クレイは安心したように笑ってじぶんの
部屋にもどった。
 ありがとう、クレイ…。
 だけど、ダメだよ、私は。
 その時、背後からかわいい声が聞こえてきた。
「ぱぁーるぅ…ルーミィ、おなかぺっこぺこ…だおう…」
 ルーミィ、ルーミィは一緒にくるのかな。

第5話

「おい、パステル!まだか?」
「は、はぁーい!今、行く!」
 ドアを開けると、そこにはトラップがいた。
「ったく、おせぇんだよ!晩飯食いに行くのに何分待たせてんだ!?」
 うっ。いきなりそんなこと言ってくれなくてもいいじゃない。
 こっちは心の準備が大変だったというのに。
 だって、ねぇ。
 自分の好きな人と、初めて二人で晩御飯食べに行くんだよ?
 それなりに心構えってもんが必要じゃない。
 そんなこと考えながら私は少し顔が赤くなっているのに気が付いた。
 あぁっ私って奴は…。
「女の子には、いろいろ準備が必要なのよ!」
「なぁーにが女の子だよ。ほら、行くぞ!」
 むっ、むかつくぅーっ!
 何で私ってこんなやつのこと好きなんだろ?
「ぱぁーるぅ、とりゃーとどこいくんらぁ?」
「えっとね、二人で晩御飯食べに行くのよ」
 それを聞いたルーミィは、
「ルーミィもいくぅ!」
 と言った。やっぱりというかなんというか……。
「あのな、ルーミィ。これからおれたちは大切な話があるんだよ。ガキがくる
 とこじゃねぇーの」
「とりゃーっのいじわるぅ。ルーミィもいくんらぁ!」
「ごめんね、ルーミィ。今日は他のみんなと食べて。ほら、シロちゃんもいる
 し、さびしくないでしょ?」
「…うん、わかったおぅ、ぱぁーるぅ」
「そう。シロちゃん、ルーミィをおねがいね」
「はいデシ。パステルおねぇしゃん、いってらっしゃいデシ」
「ぱぁーるぅ、早く帰ってくるんらぉ」
 ルーミィがきれいなブルーアイをくるくるさせて言った。
 うぅーっ、なんてかわいいのっ!?
「それじゃ、行くぞ」
「うん」
 トラップに言われて外に出た。
 あぁーあ、おなかすいたなぁ。
 そんなことを考えてる自分に気付いて、思った。
 私って恋愛なんかとは違う世界に生きてるなぁ…。
「パステル、おまえってさ…」
「え、な、何?」
 トラップは、内心あわててる私を不思議そうに見て、言った。
「ルーミィの母親みたいだよな」
 …ひどい。
 私まだそんな歳じゃないよぉ〜。

第6話

 ガヤガヤガヤガヤ……
 いつものメインクーン亭よりは少し豪華な所。
 時間のせいか、かなりこんでいて、私達もぎりぎり入ることができたくらい。
「ねぇ、話って、何?」
「え…あ、ああ…」
「……?」
 私は顔いっぱいに疑問符をうかべた。
 だって、あの何でもズケズケと言うトラップが、言いよどむなんて……?
 これでおなかが減ったからぼーっとしてた、なんて言ったら、怒るよ、私は。
「すまんすまん。腹減ってっから…」
 ……!ひく…っ、ひくひく。
 顔がひきつっていく……。
「トラップ。話、ないなら、なんでみんなと一緒に食べないの……!?」
「い、いや、話す、話すって。たのむからナイフとフォーク握りしめて言うの
 やめてくれよ!」
 おや、そういえば、いつの間に。
 私は再び皿にのってるミケドリアをつっつき始めた。
 うーん、おいしい!
「パステル、おめぇ何でガイナに帰ろうなんて思ったんだ?」
「え…足手まといになるから……って言わなかったっけ?」
「それじゃあ何でそんな風に思うんだよ?」
「だって…私、何もできないもの。マッパーのくせに方向音痴だし、弓もあた
 らないし」
 そう。私は守られてるだけだった…。
「…みんなレベルアップもできないでしょ?」
「……バカか、おめぇ?」
「な……っ!」
 な、何よ、その言い草…!
「おめぇはな、戦うために冒険者になったのかよ!? 冒険てぇのは戦闘だけ
 しかねぇ物なのかよ!?」
「えっ…?」
 ふと。 トラップの目を見た。
 すごく…真剣な目……。
「レベル上げてぇんなら、地道にスライムとか倒してる! わざわざクエスト
 買ったりはしねぇんだよ!」
「でも私…マップきちんと書けてなくて、みんなに迷惑かけ…」
「まだんなこと言ってんのかよ!」
 ドン…!
 トラップがテーブルを力いっぱいたたいた。
 ひえ〜ん。どうでもいいけどさ、他の人の視線がイタイ〜……。
「迷うのも冒険の内なんだよ! 方向音痴なんてぇもんは訓練したってどうに
 もならねぇもんなんだ! おめぇが悪いんじゃねぇんだよ!」
 私は…何も言えなかった。
 あのトラップが、私のこと気遣ってくれてる…?
 私がうなだれていると、
「食い終ったしちょっと外出よーぜ」
と言ってくれた。
 私も、ちょっと風にあたりたい気分…。
「うん…」
 少し、小さな声で答えた。

第7話

 てくてくてくてく…
「……」
 ―かれこれ10分。なんか気まずいまま私達は沈黙して歩いていた。
 ・〜…何か…… やっぱ、気まずいなぁ…。
 てっきり「その通りだからさっさと帰れ」みたいなこと言われると思ってた
んだけど…。
 いや、言って欲しいわけじゃないよ、そりゃあ。
 逆に言われたらどうしようってすごく不安だった……けど…。
 実際、ああ言われてみると感激と照れで…あぁっ顔が熱いっっ!
 …ってあれ?
「ここ…左じゃ、なかったっけ?」
「あー?おめぇ来た道も覚えてねぇの?」
「えぇーっ!?左じゃないの?」
「違うって。1回通った道は覚えろ」
「んな無茶な…」
 んーっやっぱり左のような…。
 まぁ、私よりトラップの方が確実だろうけどね…。
「…ねぇトラップ」
「何だ?」
「私って…そんなに方向音痴かなぁ」
「…おめぇ自覚してなかったのか……? エベリンで迷うような奴が…」
「あ、あれは……そ、そう、あそこでは誰でも迷うわよ!」
「…んなわけねーだろ…? それにさっき自分でも言ってたくせに…」
「・っ…」
 そんな事言われても…。
 そうこうしてるうちになんかまわりの景色が変わってきた。
 ……町外れの方に来てるような…?
「…本当にこの道であってるの?」
「あってるわけねーだろーが」
「……は?」
「いや、あってるとも言えるかな。おれの行きたい所に行く道としては、な」
 ??? さ、さっぱりわからん…。
「宿に行くんじゃないの?」
「ちがう」
「え、えっ? ど、どこ行くの?」
「まあ、ついて来ればわかるって」
 でもどこでこっちの方に…さっき右に言った所か。
 つまり、私の方向音痴を逆手に取ったってわけね。
 ほんとに、どこへ行こうって言うんだろ?
「…ほら、着いたぜ」
「えっ…?」
「こっち来いって。こっちからの方がよく見える」
「…う、うわあ…!」
 すごい、すごいよ、これ!
 だって……。
 そこからは、夕焼けで紅く染まった、エベリンの街が見下ろせたんだもの。

第8話

 私は、しばらくその文字どおりの絶景に見とれていた。
 何もかもが夢みたい。
 こんな景色を見る事ができることも。
 そして、その前で好きな人と二人、いられることも。
 ずっと景色を見ていたから、となりであの人が夕日よりも赤くなっているの
にも気付かなかった。
 この夢がずっと続けばいい。そう思った。
 だからお願い、太陽よ、まだ沈まないで。
 だけど時は無情にもその想いを切り刻んでゆく。
 あと少し、あと少しだけ…―。
 ―― ………。
 …星空に照らされたエベリンは、美しかった。けれど…。
 さっきまでの街と比べると、とてもちっぽけな物に思えた。
「ねえ、トラップ」
「…あん?何だ?」
「どうして、ここへ連れてきてくれたの?」
「前、ここを発見してな。…パステル、おめぇにみせたかったんだよ」
「……え?」
 そう言ったトラップの瞳は、とても真剣だった。
 こんな目で見つめられたこと、今までにもあったような気がする…。
 …そう。今日の昼過ぎだ。
 クレイが、こんな瞳をしていた…。
 で、でも、まさか…。
 じ、自分のいい風に解釈してちゃだめよ。
 特に、相手はトラップなんだから…。
 鼓動が高まってくる。
 どくん、どくん…。
 あぁ、この音が聞こえてしまいそう…。
「今さら帰るなんて言うなよ、パステル。おめぇはこのパーティにとっては必
 要なんだよ」
 へっ!? う、うそぉーーっ!!
 こ、これってやっぱ、もしかして…。
「おめぇはおれが護るから! だから…」
 う、うっひゃぁぁーーー!!!
「ト……ラ…ッ…?」
 顔が真っ赤になって目もぐるぐる回ってる状態の私は、声にならない声をあ
げた。
 それを聞いてトラップは、しまった! という顔になった。
「お、おれ達が護るって言いたかったんだよ、おれは…!くそっ、まちがえ…」
「トラップ…」
 私は、さらに赤くなってるトラップの目を見て、しっかりと言った。
「私、あなたのことが好き」

第9話

「……は?」
 ―……人が…せっかく決心して言った言葉の返事が……これ!?
 な、何なのよぉ〜! 一体…。
「……一つ聞いていいか…?」
「何!?」
 もう、完ぺきヤケクソ。
 だって、だって…。
「お前、昼、クレイに告白されただろ?」
「なっ、なんでトラップが知ってんのよ!?」
「え…?あ、いや…晩飯食いに行く前、様子が変だったから…お前らすぐ顔に
 出るからよ……」
 わ、悪かったわね!
 …平然としてたつもりだったのに…!
「…で、それが何なのよ!?」
「お前ら、付き合ってないのか…?」
 ……………………
 …………
「……へっ?」
 今度は、私が声をあげる番だった。
「どういうこと!?」
「え……?あの、お前…クレイが好きなんじゃ、なかったのか…?」
「…な、なんでぇっ!?」
「な、なんでも何も…違う…のか…?」
「私の気持ちはさっき伝えたわ!」
「…あ、あれ…本当なのか…?」
 トラップは、信じられないという顔でこっちを見た。
「あんな恥ずかしい嘘…つくと思ってるの!?」
「……いや…それは……」
「でしょ?」
 はぁ…。
 ずっと叫び続けていたから、のどが痛いよぉ…。
 …ふと。
 トラップと目が合った。
 私よりも先に、向こうが口を開く。
「じゃあさ……」
 どきっとした。
 いや、全然そんなもんじゃない。
 胸が破裂するかと思った。
 だって今までに見た事ないような、優しい顔で、こんなこと言うんだもの。
「…おれと付き合ってくれねーか? …いや……付き合ってください」
 …気付いたのが今日のこととはいえ、ずっと望んでいた言葉だった。
 ためらう必要なんてない。
 私は、顔いっぱいに笑顔を浮かべて、あの人の…トラップの言葉に応えた。
「はい!」
 そして…私達は初めてしっかりと唇を合わせた。
 夕陽は私達の心を染めてくれた。
 「愛」という色に。
 今はしずんでしまった夕陽も、明日になればまた姿を見せる。
 自分を見失うことがあっても、あなたがいればまた、見つけだせるよね。
「……なあ、パステル」
 トラップが唇をはなして、今度は強く抱き締めながら言った。
「…何………?」
 私も、そのうでに身を預けながら聞いた。
「こんなに、お前を想ってる奴がいるのによ、帰るなんてもう、いわねぇよな。
 …お前がいねーと、いくらお前を想っても、こんなことできねーしな」
 冗談めかして言ってるけど、本気で言ってくれてるのがわかる。
「お前が帰ったりしたら、おれ、絶対毎日泣くからな」
 あはは……。
「…うん。私、帰らないよ。ずっと、あなたのそばにいる」
 …きっと明日からはまた同じ日が流れる。
 ただ1つだけ変わるのは、私達がお互いの気持ちをわかっていることだけ。
 ―勘違いの恋はもう終わりだよ。
 だって…ほら、私も、トラップが好きなのはマリーナだ、って思ってた
でしょ?
 ……でも、この人は、あとで思い出して赤くなるんだろうな。
 いや、今も案外、真っ赤なのかもしれないな。
 私からはこの人の顔は見えないんだもの。
 闇に支配された夜の世界に1つ、小さな小さな「愛」という名の芽が生えた。
 これから、大きく育っていく、私達の「愛」の芽が。

 1998年5月05日(火)16時56分59秒〜5月29日(金)17時10分44秒投稿の、蒼零来夢(みりあん)さんのトラパス新5巻予想小説です。番外編もあります。

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