愛し愛される者 番外編

(前編)

「ただいま…」
 …誰もいない。
 当たり前だ。
 おれはその理由を知っている。
 …いや、正確には、知らないのかもしれない。
 だって、何故かと問われても、答えることはできない。
 思い出せないから…。
 でも、知っている気がした。
 いないのがごく当然のことのように思えた。
 でも……寂しかった。
 せめて…いや、1人だけ。
 絶対に、いてほしい人がいた。
「パステル…」
 待っていればみんな帰ってくるのに。
 今、こんなに寂しいのは何故だろう?
 …二人で、いたかった。
「…? 何だ、これ?」
 床におちている、光る物を見付け、それを拾う。
 拾ってはいけないような気が、した。
 けれど、それに呼ばれているようで…。
 …ハート型の…イヤリング……?
 何故、片方だけ…。
 でも、つい、考えてしまう。
「…あいつがつけたら…似合いそうだよなぁ…」
 紅く輝く、ハート型のイヤリング。
 血のように紅く、そして、誘うように妖しく。
 けれど、何故か…あいつにぴったり合うような、そんな雰囲気もそなえてい
た。
 パサ……。
 後方で、何か音がした。
「封筒……? ……何だ……?」
 それを開けてみる。
 …紅い、あれとまったく同じのイヤリング。
 ただ、1つだけ違うのは。
 パッカリと真ん中で割れていたこと……。
 そして、一緒に入っていた紙には…。
 「失恋」と大きくなぐり書きがされていた。
 また、さらにおせっかいなことに…。
 …中にはまだ、タロットの6、「恋人」のカードを真ん中で破いた物と、そ
れと…おれの見知った、1人の男の写真が入っていた。
「誰だよ、こんないたずら…手の込んだ…」
 そうつぶやいて、付け足すように言った。
「…そんなこと、わかってるのに…」
 …だんだん意識が遠退いてゆく…………そして。
 おれは柔らかい布団の中にいた。
 夢……。
「いたずらの犯人は…おれか」
 心の中に潜む、不安を感じながら、つぶやいた。

(中編)

 …もうすぐ夕飯の時間だな…。
 あいつがガイナに帰るなんて言い出したのが、ついさっきのことのように思
える。
 寝てしまってたせいもあるだろうけど、ゆっくりすぎてほしい時ほど、早く
感じる…。
 あと、あいつが帰る時まで、半年とちょっと。
 あいつが誰を想ってるかわかってるのに…。
 わかってるのに、少しでも一緒にいたい。
 あきらめてるはずなのに…。
「…夕飯さそいに行こう…」
 いつも、一緒に食べていたから、別にさそわなくても一緒に食べるだろう。
 けれど、放っておくとはなれてしまいそうで…怖かった。
「変だよな…仲間…なのに」
 部屋を出て、階段を上りながらつぶやく。
 仲間…か……。
 おれにとっては、「仲間」というより、「一番大切な人」なんだ。
 でも、明日の朝には、「仲間」としても一緒にいられなくなってしまう…。
 …だめだ、だめだ。
 あいつの前でこんな顔してちゃ…。
 あいつの部屋のドアのノブに手をかけて、深呼吸を2つ3つ。
 …そうだ、ノックノック……。
 コンコン…。
 ほどなく、パステルがでてきた。
「はい…あ、クレイ」
 鼓動が高まるのが、手に取るようにわかった。
 必死にそれを静め、いつもの調子で言う。
「パステル。晩飯、一緒に食いに行くよな?」
 答えはすぐに返ってきた。
「あ、ごめん。あのね、トラップと二人で食べに行く約束したんだ」
 …おれは愕然とした。
 嘘……だろ…?
「トラップと…二人で?」
 嫉妬の気持ちがこみあげてくる。
 その後、何を話したか、覚えていない。
 少しの言葉のやりとりの後…おれは、気付けばあいつを抱き締めていた。
「クレイ…!?」
 パステルがとまどい、驚いているのが伝わって来る。
 顔なんか、もう耳まで真っ赤だ。
 そして、その後。
「パステル、君を…愛してる」
 自然に、言葉が紡ぎ出される。
 ずっと伝えたかった言葉を声に出すと、すごく楽になった。
 それと共に、だんだん冷静になってゆく。
 パステルの方は、だんだん混乱してるようだけど。
「クレイ、私は…」
「おれが好きってわけじゃないってことはわかってるよ」
 そう。わかっていた。
 あの夢を見る前から、ずっと。
「え……」
「パステル自身が気付いてるかは知らないけど、おれが君を好きだって自覚し
 た時には、君の瞳には他の人が写ってた」
「……」
 そんなことを言いながらも、いつからおれはパステルを好きになったのか、
わからない。
 いつから「仲間」と思わなくなったのか…。
「誰だかわからないかい?」
 パステルが、おれの事を見てくれなくてもいい。
 幸せになってくれるのなら……。
「……ううん。 私…私は、……トラップが好き」
 ……やっぱり、ズシーッ!とくるけど……。
 でも、笑顔を見せないわけにはいかない。
 おれは、無理して微笑み、言った。
「幼なじみが最大のライバルなんてな」

番外編(後編 その1)

 おれは、やっとパステルを放した。
 と、その時。
「っくしゅっ!」
 …緊張が一気に解けた。
 それと同時に、笑いの悪魔が襲って来る。
「…ぷっ……!」
 うっ。たえきれなかった…。
 少し笑ってしまうと、あとはたてつづけに出るもので。
「…くっ…あっ、あっはははははは! …パス……テ…っ、なんで…ク、
 クシャミ!?」
 うあ〜、腹が痛い…!
 いきなりクシャミはないだろー?!
「うっ…もうっ! 失礼しちゃうなあ!」
「あはは…は……ごめんごめん。でも、パステルらしくていいよ」
 この頃、何か元気なかったし…。
 心の中で付け加える。
 パステルがもとのように戻ってくれたら、おれにとって一番の幸せだから。
 ―これで、完全にふっきろう。
「…さっきのことは忘れて、これからもいつも通り仲良くしてくれよ」
 おれは忘れないだろうけどなぁ。
 やっぱり、これからも一緒に冒険……そういえば、無理…なのか……。
 パステルが、パーティからぬけるなんて、まだ全然実感がわかない…。
 でも、おれはパステル自身が考えた事に、口出しするべきじゃないのかも…。
「パステル……」
「え、何?」
 少し驚いたような声。
「おれ、思ったんだけどさ。ガイナに帰るっていうのは、パステルがよく考え
 て出した答えだろ?」
「うん…」
「じゃあさ、一度帰ってみろよ」
 本当は帰って欲しくないけど。
 そんな風に考えてる自分に気が付く。
 だめだなぁ…早くふっきらないと…。
「でも、絶対にまた戻って来いよな。歓迎するからな」
 また戻ってきてくれるのなら、がんばれる。
 パステルは、おれ達にとって必要な存在なんだ。
「…ありがとう! クレイ…」
 パステルがにっこりと微笑む。
 それが、おれにとっては、天使の微笑みよりも美しく感じた。
 だから、おれも微笑み返す。
 ―部屋を出て、深くため息をつく。
「やっぱり…夢のようになっちまったなぁ…」
 あの夢を見たのは、偶然だったのだろうか…?
 それは、今この時の、「予知」だったのかもしれない。

(後編 その2)

 夢を、見ていた。
 今度ははっきりとわかる。
 「あの時」と同じ夢一一。
 いや、正確に言えば違う夢だけど、同じ種類の、夢。
 そして、今、おれの目の前には、見知らぬ1人の男がいた。
「誰だ?」
 その顔には、精巧な仮面が付けてあり、かぶっている奇妙な帽子には、様々
な紋章がぬいつけてある。
 一一『我は、夢の番人』
 声が……いや、「音」が響く。
 その男一一夢の番人が発した、直接脳に響くものは、声というよりは、むし
ろ音といった方が適切だった。
 一一『汝の心を映す鏡。先刻の夢は汝の不安の具現化によるもの』
「不安の……具現化?」
 一一『そうだ。封筒に入っていた物が汝の不安。落ちていた物が汝の希望。
    その大きさは、それぞれの量に値する』
 なるほど。
「それで、あなたは何のために、おれの夢に姿を現したんですか?」
 しかし、彼はおれの問には答えなかった。
 一一『我は汝の心を映す……』
 その瞬間、一瞬だけ、意識が遠くなり、おれは周りの景色が変わったという
事に気がついた。
 見下ろしているのはシルバーリーブの乗合馬車の乗り場。
 あと少しで馬車が到着する所のようだ。
 そう。おれは、浮いていた。
 夢と分かっていたから、別に驚きはしなかったが。
 今、馬車が……到着した。
 その乗客を見て、肩を落としてる一行がいる。
 トラップにギア、キットン、ノル、ルーミィやシロ、そしておれ。
 でも肝心な一一パステルがいなかった。
 そして、おれは自分が何を見ているのかに気が付いた。
 パステルを、待っている所。
 ガイナから帰ってくるはずのあいつを毎日毎日、こうやって待っているだろ
うおれ達の姿を。
 そこには見事に心の中の不安が映し出されていた。
「これは……夢、夢なんだから」
 必死で自分に言い聞かせる。
 と、目の前の「不安」が霞んで一一。
 今度は違う所が映し出された。
 でも、こわれたテレビのように、おぼつかない画像。
 ここは、エベリンの宿屋?
 すると、声が聞こえた。
 ところどころでとぎれて、よくわからない。
「あ…ね、私、…のう言っ……て何だ……ど…」
 パステル?
 何だろう、よく聞こえない……。
「また、……なとい…しょ…旅した…の。迷…くかけ……ど、ず……このパー
 ……にいさ…て。お願…!」
 よく、聞こえないけど、大体分かった。
 何しろ自分の心の中だしな。
 そして、これが「希望」であることも、わかった。
 とても、微かで朧げな。
 一一『何故、汝の心は不安に支配されているか、わかるか?』
 振り返ると、夢の番人が静かにたたずんでいた。
 何故……何故なんだろう?
 一一『汝があの娘を信頼していないからだ』
「そんな!!」
 ばかなことが……。
 続けようとして、やめた。
 放っておくと離れてしまいそうと思ったのは、おれだ。
 一一『信じれば良いのだ。仲間なのなら』
「仲間……」
 そうだ。どんなに離れた所にいても、彼女は仲間なんだ。
 彼女にとっても、おれ達は大切な存在に違いない。
 信じて待てばいい。
 仲間、だから。
 いつか、自分がどんなに必要とされていた存在だったのかに気付いて戻って
来てくれるだろう。
 目覚めてゆく意識の中で、トラップの声が聞こえる。
 彼ならきっと、うまく教えてやってくれるだろう。
 彼女の、彼女なりの「存在意義」、というやつを。

 1998年6月03日(水)19時10分26秒〜7月04日(土)17時51分39秒投稿の、蒼零来夢さんのトラパス新5巻予想小説、番外編です。

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