(141)〜運命の時(1)〜
「まさか・・・本当に・・・」
ガイゼルンが真っ青な顔で立ち上がる。
「本当に?どういう意味ですか!!」
問いつめるショウ。
「昨日、いきなり身元不明の男が来たんです。その時、この戦争に勝ちたくないか?と聞いてきて・・・」
「それで?」
「それで、その勝つ方法が・・・・・・チャグデスの大軍をおびき寄せること」
「なんだって!!!」
ケルアイニス側の十人も、色めきだった。
「それでどうしたんだ!!!それを受けたのか!!?」
「受けるワケないでしょう。冗談だと思って笑い飛ばしましたよ」
それ以上は、流石のショウも何も言えない。
だいたい、そんな話を真に受けるヤツのほうが不思議なのだ。
「とりあえず、ケルアイニスに帰るぞ!!!」
ショウが言うか言わないか。
それぞれ、ロンザ国の馬を無理矢理奪い取り、ガライ関を目指した。
「なんて数だ・・・」
呆気にとられる一同。
数え切れないほどのチャグデスが、地面を埋め尽くし、こちらに向かってくるのだ。
「これじゃあ、どうしたって・・・」
「あぁ、通れない、いや、それどころか・・・」
「命さえ危ない、な」
それぞれ、武器を構える十人。
「下がってろ」
いきなり、後ろから声がかかった。
と、同時に、低く、響く声があたりに響く。
『大地よ怒れ!! 空気よ凍れ!!!』
と、同時、その言葉が現実となった。
いきなり地震が起こり、大地に亀裂が入る。
その亀裂に飲み込まれるチャグデス、そして、次々と凍っていくチャグデス。
その場を埋め尽くしていたチャグデスの全てが、小さな命を落としていった。
「すげぇ・・・」
ラーガが呆然とその光景を見ている。
それを起こした男、ショウは、平然と馬を操っている。
「相も変わらず、凄い魔法だ」
普通、魔法詠唱は最後まで唱えなければ発動しない。
それを、ショウは極端に短縮し、さらに二つ連続で使える術を知っている。
「呆けてるんじゃねぇよ。とっとと行くぞ」
戦闘を駆けていくショウ。
その後ろを、十人の強者たちが追っていった。
『風よ そなたは全てを拒む壁となれ ウインド ウォール!!!』
町の中の魔導師全てが、防御にまわった。
すでに、何人もの犠牲者が出ている。
もう、これ以上被害を増やすわけにはいかない、と風の壁を作っているのだ。
「全員、避難できてますか?」
「あと、七班が・・・」
我が子を抱えながら、ミネルバはこたえる。
彼女は、チャグデス来るの報を聞いてすぐ、我が子を抱えて、町に来ていたのだ。
「七班、全部揃いました!!!」
「これで全部です」
「よかった・・・」
ホッと息をつく魔導師たち。
他に、三人の隊長、七人の副長クラスの人間がいるのだが、彼らは、より安全にするにはどうすればいいか、話し合っている。
「しばらくすれば、頭領が帰って来ますでしょうし。それで終わりです」
「大丈夫、かな?」
「大丈夫ですよ。なにせ、シー・キング海賊団の参謀ですから」
「いえ、そうじゃなくって・・・」
ちょっと言葉を濁すミネルバ。
その様子を察して、一人の女の魔導師が声をあげる。
「ご主人も、大丈夫ですよ」
笑いが起こる。
見る見る赤くなるミネルバの顔。
「あっ、あれ!!」
それから逃げるように顔をそむけたとき、なにかが視界にはいった。
見えたのは、山の上で、岩の上にのうのうと座っている旅人風の男。
ボロいローブに、フードがついている。
「人が・・・」
「大変!!!あそこまで、魔法は届いてないは」
さっきの魔導師が、声をあげる。
「私、行ってきます!!」
「えっ、でも・・・」
「大丈夫です、あっ、それと・・・」
近くの人間に、赤ん坊を渡す。
「子供を、よろしくお願いします」
そう言って、笑顔を残して走っていくミネルバ。
運命の時は近い
(142)〜運命の時(2)〜
「ロンザ国の軍勢は、無事退却したみたいですね」
双眼鏡からのぞけるその風景を確認して、立ち上がった。
そのまま、方向を変えて、ケルアイニスの方を向く。
「あれは・・・」
必死に前へ進もうとするチャグデスたち。
だが、あるところを境に、チャグデスたちが曲がっている。
前に進むことしか知らないハズのこの暴走が。
「どうやら、よっぽど高等な魔導師がいるみたいですね」
そういってほくそ笑む。
どうやら、ケルアイニスの重役たちは、チャグデスたちを薙払いながら、進んでいるらしい。
「さて、あれほど大きい防御の魔法だ。無事、最後までもてますかね?」
「あのぉ〜」
いきなり後ろから声がかけられた。
振り向くと、そこに、緑の髪の女が立っている。
『炎よ燃え上がれ 風よ唸れ』
「わっ、ほっ、っと・・・」
次から次に襲ってくるチャグデスの大軍。
「きりがねぇ・・・」
サードは、刀は抜かず、気を使って応戦している。
吹き飛んだチャグデスは、そのほとんどが命を燃やしつくす。
『水よ押し寄せろ 大地よ全てを飲み込め』
ショウの魔法でさえ、チャグデスの大軍の、ほんの少ししか殺していない。
「きりがない・・・」
さすがのショウも、息が切れてきている。
他のほとんどは、武器専門の戦士たちで、自分たちにからんでくるチャグデスを振りほどくだけで手がいっぱいだ。
「うっだぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ラーガ、黙って仕事しろ!!!」
「いい加減、弱い者いじめしてるみてぇで、ヤになってくる」
「殺らなきゃ、こっちが殺られますよ」
メリアスが冷静にこたえる。
この局面で、笑顔を絶やさないでいるから恐ろしい。
「ちっ・・・これ以上使ったら、気を失っちまう」
刀を抜こうとするサード。
だが、その手を、何者かによって防がれる。
「だったら、しばらく見学してろ」
後ろからふいにかかった声。
と、同時に、灼熱の業火が、横を通過していく。
それは、龍と化して、チャグデスを次々と飲み込んでいった。
「ナイスタイミング」
「まったく・・・帰ってきた途端、これだ」
長い髪が、後ろで一つ結びにされている。
この女が、戦うときの戦闘態勢、というやつだ。
「クリス・・・」
「とっとと帰れ。町のヤツらのほうが心配だ」
「えぇ、あなたより、ね」
さっそく、ショウが軽口をたたく。
「船長命令だ。即刻、町の救命に急げ!!」
「了解」
ショウは、馬を翻した。
「行くぞ!!!ケルアイニスへ」
「わかりました!!!」
走り去っていく十一人。
クリスは、もう一匹の火龍を手から放ち、ホッと息をつく。
「ったく、どうしてこんなことに・・・」
二匹の火龍を、自分の元に返す。
溜息をつく彼女の前に、焼き尽くされたチャグデスの死骸があった。
「今帰った!!」
馬を下りるなり、叫ぶショウ。
「頭領、ご無事で・・・」
町の中に、安堵が広がる。
そのうち、三人の男が、ショウの前に歩み寄った。
「よく、生きてましたね」
「船長が引き受けてくれたからな」
それを聞いて、目を見開く三人。
三人とも、元シー・キング海賊団なのだ。
よほど、彼女の恐ろしさを知っているのだろう。
「あ、れ?」
サードが、集まってきた町民を見回し首を傾げる。
そのまま、何かを探すように、首をめぐらすのだが、やはり何かが見つからない。
「なぁ、姉貴は?」
レイが、近くの町民に話しかけている。
それに、さりげなく耳をかたむけるサード。
「えっとですね、まだ、避難してない人が、ほら、あそこにいるので、連れ戻しに行ってます」
その方向に、首を向ける。
すると、岩の上に座っている男と、その傍らに、ミネルバがいる。
「ったく、しょうがねぇ・・・」
レイが、馬に乗る。
「オレも行く」
と、サードも馬を並べた。
そして、二人は一緒に馬を歩ませていく。
運命を知らずに。
(143)〜運命の時(3)〜
「はやく、避難したほうが・・・」
「おさまったみたいですねぇ」
ミネルバの方は一度も向かず、淡々と話す男。
その深くかぶられたフードの下は、微笑んでいた。
「えぇ、でも、生き残りがいるかもしれないし・・・」
「いませんよ」
「どうして言い切れるんです?」
「それは・・・」
十分な間を取る男。
そして、初めてミネルバの方向を見た。
「わたしが、それを起こしたから」
「えっ!?」
「チャグデスの暴走を起こしたのは、わたしなんですよ」
呆然と立ちつくすミネルバ。
「なにご冗談を・・・」
「たしかに、あの行進はちゃんとした理論の元、行われてます」
今のモンスター研究会ですら知らない事実。
それが、その男の口から、スラスラと出てくる。
「チャグデスが、何者かに襲われたときに出す超音波の鳴き声、それを聞きつけたチャグデスが、次々と集まり、その方向にむかって行くんです。その途中にある全てのモノを、無差別に殺しながら、ね」
不敵に笑うその男。
「そこに着目して、わたしがつくったのが、これです」
男が懐から、なんの飾りもない白い笛を取り出す。
それを、十秒ほど口にくわえた。
何も音がしないところを見ると、吹いてないように見える、が。
微妙な口の動きから、それに空気を送ったと、ミネルバは気付いた。
「なにを・・・」
「まぁ、言えばチャグデスの笛、ですね。チャグデス死の行進を引き起こす」
「なっ!?」
それを聞き、ミネルバは愕然とした。
男はまだ、笑っている。
「痛ッ!!」
耳に手をやるサード。
また、アレが来た。
昨日の、あの時の痛みだ。
「どうしたんですか?」
「いや、どうも、耳の病気みたいだな」
二日続けて、ということはそういうことだろう。
サードは、溜息をつく。
「に、しても・・・」
「どうした?」
「あのクリスって女、恐ろしいな」
思い出したように身震いするレイ。
それを見て、笑いながらサードは口を開く。
「伊達に、シー・キング海賊団の船長じゃねぇよ」
「よくよく考えれば、あの人、オレの叔母にあたるんだよな」
そう言えば、とサードは思う。
「ってことは、オレにとっても叔母になったんだよな」
思い出して、サードはぞっとする。
あまりにも、恐ろしいコトを思い出してしまったんだ。
「でも、よく考えて見ろ。その姉貴の本当の親と、クリスさんが結婚してれば・・・」
「オレはあいつの息子じゃねぇか」
考えて、さらにサードはゾッとした。
これ以上考えるのはよそう、と、レイと顔を見合わせる。
「おい、あそこ行くには、この道だろ?」
「あぁ、そうだ」
「狭いな・・・」
「馬はここに置いておくか」
二人は馬を下り、歩み始める。
運命の時、それは、もう、すぐそこである。
「なに!?」
クリスは我が耳を疑った。
「でも、事実です」
ショウがそれを肯定する。
冗談は言うが、嘘は言わない男だ。
つまり、セイン・アランの娘が見つかった、という報告を受けて、だ。
「へぇ、で、今は?」
「それが・・・」
あまり口にしたくないことであった。
もしかすると、かなり怒るかもしないのだから。
「おい」
「今、ある男と結婚しています」
「幸せにやってるんだな・・・」
ホッとしているクリス。
続いて口から出される、言葉を知らずに。
「で、それの男の名前は?」
「サード・フェズクライン」
しばらく黙っていたクリス。
そのうち、顔色がみるみる変わっていく。
「・・・冗談だよな」
「いいえ」
「嘘だよな」
「言いませんよ」
「言い間違いだよな」
「しませんって」
「だったら・・・」
「あの、事実ですから、諦めてください」
殺されても文句は言えない。
第一、後悔しないようにやれ、と言ったのは彼なのだ。
ショウは、次にくる言葉を待った。
「で、今はどこにいる?」
開いた口がふさがらないショウ。
しばらくして、言葉を絞り出した。
「船長?」
「なんだ?」
「大人になりましたね」
「・・・・・・殺されたいか?」
手にしていた槍を、ショウに向ける。
「脅さないでくださいよ」
その槍先を、避けるように後ずさる。
「で、今はどこに?」
「あそこ、らしいです」
と言って、指さしたその先。
そこに、一人のローブを来た男と、女がいた。
「なにをやってるんだ?」
「避難してないあの人を、連れ戻すため、だそうです」
「おい、ショウ、あれは・・・」
「どうかしましたか?」
男が来ているあのローブ。
あれは、たしか・・・・・・。
「行くぞ」
「えっ?どこに?」
「おまえもついてこい」
有無を言わさず、ショウを引きずっていくクリス。
─なんにせよ、無事でなによりだ─
ホッと溜息をつくクリス。
彼女も、また、知らないのだ。
迫ってくる運命を。
避けようのない、運命を。
(144)〜運命の時(4)〜
ミネルバは、腰にかけてあるレイピアに思わず手をかけた。
だが、サードと同様、彼女もここ三年、剣を握っていない。
それが、実戦のカンを鈍らせている。
─この人は─
おそらく、全て事実を喋っている。
だが、その事実は、全て悪に染められた闇色の事実。
「怖い顔をしますねぇ」
男は岩の上から降りた。
無造作に、ミネルバに近寄ってくる。
「綺麗な顔が台無しだ」
「それ以上、近づかないで!!!」
ミネルバはレイピアを抜いた。
こうなれば、三年前の自分が、戻ってくる。
「そう、きましたか・・・」
頭をふる男。
「では、あなたには、実験台になってもらいましょう」
男の手から、紫色の粉がばらまかれる。
かわしようもなく、それを吸ってしまうミネルバ。
途端、体が鉛のように重くなってきた。
「一種のしびれ薬、ですよ。安心して下さい、死ぬことはありません」
訪れる脱力感の中、ミネルバは感じていた。
「ただ、ですね」
自分は
「私が、殺しますけどね」
死ぬのだと。
「あっ、あそこ」
「あぁ、やっとついたな」
サードは少し足早になる。
その後ろ姿を見て、苦笑いを浮かべるレイ。
「そんな急がなくても・・・」
と、レイが言ったとき。
彼は、感じ取っていた。
いや、サードも、だが。
まわりに満ちあふれている殺気。
それが、ある一点─これから行くべき所─に集まっているコトを。
「レイ・・・」
ボソッと呟くサード。
そして、レイは、双剣を構える。
「行くぞ!!」
サードは、居合いの体勢のまま、走っていく。
そして、彼らが見たものは─
「サードが乗っていった馬、だな」
「こっちは、レイの・・・」
クリスとレイは、二人が歩いて行っただろう方向に、目を向ける。
「そのレイ、ってのは?」
「名前から、想像できませんか?」
それを聞いて、苦笑いを浮かべるクリス。
「兄さんの子供、か」
「幸せだそうです」
「そう、か」
歩き始めたクリス。
その顔は、少し寂しげであった。
「幸せをつかめなかったのは、私だけ、か」
「そんなコトはありませんよ」
ショウが首をふって、歩き出す。
「私なんか、あなたに振り回されて、幸せをつかむチャンスもなかった」
それを聞いて、笑い出すクリス。
「それは、悪かったな」
笑いながら、彼女はポケットから、紫の紐を取り出した。
その紐で、器用に髪を結ぶ。
「ショウ・・・」
「えぇ・・・」
ショウも、顔つきが変わっている。
「急ぐぞ」
二人が、走り始めた。
運命の時を、共にするために。
「なにをやっている!!」
サードは立ち止まった。
それでも、居合いの体勢は解いていない。
「おや、観客ですか・・・」
「姉貴!!!」
「サー・・・ド・・・レ・・・イ・・・」
力無く呟くミネルバ。
彼女の口から、一筋の液体が、流れ出ている。
「おまえ・・・まさか・・・」
サードは、男の姿を凝視する。
その姿が、彼の記憶の一部と、一致したのだ。
あの時の、あの男。
─ゼフとオレに、ロンザ国の情報を入手しろと言った男だ─
「てめぇは、あの時の・・・」
「おや、どこかでお会いしましたか?」
「しらばっくれるな!!!」
「すみません、あいにく、私は・・・」
深く被ったフードの中でもわかる。
あの男は、笑っているのだと。
「自分が犠牲にした人間しか、記憶しないタチで」
「ふざけんな!!!」
サードが疾った。
一気に間合いを詰め、居合いを放つ、が。
それは、もの凄い金属音と共に、止められる。
「なっ!?」
「折れない、ということは、よほど上等の刀なんですね」
男が止めたのは、腕。
おそらく、小手を仕込んでいるのだろう。
「さて、少し楽しみましょうか」
男は笑った。
冷たい笑みが、二人を戦慄をおぼえた。
(145)〜運命の時(5)〜
「ちっ!!」
瞬時に間合いをとるサード。
レイは、ジリジリと、間合いをつめていっている。
─まずは・・・─
─ミネルバを、助ける─
目だけで会話をし、チャンスを待つ。
相手が、どちらか一方に攻撃を仕掛けてきたとき、一方がミネルバを助ける。
そして、後は二人で追いつめるだけだ。
「さて、どちらが、私の暇つぶしをやってくれるんでしょうね?」
両手を下に伸ばしたまま、無造作に近づいてくる。
どちらにでもない、二人の、ちょうど真ん中を歩いてきているのだ。
「さぁ、オレか、レイか」
「あんたが、選んでくれていいんだぜ」
汗が、頬を滴り落ちる。
極度の緊張感が、その場を支配していった。
「では、私は・・・」
男が、止まった。
ちょうど、サードとレイの、真ん中で。
そして、両手をおもいっきり横に伸ばす。
「お二人とも、選びましょう」
男が、拳を奮った。
次の瞬間、サードのみぞおちに、強烈な一撃が入った。
その時には、レイが、ミネルバを助け起こしている。
たとえ、どちらが犠牲になろうとも、ミネルバを第一に、が二人の意志だ。
「姉貴、大丈夫か?」
が、ミネルバはこたえない。
口を少し開けていたが、声にならないのだ。
「さて、こちらの人は、終わったみたいですね」
「バケモノが・・・」
レイが舌打ちする。
サードは、もうすでに、倒れていた。
「ちっくしょぉ・・・」
さきほどのチャグデスとの闘いが、足にきている。
足が使えないなら、スピードもでないし、足技も使えない。
さらに、さきほど『気』を使ったことでも、体力を消耗している。
これ以上使えば、おそらく、気を失うだろう、というほどまで。
「ヤバイなぁ、さすがに・・・」
レイも、サードと同様、かなり足にきている。
特に、双剣を扱うには、バランスが必要であり、足にかかる負担も、多い。
「悪あがき、やるだけやって、散りますか」
半分冗談、半分本気に、ふと浮かんだ俳句を口ずさむ。
「では、いきますか」
男が、消えた。
ミネルバをゆっくりおろしたレイは、双剣を風車のように回転させる。
「考えましたね」
何もないところから、声が聞こえてくる。
正面からは、突っ込んで来れない。
後ろにくる気配だけを読めばいいのだ。
「けど、まだあまいです」
金属音がひびいた。
あのサードの刀を止めた、小手。
それが、レイの双剣を、折る。
「あまいのは、おまえのほうだよ」
会心の笑みを浮かべるレイ。
「そう、だな」
こたえたのは、倒れていたサード。
いや、彼は、男の後ろにたっていた。
刀を、手に。
それが、見事に男のローブを切り裂いていた。
声も上げず、倒れる男。
「さすがに、これ以上は動けない」
「こっちも、一発、やられた・・・」
レイは、痛そうにお腹をさする。
「オレ、寝るは。あと、よろしく」
横にころがると同時に、寝息を立て始めるレイ。
彼は彼なりに、気をつかっているらしい。
「ったく・・・」
重い体を引きずりながら、ミネルバに近づく。
「おい、大丈夫か?」
頭を、足の上にのせる。
つまり、膝枕の状態。
「・・・・・・」
まだ、口がきけないらしい。
が、なにかを拒むような、必死な表情。
─ったく、しょうがねぇ・・・─
『水よ 全てを癒やすその力よ 我の手より、この体を蝕むモノを癒やせ』
回復魔法を使うと同時に、めまいがしてくる。
ショウから教えられた魔法で、けっこう高レベルの方に位置するこの魔法。
─だいたいの毒は、これでなおる─
だという話。
「これで、大丈夫、なはずだ」
「サード・・・」
ミネルバが口をひらく。
その時、サードはふと、ミネルバから視線をずらした。
照れているのである。
「サード・・・」
もう一度、ミネルバが呼ぶ。
気をとりなおしたサードは、ミネルバの顔に顔を向けた。
「なんだ?」
おそらく、自分は今、微笑んでいるのだろう。
そう思う、サードだった。
「もう、お別れね・・・」
おそらく、自分は今、呆れた顔をしているのだろう。
そう思う、サードだった。
(146)〜運命の時(6)〜
「なに、言ってるんだ?」
「お別れの言葉」
「誰と誰の?」
「私とあなたの」
言ってる意味が、わからない。
さっきの魔法で、ミネルバは全快したはずだ。
と、思ったが、少し様子がおかしい。
息づかいが、荒いのである。
元々、戦士であるミネルバは、すぐに呼吸を整えることができるのだが。
呼吸は、激しくなる一方である。
「で、どんな別れ?」
自分で聞いておいて、なにかおかしい気がする。
サードは、ふと眉をひそめた。
「死別、よ」
息づかいが、さらに荒くなってくる。
「どうした?苦しいのか?」
「えぇ、特に、足の方が・・・」
「足?」
ふと、足の方に目を向けた。
足が、ない。
「なっ!?」
思わず、そこに手をやった。
が、そこには何もなく、すり抜ける。
「成功、ですね」
「・・・てめぇ!!!」
男が、そこに立っていた。
まったく何事もなかったかのように、平然としている。
サードが斬ったハズの痕もない。
「なにやりやがった!!!」
「実験、ですよ」
男は、笑っている。
「最初に使ったのは、ただのしびれ薬。ただし、一級の、ね。呼吸が、生きるためギリギリの呼吸しかできなくなり、そのため、言葉も話せなくなる。そして、次に飲ませたのは・・・」
「なにを・・・」
立ち上がろうとしたとき、その足をつかまれた。
ミネルバに、である。
「ミネルバ・・・」
やめて、と言わんばかりに、首を振る。
もう、サードに力は残っていないコトを知っているのだ。
「そして、次に飲ませたのは、実験中の薬。回復魔法を使われると、体内組織を完全に崩壊させられる薬」
「なんだと?」
サードは、愕然としている。
さきほど使った回復魔法。
それが、ミネルバを死に追いやる。
─オレノ、セイカ?─
「つまり、今の彼女のように、体が風化していくんです」
もう一度、ミネルバを見る。
もう、さきほど握っていた手がない。
「サード・・・」
「ミネルバ!!!」
彼はミネルバのほうを見た。
もう、男のことなど頭の中にない。
「ごめんね・・・」
「あやまるコトなんかない!!!」
手を握ろうにも、握れない。
抱きしめようにも、そこから崩れていくのだ。
「この三年間、ずっと幸せだった」
「オレもだ・・・」
「ウソつき・・・」
ミネルバは笑っている。
サードは、涙を流している。
思えば、ゼフが死んで以来、涙を流したことはないのだ。
「なにを・・・」
「この三年間、一度も刀を手放さなかったコトなんて、一度もないのに」
「そっ、それは・・・」
思わず口ごもる。
「ずっと、傭兵やりたい、と思ってたんでしょう?」
「それでも、幸せだった」
「ありがと・・・。でも、あなたは戦わなくてはいられない人でしょ?」
胸が痛い。
理由は、わからない。
「そうかも、しれないな」
「あなたは剣をとらなくては、生きていけない人」
一呼吸、間がおかれる。
その間にも、サードは考える。
─オレは、いったい・・・なにをやりたかったんだ?─
ゼフとの誓いもある。
けど、ミネルバとの生活も大切にしたかった自分。
それに、人間と神獣との共存も、果たさなければならない。
─自分はいったい、なにを本当にやりたいんだ?─
「あたしと生きていた自分と、戦ってる自分。その間で、宙ぶらりんだもんね」
また、胸が痛くなる。
それでも、答えは見つからない。
「それに、私のコトも気にしないで。あなたがやらなくても、ショウさんがやってただろうし。それでなくとも、他の誰かが・・・」
「んなこと言ったって・・・」
「どうせ、死ぬしかなかったのよ」
「そんな事言うな!!!」
思わず怒鳴るサード。
ミネルバは、彼に優しく微笑みかける。
「ごめんなさいね」
「・・・・・・」
サードも、言葉が出ない。
今、感じている現実と、自分の心の中の葛藤。
「あなたは、本当は平和を望んでいると思うの」
そうなのか?
何度も、自分に問いかける。
「だから・・・私の最後の願い・・・・・・」
消えていくミネルバ。
最後の言葉は、風と共に消えていった。
いつの日にか
あなたが
剣をとらないでいい世界が
来ますように
(147)〜男は〜
彼らは、そこに来ていた。
今、なにかがあっているだろうそこのすぐ近く。
見えない位地だが、気配がわかる。
たぶん、三人の人間がいる。
─けど、普通の雰囲気じゃない─
「ショウ!」
「わかりました」
クリスの言葉に、ショウはすぐさま反応を示す。
『風よ 我と共に駆けよ!!!』
ショウが、魔法を叫ぶ。
彼にしかできない、魔法短縮の技術で。
そして、視界に入ってきたその風景。
─サード!?─
彼だけ、様子がおかしい。
─あいつが、先だな─
奇妙な男を見たが、それは二の次にしておく。
「サード!!」
男にしてみれば、いきなりの自体に驚いているのだろう。
驚いた顔で、こちらを見ている。
「どうした?」
無視して、サードに呼びかける。
─どうせ、襲われようが、船長がどうにかしてくれる─
それよりも、サードだ。
必死に呼びかけるが、全然反応がない。
「消えた・・・オレガ・・・ヤッタ・・・」
言葉がたどたどしく、目の焦点が合っていない。
さらに、その表情からは、なにも読みとれない。
まさに、虚無の世界が─
─精神崩壊を起こしている!!─
瞬時にそう察した彼の次の判断は、神の英断とも言えるだろう。
『汝に施されし封印よ 今我は それを解かん』
サードのもう一つの人格を解放した。
それと同時に、サードの神の色が、銀に変わる。
それと同時に、ふらっと倒れるサード。
─いったい、なにがおこったんだ?─
レイは・・・ただ寝ているだけのようだ。
ただ、ワケのわからない男は、ニヤニヤと笑っているだけである。
目深に被ったフードでも、それがわかる。
「で、あなたは?」
男が、初めて口を開いた。
「ショウ・カーテュコメイ」
「何者ですか?」
「オレの台詞だよ、それは」
「私の台詞でもあるがな」
いつの間にかクリスが男の後ろにいる。
男は、振り向きもせず、ただ口笛を吹いた。
「恐ろしい人ですね」
「さほど」
クリスも笑っている。
「お名前は?」
「クリス・メグリアーザ」
流れる、少しの間。
「あんた、巷で世間を騒がしてる人だろ?」
「なんのことです?」
「ちょっと前まで、旅団に所属しててね。あんたの噂は、よく聞いてる」
クリスは続けた。
「世間に悪いタネを植え付けて。一年草もあれば、多年草もあり。成長するのに十年もかかるのもあれば、一日ですぐ効くヤツもあるし。迷惑してるってさ」
「迷惑どころの騒ぎじゃないでしょ」
「言えてる」
二人が、笑い始めた。
その間にショウは、レイを起こし、事情を聞いた。
「で、ミネルバは?」
「姉貴は・・・」
それ以上は、口に出さなかった。
彼は、薄々感じているのだろう。
そして、ショウ自身も。
「で、今回の騒ぎも、あんたが起こした、か」
「どうでしょうねぇ・・・」
曖昧に言葉を濁す男。
「で、女はどうした?」
「あぁ、さっきのは・・・」
男は、言葉に間をおいた。
クリスは、槍を握り直している。
「風と共に消え去りました」
次の瞬間、クリスが動いた。
そして、男も。
数々の金属音が聞こえ、火花が散り、残像が消えていく。
「さて、なにを怒ってるんでしょうか?」
「言う必要はない」
クリスの声が、冷たい。
完全に、シー・キングに戻っている証拠だ。
キィィィィィン・・・
最後の金属音と共に、二人が現れる。
ほとんど、最初と同じ位置に立っている。
方向も、同じ。
クリスは男の方を向き、男はクリスに背を向けている。
「あなたは、強いですね」
「いや、強くはない・・・」
クリスは、笑った。
紫水晶の目は、もう、赤く染まっている。
「強すぎるんだよ」
「なるほど・・・」
男は、クリスの方を見た。
そして、両手を大きく広げる。
「では、私はそれを超えましょう」
(148)〜終焉と永遠〜
男が、消えた。
クリスは、ただその場に立っているだけ。
「さて、攻撃したい。でも、相手は見えない。あなたは、どうします?」
声が聞こえてくる。
だが、クリスはまったく動じない。
指一つ動かさず、待っている。
「じゃあ、私から行きましょう」
次の瞬間、クリスの顔が吹き飛んだ。
それもつかの間、今度は体をくの字に折ったかと思うと、今度は上に思いっきり伸びる。
少しふらついたが、また、同じように動かない。
「手が出せないでしょう?どうです?少しずつやられていく感想は」
「おまえは、これで精一杯か?」
クリスが、口を開いた。
口以外は、まったく動いていない。
「どういう意味です?」
「これ以上の、曲芸は、できないかって聞いてるんだ」
曲芸、と聞いて、男は姿を現した。
「えぇ、こんな曲芸でも、あなたを倒せますよ」
「これ以上のことはできないんだな?」
「それでも、あなたは手を出せない」
男は、また消えた。
それでも、クリスは一歩も動かない。
「その程度のことしかできないのなら・・・」
初めて、手を動かす。
すると、何を思ったか槍を放り投げる。
その槍が、空中で止まった。
滴り落ちる血と、姿を現した男。
「な・・・ぜ・・・」
「遅いんだよ。槍を捨てるだけで、おまえをとらえられる」
クリスが、男に近寄る。
うずくまったままの男は、槍を引き抜いた。
「あなたは、恐ろしい人だ・・・」
「今頃気がついたか?」
「の、ようです・・・」
その時には、ショウも、レイも、男を囲んでいる。
「姉貴は、戻らないんだな」
「えぇ、残念ですけど・・・」
男が倒れた。
口から出てくる血を、次々と吐く。
「おまえ、何が目的で・・・」
「我ら、組織の為に・・・」
「組織!?」
ショウが顔をゆがめる。
「えぇ、その組織で開発されたモノを、さまざまな方法でばらまく。それが私の仕事ですから」
「その組織は、いったい・・・」
「さぁ、所詮、私は下っ端ですので・・・」
男は笑う。
クリスは、男の顔に手を置いた。
「なにか、言い残すことは?」
「ありません」
男は、息を引き取った。
「ショウ・・・」
「わかってます。ジェームスも、もうすぐ帰って来ると思いますので」
ショウは、その場を去った。
そして、クリスが指をはじき、男に火を投げる。
火葬するのだ。
「じゃ、オレはサードを・・・」
レイは、振り向き、声をあげる。
「サード・・・!?」
彼の視界に、サードはいなかった。
一週間後
彼らは、そこに来ていた。
クリスとショウとレイの三人。
そこ、とは遺体無き墓のある場所。
そこに、以前とは違う墓が、一つ増えていた。
『ミネルバ・アラン ここに眠る』
あくまで旧名にしたのは、サードの意志。
彼は、つい昨日、姿を現した。
─絶望を顔に浮かべて─
ショウの家に集まっていた上のメンバーは。
一昨日、ミネルバの葬式を済ませたばかりである。
「どこにいってたんだよ!!!」
開口一番、レイが怒鳴りつけた。
が、組み付くことはできない。
彼の腕で、セインが眠っているからである。
「レイ・・・」
サードは、呟いた。
かなり精神が不安定な状態で、もう一人の人格と変わって出てきたのであろう。
顔が、かなりやつれている。
「この子を、預かってくれないか?」
「なっ!?」
思わず、ショウまで立ち上がった。
クリスは、どこを見ているのか、彼の方は向いていない。
「オレは、しばらくここには帰ってこない」
「なにを言ってるんだ?」
もうレイの腕の中に移っているセイン。
こうなっても、やはりレイは手を出せない。
「長いこと傭兵やってないからな。信用を取り戻すのに時間がかかる」
「だからって、自分の子供を置いていくのか!?」
「レイ、少し黙ってろ」
クリスが、彼を制した。
彼女の恐ろしさを知ってしまったレイは、黙るしかない。
「この子は、普通に育った方がいいんだ」
静かに口を開いたサード。
全員が、それに耳を傾ける。
「傭兵って仕事はな。知ってしまえば、やめられないんだよ。だから、幸せになれないし、人を幸せにすることもできない。
だったら、せめてこの子には、普通に生きていて欲しいんだよ」
クリスと、ショウは顔をゆがめる。
─あの時と同じ─
クリスが、レンに子供を預けたときもそうだった。
同じ台詞を、クリスは言ったのだ。
─その結果が、コレだ─
もう一人の自分をつくってしまった。
けど、今のサードに何を言っても通じないのを、クリスは知っている。
「たのむぞ、レイ」
「・・・わあったよ」
そして、サードは旅に出た。
彼らは、その後ろ姿を、見ているしかなかった。
「なぁ、お二人さん」
墓に手を合わせていたレイが、立ち上がった。
「サードは、戻ってくると思うか?」
「さぁ、な」
ショウは首を振った。
その時、クリスが立ち去ろうとする。
「どこに行くんですか?」
「エベリンに」
それを聞いて、ショウは顔をしかめる。
エベリンと言えば、ロンザ国が新地開発のために今、資金を費やしているところだ。
「つぶしにでも行くつもりですか?」
「そこに住むんだよ」
ますますワケがわからない。
レイも、彼女を見ている。
「私も、約束があるからな」
それだけ言って、クリスは去っていった。
それだけ聞けば、ショウにもわかる。
─この人も、旅立ち始めた─
後ろ姿を認めるでもなく、ショウはレイに目をやった。
「あんたは、どうする?」
「さぁ、な」
レイは立ち上がった。
「セインは、オレの子供だ。普通に育てるもよし、戦士として育てるもよし」
そして、レイは笑った。
イタズラ好きの子供のような笑みを。
「また、あいつを殴らせるために育てるもよし」
それを聞いて、ショウも笑い出す。
「だったら、オレがそれを手伝うもよし、だな」
そして、二人は歩き出した。
「おっさん、もう一杯」
「あいよ」
酒場のオーナーは、気前のいい客に微笑みかける。
が、人間とはおもえないその顔に微笑みかけられ、吹き出さない客はいない。
「お客さん、飲み過ぎじゃ・・・」
勘違いをしながらも、優しく背中をさすってやる。
「大丈夫、ありがと・・・」
客は手を振った。
そして、勘定を机の上に置くと、相棒である刀を、手に取る。
彼の名は、サード・フェズクライン。
その顔からは、もう、心の傷を伺わせない。
彼女の願いを。
かなえるためにも。
「お客さん、冒険者かい?」
それを、珍しそうにマジマジと見るオーナー。
そして、男はこたえた。
「傭兵だよ」
(149)〜夜のひととき〜
「その後は、別に語るようなコトなし。おまえらに会うまでは、な」
サードが振り向いた。
そして、わたしたち全員の顔を見て、顔をしかめた。
「涙もろいやつらだなぁ・・・」
わたしたち、全員が泣いているのだ。(もちろん、最初から知ってるクリスやショウ、ジェームズは泣いていない)
リークでさえも、半分微笑みながら涙を流している。
唯一の例外は、ガルバードくらいだ。
「に、しても・・・」
サードが、ぶるっと身震いした。
「寒い」
そう、わたしたちは外に出ていた。
サードの話を聞きながら。
そして、今。
遺体無き三墓の前に立っているのだ。
「で、あんたの息子は?」
いち早く泣きやんだトラップが、口を開いた。
「旅に出たらしいよ。レイが死んだ後、すぐに」
「あぁ、そうだ」
ショウが、変わりに答えてくれた。
「ちょうど、船長も、オレも、サードもいなかった時に、だ。レイは、子供の時からあらゆる武術をたたき込んだらしい」
「あいつは天才だよ」
今度はクリス。
「あらゆる格闘技を、達人クラスまで極めてるんだ。その一つ一つを教え込んで、さらに合成、応用しているんだからな」
「レンさんも同じコトをやってましたからね」
ショウのからかうような口調。
もちろん、言い返せばさらに追いつめられることを知っているクリスは、それ以上何も言わない。
「レン・メグリアーザ。って、クリスの兄さんだったよね?」
リークの発言に、頷くクリス。
「もう、死んでるけどね」
「ここに墓を作ってないのか?」
ガルバードが聞いた。
「あぁ、なにせ・・・」
「遺体は、あったんだから」
頷きかけて、やめた。
なんか不謹慎だから。
「そういえば、サードの子供は、どうしたんですかねぇ?」
「今、探してるとこだけど」
サードが言った。
と、同時に、ショウが叫ぶ。
「あっ!!言ってませんでした?」
「何を?」
サードは顔をショウに向ける。
「そう言えば、私も言ってなかったな」
クリスが言った。
と、同時に、サードはそっちに顔を向ける。
「おまえの子供、見つけたんだよ」
「いつ!?」
「つい最近だ」
「どこで?」
「最初はエベリンだったな。その後、ここでも会った」
「どうしてオレに言わなかったんだ!!」
「いや、もう一人のおまえは知ってるハズだぞ」
「ちょっとまってろ」
と言って、サードは目をつぶった。
もう一人の自分と、交信するために。
「ねぇ、その人って・・・」
「おまえたちは、会ってるけどね」
ショウが、イタズラな笑みを浮かべている。
「あれっ!?」
「気付いてないのか?」
リークとガルバードは、もう既に気付いたみたい。
「ま、さか・・・」
トラップもなんかつかんだらしい。
クレイも、かなりわかりやすい表情の変化。
ノルは、ただうなずき。
キットンは、ただヘラヘラしている。
他の、一人と一匹はただポカンとしている。
「ちょっと、教えてよ・・・」
「ヤロウ・・・」
私の声が、なぜか、低いサードの声に潰された。
かなり小さくて低いけど、なぜかよく通ってる。
「どうだった?」
「その記憶だけ、こっちにまわしてなかったよ」
「そんな器用なことができるのか?」
ガルバードは呆れている。
「オレに対する嫌がらせは、たいてい」
昔から、何度も被害にあってるんだろうね。
もう、その事に対して怒る気力もない、ってかんじ。
「セイン・アラン」
「えっ!?それ、ミネルバさんのお父さんの?」
会ったこともない人間にさんづけするのもヘンだなぁ。
なぜか、そんな悠長なことが思い浮かぶ。
「違うって・・・」
「オレたちがよく知ってる方の」
そう言われて、思い浮かぶ一人つの顔。
銀髪と、あの童顔。
よく微笑んだ彼の顔が。
「あぁ!!!」
「やぁ〜っとわかったか」
トラップが呆れたように呟いた。
「彼が!?」
「そうらしい、な」
サードの顔が、安らいでいる。
ホッとしているみたい。
「でも、どうしてわかったの?」
「そりゃ、わかるさ」
クリスが平然と呟く。
「似てるからな」
ショウも呟いた。
「そうだ、な」
サードも、ようやくその記憶が送られたのだろう。
彼の頭の中に、自分の子供の顔が浮かんできているようだ。
「誰に似ているんだ?」
ガルバードが言った。
「ゼフとか」
サードが言った。
「レン副船長」
ショウが言った。
「セインにも」
クリスも言った。
「それに・・・」
最後の台詞。
それを、誰が言ったかは。
想像にまかせよう。
「ミネルバにも」
(150)〜平穏な日に(1)〜
それから、二日が経った。
まったくの平穏な日々、でもない。
いろいろな所で、ちょっとしたコトが起こっているのである。
さて、それをショウ・カーテュコメイと共に見ていきましょう。
「終わりか?」
「もう、ダメです・・・」
「だらしがない」
クリスは、近くの岩に座った。
槍を片手に、息一つ乱していない。
変わってクレイ。
彼は、死んでいるに等しい状態である。
「バカだなぁ・・・」
偶然通りかかったショウは呟く。
クレイは、ここ最近、クリスを相手に修行しているのである。
サードがとある事情(後でわかるコトだが)で彼に付き合えないため、クリスに頼み込んでいる。
結果が、コレである。
元々の技量からして、歴然とした差があるのだ。
その上、確実に自分の間合いで戦っているクリスと、自分の間合いさえおぼつかないクレイ。
おそらく、一度もクリスに打ち込んでいないのだろう。
「休憩終了、再開だ」
「えっ!?」
半身を起こすのもできないらしい。
クレイは、仰向けのまま、こたえている。
「休憩は二分だからな」
「いつ決まったんですか?」
「私が、今決めた。文句は?」
「ありません」
フラフラと立ち上がるクレイ。
─それでも、確実に強くなっているな─
「ショウ、おまえもやるか?」
「遠慮しておきます」
クレイの剣をなんなく受け止めたクリスが叫ぶ。
ショウは、背中を向けて、歩き出していた。
「へぇ、たしかにコレだったら、邪魔になんねぇなぁ」
「そうですよ、で、こっちは・・・」
トラップとジェームズという奇妙な組み合わせ。
彼らは、一応、似たような職業であり、また、性格的にも気があっているので、こうして一緒にいるのである。
なにの話をしているのかと言うと・・・。
「ダガーは、腰の方に回せばいいよな?」
「えぇ、逆手にも順手にも取れるように、ね」
武器、盗賊の七つ道具の仕込み方、それに隠し武器etc・・・。
ある意味、かなり不気味でもある話なのだ。
「あいつらは、放っておこう」
ボソッと呟き、歩き出す。
後ろから、トラップの驚きの声が聞こえてきた。
「あぁ、ショウ」
「また、ですか?」
見ているだけで微笑ましい。
ノルとサード、それにルーミィー、シロちゃんが遊んでいるのだ。
「おまえも遊ぶか?」
「いや、遠慮しておきます」
「そう言えば、おまえが子供といるのも見たことないな」
内心、ギクリとするショウ。
女嫌いの上、子供嫌いでもあるのだ。
「で、今さら、なんで子供と遊ぶんですか?」
「理由は、知ってるだろ?」
それは、とショウは思う。
自分の子供が生きていると再確認した今。
子供が恋しくなるのだろう。
「ノルさんは、大変でしょう?」
「そうでも、ない」
ニコニコと笑うノル。
─不思議な人だな─
頭を振り、ショウは歩き出した。
後ろから、子供の歓声が上がっている。
2000年1月19日(水)20時26分〜2000年2月10日(木)22時49分投稿の、誠さんの小説「闇を知る者」(141〜150)です。