闇を知る者(151〜157)

(151)〜平穏な日に(2)〜

「あぁ、ショウさん」
森の方から、いきなり声がかかってきた。
「キットンさん・・・」
両手にたくさんの薬草をかかえて、キットンが出てきた。
「あんまり森に入らない方がいいですよ。迷いますから」
「大丈夫ですよ。そんな奥まで行きませんから」
「だったらいいんです」
 薬草を下ろし、地面に座って、ノートを取り出すキットン。
耳にはさんでいた鉛筆で、一つ一つ薬草をチェックしながら、何やらブツブツ呟いている。
「ここの薬草、いいのばかりですね」
「そりゃあ、ね」
「絶滅寸前の薬草も、かなりある」
「元々、自然環境のいい所だったからな。それに、植物促進剤もあるしな」
「へぇ、それはどんな?」
 植物促進剤、という単語に敏感に反応したキットン。
相手の勢いに、少々退くショウ。
「えっ?いや・・・」
どう説明するか、迷っているらしい。
「ウチの研究室で開発したヤツだが」
「どんな材料を!?どう調合して!?」
「いや、それは、詳しくは・・・」
 こんなに熱くなる男だったんだ。
ショウは、改めてこの男のおもしろさを知った気がした。
「で、その研究室は?」
「案内板を見てくれれば・・・すぐにわかるが」
「ありがとうございます!!!」
 急に立ち上がるキットン。
十メートルほど走って、こちらを振り返る。
「あの、その案内板は?」
「中央の広場か、町の入り口に・・・」
 振り向き、走っていったキットン。
が、今度はショウのところまで引き返してきた。
「まだ、なにか?」
「忘れ物です」
 薬草と、ノートを拾い上げ、走り出すキットン。
今度は、こちらを振り返ることなく、走り去っていった。

「さっきの・・・キットン?」
「えぇ」
 振り返るまでもなく、声でわかる。
パステルの声だと、ショウは知っている。
「で、パステルさんはいったいなにをやっているんですか?」
「私は、ちょっと散歩・・・」
「・・・昨日も、同じコト言ってましたね」
気まずい雰囲気が、あたりを包む。
「二日も散歩したら、ダメですか?」
「ダメとは言いません、けど・・・」
ショウは、ここで初めてパステルを見る。
「ヒマならヒマと、はっきり言えばどうです?」
「・・・・・・ヒマなんです」
 耳まで真っ赤になるパステル。
─子供っぽい人だ─
 これで、たしか二十歳のはずだ。
「私でよければ、話し相手になりますが」
「よろしくお願いします」
 ペコリと頭を下げるパステル。
うながされるままに、一つのベンチに二人は座る。
「さて、なにから話ましょうかね?」
「あの、聞いていいですか?」
「どうぞ」
「なんで、海賊やってたんですか?」
「意地悪な質問だなぁ」
「すみません」
思わず頭を下げるパステル。
「別に誤るコトでもありませんよ」
「はぁ・・・」
「理由、ですか」
 ショウは、昔の自分を思い出す。
今のクールな自分とは違う、無鉄砲で、脳天気な自分の姿を。
「私の曾祖父から海賊なんです、ウチの家系」
「えっ!?そうなんですか?」
「魔力ばかりが強い家系で。独自に創造魔法の研究もやるくらいの。で、そのまま自然と海賊になった、ただそれだけ」
「出身は?」
「船の上」
「えっ!?」
「定住じゃなかったんだ、そのころは」
「いつから、定住に?」
「現、シー・キングの時から」
つまり、クリスの代から、である。
「オレは、先代が後継いだばかりの時に、一人前として認められたんだ」
「へぇ・・・」
「で、先代が早死に。跡取りと思われたレンさんが、自分の妹のクリスに代を譲る。その後、オレが参謀に就任。で、今に至る」
「大変だったんですね・・・」
「最近は平穏だ」
そう言って、ショウは大きく伸びをする。
「が、この生活が一番いい」
「そう・・・ですね」
「じゃ、こっちから質問」
「なんですか?」
「あんたの出身は?」
「・・・ガイナです」
「えっ!?」
 まずい、とショウは思った。
あのチャグデス死の行進がつい六年前に起こった町だ。
 しかも、あのサードの話の後である。
チャグデスの笛の存在を知っているのだ、彼女は。
「悪かった・・・」
 長い沈黙。
そして、パステルが口を開く。
「知って・・・ましたよ」
「えっ!?」
「知ってたんです。自分たちの町が、どうして滅んだか」
 パステルが立ち上がった。
彼女の目には─空に向けられたその目には─ある男の姿があった。
 子供のような微笑みを浮かべた、あの男の姿が。
「さってと」
そう言って、少し小走りに走るパステル。
「日が暮れちゃいますよ。早く帰りましょう」
 頷いて、立ち上がるショウ。
夕日が、二人の影をのばしていった。


(152)〜別れの序章〜

「そうか・・・」
一通りの話を聞き、溜息をつくショウ。
「そっ、だから・・・」
陽気に声を出すサード。
「わかった。手配しておく」
「さっすがショウ、話が早い」
 と、サードはショウの肩をたたく。
その手をうざったそうに払ったショウは、立ち上がった。
「だが、本当にいいんだな?」
「いいんだ」
 一転してシリアスな雰囲気。
だが、それも十秒ともたなかった。
「じゃっ、そゆことで」
「あぁ」
 入ってきたドアから出ていくサード。
最後、顔だけを中に残し「よろしくね」の台詞を残して。
─いつからオレは、便利屋になったんだ─
 心の中で溜息をつきながらも、ショウは部下を一人呼んだ。

「えっ?」
驚いたパステルの声。
「だって、そうだろ?そろそろ冒険者としての仕事、再開しなくっちゃ」
「いつまでもここに居座ってるワケにはいかねぇからな」
 クレイとトラップの台詞。
彼ら曰く。
 そろそろ、ケルアイニスを出るべきではないか、と。
「けど・・・」
「その、けど、が、いけねぇんだ」
すかさずトラップがつっこむ。
「そうやってけどけどとずるずるいきゃあ、そのうちここで一生送ることになるんだぜ?」
 ハッキリ言って、オオゲサである。
が、パステルにはこの台詞がこたえた。
「でも・・・」
「でも、も同じこった」
「だって・・・」
「だ・か・ら!!!」
まぁまぁ、とクレイが手で制す。
「そうですね、私もここらあたりの薬草は、調べましたし」
どうやら、キットンも同意見のようだ。
「ルーミィーやシロちゃんは?」
「ぱぁーるの言うとおりにするおう」
「ボクもデシ」
この一人と一匹はこの調子。
「ノルは?」
「いつかは、ここ、出る」
つまり、今からでもいい、って意見。
「じゃっ、決定」
立ち上がり、ドアに向かうトラップ。
「ちょっ、ちょっと・・・」
「パステル・・・」
「おめぇも二十歳だろ?子供じゃあるめぇし」
そう言い残して、トラップは出ていった。

「へぇ・・・」
「おまえは、どうする?」
ちょうど、その時
「おまちどう」
 と、二人の前にコーヒーがおかれる。
リークはそのまま、ガルバードは砂糖を入れて、それを飲む。
 外見からいうと、普通逆だ。
「あなたと同じ。世界をまわりますよ」
「今の地位は?」
「必要ないモノですよ。元々、官位なんかいりませんし」
「そうか・・・」
「それより、あなたの方は大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「こっちの世界のマナーとか。それに、あなたにはお金もない」
「が、アテはある」
「どんな?」
 クイクイと指を曲げるガルバード。
耳をかせ、と言ってるのだ。
「なんですか?」
 言われるままに、顔を横し、耳を向ける。
その耳に、言葉を送り込むガルバード。
「それって・・・」
 苦笑いを浮かべるリーク。
コーヒーをすべて飲みほし、さらに苦い顔をする。
「ヘタすりゃ、死にますよ」

「いったい今日は、どうなってるんだか・・・」
クリスの話を聞き、ショウは溜息をついた。
「何だが?」
「独り言です」
再び溜息をつきながら、ショウはペンを走らせる。
「じゃあ、あなたの家の方には、何人か入れておきます」
「あぁ、ついでに・・・」
「わかってます。馬を一匹、ですね」
ブツブツ言いながら、さらにペンを走らせる。
「あなたにも、やってもらうことはありますからね」
「わかってるよ」
髪を掻き上げ、クリスは立ち上がった。
「詳細は、明日な」
「いいえ、明後日にしてください」
ポカンとしながらも「あぁ」と呟くクリス。
「さ、て。どうしたことやら」
一人の超されたショウは、この日何回目かの溜息をついた。


(153)〜決意〜

「なにがどうなってるんだか・・・」
「どうしたんです?」
不思議そうな顔で首を傾げるパステル。
「いや、こっちの話だ」
 呆れた顔で手を振るショウ。
昨日とあわせて三度目だ。別れ話を聞くのは。
 しかも、今回は相談、ときた。
「そりゃあ、トラップの言うこともわかりますけど・・・。けど、やっぱり・・・」
「で?」
「で、って?」
「あなたはどうしたいんですか?」
「どうしたいって・・・」
 言葉を切るパステル。
はたして、自分はどうしたいんだろうか?
「他人に流されるな、ってお父さんから言われてたなぁ・・・」
「コトを起こす前のいいわけですか?」
「そうかもしれませんね」
ハァッと溜息をつくショウ。
「あのですね・・・」
「はい?」
「他人に流されようと、他人に何か言われようと。決めるのは自分ですよ」
「えっ?」
「他人に何か言われた。あぁ、その通りにしよう、と決めるのは自分。自分で他の道を見つける、それも自分だ」
「はぁ・・・」
「だから、後であいつのせいだ、あいつがああ言わなければ、とか言っても、その言葉に従うと決めたのも自分なんだから。それが、どんな答えでも、自分が決めたことなんだからな」
「あの、それが・・・」
 半分、いや、それ未満しか理解してない様子。
それでも、ショウは言葉を続けた。
「ありきたりな言葉だけど、後悔しない答えを見つけろ」
 迷いのあったパステルに。
その言葉が、心に響いた。
「言えることは、それだけです」
 そう言って、ショウは席を立った。
奥の扉から出ていった。
 後には、何も残っていない。
パステルも、外へのドアから出ていっていたのだ。

「けどさ・・・」
「決めたコトだ」
「オレと一緒に行けばいいのに・・・」
「決めたコトだ」
 ハァと溜息をつくリーク。
今日、彼らの目の前にあるのは、ケルアイニス産の紅茶である。
 ガルバードは、一口、口をつけただけで、後は手をつけていない。
どうやら、口に合わなかったようである。
「強情だなぁ・・・」
「悪いか?」
「前も言ったけど・・・」
彼は、もう紅茶を飲み干してる。
「死にますよ?」
「死なないよ」
 リークがのばした手を、ガルバードは平手で叩く。
そのまま、一気に紅茶を飲み干し、少し苦い顔をした。
「まぁ、止めても無駄、ってコトですね」
「そういうコトだな」
再び、溜息をつくリーク。
「だったら・・・」
席を立つリーク。
「どこへ行く?」
「ついて来てください」
 会計に向かい、小銭を払うリーク。
ガルバードも立ち上がり、彼の背中を追った。

「ちょっと、急ぎすぎたかもな」
「甘ぇこと言ってるんじゃねぇよ」
クレイの言葉を、ピシャリとはたくトラップ。
「だが・・・これ以上あいつを傷つけるコトは・・・」
「三年だぜ?」
トラップはクレイの言葉をかき消す。
「三年だ。その前にも、別れはあったさ」
「けど、あれは、違う」
クレイも負けじと言い返す。
「あれは・・・」
「わかってるよ、そのくらい・・・」
二人の間に流れる、沈黙。
「けど、あいつのコトでいつまでもグジグジしてるパステルじゃねぇぜ」
「信じてるんだな」
「あたりまえだ」
目をつぶり、トラップは呟く。
「だから、今別れなきゃいけないんだよ」


(154)〜ココロノナカ〜

「オレはいつから人生相談員になったんだ?」
「なにか?」
訝しそうに、リークは眉をひそめる。
「いや、なんでもない」
 正直な気持ちが、ありのまま言葉に出た。
ただそれだった。
「で、オレになにをしろと?」
「説得をお願いしたいんです」
「はぁ?」
「この人を、説得してください」
隣に座っているのは、ガルバード。
「なにを?」
「実は・・・」
 ガルバードから聞いた言葉を、ありのまま伝える。
それを聞き、ショウは深い溜息をついた。
 この男がこれほどの溜息をつくのは、おそらくなかっただろう。
「自殺志願だったら、オレが殺してもいいぞ」
「そんなわけない」
「じゃあ、他殺志願か?」
「それもない」
「どっちにせよ、死ぬと思うぞ」
「死なないさ」
自信ありげにガルバード。
「だいたい、そうする理由はなんだ?」
「一番、オレの性格とあっている」
「・・・なるほど」
 一度決めると最後までそれをつっぱねる。
まさにその通りである。
「・・・・・・そうだ、な」
 その時、ショウの頭に一つの名案が浮かんだ。
今までの話、全てを一気に解決できる方法を。
「リークさん?」
「なんですか?」
「明日、全員、ウチに集まるよう、言って下さい」

「・・・だ、そうです」
「はぁ?」
「いえ、だから明日、集まるように、と」
「あぁ・・・そりゃわかってる」
─ナニ考えてるんだ?ショウのヤツ─
 自分が、あのことを言ったのが昨日のコトだ。
まさか、それを全員の目の前で言うつもりじゃあ・・・。
「じゃあ、私は他の人の所にも行かなくちゃいけないんで」
「あぁ・・・」
 自分は、なるべく黙って行くつもりだった。
また、みんなの涙を見ることになるだろうから。
「まいったな、くそ・・・」
 額をパチッと叩き、サードは溜息をつく。
─別れは、辛いもんだな─

「・・・だ、そうです」
「へぇ・・・」
 クリスは、読んでいた本をたたんだ。
─ナニ考えてるんだ、ショウは─
 自分があのことを話したのは、昨日のコトだ。
もしかすると、それを全員の前でぶちまけるつもりじゃ・・・。
「んじゃ、他にも行くところあるので」
「いってらっしゃい」
 一応、行ってから去るつもりだった。
この長い命をもった以上、別れを何度も体験した。
 だから、言うコトの勇気と聞くことの悲しさも知っている。
が、言わないコトの卑怯さと聞かないことの悲しさも知っている。
「さて、こたえによっちゃ」
 殺してやろうか。
半分本気、半分冗談でそう思った。

「ショウさんが?」
「えぇ、そうですけど・・・」
 リークの言葉に、正直パステルはギクリとした。
今日、数時間前にショウの所に行ったばかりだ。
 その時、例の話をしたばかりだ。
もしかすると・・・という予感がわいてくる。
「わかった」
「んじゃ、そゆことで」
リークが部屋を出ていった。
「なんだろな、話って」
「ついでだ。そん時に話をすっか」
 クレイとトラップはいたってマイペース。
全員がなごんでいる空気の中、パステルだけは焦燥にかられた。


(155)〜全員集合〜

「いったいなんなんだよ」
「あぁ、早かったですね」
 笑顔でサードを迎えたショウ。
その笑顔に、少しおびえを感じるサード。
─この男が、こんな笑顔を見せるなんて─
 正直、冷や汗が背中を流れていったくらいだ。
「早かったですね」
もう一度、同じ台詞をくりかえすショウ。
「あぁ、時間は指定してないだろ」
「あれ?リークさん言いませんでしたか?」
 言葉が、いつにも増して礼儀正しい。
そのことに、また冷や汗をかくサード。
「あぁ、聞いてない」
「おかしいな・・・」
 ふと、首を傾げるショウ。
そして、思い出したように手を叩く。
「あぁ、私が指定してなかったんでした」
 また、笑った。
と、その時、大きな音が室内に響いた。
「クリス?」
「あっ、あぁ」
 いつの間に入ってきたのか、クリスがそこにいた。
彼女は、急いで荷物をとりあげた。
 大きな旅行用バックが二つ。
それを、壁にたてかける。
「どうしたんですか?」
「いや、ショウ・・・」
一つ、咳が入った。
「おまえが、そんなに笑うなんて、な」
「あっ、笑って、ましたか?」
 基本的に、ショウは愛想笑いぐらいでしか笑わない。
その男が、本気で笑ったのである。
「そりゃ、いけないな・・・」
 自分の表情を引き締めるショウ。
こうなると、この男は笑わなくなる。
「で、クリス。その荷物はなんだ?」
「あぁ、それは・・・」
と、クリスが言いかけた時、ドアが開いた。
「あっれぇ〜?一番だと思ったのに」
 リークが入ってきた。
彼は、中にいた面々を見て、溜息をつく。
「ガルバードは、来てないのか」
「どうして?」
「いや、いろいろ・・・」
と、彼の視線が一点に止まった。
「クリスさん、それは?」
「あぁ、明日には旅に出るつもりだから」
「はぁ?」
サードは訝しそうに顔をしかめた。
「どうした?」
「おまえもか?」
「おもえも、って・・・」
「あっれ〜?二人ともなの?」
リークも、彼にしては珍しく驚いている。
「ってことは・・・」
と、三人が顔を見合わせた時。
「おっはよー」
トラップに続いて、クレイ、ノルと六人と一匹が入ってきた。
「あれ?もう集まってるのか」
クレイが、中を見回す。
「どうやら、一番最後らしいな」
すぐ後にガルバードも入ってきた。
「全員、揃ったみたいですね」
 と、ショウ。
先に中にきていた三人は、ショウのたくらみを、薄々感じ始めた。


(156)〜笑って〜

「さて、みなさんに集まってもらったのは他でもありません」
もったいぶったように話始めるショウ。
「で、なんなんだ?」
 ガルバードが少々荒っぽい口調で喋った。
彼は、昨日のコトもあり、多少いらついているのだ。
「まぁ、おさえて・・・」
「とっとと終わらせろよ」
「そのつもりです」
 クリスの言葉も、軽く受け流す。
元々、クリスに口げんかで負けるような男ではないが、それでもあっさりしている。
「話というのはですね、実は・・・」
 そこで、十分すぎるほどの間をとるショウ。
全員が口を開きかけたのを見計らって、言葉を続ける。
「全員、そろそろ別れるってことです」
『はぁ!?』
 異口同音。
全員が、耳を疑った。

「ちょっとまてよ、ショウ・・・」
「あれ?船長は、実際その準備をしているじゃないですか」
 と、彼女の後ろにある旅行鞄を指さす。
それを、全員が見つめた。
「クリス・・・」
「まぁ、たしかにそのつもりだったさ・・・」
そこで、一気にサードをにらむ。
「おまえも、そのつもりだったんだろ?」
 今度は、サードの番だった。
あきらめたように、溜息をつくサード。
「まぁ、たしかに否定はしないけどよ・・・」
と、サードはショウをにらんだ。
「てめぇは、そんなこと言うために集めたのか?」
「まさか、これだけでは終わりませんよ」
 その言葉を、全員は聞き逃さなかった。
これだけでは、たしかに、そう言ったのだから。
「じゃあ・・・」
「まず、一昨日、最初はサードから」
サードに視線が集まる。
「こいつからは、馬を一匹、それに、小遣いをくれ、と言われた」
「サード?」
クレイが彼の顔を覗く。
「あぁ、しばらく、傭兵やってないからな。再開するつもりだ」
 うっとうしそうに髪をかきあげるサード。
なぜかは知らないが、この時、髪を切ろう、と強く思った。
「で、次は船長」
やはり、クリスに視線が集まる。
「この人からは、エベリンの家の方の引き払い、それに、ロンザの南、ケリア国の方に行く乗り合い馬車のチケットの都合をつけること」
「ったく、おしゃべりが・・・」
 が、顔は笑っている。
ここに来て、サードとリークとの会話で、だいたい悟っていたのだ。
 あきらめ、というのだろうか。
それより、観念、というのだろうか。
 よくわからない、複雑な心境。
「で、パステルさんからも相談があったんですよね」
「パステル!?」
「いったいなにを・・・」
 キットンとトラップが、一斉に声をあげた。
もちろん、視線がそこに集まったのは言うまでもない。
「あぁ、クレイとトラップが困らせたんだろ?」
その一言で、容易に察しがついたトラップ。
「ったく、おしゃべりが・・・」
「ゴメン・・・」
「まぁ、この人たちは、冒険者に戻る、ですけどね。一番楽な作業ですよ」
この台詞は、とある二人に向けられていた。
「余計なお世話だよ」
「まったくだ・・・」
サードとクリスが同時に呟く。
「で、最後に残ったのが・・・」
「この二人、か」
 残った二人─リークとガルバード─は、一斉に視線をあびる。
が、リークの視線は、ガルバードに向けられていた。
「一番厄介ですよ・・・」
「言えてる・・・」
 リークの言葉に、頷くショウ。
自然に、ガルバードのみに、視線が集まった。
「リークはいいんだ。ただ、ちょっとした旅のための金をやれば。ただ、ガルバードが・・・」
頭をかかえるショウ。
「いったい、なんなんだ?」
クリスがショウに聞いた。
「あなたのせいですよ」
「はぁ?」
いきなり言葉を向けられ、戸惑うクリス。
「実は・・・」
「自分で言う」
 と、ガルバードが歩き出した。
そして、クリスの目のまで止まる。
「あんたの一緒に旅に出る」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ!?」
「聞こえなかったか?」
「聞こえた」
「何か文句は?」
「ありすぎだ」
と、一気にクリスが言葉をはいた。
「だいたい、どうして私があなたと一緒に行かなきゃならないの?そんな義理もないし、理由もないし、そのつもりもないし、連れていく余裕もないのよ?」
 思わず、言葉遣いが元の女言葉に戻っている。
これには、全員が絶句した。
 ただ一名を除いては。
「いや、元々、最初にあんたには水先案内人になってもらうと言ったし、それに、どうせあんたも旅に出るんだろ?」
「いや、けどな・・・」
 かなりの口論が続いている。
それを聞いてるウチに、サードが堪えきれずに笑い出した。
「・・・どうしたんだ?」
「いや、さ・・・」
 目の端に涙までためなている。
そこまで笑えるか?という全員の表情。
 そして、サードは言った。
「この調子なら・・・」
 その言葉は、全員の願いだったのかもしれない。
それを知る人の、最大の望みなのかもしれない。
 それができないと知っていてもだ。
「笑って、別れられると思ってさ」

 二日後、彼らは旅立った。
彼らの別れに涙があったのか、笑顔があったのか。
 それは、彼らだけが知っている。


(157)〜And Then〜

「おばちゃん、おかわり」
「あいよ」
その地方名物のあんこ餅を一気に平らげ、お茶をあおる。
「うまいですね、ここの餅」
「旅のお客さんや」
「はい?」
「この餅は、ここらあたりでは、どこでも売ってますんや」
「へぇ・・・そうなんだ」
 ボリボリと、頭をかく男。
青い髪が、一本だけ抜けていった。
「そうどすえ」
 奥の方に引っ込む婆。
ここは、峠のとある茶屋。
 頂上付近の村のはずれにあり、彼はそこで餅を食っている。
彼─リーク・ハーゲンは、お茶を飲み干した。
「おばちゃん、おかわり」
「あいよ・・・」
 すぐさま運ばれてくるお茶。
客は、リーク以外、いない。
「ねぇ、おばちゃん」
「なんだい?」
「この峠下ったら、どこに行くの?」
「お客さん、そないコトも知らないで来たのかい?」
「うん、そっ」
 呆れたように婆は溜息をついた。
それでも、親切に教える。
「ここを下れば、ロンザを抜けますのや。リーザリオンとコレイラの国境付近を通りますえ」
「へぇ・・・ロンザを出るのか・・・」
餅を食い、お茶を再び飲み干して、リークは立ち上がった。
「おばちゃん、お勘定」
「はいよ」
小銭を渡し、リークは荷物を持った。
「ところでお客さん」
「なに?」
「アテは、なにかありますのえ?」
「ないよ」
 それでも、男の顔は笑っている。
微笑みのよく似合う、その笑顔─
「それじゃ、旅の目的は?」
「う〜ん、一応、あることにはある、けど・・・」
 どう口で説明すればいいのだろう?
この、果てのない旅の目的を。
「そうでっか。それじゃあ、早う目的を果たせればええどすのぉ」
「・・・そう、ですね」
 リークは歩き出した。
彼は、後ろを振り返らない。
 そう、心に決めているのだ。
振り返ることは、許されない。
「いつかきっと、また会えるかな」
 独白。
それが、彼の願いなのかも知れない。

「やれやれだ・・・」
書類を机の上に放り投げ、コーヒーを一口あおる。
「今頃、好き勝手にやってるか、な?」
 書類には、こう書かれてある。
「今年度予算案」と。
 一応、彼はこのケルアイニス自治領の頭領。
今頃旅に出て好き勝手にやってるヤツらとは違って忙しい身分なのだ。
「そろそろ、かな?」
 意味不明の独白。
正直、寝不足なのである。
 ストレスも溜まる。
しかも、朝に弱いため、寝てしまうと、しばらく起きることができない。
 だから、起きている。
「今頃、好き勝手にやってるんだろうな」
 もちろん、彼らのコトである。
それは、言うまでもないのだろうが。
「次に帰ってきたら、全部押しつけて、オレが旅に出てやる」
 今まで、彼が自由に行動したことなどない。
が、彼はわかっていた。
 そんな日など、永遠に来ないことを。
「さて、次の仕事だ・・・」
 今度は、コレイラ国との外交。
金相場、それに相手国との香辛料の売買。
 黒字、とまではいかずとも、五分五分までは持っていきたい。
「休むヒマもない・・・」
 おそらく、彼ほど大変な男もいないだろう。
好き勝手に生きる者たちを養い、さらに人民のために戦い続ける男。
 彼の闘いは、終わらない。

「おい」
あくまで無視を続ける。
「おい!」
それでも無視を続ける。
「いいかげんにしろ」
なにがなんでも無視を続ける。
「おい!!」
さすがに、しびれを切らした。
「いい加減、ついてくるな。ストーカーか?おまえは」
「おまえみたいな女を追い回す男など、どこにいる」
「ここに」
「追い回していない。ついて行ってるんだ」
「同じコトだ」
「違う」
「いいや、同じだ」
 と、ここで彼らは周囲を見回した。
まわりを人が囲んでいる。
「やめとこうな」
「おまえがついて来なければな」
 が、流石にこれ以上の口論には達しない。
大人しく、二人は歩き出した。
 もちろん、彼─ガルバードが彼女─クリスについていってるだけだが。
「まったく・・・おまえのせいで」
「素直に認めないからだ」
「殺すぞ」
「町が一個ふっとびますよ」
 この場に、彼らを知る人がいれば、どういうだろう。
おそらく、国や大陸などと言うのだろうか。
「はぁ・・・」
正直、クリスの方が根負けし始めている。
「なぁ、どうして私を選んだんだ?」
「自分の胸に聞いてみたらどうだ?」
「断る」
「はっ・・・」
 お互い、もう言葉も出ないらしい。
そのまま、二人は歩き出す。
「さて、と。今日はここに泊まるか」
「そうかそうか」
「おまえは外だからな」
「いや、オレも中だ」
「金は?」
「持っている」
と、ポケットから小銭を出すガルバード。
「どうしたんだ?その金は!!」
「おまえが持っているモノを複製した」
「・・・犯罪だぞ、それ」
「そう、なのか?」
「バカヤロウ。まだ、この世界の常識わかってないな。いいか?・・・」
 と、説明は延々と続いた。
いつの間にか、続き部屋までとってまで。
 この後、彼らが別れたのか、一緒に旅したのか。
それは、想像にまかせるとしよう。

「ありがとうございます」
 彼は、そこにいた。
海の見える町、潮の香る場所に。
 自分の母親だろう人の、面影を求めて。
「結局、手掛かりはナシ、か」
 彼は、後ろ手でドアを締めた。
続いて、溜息。
 彼─セイン・アランは、今日も、自分の父親さがしをしている。
父親の手掛かりが一切ないのなら、一片の手掛かりのある母親の方から─
 今、生きていなくても、父親の手掛かりくらいは、掴めるはずだ。
「あれっ?」
 ポケットに手をやり、気がつく。
もう、金が底をついてきた。
「やっべぇなぁ・・・」
 傭兵を、再開するしかない。
それしか、自分が金を稼ぐ方法がないから。
「そういえば・・・」
 どうして、自分は傭兵をやっているのだろうか?
父親に武芸を仕込まれたのも、その理由の一つだろう。
「まさか、な」
 一つの予想を、振り払う。
─自分の父親も、同じコトをやっているのだろうか?─
「そりゃないか」
 頭をおもいっきり振る。
彼は、気付いていなかった。
 彼の予想が、当たっていることを。
そして、今、同じ道を歩んでいることを。
 そして、いつか出会うことも─

「はい、今回の報酬」
「んん、ありがとさん」
 かなりの金額。
サード・フェズクラインの名前は、傭兵界ではもう伝説に等しい存在だ。
「他に、なんか仕事のクチない?」
「あぁ、ちょっとまっててくれ」
 と、傭兵ギルドのオーナーは、奥に引っ込む。
その間に、サードは金の勘定をする。
 と、その時、後ろから男が近寄ってきた。
「あの・・・」
「うん?」
「サイン、くれませんか?」
 いかにも、駆け出し風の傭兵。
薄い皮のアーマーに、ちょっと立派なロングソードを持った、少年と呼ぶにふさわしい顔の男。
「サイン、ねぇ・・・」
 少し苦笑いをするサード。
正直、サインなど初めてのことだ。
「悪いけど、遠慮しとく」
「そう・・・ですか・・・」
「サード、あったよ」
 と、オーナーが戻ってきた。
手には、一枚の紙が握られている。
「ありがとさん」
紙を受け取ると同時に、サードは、少年を止めた。
「なんですか?」
「サインのかわり」
「えっ?」
「今から、仕事」
と、有無を言わさずサードは少年を引っ張っていった。
「あっ、あの・・・」
 戸惑う少年。
サードは前を向いたまま、こたえる。
「一回だけ。一緒に仕事だ」
「はっ・・・はい!!」
感極まったように、少年は左手を握りしめる。
─オレも、変わったな─
 人と関わることを恐れていた。
また、失うことが怖かったから。
 けど、彼女たちに出会って。
自分は、また変わった。
 人と出会う度に、自分は変わる。
だったら一度、自分も誰かを変えてみたい。
「オレは、やるぞ」
 こうやっていけば、いずれ、自分の息子にも会えるのだろうか?
会わなければならない。
 けど、寄り道をすることは許されない。
いつか、自分の道の上に、息子がいることを信じて。
 そして、いつか、また彼らと出会うコトを信じて。

        ─いつか、きっと─

          〜fin〜


 2000年2月14日(月)22時10分〜2000年2月29日(火)20時54分投稿の、誠さんの小説「闇を知る者」(151〜157)です。これで完結です。

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