闇を知る者(111〜120)

(111)〜準々決勝開始〜

「ふぅ・・・」
 正直、かなりの疲労がたまっている。
次の試合─リスチャーとの試合まで、あと二十分とせまっている。
 その前の三試合は、全て、一分以内に終わらせてきた。
幸い、アルフレッドを倒した、ということもあり、相手が最初からビビってくれたおかげでもある。
 だが、それでも決勝まで残った強者たち。
正直、息の抜くヒマなどなかったのだ。
「問題は、次だよなぁ・・・」
 流浪の戦士、リスチャー。
誰に属することもなく、仲間をつくるでもなく。ただ、一人旅を続けている男。
 垂直に、なんの支えもナシに立てた棒を、地面と水平に斬り、切れ目だけを入れたというのは、あまりにも有名。
曲芸、とあなどってはいけない。
 それほどの集中力と、それをさせる剣の腕。
しかも、同じ刀が得物で、相手は魔法鉱石の刀。
 魔法鉱石、と何度も言っているが、まぁ、現代でいうプラスチックのような物。
それが、もっと強度が強くなった物と考えてもらえればいい。
 実用性は十分。
さらに、稽古用の武器として、かなり手軽な物であり、事実、それの専門店もある。
 サードも、そこに立ち寄ったものの、流石に刀はなかったので、木刀で諦めたのだった。
それを、相手が持っている。
─それに、相手がなにを得手とするかもわからないし─
 リスチャーの闘いは見た。
だが、彼の本気を見ることはなかった。
 まさに、一瞬。
相手が、先手必勝とばかりに繰り出した武器を、半身をずらし、避け、後の先を取る。
 これが得手、と、とれば十分だが、いかにも裏がありそうな雰囲気。
─それに比べて、おれは・・・─
 もう、自分の技の、二つを使っている。
龍首断と千人殺。
 その試合を、リスチャーに見られている。
確実に、こちらの不利である。
「サード・フェズクライン選手、そろそろ準備を」
 遠慮がちに聞こえる声。
─まっ、あるようになれ、だ─
 技は、あれだけではないし、それに、戦っていれば、そのうち何か見えてくるだろう。
結局、それしか自分にはないのだから。
「は〜い」
だるそうにそう答え、おれは控え室を後にした。

「さぁ、次の試合は・・・」
 司会のアナウンスが会場に響いた。
そうそう、決勝ブロックでは、闘技場の全部を使って行われる。
 と、いっても、五十もの試合会場ができるこの闘技場だ、全部が全部を使うわけではない。
その中央部分が試合会場となり(予選の時より十倍は広いいや、予選の時は狭すぎたのだが)あまりの部分は、観客席として使われる、いわば最上級の席となるのだ。
「おっと、これは注目のカード。騎士界期待の星、アルフレッド選手を倒したサード・フェズクライン選手と、流浪の戦士、リスチャー・クレフ選手の闘いだ」
 途端、わき上がる歓声。
それは、選手の入場の時、最高潮に達した。
「それでは、準々決勝第二試合、サード選手とリスチャー選手の試合、開始は五分後です!!」
 そう言うと、アナウンスは黙り、観客も沈黙を保った。
闘技場の中央の二人に、注目が集まる。
 リスチャー・クレフ。
年齢は、だいたい三十くらい。
 クールを決め込んだような顔に、黒い髪、黒い目。
その髪を、後ろの方で一束に結ってある。
 右手に鞘に納められた刀、つまり左利きなのである。
服装は、白い羽織と、黒のズボン。
 サムライと呼ばれる人種に酷似している。
審判が、中央に歩み寄った。
 そして、両手をあげ、両者を見て、その両手を下ろした。
「はじめ!!」
の合図と同時に。


(112)〜バケモノとの対決〜

 勝負で肝心なのは、先手、先手をうって、敵に反撃させないこと。
しかし、リスチャーは後の先(相手に先手を討たせて、それを寸前で見切り、逆に攻撃を仕掛けること)をうてる。
 そのことを考えると、最初は動かない方がいい、そう思った。
それが上策だった、ただし、リスチャーが仕掛けないのであったら。
「なっ!!?」
 はじめの合図と共に、リスチャーが動いた。
剣も抜かないまま。
「ちっ!」
 意外な動きに戸惑いながらも、サードは後ろに退いた。
だが、リスチャーがそこから加速する。
─居合いだ!!─
 刀を抜かないこと、それから、左手が柄にかかっていること。
それから、居合いが来ることを読んだ。
「チエェェッ!!!」
 そのとおり、刀を抜刀、そのまま斬りつけてくる。
バサッ
 斬れた、ただし、前髪三本だけが。
魔法鉱石で造られたといえども、流石に刃はない。
 それで、この切れ味だ。
─ここッ!!─
 後ろ足で、急激に減速。
その反動を利用し、前に出る。
「らぁッ!!」
 木刀で、相手の喉を突こうと思った、が。
─なにか、くる─
 背中に寒気が走り、全身から警報が鳴り響いた。
続けて、視界に急激に入ってきた「なにか」を、木刀で止める。
「ほう・・・」
感心したように呟くと、リスチャーはひいた。
「まさか、二の斬りまで見切られるとは思ってもいなかった」
 あの瞬間、二撃目が、きた。
鞘ではない、刀本体が、だ。
─バケモノか?こいつ・・・─
 それが正直な感想だった。
一撃目、髪を切った瞬間、刀を鞘に戻した。
 尋常ではない速さで鞘に戻し、そこからまた、斬ってきた。
─これが、後の先を可能にする剣速、か─
「なかなか、見所があるのぉ、お主」
「お褒めいただいて光栄だね」
 などといいながらも、一歩一歩、近づいてくる。
自然と、なんのためらいもナシに。
─後の先をうたれたら終わりだ。かといって、待っていてもいつかはヤラれる─
 必死に思考をめぐるサード。
打つ手はないに等しい。
「では、これも、とめられるかな?」
 そう言って、動いた。
止まったところから、一気に二、三歩で加速する。
 今度は、刀を抜いたまま。
─一か八か─
 少しかがみ、相手の懐に入る。
それを読んでいたのか、体を自分の横に送り、それを避けた。
「ぅりゃっ!!」
 背中を反りすれ違いざまの攻撃を避ける。
と、同時に、木刀を振り上げた。
「あまい!!」
 それを鞘で打ち落とされる。
─読めるのは、ここまでだぜ!!─
 木刀が地面に落ちる。
振り下ろされる刀。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 体をリスチャーの方向へ転がす。
その時、木刀を手にして。
「なっ!!?」
 意外な避け方に、とまどいを隠せないリスチャー。
しゃがんだ状態のまま、いっきに体をバネに変えた。
「龍・首・断!!!」
木刀が、相手の首に近づくと同時に、残りの言葉を付け加える。
「翔!!!」


(113)〜負けたこと〜

「ったく、普通じゃないぜ・・・」
 龍首断・翔を放ち、たしかにとらえた、と思った瞬間。
振り下ろしたハズの刀が、いきなり跳ね上がり、胴体に直撃。
 かわりに、顔面に入れたが、威力は半減した。
もし、普通に入っていれば、完全にオレの勝ちだったのだが・・・・・・。
「驚いたな。まさか、あんな攻撃をくらうとは、思ってもみなかったよ」
口から滴り落ちる血を抑えながら、リスチャーが呟く。
「貴様を、少し、あまくみていたな」
もう油断はしない、そう言ったつもりだろう。
「避けれる間合いじゃない。しかし、それだからって、相打ちにもちこむたぁ・・・」
 たぶん、肋骨にヒビの一本ほど入ったらしい。
その証拠に、木刀を構えなおしたとき、激痛が体中を駆けめぐった。
「じゃっ、続き、やるか」
「望むところよ」
 とは言ったものの、打つ手がない。
さっきみたいな奇襲は、もうできないだろうし、攻めれば後の先をうたれ、守っても、いつかは崩される。
─なんか、なんか手はないか─
と、頭を悩ませてるとき、リスチャーが動いた。
─人が考えてるときに!!─
 右に半歩、フェイントをかけ、左に動くリスチャー。
点の動きで、その方向に体を動かす。
 そして、大きく上に振りかぶった。
─普通に唐竹割?いや、裏がある─
ギリギリのところでそれを見切り、次の一手を待つ。
─しかけて、こない?─
青眼にかまえたまま、こちらにせまってくる、が、刀を振る動きはない。
─それじゃあ、こっちから・・・!!─
動こう、と思った瞬間、リスチャーが突然、消えた。
─左だ!!─
 瞬時に読みとり、そちらに向きを変える。
が、いない。
─・・・・・・後ろ!!!─
 背中を殺気が刺した。
百八十度回転し、そちらを見た、が。
─いない・・・─
「終わりだ」
 声が聞こえた。
予想だにしなかった。
 相手が、最初の位置にいたなんて。
「はぁっ!!!」
リスチャーの横薙が、ヒビの入った肋骨に直撃した。

─立て!!倒れるな!!!─
 声が聞こえた。
ただ、その声が、ひどく懐かしい響きだった。
 そして、それが。
今、オレのすべきことでもあった。
「なっ・・・」
 リスチャーが、信じられないといった顔をした。
自分でも信じられない。
 さっきので確実に、肋骨が折れた。
気を失いかけ、それでも立っている。
「これ以上やる気か?」
リスチャーは、すでに、刀を収めている。
「あぁ・・・」
 腕をだらりと下げたまま、言う。
そして、あるコトを、この時はじめた。
「肋骨が折れたのだろう?だったら・・・」
「まだ、負けてはいない」
「続ければ負けるぞ・・・」
「負けないよ」
 思い出した。
いや、実を言うと使いたくはなかった。
 これを使えば、まだ、あいつに頼ってることになる。
しかし、使わなければ・・・・・・。
 誓いを果たす、遠回りになる。
それに、もう、助けられたのだから。
 ゼフ・ラグランジュの声に。
「あんた、負けたこと、あるか?」
 いきなりの質問だが、リスチャーは慌てない。
この時、左手に刀を持ち替え、さらに逆手に取る。
「無論、無敗だ」
「オレは、ある」
 そう、負けたことがある。
オレを負かしたヤツら。
「誰にか、聞きたいか?」
 なにもこたえないリスチャー。
なにを言ってるのだ?という顔だ。
 そして、かまえる。
あの、独特のかまえを。
「世界一のヤツと、世界一になるはずだった男だ」
 その瞬間、オレは走った。
飛び足という名の、技を使って。


(114)〜悔しい勝利〜

 いっきに詰まる間合い。
瞬時に刀を構えるリスチャー。
 逆手のまま、振り下げられる木刀。
重なる二つの刀。
 そして、握られた右拳。
「ラァッ!!!」
 その右拳が、リスチャーの顔をゆがめる。
そのまま、だいたい五メートルほどのところで、止まった。
「ハァッ・・・ハァ・・・ハァッ・・・・・・」
 息を整えた後、リスチャーの方を振り返る。
口から血を滴り落としながら、それでも立っているリスチャー。
 その血を拭い、こう呟いた。
「審判、終わりだ」
「えっ!?」
 その声があまりにも小さかったため、最初は聞き取れなかった審判。
すると、リスチャーが、もう一度口を開く。
「オレの負けだと言ったんだ」
「やっ、やめッ!!それまで!!!!」
 とたん、会場に起こるどよめき。
「なんでやめるんだ?」「立ってるじゃないか・・・」という声がちらほら聞こえる。
「負けたよ」
「まだ、続けられるように見えるんですけど」
 さすがに、サードも呆然としている。
一撃目、逆手の木刀を止められた時、自分の拳が動いたこと事態、奇跡に近いと思っているのが、本人だから。
「さっきの技、あれをどうやったらかわせるか、考えてみた」
つば混じりの血を、地面にとばすリスチャー。
「どう考えても、かわせない。だから、負けたと言ったんだ」
「だったら、覚えておいてください」
すれ違いざまに、言う。
「あなたに勝ったのは、サード・フェズクラインじゃなく、ゼフ・ラグランジュだってことを」
「あぁ・・・」
そして、二人は会場をを去った。

「ちくしょー」
 控え室に入ったサードの第一声が、これだった。
そのまま、ベンチに仰向けに眠る。
「まだ、半人前か・・・」
 自分では、リスチャーに勝てなかった悔しさ。
そして、ゼフの技、飛び足に頼るしかなかった、自分の非力さ。
「遠いな、誓いには・・・」
 これでも、かなり近づいた、と本人は思っていたのだ。
事実、ゼフと会っていた頃の自分よりは、強くなっている。
 飛び足を使っても、全身筋肉痛という、最悪のことにもならない。
それでも、まだ、自分は弱いのだ。
─遠いな、誓いには・・・─
 そう、心の中でもう一度呟いたとき、ノックの音がした。
「どうぞ・・・」
立ち上がりもせず、応対する。
「じゃ、遠慮なく」
 見なくてもわかる。
レイの声だ。
「どうした?」
「オレの試合、もう終わったから、遊びに来た」
「そうか・・・」
これで、準決勝進出。
「おまえは、楽勝だったか」
「そうでもない」
─ウソつけ─
 心の中でそう思った。
まったく息切れしていないから。
「まっ、あんたよりは楽だったけど」
「そうか・・・」
皮肉にしか聞こえなかった。
「それより、試合、見に行こうぜ」
「そうだな・・・」
 抵抗する気がまったくおこらない。
それほど、精神的に追いつめられていたのだ。

「なっ、なんだ・・・」
選手用観客席に入ったとき、歓声がおこった。
「なんの騒ぎだよ・・・」
耳を押さえながら、闘技場を見る。
「あれ、サイルか」
 ちょうど、サイルがやっているのか・・・。
相手は・・・と。
「武器、なんだ?見えないな・・・」
 そう、サイルの武器はショートソードの二刀流。
でも、相手の武器は、見えない。
「素手、か?」
 レイが呟く。
それ以外、考えられない。
「なっ!!?」
そう思った次の瞬間、サイルが倒れた。
「い、いま、なんかやったか!?」
 全然見えなかった。
そして、ガックリと肩を落とし、こちらに歩いてくるサイル。
「サイル!!!」
「あぁ、サード・・・」
見ると、顔に、青いアザが二つばかり見えていた。
「あいつは、バケモノだ・・・」
「おい、サイル!!?」
引き留めようとしたが、止められなかった。
「名前、なんていうんだ?」
その質問にこたえたのは、アナウンサーだった。
「勝者!!ラーガ・メリアムス!!!!」


闇を知る者(115)〜悩める戦士〜

「強かったわよ、たしかに」
 闘技場から帰り道で、ミネルバが言った。
サードとレイの問い「ラーガ・メリアムスは強かったか?」にたいして。
「相手のサイルって人も、準々決勝まで進だけあって、強かったけど・・・。その、舞みたいな剣技を、全部さけながら、顔とか、おなかとか、いろんなところにパンチいれてた」
「拳だけで・・・・・・」
 いつかも述べたように、この時代、拳法は栄えてなかった。
それだけに、どんな達人も、拳法家とは戦わないのだ。
「まっ、やってみなきゃ、わからないからな」
次、そのラーガと戦うレイが呟く。
「とやかく考えても、しょうがない。勝負は臨機応変、事前に打ち合わせるのは、戦だけで十分だって」
 ケルンが言った。
そういえば、ゼフも同じ様なことを言っていた、と、サードは思い出す。
「明日は、お互い強敵だからな、頑張っていこうぜ」
「あぁ・・・」
短くこたえたサードは、そのまま旅団の止まっている宿屋に足を向けた。

「旦那、元気なかったねぇ〜」
「ったく、勝ったのに、どうしたものやら」
その後ろ姿を見ながら、レイとケルンは呟く。
「でも、すごかったね、最後の。消えた、って思ったら、いつの間にかリスチャーをすっとばしてるもん」
ミネルバ一人、楽観的である。
「姉貴さぁ〜、そういういきなり話題変えるの、やめてくんない?」
義弟であるレイが抗議する。
「いいじゃない、別に」
「よくねぇよ・・・」
「口うるさい弟ね」
「悪かったな」
「はいはい、そのへんでやめなさいって」
 それをケルンが止める。
たいがいの口げんかは、レイが油をまき、ミネルバが火をつけ、そしてケルンが消化する、こういうパターンが多かった。
「って、あれ・・・」
「ん?どした?」

「元気がないな」
クリスの一言。
「うるせぇ・・・」
サードの声。
「そんなに、飛び足を使ったのが悔しいか?」
 いきなり、核心をつかれるサード。
実際、そのことで、試合が終わってからずっと、悩んでいるのだ。
「ここで立ち話もなんだ。中、入ろうか」
親指をたて、クリスが先に入った。

「あの人、だれ?」
「ん?たしか、なんとか・メグリアーザって言ってた」
「へぇ、同姓じゃん」
その時、ケルンとはまったく別の反応を、ミネルバが示す。
「ねぇ、ファーストネームは!!」
「違ったよ。気が抜けたから、下しか覚えてない」
 この会話は、二人だけに通じる会話。
事情を知らないケルンは、ただ、聞くしかなかった。
「で、あの二人の関係は?」
「さぁ、恋人じゃない、っては言ってたけど。怪しいとこだね」
 その時、ミネルバの心の中で、少しの変化があった。
ちょうど、裁縫をしているとき、不意に指を刺した、そんな感じ。
「そろそろかえっか」
レイが一人歩き出す。
「ミネルバ、行こう」
「うん・・・」
ケルンは、ミネルバの手を引きながら歩いていった。

「そういじけるな」
「うるせぇ」
 何を言ってもこれだ。
いい加減、クリスも呆れてきた。
「子供じゃあるまいし、いつまでもグジグジと・・・」
「神獣に大人も子供も関係ない・・・」
事実である。
「そうまで言うなら、私、怒ってもいいぞ」
「・・・・・・それだけはやめてくれ」
 ついに、サードが折れた。
この、世界最強の女が、本気でキれたら、帝都が崩壊する。
「おまえが未熟なんて、誰だって知ってるさ。だから・・・」
「飛び足を使っても仕方ない、か」
「そういうこと・・・」
「それじゃあ、いけねぇんだよ。あいつを本当に越えるタメには、あいつの飛び足を使っていたら・・・・・・」
「じゃあ、その刀、返してもらおう」
クリスが手をさしだす。
「その刀は、あいつが、そのゼフにやった刀だ。そんなコトを言うんだったら、返してもらう」
あいつ、とは、セイン・アランのこと。
「オレにとっては、これがゼフの形見だ。返すわけにはいかねぇ」
 考えてみれば、どちらも筋の通る話である。
だから尚更、二人が困る。
「だったら、こうすればいい。今度から、飛び足を使わない。いいか・・・」
「過去のことでグジグジ悩むな。どのくらい、先が長いと思ってる、だろ?」
「わかてるなら、よろしい」
しばらく流れる沈黙。
「とりあえず、明日までは、忘れる」
 そう言って、サードは部屋を後にした。
第一回ガイゼルン武術大会最終日は、明日。


(116)〜今度は〜

「準決勝第一試合、選手の入場です!!!」
 アナウンスの声が、こころなしか緊張している。
それもそのハズ、今日の三試合、それで、ガイゼルン一の戦士がわかるのだから」
「ずいぶんと立派になったねぇ、あんたの弟」
「あなたの仲間もでしょ?」
 観客席に座っている二人の会話だ。
ミネルバ・アランとセルフィーユ・ケルンの会話。
「でも、あのサード君も、強いわねぇ・・・」
「そうねぇ・・・」
 曖昧に相づちを打つ。
この二人の言うところ、おそらく決勝はサードとレイ、この二人だろうと言う予想であった。
「はじまるわよ」
「うん・・・」
 ケルンがぐっと身を乗り出す。
だが、ミネルバの心中は、別の所を見ていた。

「ついに、きたか・・・」
 木刀を片手に、サードは歩き出す。
昨日、リスチャーから折られた肋骨は、もう完治している。
 サードが治したのではなく、治したのは宮廷魔術師。
原則として、こういう怪我は、次の試合までには治しておくことになっているのだ。
「がんばってきなよ」
 後ろからレイが声をかける。
もう、次の試合の準備をしているのだ。
「約束、覚えているよな」
「オレはウソをつかねぇよ」
 どちらの台詞かはご想像にまかせよう。
とにかく、準決勝、開始。

 相手のアレイス、得物は槍。
ただ、普通の槍よりは少し短めで、それでいて、手槍よりは少し長い。
 微妙な長さだが、老練の兵、アレイスにはこれが丁度いいらしい。
この老兵、数々の伝説をもちあわせている。
 中でも、敗走していた軍で、ただ一人で殿(しんがり)をつとめ、見事生還したのはあまりにも有名である。
槍一本で生きてきたこの男。
 かなり、強い。
─今度は、飛び足ナシで、勝つ─
 その強い思いを胸に。
サード・フェズクライン、行く。


(117)〜激戦〜

「はじめ!!」
 水を打ったような静けさが広がる。
そして、全員が注目する中央の二人は、じっと構えたまま。
 サードは片手上段。
アレイスは槍を右手を上にした構え。
 両者、共に動かない。
そして、最初に動いたのは、口。
 最初に開いたのは、アレイス。
「さて、若僧。これから儂とやるのじゃが、どうじゃ?」
「どう、ってのは?」
「勝てるか、と聞いておるのじゃ」
「勝てる、って言ったら?」
「この儂が説教してやるは」
「じじいの説教は嫌いなんだよ」
「じゃあ、なおさらやりたくなったわい」
「ヤなじじいだ」
「孫からも言われておる」
「そんなもんだろ」
 自然と、笑いがこみ上げてくる。
サードは冷えた笑い、アレイスは、老人特有の福のある笑い。
「さて、さっきの質問じゃが」
「なんだったっけ?」
「勝てるか、どうかじゃ」
「で、負けるって言ったら?」
「儂は気の長い方じゃないぞ」
 途端、剣幕がかわる。
─おっかねぇなぁ。自分からふっかけといて─
「勝てるよ、いや、勝つ」
「だったら、説教じゃ」
 とたん、アレイスが走った。
とても、老兵とは思えない動き。
「せいやぁっ!!」
 突きがサードの衣服を散らす。
─あっぶねぇ─
 ヒヤッとしながらも、慌てず懐に入る。
こうなると、長い槍はただの邪魔者だ。
「もらった!!」
「まだまだあまいのぉ」
瞬時に、打ち込む。
『ぐぅっ!!』
 途端、両者の苦痛が重なった。
サードの木刀はアレイスの肩に、アレイスの石突きがサードの腹に。
「さすがに若いのぉ。退くことを知らん」
「見えなかっただけだよ」
 まさか、ああこられるとは思ってもいなかった。
突きを出すと同時に、槍を反転させ、まるで石突きのほうを槍先であるかのように構えたのだ。
 これが、もし、と思うと、ぞっとする。
─しっかし、迂闊に懐には入れないな─
 さっきのは、ただ腹に入っただけ。
これが、みぞおちにでも入れば、一発KOだ。
「さて、若いの。老兵は疲れた。今のうちに攻めんか」
 といって、槍を片手で持ったまま、両手をあげる。
おもいっっっっっきり誘っているのだ。
─どっしよっかなぁ〜あ─
そして、そのまま歩み寄ってくるのだから恐ろしい。
─しゃーない─
あくまで、攻撃する態勢は捨てないのだ。
「乗ってやるよ!!」
 あくまで、そちらにのせられた、ということにしておくのだ。
こちらにも策はできていたのだから。
 低い体勢で、入っていく。
「若いのぉ」
槍を片手で器用にふりまわす。
「せやっ!!」
 両手で突きを入れる。
だが、それを槍でかわされる。
「これはこちらの専売特許じゃ」
「刀はいろいろ使える便利なもんだから、関係ない」
 こういう瞬時に、会話を交わす二人が恐ろしい。
そして、それよりも短い時間で、また石突きが襲ってくる。
「らぁっ!!」
 それを、蹴りで受け止める。
と、なると、両手で突き、そして、片足をあげたかっこうだ。
 なんとも滑稽なかっこうである。
「まだまだ青い!!」
「老いてボケたか!!」
 アレイスは、槍を縦にさせ、下にいるサードをつくように。
サードはさらに地面に転がり、アレイスの懐に。
「龍・首・断!!!」
 リスチャー戦に使った技。
そして、残りの言葉が付け加えられる、ハズが。
「翔!!だったかな?」
「か・・・あ・・・」
 リスチャーの槍が、背中を射抜いた。
が、それは本物の槍の場合。
 魔法鉱石で造られた槍は、肉を貫くことはできない。
それでも、ダメージは多大だ。
「くっ!!」
そのまま、間合いを取る。
「まだまだ青い。一度見せた技を、再び使うなど」
「へっ、そうだな、見られてんだよな」
 油断していた。
はじめて戦う相手、として戦っていたからだ。
 自分の責任だ。
「さて、次は、リスチャーを沈めた技、かな?」
「それは使わないよ」
「破られることを恐れてか」
「勝ちを持ってかれることを恐れて、だよ」
「同じじゃ」
「いんや、違う」
 だったら、どの手をうつ?
と、自分に問いかけたが、こたえは簡単だった。
 後一つ、ある。
「覚悟しろよ、アレイスのじいさんよ」
 そして、サードは構える。
右手を上に、左手を剣先に添えた、独特の構えを。


(118)〜余計なお世話〜

「ほう、変わった構えじゃな」
「余計なお世話だ」
 ベッと舌を出し、あくまで余裕に見せる。
だが、内心、どうやってこの鉄壁の守りを崩すか、思案している。
─地断閃は一撃必殺。外すことは許されない─
 一撃目をかわして懐に入っても、また石突きでかわされる。
かといって、このまま攻めないわけにもいかない。
─この構えからいって、上から下に振り下ろすってことは、おもいっきりばれてるし─
 本来は、居合い勢いと、上から下に、重力に逆らわず振り下ろすという、二重の効果があって、その威力が発揮される。
ただ、居合いという重大な要素が抜けているのが難点だ。
─どうする・・・どうしたら・・・─
「なぁ〜に、ボーっと突っ立んだよ」
 いきなり罵声が浴びせられる。
しかも、本来ならいないセコンド席から。
「クリス!!?」
「とっととケリつけろ」
「無理言うなよ」
あくまでも目線はアレイスに向けている。
「無理じゃないさ」
「アドバイスしてくれるのか?」
「甘ったれるな!!」
言うと思った。
「たしかに相手は一流の槍使いだ」
「そうだよ」
「だけど、それ以上の槍使いと、おまえは戦っただろ?」
 沈黙した。
しばらく考えて、微笑んだ。
「そうだったな」
「安心したろ?」
「余計なお世話だったよ」
 自分、と言っているのだろう。
あの時、自分は半人前で、完膚なまでに叩きのめされた。
─槍一本で、叩き伏せられたんだよな─
「セコンドと変わった方が、勝てるようじゃの」
「あぁ、そうみたいだけど・・・。オレでも勝てるみたいだ」
「大した自信じゃな」
「確信だよ」
そういって、もう少し低く、構えなおした。
「いくぜ・・・」
「こい!!」
 途端、疾った。
まっすぐ突っ込む。
 そして、槍が繰り出された。
─あまいぜ!─
瞬時の二段突きだが、それをかわす。
─あいつは三段突きだった─
 思い出す。
あの時も、玉砕覚悟で地断閃で向かったんだった。
「はいやッ!!」
石突きが、みぞおちを狙ってくる。
「あまい!!」
 それを、右肘でたたき落とす。
もう、肘が降りているため、後は振り下ろすだけ、だが。
 あえて、降ろさない。
「ちやぁっ!!」
跳ね上がるように、まったく見えないところから槍の先が襲ってくる。
─そう、あの時もこうだった─
 まったく同じパターン。
ただ、違うこと。
 それをかわし、そして、技がきまったことだ。
「地・断・閃!!!!」


(119)〜準決勝第二試合〜

「勝負あり、かな?」
槍を地面に落とし、肩を押さえ込んでいるアレイスを見据えたまま、審判に言う。
「そっ、それまで!!」
審判の弾けるような声。
「やられた、の」
鎖骨をおもいっきりヤっているらしく、左腕を下げたまま、喋る。
「勝てると思っていたのだが・・・」
「勝てたぜ、ただし、あそこにいる奴とオレが戦ってなかったら、な?」
「バケモノらしいな」
「オレの中の七不思議の一つ。なんであいつはあんなに強いのか、だよ」
親指でクリスを指しながら言う。
「ほぉ〜、殺されたいのか?」
 氷としか思えないような殺気が、背中をさす。
おもわず、アレイスの後ろにまわったくらいだ。
「さっさと退場しろ。次の試合がはじまるだろ」
 とっととサードを引っ張っていくクリス。
その後ろに、アレイスが続く。
「さて、決勝の相手は、誰かの?」
「さぁ、それは・・・」
クリスの手をほどき、
「あの二人に聞いてくれ」

「準決勝第二試合、レイ・メグリアーザ選手と、ラーガ・メリアムス選手、前へ」
審判のかけごえが響く。
「よいせっと・・・」
 選手専用の席に腰掛け、中央の二人を見る。
アレイスは、鎖骨の骨折をなおしに、魔導師室に行った。
「あの緑の髪の男、おまえのツレだったよな」
「まぁ、ね」
ツレというか、なんと言うか・・・。
「武器は双剣、まぁ、けっこうな腕だ」
「オレとどっちが強い?」
「やって勝った方だ」
「・・・・・・あぁ、わあった」
 あきれてものが言えない。
まあ、昔、ショウ相手にさんざんからかわれていたと知っているから、だいたいわかる。
「で、相手の男。おまえはどう見る?」
 相手、つまり、ラーガのことだ。
素手で、ここまで勝ち上がってきたこの男。
 どうも、よめない。
「あいにく、試合を見てないんでね。教えてくれよ」
「私はそこまでいい人じゃない」
 極悪人だったな、おまえは。
そう思ったとき、審判のかけ声があがる。
「はじめ!!」

 二人が、動いた。
まったく同時に、ほとんど同じスピードで。
「らぁっ!!」
 大きく振りかぶり、おもいっきり唐竹割に斬りつける。
それを、右腕でとめるラーガ。
「くっ!!」
 同時に、もう一つの剣が、下から襲ってくる。
それを、左腕で止めるラーガ。
「うまいな、両手を封じた」
このまま、たたみかけられる。
「と、思うなよ」
クリスが中央を見ながら、言った。
「見ろ」
クリスの方を一瞬見たため、なぜレイが退いたのかわからなかった。
「ちぃっ!!」
 そう叫ぶと、今度は足払い。
それを跳んでかわす、と、同時に、蹴りが・・・!!?
「どうやったら跳んでから蹴りが出せるんだよ!!!」
立ち上がり、叫ぶサード。
「できるからだ」
 あくまで冷静なクリス。
もしかして、これだけじゃない、ってことか?
「えっ!!?」
 それをなんとか腕で防いだレイ。
そこへ、また、蹴りがきた。
 立った状態から、立っているレイに、頭へ。
「どうやったら、頭に蹴りが届くんだよ・・・」
呆然と呟き、ただ椅子に腰掛けるしかない。
「ウチの船員にも、あれほどの拳法家かはいなかったな・・・」
ただ、クリスも呟いた。


(120)〜闘いの行方〜

「おいおい、器用な足だな」
「お褒めいただき光栄です」
─スカしてやがる─
 だが、強い。
セインは、双剣を地面と水平にかまえる。
─ちょっと、様子見といくか─
「来いよ」
「お誘いの所、すみませんが、あいにく男の方のお誘いはうけないんです」
─かわされたッ!!─
「でも、せっかくですから」
 言い終わらないウチに間合いをつめてくる。
気を逸らされた。
「せやっ!!」
 前蹴り、かなり、速い。
─けど、かわせる!!─
 鼻先を足の先がかすめた。
─隙だらけだ!!─
 双剣を繰り出す。
が、それを途中で止め、来るべき何かを、止めた。
「すごいなぁ、これをかわすなんて」
 前蹴り、をれを高々とあげた後、そのままカカトから振り下ろす。
─おっそろしぃっ─
 あわてて間合いをとる。
けど、そのままつしてくるラーガ。
「いやぁっ!!!」
拳が横からせまってくる。
「くっ!!」
 それを、紙一重でかわす。
─どーせ─
 大きく振りかぶられる手。
そのまま、ヒジがかえってきた。
─やっぱり─
 それを、余裕を持ってかわす。
ある程度よんでいれば、これくらいはできる。
「ならっ!!」
 右から蹴りが、きた。
それを、腕で受ける、と、同時に。
「なっ!!?」
 左から、蹴りがきた。
─本当に、器用な足だな─
「よっ!!」
 それに怯むことなく、剣をくりだす、が。
それを寸前で止め、後ろに退く。
 今度は、フェイントの効果もあって、相手は追ってこない。
「なんとなぁ〜く、わかってきた」
 誰に言うでもなく、呟く。
あいつの攻撃は、一撃目はさそいで、二撃目が、本命。
 しかも、まったく予想ができない。
あの様子だ、別のパターンもあるだろう。
「考えてる途中、すみません」
遠くからラーガが声をかけてくる。
「はやく、終わらせません?」
「あぁ、そうだな」
 だったら、あれでいくか。
そう、決断する。

「不利だな」
「は?」
 いきなりクリスが呟く。
いったい、なんの話だ?
「なんだよ」
「あの、レイ、だったか?」
「あぁ」
「あいつが、だ」
「どこがどう」
「おまえ、武器をあつかうコトに、どういう利点があると思う?」
「そりゃあ、その攻撃力」
「そう、特に、刃物類はな」
「あぁ」
「それが、斬れない刃物なら、圧倒的に不利だよな」
「・・・そうか」
 初めて気がついた。
普通、剣などは、斬れることを前提として、戦っている。
 鎧などをしていても、自分の腕に自信があれば、それごと斬ることも可能だ。
が、どうあがいても斬れない剣。
 それを、手で止められることもできる。
「さらに」
クリスが続ける。
「相手は拳法家。つまり、素手で人が殺せるんだ。なんら支障もない」
「それって、つまり・・・」
「見ろ、決着が、つく」


 1999年11月27日(土)12時02分〜1999年12月19日(日)18時44分投稿の、誠さんの小説「闇を知る者」(111〜120)です。

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