うたかたの風(4)

<三十一>─ドーマの休日・4─

「ただいまぁ〜」
「トラップ!?」
「って、マリーナ。なにやってんだ?おまえ・・・」
「なんでトラップ、帰ってきてるの?」
「いや、話せば長くなる、が・・・」
 どこからどう話せばいいのだろう?
とりあえず、順を追って話そうとしたトラップ。
「の、前に飯だ。腹減った」
「・・・ゴメン、トラップ。今、ご飯ないの」
「あぁ!?ねぇの?」
「トラップ、帰って来るって言ってなかったじゃん」
「そう・・・だったけか?」
 そういえば、クレイの方にはグランが行ったが、自分の方には行け、と言っていなかったな。
と、思い出すトラップ。
「んじゃ、しゃあねぇ。とりあえず・・・」
「マリーナさん!」
「・・・誰だ!?」
「ちょっと待ってて!!」
 思わず大声を出すマリーナ。
さっき、別の人物に疑問を持ったトラップ。
 その矛先は、マリーナに向けられた。
「わかりました!」
 タイミングの悪いことに、返答が返ってくる。
─返事しないでいいのに─
 礼儀正しいのが裏目に出ている。
「誰だ?」
「新入りの人」
「へぇ・・・聞いてねぇな」
「だって、今までキスキンにいたじゃん」
「そうだったな」
 納得したトラップ。
もちろん、納得したら、次はこれだ。
「んじゃ、会ってみっか」
「えぇ!?」
「どうしたんだよ。将来の頭首が会うってのが礼儀だろ」
「そっ、それはそうだけど・・・」
 いかなマリーナといえども、圧倒的な不利な状況をひっくり返すことはできそうにもない。さらに、さっきの出来事が、トラップにいつも以上の疑い深さを追加させたのだから。
 もう、打つ手はない。
「どうしたんですか?」
 ひょっこり顔をのぞかせるのは─総司。
この瞬間、その場にいた全員が─固まった。
「あら、トラップ、帰ってきたの」
 このトラップの母親の言葉により。
再び、時が流れ始める。

 白い日光。
幼き日のオレたちには、そう見えた。
 雲一つない空の元。
オレたちの故郷に─血の雨が降った。

「ソード」
「あぁ、Aか」
「どうした?最近、眠ってばっかりだろう」
「あぁ、あまりにも退屈で、ね」
「嘘を言うな」
 安楽椅子の上に腰掛けているソード。
今まで、その上で眠っていたのだ。
「退屈なおまえが、どうしてオレたちの部屋に来ない」
「・・・やっぱ、おめぇは凄いわ」
溜息をつくソード。
「なにがだ?」
「いっつも、自分から動くことはない─まっ、その足じゃ仕方ねぇだろうけど─そのくせ、オレたちのコトはなんでも知ってるんだよな」
「・・・おまえにしても、そうだ」
今度は、Aが溜息をつく。
「いつもオレたちのところに来て。退屈しのぎとか言いながら、実はオレたちがどうしているのか、いつも気になってるんだろ?心配で」
「・・・やっぱおめぇの方が凄い」
「そうとも思わないがな」
軽く言い放つA。
「それはそうと・・・」
「なんだ?」
「タバコ、やめたのか?」
「・・・あぁ」
二人の間に流れる沈黙。
「ところでA」
「なんだ?」
「何しに来たんだ?」

「さ、て」
 その夜─
一人の男の、嘆息が聞こえてくる。
「アンダーソン邸・・・」
 ドーマの町内、その周辺が一手でわかる地図。
その一点─アンダーソン邸に、赤い印がつけられている。
「ここになければ・・・」
 続いて目を向けられたのは、別の地図─
広大なパントリア大陸の大部分を占める、ロンザ。
 その地図の上を。
赤いペンが彷徨っている。
「次は、ここだな」


<三十二>─ドーマの休日・5─

「あら、クレイ。夕飯は?」
「トラップのところ寄った後・・・食堂に寄るから」
「そう、じゃっ、いらないわね」
「ゴメンね、母さん」
「いいのよ、別に。いってらっしゃい」
 と、クレイのお母さんに見送られて、わたしたちは外へと出た。
昨日までとは違い、わたしたちの中にはグランがまじっている。
 道中、彼の話が聞けた。
彼の話によると─

 グランが報告した後、すぐにクレイのおじいさんは手紙を書いたそうだ。
宛先は現ロンザ国騎士団長、彼の息子、すなわちクレイのお父さんへ。
 わたしたちが来る前日、返事は返ってきた。
そこに書いてあったのは─
 クレイのお父さんが、ドーマに帰ってくる。
一個中隊を引き連れて─

「一個中隊って、どのくらい?」
「百人程度、ですよ」
「百人!?」
 思わず私は大声を上げた。
だって、天下のロンザ国騎士団の騎士が百人!?
 うわぁ〜。
なんか、事態の大きさって言うのかな?
 それが、感じ取れる。
「さらにロンザ国騎士団長自身が来るからねぇ。
これは、よっぽどの大事になりそうですね」
呑気なのはグラン。
「まぁ、我々に出来ることなど、対してないんじゃありませんか?」
 隣で笑ってるのはキットン。
ううう、そんなコト言わないでよ。
 わかりきってるけどさ。
「今の内に、話し合っておきましょうか?その時に、どう対処するか」
「全員、トラップの家に避難、ってのはできませんしね」
「どうして?」
「そんなこと、出来ない」
 真面目なクレイの声。
そうか・・・そうだもんね。
 おじいさんも、お父さんもいて。
クレイが逃げ出すわけにはいかない。
 でも・・・いつものクエストとは、今回は違う。
今回は、細かく言えば、襲撃事件。
 だけど、騎士団が派遣されるんだ。
これは─戦争なのかもしれない。
「けど、わかりませんね・・・」
ふと、キットンが呟いた。
「どうしたんですか?」
「いえ、ね。エベリンの宿屋で、わたしたちに忠告をしたあの人」
「スペードのJ─」
「この場合は、ソードとしましょう─彼は、なぜ我々に忠告したんでしょうか?」
「えっ?」
 どうして?とキットンを見下ろす。
一つ、咳払いをしてキットンは続けた。
「こういう事件の場合、第一に隠密に、なおかつ俊敏に物事を進めることが第一とされます。まず、基本である隠密性─今回のターゲットである、クレイにわざわざ彼は事件の予告をした。
この時点で、我々が報告に行くのは目に見えてます」
「後で邪魔する予定だった、とか?」
「それはないと思いますよ。あの後、別の見張りがたった様子もありませんでしたし─第一、グランにも、わたしたちにも、なにもちょっかいを出されていない」
「つまり、見逃した?」
「それも考えられます」
「なんのために?」
「それがわからないんですよ」
 溜息をつくキットン。
言われてみれば─そうだ。
 これを成功させたいのなら、一々言いに来ないだろう。
他にも謝罪と、宣戦布告もあったけど、あれは本命じゃないとおもう。
 まるで、その事件を止めて欲しいように─
「どうしたんですか?」
心配そうにわたしの顔をのぞき込むグラン。
「なんでもない」
私は、そう言ってルーミィの手を強く握った。

「どうせ行くんだろう?」
「どこにだよ」
「ドーマに」
「なんのコトだ?」
「隠しても無駄だ」
溜息をつくソード。
「おめぇに隠し事はできねぇな」
「黒やハートの10ほどではないだろ」
「おんなじくらいじゃねぇの?」
さらに溜息をつくソード。
「明日、隠密に行くつもりだったが、な」
「オレも連れて行け」
「・・・なんだって?」
思わず立ち上がるソード。
「おまえが、行くのか?」
「あぁ」
「どうせ着く頃には、おっぱじめてる最中か、終わった後だ」
 立ち上がったソード。
彼は、Aのまわりを歩き始めた。
「そして、おまえはそれを報告するんだろう?黒の代わりに」
「あいつは死なないだろう」
「あぁ、死なないだろうな。Qもランスも、アクスも。幹部級のヤツらに、万一のことはない。それはオレもわかっている」
「だったら、なんで・・・」
「おまえも見ているんだろう?」
 ピタリと、ソードの動きが止まった。
空中で、二人の目線がからみあう。
「夢を」
「おめぇも、か」
二人の間に、一つの緊張が走った。
「あれを見た後だ。ゆっくりとなどしていられない」
「・・・ったく、Kに叱られるぜ?」
「オレたちが行くことなど、先刻承知だろう」
「かもな」
 Aが、ドアへと近づく。
やはり、足が不自由らしい、不自然な歩き方。
「明日」
「乗り合い馬車のところで」
 その二人の間には。
それだけの言葉だけで十分だった。


<三十三>─暗雲・1─

「えっ!?」
「だから、今、トラップいないのよ」
「どうしてですか?」
「野暮用よ。で、あなたたちが来たら、ご飯食べてていいだって」
 トラップのお母さんは、エプロンを脱ぎながら言った。
夕食の準備が終わったのだろうか?
 トラップの家に着く頃には、もう西に夕日、東に星が見え始めた。
で、クレイが玄関から入ったんだけど・・・。
 上のような状態。
「まっ、大丈夫か」
 トラップだもんね。
今の事態で、面倒ゴトに巻き込まれるようなコトはないと思うけど。
 なんか、心配だなぁ。
「トラップが帰ってきたら、食堂にいるって言って下さい」
「わかったわ」
 クレイが退きはじめるので、わたしたちも家を出る。
歩き疲れたルーミィは、ノルにおんぶしてもらってるし、そのかわりか、わたしが手を取っているのは、ディメン。
 彼女は、相変わらず感情すらも示さない。
寒いとか、暑いとかも─
「んじゃ、食堂行くか」
「この前に行ったところ?」
「そっ」
「あそこデシか?」
「どこなんですか?」
 と、シロちゃんとキットンの声が重なった。
そういえば、シロちゃんは私たちについてきていたし、キットンはそのころ、エベリンにいたもんねぇ。
 それも、まだ半年も経っていないんだ・・・。
総司と別れて、もう一週間くらいしか経っていないのに。
 もう、一年以上あっていないみたいに─
「パステルさん」
 グランが、わたしの背中を叩いた。
そして、大丈夫、というようにわたしに微笑みかけた。
「大丈夫よ」
「わかってますよ」
 まるで、私の心を見透かしているような言葉─
その、次の台詞も─
「もうすぐ、逢えますから」
「誰に?」
「知ってるクセに」
 その後は、ただ笑うだけ。
変だな、と思いながらも、私は彼らの後を追った。

 俗に言う大衆食堂。
私は、それにすら入ることのできなかった。
 私がそれを望むのに。
まわりの人間はそれを許してくれなかった。
 人は、何不自由ない人だという。
全てを思いのままに、全てを手に入れるコトが出来ると言った。
 欲しくない物はない。
なぜなら、全て手にはいるから─
 そこまで言われた。
けど、私には─
 自由がなかった─

「なぁ、聞いてるのか?」
 その下品な声で意識を取り戻した。
食堂の一角の机─四人用の机─を店がすいていたため、独占している私。
 いつの間にか、そのうちの二つに、男が腰掛けている。
いやになれなれしい態度。
 いわゆるナンパなのだろう。
「なにかしら?」
「一人で暇なんだろう?」
「オレたちと付き合わない?」
 ライスにドーバ魚のあんかけというメニュー。
それを全てたいらげ、もうすぐデザートのアイスが来るハズだ。
 それまでの間、暇つぶしでも─
「あら、あなたたちと付き合って、得するコトはあるの?」
「だーいじょーぶだって。退屈はさせねぇよ」
「なぁ」
 下品に笑う男達。
それでも、昔見ていた愛想笑いよりは、まだましだろう─
 そう思うのは、自分だけか。
「そうねぇ・・・」
「あんまりじらすなよ」
「それじゃあ、クイズにこたえたら、付き合ってあげるわよ」
「・・・いいぜ」
 余裕の男二人。
それに、私は口を開く。
「一人の嘘つきがいます。それは、あなたの主人です。
彼は嘘の名人で、そのせいか、他人の嘘をよく見抜きます。
あなたは、その主人に嘘をつきます。
どんな嘘をつけば、嘘つきの主人は騙されるでしょうか?」
「はっ、そんなもんなんだっていいさ」
「それじゃあ、さっきの話はナシね」
「おい、ふざけるなよ!」
 男の一人は怒鳴り声を上げる。
それはそうだろう。
 このクイズに、こたえられる人間など─
「やめとけよ」
「なんだぁ!?」
 彼らの後ろから、男が声をかけてきた。
と、いうより、制止しようとしているみたい。
 楽しくなりそうな予感。
「やめろって」
「てめぇに言われるこったぁ・・・」
 逆に因縁をつけようとした男二人。
だが、その後ろに立っている男を見た後、何事かを話し合いながら、去っていく。
 さっきの予感は外れたみたいだ。
「ありがとうね」
「いえ」
 私は、彼の顔を見て微笑む。
その男は─クレイ・S・アンダーソンだった。
 私─Qは、先程の予感が外れていないことを確信した。

「ここだったら、ゆっくりと話し合えるぜ」
「そう、みたいですね」
 夕日が沈みかけた頃。
ドーマにある工場の跡地に。
 トラップ、マリーナ、そして─総司の姿があった。


<三十四>─暗雲・2─

 とある宿屋の一室。
茶色のコートを脱ぎ捨て、溜息をつく人影が一つ。
「灯り。点けてくれ」
 なにもないハズのところに、声をかける。
そこに、不意に人の気配が現れ、移動し、そこから灯りが点く。
「バレてましたか」
「わかるようにしていたくせに」
 女はそれだけ言って、別の服に着替え始める。
もう一人、室内にいることを気にすることなく。
「どこに行くんですか?」
「街の下見に。逃走経路も確保しとかなきゃいけないから」
 彼女が着込んだのは─動きやすそうなトレーニングウェア。
青いタオルを首にまきつけると、健康なスポーツ好きの女の出来上がりだ。
「働き者ですね。怪しまれないような服装までして」
「・・・ソードやあなたとは違う」
「ソードと一緒とは、厳しい言葉だ。まるで怠け者と・・・」
「怠け者よ。似たもの同士の怠け者」
「・・・その言葉遣い、どうにかしたほうが・・・」
「クセよ。あなたたちみたいな男ばっかりと一緒にいるから」
「私は一番最後に入ったんですけどね」
「有能なダークエルフは、他にもいるだろうに・・・」
彼女─ハートのランスは、溜息をつく。
「Kがあなたを入れた理由が、理解できない」
「大丈夫ですよ」
彼─黒は、にこやかに微笑む。
「もうすぐ、わかりますから」
「・・・かもね」
 ランスは、汗をかいた。
トレーニングウェアのせいではない。
 黒の、さきほどの一言が─
彼女に、冷や汗をかかせたのだ。
「う〜ん、似てる、かな?」
「誰にだ?」
「私のよく知ってる、赤髪で、長髪の、気の強いお姫様」
「・・・誰?」
 眉をしかめるランス。
黒は、まだ笑っている。
「私の─元主人です」
「・・・あなたって、何者?」
「御覧のとおり、年齢詐称のダークエルフです」
「何歳なの?あなた」
「正確には覚えてませんけど・・・百七十はありますね」
「へぇ・・・」
 ランスは興味なさげに呟く。
彼の顔には、何百年前からの若々しさがある。
「それだけ生きてりゃ、後悔ないか」
「そうですねぇ」
笑う黒。
「あなたは、Kのために死ぬんですよね」
「・・・そうだな」
「その想いを告げないで?」
 冷やかす言葉。
だが、その声音は真剣そのものだ。
「別にかまわない」
ドアが、開いた。
「あの人のために死ねるなら。二度と逢えなくてもかまわないから」
ドアが、閉まった。

「どうもありがとうね」
「いえ」
 照れたような表情を浮かべるクレイ。
彼が、そんな表情を浮かべるのも無理はないだろう。
 だって、彼が助けた女の人って・・・すっごく綺麗。
今まで私が会ってきた美形&美人の中では、ホント、トップなんじゃないかな。
「なにか、お礼を・・・」
「別にいいですよ、本当に」
 慌てて手を振るクレイ。
・・・トラップがこの場にいたら、どうするだろう。
 想像はつくけどね。
「人の好意は、受け取る物よ」
「僕はいいですよ」
「それじゃあ・・・」
と、女の人は立ち上がった。
「あなたたち、この人の連れよね」
 と、後ろに立っていたノルを見上げる。
さっき彼らが逃げ出したのは、たぶんノルを見たからだろうね。
「あぁ」
照れたように頷くノル。
「それじゃあ、彼以外の全員、おごってあげる」

「いやぁ、なんか悪いですね」
「いいのよ、ささっ、食べて」
 すっかりわたしたちの中にとけこんでるこの人。
グランと同じく、ずっと微笑みを浮かべてる・・・。
 彼ら二人が並ぶと、微笑み大会みたい。
「いいのかな、本当に」
「いいんじゃないですか?クレイは可哀想だけど」
 と、キットンはミケドリアの串焼きに息をふきかけながら言った。
彼女は、予告通り、クレイの注文以外を、全て既に支払っている。
 彼は私の好意をうけとらない。
だったら、せめてあなたたちに、という彼女の言い分。
 そりゃあ、ありがたいし、その気持ちはわからないでもないけどさ。
ちょっと、間違ってるような気が・・・。
「ほら、女の子もちゃんと食べないさい」
 と、私の背中を叩く。
ちなみに、私の目の前におかれているのはソエテのリーガ添え。
 ソエテってのは、一種の鶏肉みたいなもの。
リーガは、なんかのソース。
 珍しいから、頼んだんだけど・・・。
他人のお金だから。
「はぁ・・・」
「ダイエット中なの?」
「そういうワケじゃないんですけど・・・」
「じゃあ、食べましょ」
 グランとおんなじ。
この人の笑顔も、人をひきこむみたい。
「わかりました」
 頷いて、わたしはナイフとフォークを手に取る。
満足げにこちらを見ている彼女。
「あなたほどの美人だったら、こんなことはザラでしょうに。
どうして、すぐにかわさないんですか?」
「ちょっと暇つぶしにね。クイズを出してみたのよ」
 暇つぶしにクイズ、ねぇ。
どんなクイズを出したんだろ?
 そんな私の疑問を、キットンが代わりに言ってくれた。
「どんなクイズを?」
 まるで、解いてやる、と言ってるようなキットンのまなざし。
かなり燃えてるね、彼は。
「解いてみるの?」
「やれるだけやってみましょうか」
グランもやる気みたい。
「一人の嘘つきの名人がいます。それは、あなたの主人です。
彼は、嘘つきの名人で、そのせいか、他人の嘘をよく見抜きます。
あなたは、その主人に嘘をつきます。
どんな嘘をつけば、嘘つきの主人は騙されるでしょうか?」
「ふむ」
 頭を悩ますキットン。
かなり真剣に悩んでいます。
「それじゃあ、私の答えは・・・」
と、グランが口を開きかけたとき。
「・・・こんなところにいた」
「あら」
 後ろから声がかかった。
金髪の、目が隠れるぐら前髪が長い。
 の、わりに後ろはかりあげてる。
「どうしたの?別に用事は」
 どうやら、彼女の知り合いみたい。
恋人、とかじゃないみたいだ、雰囲気では。
 友達か、仕事仲間かな?
「それが・・・」
 ごそごそと耳打ちをする男の人。
表情も変えずに、それを聞いてる彼女。
「わかったわ」
と、男の人を追い返す。
「ゴメンナサイね。急用がはいっちゃった」
と、女の人は立ち上がる。
「いえ、こちらこそ御馳走になって」
「カリは作りたくないのよ」
 と、笑って手を振る彼女。
最後に「またね」と言い残して─

「カリがあったら、手加減してしまうから」
 夜の闇に消えかけた時。
その声だけは、はっきりと聞こえていた。


<三十五>─月夜─

         ─沖田総司に捧げる─

「・・・こんなものです。これまでの経緯は」
「なるほど、ね」
 溜息をつくトラップ。
彼は、瓦礫の上に腰をかけ、半月をバックに総司を見下ろしている。
 位置を言えば、トラップは瓦礫の頂上腰掛け、総司はそこより少し低い位置に立って、トラップを見上げ、マリーナは、彼らから少し離れたところにいる。
トラップが、彼女を押しやったのだ。
「けど、それだけじゃあ納得がいかねぇ」
「どうしてですか?」
総司は、冷たく言い放つ。
「おまえが、昔何をやってたのか、前に誰か聞いたよな。
んで、おまえはこたえた。こっちで言う騎士みたいなモノだって。
だったらおめぇは─もう人を斬ってるはずだ」
「えぇ」
「しかも、数え切れないほど、な」
「えぇ」
 否定もせず、キッパリとこたえる総司。
否定をする必要もない、と彼は思っているのだ。
「今更人を殺して、おめぇの心境が変わった、とか思ってないさ」
「変わりませんよ」
 それは、斬り慣れた、というコトではない。
普段の自分と、人斬りとしての自分の精神的隔離。
 それが完成しているから、である。
が、無論、総司はそんなことを自覚はしていない。
「向こうではそれが正当化、いや、むしろ誉められていましたよ。・・・こちらに来る前には、全てが悪行に変わりましたけどね」
 先生が言っていた─
時代が変わった。時代がもう、オレたちを必要としていないんだ─ 
「そうかもしれねぇな」
「けど、それがなんですか?人を殺した事実は変わらない。人を殺して、あなたたちと一緒にいれるハズもないんだ!」
「そう言うだろうと思ってたよ」
にやりと、トラップが笑う。
「どういう意味ですか?」
「そのまんまさ」
 トラップが立ち上がった。
小石が一つ、総司の足下に転げ落ちる。
「あいつらは全員─グランは気付いてるかもしれねぇけどな─おまえが、人を殺したという事実しか見ていないんだよ」
「それ以外に、何を見るというんですか?」
 初めて、総司が目線をそらす。
トラップと向き合っている自分が、負けそうになっているから─
「おまえがそれをする理由さ」
 トラップが一歩、瓦礫の山を下りていく。
山という形容はおかしいかもしれないが、総司にはそれが山に思えた。
「おめぇは、パステルを助けるために、そのために、人を殺したんだよな」
 総司の指が、動く。
─そうだったのか?─
 あの時のことは─鮮明に思い出せる。
けど、それは─ただ、一方的に流れる映像として。
 自分が何を思いながら、人を殺しているのか─
思えば、昔からそうだったのかもしれない。
 自分が人を殺す理由は─
あの人たちと、同じ場所、同じ空間、同じ死に場所を求めていたから─
 それと同じなのかも知れない─
あの人を─パステルを、そうまでして─自分の人斬りの一面を見せてまで。
「人を殺すことはいけねぇよ。けどな、その理由がなんであるか─それによって、許されることだってあるんじゃねぇか?」
「それはただの自己の正当化です!!」
 怒鳴り声をあげる総司。
肩をすくめるトラップ。
「かもな」
続けて、首を振る。
「けど、おまえだってわかってるんだろ?」
 言葉すら出ない総司。
言い返せば、それが全て数倍でかえってきそうだから─
「他人が何て言おうと、バカみてぇにヤジられても、ゴミを投げつけられたって」
トラップが、総司のところまで下りてきた。
「自分のやったコトに、間違いがないって」
─昔からそうだった─
 あの人たちと同じ場所にいるために、道場にいたのだ。
あの人たちが行くと言ったとき、ついていったのもそうだった。
 そして『戦場』についてからは─彼らと共に死ぬために。
あるいは、その後にあるだろう『平和』を、彼らと共にするために。
 全て、自分のために─
人を斬れと言われれば、斬った。
 そうすることで、彼らと離れないのなら─
わがままなのだろう、それは『大衆』から見れば、間違っているのだろう。
 けど、それに─後悔したことはない。
「ただ、パステルの一言が、おまえに後悔を生ませた」
 図星なのだろう。
総司は、目を伏せる。
「それがなんなのか、おまえは気付いているのか?」
「えっ?」
「・・・気付いてねぇみたいだな」
 溜息をつくトラップ。
総司は、眉をひそめてトラップを見つめる。
「まっ、いいや」
と、トラップは空を仰いだ。
「今日のコトはこれで終わり。明日のことは、明日から決める」
ポンと肩を叩くトラップ。
「わかりました」
 すっきりした顔の総司。
だが、彼にとっての最大の問題だけが。
 解決されていないのであった。
半分満ちた月が─彼らを見下ろしている。


<三十六>─暗雲・3─

「緊急作戦会議、ですか。なんか、ドキドキしますね」
「なにいってるの。大昔は毎週出ていたクセに」
 黒の言葉を、Qは軽く返す。
ニコニコと、黒は笑ったまま、何を考えているのか分からない。
「作戦なんかいるのか?ちゃっちゃちゃっちゃ終わらせりゃいいじゃん」
クローバーのJ─アクスも、軽く言い放つ。
「そうもいかなくなったのよねぇ・・・」
「どういうコトですか?」
 ハートのJ─ランスは、Qの眼前に広げられている地図を見た。
それには─アンダーソン邸の地図、全てが記されている。
 家具も、図書館の本棚も置いてない。
その家にある、隠し部屋の全てが記されている地図が。
「騎士団が来るのよ。それも一個中隊が」
「一個中隊!?」
「ざっと見積もって百人前後ですね」
「さらに、こっちは予定通り、アンダーソン騎士団長自らも」
「・・・ってことは、お付きの衛兵も来るワケだな」
 好戦的に、アクスが微笑む。
彼らは、その情報に一切の疑いを持っていない。
 信じているのだ、その情報を。
相手が、偽りの情報を流しているのかもしれないのに。
「まぁ、百人程度なら、あなたたちにお任せできるけど・・・」
「けど?」
「敵は人より時間、ですよね」
黒が、にこやかに言う。
「・・・さすがね」
「いえいえ。経験上の体験談、ですよ」
 相変わらず、笑い続ける黒。
彼を横目で見た後、ランスは再び地図に目を向ける。
「それで?ターゲットを変える訳じゃないでしょう?」
「そう、ターゲットは予定通り二つよ」
と、Qは言う。
「いい?決行日になったら、それぞれ装備を整えて正面に集合」
「そして、敵に目もくれず、庭を一気に駆け抜ける」
「その後よ、重要な部分は」
 Qは、地図の一点を指さす。
まず、玄関の少し前。
「ここに、ランス。あなたは、屋敷内にこれ以上の兵士を入れないように」
「わかりました」
「で、アクス。あなたは、外でモンスターを振り回した後、屋敷の中に援軍。
だいたい、二十ほど黙らせてからね
屋敷内に入ったら、兵士だけを葬って頂戴」
「OK」
 にやりと笑うアクス。
彼の表情は、一人の戦士の表情になっている。
「で、黒。あなたは、私と一緒に屋敷の中に突入。
ハートの10も連れていくわよ、ダミーとして。
それで、あなたは『人』を、私は『モノ』を目指す」
「重い方を私に任せて・・・」
「あら、女に無理をさせるんじゃなくてよ」
「はいはい」
 と、黒は了解、と言わんばかりに頭を下げる。
その紳士的礼法は、どこか、宮廷エリートの匂いをうかがわせる。
「他の兵士は、外で騎士と戦闘。
なるべく、ランスの方に敵をおびき寄せるように、と伝令してね」
『了解!』
 快諾するランスとアクス。
満足そうにQは頷く。
「全ては二時間以内に終わらせるわ」
「退却は、いつもの通りで」
 ランスは声を弾ませる。
アクスはもう既にドアの外にあり、黒も、いつの間にか消えている。
「これで、勝ったわ」
Qは、自分たちの勝利を確信した。

「クレイ、どうしたの?」
「えっ!?あぁ」
 パステルたちは、トラップの家に向かっている。
いくらパステルでも、トラップの家までは大丈夫だろう。
 そう思っていたからだ。
「元気ないし・・・。これから起こることが本当なら、リーダーであるあなたがしっかりしなくっちゃ」
「それはわかってるし、ちゃんと心の準備もできてる。
二つくらい、気になることがあるだけ・・・」
「こんな時に、二つもあったら・・・話しなさい」
「うん」
頷くクレイ。
「・・・何か、隠してるみたいなんだ」
「・・・お父様が?」
「あぁ」
 深く考えているクレイ。
しかし、それには霞がかかっているように、ぼうっとして、よく見えない。
 けど、その奥にあるのは─
「もう一つは?」
「・・・こっちの方は、大丈夫だから」
「そう?だったら、いいわ」
 あっさりしているクレイの母親。
それでなければ、トラップとの関係もあぁも親しくなれるはずがない。
「ホント、どうでもいいことなんだけど・・・」
 どうして、こんなにも心の隅にひっかかっているのだろう。
あの女のコトが─
 別に、一目惚れをしているワケじゃない。
ただ、一つだけ─
 一度、どこかで。
会ったような気がする─
 ただ、それだけのことが─
心の底にひっかかっている。


<三十七>─ドーマの夜・1─

「それで、トラップさんの家は、どちらですって?」
「こっち・・・・・・・・・・・・・・・・のハズよ」
 ここで、トラップから「ハズ、ってのはやめろよ」というツッコミがくるだろうし、クレイがそれをフォローしてくれるだろう。
けど、今、二人とも自分の家にいるだろうし(トラップはいないかもしれないけど)今頃、ベットの中かも知れない。
 そう、わたしたちは・・・迷ったのだ。
クレイが、先に席を立った後。
 わたしたちは、食堂を出て歩き出した。
すぐに見えてくるハズの橋は見えてこず、いつまでも歩き続けていると、町の中央の噴水に行き着き、逆に曲がっていたことに気がつく。
「パステルらしいですね」という言葉の後のキットンの笑い声を聞いて、わたしたちは再び歩き出したのだが・・・。
 上のような状態。
大通りを真っ直ぐ行けばいいものを、どこをどう間違えたか、横の脇道にそれていたみたいで・・・。
「困りましたねぇ・・・トラップさんの家には、私行ったことないし」
 と、グランはアゴをなでる。
暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ寒い。
 そのため、グランがしている手袋が少しうらやましい。
・・・って、そんな悠長なコト言ってる場合じゃない!!
「とにかく、一回戻ろう、そうよ。食堂まで戻れば・・・」
「食堂に戻れれば、トラップさんの家に行けるんですね?」
 と、グラン。
彼の背中の上では、ディメンが眠っている。
 ちなみに、ルーミィはノルの背中の上ね。
「大丈夫・・・・・・・・・・・・・・・・のハズよ」
「・・・パステルさん」
 頭を振るグラン。
しかしその手は、私の両手にかかっていた。
「大丈夫です。あなたは、やれば出きる人ですよ」
「うん・・・」
 グランの言葉って、なんかこう、ホッとする。
彼の言葉が、本当にそれが真実のように─だから、私がやればできる、ってのが本当のように─聞こえてくるんだよね。
「わかった」
「引き返す道は、だいたい覚えてますから」
「・・・ありがとね」
 ふと、クレイとグランがよく似ているような気がした。
けど、その思考は、ノルが私の頭をなでてくれたことで、遮られる。
「大丈夫」
 ノルに返事をした後。
わたしは、グランの隣を歩き出す。

「えっ!?」
 総司は、驚いたような声を出す。
─ここは、トラップの家の中─
「だから、来るんだよ」
 トラップは、もう一度繰り返す。
─あの後、ここに戻ってきた三人─
「本当、ですか?」
「あぁ」
 もう一度再確認する総司。
彼は、そのまま歩き出した。
「どこいくんだよ」
「外に」
「なんで」
「会えるわけがないでしょう?」
「どうしてだ?てめぇも納得しただろう」
「自分の中は割り切れました。けど、それがパステルさんと会うコトに繋がる、などとは言ってません!」
「資格なんざいらねぇだろ!」
「資格とかそう言うコトじゃない!!」
 怒鳴る総司。
こちら側に来てから、何度目だろうか。
「彼女が、泣くか泣かないかの問題です」
 しばらく、二人の間に沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、トラップでも、総司でもない─
 ずっと二人を見ていた、マリーナだ。
「総司、あなた、本当に、気付いていないの?」
「なんにですか?」
マリーナは、もう一度聞く。
「総司、あなた、自分の気持ちに、気付いていないの?」
「自分の、気持ち?」
問い返す総司。
「そう、あなたの気持ちよ」
 自分の気持ち─
それは、なんなのだろう?
 自分は─何を思っていたんだろうか?
自分が自分を、理解していない。
「・・・そんなことどうだっていい!!」
 自分との葛藤─
それに耐えきれず、総司は再び歩き出す。
「ちょっと待て!おい!!」
 必死に引き留めようとするトラップ。
けれども、彼の手を持とうとしても、するりと抜けていく。
 彼の戦闘経験からこそなせるコト。
「総司!!」
 ついに、玄関まできた二人。
後ろから、マリーナが続いてくる。
 そして─ドアが開いた。

「総司?」
「パステルさん?」

 二人の目線が空中でかみあう。
二週間も離れていなかった二人─
 けど─それは永遠に近い時間だった。
─二人にとって─
 その時間の重みか。
それとも、別の何かか。
─パステルは外の闇へと消えていった─
「パステルさん!!」
 総司も走り出す。
自分を許しても、パステルを傷つけた自分を許さなかった総司が─
 彼女を追いかけて─
時間を埋め合わせるためか、それとも、答えを見つけるためか。
─闇の奥へと彷徨いに─


<三十八>─ドーマの夜─

「どこっ・・・いるっ・・・」
 息づかいが荒い。
あれから二十分以上も全速力で走っているのだ。
 無理もない。
「早く、探さないと・・・」
 しばらく走ってないこともあるのだろう。
体力は戻って、戦闘の感覚も戻ってきた。
 だが、それはまだ完全にではない。
全てを取り戻すのに、まだ足りないモノがあるから─
 彼にとって、大切な─
「はや・・・ッ!!」
 急激な脱力感。
足が重力に従い、手がそれを支える。
 そのうちの右手が、自然と口にまわされた。
続いて、肺からこみ上げてくる─咳。
 一分ほど経っただろうか
次第におさまっていく咳。
 そのまま彼は、ふらりと立ち上がる。
─こんな時に─
 最近、また咳が出てきているコトに気付いていた。
日に日に、間が短くなってきているコトにも。
 昔は、いつものコトだと思っていた咳─
今は、これがなんの前兆か、わかっている。
 死の前兆─
「はやく、探さなきゃ・・・」
 自分は、なぜ彼女を捜しているのだろうか?
彼女に許されるわけがない、彼女が泣かなければ会わなくてもいい。
 そう、自分に言い聞かせていたのに─
彼女の顔を見て、彼女が走り出すのを見て─
 彼女が、泣いているのを見て─
なぜだか、追いかけなければいけないような気がして─
 総司は走り出す。
自分の知らない自分の答えを見つけに─

 どうして─
自分はここにいるのだろうか?
 総司から逃げて─
こんな、光も届かない家の陰に。
 いつもだったら、こんな暗いところ、すぐに逃げ出したいと思う。
すぐに、仲間のいるところに行きたいと思う。
 けど、そこに彼がいる─
たったそれだけの理由で、私は動けない。
 やっと、忘れられたと思っていた。
総司のコトを。
 そんな矢先に、彼の顔を見て─
私を見て、いつもの微笑みをした彼を見て─
 私は、ここまで駆け出していた。
彼から、逃げたのだ─
─なんで?─
 自分は、どうして彼から逃げたのだろう。
どんなに辛いことがあったって、目をそむけないようにしようって。
 ずっと、思っていたのに。
─私は、何を思っていたんだろう?─
 私は、何を思っていたんだろう?
彼と別れたとき、彼を捜していたとき、彼の顔を見たとき─
 私は、何を思っていたんだろう?
自分にも分からない自分への答え。
 私はそれを探すために。
一歩、光の元へと足を踏み出した─
 月の明るい、ドーマの夜へ─

「パステルさん・・・」
「総司・・・」
 五分後─
彼らは、出会った。


<三十九>─瞳─

「今度はなんのようだ、クレイ」
「とりあえず、こたえを聞きに」
 律儀なノックの後、入ってきたのは、今、一番会いたくないクレイ。
彼は、祖父の座っている応接用のソファーのもう一つに腰掛けた。
 その際に、軽く許しを得て。
「年寄りに夜更かしをさせる気か?」
「ごまかさないでください」
 ピシッと言い返すクレイ。
─ここまで成長するとは・・・─
 冒険者のレベルの方は、前にあったときと変わってはいない。
が、その中身は大きくレベルアップしているようだ。
─これ以外のことなら、うれしいが─
 彼が今、問いつめているのは。
一番、触れられたくない所なのだ。
「それで、わしがなにを知っているのだ?」
「例えば、例の組織に心当たりがあるとか」
 一瞬の沈黙。
その時の、二人の視線が空中でかみ合う。
─お互いの、瞳を見つめている─
「図星みたいですね」
諦めたように溜息をつくクレイの祖父。
「・・・コトの元凶を話すのなら、百五十年前に遡らなければならない」
「そんな前に?」
「おまえも知っているじゃろ?そのころ『黒の死神』がロンザにいたコトを」
頷くクレイ。
「知ってのとおり、今では伝説に等しい暗殺者じゃ。そして、暗殺者の出世頭でもあるのだが、な。
 ヤツは、この国家で不正を行った者だけを暗殺していた。
じゃが、この時、ヤツは一度目の失敗を犯した。
 そして、暗殺に失敗した相手は・・・ロンザ国国王」
「えっ!?」
「おまえが習った歴史の授業とは違うだろうな。
隠された本当の歴史・・・つまり闇の歴史では、こうなっておる」
「・・・それで?」
 いつもなら、ここで話がそらせただろうが。
─やはり、大きく成長しておる─
「その時は、ある傭兵によってそれが阻まれた。
そのため、国王の犯した罪の全容は、明らかにならなかった。
もし、この時の事件が精巧に終わっていれば・・・ロンザ国は存在していないだろうな」
「それと、どんなつながりが・・・」
「そう焦るな。もう逃げも隠れもせん」
溜息をついた後、言葉を続ける。
「黒の死神自身は、それから五十年後に、フィアナ国に仕官している。
 だが、ヤツが与えた社会的打撃はもの凄いモノだった。
善を正とし、悪を不正とした、それが絶対になった時期だ。
が、それにも終わりが来る。
七十年前のロンザ国王による法令緩和によってな。
 この裏にも、歴史の闇はあった。
そして、それから約百三十年後、つまり、今からだと、二十年前になるの。
その時は、まだ、わしは騎士団長で、今の国王ではなく、先代の国王がこの国を治めていたときの話じゃ。
騎士団長を継ぐと同時に、ロンザ国の闇の歴史も数多く知った。
それが、慣習だったからな・・・。
そして、それは国王とて同じだった」
 息をのむクレイ。
─ひょっとして、自分はとんでもないコトを聞いているのでは?─
 そう思えるほど、祖父の顔は険しかった。
「それを知って以来、つまり、国王になってから、あの人は疑心暗鬼に陥り、わしの言にも、何度も念を押す様だった。
そして・・・あの事件が起こったのじゃ」
 もう、後には引けない。
二人の男の間に、同じ考えが頭をよぎった。

「・・・どうして?」
 パステルは呟いた。
強く、そして、消えるように。
「どうして、今頃・・・」
 もう一度呟いた。
今度も強く、けれどもその場に残るように。
「あなたに、また会ったの?」
「・・・すみません」
─自分は、なにを言えるのだろうか?─
 自分の中では割り切れたとはいえ。
彼女とのコトは、自分の中ではなにも解決していない。
 いや、解決していたはずだ。
彼女とは、二度と会わないと決めたはずだ。
─けど─
 追ってしまった自分。
これ以上、彼女を泣かせないようにと思っていたのに。
 自分と会えば、また。
彼女が泣いてしまうと、わかっていたのに。
 今、この時も。
彼女は、泣いているのに。
「謝らなくていいのよ、別に」
「・・・」
 謝罪の言葉も言えない自分。
なら、彼女になにを言えばいいのだろうか?
 自分は、無力なのだ。
彼女の前では、全てが無力なのだ。
「・・・謝るのは、こっちだから」
「えっ!?」
 思いもしない言葉に、驚く総司。
彼と彼女の視線が、その時初めて一つになる。
─互いの瞳を見つめて─
「あの後、ずっと後悔してた。
あなたに、あんな言葉ぶつけたコトに。
私を助けるために・・・人を殺したのにね」
「それが、許される行為ではないでしょう」
「わたしだって、人を殺すことが立派だなんて言わないよ」
「だったら・・・」
「けど、その理由次第では、許されるのかなぁ、って思えちゃって」
「パステルさん!!」
総司が叫ぶ。
「あなたが・・・あなたみたいに優しい人が、そんなことを言ってはいけない。
私なんかを、許さないでいいんです」
「許すとか、許さないとか・・・」
 急にパステルが笑いだす。
総司は、ただ、彼女の言葉を待つしかない。
「やめた。もう、意地はるの。
自分の気持ちに、いろいろ理由つけるの・・・」
「・・・えっ?」
「どうでもいいのよ、理由なんか。ただ・・・」
 パステルは、総司に向かって笑顔を浮かべる。
精一杯、涙を隠しもせずに。
「あなたが、戻ってきてくれれば、それで」

「『戦士』の元に『女神』が戻った」
 シャンッ
軽い金属音が響く。
 今なのに、今じゃない。
ここなのに、ここではない『場所』で。
「けど、それが『彼ら』の幸せに繋がるのだろうか?」
 シャンッ
軽い金属音が響く。
 今なのに、今じゃない。
ここなのに、ここではない『場所』で。
 その月の瞳の奥に
一つの悲しみがあった

「『戦士』の元に『女神』が戻った、か」
 シャンッ
軽い金属音が響く。
 軽い音なのに、重く響く。
その音の奥にある、深い悲しみのようなもの。
「けど、それはあいつらに、幸せをもたらさない」
 シャンッ
軽い金属音が響く。
 軽い音なのに、重く響く。
その音の奥にある、深い悲しみのようなもの。
 その月の瞳の奥に
一つの悲しみがあった


<四十>─真実と結末─

「今から十年ほど前、なにがあったか覚えているか?」
「えっ!?」
 少し考えるクレイ。
けど、すぐにその答えは出てきた。
 なにせ、そのころは、家中がばたばた騒いでいた時期だから。
「国王は譲位して、同じ年におじいさまも、父さんに騎士団長の位を譲った」
「そう。それから、半年ほど前の話じゃ・・・。
一つの村が、この世から消された、と言われて、信じられるか?」
「・・・どういう意味です?」
「そのままの意味じゃ。一つの村が、この世から消された・・・。
地図上にも、歴史上にも、そして、その村の家や人も、な」
「そんなこと、出来るわけが・・・」
「できるのじゃよ。それほど、ロンザ国国王の力とはすごいものじゃ」
 一つの溜息が、部屋の中を満たした。
けれど、それより部屋の中の緊張感の方が勝っている。
「その村に『黒の死神』が隠れ住んでいる、という噂が国王の耳に入った
なんの変哲もない、貿易上、なんの利点もない、農業を主に、ひそやかに暮らしていた村に、な。
考えてみれば、そのような村の方が、隠れやすいのじゃろうが・・・」
「ちょっと待って下さいよ」
クレイが、その言葉を止める。
「だって、今から百五十年前の人間ですよ?それが・・・」
「あやつは人間ではない。ダークエルフじゃ」
そうだった、とクレイは口を手で覆う。
「ダークエルフの寿命とは、まだ不明な点が数多くある。
なにせ、人間から迫害されて、どこぞの森まで追いやられたのだからな。
ちなみに、それもロンザ国国王の命によって、だ」
「そのころのロンザって、まだ小国でしたよね」
「あぁ、たしかに小国じゃ。その後に、このような一大国家を作るコトになるほどの、力を持った小国じゃがな」
 たしかに・・・。
クレイは、思わず頷いた。
「おまえも知っているじゃろ。
『黒の死神』は、彼が直接使えていた、アニエス王女─かのデュアン・サークと共に旅をしていた有名な王女─の死後、フィアナを去った。
その後の消息は、まったく不明。
ダークエルフに対する迫害が、ゆるやかになった現代じゃ。
どこぞで見かけても、別におかしくはないからのぉ。
 話がずれたな。
その噂を聞きつけた国王は、我ら騎士団にその真偽の調査を命令した。
儂の子供・・・つまり、おまえの父の部隊が、そこに行った。
一個軍団が、だ。
もちろん、噂は噂じゃ。
なにもでてこなかったよ、その村から」
「それじゃあ・・・」
「その報告を聞いた国王は、自らそこまで行く、と言い出したのじゃ。
さすがに、全ての重臣がそれを止めたよ。儂もその一人だった」
「けど、止めれなかった?」
「あぁ・・・国王はこう言ったよ。
『私が行かなければ、黒の死神は、私を殺しに来る』とな」
「・・・それって」
「あぁ。己の罪を自白するにも等しい言葉じゃった」
頭を抱える祖父。
「たとえ、己の主が罪人であろうとも、使えるのが騎士じゃ。
儂は、結局その言に折れた・・・」
 クレイは、うなだれた祖父を見つめる。
震えているのだろうか?怯えているのだろうか?
 泣いているのだろうか?
顔が見えない以上、自分には何とも言えない。
「その村につくと同時に、国王は隅から隅まで調べ始めた。
それこそ、水瓶の中から、井戸の底まで、な。
もちろんなにも出てこなかった。
けれども、国王はそれを信じなかった」
 ここでなにを言っても、なにが変わるわけでもない。
クレイは、黙って祖父の言に耳を傾ける。
「いや、正確には信じたのじゃ。
ダークエルフが、今は居ないことは、な。
『今はダークエルフはおらん。が、私が来る前にはいたのだろうな』
 それが、国王が言った言葉じゃ。
その後、こうも続けた。
『この村の住人は、知っているハズじゃ。どんな手を使ってでも、探し出せ』
そう言って・・・村人、それに関係のない旅人まで全てとらえたよ。
そして、村の前に、一人ずつ並べたのじゃ。
縛り付けて、それこそ老若男女問わずに、な」
「それって、まるで・・・大虐殺の準備じゃないですか!!」
「そう、そして・・・それは、本当に行われた」
 一つのショックが、クレイの体中を駆けめぐった。
それは、体の外に出るコトもなく、未だ、クレイの体の中に残っている。
「国王の言われるがままに、次々と首が落とされていった。
『言わぬのなら、全員を殺す』そう言わんばかりに、な。
もちろん、知らぬモノを言えるはずもない。
その村の住民は、うそも言えぬ程純粋な人間たちだったのじゃろう。
結局、大人全員が殺された」
「・・・子供は?」
「見せしめに、体の一部を斬られたよ。
あるものは目を潰され、あるものは指を一本ずつ斬られ。
あるものは、足を一本、斬り取られ・・・。
それをやらぬ騎士も、全て殺された」
 クレイの脳裏に、一つの地獄絵図が完成した。
その絵は、クレイの中で、明らかに時を刻んでいく。
 その一人一人の断末魔が、子供の泣き声が、頭の中に響いてくる。
「大人は全て殺され、子供たちは五体満足ではなくなった・・・。
その子供の中でも、体を斬られて、そのショックで死ぬ子供ばかりだった。
結局、生き残ったのは三人の子供だけじゃったよ。
一人は目を潰され、一人は右手のヒジから下を斬られ、一人は、左足の膝から下を斬り落とされた、な」
「・・・ちょっと待って下さい!」
 クレイは、思わず叫ぶ。
まるで、頭の中の地獄絵図をかき消すように。
「目を潰されていたって、それじゃあ・・・」
「あぁ。おまえらを襲った男達のリーダー。
つまり、ダイヤのJが、まさにその男じゃったのじゃよ」

「・・・それは、できません」
総司は、ゆっくりと首を振った。
「どうして?」
パステルは、総司を見る。
「自分が、許せないんですよ」
 拳を握りしめる総司。
その拳から、血が滴り落ちてくる。
 が、パステルは気付かない。
総司の目だけを見ているから─
「おかしな話ですよね。
自分の中では割り切れた。けど、自分を許せない。
ものすごい矛盾だ」
 そう言いながらも、総司の顔は笑っている。
なぜなのかは、総司にも分からない。
「パステルさん。私は、あなたに許されていいような人間じゃないんです」
「許されるとか、許されないとか・・・」
「あなたが気にしなくても、私が気にするんですよ」
静かに呟く総司。
「私は、今まで何人も殺してきました。
顔も知らない人間から、今まで一緒に笑ってきた仲間まで」
 さすがに、パステルの表情が少し変わる。
が、彼女は一歩も退かない。
「自分は、それでも笑って生きていける。
そんな、自分勝手な人間なんです」
「じゃあ、今は・・・」
「いい加減、大人になりましたからね。
それに、今までの罪、全部返ってきてますから」
「えっ!?」
 言葉の後半は、まるで自分に語りかけるように。
そのためか、パステルには聞こえなかった。
「なんにせよ・・・結局自分が許せない。ただそれだけです」
「そんなコトどうだっていい!!」
パステルは叫んだ。
「なんだっていい。あなたがそばにいてくれるのなら。
それが、私の・・・願いだから!!」
─まったく─
 溜息をつく総司。
どこまでも優しい人なのだろう、この人は。
 この優しさに触れて。
自分が、拒めるわけがない。
─それに─
 自分が守ると決めた相手の。
願いを、拒むことがどうしてできるだろか?
 武士が、主の願いを。
拒むことが出来るわけがない。
「あなたが、そう、望むなら」
 総司ひざまついた。
そして、彼は見上げる。
 涙に顔を、ゆがめたパステルを


 2000年5月20日(土)21時15分〜5月30日(火)21時28分投稿の、誠さんの長編小説「うたかたの風」(4)です。

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