<四十一>─カウントダウン─
「過去の罪が、今になって罰となった」
祖父は、未だ頭を抱えている。
その姿勢から、すっと、クレイに視線を移す。
「後悔、したか?」
「・・・かもしれません」
だから、このような話は重役に就いた後に話されるのだろう。
重大な役につき、逃れられないようにしてから、逃れられない話をする。
二度トコのような過ちをおこすまいと思う者、自分たちの祖先たちが犯した罪に耐えきれず、堕落していくのか。
そのもっともな例が、自分の祖父、そして先代の国王。
そして、自分は。
どちらに堕ちていくのだろうか?
「この話には続きがあるが・・・それも聞くか?」
「・・・えぇ」
勇気、というよりも、後に退くことの方が、自分は怖い。
そう思う、クレイだった。
「先代国王は譲位した。そう歴史は語っている」
「それすらも違うというのですか?」
驚きに顔をゆがめるクレイ。
これ以上、自分がこれから仕えるべき国の、闇の部分を知って。
果たして、自分はその運命に身をまかせられるだろうか?
「先代国王は・・・殺されたのだよ」
「・・・まさか」
「そう疑うな。儂ではない。もちろん、当時の重役のだれでもない」
「それじゃあ『黒の死神』が?」
「それも違う。おまえも知っている人間だ」
「オレが知っている?」
ふと考えて、クレイは一人の人物を思い浮かべる。
「・・・父さん?」
「こういうところは、相も変わらず鈍いの」
少しホッとする祖父。
早熟するには、やはりまだ修行がたりんらしい。
「思い出して見ろ。そのころ、一人、誰かが消えただろう」
「誰か・・・」
あの頃。
自分は、子供で、よく王城に連れていかれた。
その時、自分は王城で、いろいろな貴族の子供たちと遊んでいた。
けど、父さんのパーティーの時。
一人、あの子だけいなかった。
「・・・姫!?」
「そう、セシミィーラ王女。前国王の次女にして、現国王の妹君にあたる」
「あの姫が?」
覚えがある。
どころか、自分は、一緒に遊んだ仲なのだ。
よく、自分に「この遊びは何?」と聞いてきた。
一般市民が知っている遊びを、彼女は知らない。
それを、自分はトラップから教えてもらった遊びを、教える。
まわりにも、子供が集まり、それを一緒に楽しむ。
身分の差など、関係がなかった。
そうやって、まったく同じ『子供』として、遊んでいた。
あの、姫が。
「あの、姫が?」
「儂も最初、部下から聞いたとき、カレンダーを見たよ。
今日がもしエイプリルフールなら、その部下を解任してやろうと思ってね。
が、その日は春は春でも、夏の暑さを向かえようとしていた春だった。
今でも、よく覚えている」
「それで、体面を考えて、国王は譲位、としたんですね」
「・・・現国王も、それを承知した。
今ここで、一歩でも退けば、全てが終わるからの」
「・・・そうやって・・・そうやって、ずるずると過去の罪が暴かれるのを恐れているから、悪循環が生まれて、こんな事態を引き起こしているじゃないですか!!」
「そう、おまえの言うとおりだ。
だが、主君を守る騎士には、それをどおすることもできん」
ハッと、クレイは口をつぐむ。
彼は─祖父は、騎士としての忠節をまっとうしているのだ。
そして、自分の父も。
兄さんたちも、いずれはこの真実を知るだろう。
その時、彼らは。
どうするのだろうか?
幼い頃からたたき込まれた騎士道に。
従属してしまうのだろうか?
「セシミィーラ王女は、その従者であるネリウスと共に行方不明。
譲位は、普通通りに行われ、疲れ果てた儂は、それと同時に息子に地位を譲った」
今度は、どっかりと椅子に腰掛ける祖父。
「それを知っている者たちは、皆、復讐だと色めきだっておる。
が、儂はそうとはおもえんのだよ」
「どういう、意味ですか?」
「・・・ロンザ国国家図書館が荒らされたのは、言ったはずだな」
頷くクレイ。
それを確認して、彼はゆっくりと言葉を続ける。
「あそこには、国王しか知らない秘密があるらしい」
「秘密!?」
もちろん、このときのクレイには知る由がない。
一年後、その秘密を知った人間に、会い、そして、共に時を過ごすなど。
「儂も、それが何かは知らぬ。
が、ここに来る理由は、わかっておる」
「それは、なんなんですか?」
一呼吸置かれる。
あまりにも不自然で、あまりにも中途半端な、間。
けど、それは、その部屋の緊張感を満たすには十分だった。
「『闇の歴史』が記された本じゃ」
「もちろん、それは知っているはずだ」
「そこを固めてくるだろう?どうするんだよ。Qは」
薪を火の中に放り込む。
火の勢いが、少しだけ強まる。
「だから『黒』を連れていったんだろうな」
「なーるへそ。長い経験から来る陽動作戦はお手の物、か」
ソードはふてくされたように呟く。
Aは、さらに薪を中に放り込んでいる。
さらに勢いを増す炎。
「けど、オレら二人が行けば」
ソードが、左手を振った。
その炎が、一瞬にして消える。
後には、焦げた匂いだけが残っていた。
「作戦もなにもいらねぇけどな」
「お〜い、兄ちゃんがた!!」
どこからか、声が聞こえてくる。
「火を消さないようにって、あれほどいっておいたのによ」
「わりぃ、おっちゃん」
と、ソードは頭を下げる。
すっかり頭の上の寂しくなった、馬車の御者に。
彼らは、野宿しているのだ。
乗り合い馬車の、旅程コースで。
「新しい薪を持ってきたんだが・・・火打ち石はどこだっけか?」
「大丈夫だ」
チンッ
鍔鳴りが、闇の中から聞こえた。
それと同時に、火がつく。
「おぉ、点いたか点いたか」
陽気な声が、森の中に響いた。
それにこたえるような口調が、森の中から響いてくる。
「それよりもおっちゃん、腹減った」
「わかってるって。ほれ、ミケドリアを焼くから、おめぇらも手伝え」
「あいよ」
と、ソードは体を乗り出す。
いたって平和な風景。
それと一緒に、笑い声が聞こえてくる。
─アンダーソン邸襲撃まで、あと四日─
<四十二>─それぞれの三日間─
それから三日間は、まったく平穏に過ぎていった。
あの夜、総司はわたしを連れて帰って来て、一応合流となった。
一応ってのは、総司は、朝起きて、ごはん食べた後、どっかにふらっと消えて、そして、夕方には帰ってくる、としていたから。
わたしたちに気を使ってるからだろうか?
けど、一緒にごはん食べてる総司の顔は、そうじゃない。
昔みたいに、ちゃんと笑っている。
普通にわたしたちともしゃべってるし、夜なんか、ルーミィたちと遊んでる。
そんなふうに、三日間が過ぎていった。
総司が戻ってきた。
けど、あいつはまだ、自分の本当の気持ちに気付いてねぇみてぇだ。
まぁ、気長に構えてりゃいいんだがなぁ。
んで、オレたちがここに来た、ホントの目的なんだが。
そう、あのソードってヤロウが忠告してきたあのコト。
─クレイの家が襲撃される、という忠告─
そっちの方は、自分もさぐりを入れてみたんだが・・・。
外に出ても、あのアクスってヤロウと会って、ロクに捜索もできねぇ。
見る人間、全部が疑わしいしよぉ・・・。
結局、何も出来ずにこの三日間を過ごしちまった。
そう、もう、三日が経ったのだ。
祖父の話を聞いた後、オレは呆然と過ごした。
『闇の歴史』が記された本について、そして、セシミィーラ王女が起こした事件の全容を聞いて。
そのオレの目を覚ましたのは、父さんが家に来たとき。
あの日から、二日目の昼、父さんが百の兵士を引き連れて帰ってきた。
久しぶりの再会を喜ぶはずもなく、ちゃくちゃくと準備が整えられる。
七十の兵士を屋敷中に配備し、三十の兵士は、各宿屋の方に泊まらせ、襲撃が起こると同時に、正門の方から、なるべく挟み撃ちにするように突撃。
つまり、こちらから罠をはる形になる。
そして、オレは屋敷の方の警護にあたることになった。
もちろん、命令統制のとれた騎士に、オレが割り込むところはない。
その日から、オレは、トラップたちに会うこともなく、剣の修行に励んだ。
今更、という感じもするが、なにもしないよりもましだと思うから。
そして、オレが守るところは、自分の家の図書館。
『闇の記憶』が記された本の、保管されている場所だ。
あれから三日が経とうとしている。
Qの予定では、明日が作戦の決行日だということ。
その前に、オレは町をうろつくハメに。
Qの話では、オレをあいつらが避けている以上、向こうもおおがかりな捜索はできないだろうし、騎士団は、迎撃の準備に追われているだろうから、だそうだ。
まぁ、結局はQの言うとおりになったが・・・。
で、今は宿屋のソファーに腰掛けている。
が、遅い。
まだ、あれが到着していないのだ。
本来なら、昨日つく予定だったハズのあれが。
もしかしたら、途中で足止めをくらっているのかもしれない。
計画が露見している以上、それもやむを得ないコトだが。
ノックの音が聞こえてきた。
ドアを開ける。
そこにいるのは、黒。
その報告を聞き。
オレは、明日の準備のため、寝ることにした。
もう、明日に迫ってきた。
自分の計画した計画が、実行される日が。
あのまま、安息の人生を送ったままでよかったのか。
それとも、あの時、先に敷かれていた道から外れて。
イバラの道を歩いていたのがよかったのか。
その答えが。
明日、出るのだ。
あれから三日が経った。
自分が、パステルさんたちの前に戻ってから。
彼女たちの前で、自分を偽ることは簡単だ。
─これから殺す人間の前で、自分は笑っていられたのだから─
彼らの前で、何を偽っているのだろうか?
それは、自分にもわからない。
そもそも、自分は誰を前にして偽っているのだろうか?
彼らという複数ではなく、誰か、という単数のような気がする。
つまり、誰か、個人を。
誰を前に偽っているのか、わからない。
そうしている間に。
もう、三日が経ってしまった。
長い、夢を見ていたような気がする。
自分がどれほど声を出そうとも、声にならない。
自分がどれほど体を動かそうと。
その意に反して、体は動いている。
自分の目の前で笑っている人たち。
彼らの、悲しむ表情を、わたしは夢の中で見ていた。
それなのに、わたしはどうすることもできないのか?
誰か、止めれるものなら止めて欲しい。
彼らを助けてやって欲しい。
ダ・レ・カ
─その翌日
『闇の歴史』に記される
一つの事件が起こる─
<四十三>─アンダーソン邸襲撃事件・1『朝』─
─後のクレイ・S・アンダーソンの手記より─
その日の朝日は、とてもまぶしかった。
最近、習慣となった早起きのために、朝が辛くない。
着替えを済ませて、父に挨拶をしよう、と部屋を後にする。
廊下を歩けば、そこに騎士がいて、すれ違う度に、頭を下げられる。
窓の外を見れば、こちらにも見回りの騎士がいる。
父の部屋に辿り着き、ノックをしようか、と手を挙げたその時。
ドゴォーーーーンッ
「んなっ!?」
爆発が、すぐ近くから聞こえてきた。
それも、何発、いや、十数発も連続して。
一気に慌ただしくなる周囲。
室内の兵士は、作戦通り、いくつかは中に待機している。
「クレイ!」
「父さん!」
部屋から出てきた父。
「わかってます!」
とだけ叫び、急いで部屋に戻った。
いつ敵が来てもいいように、防具庫をひっくり返して用意していた装備を取りに。
「あら、こんな予定、組んでなかったのに・・・」
「余計な手出しでしたか?」
「いいえ、とても助かったわ」
門の前に集まっている二人。
ちなみに、門番四名は、すでにKOされている。
そして、先程の爆発。
あれは、全て『黒』がおこしたもの。
兵士を攪乱させるために。
いくら命令統制の完璧な軍隊とはいえ、一番眠いだろう朝なら、尚更だ。
「本当なら、夜の方が効果的なんでしょうが。
夜の奇襲は、あなたがもっとも嫌いなものでしょう?」
「そう、ね」
そうしている間にも、次々と人が集まってくる。
それぞれ、得物を有した屈強の戦士たちが。
「最後の一人が来ましたよ」
「ハートの部隊、揃いました」
と、文字通り槍を持ったハートのJ─ランスが、Qの横に並ぶ。
「そう・・・」
「クローバーも・・・来たようです」
と、彼女のもうひとつ横に並んだ、ハートの10。
彼の目線の先に、クローバーのJ─アクスがいた。
「待たせたな」
「あなたが最後よ」
彼の持つその武器に─全員が畏怖の視線を見せながら。
─もっとも、一部の人間は、なんの変化も見られないが─
「さ、て、それじゃあ・・・」
「作戦通り、いきましょうか」
それぞれが、自分の得物を握りしめる。
「全員出撃!!!」
『オオォォォォォォォォ!!!!!』
ハートの10の声と共に、雄叫びが響く。
歴史的大事件の幕が
今、上がった
「・・・気やがったか」
パンを口にしかけたトラップが、不意に立ち上がった。
「あぁ」
と、ノルまで立ち上がる。
「えっ?」
「どうしたんですか?」
と、パステルとキットンは不思議そうな顔を浮かべる。
「来たんだよ、予告通り」
「なにがですか?」
台所から、総司が顔を出す。
「ヤツらが・・・な」
ボリボリと頭をかくトラップ。
ノルに目配せをした後、彼は呟く。
「ったく、行かなきゃいけねぇんだよなぁ」
ゆっくりと、部屋に歩いていくトラップ。
「朝っぱらから騒がしぜ」
<四十四>─アンダーソン邸襲撃事件・2『武士出陣』─
その事件は、騎士側の劣勢で始まった。
最初の爆発による騎士側の混乱、対して襲撃側の士気の高さ。
騎士側の士気の低下に拍車をかけたのは、なによりも、リーダー格の戦士たちの戦闘能力、そして、その中の一つの、異様な武器。
「どっせぇいっ!!!」
最初の爆発より、さらに大きな声。
そして、その声を、大きく上回る、彼の武器の破壊音。
地面は大きく陥没し、騎士たちは彼をゆっくりと取り囲もうとする。
が、円を造ろうにも、その円を打ち砕いてくるアクス。
「ハデですね。ボクでも、あれは振り回せない」
『黒』は、その光景を見て、感嘆の声をあげる。
彼と同じ色の装束衣装、得物は、二メートルのロングソード。
軽やかに駆けていくその姿に。
一部の隙も見つけられそうにない。
「元々、巨人族用に作られた斧だものね・・・。
クローバーの部隊が、特攻部隊と呼ばれる由縁よ」
彼の隣を走るQは、笑顔でこたえる。
血に濡れた桜のような色のロングコートに、刃渡り三十センチの大ナイフ。
優雅に走るその姿に。
騎士たちは、襲いかかるコトも忘れている。
彼らの視線の先には。
いつもの手斧を腰にぶら下げ、超弩級の大斧を振り回すアクスがいる。
その大きさは─全長、およそ一メートル六十。
うち、斧の刃の部分は、七十前後。
その斧の振り下ろされる先は。
地は砕かれ、まわりの地面はふるえ、騎士たちに止める術はない。
一方的に戦闘不能者が増えるばかりだ。
「入り口です!」
ランスが叫ぶ。
黒装束、二メートルの長槍に、額のバンダナ。
一見すれば、スポーツ好きの少女と見間違えるその顔。
その顔、その瞳が、その扉だけに注がれている。
「予定時刻より、約一分早くここまで来ました」
と、彼らの横にハートの10が追いつく。
黒装束に、なんの得物も持たず、走っている。
おそらく、無手が得手なのだろう。
「後は、作戦通り、いきましょうか」
「そうですね」
門番が四人。
その四人も、一瞬の間に、地面に伏せる。
「ランス、外の全指揮権をあなたに委ねるは」
「はい!」
Qの言葉に、ランスはこたえる。
黒とQ、10は家の中に入り、ランスは門前に立つ。
「Qたちが中に入った!わたしたちは、中に人を入れないように!!」
「わかってるって!」
アクスが、こたえる。
他の仲間たちも、それぞれ頷きあい、励まし合う。
その事件は、騎士たちの劣勢に始まった。
「総司!」
準備を終え、部屋から食卓に戻ってきたトラップ。
レザーアーマーの部分鎧に、腰にはダガーがさしてある。
その彼が、総司を見た。
「なんですか?」
「おめぇもこい」
「・・・はい、と言うと思いますか?」
既に、総司は事情を聞いている。
混乱するパステルたちを尻目に、冷静だったグランが彼に教えたのだ。
「言わないだろうな。そのくらいわかってる。
で、パステル」
「えっ!?」
急にふられて、トラップを見るパステル。
彼女は、半分装備をつけている状態。
半分、というのは、レザーアーマーを来てはいるが、ショートソードを持っていない、という状態。
行くか、と思ったが、足手まといになるだろう、とやめた結果だ。
ルーミィとディメンを部屋に戻し、あたふたと朝食をすませ、マリーナと、トラップを待っていたのだ。
「おまえは、総司に行ってほしいか?」
「・・・トラップさん?」
訝しそうにトラップを見る総司。
彼には、トラップの意図が、まったく見えない。
「行って、クレイたちを守ってほしいか。
それとも、行かないで、ここでじっと待っててほしいか」
「・・・クレイを、助けてほしい、けど・・・」
「人を殺してほしくねぇ、か」
ビクッと体を震わせるパステル。
図星なのだ。
「トラップさん」
彼の手には、刀が握られている。
今日は、なぜか朝から持っているのだ。
「それじゃあ、クレイを見殺しにするんだな」
「トラップさん!!」
総司が叫んだ。
食卓の間に、不穏な空気が流れ始める。
「・・・それ以上は」
やめてくれ、と目で訴える総司。
と、いうよりも目でトラップを射殺そうとしているようだ。
「・・・オレは行く。ノル、おまえも来るだろう」
「あぁ」
「それと、シロも貴重な戦力だ。ついてくるか?」
「はいデシ」
と、シロがノルの方の上にしがみつく。
・・・自分は、行けないのだ。
パステルはうなだれる。
「総司、もう一度聞くぞ。行かないんだな?」
「・・・はい」
「質問を帰るぞ」
溜息をつくトラップ。
「じゃあ、それで後悔しないな」
声が出ない。
こたえが出ない。
なんと言えばいいのだろうか?
自分は、行きたい。
彼らを助けるために。
けど、彼女を泣かせたくない。
自分の手を、血に染めることによって。
─これじゃあ、ワガママ言ってる子供じゃないか─
「行くぞ」
トラップが、ドアに向かった。
「待って!!」
パステルが、声をあげた。
「総司も・・・連れていって」
「えっ?」
その言葉に、一番驚いたのは総司だった。
その言葉の結果に、何が待っているのか。
彼女が、一番よく知っているハズだ。
「先に外行ってるな」
と、二人と一匹は、ドアを出る。
「パステルさん」
「これだけ、約束」
と、パステルは総司から目をそむける。
「もう、人は・・・殺さないで」
総司の足音が、パステルから離れる。
ドアを開け、そして、外に出る。
最後に、言葉を残して。
「嘘つきは、嫌いですよ」
─そしてこの事件に
唯一人の武士が征く─
<四十五>─アンダーソン邸襲撃事件・3『風集う』─
「こっちで・・・こっち」
迷宮とも言える家の中。
何度か、頭の中の地図を確認しながら、先に進むQ。
「いたぞ!こっちだ!」
「食堂の方に逃げたぞ!!」
声を懸命に低く抑え、叫ぶ。
その声を聞きつけた騎士たちは、食堂の方に行っただろう。
この手で、何度も切り抜けてきたのだ。
元々のハスキーボイス、加えて、男声の訓練。
視覚、聴覚を集中している騎士たちは、思考力の方が麻痺しかけている。
だが、騎士たちは屋敷中にちらばっている。
そのため、食堂への道が、彼女の道と重なる騎士もいる。
今、彼女の目の前にいる騎士が、まさにそれだろう。
「い・・・!!」
出しかけた声が潰され、半開きになる口。
五メートル先にいるだろう相手を、打ち倒したQ。
コートの中に手をつっこみ、何かを出して、ほぼ一秒。
何もなかったが如く、その横を走り抜ける。
「ここを曲がって・・・突き当たり」
頭の中に描かれた地図の、赤いラインが一つの部屋に辿り着く。
そして、彼女自身、その部屋に近づきつつある。
角をまがり、そして・・・彼女は止まった。
「お久しぶりです」
「この間会ったばかりでしょうに」
なごやかな挨拶。
それでも、二人の間の緊張は取れることはない。
Qと、クレイ・S・アンダーソンの目線が、空中で絡み合う。
「援軍だ!」
「援軍が来たぞ!!」
騎士団から歓声があがる。
あまりにも形勢が不利な騎士団。
屋内に入っていったのは、たったの四人。
ならば、屋内、二十の騎士にまかせれば、大丈夫だろう。
─そう、屋内は─
庭の方では、五十いた騎士が、もう半数以下に減っている。
が、襲撃側で倒れているのは四、五名程度。
─負ける、のか?─
精強の誉れ高きロンザ国騎士団。
その騎士団長に選ばれ、クレイ・ジュダの屋敷を守りに来た自分たちが。
─こんなヤツらに?─
プライドも体もズタズタとなったその時。
神の救いとも言える、援軍が来た。
「ここらが、正念場、か」
「みたいだなぁ」
アクスの言葉に、こたえるランス。
彼はもう一度、その超弩級の斧を持ち上げた。
「Qの命令だと、後半分ほど蹴散らして、か」
「そう、その後あんたは屋敷の中」
ランスは、槍の石突きで死体を転がす。
敵が、こちらに来やすいように足場を作ったのだ。
「・・・ところで、ランス」
援軍を見つめていたアクス。
彼が、急に口を開く。
「なんだ?」
「あの三人は、オレにまかせてくれねぇか?」
目を細めるランス。
彼女の目に映ったのは、プレートアーマーをつけていない男三人。
大男と、茶色の髪、黒の髪の男が一人ずつ。
と、足下を走る犬も一匹。
「つまり、その後はどうにでもしろ、と」
「そゆこと」
溜息をつくランス。
こういうところで、女の色気は出てくるモノか。
「いいよ」
「現場の総指揮の許しは得たし・・・」
一度、頭上で大きく斧を旋回。
そして彼は、大きく息を吸い込んだ。
「待ってろよ、ヤロウども」
さすがに走れないのか、アクスは歩き出す。
彼らの元へ。
「おまえら!最後まで頑張れよ!!」
『オオォォォォォ!!』
再び雄叫びが上がる。
騎士側の劣勢で始まったその事件。
その援軍の中の、計算外の一人が。
その事件の結末を、大きく変えることになる。
「おっぱじめたみてぇだな」
「あぁ」
朝一の乗り合い馬車が、ドーマに到着した。
「なんの騒ぎだ、ありゃ」
御者が、大きく伸びをしながら、遠くを見る。
「あっちは、アンダーソンのお宅じゃねぇか・・・。
なんだ?戦争でもおっぱじめやがったのか?」
「かもね」
ククッと笑う金髪の男。
彼は、荷物の中から剣をひっぱりだし、コートの中へとさした。
器用に、左手一本で全ての作業を終える。
「おいおい、あんちゃんもまじる気か?」
「ご冗談。なにより自分の命が一番、だよ」
「ははっ、違いねぇ」
「おやじさん」
黒髪の男が、そっと呟く。
彼の黒のコートの中から、少しだけ見える剣の柄。
「ここはあぶないから。はやく次の仕事に行った方がいい」
「だーいじょーぶだ。これから、休暇取って、とっととエベリン行くって」
「よかったな」
と、金髪の男は微笑む。
彼は、黒髪の男と対象に、白のコートを着込んでいる。
「じゃね」
出ていく馬車を、見送る二人。
最終のドーマまで乗ってきたのは、二人だけらしい。
「ソード」
「なに?」
「急ぐぞ」
「はいはい」
両手を振る金髪の男、ソード。
そのまま、彼は走り出した。
Aは、左足を後ろに上げる。
そのまま、片足で走り出す。
まったく片足とは思えないそのスピード。
二人の男が、戦場に赴く。
<四十六>─アンダーソン邸襲撃事件・4『対峙』─
「ホント、困ったな」
廊下の真ん中で、立ち往生している人間が一人。
いや、人ではなく、ダークエルフ。
Q、ハートの10と共に、屋敷の中に入ってきたジョーカー『黒』だ。
「だいたい、Qの注文がよくないんだよ。動く人間捕らえろだなんて・・・」
ブチブチと不平ばかりを述べている『黒』。
だが、彼の通ってきた道には、何人モノ騎士たちが地に這っている。
黒いマントを羽織り、特別、武器という武器は持ち合わせていない。
素手が得手か、はたまた、そのマントの中に、何かを仕込んでいるのか。
「図書館の方に行ったのかなぁ。だったら、ぜーんぶQに任せられる・・・。なぁんだ、ラッキーじゃん」
ポンと手を叩き喜ぶ『黒』。
一人で話を終わらせ、本気で来た道を帰り始める『黒』。
「残念じゃが」
が、後ろから、声がかけられる。
さっきまで感じなかった、凄まじい殺気。
「なんですか?」
面倒くさげに振り返る『黒』
瞬時に彼は、壁際まで跳ぶ。
「危ないなぁ」
「これは戦争じゃ。そうじゃろ?」
長年連れ添った相棒の剣。
それを片手に構えた、クレイの祖父が『黒』と対峙する。
「パステル」
「えっ!?」
「どこ行ってるの?」
「えっ、いや、あの・・・」
本人としては、一生懸命隠れてきたつもりだろう。
だが、マリーナの前にすれば、バレバレである。
「ほら、中に入るの」
「だって、マリーナ・・・」
「仲間が戦ってるときに、自分だけがこんなところにいるなんて、でしょ?」
うっ、と一歩退くパステル。
台詞をそのまま、そっくり言われたらしい。
「そりゃ、わかるわよ。わたしだって気が気でないモノ」
溜息をつくマリーナ。
「でもね、パステル。これはクエストなんかじゃない。戦争なのよ」
「そんなの関係ないよ!どっちも命に危険はつきものなんだから」
「そんなこと、彼らもわかってるわよ。それでも、パステル。トラップがあなたを連れていかなかったのは。あなたに戦争を見せたくなかったからなのよ」
息を飲み込むパステル。
そんなこと、まったく気づきはしなかったのだ。
「けど、シロちゃんは・・・」
「シロちゃんは別よ。彼はホワイトドラゴンなのよ?わたしたちなんかより、いくらでも長生きするわ。だからこそ、今のウチにこんなことを知らせなければならないのよ」
「けど・・・」
「大丈夫よ。彼がついてるから」
「・・・総司のこと?」
「そう。彼らのボディーガードとしては、最高だし。それに、彼が死ぬことは、万に一つもないはずよ」
パステルにも、それはよくわかっている。
「約束も破らないだろうし・・・。だったら、わたしたちは・・・」
「わたしたちは?」
「彼らの食事でも作ってましょ?」
「・・・うん」
信じるしかないのだ。
祈るしかないのだ。
自分が、強くならない以上は。
「あれ?」
「ディメン?」
廊下を歩き、台所へと向かっていた彼女たち。
そんな彼女たちの前に。
部屋にいるハズの、ディメンがいた。
「トラップさん」
「あんだよ」
「あれは・・・なんですか?」
「斧だろ」
「そのくらいわかりますよ。私が聞いてるのは・・・」
「あんな大きな斧が、存在するかって聞きたいんだろ?」
事実、その斧は人の大きさをゆうに超えている。
彼らの目の前に立ちはだかる男が持っている、その斧は。
「とりあえずは」
頷く総司。
「オレとおまえが、同時におんなじ幻を見てない限りは、あれは現実だ」
「・・・ありがとうございます」
「くるぞ、二人とも」
ノルも、斧を構える。
目に見える斧に比べれば、ほんの赤ん坊のような大きさだが。
「あいつが持ってやがるのか?」
トラップが、アクスの姿を確認した。
今まで、斧の方にばかり目がいっていたため、気付くのに遅れたのだ。
そして、斧が振り上げられる。
彼の目線の先に、トラップたちがいた。
<四十七>─アンダーソン邸襲撃事件・5『異変』─
「ディメン? どうしたの」
しゃがみ込み、ディメンを抱えようとするマリーナ。
そんな彼女が、手を止めた、そのワケ。
「・・・行かなくては」
ディメンが、初めて口を開いた。
ルーミィのような幼い声だが、その言葉はハッキリとしている。
その外見には似合わない、不思議な声。
口調も、どこか大人びている。
「パステル・・・」
「・・・うん」
ディメンに近寄り、マリーナの隣にしゃがみ込む。
まさに、その時。
一瞬、目の前が歪んだ、と。
そう思った瞬間。
ディメンが消えた。
「あぁ、パステル。そっちにディメンが行きませんでしたか?」
と、キットンがディメンがいた方向から走ってきた。
ディメンは、戻っていない。
だったら。
「ディメン!」
いち早くその事に気付いたのはマリーナ。
ディメンは、彼女たちの後ろにいた。
ゆっくりと、歩きながら。
「どこに行ってるの?」
「邪魔、しないで」
手を差し伸べたマリーナ。
彼女をにらみつけるディメン。
その満月の瞳が、輝いた、その時。
マリーナが倒れた。
「大丈夫ですか?」
と、走り寄るキットン。
が、彼も倒れてしまう。
「ちょっ、ちょっと」
倒れた二人を見ながらも。
パステルは、ディメンを追った。
そうしなければならないと、心のどこかで感じたのだ。
「待っ・・・」
その瞬間、ディメンと目があったパステル。
先程と同じように、目の前の空間が歪んだように見えた。
そう思った時には、パステルは倒れていた。
「行かなくては・・・」
もう一度呟き、ディメンは歩き出した。
玄関まで行き、その前に立ったとき。
ディメンが、消えた。
「うらぁ!!」
振り下ろされる斧。
それを、瞬きもせずに見つめる総司。
─かわせる!─
半身をずらし、それを紙一重で避ける。
その体勢のまま刀に手をかけた、その時。
「うわっ!!」
急激な足場の揺れ。
バランスを失い、総司は倒れ込みそうになる、が。
「大丈夫か?」
「ありがと、ノルさん」
横にいたノルに、支えられる総司。
─驚いたな─
あの超重量の武器が、地面に叩き付けられるのだ。
揺れもするだろう。
「かかれ!!」
「うざってぇ!!」
援軍の指揮官だろう男の声と、アクスの声が重なる。
彼の指揮に従い、襲いかかった騎士六名が、無惨に飛び散る。
その斧は斬れるよりも、叩きつぶすような行為の方が得意らしい。
「どうします?」
「こいつを倒さない限り、外の方は負けるみてぇだな」
事実、最初屋外にいた騎士たちは、全滅の危機に瀕している。
さらに、一撃で有無を言わさず戦闘不能に陥らせるその破壊力。
その超重量を扱っているための、スピードの低下も見込めない。
「だったら、私に任せて下さい」
「おい」
止めようとするトラップ。
が、その時には。
総司は、刀を抜き、アクスに向かっていた。
「困りましたね」
ブーツの家のとある一室。
そこで、ベットに座り、目をつぶっていたグランが、呟く。
「覚醒には、まだ早いハズだが・・・」
空間に消える独白。
誰に語ることもなく、ただ声に出す。
「しょうがない、か」
グランは立ち上がり、部屋を後にした。
不思議な空気が、後に残る。
<四十八>─アンダーソン邸襲撃事件・6『流転』─
「邪魔だ!!」
もう一振り。
大きく横に振られた斧は、騎士たちを吹き飛ばす。
「退け、退け!!」
一時的な後退が必要だ。
そう考えたのだろう、援軍の指揮官は、そう叫ぶ。
「逃がすか!」
「逃がしてあげなさいよ」
後退する騎士団。
斧を背負い、追うアクス。
その間に割り込む、総司。
刀を抜き、鞘を捨てる。
「邪魔するな!!」
大きく横に振られる斧。
それを、細身の刀を盾に受け止めようとする総司。
「バカッ!!」
トラップの叫び声。
天が割れるような金属音。
大きなモノが引きずられる音。
「・・・なっ!?」
二メートル近く、斧に流された総司。
それでも、彼も、盾としたその刀も生きていた。
─ウソだろ!?─
あれほどの超重量。
普通なら、刀ごと叩き折られ、とばされるのがオチだ。
鎧も着ていない総司なら、あるいは・・・というところだ。
「終わりですか?」
不敵に笑う総司。
一気に頭に血の上るアクス。
「んのやろぉ!!」
天にかざされた斧。
そのまま、それが振り下ろされる。
またしても、刀で受け止めようとする総司。
「避けろ!総司!!」
大声を上げるトラップ。
今度ばかりは、無理だ。
先程は、横に、今回は縦に。
重力に従い、その斧が振り下ろされるのだ。
その全ての重さが、その刀に・・・。
「・・・んでだよ?」
まわりの全ての人間が、その光景を見届けた。
その刀で、その斧を。
受け止めたのだ。
考えて見れば、物理的には可能な行為だ。
振ってくる斧を、慣性に従い、そのまま勢いを殺せばいい。
実際、最初の一撃は、二メートルにわたって押され、それを抑えた。
しかし、二撃目は上から下。
衝撃は刀から、地面に直接伝わり、逃げ場がない。
それを、全身で─それこそ、刀を扱う手首から、下の足首まで─を使い、その勢い、全てを殺したのだ。
─これが、総司なのか─
呆然と見つめるしかないトラップ。
「終わりですね」
刀を返し、斧を地面に落とす。
そのまま、間合いを一気につめ、刀を振り上げた。
「・・・おい、総司!!」
殺すな。
パステルとの約束だろうが。
そう叫ぼうとした彼だが。
その言葉は、口に出されることはなかった。
「不思議ですね。この前は、冗談言いあってたのに、こうやって敵対することになるだなんて」
頭をふるクレイ。
キッと眼差しQに見据えた後、剣を抜く。
「あら、私は最初から知ってたわよ」
クスクスと笑うQ。
「あの店で再会したのは偶然だけど・・・。けど、あなたたちのコトは、知っていたわ」
その言葉の中にある真意に。
クレイはまだ、気付かない。
「老兵は、大人しくしていた方がいいですよ」
「そうもいかないようじゃ。なにせ、自分の家が襲われているのだからのぉ。老兵も、鞭を打って出陣じゃ」
「無理はなさらぬほうが、いいですよ」
いつの間にか、右手にナイフを握っている『黒』
「もっとも、私の方が歳をとってますがね」
「若そうでうらやましいのぉ」
笑うクレイの祖父。
同じく、腹を抱えて笑う『黒』
「いえいえ、最近腰痛に悩まされていて・・・」
腰を叩く『黒』
そうしている間に、左手に剣が握られていた。
まるでマジックショウを見ているような鮮やかさ。
おそらく、ロープの上でも同じ芸当をやってのけるだろう。
「それじゃあ、始めるか」
「ですね」
「なるほど、な」
目を開けたK。
彼は暗い室内で、ひっそりと呟く。
「不幸が生まれた、か」
薄く笑い、立ち上がるK。
そして、彼は消えた。
あるいは、最初からそこにいなかったのか。
それとも
<四十九>─アンダーソン邸襲撃事件・7『再会と再戦』─
「私はその先に用があるの」
Qは腕を組み、クレイの後ろにあるドアを指す。
その奥にあるのは・・・彼女たちが望むモノ。
人に知られてはならない。
『闇の歴史』が記された本なのだから。
「あなたたちが望むモノは、この奥にあるそうですね」
「・・・誰から聞いたの?」
「祖父から」
溜息をつくQ。
そして、次の言葉にも含まれた真実。
クレイはまだ、気付かない。
「随分とおしゃべりになられたのね。おじさまも」
「今回のコト、よっぽどこたえたみたいですから」
「・・・謝るべきかしら?」
「ご自由に」
「ありがとね、シーモア」
ここで、初めてクレイは表情をしかめた。
「なれなれしく呼ばないで下さい」
「あら、昔からじゃない。シーモアって呼んでたの、私とサラだけだったでしょ?」
「・・・サラのコトも調べたのか?」
「言わなかったかしら? 私は知っているわよ、って」
先程の会話を思い出すクレイ。
─そういえば・・・どうして?─
彼女はオレと「再会」したと言った。
彼女はオレの祖父のコトを「おじさま」と呼んだ。
そして、彼女の自分への呼び名。
「シーモア」と呼ぶのは、サラとジンジャー。
そして、後一人しかいない。
あまりにも遠く、今まで思い出すことの少なかった記憶。
そこに、彼女の顔がある。
「セシミィーラ姫?」
「あら、シーモア。やっと思い出してくれた?」
高らかに笑うQ。
クレイは、ただ、彼女をみつめている。
ドサッ
左肩に決まった総司の刀が、アクスを落とした。
止まる時。
再び、動き始めた時には。
総司は、四人の敵に囲まれていた。
「アクスの仇だ!」
「思い知れ!!」
四方からの攻撃。
だが、総司は一瞬で、その囲みから抜ける。
「逃がすか!」
一番近い─手槍を手にした─男が、総司に襲いかかる。
「はぁっ!!」
声が響いた刹那。
槍を打ち落とし、さらに肩口に刀を振り下ろす総司。
「ヤロゥ!」
剣を手にした男が、間髪を入れず、襲いかかる。
返す手で剣を打ち上げ、開いた手に刀が振り下ろされる。
─次は!!─
周囲に目を配る総司。
が、他の二人はトラップとノルによって、打ち倒されていた。
「こっちは済んだ・・・けどな、総司!!」
「なんですか?」
ツカツカと歩み寄るトラップ。
彼は、総司の胸ぐらをつかんだ。
「・・・なんで、殺した?」
「えっ!?」
眉をしかめる総司。
「パステルと約束したんじゃねぇのか?人は殺さねぇって!!」
「聞いてたんですか」
照れくさそうに頭をかく総司。
もうすでに、いつもの総司に戻っている。
「大丈夫ですよ」
「ばれなきゃいいってか? そんなのは・・・」
「トラップ」
ノルの大きな手が、トラップの肩に置かれる。
「なんだよ、ノル。止めんなよ」
「生きてる」
ボソッと呟くノル。
それを聞き、トラップは先程、総司が倒した敵を見る。
全員が、地面に伏し、斬られた場所をおさえて、呻いている。
血は、一切出ていない。
「なんで・・・」
「峰打ちですよ」
と、総司は刀を逆さにする。
それを自分の左手にあてて、滑らせる。
まったく斬れる様子はない。
「んな、ちょっと待てよ。たしかに・・・」
困惑するトラップ。
さっきの一瞬、たしかに刃の方で斬ったように思われた。
だが、総司はその一瞬、刀を逆さに持ち直し、峰で打ち、刀を退いたときには、順手に持ち直したのだ。
瞬きもすれば、それで見逃してしまう。
目を開けたままでも、果たしてその作業、全てを見届けられたか。
さらに付け加えるべきは、彼の狙った箇所だろう。
アクスは肩、手槍の男も肩、剣の男は手。
頭や胴など、峰打ちでも死に至る確率の高いところではなく肩や手、人の命ではなく、武器の命を絶つ場所を、だ。
─いったい、こいつは─
トラップは、総司に対して、初めて疑念を抱いた。
いや、疑念ではなく、興味と言った方が、正しいかも知れない。
彼は、初めて思った。
この男の、過去を知ってみたい、と。
「・・・あれ?」
ノルが、呟いた。
「どうした、ノル」
「一人、たりない」
「あぁ?」
ノルの目線の先。
先程、彼らが倒した敵が倒れている場所。
そこに、目線を送った瞬間。
「危ないなぁ」
空気を切り裂く音。
それと同時に聞こえてきた、総司ののんきな声。
「頑丈な方ですね」
「それが取り柄だ」
さきほどの大斧が、地面に座っている。
それの変わりに、腰に駆けていた手斧を持った。
アクスが、立っていた。
<五十>─アンダーソン邸襲撃事件・8『接戦』─
一本のナイフが空を斬る。
『黒』の手から放たれたそれは、目標にあたることなく、むなしい音と共に壁にあたり落ちた。
続いて二本、ナイフが同じ運命をたどる。
「わっ!!」
振り下ろされた剣を、ギリギリでかわす『黒』
続けて襲いかかってきた剣を、ナイフで受け止める。
と、同時に逆の手に握っていた剣を袈裟斬りに振り下ろす。
が、それも空を斬るだけにとどまった。
その時には既に、クレイの祖父は反対の壁まで跳んでいたのだ。
「危ないなぁ。もう少しでやられるところでしたよ。ライル・K・アンダーソンさん」
左手に握っていた剣を、右手に持ち替える。
続けて、左手に握られたのは、複数のチャクラムだ。
「・・・ほう、儂の本名を知っている、か」
「昔、いろいろと調べてましたからね。それに、仲間にあなたをいろいろと知る人もいますから」
「なるほど。ロンザ国に仕えていたヤツもいる、というコトじゃな」
「そういうコトになります・・・ね!」
宙を舞うチャクラム。
上下左右、時間差で襲いかかるそれをかわし、あるいは打ち落とす。
「せやぁっ!!」
「はっ!!」
重なる剣。
『黒』が初めて、両手で剣を握った。
「小細工はなし、か」
「そうします」
同時に剣を退く二人。
『黒』が剣を振ればライルが受け止め、ライルが剣を振れば『黒』が受け止めるというまるでキャッチボールをやっているような呼吸一致。
お互い、退く様子はまったくない。
襲いかかる剣を受け止め、隙があれば攻撃を繰り出す。
同時に剣を振り上げ、同時に振り下ろされる剣。
まったく同じように折れる剣。
その時ようやく、お互いが止まった。
荒い息継ぎ、上下に揺れる肩。
そのまま彼らは、剣を地に落とす。
「互いに歳じゃな」
「ですね」
が、ライルはショートソードを抜く。
『黒』も全身に隠した武器から、比較的長いナイフを取り出す。
「続けるか」
「ですね」
剣をかまえる二人。
ジリジリと詰まっていく間合い。
そして
「黒!!」
叫び声が廊下に響く。
二人の視線が一点を向く。
そこに立っている、ハートの10が。
彼らに歩み寄る。
「どうして姫が・・・」
「あら、それもおじさまから聞いてるハズよ」
「あなたがなにをやったかは聞いています。けど、なぜそれをやったのかは、オレは聞いてません」
「そのくらい、あなたが考えたら」
笑うQ。
クレイは、そこにどこか懐かしさを覚える。
「どうして・・・国王を殺したんですか?国王が・・・罪を犯したからですか?」
口でしか知らないその真実。
「それも理由の一つかもね。けどね、もっと他に、理由もあるのよ」
「他の理由?」
眉をしかめるクレイ。
それを無視するかのように、Qは歩き出す。
「おしゃべりが過ぎたわね、シーモア。時間がないのよ」
「待て」
止めようとするクレイ。
Qはコートの懐に手を差し入れる。
「邪魔をしないで」
パンッ
クレイの顔が弾かれる。
何がおこったのかわからないという顔。
「あなたでも、容赦はしないわよ」
さきほど、騎士を吹き飛ばしたのと同じ武器。
彼女の手には、深い茶色の鞭が握られていた。
2000年6月18日(日)22時08分〜8月9日(水)22時28分投稿の誠さんの長編小説「うたかたの風」(5)です。