第一章 ミモザ王女の件がやっと解決し、わたしたちはメインク−ン亭で祝勝会 していた。店内はランチの客でいっぱいで、美人ウェイトレスのルイザが テキパキと客の対応をしている。 わたしたちのパ−ティ−の祝勝会も終わりに近づき、わたしはかなり緊 張していた。 「あ、あのねみんなに聞いて欲しいことがあるんだけど・・・いい?」 わたしは思い切って言った。今言わなければせっかくの決心が言わず仕 舞になってしまいそうだった。 「どうしたパステル?そんな急に改まっちゃって」 不思議そうにわたしを見たクレイは優しく聞いた。 ほかのみんなも「どうしたんだ?」という顔でわたしの方に注目する。 ただし、マリ−ナとギアの二人を抜かして。きっと二人ともこれからわ たしが話そうとしているものが何か、わかっているんだろうな。 「うんとね、実はわたし実家の方に戻ろうかと考えてるの」 がたんっ 驚いた顔でトラップが勢いよく立ち上がる。 「な・なんだって・・・・・?」 「わたし、ル−ミィとシロちゃんを連れてガイナでしばらく休養をと ろうかなって」 「パステル、忘れてる。おれも一緒にガイナに帰るんだよ」 ギアがわたしに優しく微笑む。 「ええっっ!!!ギアも一緒なの?!ちょっとパステル、わたしそれ は初耳よ!」 「ごめんマリ−ナ。ちょっといろいろあって話せなかったの。許して」 マリ−ナはちょっと睨み、何か言おうとしたけどため息をついて黙って しまった。マリ−ナはなにを言おうとしたんだろう? 「なんであんたまでパステルと一緒に、パステルの故郷であるガイナに いくんだよ?」 なぜか不機嫌なトラップはトゲのある言い方でギアにつっかかった。 「・・・・・君には関係ないだろう?それとも何かわけがあるのかい?」 「うっせぇよ!!それこそあんたに関係ないねっ!おれはあんたの理由 を聞ぃてんだ。さっさと答えろよ」 「トラップ!!そんな言い方ないじゃない!」 「パステルの言うとおりだ。トラップ、一回落ち着けよ。それはまた後 でギアに聞けばいい。今はパステルの理由を聞くのが先だ。どうしてそ んなこと突然言いだしたんだい?パステル」 「え?ああ、うん・・・・・。」 わたしはちょっとうつむき、ポツリポツリとワケを話し始めた。
第二章 「何もやってないわたしが言うのもおかしいんだけど。今まで本当にいろ んなクエストをやってきたじゃない?だからちょっと疲れちゃって。それ に・・・・・」 「それに自分が足を引っ張っていて、クレイやおれの修行の邪魔になるか らってか?」 トラップはこっちに見向きもせず冷たく言い放った。 やっぱりトラップはそう思っていたんだ。そんなふうに考えると泣きたく てしょうがなかった。わたしは気を緩めるとすぐにこぼれ落ちてしまいそ うな涙を必死にこらえる。 「・・・・・パステル」 クレイは少し寂しそうな、それでもすごく優しい声で言った。 「もし、トラップが言ったとおりなら考え直して欲しい。パステルが足手 まといなんてこれっぽちも思ったことがないよ。それは確かなことだ。そ れにさ、自分たちの意志でこ−やってパ−ティ−を組んでいるんだし。レ ベルだけが上がったって、そんなの修行にならない。おれはこのパ−ティ −が自分にとってもう一つの大切な家族なんだ」 「・・・・・ありがとうクレイ。わたしもみんなを家族だと思ってるわ。 でも、もう決めたことなの。これ以上みんなに迷惑はかけられない」 「パステルは・・・・パステルはそれで後悔しないんですか?」 いつもは鼓膜が破れるんじゃないかと思うぐらい馬鹿でかい音量を出す キットンの声も今はとても小さくなっていた。 「後悔はしないよ・・・・」 マリ−ナに同じコトを聞かれたときより自信がなかった。心の中で二つ の気持ちがぶつかり合う。ガイナに帰ろうとする気持ちと、みんなとい つまでも一緒にいたい気持ち。 だけど精一杯の笑顔で顔を上げる。 「たしかにみんな抜けているところあるから心配だったけど、私が抜け た後はマリ−ナが入ってくれるって言ったから安心できるよ。おいしい お弁当作ってもらえるし、気がきくし。もう、ぜんぜんオッケ−じゃな い!」 なんか自分で言っていて、すごく悲しい。 マリ−ナも含めて、みんなが困ったような顔をしている。相変わらずト ラップはそっぽを向いてるけど。 「それでもやっぱりさ・・・・」 「勝手にさっさと帰れば?」 「トラップっ!!」 「なんだよクレイ?こんな自分のこともちゃんとできねぇような奴にパ −ティ−に残ってもらうのかよ。おれはごめんだぜ?!もうちょっと根 性のある奴だと思ってたけど、しょせんこの程度。挙げ句の果てに『こ れもみんなのため』とか言って責任転嫁してやがる。ふざけんなってん だ。そういう奴は勝手にどこへでも行っちゃいな!その方がまだパ−テ ィ−の為になる」 「言い過ぎだぞトラップっ!!パステルだってちゃんと考えてから結論 を出したんだ。っておまえどこに行くんだよ?!」 いきなり立ち上がって、店の入り口に向かうトラップの背中にクレイが 叫ぶ。 「どっかの誰かさんの馬鹿馬鹿しい話を聞いてたら、せっかくのビ−ル がまずくなるからな。どっか別のところに行くんだよ」 そう背中を向けたまま言うとトラップはそのままどっかに行ってしまっ た。
第三章 もう限界だった。 涙が目から溢れだし、顔を手で覆う。 トラップの言ったとおりなんだ。わたしは自分のやるべきコトから 逃げているだけ。それもみんなのせいにして。 でも、わたしの『やるべきコト』ってなに?わたしになにができる の?ここからいなくなるコト以外に、わたしがみんなの為にできる ことって? わからないことばかりなのに、一つだけはっきりとわかっているこ とがある。 涙が出るのは悲しいからということ。 何が悲しいのかは、わからない。とにかく悲しい気持ちでいっぱい だった。 急に頬にあたたかいものが触れ、涙を拭う。 「パステルおね−しゃん、泣かないで下さいデシ」 手を顔からはずし目を開けると、シロちゃんまでが泣きそうな顔を していた。 「シロちゃん・・・・」 「トラップしゃんに悪気はないんデシ!きっとトラップしゃんもパ ステルおね−しゃんに残っていて欲しいんデシ。ただそれを上手く 言えないだけなんデシ!」 「・・・・・ありがとう、シロちゃん。でもね、本当にトラップの 言ってたとおりなの。わたしがいけなかったんだ。ごめんね。迷惑 かけちゃって」 さっき言われた言葉を思いだすと、また涙がでてしまった。 トラップの言ったことが事実だから、よけいにつらかった。 「違うんデシ・・・・」 シロちゃんはわたしの膝の上でうつむき、それ以上何も言わない。 しばらく無言の時が流れ、いきなりガタッと音がした。 「ギア?」 「ちょっと行ってくる」 「え?どこに行くんですか?」 「クレイ、悪いがそれは言えない。それと、今夜はもう帰った方が いい。ゆっくり休んでからまた明日、話し合うのがいいだろう。み んなにとっても、パステルにとっても同じことだ」 ギアが急にわたしの名前を口にしたので、わたしの心臓は跳ね上が った。ドキドキしているのがわかる。 「・・・・そうね。ギアの言うとおりだわ。明日、わたしの家に集 まってもう一回ちゃんと話し合いましょ。パステル、それでいい?」 マリ−ナの質問にわたしは頷いて答える。 「じゃあ、クレイとノルとキットンはパステルを宿まで送ってあげ て。もちろん、眠ってるル−ミィも忘れずにね。明日いつでもいい から家に来てよ。たぶん、わたしもアンドラスもいると思うわ」 「ギアは明日どうするんです?」 キットンがギアに尋ねる。 「ああ、おれは明日は一人で過ごしてるよ。明後日、マリ−ナの家 の方に行こう」 「わかったわ。明後日に会いましょう」 ギアはわたしの方に目線を移し、優しく微笑む。 そしてすぐに外に向かってしまった。 「みんな、そろそろ宿に帰ろう。ノル、ル−ミィを頼む」 ノルは頷き、よく眠っているル−ミィをそっと背中に乗っけた。 「じゃあマリ−ナ、おれたち帰るから。明日はなるべくはやく行く よ」 「ゆっくりでもいいのよ。あ、あとクレイ。ちょっと後で話したい ことがあるんだけど、いいかな?」 「いいけど、どこで?」 「う−んと、30分後にいつものお茶屋さんで」 「O.K。それじゃ、また後でな」 わたしたちはマリ−ナとアンドラスが見送る中、暗い夜道を歩いて 帰った。
第四章 「ありがとう、ノル。ここでいいよ」 自分の部屋の前でわたしはノルからぐっすり眠っているル−ミィ を受け取った。 マリ−ナとの待ち合わせのため、クレイとは宿の前で別れること になった。 その後キットンは先に部屋に戻り、シロちゃんはトラップの帰り を待つと言ってトラップの部屋に向かっていった。 わたしがノルにおやすみを言って部屋の扉を開けようとした時、 「パステル、元気出して」 彼はとても心配そうな声で励ましてくれた。 「もう、大丈夫だよ。心配しないで」 本当は振り向いて言おうと思ったが、それはできなかった。 みんなが気遣って優しい言葉をかけてくれる。そのみんなの優し さが今のわたしにとって泣きたくなるほど暖かいモノだった。 「じゃあ、おやすみ」 ノルはわたしが泣いているのを察知したのか、それだけ言うと歩 いて去っていってしまった。 扉を開けると、窓からきれいな満月が見える。 わたしはル−ミィをベッドに運び毛布を掛けると、窓を静かに開 けしばらく寒い夜空に浮かぶ月を眺めた。 この月が地平線に沈み今、月がある場所に太陽が昇るころ、わた しはどんな気持ちでいるだろう? 明日の話し合いで自分の意見を通す自信は全くない。 「だめだなぁ・・・・・」 トラップの言葉にこんなにも動揺している。あんなに強く決心し たはずなのに。このパ−ティ−から離れるのに後悔しないはずだ ったのに。 トラップは言った。「いなくなった方がまだパ−ティ−の為にな る」と。それはわたしの決心と同じ行動なのだ。だからわたしは 自分が心に決めたようにガイナに帰ればいい。それが一番いいは ずなのに・・・・。 ここにいたいと思ってしまう自分がいる。これからもずっと一緒 に冒険していたい、なんて考えている。 わたしはもうそれ以上考えないようにした。じぶんの本当の気持 ちがわからなくなってきた。 窓を閉め、ル−ミィの隣に入り込む。 ル−ミィの寝顔はとても幸せそうだった。夢の中で好きな食べ物 をおなかいっぱいになるまで食べていたりしてるんだろうか。 ル−ミィは眠っていたから、自分と一緒にガイナに戻ろうとして いることなんて知らない。 わたしは明日、ル−ミィに話すのがちょっと不安だった。 「ル−ミィにとって、帰ることはいいことなのかな・・・」
第五章 ・・・・・・ カ−テンの隙間から注ぐ太陽の光。 普通だったらすがすがしいものなんだろうけど、今のわたしにとっ てはかなりきついモノだった。 ベッドに入ったはいいものの、あれこれ考え始めちゃって全く眠れ なかった。うう−目の下にクマができてそう・・・・。 ル−ミィを起こさないようにそっと起きあがって、カ−テンの隙間 から外を見てみる。 宿の目の前の街道は朝早いせいか、人影が少ない。今のところ2・ 3人ぐらいしか見かけられない。 少しの間ぼ−っと窓際に立っていると背筋がゾクゾクしてきた。 まぁ、いくら砂漠の中の都市だって、今は冬なんだから寒いのは当 たり前。それも着ているのがパジャマなんだからよけいに寒い。 しょうがないからまたベッドに入って横になるか、それとも着替え て散歩にでも行くべきか迷っていると、窓から見たことのある人影 が見えた。 黒髪でちょっと背が高くてなかなかハンサムな男性。 昨日マリ−ナとの待ち合わせのため、宿の前で別れたはずのクレイ だった。 わたしは急いで(しかも静かに)いつもの服に着替え、部屋から飛 び出した。 わたしが宿の入り口をでたときには、彼はもう宿の真ん前まで歩い てきていた。 「クレイ!!」 自分の名を呼ばれ、振り向いた彼はちょっと驚いた顔をした。 「パステル?!どうしたんだ、こんな朝早くに」 「わたしはどうも目が覚めちゃって。それで起きて窓から街道見て たらクレイの姿が見えたものだから。クレイの方こそ昨日から宿に 帰ってきてないでしょ?どうしたの?」 そう、クレイはあれから宿に帰ってきていない。ずっと起きていた から足音でもしたらすぐわかったもの。でもそんな音、昨夜は一つ もしなかった。 あ、そ−するとクレイが帰ってきてないのもそうだけど、トラップ も帰ってこなかったんだなぁ・・・・。 トラップ、今どこにいるんだろう・・・。 「なぁ、パステル。今から一緒に散歩しないか?」 「え?」 「ちょっとさ、話したいことがあるんだ」 「うん、いいよ。わたしも散歩したかったし。ちょうどよかった」 いろいろな意味でちょうどよかった。もちろん散歩したかったのも あるけど、ル−ミィ達のことも相談したかった。 「そっか。でも、ル−ミィやシロはいいのか?」 「たぶん。ル−ミィはぐっすり眠ってるし、シロちゃんはトラップ の部屋で今頃眠っているんじゃないかな?」 「トラップの部屋で?」 「帰りを待つって言ってたけど、ずっとはいくらなんでも起きてい られないと思う」 「あいつ、帰ってきてないのか?」 わたしが頷くと一瞬不思議そうな顔をした。 「ま、トラップのことだから心配はないだろう。じゃあ、歩きなが らでも話そう」 そしてわたしとクレイは一緒に宿を後にした。
第六章 てくてくてくてく・・・・。 さらに、てくてくてくてく・・・・・。 き・気まずい雰囲気だなぁ・・・・。 わたしたちは宿の周りの遊歩道を、かれこれ30分以上は歩いてい た。その間、一言もしゃべらずに。 何か話題を出さないと。う−ん話題、話題ねぇ・・・。 ・・・・・・・。 あ。そうだ。わたしったらクレイに相談したかったんだっけ。すっ かり忘れてたよ。 「あ、あのねクレイ」 「あ、あのさパステル」 二人とも同時にまじめな顔でお互いの顔を見て言いだしたものだか ら、二人で笑い出してしまった。 ホント、わたしとクレイだとこういうの多いんだよね。確かわたし とみんなが違う経路でフロリサン亭に集合したときもこんな感じだ った。でも、こういうのってなんか落ち着く感じ。 「クレイ、先にどうぞ」 「え、い−よ。パステルからで」 「そう?じゃあ、お言葉に甘えよっかな」 「あ、待って。ここじゃ寒いだろ?部屋で話さないか?」 あれ?いつの間にか宿の入り口まで来ちゃった。う−む、散歩した 意味ってあったのかなぁ・・・。謎だわ。 わたしたちはクレイの部屋で話すことにした。クレイはわたしの部 屋でいいって言ってくれたけど、ル−ミィの前で話すわけにはいか ないので断った。 「で、パステルの話ってなんだい?」 部屋はクレイがつけてくれた暖炉のおかげで暖かい。わたしはベッ ドの上に座り、イスに座ったクレイと向き合う形になった。 「うんとね、ル−ミィとシロちゃんのことなんだけど。メインク− ン亭で一緒に連れて帰るって言っちゃったじゃない?でもね、よく 考えるとそれってル−ミィ達にとっていいことなのかな、って」 「・・・・・つまりル−ミィやシロを置いていくことにしたってこ と?」 「ガイナに帰ることはル−ミィに知らせてないし、シロちゃんにも 答えを聞いていないから、まだ何とも言えないけど・・・・・。ど うしたらいいのかわからなくて。だからクレイに相談しようと思っ たの」 「そっか・・・・」 え?! わたしはとっさに扉の方を見る。 「どうした、パステル?」 今扉のとこに誰かいたような気がしたんだけど・・・・。わたしの 気のせいかな? 「パステル?」 「あ、ごめん。何でもないよ」 「そうか?さっきの話に戻るけどいいか?」 「うん、お願い」 「お願い、って言われてもなぁ・・・。さっきパステル自身が言っ てたけど、一緒に帰るかどうかはル−ミィたちの意見を聞いてから でもいいんじゃないかな」 「・・・・・・・」 「パステルがル−ミィたちにとっていいことばかりを考えるのはわ かる。それはパステルの優しいところだからね。けどさ、答えを急 ぎすぎだと思うよ?もっとゆっくりでいいんだ」 そうか。言われてみればそうかも。そうだよね。ちゃんと答えも聞 かないのに自分勝手に答え作っちゃって、一人で悩んでた。 落ち着いて考えれば簡単なことなのに・・・・。なんでこんなに焦 ってたんだろう?自分でもわかんないや。 「それに、パステルに帰って欲しくないんだ」 ふと顔を上げると、クレイがわたしの前に立っていた。 すっごくまじめな顔でわたしの顔を見ている。 「おれ、パステルのこと・・・・」 「クレイ、パステルこんなとこにいたんですか!!大変なんです! おや、クレイどうしたんです?ずっこけっちゃって」 「・・・・いや、なんでおれってこうも運がないのかなって思って さ」 あらら。クレイったら、完全に落ち込んじゃってる。さっき何を言 おうとしたのかな? 「あ、そうだクレイ!!いじけている場合じゃないんですよっ!! ホントに大変なんです!!!」 「落ち着いてよ、キットン。一体何があったの?」 「パステル、ル−ミィがいないんです!!宿からいなくなったんで すっっ!!」 「ええええっっ!!!!!」
第七章 ル、ル−ミィがいないぃぃっっ?! そんな馬鹿なっ!! 「それってどういうこと?!説明してよキットン!!」 わたしはすっかり気が動転してしまい、キットンの肩をガクガク揺 さぶりながら叫んだ。 「お、落ち着いて下さいパステル。今、順序を追って説明しますか ら!」 キットンの説明は要約するとこんな感じだった。(要約しないとだ めなほど説明は長く続いた) 机に向かっている姿勢で毛布も掛けずに寝ていた(モンスタ−ミニ ポケット図鑑の整理をしていたらしい)彼は、朝方あまりの寒さに 目を覚まし(当たり前)、隣の部屋(つまりわたしの部屋ね)で物 音がしたので扉を開けてみたところ、ル−ミィが泣きながら服を着 るのに悪戦苦闘していたらしい。何をしているのかと聞くと、パス テルがいないので探しに行くのだと答えた。そんな危険なことはさ せられないので、もうすぐ帰ってくるだろうから部屋で待っていた 方がいい、と慰めると彼女は素直に頷き泣きやんだ。 そしてその約40分後また物音がしたので部屋に来てみると、もう そこにはル−ミィの姿はなかった。 「ちょ、ちょっとキットン、それ本当?!ちゃんと探したの?」 「この宿の中で探していない場所なんてありませんよ、パステル。 もちろんあなたの部屋は隅から隅まで探しましたし、他の部屋も同 じことです。ついでに言えばシロちゃんもいませんでしたら・・」 「自分の意志でシロを連れてこの宿から出ていったんだ。そうでも なきゃ、トラップの部屋にいたはずのシロまでがいなくなるわけな いもんなぁ」 「とにかく街の中を探すしかないわ!もうそろそろいろんな店が開 きだしてきてるから、人がいっぱいになって捜し出せなくなっちゃ うもの」 「パステルの言うとおりだ。キットン、ノルを起こしてきてくれな いか?そうしたら時間と集合場所を決めてそれぞれ分かれて探しに 行こう。その方が早いだろう」 「わたしついでにマリ−ナとアンドラスにも事情を話して一緒に探 すの手伝ってもらうわ」 「わかった。そうと決まれば急いで行動するんだ」 わたしたちは集まる時間と場所を決め、各自別れてル−ミィとシロ ちゃんを探しに朝市で人が溢れかえっている街中に突っ込んでいっ た。 今日の話し合いのことなんか全く忘れていた。 ル−ミィがなぜ宿を出ていってしまったのか、という疑問と無事で いて欲しいという思いだけがわたしの頭を支配していた。
最終章1/2 きっと今のわたしって事情を知らない人から見れば怪しい人に見え てるんだろうなぁ・・・・ でもこんなにキョロキョロ見ているのだってちゃんとしたわけがあ るのよ!こうでもしなきゃ、この人ごみの中であの小さいル−ミィ とシロちゃんを探し出せっこないもの。 ああ、けど本当にル−ミィったらなんでいなくなっちゃたんだろう? 昨日は別に変なとこなんてなかったよね?今日は今日でずっと寝て たから異常なしだろうし・・・・。 「え?」 頭の中に浮かんだある予想に対して、思わず立ち止まる。 もしこの予想が当たっていたとしたら。ううん、キットンが言って いたこととル−ミィのことを考えるとこれ以外あり得ない! 「どうしよう・・・・」 すごく不安だった。泣きたくて誰かに頼ってしまいたかった。 「なに甘ったれたこと考えてるのっ?!」 わたしは自分の弱さに気づき、頭をぶるぶる振って空を見上げる。 冬の澄み切った青さに、朝日の白く透明な光が眩しい。 目をつぶり深呼吸をして心を落ち着かせる。 「不安だからって止まっていちゃいけない。自分から動き出さなけ れば何も始まらないし何もわからないままになってしまう」 自分に言い聞かせ、またル−ミィたちを探し始めた。 そうして探しているといきなりわたしの前に影ができた。 「そこのお嬢ちゃん、何探してるのかな?おれも一緒に探してあげ よっか?」 前を見ると大柄な男性がニヤニヤしながらわたしを見下ろしていた。 うわ−いかにもスケベそうな目をした兄ちゃんだなぁ・・・・ もちろんそんな人の言うことを真に受けるほどわたしは馬鹿じゃない もんね。 「いえ、いいです。簡単に捜し出せるようなモノなんで」 「遠慮するなよぉ。おれ裏道とか知ってるからよ。そっちに探し物が あるかもしれないじゃん」 男はそう言ってわたしの肩に手を回してきた。 「な、なにするんですか!やめてください!!」 わたしは必死で男の手をどけようとするがなかなか肩から離れない。 「へっ、いいじゃねぇか。減るモンじゃないし」 あんたがよくったって、わたしが嫌なんだってば−っっ!!!! すると急に後ろからナイフが出てきて男の首筋に刃が触れた。 「ケガをしたくないならさっさと消えろ。この子はおれの連れだ」 「ギア!!」 「は、はい・・・・」 男はわたしから手を離すと人ごみの中を慌てて逃げていってしまっ た。 「パステル、大丈夫か?」 「うん。大丈夫。ありがとうねギア。助かったわ」 「大丈夫ならいいんだ。それより何でこんなトコロにいるんだ?今 日はマリ−ナのとこで話し合いじゃなかったのか?} 「本当はその予定のハズだったんだけど、それどころじゃない状況 になっちゃって」 わたしはギアと歩きながらル−ミィ家出(宿出?)事件のあらまし を説明した。ギアは「なるほど」っていう顔でわたしの話を聞いて いた。 「そういえば、ギアはなんであそこにいたの?何か用があったんじ ゃないの?」 「用事って言ったって朝飯を買いに来ていたんだよ。この時間じゃ あ朝飯を食っていないだろう?なにかおれの家でたべていくかい? ここからすぐ近いんだ」 「え?いいよ。ギアに悪いもん。それにル−ミィたちだって何も食 べていないはずだし・・・・」 確かに朝ごはん抜きはつらいけど、やっぱりル−ミィとシロちゃん を探す方が先だよね。ル−ミィ、今頃どこで何してるのかな?「お なかぺっこぺこだおう!」って泣いたりしているのかな?ル−ミィ の身に何かあるよりはそっちの方が断然いいけど。でも、とにかく 無事でいてよル−ミィ!! 「パステルは優しいな。わかった。おれも一緒に探そう。ここに詳 しい人間がいた方がいいだろう?」 「ギア・・・・ありがとう」 わたしが言うと彼は優しく微笑んでくれた。
最終章1/2 わたしたちはどれくらい探したのだろう? 足がだんだん重くなってくる。 かれこれ1時間は探し続けている。 それでも小さなル−ミィの姿は見えない。 「もしかしたらこの地区にはいないのかもしれないな。いったんク レイたちと合流した方がいいかもしれない」 「そうね。そろそろ集合の時間だし。宿に帰ってみましょ」 わたしは迷わないようにしっかりとギアについて歩き、集合場所に 向かった。 帰ってみると宿の前にはノル・キットン・マリ−ナ・アンドラスの 姿があった。 最初わたしの隣にギアがいたので驚いていたけど、ちゃんとわたし から一緒に探してくれることをみんなに話すと納得してくれた。 「あれ?クレイは?」 わたしは彼がいないのに気づきマリ−ナに聞いてみた。 「もう帰って来るんじゃないかしら?あ、来たよ」 マリ−ナが指をさした方を見るとクレイ走ってこっちに向かってく るのが見えた。 「遅れてごめん。で、みんなの方はどうだった?」 「見つからなかったわ。途中からギアも一緒に探してくれたけど全 然・・・・・」 「そっか・・・・。おれの方もだめだった。マリ−ナやキットン達 は?」 マリ−ナとノルは横に首を振る。 そんなぁ・・・・。あと残るはキットンだけが頼みの綱! みんながキットンの方に注目する。 「ふふふふ・・・」 いきなり含み笑いするなぁ!!一体何があったのよ! 「キットン!ル−ミィを見つけたのか?!」 「いえ、見つかりませんでしたよ。それらしい姿は全くありません でした」 がくっ。 「あ、あのねえキットン!!ふざけている場合じゃないのよ?!さ っきの含み笑いは何だったの?!」 「く、苦しいですパステル。そんなに首を絞めないで下さいよ。ち ゃんと続きがあるんですからっ!」 「へ?続き?」 わたしがぱっと手を離すと彼は一回咳払いをして話し始めた。 「確かに見つかりはしませんでしたが、ある店で聞き込みをしたと ころル−ミィとシロちゃんを見たという人がいたんです!!」 「本当かキットン?!どこの店だ?」 彼はにやっと笑って、 「メインク−ン亭のルイザですよ、クレイ。ル−ミィ達は20分ほ ど前あそこににいたんです」 なんともル−ミィらしい!!やっぱりお腹がへってたんだ。 「あれ?でもル−ミィのお金はわたしが持ってるのよ。お金はどう したんだろう?」 「あ、その必要はなかったようです。ルイザのおごりだったらしい ですよ」 ふうん。そうだったんだぁ。あとでルイザにお礼言っとかないとね。 「じゃあ、これからメインク−ン亭に行ってみよう!もしかしたら 他のこともわかるかもしれない」 「うん!行ってみましょ」 「いや、その必要はないらしい」 そう言ってギアはあごで前方をさした。わたしがそっちに顔を向け ると遠くの方に青い目をした小さな子どもと白い犬の姿があった。 「ル−ミィ!!!シロちゃん!!!」 わたしは二人(一人と一匹?)の名を叫びながら走って二人のもと に急いだ。 自分たちの名前を呼ぶ者に気づき、 「ぱぁ−るぅ、ぱぁ−るぅ!!」 「パステルおね−しゃん!!」 ル−ミィなんか泣きじゃくりながらとてとてと走ってくる。 涙をぼろぼろこぼしているル−ミィを抱きしめると、安心したせい か、わたしまで泣いてしまっていた。 「ル−ミィ、すっごくすっごく心配したんだからね!まったくほん とにもう、どこにいってたのよぉ!!」 「ごめんあしゃ−い。だあて、ル−ミィきいちゃたんら。ぱぁ−る ル−ミィのこと、きらいあんら」 「・・・・・あのとき、扉のとこにいたのはやっぱりル−ミィだっ たのね?」 ル−ミィはこくんとうなずく。 わたしはもう一度ぎゅっと抱きしめる。 「でもねル−ミィ、よく聞いて。わたしはル−ミィのことを嫌って なんかないわ。本当に大好きなの。わたし、ル−ミィとずっと一緒 にいたい。ずっとずっとずぅっと一緒にいたいよ」 「ル−ミィもぱぁ−るといっしょがい−い!る−みぃ、ぱぁ−るだ いしゅきだお!!」 「わたしも。ル−ミィ大好きよ」 「よかったデシね、ル−ミィしゃん!トラップあんちゃんの言って たとおりデシ。パステルおね−しゃんはル−ミィしゃんのこと大好 きだったデシ」 シロちゃんの口から出た人物の名前にわたしたちは顔を見合わせた。 「シロ、お前トラップにあったのか?」 「そうデシ。そういえばついさっきまでいたはずデシけど・・・・」 「トラップのやつ、どこいってんだ!!おれ、探しに行ってくるよ」 と、クレイが行きかけたとき、ギアがとめた。 「おれが行こう。あんたたちは少し休んでいた方がいい。朝食をま だ食べていないんだろう?」 「あんたがそう言うなら少し休ませてもらう。じゃあ、おれたちメ インク−ン亭にいるから」 ギアはうなずいて、走っていってしまった。 「ル−ミィたちも見つけられたことだし、みんなで朝食を食べにい くことにしよっか」
最終章1/2〜全てが終わり、全てが始まる〜 ギアがメインク−ン亭に来たのは別れてから30分後くらいしてか らだった。 トラップの姿はない。見つかんなかったのかな? 「ギア、トラップいなかったの?」 「ここにはいないよ」 ?どういう意味だろう? 「今度はおれが探してくるよ。ギアはここで休んでいてくれ」 「クレイしゃん、ぼくも行くデシ!」 「ちょっと待ってくれ。あんたたちに話したいことがあるんだ。 パステル、席を外してくれないか?」 「え?!わたしだけ?!」 自分に指を指して驚くわたしにギアはうなずいて言った。 「そう、君だけだ。ここの前の街道をまっすぐ行ったところに大 きな木が一本ある。その下で待っていてくれ。必ず後から行くか ら」 「・・・・・わかった。そこで待っていればいいのね?」 「ありがとうパステル」 なんとなくそう言ったギアの笑顔が寂しそうに感じたのは気のせ いかな? でも一体何を話すんだろう?それもわたし抜きで。あの話し合い だったら絶対わたしがいないとしょうがないもんねぇ・・・・。 それにさっきの「ここにはいないよ」って?トラップがどこにい るか知ってそうな言い方だったよね?でもわたしたちの前に連れ てこなかった・・・・・。 う−ん。わかんないや。 あれこれ考えているうちにギアが言っていた大きな木が見てきた。 道がまっすぐだったから、迷わないで来れちゃったな。(いや、 まっすぐで迷ってたらやばいけど) 大きな木の下には白い小さな花がたくさん咲いていた。しゃがん でみると、とてもいい香りがする。 これをル−ミィの髪にさしてあげるとすっごくかわいいかも。待 ってるのも暇だからちょっと摘んでようかな。 「パステル?!」 後ろから聞き覚えのある声がしてのでわたしはすぐ立ち上がって 振り向く。 「トラップ!!」 その赤茶の髪の毛といい、派手な服といいなにもかもがすごく久 しぶりに思えた。 「なんでおまえがここにいるんだよ?」 「わたしの方が聞きたいわよ!今までどこで何やってたの?みん なに心配させといて!!」 ありゃりゃ?なんでわたし泣いてんだろ?自分でもわかんないの に涙がでてきちゃう。 「あ−おれが悪かったよ。だから泣くなって」 トラップは困り果てた顔でわたしの頭をポンとたたいた。 「じゃあなんで昨日宿に帰ってこなかったの?」 「え、それは・・・・そ、そんなことよりなんでおまえがここに いるんだ?」 「わたしは・・・。わたしはギアにここで待っているように言わ れたからよ。わたし抜きでみんなと話があるんだって」 「ちぇ、ギアのやつよけいなまねしやがって」 「どういうこと?」 「おまえには関係ないの。おまえはおまえであのはなしはどうし たんだよ?」 「はっきり言ってどうしようか悩んでるの。昨日トラップが言っ たこと、正しかった。わたし、自分から逃げてるのよ。だからト ラップの言ったとおり帰った方がいいのかもね。その方がみんな のためになるんだったら・・・・」 そう決断しようとしたけど、とても悲しかった。わたしにとって こんなにも大きな存在となってたパ−ティ−と別れることを思う とまた涙がでてきてしまった。 「・・・・・・それがお前が本当に願ってることなのか?」 「え?!」 「それが本心なのかって聞いてるんだよ」 みんなと別れてガイナに帰ることがわたしの本心?ううん、違う。 本当は、心から願っていることは・・・・ 「みんなと一緒にいたい。ずっとこれからも一緒でいたいよぉ」 涙がどっと溢れた。ずっと心に押し込めていたものが爆発した。 わがままで自分勝手かもしれない。それでも思うのだ。これが本 当のわたしの願い・・・・!! 「だったらずっと一緒にいろよ」 思いがけない言葉にわたしは驚く。 「トラップ・・・・?」 「お前にとって大切なものは何だよ?」 「・・・・・みんな・・・・」 「だったら自分の気持ちに素直に従えよ。誰かの気持ちが犠牲に なってまで大切にされたいなんて誰も思っちゃいねぇ。それに、 役に立つ・立たないなんて誰が決めンだよ?自分で自分の限界を 勝手に決めるな。そんなの自分で決めるなんて100年早いんだ。 わかったか?」 「じゃあ・・・一緒にいてもいいのね?」 「イイって言ってんだろ−が!!頭も悪かったが、とうとう耳ま で悪くなったか?」 ひっど−い。そこまで言うことないのに。でもとてもうれしかっ た。言葉にできないほどうれしくてしょうがなかった。 「あ、そう言えばトラップの大切なものって何?やっぱりお金?」 ちょっと疑問に思ったんだ。だって気になるじゃない? 「・・・・・お前、おれのこと馬鹿にしてない?」 「え!お金が大切じゃないの?」 「ば−か。大切に決まってんだろ」 なんだそりゃ。 「金も大切だけど、それより大切なものがあるんだよ」 「へぇ−それって何?」 わたしが聞くと彼はわたしのおでこを指ではじいて意地悪そうに 笑った。 「教えてや−んね!」 「なんで−?教えてくれたってイイじゃない!トラップのけち!」 「お、クレイたちが来た来た!」 あ、ホントだ。ギアも一緒にいる。みんなに帰らないことにした の言わなくっちゃ。あとギアにもあの返事しなきゃなぁ・・・・。 「ぱぁ−るぅ!!」 ル−ミィがわたしに抱きついてくる。 「よぉ、みなさんおそろいで」 「トラップ!!お前なぁ・・・・まぁいいや。こうしてみんなそ ろったんだからな」 「あ、あのねみんな。わたし言わなくっちゃいけないことが・・」 そう言いかけたとき、ギアがわたしの両肩に手を置いた。 「ギア・・・?」 「みんなもうわかっているんだよ。わざわざ言う必要はないんだ」 へ?どういうことなの?! 「パステルがでていったあとギアがね『パステルと一緒にいてや ってくれ』ってわたしたちにお願いしてきたの。『パステル自身 のことは心配しなくていい。ある人物がちゃんとやってくれるは ずだ。』ある人物ってトラップだとは知らなかったけどね」 マリ−ナの話を聞いてびっくりしてしまった。じゃあギアはわた しがガイナには帰らないって事がわかってたの?! 「パステル、もうすぐここにシルバ−リ−ブ行きの乗り合い馬車 が来る。それでみんなと一緒に帰ったらいいだろう」 優しく微笑むギアを見たらまた涙がでてしまった。本当に今回泣 くのが多いなぁ。 「ごめんなさいギア。一番あなたに迷惑をかけちゃった。本当に ごめんなさい・・・・」 「謝らなくていいよ、パステル。それにおれ、気が長い方だから いつまでも待ってる。気が変わったらいつでもイイから来てくれ ればいいさ」 「よく言うぜ。気の長い奴がいきなり来て人のこと殴ったりしな いモンだけどな」 「そのぶん、おれは大切な者は傷つけないからな」 「ま、なにはともあれ長期戦突入ってとこか。全くおれって不幸 なんだか幸せなんだか」 ?? 「・・・・ねぇマリ−ナ。ギアとトラップとクレイは何言ってる の?」 マリ−ナに聞くと彼女はとびっきりの笑顔で答えてくれた。 「今からすべてが始まったってとこかしらね」
1998年3月24日(火)01時22分40秒〜4月08日(水)05時01分15秒投稿の、瑞希 亮さんの小説「彼と彼女の事情」本編です。番外編もあります。