彼と彼女の事情 番外編〜トラップの想い〜

1.

    砂漠の中の都市といってもさすがに冬の、それもこんな夜中ではと
    てつもなく寒い。吐く息は真っ白だ。
    おれはさびれた居酒屋を出ると目的地がないまま歩き出した。
    ふと、上を見上げると澄み切った夜空には白い暖かな光で街をてら
    す満月があった。あいつも今頃この月を見ているのだろうか?それ
    ともおれの言葉に傷つき泣き疲れて眠っているだろうか?
    あいつの・・・パステルの気持ちは何となく気がついていた。おれ
    やクレイに遠慮して、自分の存在に自信がもてなくなってきていた。
    「バカやろう・・・・」
    あいつは自分があのパ−ティ−にとってどんなにかけがえのない存
    在なのか、まだわかっちゃいない。みんなやクレイにとっても、そ
    しておれにとっても・・・・いろんな意味で『大切な者』なのに。
    けど、それに気がつかずにパステルは帰ってしまうかもしれない。
    帰らしたくない。ここからいなくなってなんか欲しくない。
    「・・・ずっとそばにいて欲しい・・・」
    ただそれだけ?いや、たぶん違う。こんなにいらつくのは、他に理
    由がある。それは、あの男の存在・・・・。
    「男の嫉妬は醜いとはよく言ったモンだね、まったく」
    その嫉妬からパステルを傷つけたといってもいいかもしれない。つ
    くづく自分が嫌になってきた。
    自己嫌悪に陥りながら暗い街道を歩いていると、誰かがおれの名前
    を呼ぶ声が聞こえた。後ろを振り向くと、すぐ近くまでそいつは来
    ていた。
    「ギア・・・」
    よりによって今一番会いたくない奴No.2に会ってしまった。
    とうとうクレイの運の悪さがおれにまで移ったか。
    ばきっ
    一瞬おれは何があったのかわからなかった。身体がよろけ、頭がく
    らくらした。
    口の中に鉄の味がする。左の頬が熱を帯びているのがわかる。
    「な・なにすんだよ!!!」
    「トラップ、お前はパステルを泣かしたんだ」
    ギアは冷たい目でおれをにらみつけ、言葉を続ける。
    「おれについてこい。濡れたタオルと寝場所ぐらいかしてやる」
    「なんでおまえなんかの家に行かなくちゃいけねぇんだ!」
    「この寒い中どうやって夜を明かす気だ?それにお前は宿に帰るつ
    もりはないんだろう?」
    ぐっ。痛いとこつきやがって。相変わらず気にくわない奴だ。
    おれが黙っていると、奴はくるっと後ろを向き歩き出した。
    しょうがないので奴についていくことにした。

2.

    「へぇ−・・・ここがあんたの家か・・・・・」
    「そこら辺で座って待ってろ。今タオルを持ってくる」
    「あ、ついでに冷えたビ−ルがあれば最高なんだけどな」
    「・・・・・わかった。熱いコ−ヒ−でいいんだな?」
    ・・・・・・・このやろう・・・・
    文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、「だったらここから今
    すぐ出ていけ」なんて事になるとやばいので我慢した。おれも大人
    になったモンだなぁ。自分で自分をほめてあげたいね、全く。
    「それにしても・・・・・」
    おれは今自分がいるリビングらしき部屋を見回した。
    あるのはテ−ブル1つとイスが2つ。あとはソファと小さな本棚が
    あるのみ。う−ん、何もねえ。シンプルを通り過ぎているような、
    本当に必要なもの以外はないって感じだ。そこがなんともギアらし
    い。さすがにここで花瓶に花が生けてあったりしたら・・・・・い
    や、考えないことにしよう。恐ろしすぎる。
    「お?なんだこれ?」
    おれは本棚の上に裏返しになっていた冒険者カ−ドを見つけた。
    「『サニ−・デイズ』?」
    レベル12。ファイタ−/ヒ−ラ−か。ミモザ王女とまではいかな
    いが、パステルによく似ていやがる。ま、パステルよりはちょっと
    大人っぽいけどな。しかし、なんでギアがこんなものを・・・・?
    「何をやっているんだトラップ?」
    ギアが帰ってきたのでおれは慌てて席に着いた。
    テ−ブルには水で濡らしたタオルとこれまた熱そうなコ−ヒ−が置
    いてある。
    ・・・・・本気で出してきたか。いつか絶対この借りは返してやる
    ぞ・・・待ってろよギアのやろう・・・・
    誰かさんに殴られた頬にタオルをあてながら、熱いながらも味は悪
    くないコ−ヒ−を一口飲む。
    ギアはソファの向こうの窓際に立って夜の街を眺めていた。
    その姿がなんだか奴が大人であることを改めておれに感じさせてい
    た。無性に悔しい気分だった。
    「サニ−・デイズってのはパステルに似てるな」
    ギアは一瞬驚いた顔をしたが、またすぐに窓の方を向いた。
    「彼女のカ−ドを見たんだな?」
    「見るな、なんてだれも言わなかったぜ?で、そいつはあんたの恋
    人か?」
    答えなんて分かり切っていることだった。自分でも聞いたのが不思
    議なくらいだ。なぜなら、ギアはパステルの事が好きだから。こい
    つは2人同時になんか絶対にやるような人間じゃない。純粋にあい
    つのことを愛している・・・・・。
    「・・・・・いや。おれの片思いだった」
    「だった?」
    「おれは自分の想いをうち明けることなく、彼女を失った。彼女は
    ・・・・・あるクエストで他の仲間たちと共に死んだんだ・・・・」

3.

   そしてギアは静かに悲しそうな声でサニ−・デイズや仲間との冒険
   を、そしてあまりにもあっけなさすぎる最後のクエストの結末を話
   してくれた。
   おれは何も言えなかった。ただ背中を向けて話すギアをずっと見て
   いることしかできなかった。
   愛しい人間を失ったギアに、おれが何を言える?失うことがどんな
   に悲しいか知らないおれに・・・・・・。
   「トラップ・・・・」
   「ん?」
   「悪かったな。しけた話をして」
   「いや・・・・。いいさ。かまうなよ」
   「そうか。おれはそろそろ眠らせてもらう。トラップはこのソファ
   を使ってくれ。毛布は持ってくるから」
   「ああ、わかった」
   そしてすぐにギアは寝室から毛布を一枚持ってきてくれた。
   おれはサンキュ、と言って毛布をもらいソファに寝転がる。
   リビングから出る間際、ギアがこっちを見ずに言った。
   「おれは・・・お前たちとパステルが別の経路でキスキン国に向か
   ったとき、パステルにプロポ−ズをした」
   おれはとんでもない言葉に、勢いよくソファから飛び起きた。
   「な、なんだって・・・・・?!」
   「嘘じゃない。明日、マリ−ナの家でパステルがガイナに戻るかど
   うかが決定する。もし戻るということに決まったとき、それはどん
   な意味か・・・・わかるな?」
   「・・・・・けっ、何言ってんだか」
   自分で何を言おうとしているのか、わからなかった。ただ、心がと
   てもモヤモヤしていて気持ち悪いほどだ。
   「どういう意味だ?」
   「どういう意味もこういう意味もねぇよ。あんた、本当にアイツの
   こと好きなのか?え?」
   悔しい。ギアに、いや自分以外の奴にアイツをとられるような気が
   して。こんなにも不安で悔しくてしょうがない!
   「あんたはただ、パステルにサニ−・デイズを重ねてるだけだって
   言ってんだよ!!!」
   「ふざけるなっっ!!!」
   ギアの一言にビクッと身体をふるわせる。
   「確かに、最初パステルと会ったときはそうだったかもしれない。
   だが今は違う。パステルはパステルだ。サニ−・デイズなんかじゃ
   ない。おれはパステルを好きなんだ!!」
   しばらく何も言えなかった。
   バカなことを言った自分が情けなかった。こんな自分の姿はパステ
   ルには絶対見せられやしない。
   「ギア・・・すまねぇ。馬鹿なことを言った。自分を失いかけてた
   んだ。ホントに悪かったよ・・・・」
   「・・・・パステルは幸せ者だな・・・・」
   「え?」
   おれがギアの顔を見上げると、ギアは少しさみしそうに笑っていた。
   「いや。なんでもない。さっきの事は気にしなくていい。それより
   も、もう寝よう。日付が変わってしまったからな」
   「ああ」
   そしてギアは寝室に向かい、月の光が射し込むリビングにはおれだ
   けになった。

4.

    ギアはここから何を見ていたんだろうか?
    おれは毛布を肩に掛け、窓に近寄る。
    人工的な灯りは少なく、月明かりが静寂に包まれた街を照らし出し
    ていた。
    目線をすぐ近くの街道から遠くの広場の方に移す。
    「・・・・・なるほどな・・・」
    ここからはちょっと遠いが、視界の左の方にある建物を見つけた。
    あそこしか思い当たる場所がなかった。
    自分の想い人がいる宿。
    どの部屋も灯りはもうついていない。きっと眠っているのだろう。
    おれは今日はあそこにいたくなかった。と言うよりも、パステルに
    この気持ちのままじゃ会えるわけがない。
    なんでこんなにもおれは不器用なんだろう?素直に「帰るな」と言
    えばいいだけなのに。
    「おれってば・・・まだまだガキなんだなぁ・・・」
    それに比べてギアは・・・・。
    『大人』と『ガキ』の差にため息が自然とでてしまう。もっと大人
    になりたい。そうすればこんなにも悔しい思いをしなくてすむ。
    でも、どうしたら『大人』になれる?どうやったら好きな女を泣か
    せずにすむんだろうか?
    「・・・・や−めよっと」
    考え込むなんておれの性に合わない。おれは『ガキ』なんだから、
    『ガキ』なりにやっていくしかないんだ。
    そう考えたら急に眠気がおそってきた。そしておれはその眠気に素
    直に従うことにした。

5.

   瞼を閉じていても暖かい朝日の光はわかった。
   目を覚ましたおれは壁に掛けてある時計に目をやる。
   「6時か・・・・」
   おれが寝てからあまり時間はたっていなかった。が、よっぽど熟睡してい
  たのか実際の時間よりも寝ていたような気分だ。
   しかし、それにしてもこのおれがこんなに朝早く、しかも一度でバッチリ
  と目が覚めるとは・・・・。
   「クレイやマリ−ナが知ったらかなり驚くだろうな」
   当たり前だ。おれの知っている連中で寝起きの悪さでおれの右に出る奴は
  いなかった。じいちゃんの太鼓判付きだ。(その分、あのくそジジイには散
  々からかわれたが)
   こんな自分でも信じられないことができてしまったのは何故か。
   理由は1つしかない。
   「夢にまで見ちまうんだから、やってられねえよな・・・・」
   前髪を片手でかき上げ、窓の外に広がる街を見下ろす。
   少しずつ朝市のための店が出てきていた。人が行き交い、朝の挨拶を交わ
  しあう。
   『今日』が始まった。いや、『今日』が始まってしまったというべきか。
   パステルは、今日決心する。もう決まってしまったのか?それともまだ迷
  っていてくれているだろうか?
   「なるようにしかなんねぇんだ」
   おれは自分に言い聞かせた。けど、それでも不安と迷いは消えない。
   こんなにも自分が弱気になるなんて、思ってもみなかった。絶対にこんな
  姿はパステルに見られたくない。
   「おれは、おれができることをするだけだ。ここで諦めるわけにはいかな
  いんだ」
   おれはまだ寝ている(と思われる)ギアを起こさないように、静かに家を
  出た。

6.

 「ちっ、なんでル−ミィの奴、家出、じゃなくて宿出なんてしたんだよ。パステ
 ルたちは何やっていやがったんだ!」
  おれは道ばたに転がっていた石を蹴りながら、今どこにいるかもわからないパ
 −ティに文句を言った。
  ギアの家を出て、真っ直ぐ宿の方に向かってみたはいいものの、肝心な相手は
 どこかにル−ミィを探しに出ていってしまっていた。
  な−んかこの頃タイミングが悪いっていうか、運が悪いんだよな。ホントにク
 レイの奴の運の悪さがおれに移っちまったのか?んでもってこのままパステルと
 すれ違ったままであいつがガイナに戻る、なんて事になったらどうすればいいん
 だ?!なんとしてでもそれは阻止しなければ!!
 「うっ・・」
  そんなこと考えながら街道を歩いていると突然、目眩がして少しよろけてしま
 った。『超』がつくほど朝に弱いのに今日に限って朝早く起きちまった反動が今
 頃来たか?あ、それに加えて朝飯も喰ってねえもんな。立ちくらみするのも当た
 り前か。今すぐ朝飯を食いたいとこだが、ル−ミィとシロを捜してパステルに会
 う方が先決だ。
 「しゃ−ねえなぁ。おれの方は後回しにすっかな。まったく、いっつもな−んか
 やらかしてるんだもんな、あいつらは。ま、それを楽しいと思うおれもおれだけ
 どさ」
  『楽しい』から、『大切』だと思うからおれはあいつらと一緒にいたい。あの
 パ−ティの中におれの居場所がある。もちろんパステルにも居場所がちゃんとあ
 るんだ。
 「ただアイツは気づいていないだけなんだよな。クレイもそうだけど、あいつは
 自分をちゃんと認めないといけねぇ。他人と自分を比べてばっかじゃどうにもな
 らないんだ。自分のことで精一杯なのに他の奴らのことなんか考えやがって」
  おれの修行なんてあのパ−ティに全然関係ない。クレイだってそう思ってるは
 ずだ。なぜならそれはおれやクレイ自身で何とかするものだから。そんなに急が
 なくったってイイ。パステルにはパステルの思いを大切にして欲しいのに。
  ふと前を見るといつの間にかメインク−ン亭の看板が目の前にあった。  
  な、なぜ?!別におれは腹が減ってるから意識的に来たワケじゃない!(無意
 識的だったんでは?と聞かれたら答えようがないが)そうだ、おれはそんな人間
 じゃないはずだ!!
  どこっ
 「いって−!!誰だ人が自分の存在に悩んでるってときに後ろから体当たりして
 くるのは!!」
  おれはよろけながら入り口を見るとそこには見知った奴がいた。

7.

 「くそっ!何でおれがル−ミィ抱えて逃げ隠れなきゃいけねぇんだよ!!」
 「ご、ごめんなさいデシ!トラップあんちゃんに体当たりした上に走らせちゃっ
 たデシ」
 「シロが気にすることねぇよ。いてっ!こら!ル−ミィ、髪の毛ひっぱんな!」
  おれはメインク−ン亭からかなり離れたのでとりあえず、広場のベンチに座っ
 て休むことにした。
  ル−ミィは黙っておれの横にちょこんと座り、シロはル−ミィの逆側の腰を下
 ろす。
  両脇に座って黙り込んでいるチビたちに1つため息をついた。
 「で、何でお前らだけでメインク−ン亭にいたんだ?いつもだったらパステルた
 ちと一緒のハズだろ?」
  『パステル』の名前がでてきた瞬間、ル−ミィがいきなり泣き出した。
 「ル、ル−ミィしゃん泣かないで下さいデシ!」
  シロが慌ててル−ミィのそばに行きなだめるが、それでもル−ミィは泣きやま
 ない。
 「おれがいない間に一体パステルと何があったんだよ?」
  そうル−ミィに問いかけるとル−ミィは泣きながらちっちゃい声で答えた。
 「・・・ぱぁ−る、ル−ミィのこと、きらいになったんら」
 「パステルがお前を?あいつがそう言ったのか?」
  ル−ミィは無言であたまをふる。
  当たり前だよな。あいつはそんなこと絶対に言ったりしない。そんなことぐら
 いわかっていたけどさ。
 「じゃ、どうしてお前はそんなこと言うんだ?」
 「ぼくが代わりに答えるデシ」
  泣き続けるル−ミィに代わって、シロがおれが居ない間に起こったことを話し
 てくれた。
 「なるほどな。クレイとパステルがその話をしているのをル−ミィは聞いてしま
 い、それでそんな誤解をしてシロと一緒に宿を飛び出してきたワケか」
 「そうなんデシ。本当は止めるべきだったんデシけど、なんかあの時はパステル
 おね−しゃんとル−ミィしゃんを会わせない方がイイと思ったんデシ。だからぼ
 く・・・」
  シロはちょっとうつむいて困ったような顔をした。
  おれはシロの頭をポンポンとたたいた。
 「シロはル−ミィを思って一緒に宿から抜け出したんだろ?おれはシロがやった
 こと、正しい判断だと思うけどな。それに、これがきっかけでパステルも大切な
 モノに気づくだろうよ。だからお前は自分を責めるな。いいな?」
 「トラップあんちゃん、ありがとうデシ」
  シロは顔を上げ、笑顔で言った。
 「あ、メインク−ン亭にいたことの説明もしてくれねぇか?なんであそこから逃
 げなきゃいけなかったんだ?」
  そう、あのとき、体当たりを喰わされて振り返ってみればそこにはシロと泣き
 じゃくっているル−ミィの姿があった。おれが突然のことにポカンとしていると
 『早く逃げて下さいデシ!!』と言われてしまい、訳が分からないままル−ミィ
 を背中に背負って夢中で走ってきたのだ。
 「それはルイザしゃんがぼくとル−ミィしゃんの姿を見つけて朝ご飯を用意して
 くれたんデシ。でもその後パステルおね−しゃんに連絡するからって言ったから
 にげようとしたんデシよ。ル−ミィしゃんも『イヤだ』って言って泣き出しちゃ
 ったんデシ」
  シロが心配そうな目でル−ミィに目線を移す。
  ル−ミィはまだ泣いていた。
  おれはまたため息をつくしかなかった。 

8.

  ル−ミィはパステルと同様、いや、それ以上に単純だからパステルがクレイに
 言った言葉を聞いて、『パステルは自分が嫌いなんだ』と思い込んやがる。
 「まったく、なんでこうも女ってのは物事を難しく考えすぎんだ?答えなんて目
 の前にあるのに」
  おれはだんだん明るくなってきた空を見上げ、心の中で文句を言った。
 「もっと自分の気持ちに正直になれれば・・・」
  ま、そこんとこはおれも人のことは言えない気もするけどな。クレイにも昔か
 らよく注意されてきたもんだ。結局この性格は直らなかったけど。そう簡単に人
 間かわってたまるかってんだよな。
  でもまぁ、おれのことはこっちに置いとくとして。今、問題なのはル−ミィの
 ことだ。はっきり言って女が泣いている姿は苦手なんだ。自分がどうしたらいい
 のかわからなくなる。パ−ティにはあの泣き虫のパステルがいるから慣れるどこ
 ろか、ますます苦手になってきたし。
  どうやってル−ミィを泣き止めさせるか考えていると、ふいにジャケットが引
 っ張られた。
 「とりゃ−ぷ・・・」
  見ると目が赤くなっているが、ル−ミィはすでに泣きやんでいた。
  おれはホッとして「なんだよ?」と聞く。
 「る−みぃ、おなかぺっこぺこだおう!」
  ずるっ。
  思わずおれはベンチからずり落ちそうになってしまった。
  よく見ればさっきまで泣いていたル−ミィをなだめていたシロも、さすがに複
 雑な表情をしている。
  ル−ミィらしいと言えばそれまでのことなんだが・・・。
 「じゃあ、パステルのトコロに戻るんだな?」
 「・・・・・」
  ル−ミィはまた泣き出しそうな顔をしながら首を振った。
 「る−みぃ、ぱぁ−るのとこにかえりたくないもん。ぱぁ−るなんかきらいらも
 ん」  
  ちっ。一人前に意地なんか張りやがって。しゃ−ねえなぁ・・・・。
 「ほぅ。本当にル−ミィはパステルのこと嫌いになったんだな?」
 「き、きらいらもん」
 「本当だな?え?んじゃ、もし目の前にパステルがいたとしても同じことを言え
 るんだな?」
 「トラップあんちゃん、何言ってるんデシか!いくらトラップあんちゃんでも怒
 るデシよ!!」
 「シロは黙ってろって。おいル−ミィ、どうなんだ?言えるのか?」
  怒るシロを片手で押さえながらル−ミィの答えを待つ。
  ル−ミィはよほどおれの言葉が効いたのか、ついに泣き始めてしまった。
 「らって、ぱぁ−る、る−みぃおいていくつもりなんらもん。る−みぃ、ぱぁ−
 るとずっといっしょがいいのに・・・」
 「ったく。最初っからパステルにそう言えば良かったんだよ。お前はパステルの
 こと、好きなんだろ?」
  ル−ミィはボロボロこぼれる涙をそのままにして、コクンと1つ頷いた。
 「お前はその気持ちだけで十分なんだ。今のお前の気持ち、そのままをちゃんと
 パステルに伝えればいい」
  おれはそう言ってベンチから立ち上がり、ル−ミィの前に座って目線をあわせ
 る。
 「パステルのことは気にすんな。大丈夫だって。パステルもお前のことが好きだ
 よ」
 「ほんと?」
 「ああ。おれが保証してやる」
  ル−ミィはようやくいつもの笑顔に戻り、「ぱぁ−るのとこかえりた−い!」
 なんて言ってシロとくるくる回りながら騒ぎ出した。
  な、なんてお気楽なんだ・・・。あ、シロが目ぇ回してる。シロには気の毒だ
 が、もうしばらくル−ミィにつき合っていてもらおう。
  ル−ミィのことも解決したことだし、あとはパステルのことだけか。
 「世の中ってぇのは、なるようにしかならないモンさ」
  目を回してへたばっているシロと、まだ遊び足りないらしいル−ミィを見なが
 ら、おれはつぶやいた。

9.

   おれはル−ミィを肩車してやりながら街道を歩いていた。
   だいぶ朝市の店が出てきていて、商人や街の人々で街道はにぎわっていた。
  「おい、シロ。はぐれたりすんじゃねぇぞ?こんな人ごみの中じゃ、いったん
  迷子になると捜し出せる確率は低いからな」
  「もちろんデシ。誰かに踏まれようが蹴られようが絶対にトラップあんちゃん
  から離れないデシ!」
   ふむ、なかなかイイ根性してるじゃねぇか。えらいぞ、シロ!どっかの誰か
  さんにもこれぐらいの根性があってほしいもんだゼ、まったく。
  「とりゃ−、あれる−みぃ、ほしい!ほりゃ、あのぴかぴかひかってりゅの!
  みれみれ!!」
   ル−ミィが髪を引っ張るので、おれは痛いったらありゃしねぇ!
  「おれに宝石を買う金なんか無いんだよ!あったら今頃酒場行って賭に勝って
  笑ってるはずだぜ。ったく、ど−でもいいからそんなに髪ひっぱんなよな!ハ
  ゲちまうだろ!!」
   あ−あ、さっきまでぴ−ぴ−泣いてた奴が泣きやんだと思ったら、今度は
  「あれ欲しい、これも欲しい」って騒ぎ出すんだモンなぁ。元気になった証拠
  だっていっても元気過ぎだよ、こいつは。肩車してるおれの身にもなってほし
  いね。ま、一人でぶつぶつ言っててもしゃ−ないけどよ。
  「なんか他に考えることねぇかなぁ・・・」
   このままだとどうしてもこの後のことを、パステルのことを考えてしまう。
   あんまりこのことについては考えたくねえんだよな。考えすぎるとどんどん
  深みにハマっちまいそうで・・・いざって時に何も言えなくなりそうだ。だか
  らできるだけ他のことを考えていたいんだけど、なにも思いつかん・・・。
  「あ!とりゃ−、とりゃ−!!あれあれ!!」
   いきなりル−ミィがおれの頭を叩き出した。そりゃ確かに髪の毛を引っ張る
  なとは言ったけどよ、だからって頭叩くってぇのは・・・いや、もう何でもイ
  イや。こいつになに言っても無駄なだけだ・・・
   とにかく頭のとこで騒がれていても困るので、ル−ミィをおろす。
   とたんにル−ミィが前方に向かって走り始めた!
  「え?あ、おいル−ミィ!!待て!走ると転ぶ・・・!!」
   って言ってるそばから石につまずいて転けてるし。
  「大丈夫デシか?痛くないデシか?」
   自力で立ち上がったル−ミィの横でシロが心配している。
  「おいおいおい、一体何なんだ?いきなり走り始めやがって。何か見つけたの
  か?」
   もうすこしで宿に着くっていうのに。そんなに宿に帰りたかったワケか?
   ふと、前方の宿の方に目を向けると、宿の前に何人かが集まっていた。
   そこに一人の女が合流しようとしているのが見えた。
  「あしょこにね、ぱぁ−るがいるんらよ!る−みぃ、みえたんら!!」 

10.

   はぁ、はぁ、はぁ・・・
   ・・・・・・
  「っておれは何をやってんだ−!!!」
   に、逃げてきてしまった・・・
   あいつの、パステルの姿を見たら何故か、パステルがいる場所と正反対の方
  向に走ってきてしまったのだ、おれは。
   つまり、さっきまでいた広場に戻ってきちまったわけ。ル−ミィやシロをあ
  そこに置いてけぼりにして。
   とりあえずおれはベンチに座り込んで息を整える。走って汗だくになった顔
  に冬の涼しい風が気持ちよかった。
  「あ〜もうっ!何やってンだよ、おれは!!」
   おれはベンチの背にもたれかかって手を顔にあて、自分の行動を思い返して
  イライラした。本当に情けねぇ自分に腹がたってくるゼ!
   何故あそこで逃げてきてしまったのか。なんであのときパステルに駆け寄っ
  て「ガイナに帰るな」と言えなかったのか。
  「わかんねぇよ・・・んなモン・・・」
   なんでだろうな、自分のことなのに本当にわかんねぇや。
   ふと、空を見上げてボ−ッとしていたおれの前で足音が止まった。
  「よぉ。ギア。ル−ミィとパステルは感動の再会を果たしたか?」
  「ああ。だが、お前とパステルの場合は、どうやら感動の再会ってことはない
  らしいな、トラップ」
   おれの前に立って腕を組む細身の魔法剣士の嫌みに、おれは苦笑するしかな
  かった。
  「なぜパステルに会わなかった?」
  「・・・さぁな。おれが知りてえくれぇだよ」
  「? どういう意味だ?」
  「そのまんまの意味さ」
   意味が分からない、という表情をしたギアを横目に、おれは「よっ」と勢い
  をつけてベンチから立ち上がる。
  「ちょっと待てトラップ!どこに行くつもりなんだ!」
   ギアは歩きだそうとしたおれの腕をつかみ、続けざまに言った。
  「お前はまた彼女を傷つけ、泣かせるつもりなのか?!パステルはトラップ、
  お前を・・・」
  「あんたは・・・自分の気持ちに正直なんだな。だからあんたはパステルを傷
  つけたりしないし、あいつもあんたの前ではいつも笑ってる」
  「何を・・・言っているんだ?」
  「・・・おれはパステルに会わない方がイイのかもな・・・」
  「トラップ、それは違う!」
  「どこが違うって言うんだ!!」
   おれは腕をつかんでいたギアの手を乱暴に振りほどく。
  「あんたの言うとおりなんだ。おれはあいつを傷つける。泣かせたくないのに
  いつも泣かせっちまう。こんなおれがどうしてパステルに会えるっていうんだ
  よ!?」
  「ふざけるなっっ!!」
   ギアはおれの襟元をつかみ、拳を振り上げる。
   殴られることを覚悟して目を瞑るが、空気の流れが顔の直前で止まった。
   襟元から手が離れたのがわかり、そっと目を開いてみる。
  「・・・殴らねぇのか?」
   後ろを向いて去っていこうとするギアはこっちも見ずに言い放った。
  「馬鹿馬鹿しくて、殴る気にもならない」
  「な、なんだとぉ!!」
   真剣に考えたっていうのに、『馬鹿馬鹿しい』だと?!このやろう言わせて
  おけば!!
  「トラップ」
  「なんだよ!!」
  「お前から見て左の街道を行って、突き当たりを右に曲がり道なりに行け。そ
  うしたら途中で大きな木があるはずだ。そこで待ってろ」
  「なんでおれがそこに行かなくちゃいけねぇんだよ?!おい、ギアちょっと待
  ちやがれ!!」
   おれの文句も聞かないまま、ギアは宿の方に戻っていってしまった。

11.

  なんだかんだ文句を言いながらも、仕方なくギアの指示に従った。
  どんなに腹が減っていようが、眠たかろうが、おれはアイツの言ったとおりに
 あの広場から待ち合わせ場所に歩いてきたんだ。
  なのになんで・・・
 「パステル?!」
  大きな木の下にいた者。冬なのに懸命に咲く小さな花を嬉しそうに摘んでいた
 者。それは間違いなく、パステルだったのだ。
 「トラップ!!」
  パステルは後ろを振り向き、「信じられない」という顔をした。おれの方が信
 じられねぇよ、まったく。
 「なんでお前がここにいるんだよ?」
 「わたしの方が聞きたいわよ!今までどこで何やってたの?みんなに心配させと
 いて!!」
  おれが聞いたはずなのに、反対にすごい迫力で怒られてしまった。それも涙付
 きときた。おいおいおい・・・何故に今日はこんなに泣かれなきゃいけねぇん
 だ?おれは泣かれるのが苦手なんだよ!パステルには特に。
 「あ−おれが悪かったよ。だから泣くなって」
  と言っておれはパステルの頭をポンとたたく。・・・なんか久しぶりに誰かに
 謝ったような気がするのはおれだけか?
 「じゃあなんで昨日宿に帰ってこなかったの?」
 「そ、それは・・・」
  『正直になれない自分が情けなくて宿に帰れないでいたら、途中でギアに殴ら
 れて拾われた』って答えるのか?!そんなこと誰が言えるか!!よしっ。ここは
 強引に話をそらすしかない!!
 「そ、そんなことよりなんでお前がここにいるんだ?」
 「わたしは・・・。わたしはギアにここで待ってるように言われたからよ。わた
 し抜きでみんなと話があるんだって」
  ・・・なるほどな。そういうことだったのか。
 「ちぇ、ギアの奴よけいな真似しやがって」
  全部知ってやがったんだ、アイツは。おれの気持ちも、何もかも。
  ギアはおれに最後のチャンスを用意してくれたというわけか。イヤな奴だ。
 「どういうこと?」
  さっきのおれのつぶやきの意味が分かってない(当たり前だけど)パステルは
 不思議そうな顔で首を傾げている。
 「お前には関係ないの。お前はお前で、あの話はどうしたんだよ?」
  おれがそう聞くと、途端に目を伏せてうつむいてしまった。
 「はっきり言ってどうしようか悩んでるの。昨日トラップが言ったこと、正しか
 った。わたし、自分から逃げてるのよ。だからトラップの言ったとおり帰った方
 がいいのかもね。その方がみんなのためになるんだったら・・・」
  また、泣かしてしまった。いつもパステルはおれの言葉で泣いてしまう。
  けど、今回だけは違う。たとえ傷つけてしまったとしても、これだけは聞かな
 くちゃいけない。確かめたいんだ。
 「・・・それがお前が本当に願っていることなのか?」

最終章

  パステルは「え?!」と驚き、顔を上げた。
 「それが本心なのかって聞いてるんだよ」
  もう一度、ゆっくり、はっきりと聞く。
  パステルがガイナに帰るということは、ギアも一緒に帰るということだ。それ
 はギアの言葉を受け入れたってコトになる。
  そんなのヤだった。あいつなんかに渡したくなかった。今、自分がギアに嫉妬
 しているのを何故か自分の中で素直に認められた。
  でも、パステルに聞いた理由はこれだけじゃない。
  このままじゃ何もかも中途半端なんだ。パステルがどんなにあのパ−ティを大
 切に思っているのか、分かっているから。あのパ−ティ全員がどんなにパステル
 を大切な存在と認めているか、分かるから。だからおれは次のパステルの言葉を
 待つ。何回泣かれようとも。
 「・・・みんなと一緒にいたい」
  しばらくの静寂のあと、パステルが言った言葉は、おれの待っていた言葉だっ
 た。
 「ずっとこれからも一緒にいたいよぉ・・・」
  泣きながらやっと本心を言う姿は、ル−ミィと全く同じだった。広場でのこと
 を思い出すと、つい苦笑してしまう。
 「だったらずっと一緒にいろよ」
  安心と、『やっと言いやがったか』という半ば呆れた気持ちの入り交じったた
 め息をついて、おれは言った。
 「トラップ・・・?」
 「お前にとって大切なモノは何だよ?」
 「・・・みんな・・・」
 「だったら。自分の気持ちに素直に従えよ。誰かの気持ちが犠牲になってまで大
 切にされたいなんて誰も思っちゃいねぇ。それに。役に立つ・立たないなんて誰
 が決めンだよ?自分で自分の限界を勝手に決めるな。そんなの自分で決めるなん
 て100年早いんだ。わかったか?」
 「じゃあ・・・一緒にいてもいいのね?」
  そう言ったパステルの顔がとても嬉しそうだったもんだから、何だか顔が熱く
 感じてしまう。
 「イイって言ってんだろ−が!!頭も悪かったが、とうとう耳まで悪くなった
 か?」
  照れ隠しに言った言葉に一瞬頬を膨らませたパステルだったが、すぐに笑顔に
 戻った。表情がコロコロ変わるところもル−ミィにそっくりだよなぁ。
 「あ、そう言えばトラップの大切なモノって何?やっぱりお金?」
  いきなり鋭い(本当か?)質問をしてきた。しかし、『やっぱりお金?』って
 どういう意味だ?まぁ、きっと他の奴らでも同じこと言うだろうけどよ。
 「・・・お前、おれのこと馬鹿にしてない?」
 「え!お金が大切じゃないの?」
 「ば−か。大切に決まってんだろ」
  パステルはますます意味が分からなくなったようだ。
 「金も大切だけど、それより大切なものがあるんだよ」
 「へぇ−それって何?」
  興味津々な顔でおれの顔をのぞき込んできた。ふっ。ひっかかったな。
  バチンッ。指でパステルの額をはじくと、おれは反撃が来ないうちにさっと離
 れた。
 「教えてや−んね!」
 「なんで−?教えてくれたってイイじゃない!トラップのけち!」
  後ろで何やらパステルが文句をたれてるが、それを聞くのも久しぶりのような
 気がした。

  その後、クレイたちとあの場で合流しマリ−ナ達と別れ、乗り合い馬車でシル
 バ−リ−ブに向かった。
  ギアともそこで別れたが、きっとまた会うことになるだろう。根拠はないが何
 となく分かる。ま、今度会ったときは会ったらでなるようにしかならねぇけど。
  そんなこと考えながら、馬車の心地よい揺れに身を任せ、おれはウトウトし始
 めた。そういやぁ今日は朝早く起きた上に朝飯喰わないで走り回ったからなぁ。
 本当に今日は色んなコトがありすぎて、さすがにおれでも疲れたゼ。シルバ−リ
 −ブに着くまでまだ寝る時間はあるな。よし、寝るか。ああ、くそ眠ぃ・・・。
  キットンのばか笑いが馬車内で響く中、それでもぐっすり眠れてしまったおれ
 であった。     

 1998年4月11日(土)14時33分14秒〜6月07日(日)01時14分10秒投稿の、瑞希 亮さんの小説「彼と彼女の事情」番外編です。

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