封じられた小さな思い出(1)

〜1ピース〜

   周りは真っ暗で何も見えないよぉ。遠くで何かの声がする。聞いた
   ことのない声。
   上を見上げても半分のお月さまがあるだけ。
   なんでわたしがここにいるの?ここはあの森の中?全然わかんない。
   「お父さぁん、お母さぁんどこにいるのぉ?」
   もう泣き疲れたよぉ。足が痛くて歩けないよぉ。
   せっかくお母さんが買ってくれた新しい服が汚れちゃった。
   優しいお母さんの顔を思い出したらまた涙がでてきた。
   「どうしたらいいの?・・・・・」
   わたしは樹の根っこに座った。だんだん眠たくなってきた。目が半
   分閉じて頭がボ−っとしてきちゃった。
   急にガサッと大きな音がした。わたしは驚いて周りを見渡したけど、
   何も見えない。だって真っ黒なんだもの。でも確実になにかがわた
   しの方に近づいてきている。
   怖い・・・!!!逃げたいのに身体が動かない。背中に樹の感触が
   ある。逃げる場所なんてない!!
   がさがさっ
   「嫌!!近寄らないで!どっか行って−っっ!!」
   わたしは夢中になってそこら辺にあった木の枝や小さな石を投げつ
   けた。
   するといきなり何かにガシッと腕を捕まれた。わたしは何とか逃げ
   ようと足をじたばたさせたけど、自由にはなれない。
   もうだめ!!わたし死んじゃうの?
   「お父さん、お母さん・・・・っっ!!」
   わたしが抵抗するのをあきらめ、泣き始めると急に捕まれていた腕
   が自由になった。
   「やっと落ち着いたか」
   え?!
   わたしが前に顔を向けてみれば、そこには一人の少年がいた。
   少年はわたしの前にしゃがみ込んでわたしの顔をのぞき込んでいる。
   「あ、あなただぁれ?」
   「『あなただぁれ?』じゃねぇよ!その前に言うことがあるだろ?!」
   ここで、その少年はわたしの頭をポカッとたたいた。
   「いった−い!!なにするの?!」
   「ふんっ。それぐらいで痛いって言うんじゃねぇよ!失礼なのはお
   前の方なんだぞ!!いきなり人に石なんか投げてきやがって」
   へ?あ、そうか。わたしてっきりモンスタ−かと思って・・・・・。
   「ご、ごめんなさい・・・・」
   「素直に謝ればいいんだ。さっきのことは忘れてやる」
   むっ。なんか意地悪だなぁ、この人。でもわたしが悪かったんだし、
   しょ−がないか。
   「んで、何でお前はズ−ルの森にこんな時間に一人でいるわけ?」
   彼はわたしの横に腰を下ろしながら行った。
   「わたし?わたしもなんでだかわからない。お父さんとマお母さん
   に会いたいよぉ・・・・・」
   だめだ。どうしても涙がでてきちゃう。独りぼっちだったから少し
   安心したのかもしれない。
   「だあぁぁっ!泣くんじゃねえ!泣いたってど−しようもねえんだ
   よ!それぐらいわかるな?」
   わたしは彼の声にびっくりして慌てて泣くのを止める。
   「で、よ−するにだ。お前はどうしてだかわからないけど、一緒に
   いたはずの親とはぐれちまったんだな?」
   わたしがコクッとうなずくと、彼はため息をついた。
   「お前・・・迷子か・・・」
   「・・・・・・言われてみればそうかも」
   またもわたしは彼に頭をたたかれてしまった。
   そんなにたたかなくったっていいのに。
   「そう言えば、どうしてあなたはここにいるの?」
   文句を言いたい気持ちをグッとおさえて、反対の彼に聞いてみた。
   「・・・・・誘拐」
   「ふ−ん誘拐かぁ・・・・ってちょっとそれってすっごくやばいん
   じゃない?!あなた逃げてきたの?!」
   わたしがとっさに彼の方を見ると、彼は今にも寝そうな状態で寝返
   りを打っていた。
   「そうだよ」
   「そ・そうだよって、早く逃げないと追いかけて来るんじゃないの?」
   慌てるわたしを横目に彼はいかにもめんどくさそうに答える。
   「こんなに暗いのに灯りも持たず動くとろくな事ねぇよ。だったら
   明るい朝になってから逃げた方がよっぽど安全だぜ。つ−わけでお
   れ寝るからな。お前も寝ろ」
   と言って寝息を立てて寝てしまった。
   し、信じられない!なんでこの状況で寝れるのぉ?!

〜2ピ−ス〜

   ・・・・わたしってどうしてこうも立ち直りが早いのかしら・・・
   そう、結局わたしは『こんな状況』にありながらもぐっすりと寝て
   しまったのだ。眩しい朝日で目が覚めて、大きく背伸びをしたとき
   のこのなんていうすがすがしさ!・・・・・本当はこんなにゆっく
   りなんてしていられないのになぁ・・・・・。
   わたしは実は迷子だったりするし、昨日会った彼は彼で・・・・・
   「誘拐されて脱走してきたような人間だものねぇ・・・・」
   ため息をついて、ちらり、と横を見ると彼は熟睡していた。
   昨日はもう夜だったので真っ暗で彼の姿など見れなかったが、今見
   るとかなりハデな格好をしている。背はわたしと同じくらいで「ち
   ゅうにくちゅうぜい」の体格。赤がかった茶色のさらさらな髪の毛
   は光に透けて赤そのものに見えたりする。これじゃあ逃げてもすぐ
   に見つかっちゃうような気がするんですけど・・・・・。
   わたし、ちゃんと無事に家に帰れるのかしら?すっごく不安になっ
   てきた。
   ああ、だめだ。不安になるとどうしても涙がでてきちゃう。でも、
   我慢しなくっちゃ。またこの人に怒られちゃうものね。
   わたしは目にたまった涙を袖で拭いてから彼を起こしにかかった。
   「ねえちょっと、そろそろ起きたら?もう朝だよ?」
   彼の身体を揺らしてみたが、全く起きる気配なし。
   耳元で大声を出したり、ほっぺをつねったりしてみたけど全然だめ。
   最終手段としてわたしは彼の身体をくすぐり始めた。
   「ぐ、わっはははは、や、やめろよ、ひぃ、ひぃ、くすぐってえっ
   て言ってんだろ−が!!やめろこのくそジジイっ!!!」
   く、くそジジイぃ?!
   「誰がくそジジイよ!!さっさと起きろ−っっ!!!」
   ようやく目覚めたのか、彼は体を起こしてわたしの方を向いた。
   そのまま彼がわたしをじ−っと見ているのでちょっとどきどきしな
   がらも一応、挨拶をする。
   「あ、おはよう。やっと起きたんだね。あなた、起こすの大変だっ
   たんだよ。さあ、早くここから逃げよう」
   それでも彼はわたしを見続ける。動こうとすらしない。
   ?一体どうしたんだろう?具合でも悪いのかな?
   わたしが声をかけようとしたとき、彼は口を開いた。
   「・・・・・な−んだ、マリ−ナか。おれは昨日木登り100回や
   らされてねみ−んだよ。今日ぐらいゆっくり眠らせてくれ」
   と言ってまた寝る体勢に入ってしまった。
   だめだ!!この人、完璧に寝ぼけてる!!!この人の場合、あれじ
   ゃ起きたことにならないのか!!全く信じられないよぉ、もう!!
   かくして、わたしと彼の寝ぼけの格闘が始まってしまったのだった。

〜3ピ−ス〜

   「本当にこの道であってるのぉ?」
   わたしは不安になって前を歩く彼に聞いてみたが、返事はない。
   無視するどころかまるでわたしを突き放すように歩くペ−スを速く
   したように感じる。
   「ちょ、ちょっと待ってよ!なんかいきなり歩くの、速くなってな
   い?もうちょっとゆっくり歩いて欲しいんだけど」
   「なんでお前のその、のろまなペ−スにおれがあわせなきゃいけね
   えんだ?ゆっくり歩きたけりゃ勝手にすれば?おれには関係ないね」
   「・・・・・あなた・・・さっきの事、まだ根にもってんでしょ?」
   「さっきの事?ああ、あれね。い−や全っ然気にしてなんかねぇよ。
   だってあんたのおかげでスリルな目覚めを経験できたんだ。まさか
   一生迷子になってろ、な−んてこれっぽっちも思っちゃいないさ」
   こりゃかなり根にもってるなぁ。んでもって、心の中で絶対『一生
   迷子でいろ』って思ってるんでしょうね。そりゃあね、少し乱暴だ
   ったかなぁって思うけどさ、本当に悪いのは自分だって事、この人
   気づいてるのかしら?
   私が実力行使にでたのは、彼がとんでもなく寝起きが悪いんだとい
   うことをその身をもって知ってから約30分ぐらいしてからだった。
   もちろん、いろんな方法を試してみたけど全然彼にはきかなかった。
   しょうがないのでわたしはちょっと大きめな石を持ってきて、それ
   を眠っている彼の顔のすぐ横に落とそうとした。落ちた音で起きる
   かなぁと思ってやったことだった。けど石は以外に重く、わたしが
   重みに耐えかねてよろけたとき両手から滑り落ちて、彼の顔の真上
   に落下。当たる寸前に彼は目を覚まし、間一髪で直撃をさけた。
   わざとやったんじゃないんだけどなぁ・・・・・。とにかく彼には
   すぐに謝った。だけども彼はかなり怖かったらしく、わたしをしば
   らく睨んで急に立ち上がったかと思ったらさっさと一人で歩いてい
   ってしまった。それでわたしは一生懸命彼に遅れないように早歩き
   でなんとかついていけている。こうして今に至っているわけ。
   あ、そういえば・・・・・
   「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
   「なんだよ?」
   「あなた、なんていう名前なの?わたし、教えてもらってないよね?」
   「普通よ、聞いた方が先に名乗るモンじゃねぇか?」
   こっちに見向きもせず、彼は言った。けど、なんとなくもう怒って
   ないように聞こえる。機嫌が直ったのかな?
   「そうだね。えっとわたしの名前は・・・・きゃっ」
   彼がいきなり立ち止まったものだから、わたしは彼の背中に激突し
   てしまった。
   「な、なによ急に!いたいじゃないっ!!」
   「隠れろ!!」
   わたしが文句を言おうとしたとき、彼は小声だがわたしに向かって
   叫んだ。
   へ?何があったの?!
   彼の言っていることが理解できずあたふたしていると、腕をぐいっ
   と引っ張られ無理矢理茂みの中に引き込まれた。
   「ちょっと、何をするの!!」
   「シッ!静かにしろ。奴らが来たんだよ」
   彼があごで示した先を見てみると、人影が三つ、こっちに向かって
   くるのが見えた。

〜4ピ−ス〜

    彼が言う『奴ら』は『凸凹トリオ』という表現がぴったしだった。
    一人がのっぽでがりがり。その右を歩いているのがもの凄いおデブ
    ちゃんで、『よく歩けるなぁ』って感心しちゃうほど。んでもって
    のっぽとおデブちゃんの前を一人行くのはちょっとやせ気味で切れ
    目の怖そうな人だった。
    誘拐された本人曰く、『のっぽはハッズ、デブはシム、切れ目をラ
    キアっていうんだ。ハッズとシムはかなりマヌケで弱っちいから全
    然おれの敵じゃない。問題はラキアだ。あいつがリ−ダ−らしいが、
    おれの誘導尋問にひっかからねぇし、どんな武器を持っているかも
    わからなかった。おれはラキアがちょうどどっかに行っているとき
    残りの2人の目を盗んで逃げてきたんだ。あのときラキアがいたら
    いくらおれでも逃げれなかっただろうな』だって。
    誘導尋問って・・・・この人、誘拐犯を相手にそんなことしてたの
    か・・・・。なんて神経が図太いんだろ。普通、誘拐される子ども
    って言ったら大金持ちの家の子でしょ?そういうとこで育ってきた
    人っていうのはもうちょっと繊細で優しくて上品だと思うんですけ
    ど。この人とはまるで正反対。お坊ちゃんじゃないのかなぁ?そう
    だとしたら、どうして誘拐なんてされちゃったの?
    わたしが隣にいる正体不明な子についてあれこれ考えていると、ポ
    カッと本人に頭をたたかれてしまった。これでたたかれたの3回目
    だぞ・・・。
    「おい、いくぞ!」
    「へ?どこに?あ、そっか。この森からでるのか。当たり前だよね」
    「違うよ。ば−か」
    「ば、ばかとはなによ!森からでるわけじゃないなら、一体どこに
    行くつもりなの?!」
    「んなの来ればわかるって。おれの後についてこい。また迷子なん
    かになるんじゃねぇぞ!」
    と言って、茂みからでていってしまった。
    わたしも急いで彼に続いて茂みからでる。さっきの3人組の姿は見
    あたらなかった。途中、どっかで曲がったらしい。わたしは少しホ
    ッとして「早く来い」と言って手を振っている彼のもとに急いだ。

〜5ピ−ス〜

  今、わたしたちはひたすら歩き続けていた。
  迷子になるのは嫌だからと、彼の後ろにくっついて来ちゃったけど・・・。
  どこに向かって歩いてるんだか、わからない!!道なんてこの森にはないか
 ら、後ろを見ても木があるだけ。前も横もどこ見ても同じ。これじゃあわたし
 一人で歩くより、彼と一緒の方がまだましだよね。
  「あ、そうだ」
  わたしは急いで彼の横に移動する。
  「どうしたんだよ?」
  「あのね、あなたの名前教えてもらおうと思って。わたしの名前はパステル。
  あなたは?」
  「おれ?おれはトラップ。もうちっとで9歳になる」
  「9歳かぁ・・・わたしと1つ違いだね。ところでさトラップ。一体どこに
  行こうとしてるの?」
  「さぁ?わかんね−よ」
  え?・・・・・わからない?
  「そ、それってどういうこと?!どこの行くのか自分でわかってないの?!」
  「まぁ・・・・そ−いうことだな。だっておれ、この森はじめ来たんだゼ?
  わからないのは当たり前だろ?」
  「ゆっくりなんかしている場合じゃないでしょ?!あの3人組が追いついち
  ゃったらどうするのよ!!」
  「うっせえなぁ。それはたぶんねえよ。可能性なんてかなり低いと思うぜ」
  「どうして?」
  「あいつらもおれたち同様、道に迷ってっから」
  ??????
  わたしが頭のまわりにいっぱい?マ−クを出していると、トラップが事情を
  話してくれた。
  「おれがこの森で道に迷ってた時、やっぱりおれと同じく道に迷ってた奴ら
  と偶然会っちゃってさ。奴らはおれのこと知ってたんだろうな。おれとした
  ことが油断して誘拐なんてされちまったワケ。わかったか?」
  「う−んなんとなくわかったけど・・・・。2つ質問していい?」
  「まだわかんねえのかよ。しゃ−ねぇな。で、何だ質問って」
  「うんとね、まず1つめは、なんで来たこともないこの森にいたの?」
  「う゛。そ、それは・・・・。一身上の都合によりその質問は却下。はい、
  次だ次っ!」
  「なによそれ!ちゃんと答えてよ、全く」
  「いいんだよ!答えるのはおれなの。答える答えないの権利はおれが持って
  るんだ」
  なんかいいように言いくるめられた気がするけど・・・ま、いっか。
  「じゃあ、次。どうしてあの3人組はあなたを誘拐したのか。これはちゃん
  と教えてね」
  わたしが彼に念を押すと、彼はしかたなさそうに頭をかいた。
  「わ−ったよ。ちょっと話すと長くなるからな」
  そして彼はワケを話し始めた。

〜6ピ−ス〜

 「おれの家は代々盗賊やってるんだ。今は父ちゃんが頭領やっててな、結構有名
 な盗賊団なんだぜ?だけどな、うちでは盗みをしても絶対殺しをしたりなんかし
 ねぇんだ。それがうちの掟で、今までに破った仲間なんかいない」
 「それがトラップが誘拐されるのと、どう関係してるの?」
  ぽかっ。
 「さっきから人の頭をぽかぽかと!!疑問に思ったことを素直に聞いて何が悪い
 のよ!人のことを叩いちゃいけないって学校で習わなかったの?!」
 「んじゃお前は人の話をおとなしく最後まで聞くって学校で習わなかったのか?
 え?ど−だ?」
  トラップが勝ち誇った顔で言った。
  くぅ〜なんて意地悪なの?!わたしのクラスにも意地悪な男子っているけど、
 トラップに比べたら100倍くらいマシなんじゃないかしら?こんなに腹が立つ
 のに何も言い返せないなんて悔しいなぁ。
  わたしは「いつか絶対見返してやるっ」と心に決め、先を歩くトラップとはぐ
 れないように歩くのを続けた。
 「で、続きは?」
 「ああ、えっとどこまで話したんだっけか?誰かさんに学校の復習を教えてやっ
 てたから忘れちまったよ」
 「・・・トラップのうちでは絶対人を殺すことはしないっていう掟があって、そ
 れを破った人はいないってとこまでよ」
 「そう、絶対にいねぇんだ。それでだ、おれが一回油断して捕まったって話した
 だろ?その時ハッズとシムから聞き出したところによると、ラキアが小さい頃奴
 の父親がいきなり行方不明になったらしい」
 「行方不明?」
 「ラキアの父ちゃんはなんでもかなり高価な宝物を持ってたらしいんだ。いつも
 父ちゃんが肌身はなさず大切に持ってたんだと。それがある日突然宝物と一緒に
 行方不明になった。一月たっても半年たっても10年たってもラキアの父ちゃん
 は帰ってこなかった・・・」
 「待ってよ。それじゃあラキアの父さんは誰かが宝物を盗むため誘拐されたって
 言うの?」
 「それだけじゃない。ラキアはその頃ちょうど有名だったうちが、宝物を奪った
 うえにラキアの父ちゃんを口封じのために殺したって思いこんでるんだ」
 「まさか!!嘘でしょ?!」
 「さっき言ったろ−が。うちでは殺しなんかぜってぇやらないって。だけどラキ
 アの奴はそう信じ込んでちまってんだよ。文句を言ってやりてえところだけど、
 なんせ奴と会わねえからなぁ。姿を見たのは一度だけでそんときはさるぐつわを
 噛まされてたから話すことなんかできなかったし」
  たぶん、トラップの言っていることは本当。いくらトラップの家が有名な盗賊
 団だからって証拠もないのに信じ込んじゃうなんて・・・ちょっと強引すぎなん
 じゃない?
 「ねぇ、トラップ。ラキアって人は復讐するためにトラップを誘拐したって事で
 しょ?だとしたら今度ラキアに捕まっちゃったらトラップはどうなっちゃうの?
 まさか・・・」
 「・・・間違いなく、殺されるだろうな・・・」
  わたしが考えてしまったことがあってなければいいと思って一応、聞いてみた
 んだけど・・・。なんかわたしってとんでもない事件に巻き込まれてるような気
 がするなぁ・・・。
 「お前、帰った方がいいよな・・・」
  わたしが不安になって考え込んでいると、トラップがこっちを見ずにちょっと
 悲しそうに言った。
 「トラップ?」
 「パステルは帰った方がいい。少なくともおれと別行動しろ。わかったな?」
  なんでそんなコト言うの?胸のあたりがズキズキする。
  確かに怖い。わたしも殺されちゃうかもしれない。けど、けど・・・!!
 「・・・いやよ」
 「なに?」
  トラップガ立ち止まり、わたしの方に身体を向ける。
  わたしはトラップの顔をキッとにらみつけた。
 「嫌って言ったのよ!!確かに怖くないって言ったら全くの嘘だけどっ、ここま
 で一緒だったんだから最後まで一緒にいるわ!!」
  足がふるえてるのがわかる。いつの間にか熱い涙が目から溢れている。
 「パステル・・・」
  トラップがわたしに近づこうと一歩前に踏み出したとき。
  何かがわたしたちの間に大きな音でうなってのびてきた。
 「!?」
  たくさんの落ち葉が舞い上がってトラップの姿が見えなくなる。
  そして誰かに口を手で押さえられ、まわりが真っ暗になった。

〜7ピ−ス〜

  冷たくてゴツゴツした感触に目を覚ましてみると、そこは全く知らない洞窟み
 たいなところだった。周りを見回しても誰もいない。
 「あれ?ここどこ?なんでわたしこんなとこに・・・」
  あ、そうか。誰かに後ろから襲われてここまで運ばれちゃったんだ。というこ
 とは・・・
 「今度はわたしが誘拐されちゃったってこと?!」
  トラップが誘拐されたんならわかるけど、何でわたしがやられなきゃいけない
 の?わたし自身のことで思い当たる事なんてないしなぁ。やっぱりこれってト
 ラップの事件に巻き込まれちゃったことになるのかな?覚悟はしてたけど、いざ
 となるとすっごくこわい。
 「トラップ・・・どこにいるのぉ」
  泣いたってしょうがないってトラップに怒られたのに、どうしても不安で涙が
 でてきちゃう。わたし、これからどうすればいいの?
  泣くことしかできないまま座り込んでいると、どこからか泣き声が聞こえてき
 た。赤ん坊がぐずっているような、そんな感じの声。
  わたしは泣くのを止め、声が聞こえる方に向かう。
  怖くないのかって聞かれたらすぐにきっぱりと「怖い」って言えちゃうんだけ
 ど、それよりも『好奇心』の方が勝っていたのよね。う−んわたしってちょっと
 問題有りかも。
  洞窟の中は岩の壁に張りついてるコケが光るモノらしく、ランプが無くても平
 気だった。このコケがなかったらきっと2,3歩歩いただけで、たんこぶやらす
 り傷やらがいっぱいできちゃってたんだろうな。
  一本道を歩いていくと、どんどん泣き声が大きくなってきた。この声はどう聞
 いても赤ちゃんの声だ。でも何でこんなトコロに赤ちゃんが?謎な事が増えてい
 くばかりだなぁ。わたしが誘拐された理由でしょ、それに誘拐されたっていって
 も、わたしが起きたとき縄で縛られたりしていなかった。普通逃げないように何
 か工夫するものじゃない?なのにこれじゃあ「どうぞ逃げて下さい」って言って
 るようなもの。なんか怪しいよね。あともう一つは例の赤ちゃんのこと。全ての
 謎は誘拐犯だけが知っているんだろうな。
  そんなこと考えて歩いていたら左の方に赤い光が見えた。どうやらわたしがい
 たところのように1つの部屋になっていて、そこに泣き声の主はいるらしい。
  わたしは通路に誰もいないことを確認し、深呼吸をしてから部屋の中に入って
 みた。そこには鳥の巣を大きくしたようなクッションがあり、その上には綺麗な
 白の布に包まれた赤ちゃんがまるでお母さんを呼ぶように泣いていた。
 「な、泣かないで赤ちゃん。大丈夫だから、ね。もう泣かなくていいんだよ?」
  とにかく赤ちゃんを泣き止めさせるため、わたしはやったこともないのに赤 
 ちゃんを抱いて意味不明な言葉で呼びかける。するとどうだろう、赤ちゃんは泣
 きやむだけじゃなくてスヤスヤと安心して眠ってしまったではないか!!
  この寝顔がかわいいのなんのって!!よく『天使の寝顔』って言うけど、ホン
 トその通りだと思う。ギュ−ッて抱きしめちゃいたいぐらいかわいいの!
 「ん?」
  この子、さっきは布で隠れてて気づかなかったんだけど、よく見ると耳がとん
 がってるよね?それにまだあんまりないけどフワフワの金色の髪の毛。この子っ
 てもしかしなくてもエルフの赤ちゃんなのでは?! 

〜8ピ−ス〜

  エルフの赤ん坊はわたしの腕の中ですやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
  その『天使の寝顔』を見ながらわたしは立ちつくして、ボ−ッとしていた。
 「これからどうしよう?」
  そればかり考えていていると、いきなり視界の端が赤く鋭く光った。
  ま、まぶしい!一体何が起こったの?!
  光った方を見てみると、そこには真っ赤な玉があった。
  引き込まれそうな妖しい光。まるで血の固まりを水晶のように磨き上げたよう
 な赤。
  我に返ってみると、いつの間にかその玉を手に持っていた。
  「危険だ!」何故かわからない。けど、とっさにそう思ってわたしは玉を手か
 ら離す。
  なんだろう?なんかすっごく背中がゾクゾクしてきた。身体は寒いって感じて
 るのに、頭の中は熱い。時々鋭い痛みが頭に響く。
 「痛い!」
  わたしはあまりの痛さに赤ちゃんを抱えたまま、その場に座り込んだ。
  頭の中にしかない痛みがどんどんひどくなってる!このままじゃ頭が割れちゃ
 うかも。
 「と、とにかくここから逃げなくちゃ・・・」
  立とうとしたら身体に力が入らなかった。しょうがないので、片手に赤ちゃん
 を抱き変えて四つんばいになって部屋の入り口に向かう。
  ふと、地面に影がさした。
 「そこで何をやっている」
  氷のように、ううん、それ以上に冷たい声が部屋に響く。
  身体中から吹き出す冷や汗を感じながら顔を上げると、入り口のトコロに男が
 一人、立っていた。
 「ラキア・・・」
  わたしはのどの奥から声を絞り出して、その男の名前をつぶやいた。

〜9ピ−ス〜

   髪は黒く、後ろで1つに縛っている。歳はたぶん、二十歳前後。遠くから見
  たときはわからなかったけど、けっこうかっこいい。ちょっとやせ気味で、な
  んというか鋭い刃の様な雰囲気を持っている。
   そして何よりも目についたのがラキアの目。赤い目だと思っていたけど、本
  当はそうじゃなかった。目が血走ってる、というのかな?とにかくこわい。
  「そこで何をやっている、と言っているんだ」
   ラキアの静かな抑揚のない声がはっきりと聞こえる。
   さっきまで体を動かせなかった程痛かった謎の頭痛も、今では全然していな
  い。どうやら一時的なモノだったみたいね。ふぅ、よかった。あのままだった
  ら逃げようにも逃げられなかったもん。
   寝ている赤ちゃんに気をつけながら、わたしは立ち上がった。ラキアは剣は
  持っていない。今がチャンス!
  「あ、あなたこそなんでトラップを狙うのよ?」
   わたしはジリジリと少しずつ入り口に近寄っていく。入り口はラキアが立っ
  ていても子どもが通れるぐらいの隙間があった。こうなったら強行突破しかな
  い。
  「父親の仇を討つためだ。父が行方不明になったのもあそこの盗賊団が父の持
  っていた宝石に目がくらみ、父を拉致したからだ。そしてその父を殺し、宝石
  を奪った」
   ラキアの声にかなりの憎しみがこもっている。目つきもだんだん変わってき
  た。
  「でも、それはあなたの想像にしかすぎないわ。父さんが拉致されたときちょ
  うど有名だったトラップのとこの盗賊団を犯人だって決めつけるのは、いくら
  なんでも強引すぎるじゃない!」
  「ある人間に教えてもらった。想像じゃない。だから・・・」
   ラキアが不意に言葉を止め、腰の後ろに手を伸ばす。
   ヒュンッという音がしたと思うと、わたしの頬から血が流れた。
  「お前はヤツ殺すための人質、逃げようなんて思わないことだな。おれはいつ
  でもお前を殺せる」
   手に持った先に小さな刃がついている鞭をピシッと足下にうならせ、ラキア
  は無表情のまま言った。

〜10ピ−ス〜

   ど、どうしよう・・・。
   膝だけじゃない、体全体がふるえてる。
   相手はわたしより大人でその上、鞭という武器も持ってる。ここから逃げら
  れっこない。わたしじゃ何もできないよ!
  「誰か助けて・・・」
   助けを呼ぼうにも声が出ない。声の代わりに涙が頬を伝わって手の落ちる。
  さっきラキアの鞭で切れた頬が痛い。わたしここで殺されちゃうの?
  「いたっ」
   急に髪が引っ張られた。いつの間に起きたのか、赤ちゃんがわたしの髪の毛
  をいじっている。こんな時にそんな『のほほん』とした顔しないでよ〜!!
  「そのエルフはさっきの情報と取り引きするモノだ。返してもらおう」
   ラキアが鞭を片手に近づいてくる。わたしは一歩一歩後退する。
  「こ、この赤ちゃんをどうする気よ!?」
  「相手は行商人だ。エルフの生命力を結晶化したものは金持ちや貴族によく売
  れるらしいからな。生命力の結晶は幼ければ幼いほど大きく、輝きは増す」
  「そんな!!生命力を結晶化するってことは、そのエルフは死んじゃうってこ
  とじゃないの?!」
   なんて酷いことを!!そのためにエルフを必要とする行商人も酷いけど、そ
  れ以上にエルフの生命力だってことを知りながら結晶を買うお金持ちや貴族は
  もっと許せない!!!
  「まあ、そういうことになる。だが・・・」
   ピシッと鞭をうならせラキアは冷たい目でわたしを見据える。
  「それもおれには関係ないことだ」
   さらりと言ったラキアに怖いとかそういうモノじゃない、妙な何かが違うよ
  うな感じを受けた。本当にこの人はそう思っているのかな?わたしのただの勘
  だけど、ラキアは本心から言っているわけじゃと思う。いや、たぶん本当に
  思っていったんだろうけど・・・何かがひっかかる。なんだろう?
  「さあ、さっさとそのエルフを返してもらおうか」
  「だめよ!この赤ちゃんはわたしが守るわ!!絶対あなたなんかにに渡さない
  んだから!!!」
   逃げようにも後ろは壁で前にはラキアがいる。逃げ道はない。けど、どんな
  ことがあろうと殺されるわけにはいかない。この赤ちゃんだけでも絶対守って
  みせる!!
  「そうか・・・。渡さないのなら実力行使にでるまでのことだ」
   ラキアが鞭を振り上げる!
   わたしは目をぎゅっと閉じて赤ちゃんを抱え込む。
   だけどわたしも赤ちゃんも傷つくことはなかった。
   カランっていう何かが落ちた音がした。
   わたしが不思議に思ってそっと目を開いてみると、苦しそうに顔をゆがめた
  ラキアの姿があった。
   ラキアの前には鞭が落ちていた。
  「今のうちに・・・はやく・・・!!」
   そう言ったラキアの声は震えていて。顔には汗がにじんでいて、必死で何か
  を押さえているようだった。
  「ラキア?大丈夫?!どうしちゃったのよ?!」
   あまりにも苦しそうにしているもんだから、わたしは思わずラキアに駆け寄
  る。
  「来るなっっ!!!」
   ラキアの一言にビクッと立ち止まってしまった。
   わたしに向けられたその目にはさっきまでの冷たい感じがない。それどころ
  か目の色が澄んだ青になっている。
  「早く・・・そのエルフを連れてここから逃げるんだ・・・。この部屋を出て
  右の道を真っ直ぐに行けばここから出られるはず。頼む・・・おれが正気でい
  れるうちに・・・早く行くんだ!!」

 1998年4月13日(月)01時12分06秒〜5月22日(金)16時08分13秒投稿の、瑞希 亮さんのオリジナルストーリーです。

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