封じられた小さな思い出(2)

〜11ピ−ス〜

   そしてその後。
   ラキアがわたしに倒れ込んできた。
   どうやら気を失っちゃったみたい。でも危なかったなぁ。わたしの後ろが壁
  だったから良かったものの、もし部屋の真ん中とかだったらわたしも一緒に後
  ろに倒れちゃって赤ちゃんがラキアの下敷きになってたもん。
  「ラキア、大丈夫なのかなぁ?」
   ラキアは言っていた。『おれが正気でいるうちに逃げろ』と。今なら簡単に
  逃げられる。トラップのことが気になるし、そして何よりもわたしの腕の中で
  スヤスヤと眠っている、このエルフの赤ちゃんをどうにかしないといけない。
  けど・・・
   わたしはとりあえず、ラキアを壁により掛からせた。本当はラキアを背負っ
  ていきたかったけど、そんなの絶対に無理。動かせない以上、ここにいてもら
  うしかない。
   ときどき、ラキアは「うっ」と言って顔をゆがめた。流れる汗は拭いても拭
  いてもキリがない。呼吸も荒い。
  「待っててね、ラキア。今すぐ行って誰か呼んでくるから。すぐに戻ってくる
  から」
   わたしはそう言って立ち上がり、ラキアが教えてくれたどうりに洞窟の道を
  急いだ。

〜12ピ−ス〜

  腕の中で眠る、小さなエルフの赤ちゃんを起こさないよう気をつけながら、わ
 たしは明るい洞窟の中を走っていった。
  ・・・でも、なんかおかしいのよね。いつまでたっても出口が見えてこない。
 ちゃんとラキアが教えてくれたとおりに進んでるはずなんだけど。
  あの赤く光る部屋を出て、左にまっすぐっだったよねぇ、確か。あれ?右だっ
 たっけ?わたし、あの時どっちに曲がった?今までいくつも分かれ道があったけ
 ど、この道って本当にまっすぐの道?
  か、考えれば考えるほど不安になってきた・・・。走りながら涙がこぼれてく
 る。このままじゃ出口を見つけるどころか、一生この洞窟に閉じこめられちゃう
 んじゃ・・・
 「そんなの絶対にだめよ!!」
  わたしは弱気な考えを頭を振って打ち消す。
  わたし自身としてももちろんイヤだけど、この赤ちゃんのこととラキアのこ
 と、そして今どこにいるかも分からないトラップのことを考えると、ここで不安
 がっているわけにはいかない。そう、泣いている場合じゃないのよパステル!!
  なんとか自分を勇気づけながら進んでいくと、また分かれ道に出た。
  今度の道は真ん中からきっぱり二つに分かれていた。右か、それとも左か。
 「う〜ん・・・。どっちに進もうかなぁ?ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な
 て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・りっと。よしっ、右に決〜
 まり!」
  そして普段お茶碗を持つ手の方の道に足を一歩、踏み出したとき。
 「ラキア兄貴〜〜!!!!!どこッスか〜〜〜〜?????」
  まさにわたしが進もうとしたその道の前方、それもかなり近いところから地響
 きと共に声が聞こえた。
  その声のボリュ−ムの大きさに、わたしの思考回路はショ−トし、頭の後ろを
 地面にぶつけ、意識はそのまま暗闇に落ちていったのだった。

〜13ピ−ス〜
   いつの間にか、わたしは空に浮かんでいた。
   宙に浮いているのは当たり前な感じがしていた。もちろん、自分が思ったと
  おりに飛ぶこともできた。
  「探さなくっちゃ」
   何を?って聞かれても答えられない。わたしにも分からないから。でも、何
  かを探さなくてはいけない、ということだけははっきりと感じていた。
   わたしはちょっと飛んであるところに降り立った。ちょっと古い感じの塔が
  そびえ立っていた。初めて見る風景だけど、依然から知っていたような気がし
  た。
   塔の入り口には、2人の男の人が座っていた。静かな寝息をたてている。
   1人はマントを着ていてとても優しそうな顔をしている。いや、実際優しい
  性格なのだ、この人は。
   もう1人はおっきな人で、横には斧が立てかけてあった。彼もとても優しく
  て、動物の言葉が話せるんだったっけ。
   大きな人がわたしの気配に気づいて一瞬目を開けるが、
  「大丈夫だよ。ゆっくり休んで」
  と、聞こえるはずもない声で言うと、彼はまた目をつむり、眠り始めた。
   さらに奥に進んでいくと、いつも持ち歩いている図鑑を片手に持ったままの
  ボサボサ頭のキットン族と、とても正直な王女が寝ている。ちょっと離れたと
  ころにはぐっすり眠る小さな食いしん坊のエルフを膝に抱いて眠っている女の
  子がいた。
   周りを見渡すが、奥には王女の付き人と細身の黒髪の魔法戦士、そしてホワ
  イトドラゴンの子どもが眠っているだけであって、彼の姿は見えなかった。
   わたしは探していた者の前に立ち、透ける身体でその者を抱きしめる。
   もちろん、彼女は気づかない。なぜなら、今この時間の中ではわたしはただ
  の幻にしか過ぎないのだから。
   でも、彼女の気持ちは手に取るように感じることができる。何を思い、この
  先、仲間に何を言おうとしているのか。分かるからわたしは彼女を探してい
  た。
  「あなたにはみんながいるわ。みんなを大切に思うのも分かるけど、みんなが
  何を大切に思っているのか、考えてあげて。見失わないで。大切なモノはいつ
  も単純なんだよ?あなたはすでに分かってるハズ。それを忘れないでいてね」
   そっと彼女から離れた。
   彼女には何も聞こえていない。わたしの声はここに存在していない。それで
  も、伝えたかった。何も変わらないけど、どうしても言っておきたかった。
  「頑張って。未来の・・・わたし」
   そして、わたしの意識は暗闇に落ちていった。

〜14ピ−ス〜

  わたしは真っ暗な闇の中をフワフワ浮いていた。
  意識が上昇していくと、途端に危機を感じた。
  い、息ができない!!苦しい・・・
  早く、早く目を覚まさなくっちゃっ!!!
  がばっ!
  上半身を勢いよく起きあがらせる。
  ようやく空気が吸えたわたしは肩を上下させながら深呼吸をした。
 「ぷはぁっ!!はあ、はあ、はあ・・・し、死ぬかと思った・・・」
 「や−っと起きやがったか」
  横で意地悪な奴の声がした。
  ニヤニヤしている顔がわたしを見ていた。
 「トラップ・・・あなた、わたしの鼻と口、おさえてたわね」
 「お前がなかなか起きないのが悪ぃんだろ−が。ま、誰かさんの殺人的な起こし
 方よりはマシだと思うけど?おれが心優しい人間でよかったな。感謝しろよ」
  『心優しい』なんてよく言えたもんだ。今の起こし方のどこが『殺人的』じゃ
 ないって言えるのよ?ううん、その前にあれが人を起こす方法だなんて、わたし
 は絶対認めないわ!!
 「それで?なんでお前、あんなとこに倒れてたんだ?」
  いきなり訳の分からないことを聞いてくるのでわたしは首を傾げた。
 「あんなとこって?」
 「だ−か−ら、お前は森のはずれにある洞穴の中でぶっ倒れてたんだよ!覚えて
 ないのか?」
  洞穴の中?う〜んと、え〜っと・・・  
 「思い出した!!!!」
  そうだ!確かトラップと森の中を歩いてて、いきなり木の葉が舞いあがったっ
 と思ったら目の前が真っ暗になって・・・。目を覚ましたときには全く知らない
 洞穴の中にいたんだよね。んでもって洞穴の中を散策してたら金髪のエルフの赤
 ちゃんを見つけて。ラキアに見つかっちゃって殺されそうになったんだけど、急
 にラキアが倒れた。苦しそうだったから助けを呼びに洞窟の中を走っていたら誰
 かのすさまじい音量の大声で気を失ったんだっけ。
 「トラップ!!!!」
 「な、なんだよ?」
 「エルフの赤ちゃんは?ラキアはどうなったの?!」
  わたしの質問にトラップは顔をしかめる。
 「お前が大事に抱えていたエルフのガキはあそこで眠ってるゼ?さっきやっと眠
 ったところだ。お前から離そうとしたらわんわん泣くんだもんなぁ。いや−、ま
 いったまいった」
  そう言ってトラップが親指でクイッと指した方に目をやると、あの天使の寝顔
 がそこにはあった。
  わたしがホッと胸をなで下ろすと今度はトラップが、
 「おい、パステル」
 「なに?」
 「お前、ラキアと会ったのか?」
  え・・・?
 「トラップは会わなかったの?赤く光る玉がある部屋に倒れていたはずよ?!」
 「あの洞窟の中、全部調べたけどお前ら以外誰もいなかったゼ?それに赤く光る
 玉ってなんのことだ?」
  トラップは本当に知らないみたい。ウソをついてるような顔じゃないもの。
  あんなに苦しがってたラキアが1人で動けるはずがないし・・・それもあの頭
 が痛くなった赤い玉はどこにいっちゃったの?
 「ちなみに言っとくと、あの洞窟には出入り口は1つしかねぇ。おれたちが使っ
 た道以外は全部行き止まりになってた」
 「ねぇ、ちょっと待って」
 「あ?」
 「その『おれたち』ってどういうこと?トラップ以外に誰かいたの?」
 「ああ、そのことか。あいつらもそろそろ帰ってくるンじゃねぇ?」
  わたしの後ろの茂みがガサガサ鳴り、振り返ってその姿を見るとわたしは口を
 金魚のように口をパクパクさせるしかなかった。 

〜15ピ−ス〜

  「ハッズとシム?!」
   茂みから姿を現したのはおデブちゃんとのっぽだった。絶対忘れるわけがな
  い!!こ〜んな凸凹コンビ!!
  「おっ。お嬢ちゃん、もう大丈夫なのかい?どっかケガしてるところある?」
  「あ、全然大丈夫です。心配してくれてどうもありがとうございます。……っ
  て違〜うっっ!!」
   シムはラキアの仲間なんだってば!!シムがにっこり笑って優しい言葉かけ
  てくれるモンだから、すっかり忘れてたよ。
  「トラップ、何のんびりしてるの?早く逃げないと捕まっちゃうわよ?!」
  「だぁ〜っっ!!落ち着けって、パステル。こいつらはおれらを捕まえたりし
  ないさ」
   ほえ?どういうこと??
   トラップは不思議顔をしてるわたしを見ながら少し苦笑して、
  「まっ、とにかくメシにしようや。説明はそん時できるだろ?おれたち、昨日
  の夜から何も食ってないじゃん?」
  「うっ。そりゃあお腹は減っているけど・・・」
  「だろ?大丈夫。心配するなよ。シム、ちゃんと採ってきたか?」 
  「おう!!初めて見るモノも多かったが、食べれるモノだってコトは毒味した
  おれが保証しよう!」
  「……シムが保証したからって一般人に食えるとは限らないような気がする」
  「あんまり細かいこと気にするモンじゃねぇよ、ハッズ」
   そう言って2人はズボンのベルトにかけてあった袋を取り外し、詰め込んで
  あった中身を取り出した。
   2人が大きな布の上に広げたモノは、食べたことがない果実(?)ばっかり
  だった。でも食欲をそそるような匂いがたまらない。
   この2人を本当に信じていいのか迷ったけど、お腹からの叫びが自然に果実
  を口に運ばせていた。
  「あ!これ、すっごくおいしい!!!」
   ホント、おいしいの!!レモンみたいな形してて、いかにも酸っぱそうなん
  だけど、実は甘いんだ。ちょうどいい甘さで果汁いっぱい。しあわせ〜
  「ふぎゃ−、ふぎゃ−!!!」
  「え?なになに?!」
   突然、赤ちゃんが泣き出したのでわたしは何事かと思い、立ち上がって赤ち
  ゃんを抱いてみる。周りをトラップ達が囲んで赤ちゃんをのぞき込む。
   けど、全然泣きやむ気配なし。
  「どうしたのかな?何をしたらいいのかわかんないよ〜、トラップぅ」
  「お前まで泣き顔にならなくたっていいだろ!おれに赤ん坊のこと聞いたって
  分かるか!!」
   わたしとトラップがおろおろしていると、ハッズが「ひょい」と赤ちゃんを
  わたしの手から持ち上げて慣れた手つきで抱いた。
  「シム、クルスの実をナイフで傷つけろ。その汁を大きな葉っぱにでもくるん
  で持ってこい」
  「あいよ!」
   しばらくしてシムが持ってきた汁をハッズはこぼさないように赤ちゃんに飲
  ませた。
   するとどうだろう!赤ちゃんは泣くのを止めて、おいしそうにそれを飲んで
  いる。飲み終わったあと、満足顔で赤ちゃんはハッズの腕の中で再び眠り始め
  た。
   ハッズ曰く、「あの赤ん坊は自分達と同じく、腹が減っていたんだ。クルス
  の実の汁はミルクの代わりになる。だから飲ました」だそうだ。
  「ふ〜ん、ンな事全く知らなかったゼ。あんた、よく知ってるなそんなこと」
  「うんうん。わたしもびっくりしちゃった。クルスの実なんて名前自体知らな
  かったし。なんでハッズはあんなに赤ちゃんのコト、分かるの?」
  「そりゃあ、何人もの赤ん坊を相手にしてりゃ慣れちゃうよな?ハッズ」
   シムは得意げな顔でハッズを見た。
   ハッズはため息をもらしつつ、
  「まぁな。お前みたいなよく泣いてよく食う赤ん坊相手にすれば、イヤでも体
  に教え込まれるからな」
  「ひっで−!!こんなに可愛い弟なんてそこら辺にはいないゼ?」
  「……ちょっと待って。どういう意味?もしかしてハッズとシムって…」
   わたしの質問に又ため息をついてハッズが答えた。
  「そうだ。おれとこいつ、シムは兄と弟の関係だ」

〜16ピ−ス〜

  トラップがわたしの横で口を開けっ放しで止まってる。
  まぁ、その気持ち、分かるけどさ。こんな凸凹コンビが兄弟だもんねぇ。
 「驚くのも無理ないよな。このおれとハッズが兄弟なんて。おれらって一番上の
 兄貴と末っ子だからよく面倒みてもらってたんだ」
 「今でもそうだろ」
 「だってせっかくの兄貴の楽しみを奪うわけにはいかないじゃんか。この末っ子
 の兄を思う気持ちがわかる?」
 「分かりたくもない」
  ……なんか漫才みたい。どちらかというとシムの方が明るいんだね。敵のハズ
 だったんだけど、なんか親近感がわいてくるなぁ、この2人には。
 「ちょ、ちょっといいか?」
  ようやく硬直状態から復活したトラップが片手でこめかみを押さえながら手を
 挙げた。
 「ハッズが一番上でシムが末っ子ってことは、その間にはお前達みたいな凸凹兄
 弟がまだいるのか?!」
  トラップ…なんちゅう−恐い想像してるのよ!ハッズみたいにがりがりにやせ
 た人間がまだいて、その上シムみたいなおデブちゃんがいるなんて。一体全体ど
 ういう家族なんだ?!
  などと思いながら2人の顔を見ると、さっきとはまるで違った顔をしていた。
  あのシムでさえ、沈鬱な顔色をしている。
  わたしとトラップは顔を見合わせた時、ハッズの声が聞こえた。
 「…いや、おれとシム以外、兄弟はいない」
 「えっ?でもさっきあなたは…」
 「もう、いないんだ。…みんな、死んだ…」
  シムは目に涙をためて、ハッズは無表情だけど、どこか哀しそうにわたしたち
 に自分達の過去を聞かせてくれた。 

〜17ピ−ス〜

  ハッズとシムの生まれ故郷。それはパントリア大陸の向こう、海を越えたとこ
 ろにあるセラファム大陸の中の小さな貧しい村だった。
  セラファム大陸では小さな国同士が領土を獲い合い、延々と戦争を続けている
 という。
  2人の住んでいた村は戦場から離れていたため、戦渦に巻き込まれる心配はな
 かった。いや、『なかったように思われた』と言った方が正しいだろうか。
  とにかく、ハッズとシムは他の3人の兄弟達と優しい両親の元で十数年の幸せ
 な時を過ごしたのだった。
  ある日。突然幸せな時間は終わった。
  それはとても風の強い日だった、とハッズは記憶している。
  いつも通り、家族みんなで畑を耕し、種をまいて秋の実りを祈り終える。そし
 て母親特製のお昼を食べて、ハッズは遊び好きな末っ子に(半ば強引に)手を引
 かれながら近くの森に遊びに行った。
  その森にはクルスの実の他にも、いろんな果実がたくさん生っていた。自分達
 の分と、村に残っている家族の分を2人協力して採ったりした。かくれんぼやシ
 ムの木登りの練習もやった。
  兄よりも体重のあるシムをハッズが下から押し上げて、時間はかかったがなん
 とか木に登らせることができた。
 「やったぁ!!ハッズ、おれ初めて登れたよ!」
 「登れたと言っても、人の助けがいるようじゃあ、まだまだだな。今度は1人で
 登れるようにするんだ」
 「ちぇっ!まぁ、いいや。これで母さん達にイイおみやげ話ができたもんな」
  そう言って村の方を向いたシムの顔が刹那、凍りついたのに下から見上げてい
 たハッズは気づいた。
 「どうした?」
  返事が返ってこない。
 「おい、シム?!」
 「…ハッズ、ちょっと来てくれ…」
  シムの声からただ事ではないことが起こったことを察知し、急いで木を登る。
 「シム!!」
  兄の呼ぶ声に弟はただ、前方を震える指で指しただけだった。
 「村がどうか…」
  ハッズは最初、村に何が起きているのかわからなかった。次の瞬間、まず自分
 の目を疑った。冷たい汗が一すじ、頬を流れるのがわかる。
 「村が…村が燃えてる…」
  空に舞い上がった灰が炎の紅を反映し、村全体を包み込んでいた。
  小さな村は火の回りが速い。簡素な作りの家はどんどん焼け崩れていく。それ
 にさらに追い討ちをかけて、強風が呆然としている兄弟をあざ笑うかのように唸
 る。
 「シム、行くぞ!!」
  我に返ったハッズが怒鳴りながら木をスルスルと降りる。それにシムが続いて
 降りた。
  2人はとにかく夢中で村に向かった。どうやって森を抜けたか、そんなのはど
 うでもよかった。不安と絶望に心を支配されそうになりながら、かすかな希望を
 神に祈って家族のもとへと…。

〜18ピ−ス〜

   村に近づくと、風になびく大きな旗がいくつも立っているのに気づいた。
   旗に描かれている紋章を見たとき、ハッズは驚いた。
   何故なら、その紋章を持つ国は彼等の村と同盟を結んでいたはずだったから
  だ。村から作物を税として収める代わりに、国はその村を侵略しない。村長は
  村人達を戦に巻き込まないために、この同盟を結んだ。それなのに何故?
   ハッズとシムはようやく村の入り口に着いた。
  「なんだよ、これ…!!!」
   シムがそう言うのも仕方なかった。
   畑は荒らされ、家は炎で崩壊し、あらゆるところで見知った人たちが倒れて
  いた。地面は赤く染まっている。息をしていそうな者は、いない。
   2人の足は自然と自分達の、家族が待っているはずの家に向かって走り出し
  ていた。
   兄弟は無言で家に向かう。「大丈夫だ」と言葉にすればこの不安ではちきれ
  そうな心が少しは楽になるかも知れない。それでもなぜだか分からないが、声
  が出なかった。
   家が見えた。さっき、火がつけられたようだ。しかし、その火ももう家を包
  み込んでいた。一瞬躊躇したが、ハッズとシムは思い切って家の中に入る。
  「父さ−ん、母さ−ん!!シムだよ〜!!」
  「フェル、ミュトス、クリエイト!!いたら返事しろ!!」
   焼け崩れてくる屋根をよけながら、2人は必死で家族を呼んだ。
   立ちこめる煙と込み上げてくる絶望感に目から涙があふれ出す。
   その時、寝室の方で大きな音がした。
   兄と弟は顔を見合わせ、音がした方へ走り出す。
   寝室から人影が1つ、2人の前に現れた。
  「母さんっ!!」
  「ハッズ?それにシムまで!!」
   母親は子ども達に駆け寄り、ギュッと抱きしめた。
  「母さん、父さんやクリエイト達は?一体何があったの?」
  「…2人とも、よく聞きなさい」
   ハッズの質問には答えず、真剣な眼差しで2人の子どもの顔を見つめる。
   よく見ると、母親の左腕からは血が流れ出ていた。
  「お前達は今すぐこの村を出て、海を渡り、パントリア大陸に行きなさい。お
  金はわずかだけど、この袋の中にあるから」
   そう言って、小さな皮の袋をハッズの手に握らせた。
   ハッズは最初、母親が何を言っているのか、理解できなかった。母親の言葉
  が彼の頭の中で繰り返される。やっとその意味が浸透してきたとき、寝室の方
  からまたもう一つ、人影が現れた。けれど、それは父親や弟たちではない、と
  母親の言葉ですでに分かっていた。もう、あの優しい父親も、よく笑う弟たち
  もいないのだ。
  「女め…よくもやってくれたなぁ。え?ガキ諸共殺してやる!!」
   頭から血を流している兵士が殺意むき出しの目で3人を睨み、剣を構える。
   母親はハッズとシムの前に両腕を広げ、兵士を睨み返す。
  「この子達には指一本、触れさせやしないわ」
  「母さんっ?!」
   シムが涙声で叫ぶ。
  「早く行きなさい!!!」
   普段聞いたことのない、母親の厳しい声に2人は体を硬直させた。
  「生きなさい」
   それがハッズ達が聞いた最期の母親の言葉だった。とても、とても優しい声
  だった。
   ハッズは母親の名を泣きながら叫ぶシムの手をつかみ、家の出口に向かって
  走り出す。唇を血が出るほど噛み、涙で頬を濡らしながら走った。
   母親は一筋涙を流し、兵士に渾身の力で体当たりして共に炎の中に消えた。

〜19ピ−ス〜

 「同盟国の国王は自分ンとこの国民達が戦渦から逃れるための場所が欲しかった
 んだ。だからおれ達の村を犠牲にした。全てを焼いて、村人を誰1人逃すことな
 く殺して…事実を国民に知らせようとはしなかった」
  ハッズの抑揚のない声がわたしの心に重く響いていた。
  涙が止まらない。横に座っているトラップも目を赤くしている。
 「…すまなかったな。こんな話、お前達にしてもしょうがないのに…」
  ハッズはわたしたちの方を見て1つ、ため息をつきながら謝った。
  わたしは声で返事をするとよけいに涙がでてきそうだったので、首を振って答
 えるしかなかった。
  ハッズとシムがとても可哀想だった。
  わたしにはお父さんもお母さんもいる。友達だっていつも一緒に遊んでいる。
  2人はその人達を突然、失ったんだ。わたしにはそんなこと想像もできない。
  今も、これからもずっと一緒にいてくれるはずだもの。
 「ハッズ。あんた達は2人だけでこっちの大陸に渡ってきて今まで生きてきたの
 か?」
  わたしよりも早く泣きやんだトラップがハッズに質問をする。
 「いや。パントリア大陸に渡るまでは2人だけだったが、途中からは3人で生き
 てきた」
 「3人?ハッズとシムと・・・」
 「ラキア兄貴だよ」
  そう言ったシムの顔はまるで楽しかった昔を思い出すように微笑んでいた。
 「大陸を渡ってきたばかりだったおれとハッズはどっかの森で野宿をしていたん
 だ。母さんが最後にくれた金はおれ達が船に乗るだけでもう底をついていたよ。
 腹すかして寝るしかなかった。ある晩さ、同じように野宿してたらいきなりモン
 スタ−がおれ達の前に姿を現したんだ。え〜っとなんて言うモンスタ−だったけ
 かな?ちょっと忘れちまったが、とにかくそいつらが襲いかかってきた。おれ達
 は武器らしいモノなんて1つも持っていなっかたもンだから反撃しようにもでき
 ない。『殺される』って思った瞬間、そのモンスタ−がおれの目の前で倒れてい
 た。偶然そこを通りかかったラキア兄貴が助けてくれたんだ」

 1998年5月29日(金)00時22分38秒〜7月22日(水)00時31分41秒投稿の、瑞希 亮さんのオリジナルストーリーです。継続中……のはずです。

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