−躯−(第1部)(2)

「優しさ」

 トントン
「おはようございます。葉平さん。」
 パステルは葉平の部屋へと入り、カーテンを開ける。
 キレイに日差しが入ってきて、朝を思わせる。
「もう朝ですよ。」
 声をかけても葉平が起きる気配がない。
 葉平の体を揺らしてみるが起きない。もし、起こしに来たのが久神子だったら右アッパー
に回し蹴りを食らわされることだっただろう。
 仕方ないので布団を巻き上げると、気づいたらしく起きあがる。…だが、葉平の腕は
よからぬ所へと抱きついた。
「!!」
 
 パッシーン!
思いっきりいい音が広がり、それで葉平も目が覚めた。
「おはよう、葉平」
 先に朝食を食べていた久神子は葉平の顔を見るなり、ため息をついた。
「……はぁ〜っ、またやったのね葉平。」
 葉平の顔には真っ赤な手形が付いていた。
 パステルから平手打ちを食らったのだ。
「へへへっ、まぁね。」
 冗談っぽく笑うが、それに昌紀が口を出す。
「彼女に失礼だろう。毎日、抱きつかれては。抱きつきたいなら姉さんに抱きつけばいい。」
「うーん… …姉貴に抱きついてもなぁ。それに、わざとやってるとちゃうんやで。無意識
の内にパステルちゃんに抱きついてるんやし、そんなん言うんなら兄貴が起こしに来てく
れてもええやろ。……毎日、これは痛いしなぁ。」
 腫れた頬を指さしながら言うと、横からパステルが謝ってくる。
「…ごめんなさい。なんかつい手を出しちゃって。」
 深く謝るパステル。
 けれども、そこに昌紀がフォローする。
「君のせいじゃない。元々全て葉平が悪いんだからな。16にもなった男が寝ぼけて女に
抱きつくなんて、デリカシーがないのにも程がある。…まだ、子供なのかな。」
「デリカシーくらいあるわい!!」
「…なら、今度からは1人で起きるんだな。そうゆう訳だ、パステル。明日からはもう起こし
に行かなくてもいいし、平手打ちをやることも無くなった。」
 食べかけの朝御飯をまた昌紀は食べ始めた。
 これには、葉平も反抗できずに無言で朝食を食べ始める。
 立っているパステルに久神子がそっと耳打ちをする。
「あれが昌紀なりの優しさかしら。…少し話し方にトゲがあるけどね。」
 パステルには嬉しかった。かばってくれたのだと。
「おはようございます。」
 身支度の整っているクレイ・トラップ・キットンが2階から降りてくる。
 クレイ達はこっちの世界へやってきてから、こちらの服を着ている。
 ちなみに、パステルは薄い水色のワンピース。クレイは青の上下。トラップはいつもと
同じ、緑のズボンに上は涼しげなTシャツ。キットンは上は茶色の服に半ズボン。
 こっちに来てから1回、買い出しに久神子達と行ったのだ。
 そのとき、自由に買っていいからと言われ好きな物を買った。
「おはよう、みんな。さっ、朝食できてるから早く食べてね。」
 みんな各自、席について朝御飯を食べ始めた。
「あれっ? 久神子さんその格好どうしたんです?」
 まだクレイたちはご飯を食べている途中。そんな中で久神子の服は夏には暑そうな黒の
スーツを着ているのだ。
「あぁ、これ? 実は今日は仕事に出かけようと思って。」
 朝御飯の目玉焼きをつつきながら、トラップが久神子に聞く。
「仕事って何してんの?」
「…うーん。某会社の社長といっときましょう。人にまかせっきりだけど。」
「シャチョウってなんらぁ?」
 ご飯で口のまわりをご飯粒だらけにしているルーミィが聞いてくる。
「そうねぇ、社長っていうのはね。簡単に行っちゃえば、お店を経営している一番偉い人の
ことかな。」
 はたしてそうなのか? 昌紀の頭の中ではそう思ったが、決してそうではないとも言えな
いだろう。
「るーみぃいきたいおぅ!」
「ボクも行ってみたいデシ。」
 この2人(1匹はドラゴンだけど)に見つめられては久神子は駄目とは言えない。
「いいわよ、ルーミィちゃん、シロちゃん。他にもいる?行きたい人。」
「わたしも行っていい? ルーミィ達の側にいないと危なっかしいし。」
「オレも行っていいですか? この世界のこと知りたいし。」
 パステルとクレイが行きたいと名乗りだし、久神子もOKした。
「じゃ、1時間後にここを出るから。それまでゆっくりしてて。」
 人ってけっこう分からない生き物だ。
 人を知ることによって変わること、自分に芽生えたモノがあった。
 久神子と一緒に行ってクレイはそう思った。

「仮面」

 高層ビルが建ち並び、道路を多数の車が走る。
 東京は朝から夜、1日中賑わいがたえない。
 パステル達を連れて久神子は、高級のリムジンに乗り込んだ。
 もちろん、運転手付きで。
「こんな乗り物があるんですね。」
 クレイが窓から見える車を見ながら言っている。
 ルーミィにシロちゃんは珍しい物を見たっていう感じではしゃいでいるし、パステルは外に
建っているビルを不思議そうに見ていた。
「東京はね、日本…まぁここの中心都市なのよ。より人が集まっていろんな情報がすぐに
入ってくる。あなた達の世界ではモンスターと戦うけど、こちらじゃ会社の戦い・人の戦い
がこの世界を一部支えてる。」
 そう言いながら、資料を呼んでいる久神子の顔は今まで家にいた時とは違う。
 何か違ったオーラが出ている様にクレイは感じた。
 キキィィーーー
 目的の場所へと着き、車を止める。
 車の止まった前には大きなビルがある。高層30階はありそうだ。
 車のドアが外にいた者によって開けられる。
「お待ちしておりました、社長。さっ、こちらへどうぞ。」
 社長と呼ばれて降りる久神子はさっそく、その男に命令した。
「この方達は丁重に扱ってちょうだい。…そうね、私の部屋に通しておいて。……それにし
ても他の者達はどうしたの? 私が帰ってきたというのに。」
 少し怒り気味ながらビルへと入っていく。
 まだ車の中にいたクレイ達は唖然としていた。
 (あれって、久神子さんだよな。)
 そう思ってしまうクレイ。
 だが周りの人から見てもそう思ってしまうのも無理はない。
 普段の久神子と社長としての久神子の性格は180度変わるのだから。
「ここが社長室です。すぐ何かお持ちいたしますので。」
 そう言って秘書が部屋を出ていく。
 あれからクレイ達は初めて乗るエレベーターに内心ドキドキさせながら、最上階にある
社長室へと連れてこられた。
 真ん中に大きくてふわふわのソファが置いてあり、大きなデスクの後ろは街を見渡す
ことが出来るほどのガラスがある。
 クレイは部屋を見ていると、フッとあるモノに気がついた。
「………久神子さん?」
 それは壁に飾ってある肖像画。そこに描かれている人物が久神子にそっくりなのだ。
 じーっと見ていると、大きな声を張り上げてる久神子が入ってきた。
「これを一週間でしなさいと言っているの。何回も同じ事を言わせないで。大事なプロ
ジェクトなのは知ってはずよ。早く取りかかりなさい!」
 厳しい口調。メガネをかけているからか、いつもより大人に見える。
 デスクに座り、メガネを外すといつもの久神子の顔に戻っていた。
「…驚いたでしょ? いつも仕事での私はこうなのよ。」
 ため息まじりに言う久神子の顔は疲れているように感じる。
 それに気づいたのかクレイは笑ってみせた。
「それって、一生懸命だからですよ。オレだって戦ってる時はみだしてしまいますから。
…それにオレにとっては羨ましいです。いろんな自分を知ってるんですから。」
 クレイの優しい笑顔に久神子はドキッとした。
 今まで仕事をしている自分を見て今までそう言ってくれる人はいなかったのだ。
 まだ一週間近くしか一緒にいないのに、そう言ってくれるクレイを好きになれそうな
気がした。
「有り難う、クレイ。そうね、これも一つの自分ですものね。」
 
 その後、みんなで食事をした。
 前より少し違う目。久神子はまだ気づかない。
 自分に芽生えたあるモノを。

「濫觴」

(…久神子よ…少しだが気づき始めたようだな)
 えっ!? 何のこと?
(…おまえに欠けているモノだ)
 そんな知らないわ。
(…そうか…頭の中ではまだ理解していないらしい……心では動き始めたがな)
 心の中? いったいどうゆう意味なの?
(…自分で気づくモノだ。気づいた時、おまえはどうするものかな…)
 気づく…自分で。
(…あぁ、それに気づいた時、おまえの力は100%になる)
 力…そんなに必要なのかしら?
(…一つ目の災難がそこまできている。時間の問題だな)
 なんとかなるの?
(…今のおまえの力では分からぬな)
 …なら早く気づかなきゃ!
(…あせるな。気づくのも後少しだ)

「…災難がそこまできている……か。」
 目覚めた久神子には、まだ責任が大きすぎた。
 失敗すればこの世界はなくなる…そう思うと体中の神経が騒ぎ出してくる。
 興奮しているのではない。怖がっているのだ。
 年では大人といっても、まだ何もかもを背負い込むには早すぎる。…桐生にも言われた
のだ、まだはやい……と。
「…姉さん、聞きたい事があるんだが…。」
 書類に埋もれていた久神子の部屋に昌紀が珍しくきた。
「なぁに? 何か相談事だったりして…。」
 少し冗談まじりで言ってみると真剣な昌紀の目に固まる。
「…俺の事じゃない。姉さんの事だ。」
「…えっ!?」
「自分でも気づいているはずだ。何か足りないモノを…それに苦しんでることも。俺にも
何なのかは分からないけど、自分に足りないモノがあるって感じてるんだ。」
 昌紀の力が大きいだからだろうか、それとも繊細すぎるのか。
 久神子は誰にも相談できる立場ではなかった。
 でも、今の昌紀なら言える様な気がする。
「…1つ目の災難がそこまで迫っているらしいの。それを封印するにはまず私の力が…
100%にならなきゃ、失敗する。…そう分かってるからかな。苦しんでるのは。」
 体を守るかの様に小さくする。小さい子供が怯えるみたいに。
 昌紀にとっても初めて見る久神子の弱い部分。何と言っていいのか分からず、部屋を
出ていこうとした。
 でも、そこで足を止めた。この頃、久神子を見ていてこう感じていたから。
「姉さん、最近変わったよ。悪い意味じゃない、良い意味だよ。…優しくなったっていうか
より女らしくなった気がする。特にクレイに接する時が一番!」
 そう言って、ドアをコンッと叩いていった。
 久神子はというと…耳を赤くしていた。昌紀の言った言葉が頭の中をさまよっている。
 …変わった…優しく…女………クレイ……
 ドクンッッ!!
 胸の奥が刺激される。心臓の音が早くなる。
(何!? 私どうしたの?)
 自分の行動に困っていた。
 記憶の中に鮮明に残っている、クレイの顔…声…優しさ。
 思い出している自分に答えが出たのはすぐだった。
(…クレイを……クレイを好きになってしまったみたい…)
 自覚した久神子の前には、夢で出てきた守護神が現れていた。
「!?」
守護神はゆっくり口を開いた。
「…やっと目覚めたな。おまえに足りなかったモノ。それは『愛情』だ。」
 言われて気づく。そういえば…と。
「これでおまえは何倍にも力を操れるようになったのだ。」
 力…でも今の久神子はそれよりもクレイを好きになったことのほうが嬉しかった。
(…好きの力…)
 久神子はこれで大きく変わる。自分の未来とともに。

「当惑」

「おはようございます!」
 クレイの元気のいい声が響いた。
 いつもなら誰かが『おはよう』と返してくれるのだが、今日は違っていた。
 それをクレイも感じたのだろう。無言でいる。
 みんなの視線はテレビニュースに向いていた。
〈突如現れました、この巨大な怪物は西日本方面へと向かっています。付近の住民の皆
 さんは早く避難してください。〉
 テレビに写しだされた映像はものすごい、普通信じられないものが映し出されていた。
「……もしかして、これが最初の災難?」
 久神子はその映像を見て、あっけにとられている。
 その映像に映っているのは、体長200メートルはあると思われる怪物がいるのだ。
 黒いその怪物はのしのしと歩いている。
 ニュースでは、すでにミサイルを怪物に打ったらしいが効果はなかったというコメントがあ
り、困惑の顔色のキャスターが次々と話していた。
「………こんなにすごい事が起きるなんて…規模が大きすぎる!」
 冷静に見ていた昌紀の言葉は確かだ。
 災難が近づいているのは分かっていたが、災難の規模が大きすぎるのは見ただけで
分かりすぎるもの。そこまで予想していなかった。
 だからこそ、久神子は動揺していた。
(どうしよう…どうすればいいの!?)
 
「これが災難なら戦いましょう。」
 クレイからこの言葉がでた。
「…そうだぜ。アイツを倒さなきゃオレ達だってヤベーんだ!」
 クレイの肩を叩きながらトラップが久神子達の方を見て言った。
 次々にパステル・ルーミィ・キットン・ノル・シロちゃんとみんなが言った。
「倒しに行こう! 私達で!!」
 みんなのその態度に3人はビックリしていた。
「…そうだな、それが俺達のまずやらなきゃいけない事。」
「みんなで力合わせてアイツを倒さなあかんのや! ココでぐずぐずしててもしゃーない。
いつまでもあの怪物を野放ししてたら大変やからな!!」
 昌紀、葉平の2人は準備に取りかかった。
 パステル達もココに来たときの装備を身につけ始めた。
 だが、そんな中、久神子だけが、まだどうしていいか分からない状態にいる。
「姉さん!」
「…えっ?」
 上の空の状態の久神子を昌紀が揺さぶるが元に戻らない。
 何度呼んでも意識は、ぼ〜っとしている。
「久神子さん!!」
 クレイが久神子の両肩を掴み、目を見る。
「ここで久神子さんがしっかりしなきゃどうするんですか!」
「…だってどうすればいいの? あんなの…」
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃないですか!…オレだって怖いです。怖いけ
どオレ達が倒さなきゃいけない。そのためにこの世界に喚ばれたんだって知ってるから
……だから行かなきゃ。………それにオレ達をここに喚んだのは久神子さん…………
あなた達なんですよ! そのあなたがしっかりしてくれなきゃ、この世界は滅んでしまう
かもしれないんですよ!!」
 真っ直ぐのその目。
 久神子の目に輝きが戻る。
「…守ってみせる…この世界を。」
「!!!」
 完全に久神子の意志は戻った。そしていつもの久神子がそこにはいた。
「ごめんなさい。どうかしていたわ、こんな事態だからこそしっかりしなきゃいけないのに。
…すぐ準備をして西日本に向かいましょ。…あの怪物を止めなきゃ!!」
 それを見てみんなまた準備に取りかかった。
 久神子は準備に取りかかろうとしたクレイを止めた。
「有り難う、クレイ。」
 そう言うと、急いで奥へと行ってしまった。
 
 自分が恥ずかしい……そう思っていた。クレイに助けられた…迷惑をかけた。
 こんなときこそしっかりしなきゃならない自分が決断をできなかった。
(お礼を…返さなきゃ)
 心の中で久神子の思いは膨らんでいく。
 
                  −クレイという男性によって…−

「夜叉」

−只今入った情報によりますと、謎の怪物は西日本に向かっているとのことです。
 住民の皆さんの早急の避難を呼びかけております。−
 ラジオにテレビニュース、あらゆる情報手段は突如現れた謎の怪物のことをながして
いる。
 急いで追いかけている久神子たちは、西日本へとヘリコプターに乗り込んでいた。
「どうやって奴を倒すか…勝算はあるだろうか? どう思う、姉さん?」
「…かならず倒してみせるわ。それが使命ですもの。」
 心強い久神子の言葉にみんなの気持ちも強くなる。
 プルル プルルッ
 久神子の携帯電話が鳴る。
「はい、久神子です。…えっ、桐生さん!? どうしたんです?」
 電話の相手は桐生孔正。久神子たちを導いた人である。
 そんな彼から一通の電話。
『本当はお早くお電話したかったのですが、何分急なことでしたので。用件だけお話して
おきます。突如現れた物体の正体が分かりました。』
「ええっ!! 正体が分かった!?」
 その言葉にその場にいるみんなも驚く。
「久神子さん! 本当ですか、正体が分かったって!!」
「おいおい、すげぇじゃねーか!」
 みんなの言葉が一斉に久神子にかかる。
「ちょーっと待って。まだ詳しくは今から聞くから。…で、桐生さん、正体って?」
『はい。調べましたところ、物体そのものが無いようなのです。』
「物体がない?」
『ええ。簡単に申しますと、触れようと思っても透けてしまうのです。ですから、爆弾を打ち
込んでも当たっておりません。』
「…じゃあ、害はないのかしら?」
『いえ、あちらからは触れるようです。そのままにしておきますと、街がめちゃくちゃにされ
てしまいますので、なんとかくい止めなければいけないようです。』
「…そう。有り難う、桐生さん。」
『こちらで写した映像をお送りいたします。…私、見て驚いてしまいましたよ。…では、
ご健闘をお祈りしております。』
 電話は切れ、それと同時に映像が送られてきた。
「…何だよ、これ。」
 映し出された映像には、まさしく日本でいう『鬼』が映っている。
「テレビには映し出されていなかった…黒いことしか分からなかったが。まさか鬼の姿とは
思わなかったな。」
「けど、兄貴。何で桐生のおっさんが映したのには鬼が映ったんやろか? テレビにはまだ
鬼は映ってないで。黒い怪物のまんまや!」
 葉平が指さすテレビには鬼など映し出されていない。
 その黒い怪物がゆっくりと動いているだけだ。
「…力かも知れないわね。桐生さんは霊力が強いらしいから。だから見えたのよ。」
 鬼の映像をじっと見ながら久神子は考えていた。
 どうやって奴を倒そう…。
 相手は物体こそはないが鬼だ。鬼に勝つためには。
「!!」
 久神子の頭に一つの物語が浮かんだ。
 そう…それは。

「勇者?」

 鬼ときいて君は何を思い出すだろうか?
「…ねぇ、鬼と聞いて思い出すものってないかしら? 昌紀に葉平は分かるわよね。」
 問いかけるように2人を見る久神子の頭の中は『ある物語』を考えている。
 いきなり思いつくものでもない。
 葉平なんかは、首を傾げてまで考えてしまっている。
「鬼‥鬼‥鬼‥退治‥鬼退治‥」
 昌紀が声に出して言っているとヒントを出すかのように久神子が付け加える。
「次は桃を考えてみて。」
 もも?
 昌紀の頭の中は今度はももにそまる。
 今度は葉平が口に出して考えてみる。
「もも‥‥桃‥果物?‥ちゃうちゃう‥桃‥でっかい桃‥どんぶらこっこ‥中を切ってみる
‥‥<あーらおじいさん、可愛らしい子供が>‥‥‥桃の中に入ってた子供‥‥‥‥‥
‥‥<この子の名前は何にしましょうねぇ>‥<桃の中から生まれたのじゃから桃太郎
にしようじゃないか、おばあさん>‥‥桃太郎?‥そうかっ!? 桃太郎や!!」
 やっと気づた葉平。
 普通だったら、どんぶらこっこのところで分かると思うが…。
 ちょっとボケてるのも彼の持ち味かもしれない。
「そうよ! 桃太郎よ!!」
 ビンゴって感じに葉平に指さす。
 でも、いきなり桃太郎といっても‥だからこそ何なんだ!
「…姉さん、それで桃太郎は分かったけど、どうするつもりなんだ?」
「桃太郎の話は知ってるわよね。桃太郎は犬・猿・鳥を連れて鬼退治に出て、見事に倒
して平和が戻る。…昔話だから難しく考えないけど、今そんなことが起きたら桃太郎は
ヒーロー、勇者になれたのよ。」
 そういえばそうかもしれない。
 昌紀にとってはそんなこと考えたこともなかったが、事実そうなるのだ。
「その勇者は…今のわたしたちなのよ! 鬼を退治する桃太郎!!」
「 へっ!?」
 ハーモニーを奏でるかのように昌紀と葉平の声が重なる。
 顔は本気? という表情をしていたりする2人。
「…あの〜、桃太郎ってなんですか?」
 今までずっと横で聞いていたクレイが不思議そうな顔をしている。
 パステルにトラップたちも同じだ。
「あっ! そういえば知っているわけないものね。……そうねぇ、クレイたちの世界でいうと
……『デュアン・サーク』みたいな感じかな? モンスターを退治してるし。」
 そうだろうか?
 たしか、デュアン・サークは勇者ではあるが桃太郎とはちょっと…いやだいぶ違うのでは
ないか……そう昌紀は思ったが、あえて口には出さなかった。
 懸命になっている久神子の心を思うとそのままにしておいたほうがと思ったのだ。

「伴侶」

 ヘリコプターに乗っている間、話は続けられた。
「で、勇者とはほど遠いけど私達でアレを倒す。もちろん、結果はどうなるかはまだ分から
ないけど、精一杯やればなんとかなるわよ。」
 最後の締めの形をとり、作戦へとはいる。
「まずは、3つに分かれて奴に近づきそこから攻撃を開始。一つ目は奴の真っ正面。二つ
めは右後ろから。三めは左後ろからよ。メンバーは右後ろ側を…昌紀・パステル・ノルで
お願い。左後ろ側を…葉平・トラップ・ルーミィの3人で。あと正面を…クレイ・キットン・
シロちゃん…私のメンバーで。」
「分かった。パステル・ノル、よろしくな。」
「こちらこそ、昌紀さん。…わたし足手まといにならなきゃいいんだけど…。」
「大丈夫、守るよ。ノルという力強い味方がいるからね。」
「オレ、パステルと昌紀。守る。心配いらない。」
 コンビネーションもよさそうな3人。
 ここは問題なくいけそうだ。
「…大丈夫だと思うか? この3人で。」
「うーん…姉貴の考えやしなぁ。なんとかなるんちゃう?」
「るーみぃ、つおいよぉ!」
「そうや、ルーミィちゃんおるし、魔法使えるやん!」
「…ルーミィの魔法を期待するのはよしといたほうがいいぜ。葉平。」
「まー、堅いこと言うなやトラップ。」
「…しょうがねーな、なんとかするしかねぇか。」
「そうらよぉ、なんとからよぉ!!」
「そうやそうや!」
 なんとかまとまった(?) 3人。
 ここはちょっと心配かも。
「わたしは少しずつその怪物の弱点があるかどうか探りましょう。」
「そうだな、キットンはそうしてくれ。オレはシロと攻撃する。久神子さんはどうしますか?」
「もちろん、私も攻撃するわ。これでも少しはできるのよ!」
「…でも…」
「大丈夫よ。…前の私より強くなったし。…なにより強くしてくれるものがあるわ。」
「 ? 」
「ねっ! 自分をできるだけ守るように徹するから。」
「分かりました。…シロはオレの近くにいるようにしろよ。」
「分かったデシ。ボクがんばるデシよ。」
 このメンバーも大丈夫だろう。
 3つに分かれた久神子たち。
 いよいよ、謎の鬼の姿をした怪物へと攻撃を仕掛けるときがきた。

「高鳴り」

「お父さん! お母さん! どこへ行くの?」
「…久神子、おまえはお姉さんだから昌紀と葉平の面倒をちゃんとみるんだよ。」
「久神子ちゃん。お母さん達ね、遠いところへ行ってしまうからここでお別れなの。」
「どうして? 久神子はいっしょに連れていってくれないの?」
「……危険なんだよ。久神子はお家でいい子にするんだよ。」
「昌紀ちゃん、葉平ちゃんと仲良くしてね。」
「…お父さん、お母さん…久神子をおいていかないで! お父さん! お母さん!」

「久神子さん? 大丈夫ですか?」
 久神子の顔を心配そうに覗き込むクレイ。
「……ううん、大丈夫。少し夢を見ていたみたい。」
 ヘリコプターの中で少し仮眠をとっていた久神子だが顔色が少し悪い。
「そうですか、顔色悪いし。なんかうなされてたみたいだったし。」
「緊張してるからかしら…大丈夫。私のことよりクレイこそ寝てなきゃ。あとで疲れてし
まうわよ。」
「…そうですね。オレたちはまだクエストとかやってるからか緊張はしないけど、久神子
さんたちは初めてなんですよね。」
「ありがとう、クレイ。心配してくれて。…さぁて、また一眠りしようかな。ほら! クレイ
も寝てなきゃ体保たないんだから!」
 そう言って久神子はまた毛布をかぶる。
「おやすみなさい、久神子さん。」
 クレイもまた眠りへとついた。
 謎の怪物の攻撃は夜を避け、朝一番に行われることになった。
 それまでヘリの中で仮眠をとろうということになったのだ。
 みんなぐっすりと眠っている中、久神子だけはなかなか眠れずにいた。
 (あのときのこと、また見ちゃった。)
 父と母の別れ。
 久神子が6歳のときだった。4歳の昌紀に生まれたばかりの葉平。
 その別れのときのことをときどき夢で見る。
 いつもみるたび、涙が溢れて、夜が明ける。そんなことを何回も繰り返していた。
 小さい頃は一緒に連れて行ってくれなかったことに泣いて、大きくなるにつれ、事情を
知り、今の強い久神子になった。
 もう始まったのだから…失敗することは許されない。
 
 久神子の心は今、静かに燃えていた。

「戦闘・1」

 人は自分より強いものに、どんな反応を示すのだろう。
 怯えるのか? 嘆くのか? はたまた…立ち向かうのか。
「う〜ん、せやからオレが造ったこの『鬼なんてへっちゃら! これで君も鬼退治!!
マドモワゼルちゃん』を使って攻撃したる。隙があったらトラップはルーミィちゃんに協力
して魔法だしてくれんか?」
「…いいけどよ。なんだそのイカレタ物は?」
「だから言ううたやん。『鬼なんてへっちゃら! これで君も桃太郎!! かすみちゃん』
ってな。」
「さっきと少し違うだろ?」
「そうか? 細かいことは気にせんでええねん。なぁ、ルーミィちゃん!」
「こまかあいことは気にしちゃだめらぉ!」
「そうや、そうや!」
「わーったよ!!」
 いつもは人にのみこまれる事のないトラップも葉平&ルーミィのコンビにはかなわないら
しい。
 半分あきれているし。
「よっしゃー!! 2人共行くでぇ、オレの後に続いてきいや!!」
 勢いよく走り出す葉平の後に続く、トラップとルーミィ。
 詳しく話すとトラップがルーミィを抱えてる状態だ。
 とにかく葉平の造ったいろんな戦闘兵器で対応しようということになった。
 その後ろでルーミィの魔法を確実に鬼へと当てようという作戦。
「葉平、行きます!」
 勢いよく飛び出す炎。
「おい、ファイヤーの呪文か、コレ?」
「ちゃうちゃう。『火炎放射』ていうねんけど…オレは『かー君』て呼んでるんや。」
「るーみぃも出せるよお。」
「おぉ! ルーミィちゃんも出せ出せぇ!!」
 すっかり気が合っている2人。
 ちょっとまだ追いつけないトラップ。
「次はバズーカ砲や。くらぇー!!」
 ものすごい音とともに大きなミサイルが飛んでいく。
 なんで葉平がそんな物を持っているんだろうか?
 きっと自作だろう。そんな物造っていて大丈夫なのだろうか。
 そんなこと本人は考えてもいないだろうが…。
 予想よりもけっこう戦える3人。
 相手にきいているかは分からないが、たいした働きをしている。
 次々と葉平の造った兵器をトラップも使い、連射して前が煙で見ないことなど。
 ハンパじゃなくすごい力を持っている、葉平の造った戦闘兵器は役だった。
 ただ…トラップには気になることがあった。
(イカレタ名前はどうにかなんねーのか?)
 でも、それを言うことはなかった。

「戦闘・2」

 揺るぎ無い心。
 彼にはそんなものが、あるのかもしれない。
 何かが強くしてくれる。
「ノル、そっちを頼む。」
「わかった。」
「パステルは後ろに下がっていた方がいい。ここは危険だ。」
「でも…。」
「女性を守るのが男の役目でもあるんだよ。…助けが必要になったら手伝ってもらうか
ら。それまで…そこにいてくれないか?」
「…わかりました。でも、無理はしないでくださいね。久神子さんもそう言ってましたから。」
「……分かってる。じゃ、行くぞ。ノル!」
 自由自在に自分の前に現れる剣を操る、昌紀。
 力強い斧で立ち向かう、ノル。
 この2人は予想通りに強い。連携プレーで効率よく攻撃している。
 パステルもボーガンで攻撃すると言っていたが、昌紀がそれをやめさせた。
 『女性に傷をつけさせたくない』
 と、言われた。こう言われては何も言えない。
 ただ、見守るだけになってしまったパステルは自分がもどかしかった。
 『もう少しわたしに力があったら』
 心の中で叫ぶ。
 けれど、どんなに強くとも昌紀がいるかぎり自分は一緒に戦えない。
 彼は女性を守らなければならないと、小さい頃から聞かされた。
 それを忠実に守っている。
 だから、いろんな武術を学んだ。強くなった。
 ただ、彼には足りないモノがありすぎた。
 本人はまだ気づかないようであるが…。
「パステル! 大丈夫か!!」
 後ろにいたにもかかわらず、パステルにも被害がおよぶ。
「…大丈夫。平気ですから。」
 腕と顔に傷がつき、血が出ている。
 昌紀はポケットからハンカチを取り出すと、血の出ている腕を強く縛る。
「うっ!!」
「ごめん! 強すぎたかな?」
「…いいえ、大丈夫です。」
「…今は我慢していてくれ。帰ったらスグ手当をしよう。…でも、女の子の顔に傷を
つけてしまったな。」
「冒険者なんだから、傷くらいついて当然ですよ。」
「…気を使ってくれて有り難う。…話はこれが終わったらしようか?」
「…ええ。」
 なんともいいムードである2人。
 葉平がいたらおもわず2人の間に割り込んだだろう。
 3人は絶好調で戦闘は続いた。

 1998年9月03日(木)19時22分01秒〜10月24日(土)21時43分22秒投稿の、みすなさんの小説「−躯−」第1部11〜20話です。

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