過去から呼ぶ声
”我が子孫よ・・・宝玉を持ちし者よ・・・”
誰かがそう自分を呼ぶ。
でももやにかかってよく見えない。
”誰だ・・・?”
呼んでも、それは笑いの波動を送るだけ。
”守護石を探せ・・・・”
そこでいつも目が覚める。
「・・・なんだそりゃ?」
朝食をとりながら、トラップが呆れた声を出した。
―キスキンの王位継承問題が一段落して、そろそろガイナへ戻ることを話そうとしたある日、クレイが最近同じ夢を見ると、こぼした。
「我が子孫、って言ってることは、クレイ、夢に出ているのは、君の曾祖父クレイ・ジュダじゃないのか?」
ギアの言葉にクレイが大きくうなずく。
「多分・・・でも何でひいじいさんが夢に・・・?」
「しかも守護石を探せ、・・・だもんね」
マリーナが首を傾げたその時、
「ちょっと!!クレイってあんたのこと?」
いつのまにいたんだろう。
緋色の髪をショートにした紫の瞳の女性が、クレイの後ろに立っていた。
・・・でも、この人、誰かに似てる・・・?
過去と真実を知るために その一
彼女はクレイを確認すると、問答無用で彼に斬りかかった!!
あわてて彼がよけると、黒髪が何本か宙に舞った。
「な・・・何をするんだ!?」
クレイがどなるけど、相手は知ったコトじゃないらしく、続けて攻撃してくる。
「ぱぁーるー。くりぇいがふたりいる・・・?」
すっかりおびえきったルーミィの声に、私はようやく彼女が誰に似てるか悟った。
・・・そうよ!!彼女クレイによく似てる!!
男性と女性、それに髪や瞳の色は違うけど、目元や動き、それに剣さばきまで・・・・!!
戸惑ってる私を一瞥して、ギアがクレイを助けようとしたんだけれど、すぐそれは銀色の何かに遮られた。
「・・・氷の狼・・・・フェンリル!?」
信じられない、といった声でキットンがどなった。
女性はふっと笑うと、
「セレーネ、おやめなさい、私たちの目的は青き至宝の所持者の抹殺。関係ない人は殺したらだめよ」
・・・・すごく優しい声。
しかも、話し方までクレイにそっくり・・・
しばらく彼女は私たちをものめずらしそうに見つめていたが、
「守護石を手に入れてない至宝なんて、倒してもうれしくないな・・・」
それだけいうと、彼女はセレーネといわれた狼を引き連れ、外へ出た。
去り際、こんな言葉を残して。
「私はジュディ・セレス・アンダーソン。
クレイ・シーモア、この名について知りたかったら親にでも聞きなさい。
それと何故貴方が青き至宝なんてよばれるかもね」
「ジュディ・セレス・・・・アンダーソン?」
クレイと同じサードネーム・・・
彼女は一体クレイのなんなの!?
過去と真実を知るために その二
「何なんだよ!!あいつ!!父さん達に聞け、なんて!!」
「クレイ、落ち着け!!」
彼女―ジュディが去った後、クレイが急に取り乱した。
無理もないわよ。
あんな夢見た後で、同じサードネームの人間に命狙われたあげくに、下手すりゃ自分の出生にかかわることまでささやかれたんだもん。
・・・でも、クレイがあんなに取り乱すなんて・・・・
なんだかいたたまれなくなって、私は外へ出た。
「はぁ・・・」
粉雪がちらつく中、私はため息をついた。
(・・・私、このままガイナへ帰っていいんだろうか・・・?)
そんな問いが頭をよぎる。
確かに自分を見つめ直すには、一旦ガイナへ帰った方がいいんだろう。
でも・・・・あんなクレイを置いて帰るわけには・・・
「・・・パステル」
急に声がして、振り返るとギアとマリーナがいた。
「ギア・・・マリーナ・・」
「迷ってるの?パステル」
よっぽど情けない顔してたんだろうな。
苦笑を浮かべながら、マリーナが聞いてくる。
「・・・・私・・・」
「今の気持ちでガイナへ帰ってもいい答えがみつからないと思うな」
そう言ってギアは私のそばへ来た。
「恋敵に君をやる気はないけど、仲間としちゃほっとけないしな。
・・・・多分、彼女クレイの血縁だ。
クレイのヤツ、かなり苦しむことになる」
・・・やっぱり、ギアもわかってたんだ。
彼女のサードネーム、それにファーストネームの”ジュディ”だってクレイのひいおじいさん、クレイ・ジュダのセカンドネーム”ジュダ”の女性形だもの。
これくらいあれば鈍い私にだって解る。
クレイが同族に狙われてることくらい。
「ねえ、パステル、あのとき私に代わりにパーティに入ってって言ったけど、今回は多分貴女でなきゃだめなのよ。
いつもの6人+1匹でなきゃ」
マリーナはそう言うけど・・・私に何が出来るの?
無力さを感じ、うつむいてると、ぽん、と肩をたたかれた。
「私は私、パステル、貴女は貴女なのよ。しっかりしなさい!!」
・・その瞬間、マリーナの顔が悲しそうに見えた。
きっと、自分がクレイのそばにいたかったんだろうな。
でも、今はその時じゃないって・・・思ってるのかも。
なら、私だって迷っていられない。
仲間が困ってるのに、見捨てるなんてできないわ!!
「・・・・わかった、ガイナへ戻るのはこれが終わってからにする」
そう言うと、ギアとマリーナは複雑そうに笑った。
過去と真実を知るために その三
・・・翌日、私たちはドーマへ旅立った。
クレイのご両親にあって話を聞くためだ。
クレイに秘められた秘密、そしてジュディ・・・
彼女は何者なのか、知るために。
あ、そうそう、ギアは一緒にいる。
「仲間はほっとけない」っていって。
マリーナは・・・・エベリンへ帰った。
仕事がある、なんて言ってたけど、・・・多分違う。
よくわからないけど・・・・今はここにいるべきじゃないって、そう表情は言っていた。
「母さん!!」
ドーマに着いてすぐ、クレイの家に直行した私たち。
そこにはクレイのお母さんのほかに、とっても渋い感じの立派な騎士がいた。
「クレイ、どうした?帰った来たならただいまくらい言いなさい」
落ち着いた声でたしなめる騎士に、クレイはいきなりかみついた。
「父さん!!それどころじゃない!!ジュディって何者なんだ!!?」
クレイらしくない・・・・いきなり本題にきりこむなんて・・・
よっぽど彼女の存在が気になるんだろう。
クレイのお母さんは「ジュディ」って名前を聞いたとたん、顔を青ざめさせ倒れそうになる。それをお父さんが支えた。
「・・・・その名を誰から聞いた?クレイ」
かすれた声で彼は息子に聞く。
クレイはまっすぐ父親をみつめ「本人に会った」と答えた。
「・・・・」
しばらく彼らは、互いを見つめていたが、やがて、
「・・・とうとう、話さなくてはいけないのか・・・」
クレイのお父さんが大きくため息をついた。
その表情はとてもつらそうだった。
過去と真実を知るために その四
「ジュディ・・・あの子はクレイ、お前の双子の妹なんだ」
「・・・・・!?」
思いがけない言葉に、私たちは言葉を失った。
「クレイの・・・・妹?」
「・・・嘘だろ?」
・・・仲間である私たちでさえ、呆然としてしまった事実はクレイを打ちのめしていた。
「なんで・・・・そんな大事なこと・・・隠してた・・んだよ」
・・・クレイの声・・・声になってない・・・・・
身体は小刻みに震え、顔は真っ青になっている。
そんな彼の目から逃げるように、お父さんは語った。
辛く悲しい・・・・そして、恐るべき真実を・・・
神々の宝 隠された神話 その一
「・・・・かつてクレイ・ジュダはメイズ島のドラゴンを倒した」
クレイのお父さんはそう、話を切りだした。
クレイは青ざめたまま、黙って話を聞いている。
私たちだってそう。
あのトラップやキットンでさえ、口をはさめないまま神妙に話に耳を傾けている。
そんな私たちを前に話は続いた。
「その時、クレイ・ジュダは一つの・・・・いや、正確には”半分”だな、アーマーと同じ色の宝玉を手に入れた。
それは、”神の宝”ともいわれた至宝で、手に入れた者に力を与えるというアイテムだった・・・・通常であれば」
「通常で・・・あれば?」
誰かの言葉に彼はうなずく。
「至宝は邪悪なドラゴンの血で汚れていたんだ。
・・・クレイ・ジュダは考えた、この至宝を清めるにはどうしたらいいか。
彼はこの宝を神々に返すため、必死に考えたんだ。
で、神のことはその従者に・・・・そう思って、旅で会った僧侶に相談した。
彼女は言ったよ。『汚した者を殺めた者の中に封じよ』ってな。
つまり彼女は彼の血に至宝を封じろって言ったんだよ」
「な・・・・!?」
「ふつうならそんなことできるわけない。
だが、クレイ・ジュダとその僧侶はやったんだ。
己の血に神の宝を封じることを」
そこまで言って彼は痛ましげにクレイを見た。
「そして、クレイ、お前がその清められた至宝の化身なんだ」
「え!?」
クレイが至宝の化身!?
神々の宝 隠された神話 その二
衝撃の告白はまだ続いた。
「・・・最初は初めの子、つまりアルテアが至宝だと思っていた。
”クレイ”の名は至宝の子につける気でいたんだ。
だが、一人の賢者がやってきて、
『今、三番目に生まれる男子が神の望んだ者を持つ』と言った。
だから、クレイ、お前にその名を付けたんだ」
・・・多分、クレイのおじいさんはこのことを知らなかったんだろう。
だから、前にドーマに帰ってきたときに
『どうしてお前がその名を継ぐことになったのか、今もって不思議でならんわ』
なーんて言ったんだ。
「・・・・だが、賢者の話はそれで終わらなかった」
ここで、また話を切り、今度は自分の妻を見た。
お母さんは大きくうなずく。
その顔にはいい知れない悲しみが浮かんでいた。
「賢者は言った。
『至宝は元々ひとつのもの。
たとえ勇者が封じたのが半分であっても、その血は闇に堕ちた至宝の片割れをひきよせる』と」
「・・・それが・・・ジュディ・・・・なんですね」
・・・つまり、彼らは至宝を守るため、もう一人の子供を切り捨てたっての!?
苦渋に満ちた声でクレイのお母さんはうめいた。
「・・・・私だって・・・あの子を離したくなかった・・・
でも・・・賢者様が、”その子は俗世から離した方がよい”って・・・!!
ああ・・・・・・!!」
至宝を守る義務と我が子への愛・・・
どれほど苦しんだんだろう、彼女は。
・・・でも・・・子供を切り捨てるなんて・・・あんまりすぎる!!
でも・・・・責められない・・・この姿を見たら・・・。
声もなくうつむいた私、怒りのあまり声も出せないノルとトラップ、・・・そして彫像のごとく立ちつくすクレイの横で、ひときわ冷静なキットンの声が耳を打った。
「・・・ところで、今の話で”闇に堕ちた至宝の片割れ”とありましたがそれはいったい何なんですか?
いくら闇のものであっても汚れ程度の闇なら、クレイ同様血の流れの中で清めてもよかったのではないでしょうか」
神々の宝 隠された神話 その三
キットンの指摘にクレイのお父さんは力無く首を振った。
「・・・あのこの・・・ジュディの至宝はそんな生やさしいものじゃないんだ。
・・・あの子の至宝の闇は・・・神話時代からのものらしい」
彼が言うには、元々至宝は一つのものだったらしい。
それが神話で言う「黄昏の戦い」で割れて、二つの秘宝になったらしい。
至宝は天から落ちてしまい、半分はなんとか汚れずにすんだけど、もう一つは神の手すら届かない闇の彼方に落ちてしまったと言うのだ。
「だからジュディがクレイと一緒に生まれたとき・・・
賢者様の言う通りに預けてしまった・・・世界のために・・」
「・・・・・話はそれだけですか・・・・?」
怒りに満ち満ちたクレイの声に、私ははっとした。
そして、顔を見て・・・・絶句した。
(・・・クレイ・・・泣いてる・・)
あのクレイが泣いていた。
いつもはどんなことがあっても、涙をみせなかったのに・・・
急につらくなって顔を背けそうになった瞬間、クレイが爆発した。
「勝手だ!!父さんも母さんも勝手だよ!!
オレが至宝の化身!?妹が忌むべき者!?
そんなの関係ない!!オレはオレだ!!
彼女だって・・・ジュディだってそんなのに振り回されて捨てられて・・
・・”世界のため”だって!?偽善を言うな!!
何が騎士だ!!家族すら守れない・・・そんな騎士ならくそくらえだ!!
オレは・・・・人間なんだ!!」
それだけ言うとクレイは外へ飛び出していった。
「クレイ!!」
「パステル!!」
クレイを追いかけて行こうとした私を、トラップが引き留めた。
「放して!!放してよ!!」
「おめぇが行ってどうするんだ!?これはクレイの問題なんだぞ!?」
「トラップの言うとおりだ。・・・オレ達には何もできない・・・」
ギアまで・・・そんなこというの?
幼なじみなのに・・・仲間なのに・・・何もせず見てろっての!?
この時私が冷静だったら、トラップやギアの言葉の奥の意味に気づいただろうけど、その時は、ひどく冷たい言葉に聞こえた。
トラップの手を力任せに振り払う。
「ひどい!!トラップもギアも!!私たち仲間なのよ!!」
気がつくと私はぼろぼろ涙を流してた。
さっきのクレイみたいに。
「・・・確かにクレイの問題よ。私なんかが入れる問題じゃない。
でも・・・私、クレイの力になりたい!!
たとえ役立たずでも、力になってあげたいの!!
今までクレイにたくさん助けてもらってる・・・なのにいざとなったら知らんぷりなんてあんまりじゃない!!
クレイに助けてもらった分・・ううん、それ以上に力になってあげたい!!」
・・・そう、クレイにたくさん助けてもらった。
好きだとまで言われた。
なのに私は傍観しますじゃ、あんまりってもんよ!!
私はきっと、二人を睨み付けてすぐ身をひるがえし、クレイの後を追った。
優しさでいつか・・・
・・・クレイは家から少し離れたところで座ってた。
膝に顔をうずめたまま、微動だにしない。
「・・・クレイ・・・」
声をかけたけど、答えない。
私はそっとクレイのそばに座った。
それで気づいたけど・・・クレイはまだ泣いてた。
今度は声を押し殺して、静かに肩を震わせて。
(クレイ・・・辛いんだね・・)
双子の妹がいたってだけでも驚きなのに、至宝の化身だの神様レベルの話の中心人物なんてさ。
人格否定されることばかりで、・・・辛いんだよね、きっと。
・・・でもね、誰がなんて言おうとクレイはクレイなんだよ。
優しくってお人好しで、・・でも誰より強くなれる素質をもったクレイ・シーモア・アンダーソンなんだよ。
「・・・・だから、負けないで」
いつの間にか私はクレイを抱きしめていた。
そうすることで先へ進む力がわいてくることを願って。
祈りは希望を呼んで
・・クレイを抱きしめたまま、しばらくたった。
「・・・パステル」
私の腕の中でクレイが声を出す。
少しかすれてるけど、もう震えてないし、涙ぐんでもいない。
・・落ち着いたのかな?
そう思って、身体を放そうとしたら今度は子供がいやいやをするようにしがみついてきた。
「このままで・・聞いてくれ」
うつむいたままで顔はみえないけど、声の調子でなにか決心したことはわかった。
「・・・オレ、みんなから離れた方がいいと思う」
「・・・な・・・何いってるの?」
思いがけない言葉につい口ごもる。
「・・・オレが至宝の化身なら、間違いなくあいつがくる。
そしたら、多分、余計な争いに巻き込まれる・・・
仲間・・・いや、はっきり言う。
パステル、お前だけは傷つけたくないんだ。
・・もう少し強かったら、『守ってやる』って、言えるけど・・・
・・・今は自信がないんだ。・・・だから守るために離れた方がいいと思う・・・」
「・・・・馬鹿っ!!」
急に怒鳴られて、クレイは顔をあげた。
「何よ!!守るために離れる!?
そんなことしてもらっても、私嬉しくないわよ!!」
そうよ!!私はクレイのそばにいる!!
そして、私がクレイを守るの!!
・・・そりゃ、役に立たないかもしれないけど、少しぐらいは・・・力になりたい。
なのにあの言いぐさ!!
クレイはぽかんとした顔で私を見て、
「ぷ・・・・」
・・・笑い出したのよね、これが。
「何よ!!人が心配して・・」
「・・わかってるよ」
するりと腕から抜け出して、クレイは優しく微笑んだ。
少しむっとしたけど、彼にいつもの笑みがあるのがうれしかった。
「パステルが心配してくれてるのはわかるよ。
・・だけど、オレ大丈夫だから」
「大丈夫って・・・クレイまさか・・」
私たちに黙っていなくなる気じゃ・・・そう言いかけた口をクレイの人差し指がふさいだ。
「いなくならないよ、オレは。
それって逃げることだもんな、みんなから。
オレはそうしたくない。だから、みんなと一緒にいる」
「クレイ・・・」
なんて強いんだろう・・・。
急に、考えるため、なんて言ってガイナに戻ろうと考えた自分が恥ずかしくなった。
クレイはもっと重いもの―妹のことや至宝のこと―と向き合おうとしてるってのに・・・
今度は私がうつむいてしまった。
「・・・でさ、パステル、頼みがあるんだ」
その言葉に私は顔を上げ、クレイを見た。
鳶色の瞳には悲しみと迷いがある。
「何?」
「・・・オレはオレだ、って言ってくれないか・・・?
・・・でないとオレは何者かわからなくなってしまいそうで・・・
パステルが言ってくれれば、きっとこれからも大丈夫のような気がするんだ。だから・・・」
すがるようなクレイの懇願に、私は大きくうなずいた。
「・・・大丈夫、クレイはクレイ・・・だよ」
どうか、自分を見失わないで。
そんな祈りをこめて、私は言った。
彼の笑顔が急に泣き笑いになって・・・
心にしみるような声で、
「ありがとう」
そう、クレイはつぶやいた。