辺りは静寂の闇と化し、活気あふれる町中は、今や眠りへとついていた。闇がこ の世の支配者でもあるかの様に……。その支配を妨げようとする月光は、闇に飲み 込まれそうになりながらも、優しい光を地上へと降り注いでいた。その月光を頼り にして夜道を歩いている者が一人いる。月は、まるでその者の為に自分の力を出し ているかの様にも見える。孤独に歩くその者を支える様にして、月明かりは彼を助 けている。 その男が、町の中心にある小さな公園へと足を踏み入れた。その公園の中心にあ る大きな木の下では、男が一人、待ちくたびれて眠たそうにしていた。 彼が来ると、その男は姿を確認すると、すぐに懐かしそうに彼の方を見た。 「よう! 今夜も月光が奇麗だな」 彼は少し表情を和らげて男に言う。すると、男は薄く笑んだ。 「よ、ルシェル。相変わらずだな。そんなに月が好きなのか?」 すると、ルシェルは「俺の妻は月だからな」と冗談ながらにそう言った。男は少 し笑うと、すぐに真剣な表情に戻った。 「それで、あのシナリオ、どうするんだ? 今日にでもあの城に侵入する気なのか よ?」 ルシェルは、その事を聞いてすぐに表情を険しくする。 「ああ、宝があるとか言うのは噂かもしれない。だが、どうしてもあのダンジョン だけは突破したい……。しや、突破しなくてはいけない様な気がする」 「そうか……。キスキン国にある地下の巨大ダンジョン。その罠の数は、下手な奴 等ならすぐにくたばっちまうって話だからな。冒険者のお前も、いつかはそこに挑 みたくなるって思っていたが……」 男は不安そうにルシェルを見た。だが、ルシェルは薄く笑む。 「心配するな。必ず戻って来る。あのダンジョンを制覇してな」 その言葉を聞いて、男は安心したのかゆっくりと表情を和らげた。 「そうか。その言葉を聞いて安心したぜ。それと、これは裏話なんだがよ……」 突然、男は声を小さくして、辺りの様子をうかがう。 「実は、キスキン国の地下ダンジョンには、ある二人組みが挑んでいるらしいぜ。 しかも順調にクリアーしていって、今は地下三階だそうだ。早く行かないと先を越 されてしまうぜ」 少し意地悪そうに男が言うと、ルシェルはにやりと笑う。 「そうか。なら、そいつらと合流して一緒に制覇して戻って来てやるよ。情報をあ りがとな」 ルシェルはそう言い残すと、駆け足で公園を出て行く。その様子を少し不安げに 男は見ていた。 「絶対に戻って来るんだぞ、ルシェル……」 ルシェルは走った。目指すはキスキン国。そして、その地下ダンジョン。 必ずそのダンジョンを制覇してみせる。宝があるとか言っている者もいるが、あ れは単なる噂にすぎない。宝とか関係ない。ただ、そのダンジョンを制覇したいだ けだ。 彼はそう思いながら、キスキン国へと急いだ。 先に入っている二人組みと合流して、そして一緒に出る。ただ、それを目的に彼 はキスキン国の地下ダンジョンへと向かっていた。 その彼を見守るかの様に、月は力強く輝いていた……。
1998年8月15日(土)10時19分51秒投稿の、帝王殿の小説百話突破記念特別編です。