「あれ? アイツ、何やってんだ。あんな所で……」 俺はカジノからの帰りに、ショーウインドウにへばりついてるパステルを見かけた。 ここからは数メートルしか離れてないが、よっぽど集中しているのか……全然気がついてない。 たしか、あの店は…… アイツはいきなり何かを決意したかのように、店に入っていった。 そして、しばらくすると……青色の綺麗な袋を抱えて出てきたが様子がおかしい。 素早く辺りを見渡すと、小走りにみすず旅館……ではなく、猪鹿亭へと去っていったからだ。 なんだぁ、一体何を見てたんだ? アイツ。 気になった俺は、店の前まで歩いてくるとショーウインドウを眺めた。 ショーウインドウには、バレンタインに向けての色々なチョコが綺麗に飾ってあった。 チョコレート……ねぇ……。クレイにでもやるのか?まっ、俺には関係ねぇや…… 「おい」 「うわっ!!……びっくりした。なんだ、クレイか」 驚いて後ろを振り向くと、いつのまにか買い物を抱えてクレイが立っていた。 まったく……人が別の事に気を取られてる時に、後ろから声なんかかけんじゃねぇよ。 ……なんか……クレイの奴、不機嫌そうだな。 「なんだじゃない。お前、手伝いもせずにこんな所で何やってるんだよ?」 「なにって……ちょっと、散歩してたんだよ」 「へぇ……散歩ね。それで、勝てたのか?」 「それがよ〜、あそこでスペードのエースが出てくるとは……」 「やっぱりカジノじゃないか」 あちゃ……やべ。 「まったく……今日はパステルもなんか変だし……まったくどうなってるんだ」 クレイは何かを思い出すように上を向いてから、呆れたようにため息を吐いた。 「なんだ? 何かあった訳? クレイちゃん♪」 「あのな〜。いや、ただ朝からソワソワしててさ……なんだか、話掛けても上の空って感じなんだよ」 「へぇ〜、パステルがねぇ。まっ、大丈夫じゃねぇの……ボケッとしてるのはいつもの事だし」 「そうだな……でもさ――」 俺はクレイの話を聞いて、さっきのパステルの様子が気になった。 ……まさか……なっ。とにかく、猪鹿亭に行ってみるとすっか!! 「なんだぜ。……トラップ、聞いてるのか!?」 「へっ?」 やべっ……話、聞いてなかった。 「まさか……お前、何か知ってるんじゃないのか?」 「はぁ? そんな訳ねぇだろ。とにかく!! 俺はここで……」 「何言ってるんだ。たまには、ちゃんと手伝えよな」 うっ……クレイの奴、やっぱり機嫌が悪ぃぜ。しゃーねぇな…… 「……まぁ、とにかくみすず旅館に帰ろうぜ」 「あっ、おい待てよ。だったら半分持ってくれよ」 「遠慮しとくよ。俺ってか弱いからさぁ〜」 俺はクレイをからかいながら、みすず旅館へと戻った。 扉を開けるとキットンの奴がバケツを持ったまま振り向いた。 「あっクレイ、お帰りなさい。あれっ? トラップ、何処に行ってたんですか!?」 「ああ、ただいま。キットン」 「何やってんだ、おめぇ?」 「何って見て分かりませんか?」 俺達は顔を見合わせてから、首を横に振った。 すると、キットンは手に持っていたバケツを足元に置くと、机の上から五センチほどのカラカラに乾いたモノを 手にして、俺達に見せてからバケツの中へ落とした。 「良いですか? 今、この薬草を調べているんですけどね。これはカラカラ草と言ってですねぇ…… こうやって水に浸けると、瞬時に水を吸い取るんです!! 凄いでしょ!?」 たしかに、バケツの中には水が無くなっているが…… 代わりに水を含んででかくなったワカメの様なモノがバケツの底にあった。 「……で?」 「はぁ!? で?って言われましても……」 「あのなぁ、そんなもんが何の役に立つんだよ!?」 「何のって、大量の水をこぼした時、水を吸い取るのに便利じゃないですか!!」 「そんなもん!! 雑巾でも使って、拭けば済むことだろうが!!」 「へっ!? ああ、そういえばそうでしたね。ぎゃははははははははっ」 まったく、こいつはまた変なもんを…… 「何やってるの? 三人とも。……キットン、向こう側の通りまで聞こえたわよ、その笑い」 俺達がキットンのバカデカイ笑い声に耳を塞いでいると、パステルが帰ってきた。 「ああ、パステル。お帰り……何処に行ってたんだい?」 「ただいま、クレイ……えっと……ちょっと散歩に出かけていたの。何か用事だった?」 「いや、用事はなかったんだけど……」 あれっ? アイツ、あの青い袋何処にやったんだ? パステルは手ぶらのままで、クレイと話していた。 「あっ! ねぇ、ルーミィを見なかった? 戻ってきてるはずだけど」 「えっ、ああ……ルーミィならノルと一緒に裏にいるんじゃないかな」 「分かった。ありがとう!!」 そういうと、アイツは裏庭の方へと走って行った。 後に残された俺達はただ顔を見合わせるだけだった…… 「なんだったんだ? 一体」 「さぁ……」 「う〜ん……今日は二月の十一日でしたっけ?」 突然、キットンがボソッとつぶやいた。 「えっ? いや、確か十三だったと思うけど……それがどうかしたのか?」 「いや、何でもないです。そうですか……ぐふふふっ」 「気色悪りぃんだよ!!(ボカッ)」 「痛い!! 何するんですか、トラップ!!」 俺は一人で怪しい笑いをしているキットンの頭を殴ってから、二階へ上がった。 「あっ、クレイ。何処に行くんですか?」 「えっ? そろそろ猪鹿亭に食べに行かないかと思って……ノル達を誘いに行ってくるよ」 階段を上る前に振りかえると、クレイは旅館から出て行くところだった。 「んじゃまあ……俺、先に行ってるわ」 「じゃあ……私も先に行きます。トラップ一人では不安ですからね」 「分かった」 俺は上がりかけの階段から飛び降りると、キットンと一緒に猪鹿亭へ行った。 それから、いつものように夕食を食べて……みすず旅館へ戻った。 俺は風呂に入った後、ベットの上に寝転んだが……なかなか寝付けなかった。 ああっなんかムシャクシャして眠れねぇ!! 「トラップ? 眠れないのか?」 イライラしてゴロゴロと動いていると、クレイから声がかかった。 暗くてよく見えねぇが、頭の上で腕を組んで……上を向いているらしい。 こいつがこんな時間に起きてるのって珍しいよな……って俺も人のことは言えねぇかぁ ……いつもはぐっすり眠れてるはずなんだがな。 「あぁ? そういうおめぇも眠れねぇのかよ」 「ちょっと……な。なぁ……やっぱり、今日のパステル……なんだか変じゃなかったか?」 「……そうか? 別にいつもと同じだったんじゃねぇの」 「俺な、今日……猪鹿亭に入っていくパステルとルーミィを見たんだ」 「はっ? メシ食いに行ったんじゃねぇの」 「いや、ご飯なら皆で食べたろ……だから不思議に思って聞いてみたら」 「聞いてみたら? なんだよ」 「『ただ、ちょっと散歩していただけよ♪』って……」 「でっ? 結局誤魔化されて、わかんなかったって訳か」 「ああ……まぁ……そうなんだよ。大丈夫だよな? まさか冒険者辞めて、ウエイトレスするなんて事は――」 「んな事、ねぇって。まっ……とにかく大丈夫なんじゃねぇの?」 「ああ……そうだな」 俺達はしばらくの間、話をしてから、眠りについた。 次の日の朝。 やっぱり、パステルはルーミィを連れて猪鹿亭へ行ってしまった。 なかなか帰って来なかったこともあって…… 結局、午前中には理由を聞き出すことができなかった。 俺は部屋でのんびりしているクレイ達を置いて、一足先に猪鹿亭に行くことにした。 みすず旅館から出る時、キットンが戻ってきて一緒についてきた。 相変わらず、混んでるなぁ……えっと、リタはっと…… 「あっ、いらっしゃーい……あれっ、パステルは?」 「よぉ、リタ。ああ……アイツらなら後から来るんじゃねぇの」 「そうかぁ……それじゃ、パステルって――はどうするん――――つもりかな?」 リタは料理を運びながら声をかけて来たが、パステル達の姿が見えないと分かると何か呟いた。 周りが喧しくて、所々しか聞こえなかったが……たしかパステルって言ったような。 「なんか言ったか?」 「えっ? 何でもないよ。注文は?」 「えっと……私はAランチにします」 「俺はBランチな」 俺達はいつもの場所に座ると、リタに注文した。 「分かった。AとBをそれぞれ一つずつね」 「ああ……あのさ、リタ。おめぇ――」 「あっ!! 居た居た!! トラップ、キットン。もう注文したの?」 俺がリタに”何か知っているのか”聞いてみようとした時、絶妙なタイミングでパステル達が入ってきた。 「あっ、クレイ。遅かったですねぇ」 「そうか? それにしても、混んでるなぁ」 「ぱーるぅ、ルーミィお腹ぺっこぺこだおぅ」 ルーミィの声でパステルの方を見ると、リタと何か話していたようだ。 その後、リタは他の客から呼ばれたので別のテーブルへ行ってしまった。 「分かった。えっと、どっちにする?」 「えっとねぇ……ぱーるぅとしおちゃんはどうしゅるの?」 「僕はもういいデシ」 「私はねぇAの猪鹿風ミケドリアの照焼きセットかな。クレイとノルはどうする?」 「えっと……Bは何?」 「Bはですね――」 「今日はね。猪鹿風アユアの塩焼きセットだよ」 キットンが答える前に、パステルが口を開いた。 「へぇー、じゃあ……Bにしようかな」 「クレイはBね。ノルは? ノルもBでいい?」 ノルはパステルの言葉にうなずいた。 パステルはそれを確認すると、リタに向かって注文をした。 「なぁ……パステル、聞いていいか?」 「んっ、何?」 「おめぇ、なんで今日のランチのメニューを知ってんだ?」 「そういえば……今日も朝食が終わった後、何処かへ行ってたみたいだけど?」 「えっ……そ、それは……」 俺達の質問にうろたえまくるパステルを皆(ルーミィ以外)が、不思議そうに眺めていた。 「おめぇ、昨日から猪鹿亭に入りびたってねぇか?」 「だから……それは……そのぉ……」 「もういいんじゃない、パステル」 「リタ! う〜ん」 パステルがシドロモドロと言い訳しようとしている時に、料理を持ったリタが来た。 「なんだ、リタも知ってるんじゃないか」 リタは最後の料理を置くと、クレイの一言にペロッと舌を出して首を竦めた。 「ごめーん。だって今日までは内緒だって約束したから……」 「今日までって、何?」 「なんですか!?」 「何だよ。もういいだろ?」 「パステル、言ってしまえば楽になるぞ」 俺達がパステルに詰め寄ると…… 「実は……」 「実は?」 「食事が済んだらね♪」 『……(ガクッ)』 「あのなぁ〜」 「でないと、喋らないからね!!」 しかたなしに、俺達は釈然としないまま食事を終えた。 「でっ? 何なんだよ」 「ちょっと待っててね。リタ!!」 パステルの呼び声に、リタが四角の箱を持って来た。 「ふふっ、私とパステルとルーミィの合同作なんだからね」 「ルーミィも手伝ったんだぉ」 「じゃーん! ……今日、バレンタインでしょ? リタとルーミィと苦労して作ったんだからね」 「ルーミィが描いたんだぉ!!」 その箱のフタを取ると……デカイチョコレートケーキがあった。 チョコレートの上には、”St.Valentine”と書かれたチョコ板が乗っていて、その周りに俺達(?)に 似せた絵が描かれてあった。 「何? マジでおめぇらが作ったのかよ?」 「これって……俺達だよな?」 「うん。そっくりだ」 「ルーミィしゃん、上手デシ!!」 「へぇ、上手くできてますねぇ。昨日からこれを作ってたんですね」 俺達は、それを目の前に驚きを隠せなかった。 リタが包丁を持ってきて、俺達は三人に礼を言ってからおいしく頂いた。 でも……俺は食べながら、疑問に思ったことがある。 昨日買っていた青い袋の中身だ!! 「おい、パステル」 「ふぇ? (ゴクッン)……何?」 ケーキを食べていたパステルは、一口水を飲んでから答えた。 「昨日、おめぇ……店でなんか買ってただろ?」 「えっ? ああ、あのウインドウが綺麗に飾っていた所でしょ? 見てたんだ」 「ああ……あの時、何買ってたんだ?」 「あれはね……ルタにあげるチョコレートだよ。今日用事があって、一緒にケーキ食べれないって聞いたから」 なっ……なんだ…… クレイの奴にやるんじゃなかったのか……心配して損したぜ。
〜終了〜
1999年2月12日(金)18時55分57秒投稿の、龍鈴さんのヴァレンタイン妄想です(笑)