Side of P
季節は春。
今日から4月に入り、やっと本格的に暖かくなろうとしているころ。
みすず旅館の1室で、1人の少女が、1つの大きな決心をしていた。
(よぉーし、今日こそちゃんとトラップにコクハクするぞぉっ!)
言うまでもなく、少女の名前は、パステル・G・キング。
ちなみに、部屋にはルーミィも、シロちゃんもいるから、口に出しては言えない。
それでも、考えるだけでも顔に血が上ってきていたりする。
(う、うぅ〜、こんなことじゃだめだってばっ! 平常心、平常心……)
思わず、上気した頬を両手でパンパンと叩くパステル。
結果、パステルの頬はよけい赤くなってはれあがった。
「ぱぁーるぅ、どうしたんらぁ?」
「!! ル、ルーミィ? なんでもないよ! ほら、はやくお昼ごはん食べに行こう! 今日はマリーナもいっしょだし!」
そう。前日は、いきなりマリーナがシルバーリーブを訪ねてきて、大騒ぎだったのだ。
だから、パステルは本当は昨日告白しようとしていたんだけれど、うやむやのうちに今日になってしまっていた。
……37回目の告白「失敗」である。
食事の時間は、たしかにきちんと会話もしていたのだけれど、全然何をしていたか覚えていなかった。
そうこうするうちに、みんな食べ終わり、食事の時間は終了する。
マリーナがちょっと心配そうにパステルを見ていたりもしたけど、そんなこと全然気がついていなかった。
「……パステル、おめぇ、なんか変じゃねーか?」
びくっ!
さすがにパステルも、トラップの声はちゃんと聞こえた。
「あ、ははは……。そ、そう? そんなことないよ〜」
心無しか声が乾いている。
どこからどう見たって「変」だった。
ルーミィとシロちゃんを除く、その場の全員が眉をひそめる。
さりげに隣の席のおっちゃんまで眉をひそめていた。
さすがにその場の空気に耐えられなくなったパステルは、そそくさと退場しようとして、はっと気付いた。
(あぁぁ、こんなことじゃ、いつまでたっても無理じゃない! 40回台まで足を突っ込みたくないよ〜。え〜っと、とりあえず、こんなところじゃコクハクなんてできないしっ)
「そ、そうだ、トラップ! ちょっとあとで話があるから、みすず旅館の玄関で待っといてくれない? それじゃっ!」
そして逃げるように去っていくパステルに、みんな思わず顔を見合わせるのだった。
「んで? 話ってなんなんだよ」
パステルにとっては驚いたことに、しばらくして降りていくと、トラップはちゃんと待っていた。
(や、やっぱり緊張してきた〜。で、でも、今ならおかみさんもいないみたいだし、これ以上のチャンスなんてないよね! ……もう、どうにでもなれ!)
「す、好き……デス」
「はぁ!?」
声が小さすぎて聞こえなかったのか、聞き返される。
パステルは、ちょっとびくっとしたけれど、さすがに「はぁ!?」っていう言葉にむかっときて、やけになって叫んだ。
「だからぁ! わたしはあなたのことが好きなのっ!」
叫んでから、後悔する。
(なんちゅー恥ずかしいことやってんのよ、わたしは……?)
そしてパステルが、恐る恐るトラップの顔を見ようとしたとき、いとも簡単な、そして想像もしなかった答えが返ってきた。
「うそつけ」
!!!??
「んなことでおれをだまそーったって100年早いぜ? だますならだますで、もうちょっとマシなウソを……」
「っっっ!! もう、いいわよっ!!!」
悲しみなんかを通り越して、怒りくるったパステルは、親の仇でも討ちに行くようなかんじで自分の部屋へと走っていった。
そしてしばらくすると、シルバーリーブ中にパステルの大声が鳴り響いた。
「トラップのっっ!! ばっっっかやろおおおぉぉぉ………!!!!」
(ったく、パステルのやつ、なんだっていうんだよ……?)
とか思いつつも、トラップは自分の鼓動を押さえきれずにいた。
(まさか本気なわけ……ないよな)
はぁ、とため息をついて顔をあげる。
さっきからずっと、トラップはパステルの部屋の前を行ったり来たりしていた。
ふと、後ろの足音に気がつき、振り向く。
「クレイ……?」
それは、どこかぼーっとした、クレイだった。
外から帰ってきたところのようで、トラップがいることにすら気付かずに、自分の部屋へ入ろうとする。
「おい、クレイ!」
「え……? あ、いたのか、トラップ」
何があったのかしらないが、そんなクレイの様子にもう一度ため息をつき、トラップはクレイに尋ねた。
「なあ……今日ってエイプリルフールだよな」
「エイプリルフール……? あ! そうだったのか。忘れてた!」
忘れてた……? ったく、おめでたいやつだな。
そう思ったトラップは、何か言ってからかおうと口を開きかけ――停止した。
(「忘れてた」? ってことは、あいつ、まさか……)
「……う……っ、ひっ、ひっく……」
パステルは、お世辞にも上等とは言えないみすず旅館の布団に顔をうずめて、しゃくりあげていた。
(トラップのばかばかばかばかばかぁっ! わたしがどんな気持ちでいたと思ってんのよぉっ!)
「ぱぁーるぅ、ねぇねぇ、どーしたんらぁ?」
「パステルおねーしゃん、元気だして下さいデシ」
ルーミィとシロちゃんが懸命に慰めても、パステルの涙は止まらなかった。
断られるのならまだいい。
よりにもよって、自分の気持ちを否定されたのだ。
ずっと伝えたかった言葉を、鼻で笑われた。
(悔しい……! なんでわたし、あんなデリカシーのかけらもないやつのこと好きなの? 嫌いにでもなってしまえれば楽なのに……)
嫌いになんてなれなかった。
あんなにひどいことを言われても、溢れてくるのは好きという気持ちばかり。
コンコン
ノックの音。
パステルがいそいで涙を拭いて出ようとすると、先にルーミィとシロちゃんが駆けていき、扉を開けた。
「あ、ルーミィ、シロ。……ちょっとパステル呼んできてくれねーか?」
トラップの声。
思わずパステルのからだがびくっと震えた。
「とりゃーっ。とりゃーっがぱぁーるぅ泣かしたんかぁ? ぱぁーるぅいじめちゃだめだお!」
「トラップあんちゃん、パステルおねーしゃんに何かしたんデシか?」
「パステル、泣いてる……のか?」
そりゃ泣くわよ。当たり前じゃない!
あんた自分がいった言葉、覚えてないわけ?
心の中で叫びながら、扉の方をきっと睨みつける、パステル。
「……っく、うっ…………ひっく」
出てくるしゃっくりを止めようとしても、ずっと泣いてたもんだから止まらない。
「……なぁ、ルーミィ、シロ。とりあえず、パステルと話がしてぇから、そこどいてくんねーか?」
「だめらお! ぱぁーるぅこれ以上泣かしたあ、ルーミィゆうさないんだかあ!」
「デシ」
必死な1人と1匹の姿に、パステルの心が少し緩んだ。
ルーミィとシロちゃんに反対されて困ってるトラップの顔を思い浮かべて、パステルはくすっと笑う。
「ルーミィ、シロちゃん、いいよ。でも、2人でお話したいから、ちょっと外で遊んでおいてくれない?」
「ぱぁーるぅ、だいじょぶなんかぁ?」
心配そうなルーミィに「大丈夫」とパステルが笑いかけると、しぶしぶといったかんじでルーミィ達は外へ出ていった。
「パステル……さっきのって、もしかして本気だったのか?」
「え〜ぇ、本気よ! 本気以外の何物でもないわよ!」
目の端を赤くしたまま、開き直ったようにパステルが答える。
「ってことは、だまそうとしてたわけじゃねーんだよな」
「あっったりまえじゃない! なんでわざわざわたしがトラップをだまさなきゃいけないのよぉ!」
パステルは、また出てきそうになった涙を、こくんと飲み込んだ。
絶対、今泣いてなんかやるもんか!
「……………………。わーったよ。おれが悪かった!」
「へ?」
今、なんて言った?
パステルの顔には、でかでかとそう書いてあった。
まさか、トラップが。
あのトラップが素直に謝るなんて!!?
(な、何があったんだろう……)
パステルはさっきまでの怒りもすべて忘れて呆然とした。
「で、でもおまえもわりーんだぞ! 今日みたいな日に、んなこと言うから……」
トラップの顔も、心無しか赤い。
視線はさりげに横にそらしていた。
「今日みたいな日?」
「そ。今日、なんの日か知ってるか?」
「…………4月1日。何かあったっけ?」
そんなパステルに、トラップは盛大なため息をつき、
「エイプリルフール。つまり、Tウソをつく日Uなんだよ」
「あっ……」
「ちなみに訳すと、T4月馬鹿U。おめーみてーなやつのことだな」
Side of M
春のうららな今日の日。
記念すべき4月の初めの日。
もうすぐ入学式を控えた子供達がいろいろな準備をしている、そんな日。
マリーナはシルバーリーブのみすず旅館を訪れていた。
それは、10何年間か耐えてきた、この想いを伝えるため。
今までずっと、不相応だ、とかいろいろと考えていて伝えることができなかったけど、やっと覚悟がついたから。
だから、しばらくお店を休んでここまで来た。
……と言ってもマリーナが来たのは昨日。
昨日はなんだかんだ、大騒ぎして、それどころじゃなかったのだ。
コンコン
「マリーナーっ! 昼飯食いにいくぞーっ」
「あ、はーい! すぐ行くから!」
叫んで、髪の毛がはねてないかを確かめると、マリーナは猪鹿亭へと駆けていった。
猪鹿亭のごはんは、昨日も食べたけれど、安い割になかなかおいしい。
マリーナはみんなといろいろ話しながら、食事を楽しんでいた。
本当は緊張もしているのだけれど、職業柄、そういうのは出ないようにしている。
(ん?)
でも、それに気付くのが遅れたのは、やっぱり緊張のせいだろうか。
パステルの様子が少しおかしい……。
返事とかもどこかうわの空だし、食べる速度も少し遅いような気がする。
(どうしたんだろう、パステル? ……って、わたしも人のこと心配してるような場合じゃないか)
人の心配をする余裕に心の中で苦笑する。
そのうち食事も終わり、みんなが席をたとうとしたとき、トラップが急に口を開いた。
「……パステル、おめぇ、なんか変じゃねーか?」
さすがにトラップは気付いていたらしい。
多分、クレイも気付いているんだろう。
そういうとこに鋭いやつだから。
「あ、ははは……。そ、そう? そんなことないよ〜」
やっぱり変だ。
そしてふと、「トラップの言葉」にちょっと過剰ぎみの反応をしめしたパステルに、マリーナはある可能性を考え付いた。
「そ、そうだ、トラップ! ちょっとあとで話があるから、みすず旅館の玄関で待っといてくれない? それじゃっ!」
パステルはやたらと慌てて、全速力で去っていく。
(やっぱり、パステルも今日……)
そう思いかけたけれど。
(まさか。そんな偶然、あるわけないわよね。それに、どっちにしろ、わたしはわたし自身の心配をしなきゃ……)
思い直して、マリーナは、クレイの耳にそっと囁いた。
「クレイ、わたしも話があるんだけど……。ちょっと、こっち来てくれない?」
「マリーナ? どうしたんだ、こんなところまで連れてきて?」
そこは猪鹿亭の裏だった。
当然だけど、だれもいない。
「あのね、クレイ。単刀直入に言うわ」
「? うん……?」
ごくん、とつばを飲み込む。
すっと息を吸ってから、マリーナは、クレイの目を見据えて言った。
「愛してる。ずっとずっと……あなただけが好きなの」
「え!!???」
クレイの顔に映ってるのは、明らかに困惑の表情。
(そりゃ、すぐに返事がもらえるなんて思ってないけどね)
自分の中に渦巻いてるいろいろな感情を押さえ込んで、笑顔をつくる。
「返事はあとでいいから。わたしは自分の部屋にいるから、あなたの気持ちの整理がついたら、言いにきて。お願い」
(マリーナがおれのことを……?)
クレイは困惑した表情のまま、それでも足は自分の部屋へ向かっていた。
トラップにでも相談しようか、と思ったのだ。
何しろ、そんなことは考えたこともなかった。
「おい、クレイ!」
部屋に入ろうとしていると、いきなりトラップに呼び止められた。
トラップはずっとその辺りにいたようだったが、全然気付いてなどいなかった。
「え……? あ、いたのか、トラップ」
さっそく相談しようとすると、逆に向こうから聞いてきた。
「なあ……今日ってエイプリルフールだよな」
「エイプリルフール……?」
そう言われてみればそうだ。
「……あ! そうだったのか。忘れてた!」
(そうか、エイプリルフールか……)
マリーナは、部屋で布団にまるまっていた。
早くきて、答えを聞かせてほしい。
でも……それが怖くもある。
できれば永遠に答えなんて聞きたくない――そんな想いも存在した。
(だめだな、わたし。こんなことじゃ、ここまで来た意味がないじゃない)
弱気な自分を叱咤して、またじっと、ノックの音を待つ。
コン……コン
(来た!)
目をぎゅっとつむり、深呼吸して、ゆっくりと開ける。
どんな返事が待っているのか……考えることさえ、頭は拒否をしている。
「ど……どうぞ」
勇気をふりしぼって声を出すと、扉はゆっくりぎーっという音をたてて開いた。
「……………………」
「……………………」
マリーナは沈黙に押しつぶされそうだった。
こんな思いは初めてだ。
仕事の時だって、ここまでの圧迫感はない。
「な……あ、マリーナ」
長かったのか、短かったのかわからない沈黙の後、やっとクレイが口を開いた。
「さっきのってさ、その……おれをだますために言ったのか?」
「え……っ???」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
クレイが口にした言葉は、答えでもなんでもなく。
それは……。
「い、いやあの、ほら、今日……は…………」
ふいに、クレイが言葉を途切れさせる。
その顔には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。
なぜならクレイが見たものは。
「マリーナ……?」
マリーナの涙。
幼馴染みであるクレイですら、ほとんど見たことがない、「演技」じゃない涙だったから。
「なんで……なんで、そんなこと言うの……? わたしが、どんなに悩んで……」
「マ、マリーナ、ごめん! おれが悪かったから!」
「…………っこの鈍感! あなたっていつもそうじゃない! 気付いてほしいときに全然気付かずにのほほんとしてて……!」
ここまで一気に話して、はぁ、はぁ、と息をつぐ。
今やマリーナの両目からは涙が、これ以上は無理というくらいに溢れていた。
ずっと隠し通してきた「本音」という名前の涙が。
「それでもっ……それでも好きなのよっ。クレイだけが、ずっと……」
そこにいるのは、弱々しい1人の少女。
何もかもをさらけだして泣きじゃくる少女が愛しくて、クレイはそっと、抱きしめた。
「クレイ……!?」
「ごめんな、マリーナ。でも、この気持ちはウソじゃないつもりだから……」
しばらくは部屋にはマリーナのしゃくり声だけが響き、やがて……止まった。
「でもさ、こっちも1つだけ、言い訳させてくれよな」
「言い訳……?」
「そう。だって……今日はエイプリルフールだろ?」
「あ。そうだったんだ……忘れてた」
2000年4月2日(日)02時48分〜4月2日(日)02時49分投稿の、蒼苓来夢さんのエイプリルフールトラパス・クレマリ短編です。