(1st)
今日は、3月14日。つまり、ホワイトデーってやつだ。
普段のおれなら、特別でもなんでもない日。
でも……今年は違う。
あいつに何を渡そうか。そればっかり考えてた。
1ヶ月前のこの日。いわゆる、バレンタインデー。
あいつは、去年までのようにおれにチョコレートをくれた。
きっと、あいつにとってはなんでもないもの。
おれと同じように、クレイやノル、キットンにさえやってるはずなんだ。
それなのに。そのはずなのに。
あいつがくれたチョコレートは暖かくて。
少なくともおれにとっては「特別」で。
溢れだしそうな喜びを隠すのに、そっぽを向くのが精一杯だった。
おれのその様子を笑ったはずの、あいつの笑顔さえ愛しくて……。
すべてを包んでくれそうな、微笑み。
いくらどんくさくて、方向音痴で、泣き虫で、いじっぱりでも。
そのすべてが愛しくて、そのすべてがおれを苛々させて。
ずっと抱いてきた、想い。叶えられそうになくても……。
今日、すべてを伝えよう。
今日、すべてを込めて渡そう。
そして、その後にあの微笑みを見せてくれたなら……。
儚い――望み。
(2nd)
結局おれは、1番オーソドックスなものを渡すことにした。
つまり、指輪。
買った時は少し恥ずかしかったが、自分の気持ちを伝えるなら、これが1番いいと思ったのだ。
なんて言って渡そうか、悩みながらみすず旅館へと急ぐ。
「……けっ」
こんな気持ちは、想像したことすらなかった。
まったく、全然おれらしくもない行為だ……。
それでも、迷いはしない。
この気持ちを迷うってぇことは、あいつへの想いを迷うことだから、な。
「おい、おかみさん。パステルどこにいるか知んねーか?」
みすず旅館に着いたおれは、とりあえずそこにいたおかみさんに尋ねることにした。
これで部屋にいたりしたら、それもマヌケなんだけどな。
「あぁ、パステルかい? それなら、さっき裏の方へ行ったみたいだけどねぇ。呼んでこようか?」
裏の方……?
裏ってのは、当然のことながら、みすず旅館の裏だ。
そんなところに何の用があるんだ? まさか……。
悪い予感がした。
「ま、いいわ。自分で探しに行くさ」
おかみさんにはできるだけ軽い調子で答えながら、裏の方へと歩を進める。
もし、おれの予感が当たっていたなら……いや、十中八九当たってる。
みすず旅館はそう広くない。だから、すぐに裏に出た。
あいつがいそうなところに見当をつけて、そっとみすず旅館の影から覗き込む。
……いた。
あいつが……パステルが、そこにいた。
そして、予想どおり。
クレイも……そこにいた。
望みが、崩れてゆく。
音をたてて、崩れてゆく……。
(3rd)
「ははっ……」
おれは、少し自嘲ぎみに笑った。
クレイがあいつのことを好きなことぐらい、うすうす気付いていた。
でもパステルは、あいつのことだからどうせ、そんなこと全然気付いてなかったに違いない。
クレイの気持ちだけじゃなく、おれの気持ちも……。
だから、クレイよりもはやく、知ってもらいたかった。
少しでも、おれがどんなふうに想っているかを知って、意識だけでもしてほしかった。
――クレイは、おれよりかずっと、あいつに優しくて、あいつを守ることもできる。
容姿も抜群だし、性格的にも、あいつにはおれよりクレイの方が似合っている。
クレイとは幼馴染みだから、そんなことはよくわかっていた。
痛いくらいにわかってたんだ……。
ふと、顔をあげてあいつらの方を見ると、ちょうどクレイがあいつに、プレゼントを渡そうとしているところだった。
(クレイのやつのことだから、どーせおれなんかよりも気のきいたもん選んでるんだろうさ)
そう思いつつ、目を細めてそのプレゼントを見る。
それは、クレイの手の中で、陽の光を反射してきらりと光った。
(??!!)
それは……指輪だった。
しかも、おれが買ったのと全く同じの。
それを見た瞬間、おれの中で想いが弾けた。
――あきらめたくない。
何も考えずに飛び出す。
おれがいきなり出てきたから、あいつらは相当驚いているみたいだ。
でも、そんなことは何の関係もない。
ただあいつを、渡したくはなかった。
たとえ幼馴染みだといっても。
いや、幼馴染みだからこそ。
あいつだけは、渡せなかった。
たとえ、望みは叶わなくても。
きっとあきらめずにいたことは無駄ではないはず。
あいつが少しでもおれの方を向いてくれたなら……。
(4th)
「トラップ!?」
あいつの、心底驚いた声。
少なくとも、迷惑だという要素は入っていない……と思う。
ちなみに、おれが買った指輪の方は、ジャンパーのポケットに隠してある。
「ト、トラップ、おまえなんでこんなとこにいるんだよ!?」
顔中真っ赤になりながらも、こっちも「迷惑そう」ではない。
ったく、お人好しなやつだよな。
「おれがなんでこんなとこにいるか、それくらい分かってるんじゃねーの、クレイちゃん」
にやにや笑いながら言ったおれの言葉に、はっと顔を強ばらせる。
やっぱり、こいつは知っていやがったな、おれの気持ち。
妙なところが鋭いやつだから。
そのスキにおれは、クレイの手からあの指輪を奪い取る。
「あっ!! それは……っ!」
その慌てぶりに、だんだんおれは楽しくなってきちまった。
さっきまで絶望のどん底にいたってのに、変な話だ。
やっぱりこいつには、人を穏やかにさせる才能がありやがる。
とたん軽い気持ちになった。
今なら、たとえこの幼馴染みを傷つけることでも、普段なら恥ずかしくてとても言えないようなセリフでも、言えそうなくらい。
(とっとと伝えちまうか)
奪い返そうとしているクレイを避けながら、まだ呆然としているあいつの方を向く。
「おれはてめーが好きだから、ここにいるんだよ」
「えっ……? トラッ……プ?」
あいつは口を阿呆みたいに開けて、ぽかーんとしてたけど、少ししてやっと意味が飲み込めたみたいで、顔がたこのように真っ赤になってきた。
ったく、おせぇんだよ。
でも、これでクレイよりも先に伝えることができた。
少しホッとしてクレイを見ると、さっきからおれの持ってるもんを奪い返そうとしてたせいか、はあはあ言っている。
おれがにやっと笑ってやると、あきらめたように肩をおとした。
てっきり、よけいにキレて追いかけまわしてくるだろうと思っていたんだが。
まぁおれはもう伝えるべきことは伝えたし、指輪はクレイに投げて返した。
「トラップ、あの、それ、本当……?」
と、後ろから、おそるおそるといった感じで声がかかる。
「嘘なんか言ってどうすんだよ」
多少呆れながら、おれは後ろを振り向いた。
「それなら……」
あいつが続ける。
少し、いたずらっぽい笑みをたたえて。
「それなら、これはもらっておいてもいいのね?」
そう言ってあいつが見せたのは……いつの間に取ったのか、あの指輪。
いまさっきクレイに投げたものではなく、おれのジャンパーにいれていた。
「…………え?」
今度はおれが呆然とする番だった。
それは、つまり……?
「ごめんね、クレイ。あなたのは受け取れないよ。だから、それはまた、渡す人ができるまで持っておいて。きっとあなたには、わたしよりもずっと似合う人がいるから」
一息おいて、あいつは特別の笑顔で、次の言葉を続ける。
「わたしは、トラップが……好き、だから」
望みはあいつの微笑み。
おれに向けてくれる、最高の笑顔。
ありえないことだと、思っていたけれど。
望みは、叶った。
(5th)
「そうか……。やっぱり、な」
やっぱり……? ってことは、こいつはパステルがおれをどう思ってるかを、知っていたのかよ?
おれはさんざん悩んでいたというのに。
「トラップ、ちょっと耳かせ」
くいくいっと指で招いている。
いきなり腹とか殴られたら嫌だから、ちょっと用心しながら行くと、クレイはおれの耳もとで囁いた。
「絶対、幸せにしないとぶっ殺すぞ」
「あたりめーだ」
にやっと笑って答える。
「約束は、守れよ。それじゃ、おれは部屋に帰ってるから」
そう言ってクレイは帰っていった。
「うわぁ、ぴったり。トラップ、いつわたしの指の大きさなんて知ったの?」
パステルが、あの指輪をさっそく指にはめている。
こうして笑っている姿を見ると、まるで子供みたいに無邪気だ。
「あー、でも、わたし、指輪よりももっと欲しいものあるんだけどー……」
???
「ぜーたくだな。なんだよ? 言うだけ言ってみろや。知ってるだろうけどおれは金もってねーからな」
この指輪だって、必死でギャンブル我慢して金ためてやっと買えたんだからな……。
「いいの?」
「不可能じゃなければな」
そう、不可能じゃねーんなら、こいつに頼まれて嫌と言えるわけがない。
せっかくおれにくれた笑顔を、離せるわけがない。
んなこっぱずかしいこと、口に出しては言えねーけど。
「それじゃぁ……」
いきなり、腕をつかまれた。
そして、抱き寄せら……れ…て………!?
(!!!!!!!??)
唇に、柔らかくて、暖かい感触……。
急激に顔に血が昇る。
唇から優しく放された後も、何が何だかわからなかった。
パステルの笑い声が遠くに聞こえるようだ。
「大好きだよ、トラップ! ずっと、ずっと、愛してる……」
***fin♪
2000年3月15日(水)02時16分〜3月17日(金)03時44分投稿の、蒼苓来夢さんのトラパスホワイトデー短編です。