真夜中のプレゼント

「ふぅ、やっとできあがった……」
 ふっと息をついて、パステルはペンを置いた。外はもう、日が暮れている。そん
なことにパステルは、今の今まで気付かなかった。何しろ、ずっと小説を書くのに
集中していたのだから。あ、晩ご飯は食べに行っていたけれど。
「ふあ〜ぁ、もう寝ようかしら……?」
ルーミィ達は、きっちりベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てている。パステ
ルは寝間着に着替えようとして、ふと壁を見た。
 そこには、日めくり用のカレンダー。
「今日は5月3日――5月3日ぁっ!?」
 一気に目が覚める。
 5月3日……5月3日って、トラップの誕生日じゃないかぁっ!
 実はパステル以外は、ちゃんと猪鹿亭でパーティーを開いていたりしたのだが、
あまりにもパステルが熱心に小説を書いていたので、そっとしておこうという事に
なったのだ。考えてみればヒドイ話かもしれない。
「あぁ、なんにもプレゼント用意してないよぉ。あっ、それよりもトラップのこと
だから、もう寝てるかも……」
だんだん思考がどん底へと落ちてゆく。さすがにシルバーリーブでは、日が暮れて
開いている店といえば、猪鹿亭くらいしかなかった。だから、今からプレゼントを
買いにいくなんてことは、不可能に近い。つまりは、自分で作らなければいけない
のだった。
「わたしが自分で作れるものといえば……」

 チン、と小さな音がしてスポンジが焼きあがる。今、パステルは、みすず旅館の
おかみさんに台所を貸してもらって、ケーキを作っているのだった。材料は、リタ
に頼んで分けてもらった。いくらなんでも夜中に作るのに、大きなものを作ったっ
て仕方がないので、小さなもの。
(ぎりぎり今日中に間にあったらいいんだけど……)

 そして、真夜中の少し前。
「やっとできあがったぁっ!」
本日2度目のセリフ。1度目とは、全然気の入り方が違うけれど。
「よかったねぇ、パステル。ほら、こんなに苦労したんだから、たたき起こしてで
も渡してきなさいよ!」
ケーキを袋に入れながら言ってくれる。なんとおかみさんも今まで手伝いながら起
きていてくれたのだ。
 そのおかみさんの言葉に元気よく「はい!」と答えたパステルだったが、答えて
から、無理だろうな、と思ったりする。トラップの寝起きの悪さは見に染みて分かっ
ている。ましてや真夜中。絶対起こしたりなんかしたら機嫌が悪い。
 パステルはとりあえずトラップ達の部屋まで駆けていった。部屋の扉を開け、そっ
と中を覗く。と、やっぱりというかなんというか、みんな気持ちよさそうに寝てい
た。ふぅ、とため息をついて、パステルがトラップの寝ている所まで行く。
 全然、まったく、起きる気配は無い。
 諦めてパステルは、枕もとに(寝返りで潰されないよう祈りながら)ケーキを置
き、扉の方へ振り返ろうとして……
「きゃっ!?」
そんな小さな悲鳴を上げてしまってから、誰も起こしていないか、きょろきょろす
る。心配しなくてもそれくらいで起きるようなやつはこのパーティにはいない。
 それよりも心配すべきは、パステルに悲鳴を上げさせた方。
 ゆっくりと振り向いてパステルは、自分の手を握っている主を確認した。
「トラップ!?」
「ったくよぉ、サンタクロースじゃねーんだから、おめぇは……」
間違い無く、トラップだ。寝ていたはずの……。いや、今起きているということは、
寝ているふりだけだったのだろうけれど。
「なんで起きてるの??」
「いやぁ、5月にやってくる時期はずれの大ボケサンタクロースさんが訪ねてくる
かと思ってよぉ」
にやにや笑いながらトラップが言う。その言葉に、パステルの頬がぷくーっと膨ら
んだ。
「せっかくおかみさんにまで手伝ってもらって作ったのにっ。いいよもう、わたし
が食べるからっ」
そう言って今さっき置いたケーキの袋に手をのばす。と、すかさずそっちの手もト
ラップにつかまえられた。そのままその手がぐっと引っぱられる。
 両方の手をつかまえられた状態で、いきなり片方の手を引っぱられれば、どうな
るか。簡単なことである。
 パステルの体は、バランスを崩して、トラップの上に倒れ込んだ。
「えっ? きゃぁっ!」
パステルには、自分の顔中に血が上っていくのがよくわかった。慌てて起き上がろ
うとする。が、それは力強く抑えつけられた。
「ト、トラップ?」
「誕生日が終わるときぐらい、ここにいてくれたってかまわねぇだろ」
 そして、少しの静寂が訪れる。
 5月3日の、真夜中。
「……そうだ、トラップ。まだ、言ってなかったね。誕生日、おめでとう」
「…………さんきゅ」

 それは小さなケーキに描かれた言葉。
 Happy  Birthday , TRAP      from  PASTEL

 今どこかで、真夜中の鐘が鳴った。5月3日の終わり。5月4日の始まり。
 そしてまた、いつもの日々がながれてゆく。

 1999年5月05日(水)13時48分46秒投稿の、蒼零来夢さんのトラップ誕生日記念トラパス短編です。

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