笑顔

(前編)

「きゃーっ、久しぶりーっ!」
 本当に久しぶりのマリーナの笑顔。わたし達は今、いつものおつかいクエストで、
エベリンに来てるの。だからそのついでに、マリーナの家にも寄ったんだ。
「ま、立ち話も何だからさ、上がってってよ」
「うん、そうさせてもらうわ!」
でも、そのマリーナに、わたしはぎこちなく笑う。それはきっと、自分の気持ちに
気付いたから。嫉妬なんていう、すごく嫌な気持ちから。マリーナ、変だと思った
だろうな。ごめんね……。
「お、相変わらずきれーに片付いてるじゃねーか」
ああ、そんな風に話さないで。仲良くしないで。きっと今のわたしは耐えられない
から。マリーナは何も悪くないのに。絶対、もっと嫌な感情を抱いてしまうから。
「なぁ、なんか飲みもんねーか? おれ、喉乾いちまってさ」
やめて……お願い、やめてっ!!
 気がつけばわたしは走り出していた。開けっぱなしだったドアを抜けて、エベリ
ンの街並に踏み出す。
「あ、パステル!?」
後ろの方で、マリーナの声が聞こえた。本当に、ごめん。ごめんなさい、マリーナ。

そういえば、前にもこんなこと、あったよね。マリーナがうらやましくって。あの
3人の輪の中に入っていけなくって。今とは少し、気持ちが違ったけど。あの時は、
冒グルから歩いて、それにノルもついてきてくれて。そういえば、ディビーぼっち
ゃまはどうしたんだろう。まだあのお母さんが付いてるのかな。笑っちゃうね……。
 思い浮かぶのは関係ない、ささいな事ばかり。本当に心の中を占めてるのは、た
だ1つのことなのに。あいつにわたしだけを見て欲しくって。こんなわがまま……。
「パステルっ!」
唐突に、あいつの声がして、意に反してわたしの足は止まる。振り返らないと、い
けない。いつものように。何もなかったように。
「トラップ……」
わたしは振り返る。笑わないと。笑わないと。なんにもなかったって。
 でも、ああ、どうして。あなたに心から笑えない。
 こんなに好きなのに。
「おめー、何やって……っ!」
もうすぐ、あいつがここまでやってくる。逃げたいけれど……。
 頬に冷たいものが流れる。この涙は何処へ行くの?
 メナース、わたしにたくさんの笑顔を下さい……。

(後編)

 わたしのところまで追いついたあいつに、がしっと肩をつかまれる。この手が永
遠に離れなかったら……。こんな時でも、ふとそんな考えが頭に浮かぶ。わたしは
今、どんな顔してるんだろう? ちゃんと笑えてるのかな。ううん、きっと、どう
しようもない顔、してるんだろうな。それはあいつの表情見たら、なんとなく解る。
「おめー何泣いてんだよ」
息を切らせたまま、あいつが言った。ああ、わたし、そういえば泣いてるんだ。で
も、追いかけてきてくれたのは嬉しいかな……。少しだけ、微笑む勇気になるね。
「何か言えよ!」
でも、何故あなたはそんな必死に、わたしに瞳を向けてくれてるの? 諦められな
くなるじゃない。もっと嬉しくなっちゃうじゃない。本当にわたしを見てくれてる
わけじゃあない、わたしだけを見てくれてるわけじゃあないって解ってる。それで
も、期待が膨らんでしまうから、いつものようにふざけてみせて。きっとそうした
ら、いつかまたあなたに心から笑えるようになるから。マリーナにも、笑えるよう
になるから。あなたにとって、わたしはただの仲間なんだってはっきりと解ったら
諦められるのよ、たぶん。
「……っ、なんでそんな悲しそうな顔してるんだよっ!」
わたしがあまりにも何も言わないからか、すごくイライラしてるみたい。どう言え
ばいいのか、迷ってるうちに、わたしの口から言葉が出ていく。
「…………あなたが、マリーナの事を見てるから……!」
なんでわたし、こんなこと言ってるの? 止めたいのに、勝手に口が動く。そんな
こと言ったって、何もならないのに。マリーナや、トラップやみんなが嫌な気分に
なるだけなのに。もうわたし、仲間としても見てもらえないかもね……。
「わたしの気持ちにも気付かないで、マリーナを見ていたからっ」
「はぁ?」
すごい間の抜けたような声。やっぱりトラップにとっては、どうでもいい事だった
のかな。
「なに勘違いしてんだよ、おまえ」
勘違い? まさか。まさか。それはあなたが自覚してないだけじゃないの?
「言っとくけどなぁ、全然気付いてないのはおまえの方だぜ」
何言ってるの、この人。なんでわたしが……。
「何に、気付いてないって、いうのよ?」
しゃくりあげながら言う。
「おまえなー、まだ気付かねーのかよ。だから、あのな、おれが好きなのはおまえ
だからな。今、おれの目の前でべちょべちょに鼻水たらしてる、鈍感な馬鹿野郎だ
からなっ!」
……………………。
 早口に言ってのけたトラップの言葉に、一瞬で頭の中が真っ白になった。まるで
いきなり雪でも降ったかのように。今、こいつはなんて言った? 理解がついてい
かない。
「……嘘」
「はっ?」
まず出てきたのがその言葉。
「嘘、嘘、嘘っ! そんな、嘘だよ絶対……!」
「なっ、なんだよそれはっ!?」
まともに困惑しているのが解る。でもまだ信じられない。いきなり、「今日から法
律をなくします」って言われたみたいな感じ。自分の中の常識がくつがえされた、
そんな感じが。全然抜けなくて。
「ねぇ、騙さないで、本当の事を言っ……」
「誰が騙すかよ。てめーなんざ騙したって1文の得にもなんねーだろーが」
いつもの乱暴な口調が。照れて真っ赤になった顔が。わたしの気持ちを驚きや疑惑
から、嬉しさに変える。嬉しい。嬉しくて嬉しくて、また涙で視界がにじみだす。
あぁ、わたし、こんなに単純だっけ? さっきまでの嫌な気持ちは何処に隠れたの
か。そもそも、こんな奴の言うこと、信用したらだめなんだから。
 でも今だけは。せめて今だけは、心から信用したっていいよね。あとで笑われて
も、夢を見たんだって言われても、今この気持ちだけは本当になったから。
 だから、心からの笑顔を返そう。涙のせいで、泣き笑いになっちゃうけど。
 でも、マリーナにはほんと悪かったな。きっと心配してくれてるんだろうな。マ
リーナの家まで帰ったら、今度は心から笑えるから。もとのわたしに戻れるから、
待っていて。お詫びに、いっぱいいっぱいの笑顔をあげるよ。

  もちろん、大好きなあいつにも、ね。

 1999年1月26日(火)14時10分47秒〜1月28日(木)12時50分26秒投稿の、蒼零来夢さんのトラパス短編です。

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