〜罠〜 『んだってっぇ〜!!!?』 見事に2人の叫びが重なった。 2人の感情が一致したこと、そして、2人の言葉遣いが似ているためである。 「あぁ、これには私も驚いた。この資料をよく見てくれ」 といって、差し出した紙の束。 サードが、こういう資料に目を通す担当だ。 「しかし、いくらなんでも警護40人を1人で・・・・・・」 「数が多かったのが幸いしてな、生還者が多かったんだ。目撃証言では、 まさに一瞬、10人が吹き飛び、10人の首に刃物が突き刺さり、10人が切り刻まれ そして、10人が壁に叩き付けられた。護送中だた伯爵は、喉を一突きだ ちなみに、この伯爵も他国の男爵の家を爆破し、殺した疑いがかけられている」 次に、使われていた武器の説明。 「たぶん、レイピアのような、突剣系統のものだろう。吹き飛んだのは爆弾で 首に突き刺さったのは、投げナイフ等の飛び道具。切り刻んだのは、先程とは違う 剣だろう。壁に叩き付けられたのは、本人の体術によって、だろうな」 淡々と説明する。 資料には、それをさらに詳しく書いてある。 「あらゆる格闘技をマスターしたスペシャリストの犯行ですかね?」 「おそらくそれもあるだろう。もしかすると、ダークエルフかもしれないが」 「ダークエルフ!!?」 ダークエルフ。 神獣と同じく、人間と共存し、しかし、人間の手によって絶滅寸前にまで追い込まれている種族。 まだ、各地の辺境で生存している。 そして、その首には莫大な懸賞金も・・・・・・。 そして、そこまでなった理由。 ダークエルフ同士が団結し、1軍隊を絶滅。 それによって、討伐令が発せられ、傭兵、騎士たちによって追い込まれている。 ただ、サードとゼフが知った真実は別だが。 「かの種族は我ら人間を恨んでいるからな、それもあり得るだろう」 「ちょっと、おかしくありませんか?」 サードが声を出した。 「だって、この資料によると、たしかにダークエルフ討伐に関わったお偉いさんも関わっています。 だけど、それとはまったく関与しない人、それも犯罪をおこしたやつらも 『黒の死神』の手にかかっているんです。 つまり、これには、何か別の共通点があるんじゃないのですか?」 「それも考えられるな。よし、その点でもあたろう」 さっそく、扉の警護をしていた騎士に伝令、そして、部屋を去ろうとしたとき、 「ちょっとまった」 ゼフが引き留めた。 「なんだね?」 「待つの好きじゃないんですよ、進展しないですからね。、そこで罠を、仕掛けませんか」 その瞳は、子供の輝きをたたっていた。
〜黒の死神、現る〜 その暗い部屋に『そいつ』がいた。 これから来るであろう、『ターゲット』を待つために。 部屋の中に息をひそめる騎士たち。 月の明かりだけが、部屋を青白く染めている。 約1時間、沈黙がつづいている。 そして、沈黙を破った者、『そいつ』が立ち上がったのだ。 窓の外にある、気配に気付いて。 それに気付いた騎士たちも、それぞれが作戦通りの行動を見せる。 鳥たちが起きるような窓の割れる音。 人が地面に降り立つ音。 そして、必死に逃げようとする足音。 剣と剣同士が重なる音。 なにかが斬られるにぶい音。 そして、最後に響いた爆発音。 『そいつ』は必死に外に出て、夜なお暗い森の中へ。 後を追う『ターゲット』 月の明かりすら届かない森の中。 『そいつ』は立ち止まった。 荒い息づかいが響く。 回りを見渡す『そいつ』は。 ある一点を見上げていた。 そこに『ターゲット』はいるはずだった。 だが、いたのは・・・・・・。 「なんで、偵察員だけなんだよ!!!!!!」 「そんなこと言われたって、ねぇ」 お互いに、首を傾げる。 『そいつ』とは、ゼフの事である。 そう、ゼフがおとりとなり、森に誘い込み、そして、『黒の死神』をくい止めている間に、 偵察員が待機中の騎士団に連絡。 そこで、一気にたたく、という作戦だったが・・・・・・。 「ばれちまったか、だとしたら・・・・・・」 ゼフが走り出す。 「サードが危ない!!!!」 「もう、そろそろかな?」 一応の容疑者と同室で、偵察員の連絡を待っている。 人形の回収は、終わっていた。 ゼフの部屋にいたのは、すべて人形で、幻覚の魔法で、本物の人間に似せてあったのだ。 時間の計算からいうと、もう、そろそろ。 「おっ、来たみたいだな」 窓の方からノックが聞こえ、1人の騎士が近づき、止まる。 「どうし・・・・・・」 他の騎士も、止まる。 窓が割れると同時に、2人が血を流し倒れたのだ。 「んなっ!!!?」 月明かりをバックに、立っていた男は。 黒一色の男だった。 「『黒の死神』!!!!!!」 そう叫んだのは、サードただ1人。 他の騎士たちは、ただ、臨戦態勢に入っていた。
〜力の差〜 「10人、か」 指で一人一人数えながら、護衛の数を言う。 サードもロングソードを抜き、来るべき攻撃を防ぐ構えを見せた。 「さっきのヤツが来たら面倒だ。一気に終わらせるとしよう」 右手が前にかざされる。 ─えっ!!!?─ 魔法詠唱をひた様子もない。 だが、いきなり衝撃波が部屋に充満する。 「がっ!!!!」 部屋にいた全員が、壁に叩き付けらる。 サードだけは、ドアをぶち破り、廊下の壁まで吹き飛んでいった。 だが、それがサードにとっては幸いしたのだ。 ドアをぶち破った時、咄嗟にロングソードを床に突き立てる。 それは、サードを支え、サードは壁に足をつき、気絶は免れた。 「へぇ、運がいいな」 軽い調子で言葉を発する。 身長は、160前後と、小柄。闇色のローブを身にまとい、顔まではよくわからない。 ふと、自分たちに依頼した行商人を思い出すが、すぐに否定する。 ─あいつじゃない。雰囲気が違いすぎる─ 「つぁっ!!!」 一気に自分の間合いに詰め、攻撃をしかける。 どこからともなく現れた剣は、それを難なく受け止めた。 「運がいいだけか。剣の腕は全然だね」 ─いまだ!!!!─ 相手が油断したそのすきに、強烈な蹴撃を相手の顔面にぶちまける。 これには意表を突かれたのだろう、腕を床に付いた。 つづいて、踵落としを相手の脳天に・・・・・・。 「なっ!!?」 残っていた左足が急に浮く。 足払い、倒れているので、最小限の動きで足払いができる。 咄嗟に左手をつき、体勢を整えようとしたとき。 頬の方に、衝撃が来た。 相手は、瞬時に立ち上がり、自分の顔に、蹴りを入れたのだ。 「痛っ!!」 即座に間合いを開ける。 「まさか、あそこで蹴りが入るとは思わなかったよ。なかなかやるね」 余裕の笑みが浮かべられた。 いや、この暗闇の中で相手の表情を見分けることなど不可能だ。 だが、サードにはわかったのだ。 相手は、笑っている、と。 「てめぇだって、最初の一瞬で全員をKOだ。あれはいったいなんだ?」 「秘密ですよ。でも、今から使ってあげます」 相手が走った。 横にそれ、相手の動向を見る。 ─裏拳!!?この間合いで!!!?─ 拳が届くはずがない。 間合いは、2メートルもある。 だが、届いた。 腹部に、強烈な痛みが走る。 部屋の隅まで一気に下がり、壁に背中を預ける。 後から後から出てくる、血。 口から出される鮮血は、サードの注意を逸らした。 ─速い!!!─ 目の前で闇が動いた。 振り下ろした剣も空しく空を切る。 だが、その剣を地面に突き立て、そのまますれ違いながら相手に蹴りを入れる。 後ろで、何かが崩れ落ちる音がした。 そのまま、振り向き、相手を見据える。 「そんな、バカな・・・・・・」 思わず呟いた。 さっきまで背中を預けていた壁が、崩れ落ちていた。 『黒の死神』は、ゆっくりとこちらを振り向き、言葉を発する。 「あなたでは、私に勝てない。おわかりでしょう」 力の差というものを、サードは知った。
〜それの正体〜 「観念したらどうだ?」 「いやだね」 また、走り出す。 正直、さっきの裏拳がかなり効いていて、腹から喉にかけてが、痛い、痛すぎる。 「無駄なことを」 相手が拳を繰り出す。 当然、剣と腕との間合いだ、こちらのほうがリーチは長い。 が、倒れたのはサードだった。 「なっ、んなっ・・・・・・」 まともにみぞおちに何かが入り、呼吸困難に陥る。 剣も、切っ先から30センチばかりが折れていた。 ─魔法でもなければ、物理的な何かでもない。いったい─ 「いっておくが、私と、間合いの勝負をしようなど無駄なことだからな」 最初に使った技。 それに、当たるハズのない裏拳とさっきの攻撃。 見えない、何か。 頭になにかが突っかかっているが、それ以上の答えは出ない。 「終わりだな」 剣を振り上げる。 だが、それを受け止めた何かがあった。 「隊長!!!!」 この『黒の死神』の最高責任者である老隊長。 だが、その得物は、あまりにも異様な物だった。 「カッ、カタール!!?」 騎士隊長とは、いや、騎士すらとも思えない、武器。 「サードくん、君は下がっていなさい」 撃ち合いが始まった。 まったくの互角、いや、隊長の方が押し気味だ。 暗い室内に、火花が散る。 この事件の騎士隊長であるだけのことはある。 思わず、観戦モードに入るサード。 最初に退いたのは、『黒の死神』のほうだった。 「へぇ、なかなかやるね」 「ふん、伊達に歳は喰ってはおらん!!」 「だが、これなら、どうだ!!」 拳を振り上げる。 また、あの技だ。 サードは、その余波をくらったが、隊長の方はまったく動じない。 「効かない、か」 「ふん、『気』による攻撃か」 「『気』!!?」 聞き慣れない言葉に、眉をしかめるサード。 「サードくん、お主には『気』を扱う特殊な能力がいくらばかりかあるようだな」 「はっ!!?」 「自分で考えてみろ、目に見えない武器を探せ!!!!」 隊長が走った。 また、激しい攻防がつづく。 カタールは、自分の腕と一体化している分、間合いは短いが、小回りが利き、防御に応じやすい。 対する『黒の死神』の得物は、2メートルはあろうロングソード。 それでも、隊長の方が押しているのだ。 「いたしかたあるまい」 いきなり、隊長が退いた。 「チャクラムか」 「あいにく、武器は選ばないようにしているんだ。悪く思わないでくれ」 手に握られている、丸い輪っか、チャクラムだ。 2メートルのロングソードを右手、左手にチャクラムを握る。 「どんな武器でも使ってみろ、儂は負けん!!!!」 再び、激戦が始まる。 「『気』俺も、使える、無形の、目に見えない・・・・・・」 ただ、意味の分からないことを反芻し、必死に目に見えない武器を追い求めていた。
〜沈黙が訪れ〜 形勢が逆転した。 チャクラム、さらに、投げナイフなどの飛び道具を駆使し、間合いの外から攻撃する。 それを受け止めている間に、2メートルという、遠い間合いから攻撃。 防戦一方、しかも、明らかに疲労の色が見えてきた。 「ベテランの方は長期戦に弱いですね」 攻撃はやんだ。 すると、隊長が膝を地面につき、相手を凝視する。 「さいしょから・・・それを・・・狙って・・・・・・」 「まともに相手して、勝てるとは思いませんでしたから、でも、殺しはしませんよ」 余裕で、扉近づく。 だが、サードがそれを拒んだ。 「己の非力さもわからないんですか、あなたは」 見下す口調で言葉を発する『黒の死神』。 得物であるロングソードが折れている以上、徒手空拳でしか、相手に対する手段がない。 だが、もう一つ、見えない武器をサードは手に入れたような気がする。 「意地でもここは通すわけにはいかない!!」 「暗殺相手がポジションまで行くまで後30分か・・・・・・」 懐中時計を開き、余裕でサードを見据える。 一方サードは、腰を落とし、かなり低く構える。 その異様なまでに落とした体勢で、どのような攻撃を打って出るのか? 『黒の死神』は、それを余裕の笑みで待ちかまえた。 ─どう足掻こうと、こいつの敗北は見えている─ ─まだ、わかったわけじゃない、けど、あいつの技と併用して─ 何かを、拳にためる。 何かは、自分にもわからない、しかし、明らかに何かがわかった気がする。 だから、目に見えない武器を、自分で見る。 ギシッ・・・ミシッ・・・・・・ 何かが軋むような音が聞こえてきた。 音源は、サードからだ。 骨が軋む音に似てはいるが、明らかに違う。 その音の正体に気付いたとき、それは、サードの左拳が彼の目前に出現したときだ。 「かあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」 目の前で両手をクロスさせて、なんとか耐える。 だが、目に見えない何かが、みぞおちに入ったとき、それは解き放たれた。 相手が、『気』を使ったのだ。 さきほどまで、『気』すら知らなかった青年が、使った。 左拳はフェイント、本命は、みぞおちに決まった右拳。 サードがまだわからない、『気』の力。 ドンッ 『黒の死神』が背中から思い切り背中を打ち、サードは正面から壁に衝突する。 お互いが、壁に寄りかかりながら倒れ、しばし、その部屋に沈黙が訪れた。
〜素顔が晒される〜 2人とも息が荒い。 まったく、動けそうにないようだ。 「まさか、トーシロが『気』を操るとわな」 「ワケわからねぇよ、『気』なんざ。そこの隊長が、ヒントくれたけど、なんの事やら・・・・・・」 「大した男だ、かなり無鉄砲だがな」 「ありがとさん、一応誉め言葉と取っておくよ」 さっきまで闘っていた2人が、会話を交わす。 一方の隊長は、向かい側の壁に背を預けていた。 「ただ、動けないようだな」 「体中がギシギシだ」 「無鉄砲さが、命取りだ」 すると、『黒の死神』が緑の光につつまれた。 サードに、もう少し魔法の知識があれば、それがヒールの光だとわかっただろう。 「魔法、使えるのか」 「使える種族なんでな」 先程まで、立てることすら出来なかった男が、たった。 そして、丁度月明かりが、男の顔を照らし出す。 「ダークエルフ、か」 黒い肌。 そして、その肌が黒くなければ、勝手に女の方から言い寄って来るであろう、顔。 「おまえは、あまりにも危険すぎる存在だな、この場で殺しておくか・・・・・・」 細い腕が振り上げられる。 その腕には、2メートルのロングソードが。 「やめろっ!!!」 カタールを片手に、隊長が立ち上がる。 「あなたを殺す必要はありませんからね、お休みになっていて下さい」 左手が振り上げられ、隊長が吹き飛んだ。 今度は、魔法のようだ。 「冥土の土産、くれないか?」 「金は持ってないから、なにも買ってあげられないよ」 「減る物がないんだったら、減らない物、おまえの口から聞きたい」 「なにを?」 「なんで、暗殺活動やってるんだ?」 すると、笑ったのだ。 笑うことのない種族、ダークエルフが。 「死ねば無に還る。そして、全て知ることになるだろう、そしてら、わかる」 剣が、月明かりを反射し、青白く光る。 「そう、禁断の記憶も、死ねばわかるだろう」 禁断の記憶。 そう、あの図書館で、『全てを知る者』が言っていた言葉。 ─じゃあ、こいつも─ 剣が振り下ろされた。 その刹那、何かが窓から入ってきた。 それは、風の如く2人に近づき、火花を散らした。 「相棒を殺すことは俺が許さねぇからな」 傭兵、ゼフ・ラグランジュ。 彼の、普段の仮面が剥がされ、素顔が晒されていた。 今、彼を支配しているもの。 傭兵、ゼフ・ラグランジュとしての、素顔だった。
〜雌雄を決し〜 「貴様、さっき囮になっていたヤツだな!?」 「ご名答、あんたが作戦見切ったおかげで、狼に囲まれるは、ゴブリンに出くわすわで大変だったよ」 よくよく見ると、赤い血に混じって緑の血もある。 たぶん、ゴブリンも斬り殺してきたんだろうな。 「間抜けなやつめ」 「余計なお世話だ」 『黒の死神』が退く。 その間にゼフは、隊長をこちらまで抱え、サードのとなりに座らせた。 「ご苦労様でした」 「ふん、若い者には負けられんがな。そろそろ引退時かもしれんな」 普段は強気な人だが、少し弱みを見せた。 それが、ゼフにとってはなにか心の安らぎになったのだ。 「で、おまえの目的はなんだ?今回の暗殺対象は?」 「国王だ」 流石に、これには驚いた。 ロンザ国国王を暗殺したとなれば、生涯逃亡生活をおくらなければならないだろう。 「どえらいことを考えてんだな」 「そいつ自信が犯した罪の清算だ、死刑以上に値するからな」 「『闇を知る者』」 その言葉に、『黒の死神』は反応を示した。 そして、隊長も。 「へぇ、どうやらこの場にいる全員が『闇を知る者』らしいな」 「んなっ!!!?」 「それじゃあ、隊長も!!!」 無言で頷く隊長。 「あんたも、あの図書館に・・・・・・」 「全部知っているかと思えば、そうでもないらしいな。いいか、『闇を知る者』 には2通りあるんだ。 1つ、『闇の図書館』の中で、『全てを知る者』に『禁断の記憶』を求めた者。 あなた達は全員それらしいですね。 そして、もう1つ、自分の力、または自然に『闇を知る者』になったものだ。 この場合、本人に自覚がない人が多いらしいが、私はそうではない。 闇を知り、そして、だからこそこの仕事をやっているのだ」 「なるほど、とすると、俺たちが得た記憶は、全て真実ってワケか」 ゼフが、刀を抜いた。 「こちらも時間がない。ターゲットがポジションに行くまで、後20分か。 早めに終わらせようか」 そして、ゼフが構えた。 あの、本人だけの独特の構え。 「いったい、なんのつもりだ?」 「これが、俺の構えだ」 普通の刀だ。 それを、右手で逆手にもち、体勢を低く保っている。 右手が後ろに、つまり、刀が相手に向かず、自分の後ろの方を向いている。 左足が前、右足が後ろの状態。 「そう、これが・・・・・・」 ゼフの構え。 右逆手一刀流、それがゼフの剣術だ。 遂に、『黒の死神』とゼフ・ラグランジュが。 雌雄を決す。
〜飛び足〜 「どうした、こっちだって時間がないんだ」 構えて5分。 両者、いっこうに動きがない。 いや、『黒の死神』は待っているのだ、ゼフが仕掛けてくるのを。 10メートルの間合いをあけ、どのような動きにもついていけるように。 「まさか、動けないワケじゃないんだろうな」 それは、ものの見事に外れていた。 動けないんじゃない、動くために、動かない。 それは、彼の技を知る者のみ、理解できる。 「お望みどうり、動いてやるよ」 準備が、出来た。 「3・2・1・・・」 そして、動いた。 そして、『黒の死神』は我が目を疑った。 この場にいた、ゼフ以外の全員が、その時起こった出来事を理解できなかった。 先程まで、たしかに敵の手に握られていた刀。 それが、今、自分の目の前にある。 「つっあぁぁぁぁぁぁ!!!!」 咄嗟に、上体を反らし、それを避ける。 ゼフは、地面に足を擦り付け、向かいの壁に右足をつき、止まった。 「外したか、でも、今度は・・・・・・」 振り向く、ゼフ。 『黒の死神』は、もう臨戦態勢に入っていた。 「2発目、いくぞ」 もう一度、あの独特の構えをする。 「3・2・1・・・・・・」 再び、ゼフが走った。 先程と同じく、ほとんど刹那の瞬間。 「なっ!!?」 たしかに、受け止めた。 だが、そのまま、自分が運ばれているのだ。 「カハッ・・・」 そのまま、壁に打ち付けられた。 まったく、失速した様子はない。 「俺は傭兵だが、殺しは自分の仕事じゃないからな」 折れた剣。 だが、刀は前髪を切っただけにとどまっている。 「ちっ!!」 窓に駆け寄り、外に飛び出した。 「逃がすか!!!」 ゼフも、すぐ後を追う。 「ちっくしょう・・・体中が・・・・・・」 サードも立ち上がろうとして・・・・・・座り込んだ。 ゼフがやった技『飛び足』それを自分がやると、一発でこうなる。 「サード君、後を追うぞ!」 見ると、さっきまでスタミナ切れしていたハズの隊長が立っている。 「へっ!?」 「大丈夫だ、鎧を脱げば、君くらいは抱えていける」 「ベテランは、休息の取り方もベテランだねぇ」 感心しつつ、サードは彼の差し伸べられた右手を握った。
〜真実より現実を〜 「いったい、あの技はなんなのだね?」 「あいつと俺が『飛び足』とよんでいますよ」 そう、ゼフのあの技。 あれは、自分がゼフと出逢う前から、使っていた。 「原理とか、そういうものは?」 「一応あります。例えるなら・・・・・・筋肉を爆発させる、ってとこですかね?」 「筋肉を爆発!!?」 「全身の筋肉の伸縮を利用して、あたかも筋肉を爆発させたかのように、走るんです。 走ると言っても、一歩で10メートル以上の距離を移動するから、『飛び足』とよんでます」 「しかし、それほどの無茶をやれば、君のように・・・・・・」 「あいつの筋肉と、俺の筋肉の決定的な違い、あるんですよ」 「どんな?」 「硬さ、です」 「どういう、意味かね?」 「あいつの筋肉は、柔いんですよ。俺以上についてるくせに、俺より柔軟な筋肉。 俺みたいなガチガチの筋肉じゃあ、一発で全身筋肉痛だ」 「おかしなもんだな。筋肉は、硬ければいいというのが、世間の常識なのに」 おかしい、といえば、この2人の状態もおかしい。 老人が若い者を抱えている。 しかも、自分よりも大きい相手を。 誰もが、この異常な2人を、避けるだろう。 もっとも、ここは人が出ない、森の中だが。 「サード君」 「なんですか?」 「1人で、走れるくらいになったか?」 「えっ、えぇ、なんとか」 「だったら、ここからは1人で走れ」 そう言って、サードを落とした。 まわりには、ゴブリンが6匹。 「んなっ!!?」 「どのみち、戦闘は無理だろう。だったら、追え。仲間を」 「でもっ!!」 「これは、隊長命令だ」 傭兵として、上に立つ者に逆らうことは、許されない。 ちょうど、そこをついてきたのだ。 「わかりました」 サードは、走り出した。 自分の、仲間の元へ。 「今まで、さまざまな夜を体験したが、今宵ほど大変な夜はないのぉ」 誰にも見せたことのない、老いた者としての、ぼやきだった。 「やっと、追いつめたぜ」 ちょうど、湖の入り江に挟まれているところ。 泳いで渡れる、しかし、それを出来ないワケが、『黒の死神』にはあった。 「ドロピィ、か」 暗殺者として、注意は怠らない。 先程なけた小石は、着地するか否かというところで、何かに巻き取られた。 「逃げ場所はない、そっちに得物もない。さぁ、どうする」 「観念」 以外にあっさりしてやがる。 ゼフは、内心感心した。 「で、どうする?」 「どうする、って・・・・・・」 まさか、追いつめられた相手に、そう言われるとは思わなかった。 そういえば、俺、どうするんだ? 「あんたも『闇を知る者』だろう?だったら、あんたらがどんな汚いことをやってきたか、知っているよな」 彼の言うあんたら、とは、人間全員のことだろう。 「アレが真実ならね」 「真実だよ、そして、他の人間たちは、裏切られたんだ」 「裏切られた、か」 この場を乗り切るには、相手に精神的致命傷を負わせる。 それしかない、と、『黒の死神』は思った。 「そう、あんたも裏切られたんだ。自分と同じ種族から、裏切られているんだ。 どうだ、悔しいか?」 「悔しいとか、そんな感情、ねぇなぁ」 「それは、自分が知らない人間が起こしてきた事だからだろう。だが、これからもそうとは限らない」 「俺の目が届く内で、そういう事は起こさせねぇ」 少し驚く死神。 意志の強い、自分とは正反対の人間。 「たしかに、人間全部がいい人なわけねぇよなぁ」 刀を、地面に置いた。 「だけど、俺が知ってる人間は、全員いいやつらだったよ」 一歩、近づく。 「おまえの過去なんかに興味はないけど」 また、一歩。 「自分の一族が滅ぼされたんだ、そんな気持ち、俺にわかるわけがねぇし」 あと、5歩。 「だけど、俺はこう思って生きている」 もう、手が届く。 「自分が知った真実より、自分が生きてきた現実を信じる」
〜名前は〜 何かが、自分の中で弾けた。 別に恋をしたわけでもなく、それに気付かないような鈍感でもない。 ましてや、男色の趣味もない。 強いて言えば、何かが、変わりつつある、ということ。 「つっかまーえたぁ」 油断した隙に、相手に両肩を捕まれた、が。 難なくそいつを投げ、手頃な木の上に飛び移る。 どうやら、体術はてんでダメらしい。 「あっ、てめぇ!!」 「まったく、おかしな人間だ」 「なんで」 「おまえほど、不思議な人間など見たことない」 木の上から、月を見上げる。 「一応、誉め言葉と、とっておこう」 「半分けなしたと思ってくれ」 ガクッ 思わず転ける、相手。 それを、楽しげに見ている死神だった。 そして、去ろうとしたその時、呼び止められる。 「おい!」 止まる必要はなかった。 だけど、何故か止まった。 「まだ、暗殺活動続ける気か?」 「今更、やめようとは思わない」 軽く溜息。 「だいたい、ダークエルフが普通に生きていけるはずがないしな」 「たしかにな、でも・・・・・・」 「俺も、相手は選んでいるつもりだ、これ以上、歴史の闇を増やさないためにも」 「たしかにな、後から調べれば余罪がいっぱいだったよ」 軽く苦笑いを交わす。 「じゃぁ・・・」 「まだ待て!!」 再び引き留められる。 「まだ、何か!?」 「お互い、自己紹介やってなかったな。俺は、ゼフ、ゼフ・ラグランジュだ」 「知っていると思うだろうけど。俺の名は『黒の死神』だ」 「いや、通り名じゃなくて、本名聞いてるんだが・・・・・・」 「それは、ない」 自分が生まれてすぐ、ダークエルフは狩られた。 だから、誰にも名前を付けられることなく、通り名が自分の名前となっていた。 「じゃあ、俺がつけてやるよ」 しばし、思案にふけるゼフ。 そして、何故か懐かしそうな顔で、その名を口にした。 「セイン・アラン。それがおまえの名前だ」 「セイン・アラン、か」 その名前を反芻した。 「気に入った」 ゼフには聞こえないように、呟く。 「いいか、これでこの名前を知っているのはおれとおまえの2人だ。 だから、3人目はおまえが見つけろ。自分を信頼する人を捜してな」 「了解」 そして、三度止まった。 今度は、自分の意志で。 「そうそう、最後に一言」 ゼフの方は向かずに、言った。 「あなたに逢えて、本当によかった」 初めて、人間に感謝の意を表した気がする。 「おうよ」 そして、最後の言葉。 「それじゃあ、さ・・・・・・」 「あっ、待った待った!」 3度目だ、止められるのは。 いったい、今度は・・・・・・。 「別れの言葉なんざ、必要ねぇぞ」 セイン・アランは。 何も言わず、その場を去った。
〜真実は闇の中〜
「おい、ゼフ!!!」
体を揺り起こすが、全然起きようとしない。
「おい!!生きてるか!!!!」
返答、ナシ、反応、ナシ。
しかたない、奥の手を・・・・・・。
「敵襲だ!!!臨戦態勢に入れ!!!!!」
「わかりました!!隊長!!!!」
まぬけな返事をしながら、起きる。
しばらく、ぼーっとしていたが、やがて、騙されたことに気付く。
ちなみに、この2人は、数え切れないほどこのような朝を迎えている。
「こんのヤロー」
「おまえさ、単純だよな」
「うるせぇ、フェズ。だま・・・・・・どした?」
相棒の過剰な反応に、驚くゼフ。
だが、サードの方がもっと驚いている。
「いや、おまえが、朝からフェズっていうの、久々だから・・・・・・」
「くだらない・・・・・・」
ベットから起きる。
あの後、ゼフはサードと再会、隊長の元に駆け付けたときには、時すでに遅し。
ゴブリンが、全て倒されていた。
その後、死体のように眠り、さっきのようになった。
「それでさ、どうなったんだ?あいつ」
「あっ?教える必要なんざないね」
「相棒に、秘密事か?」
「いいじゃねぇか。第一、俺、おまえの出生とか聞いてないんだし」
グッと詰まるサード。
これも、この2人がよく体験している日常だ。
「そうだ、隊長が、任務報告をやれって、言ってたぜ」
「いつ?」
「たしか、11時くらいに」
「今、何時?」
「10時半」
「へぇ、なあん・・・」
止まった。
その場にいる2人が、固まったのだ。
「10時半だと、後30分しかねぇじゃねぇか!!!!」
「そういや、そうだな・・・・・・」
「んな悠長な事言ってる場合か!!!メシ食うヒマもねぇ」
「俺は食ったぞ」
「おまえが食っても、俺が・・・・・・」
「大丈夫だ。朝食はおまえの大嫌いな野菜の挟んであるサンドイッチだ」
「んだよ・・・よかった・・・・・・」
「肉は全部俺が食ったからな」
「・・・・・・・・・・・」
「あっ、怒った?だめだよ、朝起きてすぐに、血圧ばっかり上げるなんて」
「だ〜れ〜の〜せ〜い〜か〜な〜」
「ほら、起きてすぐの全力疾走なんて、寿命縮んじゃうよ」
「おまえが道連れならそれでいい」
「やるのか?」
「おぉとも」
静かなハズのロンザ国王城に。
2つの、おおきな足音が響いていく。
「そうか、あの図書館に、2人ほど立ち入ったか」
「はい、どうやら、傭兵のようです」
「いたしかたあるまい」
「と、いいますと?」
「消せ、悪魔との契約を、死刑囚に行わせ、その2人を消すのだ!」
「はっ!」
1人の男が去っていった。
「まったく、他に何人の『闇を知る者』がいるのだろうか・・・・・・」
「国王」
別の男が入室してきた。
「なんだ?」
「この前雇った傭兵が、任務報告を知らせに来ました」
「そうか・・・・・・」
国王も、気付かないだろう。
その傭兵2人こそ、先程部下に暗殺命令を下した相手だと。
真実は闇の中に葬られる
150年後
彼は真実を知る
〜〜
「そういえば、ゼフ」
任期の一年が終わり、その帰り道。
サードは、一つの疑問をゼフにぶつけた。
日は、とっくに暮れ、星が、空を支配し始める。
報酬である金は、それぞれが半分づつ持ち、時々スられていないか確認する。
『黒の死神』の活動は、しばらくなかったが、1ヶ月後、別の国でまた起こった。
だが、やはり余罪十分なものばかりを狙って、だったが。
サードが聞いたのは、それとはまた別のことだった。
「なんだ?」
「いや、おまえの親友だったヤツ、結局、死んだかどうかわかったのか?」
足が止まる。
そのまま、サードも足を止める。
「わからなかった、いや、たぶん死んだのだろう」
「どうして?」
ヤケに半端な答えだな。
サードは不思議に思う。
「見えたんだよ、途中で。紫の髪をポニーテールにしたやつが、ハルバードを持ってあいつを追いつめているところを」
その時、サードに1つの記憶がよぎる。
それに該当する記憶が、あった。
ハルバードの切っ先を喉元に向け、向けられている男は、右手に折れたロングソードを手にしている。やがて、巨大なハルバードは振りかぶられ、そして・・・・・・。
そこで途切れていた。
「振り上げたところで、もうイヤだ!!って思ったら、そこで途切れた」
おそらく、2人が持つ記憶は共通のモノだろう。
だから、ゼフが切断したことにより、サードもそこで途切れた記憶を持つことになる。
だが、2人はそれだけは覚えていた。
相手の顔、特徴を。
「たぶん、あれがシー・キングなんだろうな」
「あぁ」
「これから、どうする?」
「いったん家に帰る。それから、海の護衛の仕事を探す」
心に決めたらしい。
「まっ、俺はおまえの相棒だ。どこまでもついていってやるぜ」
「ただの足手まといだろう」
「なんだって!!?」
この2人は、疲れを知らないのか。
また、静かな夜に足音が響く。
そして、5年後。
「ゼフ、行って来るぜ」
目の前にある1つの遺体無き墓に、手を合わせる。
すっかり旅支度を調え、5年前、あの後に悪魔に暗殺されたゼフ・ラグランジュの墓に手を合わせる。
自分も殺されるハズだった。
だが、あいつのおかげで、助かった。
「待ってろよ。シー・キングの墓を、おまえのとなりに作ってやる」
青年は、去っていった。
これから、真実を知るということも知らずに。
〜END AND Continue〜
1999年8月28日(土)18時02分17秒〜9月15日(水)11時17分投稿の、PIECEさんの小説「闇を知る者」外伝(2)です。