(91)〜心のどこかで〜
「おっはよぉ」
三日後、俺はレンに挨拶をした。
壁越しではなく、鉄格子越しに。
「まぁ、せぇぜぇ頑張れや」
「あぁ」
お互い、笑顔を交わした。
そういえば、始めてみるレンの顔。
俺と同じ、緑の髪に緑の目。
日焼けていただろう顔は、今は白くなっていた。
そして、無精髭。
けっこう、似合っている。
ただ、両手両足にはめられている鉄球が、ちょっと痛々しかった。
「しっかし、おまえ、本当に結婚してたんだな。しかも子持ち」
そう、今、俺の腕の中には、我が最愛の娘が眠っている。
やっと、取り戻した俺の大切な人。
もう、離すことはない。
「あぁ。名前、まだつけてないけどな」
思わず苦笑いを浮かべる。
そこで、レンが言い出した。
「どうせだから、名前つけてやろうか?」
「遠慮するよ。あいつの忘れ形見でもあるんだ。自分で名前をつけてやるよ」
そういって、幸せそうに眠る娘をみる。
もう、二度と離すことはしない。
その時は、俺が死ぬときだ。
「セイン・アラン。時間だ!!」
入り口のほうから、声がかかる。
「じゃあな」
鉄格子の間から、握手を交わす。
「俺が、大陸に渡ったら、探してやるよ」
「そうだな。今度会うときは・・・」
「きちんとした服で会おうな」
最後の最後にジョークを交わし会う二人。
そう、正真正銘の最後になったのだ。
「それと、余計なお世話かも知れないが・・・・・・」
「大丈夫だ。もう、決心はついてる」
自分の決断を言い渡す。
叶わぬ願いを、伝えることを。
・・・・・・・・・・ミネルバ・メグリアーザの視点で・・・・・・・・・・
眼前に広がる世界。
そこは、全てが青く、一つの境界線しかなかった。
すなわち、水平線。
海の蒼と空の青。
引かれた一本のライン。
いつも見慣れているが、いつも微妙に違うこの二つ。
「さて、そろそろ出航か」
もう、すでに、鍛冶屋になるべき子供を、何人か選んでおいた。
島に残っているヤツらが、彼らに、ヤツの書いた本どうり、指導するはずだ。
「おい、あいつはつれて来たか?」
「はい」
ジェームスが返事をする。
どうやら、もうすでに、客室に通してあるようだ。
今回の航海は、まず、あいつをロンザのほうに送ること、そして、最近勢力を拡大しているらしい海賊団を沈めに行くこと、この二つである。
「キャプテン!!」
遠くから、声が聞こえた。
「ショウ参謀長がお呼びです!!!」
「ショウが!?」
あいつが、航海の前に呼び出すのは珍しいことだ。
なにか、あったのか?
「どうした?ショウ」
船の上から、声をかける。
「降りてきてくれ」
いったい、なんのようだろう?
そのまま、船から直接飛び降りる。
着地する寸前、足下に爆発を起こし、なんの衝撃もなく着地。
そのまま、ショウに顔を向ける。
「どうした?」
「いや、大したことじゃないんだが・・・・・・」
めずらしく、言葉を発するのをためらっている。
なにか、あったのか?
「最近、どうも天気がおかしいんだ」
「おかしい?どんな風に」
「いつもどおり、その日の天気を観測してるんだが、最近は、どうも雨が少ない、いや、まったくないんだ。俺らには海水を水にかえることが出来るから、水不足とかにはなりやしないが・・・・・・。航海中、天気には気をつけろよ」
「ショウともあろう者が、天気に気をつけろ、か」
鼻でで笑ってやる。
まぁ、こんなこいつが珍しいということもあるんだが。
「まっ、おまえの忠告どうり気をつけるな」
そのまま、船に登る。
運命の時が、迫ってきていた。
今、船は海の上を走っている。
目指すは、ロンザ国ストーンリバー、の、近く。
まさか、海賊船が堂々と港に入れるワケがない。
属に、海賊の港と言われるところに行くのだ。
空は、黒く染まり、ビー玉が転がっていた。
海にも、シビレクラゲの一団が、負けじと光っている。
甲板には、誰もいない。
遥か上の監視が、一人眠っているだけだ。
「よっ!」
後ろを振り返ると、ヤツがいた。
そういえば、あいつから話しかけてくるのは初めてのような気がする。
「なんのようだ?」
そこで、なぜか心臓の高まりを覚えた。
いつもの事だが、今日は特に。
「なにって、まぁ、ねぇ」
曖昧な言葉。
ホント、なんなんだろう?
「最後、別れる前に、言いたいことがあって」
「ん?」
いったい、なんだ?
そりゃあ、文句に決まってるか。
「いや、娘の世話してくれて、ありがとな」
あぁ、そのことか。
「別にいいよ。こっちもお礼が言いたいくらいだから。私も、久しぶりに“女”に戻れたような気がしたから」
これは、本当の気持ちだ。
赤ん坊が、自分の胸で眠っていること。
それで、不思議な感じがしたから。
「話はそれだけ?私、戻るから」
これ以上、一緒にいると、なぜだか壊れそうな気がして。
逃げるように、その場を立ち去ろうとした、が。
腕をつかまれる。
そして、抱きつかれた。
「えっ!?ちょっ!!なっ!!?」
あまりにも突然。
何も言われなかった分、なおさら。
心臓が、バクバクいってるのがわかる。
抵抗も出来ないまま、非力な女になっていた。
「ぜ〜んぜん気が付かなくて、今頃になったが」
ますます、力が込められる。
「好きだ」
その言葉を。
心のどこかで、待っていた気がした。
(92)〜海の上の二人〜
「えっ!?ちょっ・・・」
気持ちとは裏腹に、あいつを突き飛ばす。
少し、困惑した表情のあいつ。
「そりゃあ、驚くか・・・・・・」
顔を合わせるのも、なんだか気まずい。
同時に、180度回転して、背中を向き合わせる格好になる。
一歩一歩、離れながら。
「いきなり、すぎたか・・・」
「いきなりすぎるよ。全然そんな行動示さなかったから・・・」
嘘をついた。
いままで、そんな色恋沙汰がなかったから、気付かなかったのかもしれない。
相手の気持ちにも。
自分の気持ちにも。
「それに、すぐに別れちゃう身だもんな、お互い」
そう。
それが、あいつの望みだったはず。
だったら、せめて何も言わずに去って欲しかった。
「でも、半端なことはしたくなかった」
「どういう意味?」
「昔の話だよ。俺の、昔の嫁の話」
少し、ドキッとした。
依然、勝手に盗み聞きをしたときは、親友の話。
今度は、自分の愛した人の話だったから。
「その時も、告白したのは俺からだった。で、そのまま転々としてたら、いつのまにか結婚。で、娘を生むと同時に死んだ」
「それ、聞いたよ」
「そういや、前にも話したな」
思い出したように笑った。
自然と笑顔になる私。
顔を、見られなくてよかったと。
なぜかホッとする。
「とにかく、半端なことが嫌いだった。一つだけ半端にしたこともあったけど・・・・・・。まぁ、とにかく、半端が嫌いだったから、あんたに言ったんだ」
「随分と、勝手な話だけどね」
「じゃあ、なに?「明日、告白します」って言って欲しかった?」
「うんん」
しばらく、沈黙が続く。
「でも、このままじゃあ、半端になるんだよな」
「えっ!?」
思わず、振り向いた。
あいつも、こちらを向いている。
「ミネルバの返事が聞けないと、半端になるからな」
頭をかきながら、こちらを見る。
そこで、思わず笑った。
「どうした?」
「うん?だって。セインが「ミネルバ」って言うの、初めてじゃないかなぁ、って思って」
「ミネルバだって、俺のこと「セイン」って言うの、初めてじゃないのか?」
そういえば、って顔で、お互い笑う。
さっきまでの、緊張感が吹き飛んだ。
でも、すぐに真面目な顔に戻るセイン。
「返事、もらえるかな?」
波の音が大きくなった気がする。
それ以外の、全ての音がまったく聞こえなかった。
「うん、と・・・」
こちらが、迷っている様子を見て、セインが近づく。
「待って!!!!」
手を伸ばして、届くところで、思わず叫んだ。
思わず、身をすくめるセイン。
「一晩だけ、待ってくれない?一晩だけ。そしたら、返事、できるから」
「わかった」
以外に素っ気ない返事。
そのまま、二人ともそれぞれの船室に帰った。
一晩あれば、人の気持ちがはっきりすることがある。
その人が、ミネルバなら、可能だっただろう。
それに、一晩あれば、人が命を落とすこともある。
それが、海の上であったら、尚更可能だった。
(93)〜別れの笑顔と別れの涙〜
「ずいぶんと、お悩みのようですね」
部屋少し前、セインとは少し離れた所に、ジェームスがいた。
「おまえは、なんのようだ?」
「いえ、あなたが珍しく、この時間に帰ってきてないので」
だいたい、部屋に帰る時間は決めている。
その後、30分ほどボーッとして、寝るのが習慣だから。
「訪ねてきた理由は?」
「色恋沙汰でお悩みのようですので」
ドキッ
自分でも、顔が赤くなったのがわかる。
その変わり様を、諜報隊隊長であるこいつが、見逃すわけがない。
「どうやら、決断の時ですね」
こっ、この鋭い言葉。
この台詞、おそらくショウも言うであろう。
「それでも、海賊は続けるぞ!!」
「だったら、これだけは覚えておいて下さい」
いきなり、真剣な表情。
「あなたが海賊であるという事実と、あなたが女であるという事実。これは、決して、変わらない事実ですから」
「・・・・・・わかってる」
ウソ。
本当はわかっていないのに。
ウソの返事をしてしまった。
「ふぅ・・・」
ジェームスと別れて、十分になる。
この気持ち、どう整理すればいいんだろうか?
あいつのことが、好きなのか、どうか。
会いたい、でも会ってもなにもできなかった、会ったばかりの頃。
あいつの娘を引き取り、無理にあいつを引き留めていた頃。
そして、あいつから想いを告げられ、心が揺れている今。
これは、恋なのだろうか?
もし、これが恋ならば。
あいつに、なんと言えばいいのだろう?
言っても、別れる。
それが、自分が決めた事なのだから。
海賊の頭としての自分と、ただの女としての自分。
今になって、自分の境遇を呪いたくなる。
もし、私が、普通の家に生まれたのなら。
普通の親に、普通の女の子として、普通の学校に通って。
普通にあいつと会って、普通に恋して。
もし、そうなっていたら。
自分が、もっと見えていたのだろうか?
「なっ!!?」
いきなり、縦揺れが起こった。
これは、波によるモノじゃない!!?
だとしたら・・・・・・!!!
「船長!!モンスター・・・シーサーペンとです!!!!」
「やっぱ・・・」
大型の海獣だとは思ったが。
よりによって、シーサーペンとだとは・・・・・・。
「アームストロング砲で威嚇、私が甲板に着くまで、防いでおけ!」
その伝令を伝えに、部下が走る。
「やれやれだ・・・」
愛用のハルバードを片手に。
甲板を目指す。
「あっ・・・」
ちょうど、甲板に出たとき。
あいつと、顔を合わせた。
さすがに、ついさっきの事だったので。
言葉は交わせなかった。
「状況!!!」
大声で叫ぶ。
すると、どこからともなく返事が返ってくる。
「アームストロング砲、二弾命中!!ダメージを与えているようす!!!」
「船の損傷は!?」
「今のところ、見あたりません」
だったら、一気にケリをつけるか。
「もう一弾、アームストロング砲!!当てるなよ!!!」
約十秒後、玉が発射される。
いくか・・・・・・と、思ったとき。
「目標!!沈みました!!!」
なっ!?
と、すると、逃げたのか?
しかし、船底からやられれば・・・。
「船長!?」
「このまま待機。万が一のために、救命ボート準備だ」
どういえば、前にも一度、沈められたことがあった。
あの時は、クラーケンだったが・・・・・・。
しばらく、沈黙が続く。
が、それもすぐに破られた。
「なっ!!?」
今度は、横揺れ。
しかも、な〜んかイヤな音も聞こえた。
「さっきのって・・・・・・」
「船底が、おもいっきり壊れた音?」
何人かのボソボソとした声が聞こえた後、船が大きく傾いた。
まずい、マジで船底がやぶられたらしい。
「救命ボート、全部おろせ!!!」
「ヤバい!!!」
その時、あいつが船室の方に向かったのが見えた。
百人以上もいる船員の中で、あいつの動きが明確に見えた。
「あと、頼む」
「まかせてください」
ジェームスにそう言い残し。
私は、あいつの後を追った。
「ちいっ!!」
次から次に襲ってくる海水。
それを、手から発する熱で全て蒸発させる。
後に残る、大量の塩の粉。
あいつは、それらに目もくれず一目散に走っていく。
─いったい、何を!?─
そして、たどりついた場所。
あいつの部屋。
「まさか・・・」
予感はあたった。
あいつは、自分の娘を救うため。
ここまで来たのだ。
「ミネルバ・・・・・・」
赤ん坊を抱えたまま、こちらを見る。
「セイン・・・・・・」
赤ん坊をこちらに投げ渡すセイン。
それを、なんとか受け止める。
「娘、頼むな」
その、次の一瞬。
まさに、一瞬。
今までで、一番短かった時間が。
一番長かった。
「ア・ナ・タ・ガ・・・・・・」
自分の気持ちがはっきりした。
それを、伝えようとした。
「愛している」
遮られた。
何より、伝えたかった人に。
知っていた想いを伝えられるより。
知られていなかった想いを伝えたかったのに。
彼の笑顔と私の涙
言葉は通じなかったけど
想いは、届いたのか
まだわからない
(94)〜そして、もう一つの物語が〜
その後、どうやって島に辿り着いたのか、覚えていない。
ただ、気が付いたら、ベットで眠っていた。
他の船員に聞いたところ、漂流していたのを、助けたのだというが、何も、覚えていない。
あの時、セインが笑ったこと。
それだけが、頭の中に残っていた。
「あ・・・れっ!?」
不意に、涙がこぼれ落ちる。
そして、もう一つの事実も聞いたのだ。
セイン・アランは、見つからなかった。
海の真ん中、生存率は0。
死んだんだ、あいつは。
「バカ・・・」
最後の最後まで。
自分の子供の心配ばかりして、私が伝えたかったことも伝えられずに。
─娘頼むな─
この言葉が、頭の中をよぎる。
─愛している─
私が、言葉にしたかった言葉を。
あなたが言って、どうなるの?
だけど・・・・・・。
─まだ、やることがある─
そう決心し、涙を拭いながら。
部屋を後にした。
「お頭・・・・・・」
ジェームスが、こちらを見る。
かなり、気を使った表情だ。
─大丈夫だ、大丈夫─
自分に強く言い聞かせる。
そして、その奥にいる人物を見据える。
「レン・・・」
そう、今日はレンを送り出す日。
ロンザのほうに渡ると、本人は言っていた。
「よっ、船長。お見送り!?」
相変わらずだ。
人がいくら落ち込もうが、怒ろうが。
こいつは、笑っている。
「セインは・・・・・・」
「死んだんだろう?ショウから聞いた」
平然と言ってのける。
だから、誰も気付かないのだ。
この男が、どれだけ心を病んでいるかなど。
一度、自殺未遂をしたほどに。
「おまえに、頼みがある」
「命令ではなくて?」
「おまえは、もう、部下じゃない」
それを言うと、レンが笑った。
「だったら、おまえも船長じゃないよ、ミネルバ」
久しぶりに聞いた。
こいつが、私の名前を口にするのは。
「で、頼みって?」
「このコを、親として育ててくれ」
そう言って。
セインの忘れ形見をあいつに渡す。
「どういう、つもりだ?おまえが母親代わりとして育てなきゃ、意味ないだろ?」
「海賊として、か?」
ハッと口をつぐむレン。
そのまま、止めどなく流れてくる言葉。
「あいつへの想いはわかったんだ。だけど、それも言い出せず、それどころか、私のせいで死んだ」
「おまえのせいじゃ・・・」
「何も言わないでくれ!!!」
その強引な態度に、レンも何も言わなくなる。
「海賊なんてやってる以上、女として幸せになることなんて、できやしないんだ。だから、私はこの子だけは、普通に生きて、普通に恋して、普通に結婚して欲しい、そう望んでる」
「せめて、自分の変わりに幸せになってほしい、か」
あきれたように溜息をはく。
「何を言われても構わない。でも、これだけは・・・」
「わかった」
意外な答え。
こいつなら、断ると思ったが。
「セインの子供だ。断るわけにもいかねぇな」
そこで、船の方に足を向ける。
「この子が、俺の手を放れるときには、真実を伝える。おまえの父親の名前は、セイン・アラン。そして、母の名前はミネルバ・メグリアーザだって・・・」
「その名前は、捨てるよ」
これも、すでに決意していた。
「私の名前は、クリス・メグリアーザだ」
「いまから改名してんじゃねぇよ」
子供を同船する船員にたくし、こちらに戻ってくる。
「じゃあな、ミネルバ」
「サヨナラ、レン」
そこで、肩に手をかけられる。
「言ったろ、おまえは、船長じゃねぇし、俺は副船長でない。最後くらい、兄妹でいようぜ」
そう言うレンと。
セインが、重なった気がした。
彼の髪と目が。
セインとおなじだったせいでもあるんだろう。
「兄さん・・・」
レン・メグリアーザは、ロンザに渡った。
以降、この兄妹が二度と会うことはない。
─二十年後─
「姉貴、はやくしろよ!!」
若い男の声が聞こえる。
年齢は、まだ、15程度に見える。
腰には、細身のロングソード。
緑の髪に、白いバンダナ。ちなみに、目も緑。
「待ってなさい、すぐ行くから!!!」
二階の方から声が返される。
そこに立っている女性は・・・・・・。
年齢は、おそらく20歳程度。
さきほどの少年と同じ目と髪。
違うのは、髪をポニーテールにまとめているところと、腰にかけてある太いロングソードくらいだ。
「準備はできたか?」
ノックをしながら入ってきた中年の男性。
誰が、この男こそ、今のところロンザ一強い男だと思うだろうか?
「えぇ、父さん」
少女は微笑む。
「最後に、本当のことを言おう」
そう言って、彼から口にされる物語は。
少女には、かなりのショックだった。
「そう、か。父さんは、父さんじゃなかったんだ」
「そう、おまえの父親の名前は、セイン・アラン。彼は、もう死んでいる、だが・・・・・・」
「ミネルバ・メグリアーザはまだ生きているのね!!?」
少女が身を乗り出す。
「あぁ、生きている」
「連絡をとっているのね!!?」
「そうじゃない」
彼は笑った。
「あいつが、死ぬわけはない。わかるんだ」
「それじゃあ、一応の目標は出来たわね」
「姉貴、早くしねぇと置いて行くぞ!!!」
「うるさい!!!黙ってなさい!!!!」
弟へ一喝。
そして、再び親に顔を向けた。
「それじゃあ、行ってきます。父さん」
「いってらっしゃい、ミネルバ」
そしてもう一つの物語が
始まる
(95)〜背負っているモノ〜
「まいった、な」
クリスが思わず溜息をつく。
「人に、話さないと、ずっと前に誓ったハズなのに」
聞くべきではなかったのかもしれない。
ただ、知りたいの好奇心だけで、この人を。
─泣かせたのだから
話している途中、一滴の涙が。
こぼれ落ちたのを。
わたしたちは、見た。
「まっ、最後まで話すかな?」
全員を見回し、クリスが話を続ける。
「しばらく、海賊はやめなかったよ。あいつのことを、忘れるようにね。私の行いで、有名なのはこっちのほうだ。そして・・・・・・」
そう言ったところで、話を止める。
それと同時に、部屋のドアが開いたのだ。
入ってきたのは、もう一人のサード。
彼は、自分が注目されていることに気付き、へっ?みたいな顔をしている。
「こいつに会った。それで、永遠の命を手に入れてしまって、全てを聞いて、第二の人生が始まったんだ」
たんたんと、簡単に話すけど。
彼女が通ってきた道は、そんなに簡単じゃなかったハズだ。
「話した、のか?」
「おまえも喋らなくちゃあな、サード」
諦めたように、でも、それでも笑いながら、サードは言った。
「前に、パステルたちには言ったが・・・・・・。オレが喋るべきでないことは、オレは話さない。こいつに聞くことだ」
そう言って、自分の胸を指さす。
つまり、彼にとってのもう一人の自分に聞けと言うことだ。
「ボクは、ずっと前からあなたたちを知っていたワケじゃないから、どうも話をつかめないけど」
リークが、目を真っ赤にして言う。
「つまり、もう一人のサードさんなら、喋ってくれるってことだよね」
そう、なんだろうけどね。
なんか、彼らの話を、聞いていける自信がない。
「二年前は、ゼフのことだけを、話したんだっけな?」
「そう、だけど?」
クレイが返事をする。
「それは、俺たちが決めることだし、第一、まだ、こいつは起きていないし・・・・・・」
頭をかきながら、トラップの方を向いた。
「トラップ、あれ、返してくれ」
「あ!?」
突然の事に、首を傾げるトラップ。
「あれだよ、おまえが、別れるときに奪ったクリスタルのペンダントだ。あれ、まだ返してもらってないよな」
「あぁ、それだったら、ほら」
自分の首から、そのネックレスをサードに渡す。
思い出した。
サードが「もう、会えないだろう」と別れる前の日に言われた時。
その夜、トラップがそのペンダントを盗み出し、次の朝、それを利用して、もう一度、わたしたちに会う、と誓わせたあのペンダント。
サードにとって、とても大事なモノだったんだろう。
だから、そのトラップの条件に乗ったんだった。
「一週間だ、それだけ待ってくれれば、答えは、出る」
そう言って、自分の部屋に帰っていくサード。
「クリス、あれは、いったいなんだ?」
「クリスタルのペンダント。水晶に見えたか?」
ガルバードの問いを、ボケで返すこの人。
やっぱ、女に思えないなぁ。
「ちがう。どういう思い入れがあるかって聞いているんだ」
「あぁ、あれは・・・・・・」
少し、間をおいた。
「あいつにとって、ゼフの刀と同じ、いや、それ以上に、大事なモノだよ、あいつにとって」
そして、彼女も立ち上がった。
「私にとっては、あの刀の方が、大事だけどね」
そう言って、クリスも去っていた。
「あの二人が背負っているモノって」
「悲しい、なぁ」
─星空が、全部見てくれるから─
─大丈夫だよ─
「ちょっと、思いだした、か」
オレは、あいつの事を知らない。
だけど、あいつの記憶を分け合ったのだから。
あいつの気持ちも。
わかってしまうんだ。
(96)〜前夜(1)〜
ぜ〜んぜん眠れない。
あれから一週間がたとうとしている、その前夜。
まったく寝付けないのである。
「はぁ・・・」
隣でなんということもなくグッスリ眠っているルーミィーを見て溜息をつく。
ホント、幸せそうな顔だコト。
「あれっ!?」
不意に窓の方に視線を奪われた。
外を歩いている、あの、青い髪は・・・・・・リーク。
「なにやってんだろ」
なんかとっても気になる。
彼って、ほら、基本的に脳天気だけど、それでいて、いっつもなにか考えているって本人が言ってた。
こういう意味不明な行動も、なにかしら意味があるのかな?
俄然興味がわいたわたしは、ルーミィーたちを起こさないように静かにベットを降り、リークのほうに向かった。
星空を見上げていた。
そういえば、ここに来て以来、星空がわたしたちを見下ろさなかった時なんて、一日もなかったんだよね。
ショウさんに聞いたら、このあたりは、山に囲まれるせいか、そこばかりで雨が降って、ここには雨が降らないらしい。
「パステル、出てきていいよ」
あら。
隠れて見ているつもりが、ばれちゃったらしい。
テヘヘと笑いながら、リークのところまで駆ける。
「ねぇ、リーク」
「ん!?」
「なんで、星見上げてたの?」
「なんだ、見られていたのか」
照れ隠しに少し笑う。
やっぱ、子供っぽいんだよね、この人。
「たとえ誰も見ていなくても、星が全てを見守ってくれる。って、知ってるか?」
「あれっ!?それって、ミネルバ・アランの作品の?」
「そう」
この一週間、やることもなかったから、リークのおすすめであるミネルバ・アランの作品を読みふけっていた。
彼女の作品って、とってもおもしろいのよ。
海を取り上げた詩が多いけど、恋におちた、はかない女性を描いた詩とかもあって。
な〜んか、共感できるのよね。
そのうちの一つ。
彼は彼女に呟く
彼女は黙ってうなずく
二人は結ばれ
星が全てを見守っていた
他の人の解説があったんだけど、それによると・・・。
真夜中にプロポーズをした男。
女は、それを無言でOKし、二人は結ばれることに。
そして、その場で二人だけの結婚式を挙げることに。
誰も見ていないのに、と、男が言うと、女が。
「誰も見ていなくたって、星が全てを見守ってるから」
そう言った後、二人は唇を重ねる、という。
「そっ。まさか、そんなロマンチックな恋を現実にやろうだなんて思っちゃいないが、ね。その日以来、なんだか星が好きになって」
たしかに、そうかも。
「ボクらに、似てるから」
「えっ!?」
ボクらって、どういうこと?
「闇を知る者は、過去の全てを知っているんだ。あまりにも悲惨な真実もあるし、感動のエピソードってやつもある。だけど、ボクはそれに負け、一度は人間を滅ぼそうとした。星は、どんな思いで人間を見てきたんだろうな」
なんか、妙にシリアスな雰囲気。
あぁ、な〜んか耐えられないな。
「冷えてきただろ?早く寝た方がいい」
そう言って、リークはわたしを追い返した。
「仲良く星空を見上げて」
静かにドアを開けたところで、いきなり声が出迎えた。
思わず急いでドアを閉めたけど、それよりも心臓の音の方がうるさく聞こえてくる。
「ガルバード?」
「よぉ」
彼は、テーブルの上に腰掛け、ミルクティーを飲んでいた。
「おまえも飲むか?」
「うん、もらっとく」
いつもは、これはわたしの役目だね。
だけど、悪魔だったこの人が、家事をやるなんて。
なんか、似合わない。
「なぁにニヤニヤ笑ってんだよ」
ガルバードとは違う方から、声がかけられる。
そこには、トラップがいた。
「なっ、なによ、トラップ」
「なにって、ずっとここにいたぜ」
ぜんぜん気が付かなかった。
だけど、それもあながちウソじゃない。
だって、彼の手にも、ミルクティーが持ってあったもの。
「ったく、彼と仲良く星の下。どんな展開になるかと思ったけどよ。いつまでもガキなんだな、おめぇは」
この人は、もう・・・。
「トラップこそ、どうしてここに?」
「眠れない、って理由じゃ納得しないか?」
トラップがぎゅっとカップを握りしめる。
「あのサードが、あそこまで悩んでるんだぜ?もしかしたら、聞かねぇ方がマシかもしれねぇ」
「いまさらなにを・・・」
わたしのミルクティーを持ってきたガルバードが言う。
「明日、サードが決心したとして、それが言うって話だったらどうする?それを「やっぱり聞きたくない」なんて言ったら、この町が消し飛ぶぞ」
十分ありうる話である。
でも、トラップの言うとおり、好奇心で聞ける話じゃない。
「考えてみれば、自殺をできるのは、人間だけだからな」
いきなり、変なことをいいだすガルバード。
「つまり、精神が不安定な状態で、さらになんらかの強い刺激をあたえれば、人間、自殺をするもんだよ。動物は、生きる本能が特別高いからな。自殺なんかもっての他だ。たとえ、完成された精神でも、それを打ち砕かれれば、凍らされたバラ同然だ」
言ってる意味がよくわかんないなぁ。
けど、トラップは妙に神妙な顔をしている。
「サードの場合、何度も崩れかけた精神を、ここまでもたせている事自体奇跡に近い。神が人間に寿命を与えたのは、もしかしたら傷だらけの戦士を、これ以上傷つけさせないためかもしれない」
えらく難しい話。
ふわぁ、眠たくなってきた。
「おやすみ」
それだけ言い残して、わたしはその場を去っていった。
手には、あたたかいミルクティーが握られている。
ちょうど、階段にさしかかったところで、わたしは止まった。
「あっ・・・」
階段で座っている人物、それは・・・。
「クリス・・・」
(97)〜前夜(2)〜
「よぉ」
「クリス、どうしたの?」
階段の中央に座っているクリス。
もっとも、両側にも十分スペースがあるから、そのまま登っていけるんだけど・・・・・・。
通れそうになかった。
「どうした?」
「いや、外でリークを見たから」
「眠れないのか?」
いきなり核をついてきた。
「無理もない。あいつとはここ一週間会ってないからな」
クリスは笑ってそう言ったけど。
ホントにそうなんだよね。
サードは部屋にこもったまま。
何度も部屋を訪れようかと思ったけど、体が向かなかった。
「ねぇ、クリスは、知ってるんでしょ? サードの昔の話」
「まぁね」
それから、少し間をおいて、
「あいつとわたしが初めて会ったときは、敵同士だったからな。わたしがセインの死から立ち直り、あいつがゼフの復讐に燃えていた頃だった。あいつは私に負けて、殺される寸前、あいつは言ったんだよ。 「おまえは覚えていないだろうがな。おまえが殺したヤツの一人に、オレの親友の友人がいたんだよ」 ってな。あいつは、セインの名前を聞いていなかったらしい。それで、ついでに聞いたんだ。そいつの名前は? ってね。そしたらこたえた。ゼフ・ラグランジュの名を。私は兄さんとの話を盗み聞きしていたから、とうぜんその名前を知っていたから。だから、それを詳しく聞きたくなって、それで、お互い、そのことを話して。そして、あいつは言ってくれたよ。 「オレが、おまえの娘を捜し出してやる」ってね。
正直、見つかるとは思わなかった。海が広いように、大陸は広いからな」
「セインさんの娘さんとは、その後会ったの?」
「会ってない。居場所をつきとめた時には、もう墓の下だ」
「そう、なの」
ちょっとシュンとなる。
そこで、もう一つの質問。
「ほら、わたしたちが知っているほうのセインなんだけどさ。彼となにか関係あるの?」
「どうしてそう思う?」
「いや、なんとなく」
でも、それ以外、考えられない。
セインがつく名前が、わたしたちが知っている中で二人いるから。
これが、偶然とは思えない。
「断言するよ。あいつとは本当に関係ない」
「そう、ですか」
やっぱり残念だよね。
彼の出生の秘密、わかると思ったのに。
「ところで、ここでなにをやってたんですか?」
階段で座っていた理由。
聞き忘れていた。
「あいつが、私以外に自分の過去を話すのは、はじめてだから」
だとすると。
明日の話、やっぱり重大なことなんだ。
「まっ、覚悟して聞くことだな」
そう言って、彼女は階段を下りていった。
「パステル!?」
階段を上りきったところで、クレイとばったり会う。
「どうした?」
「いや、眠れなくって・・・」
さっきから、何度目だろう?
こうやって人に会うのって。
「まぁ、オレもそうだけどね」
そういって、頭をかく。
「明日、だからな」
「明日、だもんね」
そう、明日。
明日、サードの決断を聞ける。
「今日寝ておかないと、明日、途中でねちまうからな」
「うん、早く寝た方がいいね」
そのまま、わたしは部屋に帰った。
ベットでは、まだ、ルーミィーたちが眠っている。
迷っているひまはない。
明日、サードの話が聞けるかどうか。
全ては、彼氏だいだから。
月の光が窓から射し込む。
銀色の髪が、茶色に変わっていった。
手には、クリスタルの部分だけが握られている。
「やっぱ、それっきゃないよな」
青年は軽く呟き、そのまま、深い眠りについた。
(98)〜これから始まる物語のプロローグ〜
ふわぁ、ねむい。
ノックの音が聞こえて、それでわたしは起きた。
さっきからひっきりなしに聞こえてくるノック。
あぁ、もう。そんなにやらなくったって、わたしは起きてますよ。
「はいはぁ〜い」
ドアに近づく。
ドアノブに手をかける。
そして、ドアを開ける。
「おはよ、パステル」
爽やかな挨拶。
やっぱ、朝はこうでなくっちゃ。
「おはよ」
「みんな、下で待ってるから。はやく着替えてきてくれな」
「うん、わかった」
何気なくかわされる会話。
そして、わたしはドアを閉める。
「あ、れっ!?」
さっきのって、誰!!?
たしか、あれは・・・・・・。
「サード!!!」
ドアをおもいっきり開け、階段の方を向いた。
だけど、そこには誰もいなかった。
「遅いぞ、パステル」
みんな、大広間のほうでのんびりとくつろいでいた。
眠気なまこのルーミィーとすっかり元気なシロちゃんをつれて、そこに歩いていった。
「サード!!」
そこの、ちょうど中心。
そこに、元のサードが座っていた。
「よぉ、久しぶり」
もう一人のサードとは、かなり話していたから。
こっちにとっては、一週間ぶりなんだよね。
「で、こたえは出たのか?」
ガルバードが口を開く。
「あぁ」
そして、聞いた。
サードの口から。
「言うよ。どーせ、納得させなきゃいけねぇだろ」
それが、わたしたちが望んでいた結果、のはずだった。
だけど、サードのいない一週間の間、ずっと考えてきたんだけど。
聞かないなら、それでもいいかなって。
そう、みんなが思っているから、素直に喜べなかった。
「さいしょから話すとすれば、まず、クリスとはじめて会ったときからだな」
「クリスと会ったとき!?」
それって、たしか。
サードとクリスが、お互い敵同士として戦い、お互いの過去が、意外な共通点で結ばれていたことに、ってことを知ったときだよね。
「その時、おれとこいつは約束したんだ。オレはおまえの娘を捜し出す。そして、こいつはセインの夢を継ぐようにって」
「それで、海賊団は解散。サードの血を飲んだほとんどの船員はこの地に移住、そして、ケルアイニス自治領をつくる」
クリスが続きを言う。
へぇ、そこまでは知らなかった。
「もともと、技術の進歩はものすごいものだった。それと同時に、あらゆる技術も封印したんだ。戦うための技術をな。それが、今で言う「シー・キングの秘宝」なんだ」
「ケルアイニスの町をおこした当時は、オレはここを拠点に傭兵としての活動を再開、クリスは、いろいろな町をまわって、剣を打つ修行をやっていた。その時、オレはあいつと会ったんだ」
あいつ、って言葉が初めて出た。
つまり、これが、サードのもう一人の「大切な人」なんだろう。
「その年、ある大きな出来事が起きたんだ。オレの今の地位を確立する、大事な出来事が、な」
「時期的に、第一回ガイゼルン帝国武術大会、かな?」
リークが言った。
でも、それて、なに?
「ガイゼルン帝国は、当時、ロンザにかわってこの大陸を支配していた国だ。独裁政治の有名な国だけどな」
へぇ、たしかに、歴史の授業でならったかも。
「おれも、その大会のことは知ってる。たしか、その一回だけしかなかったはずだけど」
クレイはやっぱりそういうのには詳しい。
伊達にファイターじゃないよね。
「そう。オレも、その大会にでようかって、一ヶ月前から準備していた。その時の話だよ」
(99)〜物語の始まりは〜
一つの山小屋。
二十年ほど前は、黒髪の傭兵が住んでいた小屋だったが、今は茶髪の傭兵が住んでいる。
そのベットの上。
寝ころんでいる傭兵の表情は・・・・・・険しい。
片隅に置かれている荷物の山と刀。
旅支度を整えた上で、いったいなにを怒っているのか。
話は、一ヶ月前まで遡る。
─ふざけるなッ!!─
一方的に交信を断ち、目を開ける。
彼のもう一つの人格であるサード・フェズクラインと話していた結果だ。
なにをそう怒ってるのか。
理由は・・・・・・実にくだらないモノだった。
以前、どこかの町で依頼をすませたついでに、買い物によったサード。
彼も、ルックスはいいほう。
町行く女は振り向き、中には、声をかける者もいる。
だが、その全ては断られた。
理由、彼にとって、そのあたりがどうもよくわからないらしい。
つまり、そのあたりの免疫がゼロに等しいのだ。
そのことで、もう一人の人格と喧嘩をする。
その結果が、最初の台詞に繋がったのだ。
実にくだらない話である。
そして、彼がとった行動、それは・・・・・・。
「ショウ、オレのもう一人の人格、封印できるよな?」
ケルアイニス自治領の頭首、元シー・キング海賊団参謀長であるショウに上のようにもちかける。
あくまで封印するだけで、後になって解ける仕組み。
つまり、こういうことである。
もう一人の自分を封印する。
その間に、彼女をつくる。
封印を解き「どうだ!!」と言わんばかりに、見せつける。
あまりにも単純明快、さらに子供以下の考えである。
「別にいいが・・・封印を解きたくなったら、すぐにオレの所に来いよ」
彼の押しの強さに、あっさりOKしたショウ。
もう一つの人格は封印された。
だが、彼は。
女を口説くテクニックなど、全然知らなかったのである。
そして、冒頭につながる。
これまで、言い寄ってきた女、二十七名。ナンパした女、十九名。
うち、一時間で別れた女、三十名という悲惨な結果に終わっている。
それが、彼の不機嫌な理由であった。
「ったく、うまくいかねぇなぁ」
彼は溜息をつきながらドアに手をかけ、外に出て・・・・・・小屋に戻った。
外は雨で、五メートルほど歩いたところで気付く。
よっぽどショックであったのだろう。
「ったく、やってらんねぇなぁ」
微弱なファイアー系の魔法を自分にかける。
すると、すぐに彼の服は乾いた。
ショウから、多少、魔法を教えてもらったのだ。
元々、魔力は十分にある。
ただ「覚えるのがめんどい」+「金がかかる」の理由で魔法は習っていなかった。
だが、すぐ知り合いに、魔法のプロフェッショナルがいること、さらに、誓いため、魔法を覚えなくては、と、いうわけで、魔法を習いはじめたのである。
基礎魔法のほぼ全ては使えるようになった。
「出発は、延期だな」
そうそう、彼が旅支度を整えている理由。
それは今度行われるガイゼルン帝国武術大会に出場するため。
今、彼は二代目サード・フェズクラインを名乗っている。
神獣と人間のハーフとして生まれた彼。
そのため、普通の人間より長生きすることに。
怪しまれないため、一度姿をくらまし、改めて世に出てくる。
こうすることによって、なんとか自分の正体をばらさないようにしているのだ。
話を戻そう。
その武術大会に出場し、自分の名を売る。
それが、彼の目的だ。
ゼフ・ラグランジュとの誓いを果たすために。
コンコン
どのくらい時間が経っただろうか。
ノックの音が、彼の耳に届く。
「誰だ?こんな時に」
外は雨のハズだ。
さらに、人を訪れることはあっても、人に来られることはない。
用心のために、刀を左手にもつ。
近づこうと思った時、ドアが開いた。
(100)〜出会いは〜
ドアを開けた男。
年齢は、たぶん二十よりちょっと下。
腰に少し長めのロングソードを帯び、雨具を着ていた。
フードからのぞく顔は童顔で、水に濡れた緑の髪が輝いている。
後ろにも、何人かの人間が立っていた。
刀を片手に持った自分の姿を見て、ドアを閉めた。
なんなんだよ、今の・・・・・・。
ドアに近づくと、外から声が聞こえてくる。
「なにやってんのよ!」「いや、人がいたから」「普通、中に入れて下さいって頼むだろ?」「刀片手にだぜ?」「奪い取ればいいじゃん」「バカ言ってんじゃねぇよ」
バンッ
「どうぞ、中にお入りを」
半ば呆れ、半ば不機嫌に、オレはドアを開けた。
「いやぁ、すみません。まさか、人がすんでるとは思わなくって」
「どうせボロ屋だよ。気にしなくていい」
雨に濡れた髪を乾かす三人に、オレは言う。
変わった三人だ・・・・・・。
まず、ドアを開けた少年。
緑の髪を無造作に延ばしていて、緑の瞳。
さっきも言ったとおり、腰に少し長めのロングソード、それに軽装の防具(レザーアーマーの部分鎧と特殊だが)
しかも小柄で、剣の先が地面すれすれという状態。
後ろにいた二人は女。
その一人は、少年と同じ髪(こちらはポニーテール)と瞳。
さらに、少年と同じ装備。
一つ違うのは、腰に帯びた剣が太めということ。
普通、逆である。
最後の一人は金髪のストレートヘアーに鳶色の目、その下には、そばかすがいくつかあった。
おそらく、魔法使いであろう服装をしている、が。
なんと、背中に両手用のロングソードという不相応なものを担いでいた。
かなりアンバランスである。
いや、パーティー自体がアンバランスだ。
それから数十分。
ようやく落ち着いたらしく、それぞれ床に座る。
「どうも、お世話かけます、えっとぉ〜・・・」
「サード・フェズクラインだ」
不愛想にこたえたくもなる。
おかげで、床の一部がビショビショだ。
「オレはレイ・メグリアーザ。よろしくな」
「メグリアーザ、か」
聞こえないように呟く。
─あいつの姓も、そうだったな─
「んで、こっちが・・・」
そう少年が続けようとしたのを、同じ髪色の女が止める。
「自分の自己紹介くらい自分でやるわ。黙ってて」
「そう。邪魔しないの。ちなみに、わたしはセルフィーユ・ケルン。ケルンでもセルフィーユでも、好きな方で読んでね」
金髪の、ケルンが言う。
って、言われたってなぁ・・・・・・。
雨がやめば別れるわけだし。
「あぁ、よろしく、ケルン」
こうこたえるしかない。
そうそう、ケルンと呼ぶ理由。
セルフィーユのほうは長いから、である。
「で、私はミネルバ・アランよ。よろしくね」
「あぁ、よろしく」
しっかし、驚いた。
こんなに人見知りしない人間も、珍しい。
「そういえば、あなた。旅支度してるけど、どっか行くの?」
金髪の女性、ケルンが言う。
「あぁ、帝都のほうに、な」
この地方では、帝都は属にガイゼルンのことを指す。
「帝都のほうに!? 奇遇! わたしたちもなのよ」
「そりゃあいいや。旅は道連れ、一緒に行こうぜ」
なぁ〜んか、ヤな予感。
こいつらの服装から言って、ぜったい冒険者だよな。
「なぁ、なんの目的で、行くんだ!?」
当たる気がする、このイヤな予感は。
「もちろん、武術大会に出場するのよ」
1999年10月8日(金)20時33分〜11月4日(木)18時17分投稿の、PIECEさんの長編「闇を知る者」(91〜100)です。