─アニエスの決断─
─あなたが幸せなら─
─私も幸せ─
そして、また。
暗殺予告日当日となった。
念のため、予告状を出された人物の身辺を調べると、さまざまな罪状が次から次に出てきた。
それに合わせて、彼と関わり深かった重役たちの身辺も調査され、現在、十名の重役が解雇された。
「平和なだけに、国内に目を向けなければ」
と、アニエスの父親、フィアナ王は言っていたそうだ。
町中では、その原因をつくった『黒の死神』に人気が出ているほどだ。
「でも、人を殺めることは許されない」
警備の中に入り込んだデュアンは言う。
「なぁ〜に、生意気に当たり前のことを言ってるんだ」
その頭を、オルバがこずいた。
「おめぇは、せいぜい足手まといにならないように気をつけるこった」
「それは、わかってるけど・・・」
けど、自信はある。
その言葉を聞かせれば、オルバが笑うに違いない。
そう思って、言葉を飲み込んだ。
「それより、オルバ。今度はだまりっこナシだよ」
「わぁってるって」
この前、オルバが黙って一人でなんとかしようとしたことを言ってるのだ。
もちろん、オルバもデュアンが『黒の死神』を捕まえようとした時、もう一歩のところまで追いつめたことは買っている。
「だが、今回はな、予想がつかねぇんだ」
「どうして?」
デュアンが顔をのぞき込む。
「まず、前みたいに騎士にばけることはない。それに、窓から侵入しようとしても、絶対にあの糸に阻まれる」
あの糸、とは窓に張り巡らされた糸だ。
そのまま窓をつきやぶって入れば、糸がからまって、あえなくご用になる。
「そのくらい、あいつはわかっているハズだ。けど、正門から正面突破するワケもないだろ?と考えると、ねぇ?」
首をかしげるオルバ。
「それより、アニエス、大丈夫だよね?」
「あの姫さん、なんか巻き起こしそうなんだよなぁ・・・」
オルバは思わず、呟く。
もちろん、その言葉が外れるわけがないのだ。
「チェック、がんばって」
今回も、チェックに窓を開けてもらっている。
だが、今回は部屋の中にも一人、警備がついているのだが・・・。
あえなく床の上でのびているのだ。
「やった」
「やった、ぎぃ〜っす」
踊り出すチェック。
そのチェックを抱えて、近くの木に飛び移った。
「よし、脱出成功、あとは・・・」
「あの部屋の窓から入ればいいわけだ」
隣でいきなり声がした。
普通だったら驚かないが、ここは暗い木の上。
思わず揺らめいて、木から落ちそうになった、が。
「あぶないなぁ、相変わらず」
その手を、握った人間がいる。
いや、人間ではなく、ダークエルフ。
「セイン?」
「お久しぶりです」
ニコニコと笑うセイン。
そのセインに、アニエスは言葉をぶつけた。
「なんであなたがこんなところにいるの?どうして?それに、あの手紙と『黒の死神』の字が似てるけど、偶然よね?」
「本当ですよ」
事情を知らない人間が聞いたら、こたえになっていない。
だが、その一言は、アニエスに全てを知らせるのに十分だった。
「どうして・・・」
「理由は、また後で手紙に書きます」
相も変わらず、微笑むセイン。
「ふざけないで!!!」
「ふざけてませんよ」
その一言でアニエスは止まった。
その顔が、目が、あまりにも冷たかったからだ。
「私はアサシン、あなたはこの国の王女。こんなところで話すべき間柄じゃないんですよ」
セインが顔をそむける。
「それに、今から仕事がありますし」
そう言って、セインはアニエスの部屋の窓へと飛び移った。
その後、ドアが開いた音と、二人の人間の悲鳴が聞こえた。
「どうして?」
涙が一筋、頬をつたう。
─手紙なんかじゃ納得しない。絶対聞き出してやる─
「チェック、デュアンたちに、絶対捕まえてって伝えて」
「わかった、ぎぃ〜っす」
飛び去っていくチェック。
それを見て、アニエスは急いで木を降りた。
「早く、行かなきゃ」
そう言って、アニエスは走り出した。
─苦悩─
─儚い願い─
─叶えられない願い─
さて、どうしようか。
今回は、事前に地図を入手できずにいた。
つまり、どこにターゲットがいるかもわからない。
─たぶん、監獄だろうと思うのだが・・・─
逮捕された、というのは聞いた。
だが、それが罠である可能性も、捨てれるものじゃない。
─少し、惑わせる、か─
懐から、爆弾を取り出す。
─七個、か─
そのうちの五つの導火線を、さまざまな長さに切り、長い導火線のモノを、足下に置いておく。
少し走り、窓に小さな穴を開け、二つ、それぞれ別の場所に投げ、足下にも一個、そしてまた走り、今度は特別大きな音で窓を叩き割った後、そこに爆弾を置く。
「さってと・・・」
案の定、窓の下あたりに、兵士が集まり始めた。
すぐさま、身を翻し、来るべき爆発に備える。
ドカァァァァァァァーーーーン
それぞれの長さに切った爆弾が、一斉に爆発する。
「これで・・・」
─兵の流れてくる位置、その流れに逆らえば、おそらく行き着く先は─
ターゲットの元に行く、というわけだ。
たぶん、あの二人は、大人しく待っているだろう。
ふと、あの姫様の顔が浮かんだ、が、すぐに消えた。
─私情は、一切ナシだ─
そう、心に決めている。
暗殺者として、私情があれば、それは、己の死につながるのだから。
だが、彼は知らなかった。
これが、彼にとって、最後の暗殺仕事になることなど。
「爆発音、か」
「みんな、あっち行ってるけど、どうする?」
デュアンが上目遣いにオルバを見る。
「行くわけねぇだろ」
「だよね」
ドカッと腰を下ろすオルバ。
デュアンは、壁に背を預けている。
ちょうど、ガセル侯爵─今回の暗殺予告に書いてあった─私室の前。
監獄にいるとみせかけて、の一計である。
「あいつは、必ずここに来る」
「信じてる、ってワケだ」
明らかに冷やかしている。
が、オルバはそれを平然と受け流した。
「あぁ、それほど、あいつは凄腕だ」
それを聞いて、デュアンは驚く。
─オルバが、他人を誉めた?─
「な〜んて顔、してやがるんだよ」
「べっつに〜」
平然とこたえるデュアン。
と、その時、目の前が真っ暗になった。
「わっ、ちょっ、ちょっと・・・」
「デュアン、ぎぃ〜っす」
「なんだ、チェックか・・・」
右手で、チェックをつかむデュアン。
「どうしたんだ?アニエスは?」
「アニエスから、伝言、ぎぃ〜っす」
「あぁ!?」
オルバが怪訝そうな顔をした。
もちろん、デュアンもである。
「絶対捕まえて」
口調までまねしているようだが、無論、似ているわけがない。
「わあってるって」
「今更言われても、ねぇ」
苦笑いを浮かべるしかない二人だった。
─激闘─
アニエスは、走っていた。
彼女は『黒の死神』─セインが向かっている場所を知らない。
ターゲットの名前は知っているモノの、場所は知らない。
─どうしよう・・・─
まわりに、騎士の姿がなくなった。
と、その時。
草が揺れる音が、彼女に聞こえた。
最初、警戒した彼女だが、その姿を見て、走り寄る。
「クノック!!」
ご主人であるアニエスに近寄るクノック。
アニエスの願いが、彼に届いたのだろうか。
「そうだ・・・」
自分のポケットの中に、あれが入ってることを思い出したアニエス。
「クノック、これ・・・」
それを、クノックに嗅がせる。
わかったように頷いたクノックの背中の上に乗ったアニエス。
彼女の心は、決まっていた。
「そういえば・・・」
あることを思い出し、セインは笑った。
─あの時と、逆なのかもしれない─
最初で最後の、自分の失敗。
あの時は、自分が罠にかけられようとした。
だが、それを見切った。
今回は、こちらが罠を仕掛けた。
たぶん、むこうはそれを見切っているだろう。
─そういえば、あの時も二人だったな─
二人組の男。
一人は、見てからすぐに『気』を使い、一人は、圧倒的な力を持っていた。
ギリギリまで追いつめられたが、この「セイン・アラン」の名前をもらい、最終的には逃がしてくれたのだ。
─けど、今度は違う─
今度は、自分が成功する番だ。
あの時の二人とは違う二人。
そして、もう一つ違うこと。
─あの姫サンも、いることだし─
自分の前に現れなければいい。
そうすれば─間違っても─
思考が止まる。
視界に入ってきた、それを見て。
「やっぱ、いたか」
兵士とは逆の方に走ってきた。
そして、やはりこいつらがいたのだ。
「やっぱ、いたか」
闇の中から現れた『黒の死神』
それが、呟いた。
「いたか、って、そりゃいるさ」
「それが仕事だからね」
もう、剣を抜いている二人。
あくまで『黒の死神』は毅然と構えている。
「さて、あくまで邪魔をしますか?」
「それが仕事だからね」
また、同じ台詞を繰り返すデュアン。
ジリジリと近寄るのは、オルバだった。
「そういえば・・・」
『黒の死神』は、油断なく背中に手をまわす。
そこに、剣を仕込んでいるのだ。
「名前、聞いてませんでしたね」
「教えて欲しいか?」
オルバは、大きく剣を振りかぶった。
セインも、剣を抜いた。
「オルバ・オクトーバだ!!!」
上段から、おもいっきり下に振り下ろされる剣。
それを、上半身をひねるだけでかわしたセイン。
「ぅらぁっ!!!」
握り手を捻り、下に通過したハズの剣が、横に変化する。
それも、身を少し退くだけでかわしたセイン。
「ちっ!!」
横から、デュアンが突っ込んでくる。
そのショートソードを剣で受け止めるセイン。
「開いてるぜ!!」
容赦なく、突きが襲ってくる。
─しゃーねぇ─
左手を、前に出し『気』を放つ。
突きが襲ってくる前に、その剣自体を落とさせる。
「ちっ!!」
オルバが退いて、剣を構え直す。
今度は、八双の構え。
デュアンの方は、セインの後ろにまわった。
自然、セインは半身の構えになる。
「なるほど、これは、ヤバイ、かな?」
デュアンの方から、足音が聞こえてきている。
大勢の騎士が、駆け付けている証拠だ。
「だったら・・・」
セインは、片手を横に伸ばし、剣を地面に垂直に立てる。
そして、右手をデュアンの方向に向けた。
「遊びは、終わりです」
次の瞬間。
デュアンは、自分でも信じられない行動をとる。
─対面─
─強く願う─
─アナタのコトを─
セインの考えはこうだった。
気を放ち、デュアンと、彼の後ろから駆け付けてきている騎士を吹き飛ばす。
あとは、オルバと一騎打ちをすればいい。
自分は、勝てる自信があるのだから。
だが、それが裏切られた。
「なっ!?」
気を放った。
が、それは、デュアンに当たらなかった。
いや、正確には。
彼が、かわしたのだ。
─さっきのは、いったい・・・─
デュアンは、セインの放たれた気を見た。
いや、意識したわけでもないし、形として見えたのでもない、それに、それが気だと知っていたワケでもない。
ただ、何かが見えて、それをかわした。
後ろから駆け付けた騎士たちが倒れたのを見て、自分が何かをかわしたのを改めて確信したのである。
「余所見してるヒマあるのか!?」
オルバが突っ込む。
セインは、それを見て、初めて躊躇した。
─どっちを、かわす?─
この一瞬の遅れが、命取りになる。
そんなことくらい、百も承知だ。
が、それでも彼は躊躇した。
それほど、彼はこの二人を恐れている。
─仕方ねぇ!!─
書けば長いが、その間はまさに刹那。
彼は、両手を伸ばし、そこから気を放った。
─がっ!!─
オルバは、その不可視の力を、正面から受け止めた。
彼にも、何かが見えたのだ。
いや、彼にしてみれば、何かを感じた、といった方が正しい。
長年の経験によってつちかったカンが、彼を救ったのだ。
それに、セインがデュアンの方にも気を放ったことも、彼を救った要因だ。
倒れずにいたオルバは、すぐさま剣を持ち直した。
─いったぁ〜─
デュアンは、背中から地面に落ちた。
さっきのあれを、まともにくらったのだ。
「デュアン、手伝え!!」
本当は、悪態もつきたいところなのだろう。
が、彼にもそんな余裕はないらしい。
「わかった」
デュアンも、ショートソードを構え直し、セインに立ち向かった。
─やべぇ!!─
直感的に、セインはさとった。
もう、気は使えない。
体力は大きく消耗し、しかも相手はこの二人。
狭い通路で挟まれているから、間合いをとって飛び道具も使えない。
そもそも、二人に挟まれた状態で、ずっと持ちこたえている自分を誉めるべきでもあるだろう。
だが、彼にも余裕はない。
「敵は一人だ!!かかれ!!!」
騎士たちも、もう体勢を整えている。
─冥土のおさめ時、かな?─
「だったら・・・」
デュアンの剣を大きく弾き、セインは呟いた。
「潔く、死んでやるよ」
セインが、剣を投げ下ろした。
この行動に、オルバとデュアンの動きが止まる。
それを見逃す、セインではない。
「やっぱやめた」
下をぺろっと出しているセイン。
彼の右正拳が、見事にオルバのみぞおちにはまっている。
「きったねぇ・・・」
「オレは、アサシンだからね」
そう言ってる間にも、後ろ回し蹴りがデュアンの頭にきまっている。
軽い脳しんとうを起こしたデュアンは、その場に倒れ込んだ。
「さってと・・・」
むかってきた騎士たち。
─ち〜っと、あぶなっかしいが・・・─
「爆弾なげるぞぉ〜!!」
おもいっきり叫ぶセイン。
同時に、黒い物体を一つ投げる。
と、同時に逃げていく騎士たち。
中立という立場に立っているため、こういう修羅場を経験してない若手ばかりの騎士なのだ。
勇猛果敢なものも、うまく前に進めないでいる。
「この間に・・・」
疾風となって、ターゲットの部屋に辿り着いたセイン。
彼は、ドアのノブをまわし、部屋の中にはいる。
ドアを閉め、内側からくさびを打ち込んだ。
爆発は、起きない。
ただの鉄球を投げたのだから、あたりまえだろう。
前に起こった爆発が、彼らに必要以上の恐怖感を与えた。
「さて・・・」
少し、静かだな、と思いつつ振り向くセイン。
そして、彼は息をのんだ。
「待ってたわ」
「困ったな・・・」
椅子に、凛然と座っている少女を見て、彼は困惑した。
アニエスの髪が、闇に浮かんでいる。
─二人─
─我が儘でも─
─身勝手でも─
二人の間に、沈黙が流れている。
そのうち、後ろの方からドアを打ち破ろうと、体当たりをしている音が聞こえてくる。
「時間もないようだし・・・話したいことがあるのなら、話してください」
セインは、一歩も動かない。
これ以上近づけば、自分は暗殺者としての自分の正義を発動するだろうから。
「あなたは、それでいいの?」
初めて口を開くアニエス。
「と、言いますと?」
「今の自分の状況に、満足しているの?」
「おかしなコトを聞く人だなぁ」
セインは笑ってこたえる。
「満足してないなら、やりませんよ、こんな仕事」
「どうしてそんなコトを・・・」
「ダークエルフが、他に普通にできる仕事があるかな?」
アニエスが口を閉じた。
何かを考えてるようでもあり、ただ続きの言葉を待ってるようでもある。
「ご意見は?」
「あるは」
その言葉を促すセイン。
アニエスは、それに応じるように口を開く。
「間違ってる、あなたがやってることは」
「これでも、自分は正しいと思っています」
続けるセイン。
「国の重役という重役は腐れきっている。それも、こういう中立を守ってる国に多いんですよ。平和ボケ、と言うべきですかね。
国のため、という意識が薄れ、自己のため、という意識が芽生えているほどに」
「だからって・・・」
「自分は、その火付け役です」
「どういう意味?」
「今回は、これを最後に終わるつもりだったんですよ。暗殺された人間から、さまざまな罪が出てきた。そして、その次も。じゃあ、他はどうだろう?ってかんじでね。広げるのが私の仕事です」
「だからって・・・殺すコトないじゃない」
「言ったでしょう?ダークエルフがどうこうできる問題じゃない」
それを最後に、会話が止まった。
そして、セインは歩き出す。
「さ、て。今回の仕事は失敗だな」
アニエスの横を通り過ぎようとするセイン。
そこで、窓仁潜んでいる何かを見つけた。
「弱った、な」
ちょうど、アニエスの横で止まったセイン。
「雪豹、か」
クノックが、窓の下で座り込んでいる。
ちなみに、この部屋の窓は一つ。
ドアの方も、もうすぐ破られるだろう。
絶対絶命である。
「二回目の失敗で、終わりか」
ドアに歩み寄って、くさびを取りのぞく。
スッと横に退くと、ドアが破られた。
次々と、男たちがなだれ込んでいく。
「さてと・・・」
一瞬にして囲まれるセイン。
向けられる鋭い金属の先。
「抵抗、するつもりはありませんよ」
「それじゃあ、さっきのはなんだったんだ?」
その中の一人、オルバが口を開いた。
「冗談です」
「たいした冗談だ」
一歩、近づくオルバ。
「で、どうするんです?」
「そりゃあ、もちろん」
オルバが口を開いた。
「捕まえるさ」
─願い─
─何を犠牲にしても─
─全てを破棄しても─
「やれやれだ・・・」
一切れのパンにも手をつけるつもりはない。
空腹感はかなりある、いや、今し方、腹が鳴ったばかりだ。
「やせるもんだな・・・」
ただ独り言を言う。
おそらく、城の中で一番最下層の牢獄なんだろう。
最高の罪人、ということなのだろうか。
誉められているような、けなされているような深刻な心境。
ただ、体だけは衰えていった。
一日一回、パンとスープが運ばれてくるが、それに口をつけない。
どうせ、死ぬのだから。
「話し相手もいない、か」
「そんなにヒマなら、つきあってやろうか?」
声が耳に届いてきた。
何日ぶりに聞く声だろうか。
「あぁ、あんたか」
「ずいぶんやつれたな」
「やっぱり、わかりますか」
「身につけているモノのせいかもしれないな」
彼の両手両足には、鉄の錠がかけられ、さらに鎖、そして鉄球。
腰にも、鉄の帯がついている。
その先に同じく鎖、しかし、その先は壁と繋がっていた。
罪人として、最高のおもてなしである。
「窮屈でしょうがないですよ」
「仕方がないだろう」
声の主─オルバは鉄格子の前に座る。
「暗殺失敗、おめでとさん」
「暗殺阻止、おめでとうございます」
「折り合わねぇな」
「そうですかね?」
冷たい牢屋に不釣り合いな笑い声が広がる。
「けど、これでよかったのかもしれません」
「どうしてだ?」
「人間が好きだから」
冷たい牢屋に相応しい沈黙が広がる。
「人間が好きだから、こんな仕事、早くやめたかった。けど、そしたら生きていけない。罪も償いない。
ならせめて、人間の手で裁いてほしい。そう思ったんです」
溜息をついセイン。
「願い、だったんですよ」
「どういうことだ?『黒の死神』さん」
「セイン・アラン」
「あぁ?」
「それが、私の名前です」
「へぇ・・・」
感心したようにオルバが顔をゆがめる。
「いい名前だ」
「あなたもそう思いますか?」
二人とも笑っている。
つい数日前、敵対した関係だとは思えない。
「話がズレたな」
「えっと・・・なんでしたっけ?」
「こっちが質問する番だよ。どうして人間が好きなんだ?」
「あぁ、その事ですか・・・」
ハハッと頼りなく笑う。
「さぁ・・・なんででしょうね?」
「なんだよそれ」
「本当に好きなモノに、理由なんかつけられませんよ」
少し、言葉を切るセイン。
「物でも、歌でも」
「女でも」
大声で笑う折るオルバとセイン。
昔日の友人のように、彼らは顔をほころばせた。
「そうかもしれませんね」
彼の刑執行まで。
あと、三十五時間。
「アニエス・・・」
正気か?というように顔をするアニエスの父親─フィアナ王。
「本気よ」
「しかし、だな・・・」
「部下への示しがつかないとか、そういうのはわかってます」
「なら・・・」
「でも、彼のおかげで、この国から不祥事が見つかったのも事実です」
「それは・・・」
「過去のコトを見てもわかるでしょう?彼はそれを暴くために暗殺をやっているようなモノです」
いつものアニエス以上に、多弁に父を追い込む。
「わかった・・・なんとかしよう」
「ありがとう、パパ!!」
思わず抱きつくアニエス。
王は、アニエスが離れた後、聞いた。
「おまえがなぜ、そう願うのだ?」と。
アニエスはこたえた。
「彼が、優しいから」と。
─朝がまた来る─
「これより、罪人『黒の死神』の公開処刑を行います」
朝、まわりに集まった住民、およそ千以上。
処刑場を囲む住民と、高い建物の屋上から見ている住民。
押しつ押されつ、込み合っている。
処刑場の中には、警備のための騎士、二十に、死刑執行人二人。
上座の方には、この国の王と王女、それに王族の十人。
来賓客として、隣国の大臣二名ずつと、オルバ、デュアンの姿があった。
「これで、一件落着、だよね」
「なんだ?疑わしそうだな」
デュアンの呟きに、すかさずオルバがつっこみをいれる。
「どういうことだ?」
「このままで、終わるのかな、ってこと」
「あいつが脱走するのか?」
「それはないと思うけど・・・」
デュアンは、必死に考えをめぐらせた。
なぜそうする、と言われても、理由は見つからない。
彼のカンが、そうさせるのだ。
「脱走はしないだろうな」
「ボクもそう思うよ」
「ただ、オレの予想、ではな」
オルバは、言葉を切った。
彼の次の言葉には、どこか確信があった。
「あいつはなにもしない。あいつ以外の誰かが、なにかをする」
「受刑者、前へ」
言われるままに、男は前に進み出る。
セインは、その時を待った。
─思えば─
自分の人生は、最初から決まっていたのかも知れない。
生まれてすぐ、ダークエルフの差別が起こり、ほぼ全滅状態に陥った一族。
ほどんどが、森に逃げ込んだのに対し、自分だけは、人間に対する復讐にはしった。
元々、自分で思っている以上の戦闘センスがあり、さらに経験を積むほど、強くなるのが実感できた。
実感すれば実感するほど、自分がまだまだ強くなれると確信がもてた。
だが、一度、暗殺を失敗した。
それで捕まらなかっただけ、奇跡である。
その時の、あの人間からのうけうりで、人間に興味を持ち始めた。
そして、人間が好きになってきた。
素直じゃない自分は、その気持ちの変化に、変わっていく気持ちに、あがらうことしかできなかった。
そして、いつか、人間自身に裁いて欲しい、そう考え始めた。
ただ、まだ生きなければという自分と、その自分を否定する自分が生まれ始めた。
そう思い始めた頃、あの少女に出会った。
自分が、また変わり始めたような気がする。
死刑台が、見えてきた。
この国の死刑方法は斬首。
それ以外は、なにもない。
木造の死刑台の上に、死刑執行人が二人。
一人目が失敗すれば、二人目がすかさず首を切る。
痛みをできるだけ感じさせないで殺す、罪人へのせめてもの情け。
「階段を上がって」
一段一段、ふみしめて上がっていく。
─最初からわかっていたコトだ─
そう、アサシンをやる以上、いつかはこうなる。
それは、わかっていたことだ。
わかっていて、始めたことだ。
「さぁ、座って」
普通、ここで正座をするものだ。
だが、そこであぐらをかいた。
「ちゃんと・・・」
「オレの流儀ですよ」
まるで、口を聞けるのか、というような顔。
死刑囚を送ってきた男は、一つ咳払いをした。
「まぁ、いいだろ・・・」
と、男は去っていった。
台上に乗っているのは、セインと、死刑執行人の二人。
「よろしく、お願いします」
と、礼儀正しく一礼。
それにこたえるように、二人も頭を下げる。
「さて、一番最後の景色だ」
じっくりと見回す。
まわりにいる、たくさんの人々。
そして、視線が一点で止まる。
─いた、か─
アニエスが、そこにいた。
ちゃんとした服装で、王族の気品、というやつがにじみ出ている。
─さて、最後、だな─
目をつぶり、空を見上げる。
一点の曇りもない青空。
─オレに似合わない空だ─
青空など『黒の死神』に似合わない。
星すらも見えない闇だけが、オレに似合っている。
─そのわりには─
暗殺をやり終えた後、朝日が見えたとき。
あの朝日が、オレは好きだったような気がする。
朝、その時だけが、素直な自分だったのかもしれない。
「では・・・」
ゆっくりと、剣が振り上げられる。
人の首を切る、ただ、その利点だけ追求された剣。
それが、振り下ろされた。
シュッ ピュッ
風を切る音が聞こえた。
これも、じきに消える。
朝も、もう来ない
全てが、来ない─
どれだけ時間が経っただろうか。
もう、地獄には堕ちただろうか。
「目をあけて下さい」
これは、天使の囁きなのだろうか?
それとも、悪魔の囁きなのだろうか?
「目をあけて下さい」
再び、声。
そして、ゆっくりと目を開ける。
目の前に移った人─アニエス。
「えっ・・・?」
「『黒の死神』の公開処刑は終了しました」
「えっ?」
首に手をやる。
繋がっているその首。
まわりを見回す。
さきほど目に焼き付けた、その風景。
「これから、セイン・アランの任命式を行います」
続いて、処刑司会の声も響く。
まわりの興奮は、一気にピークに達していた。
「これは・・・」
呆然とまわりを見回す。
「あなたの任命式です。セイン」
「なんの・・・」
「それは、こちらに来てくれればわかります」
と、アニエスに手を取られる。
そのまま、引っ張られるままに、国王の前までつれていかれた。
「セイン・アラン」
よく通る声。
もしかすると、日々、発声練習などしているのかもしれない。
「貴殿を、アニエス王女直属の騎士に任命する」
言葉を失った。
ただ、まわりだけは依然騒がしい。
「これは・・・」
「言ってるでしょ?あなたの任命式よ」
「いや、公開処刑じゃ・・・」
「それは、さっき終わったじゃない」
パチリとウインクするアニエス。
ようやく、セインは事情がのみこめてきた。
と、すると、彼のやるべきコトは一つである。
「謹んで、お受けいたします」
貴族風に礼をするセイン。
彼の頬を、涙がつたっていった。
この任命式を、見ていた男二人。
ポツリと、デュアンが呟く。
「こーゆーこと、か」
「納得いく?」
「おまえは?」
「いいと思うよ。オルバは?」
「オレか?」
「うん」
「いいんじゃねぇか?」
「やっぱりね」
彼は、その後、アニエスが死ぬまで、フィアナ国に所属。
彼女の死後「終わった」とだけ言い残し、どこかに去っていった。
何らかの組織に従事していたと言われている、が。
彼の墓石が、いつの日かあった。
いつの頃か、誰にもわからない。
それには、彼の言葉が刻まれていた。
─朝がまた来る─
〜fin〜
2000年1月18日(火)15時23分〜2000年2月28日(月)21時47分投稿の、誠さんの小説「Wish's」(2)です。これで完結です。