うたかたの風(1)

<零>─或る男達─

 男はそこにいた。
布団のしいてある畳の上。
 ふすまは全部開けられ、まばゆい日光に照らされ、目を細めながら男は壁に背中を預けていた。
右足は膝を立て、左足は横に曲げられ、そして、彼が抱えてるのは─刀。
 その刀は、やせ細った腕に支えられていた。
昼間にしかれた布団、それにやせ細った腕─
 一目で、彼を病人と見抜ける。
彼は、今、よく言えば療養、悪く言えば潜伏をしている─
 病人だから療養、というのは当然のこと。
が、それとはまったくかけ離れた言葉、潜伏までもあてはまるその男─
 いや、少年に呼ぶにもふさわしい、透き通るような、純粋な微笑み。
誰にでも好かれる、そんな人間がいるんだと、この男を見れば、誰もがそう思うだろう。
 それでも、その男には潜伏という言葉が当てはまる。
いや、正確に言えば、その男の身分がその言葉に当てはまるのだが─
 それは、彼が手にしている刀が全てを語る。
─黒猫?─
 男は、体に力を込める。
そして、刀を杖に、立ち上がった。
 よく見れば、足も刀のように細い。
彼の顔も、やつれている。
 それでも、その顔から微笑みは消えない。
カラン・・・
 下駄の音が響いた。
庭にたどり着いた男。
 その時、庭にいた黒猫が振り向いた。
彼は、何を思ったか刀を抜いた。
 そのまったく隙のない抜き方、病人とは思えない足運び。
剣術をかじり始めた人にでも、すぐにわかる。
 その男が、どれほどの剣客かを─
そして、彼は刀を構える。
 ふらつく足を、真っ直ぐにたてながら。
そう、彼は猫を斬ろうとしている。
─自分には、まだ、力が残っているのだろうか─
 刀を振りかぶる。
まっすぐに、猫は視線を向けている。
 猫は、動かないのではない、動けないのだ。
そして、男は刀を─
 不意に、男を脱力感が襲った。
がっくりと膝を付き、それでも刀を離さない男。
 鮮血が、男の口からこぼれ落ちる。
男は、自分の死期を悟っていた。
 そして、刀を鞘におさめる。
─もう、死ぬんだろうな─
 悟りきっている。
自分の死を、ここまで悟っている人間がそういるだろうか。
 しかも、少年を思わすようなこの男が。
─さようなら・・・─
 いったい、誰に別れを告げたのだろう。
誰にも分からない、彼には分かっている。
 今頃、遠い戦場で戦っている人に─
ヴゥン
 神経が歪むような不快感。
全身を蝕む病気。
 一体何度、この体を呪ったことか。
─もう、死ぬんだろうな─
 薄れていく意識の中、彼はもう一度、別れを口にした。
さよなら、と。

 男はそこにいた。
何も見えない闇の中。
 それを確信した。
他の誰にもわからない、彼だけが持つべきモノ。
 彼だけがわかるモノ。
彼は知っている、自分の実験の第一段階が、成功したことを。
─これで・・・─
 後は、実験の結果を待つだけでいい。
そう、後は待つだけでいいのだ。
 時が、過ぎるのを。

 男はそこにいた。
彼だけの空間、彼だけの場所。
 彼は、いつまでもそうしているつもりだった。
いつまでも、時が許すまで─
 それは、わがままなのかもしれない。
けれども、男はそのままでいた─
 だが、彼は動き出した。
他の誰にもわからない、彼だけの感覚。
─そんなハズは─
 髪を掻き上げる。
黒い手袋のはめてある、右腕で。
─いったい、なにが─
 彼だけにわかる感覚。
だから、彼は動かなければならない。

 彼だけの理由
 彼だけの動機
 彼だけの理解
 彼だけの世界

それが、自分だけに出来ることなら、尚更だった。

 男はそこにいた。
椅子に腰をかけ、溜息を一つついていた。
─長かった─
 あまりにも長い時間。
それにも、もうすぐ終止符が打たれるだろう。

 自分だけの孤独
 自分だけの感覚
 自分だけの絶望
 自分だけの世界
  そして命

 男は、机の上に置かれてあったモノを閉じた。
黒い手袋のしてある左腕で。
─もうすぐだ─
 もうすぐ、とはいつのコトだろう。
自分にも、それは分からない。
 けど、それをやらなければならない。
誰が決めたのでもない、自分が決めたこと。

 今までの時間
 感じてきた孤独
 自分の使命
 自分の命─

 自分の全てを犠牲にして。
終止符を─


<壱>─彼ら─

 これは夢か幻か。
目の前に広がる風景。
 あまりにも高い、見たこともない木々が、そこにあった。
緑に支配された世界。
 小鳥のさえずりさえ、聞こえてくる。
─ここは─
 どこだろう、と思い、首を振った。
当たり前の答えである。
 ここは、あの世─
存在自体も疑わしい、自分が今まで生きていた世界で言う、あの世─
 と、すると、ここは天国なのだろうか、地獄なのだろうか?
地獄にしては、あまりにものどかな風景。
 ならば、ここは天国なのだろうか?
だとしたら、神様はあまりにもあますぎる。
 自分が、今までに犯してきた罪を考えれば、間違いなく地獄行きだ。
だとすると、やはり地獄なのだろう。
 いや、生きている間に、地獄を体験した。
自分が殺した人たちの呪いなのだろう、あの病気にかかり。
 そう、この手にしている刀で─ 
そこで、ふと気付いた。
 自分が、刀を手にして立っていることを。
なぜ、自分は立っていられるのだろうか?
 つい先程まで、地面を這うことに、かなりの力を使っていた自分が─
そこで、もう一度気がついた。
 まったく苦しくない。
 平気に立っている。
自分の体を、なめるように見てみた。
 そこに、自分の体はなかった。
いや、見覚えのあるその体つき。
 ふと、顔に手をやる。
今までは、げっそりとそげ落ちていた頬も、今では弾力がある。
 戻っている─
あの頃の体に─
 おそるおそる、一歩、足を踏み出した。。
草を踏みしめる感覚が、全身にしみわたっていく─

「ズールの森に入ったみたいだな」
「懐かしいな・・・」
 窓の外を見ていたクレイが、呟いた。
反対側の窓から外を見ていたノルが、クレイの言葉にこたえる。
 真ん中あたりに座っていた私も、懸命に身をのばして、外を見ていた。
「ふわぁ・・・」
 見覚えのある森の風景。
流れていく緑。
 そう、やっとわたしたちは、ズールの森に入っていた。
あのキスキン国での王位継承問題(オオゲサ?)のゴタゴタから帰ってきたわたしたち。
 エベリンで、マリーナたちと別れ、わたしたちは懐かしのシルバーリーブに帰っているのだ。
 わたしたちパーティーが独占している乗り合い馬車の中。
今、ズールの森を通過中。
「しっかし、これで当分はリッチだな」
「またぁ?トラップ」
 これで、いったい何度目だろう。
まぁねぇ。わたしも、口には出してないけど、頭の中じゃ、お金をどう使おうか、かなり迷ってる。
 トラップなんか、口に何度も出してるけど。
「あのなぁ・・・トラップ。自分で夢を描くのはいいけど、それをそのまんま実行するんじゃないぞ」
「そうですよ。第一、トラップ。あなた、ギャンブルするコトしか、考えてないでしょ?」
 キットンの言うとおりである。
彼ったら、シルバーリーブで現金受け取った後、すぐにエベリンに行こう、とか言ってるんだもん。
 もう、下心丸見え。
「だーいじょーぶだ。百万だろ?十万もくれりゃあ、すぐにおんなじ金額、作ってくるからよ」
「倍どころか、十倍、ってわけか」
「そしたら、ルーミィ、腹一杯好きなもの食わしてやるからな」
 と、子供のルーミィを仲間にしようとしたトラップだけど、わたしの隣でシロちゃんを抱いたまま眠っているルーミィを見て、苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、装備を調えたいなぁ」
「っていったって、なに買うの?」
 わたしの疑問ももっともだと思う。
だって、装備ていっても、クレイの装備が主でしょ?
 でも、クレイのロングソードがシドの剣だとわかった以上、それに変わる武器がそうそう見つかるワケがない。
鎧も、今ので不自由はなさそうだし・・・。
「んじゃ、オレの分な」
と、言ったトラップを、全員がギロッとにらんだ。
「トラップ〜?」
「あなたって人は・・・」
「なぁ〜に勘違いしてんだ?道具と、ダガーを買いたいんだよ」
と、真面目にこたえるトラップ。
「あぁ、だったら・・・」
「ちょっと待てよ、トラップ」
 納得しかけたわたしだが、クレイは何かひっかかったみたい。
いきなり大声をだした。
「おまえ、ダガー買うのか?」
「ん?あぁ。いろいろと役に立つからな。今まで使ってたナイフ、もうボロボロだからな」
 と、トラップが言ったその時。
馬車が、いきなり止まった。
「キャッ!!」
「うぎゃぁぁぁ!!!」
 わたしとキットンが大声を出したけど、後のメンバー(眠っている一人と一匹を除いて)は、いたって冷静。
「どうしたんですか!?」
クレイは、さっそく剣に手をかけている。
「みなさん!!早く外に出て!!!」
 えっ?えっ!?
わたしが慌てている間に、みんなもう、出ていって・・・。
「はやくこねぇか!!!」
 トラップが、わたしの手を引っ張った。
外に出て、転びそうになったところを、すかさずノルが支える。
「ありがと・・・」
「礼なんか言ってる場合じゃないぜ」
 トラップがわたしの頭をこづいた。
文句を言おうとしたわたしの口が、開いたまま閉じない。
 ・・・なんなの?あのモンスターは。
スライム、なのだろうか?
 ウネウネグネグネしてるから、見た目はスライム。
けど、そのスライムに羽がはえてて、それが飛んでるんですよ?
 信じられる?
「クソッ!!」
 クレイやノルや御者さんが、武器を振り回すけど、ヒラヒラと舞いながら(?)それを避けている。
そして、隙ができたところを、上空から急降下、馬を狙っているんだろうね。
 馬の一匹は、もう、ハゲになってる部分がいくつあるか・・・。
「キットン!なにぼさっとしてんだ!!」
キットンったら、ぼけーっと、その光景を見入ってる。
「そうよ!!はやく、あのモンスター調べてよ!!」
 このままじゃ、こっちまで溶かされちゃう!
けど、キットンはたよりなく首を振った。
「わかりませんよ・・・」
「そんな、調べもしないウチに・・・」
「わかりませんよ。わたしは、普段から自分で索引を作ってるんです。
自分が作ったモノの中に、飛行系の索引もつけました。
けど、スライムが飛ぶなんて、見たことも聞いたこともありません・・・」
「そんな・・・」
「けど、何もしないよりはマシですね。調べます」
と、気を取り直したように、モンスターポケットミニ図鑑を調べ始めた。
「ちくしょう!!」
 急に、トラップが大声を上げた。
何事か?と思い、トラップを見る。
 パチンコを放ったトラップ。
けど、その玉はスライムに吸い込まれ、すぐに溶かされた。
「打つ手なし、か?」
 さすがに息があがってきたクレイ。
ノルの斧を振り回す右腕が地面に向けられた、その時。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
恒例、キットンの叫びが起こった。
「なに?見つかったの?」
「いえ、見つかってません」
 ガクッ
わたしは、思わず膝をついた。
「けど、たぶん、これは・・・」
「早く言え!!」
 トラップがせかす。
すると、キットンは先を続けた。
「調べるまでもありませんよ。これもスライムですからね。たくさん、モノを溶かさせれば、身動きが出来なくなって、地面に落ちるかもしれません」
「と、すると・・・」
「枝やら木の葉なんかを、持っていけばいいんです!!!けど、相手は空に浮いてますから、木の葉じゃ届きません。だから、なるべく枝を集めれば・・・」
と、キットンが説明している間に、
「そうとわかれば・・・」
早速、トラップが森の中に走っていった。
「クレイ、ノル。二人は、馬を守っててください」
と、言い残し、キットンもトラップに続こうとした、が。
「ちょっと待って、キットン」
「なんですか?」
「わたしが行くわ。だから、ルーミィとシロちゃん、お願い」
「・・・わかりました」
 キットンも、快く了解してくれた。
わたしがあの場に残っても、やることなんかないもん。
 ルーミィやシロちゃんを守ることも、たぶんできない。
だったら、少しでも役に立ちたい。
 そう思って、森の中に入っていった。
この時の、わたしの決断が。
 運命を、変えたのかもしれない。

 男は、立ち上がっていた。
ランプ一つの明かりが、部屋を照らし出している。
 なんの飾りっけもない、実務第一の部屋。
その部屋に、一筋の光が射し込んだ。
 開けられたドア。
そこから、光が入ってきたのだ。
「どうした?」
「いや、Q(クイーン)が、作戦を提示した、って聞いたから」
「それだか、か?」
「それだけだよ」
 ドアが閉められる。
再び、ランプの光が、その空間を支配した。
 浮かび上がる、二人の人間。
入ってきた男は─金髪に黒い目。前髪が目にかかり、後ろ髪は着ている服の襟にかかっている、少し、野性的な顔立ち、それでいて、端正な顔の男。
 部屋にいた男は─黒の髪のリーゼント、同じく、黒の目。
ランプの光の、あまりとどかぬ所にいるため、顔立ちがはっきりしていない。
 ただ、言えること。
室内でも外さない、両手の黒い手袋─
「これだ・・・」
 手渡される紙の山。
一瞬、照らし出された表紙には、こう書かれてあった。
 「A計画」と。
ありがちなネーミングのこの名前。
 だが、それは重大なコトだ。
そう、モノの頭文字を取ったモノ─
「随分と、壮大だねぇ」
「そう思うか」
それに目を通し、金髪の男は、苦笑いを浮かべた。
「で、ターゲットが、そこに着くのは?」
「三日以内、だそうだ」
「で、決行は?」
「十日後、だそうだ」
二人の間に、沈黙が訪れる。
「A(エース)には、見せたのか?」
「あぁ」
「反応は?」
「まだ、来てない」
 溜息が、聞こえてきた。
どちらの溜息かは、不明。
「まぁ、いっか」
 金髪の男は、左手をドアノブにかけた。
その時、黒髪の男が、引き留める。
「スペードのソード」
「その名前は、おまえから呼ばれるべきじゃないだろ?」
振り返りもせず、金髪の─スペードのソードは、こたえる。
「じゃあ、スペードのJ(ジャック)指令を、出してくれ」
「なんだ?」
「ハートの方に、ロンザの首都に向かえ、と」
「内容は?」
「監視だ」
「了解」
 Jは、ノブをまわした。
その時に、もう一言、付け加えられる。
「ダイヤの方に・・・」
 開けられるドア。
再び、光が射し込んできた。
「シルバーリーブに向かえ、と」
 ドアが閉まった。
男は、ランプを消し、あたりを闇にする。
 そして、もう一度。
ドアが閉まる音が聞こえてきた。
 後は、ただ。
暗闇がそこに、残っていた。


<弐>─出会い─

「どうした?」
「いや、おまえの意見を聞きにきた」
 先程、金髪の男と話していた男が、部屋に入ってきた。
部屋の中で椅子に座っていた男─その男と同じ黒の髪、黒の目をもち、髪型は、金髪の男に近く、しかし、その顔は彼とは反対で、どこか冷たさを持っている。
「で、どうだ?」
「良い案だと思うが?」
「本当にか?」
「何をためらう?」
 部屋にいた男は、立ち上がり、入ってきた男に近づいた。
ただ、どこか歩き方がぎこちない。
「さすがは、Q(クイーン)だな。冷酷に見えて、実はこれが最小限の被害におさえこむことができる」
「あぁ、それはいいんだ・・・」
「軍資金も手に入る」
「あぁ、それもいいんだ・・・」
「ただ、問題は、何も知らない冒険者を巻き込むこと、か」
「あぁ、そういうことだ・・・」
入ってきた男の方は頭をふった。
「やむおえないだろう。そいつも、そういう家系に生まれたのなら、それ相応の覚悟もしているハズだ」
「だろう、な」
「悩むことはない」
 部屋にいた男は、椅子に戻った。
やはり、歩き方はぎこちない。
「なぁ、A(エース)」
「なんだ?」
「ダイヤを出した」
「いいんじゃないか?」
「スペードを出すべきだったか?」
「いや、そこまでする必要はないだろう」
「ハートの方は、ロンザに向かった」
「相変わらず、指揮がうまいな」
そこまで聞いて、入ってきた男は、ホッと溜息をつく。
「やっぱ、誰の言葉より、おまえの言葉がホッとする」
「誉め言葉か?似合わない」
男─Aは、表情も変えていない。
「じゃあ、オレはこれで」
「今回、オレに出番は、来ないな」
「そう願いたい」
 入ってきた男は、出ていく。
残されたAは、軽く溜息をついた。

 一歩一歩、ふみしめて歩いていく。
そこにあるのは、やはり草。
 目に見えている風景も、全て本物。
─死ぬとは、生きることと変わらないのか?─
 生きていたときと、まったく同じ感覚。
ただ、違うのは、目の前に広がる風景だけ─

「どうしよう・・・」
 わたしは、枝の束を持ったまま、立ちつくした。
・・・そうです、迷ってしまったのです。
 気合をいれて、枝を取りにいったわたし。
あっちもこっちも、って取ってるうちに、森の奥まで入り込んで・・・。
 迷ってしまった。
本気でそう実感したのは、迷い初めてから、十分たった今。
 今頃、みんなはどうしているのだろう?
モンスター相手に、苦戦しているんだろうなぁ・・・。

─そういえば─
 自分が死んだのなら、ここは死後の世界。
だったら、別れていった仲間に、会えるのかも知れない─
「みんな、どこにいるのだろう?」
その感情が、もう一歩、もう一歩と歩みを進めていく。

 いや、そんなコトよりも、早くみんなと合流しなければならない。
他人の心配より、まず自分の心配。
「えっと・・・」
 とりあえず、近くの木に印をつける。
こうやって、一つ一つにつけてあるけば、迷わずに済むはず。

 ガサッガサッ
草が、次第に深くなってきた。
─こっちも、違うのだろうか?─
 会いたい。
死んでいった仲間達に。
 別れも言えず。
去っていった仲間達に。

「えっと・・・」
 一応、一回一回、確認しながら歩いていく。
けど、やっぱり、さらに迷ってるような気がするんだよなぁ・・・。

 次第に、歩調が早くなる。
そうなったらといって、会えると決まったわけじゃない。
 ただ、そうせずにはいられないだけ。
ただ、これだけは確か。
 誰かに会えるという、予感─

 そういえば、ここは森。
そんな木の一本一本つけていったら、きりがない。
 けど、更に迷うよりはましだと。
そう思って、根気よく、この作業を続けていった。
 ただ、これだけは確か。
必ず、誰かに会えるという、予感─

 ・・・今、たしかに。
人の気配が、したような気がする。

 ・・・今、たしかに。
向こうの茂みが、動いたような気がする。

 刀に手をかけ。
じりじりと、それとの距離をつめていく。

 ショートソードに手をかけ。
ただ、来るべき何かを、待ち受ける。

 森の緑とは違う何かが見えた。
それは人か、それとも鬼か。
 そして─

 向こうの方から、何かが近づいてくるのがわかる。
なに!?人!?それともモンスター!?
 そして─

        ─出会ったのだ私達は─


<参>─満月の色─

「ったく・・・」
いったい、どこにいるんだ?
「大丈夫、必ず、見つかる」
「だといいけどねぇ・・・」
 森の中を歩いていたトラップ。
そう、彼らはパステルを捜しているのだ。
 さきほどのモンスター─空を飛ぶ奇妙なスライム─は、キットンの作戦が見事にきまり、クレイとノルによって、撃退。
戦闘が終わり、馬車も立て直したところで、パステルが居ないことに気付く一同。
 トラップとノル。クレイとキットンとルーミィ、シロのメンバーに別れ、パステルを捜すことに。
そして、こちらはトラップサイド。
 彼は、街道の向かって右側を歩いていた。
パステルがどちらに行ったか、全員覚えていないため、両側とも行くコトになったのだ。
「さてと、ノル」
 トラップは、上を指す。
そこには、数羽の鳥が、空を舞っていた。
「聞いてみてくれ」
「わかった」
 ノルが、空に向かって声を出す。
言わずと知れた、鳥の鳴き声。
「ピーッチクチクピーチクチ」
 そのうち、二羽の小鳥が降りてくる。
二言三言、言葉がかわされる。
「どうだって?」
「女の子、一人、見たって」
「よし、んじゃ・・・」
「案内、してくれる、だって」
 トラップの先手をうったノル。
だが、トラップは悪態一つつかず、二匹の小鳥を追った。

「パステルー!!!」
 キットンの声。
そばにいる二人は、耳を塞いでいる。
「・・・反応ないですね」
「モンスターの方が出てきそうだな」
 ぼそりとクレイ。
彼は、再び歩みを進めた。
「ぱーるぅー、どこらぁー」
ルーミィも声を出してる。
「どこにもいないデシ」
 と、飛んで、別の方を調べに行っていたシロも、戻ってきた。
彼は、離れていても、クレイたちの匂いで、すぐに戻ってこれる。
 逆に、離れているパステルの匂いも、わかるのだが・・・。
「ホント、どこに行ったんでしょうね、パステルは・・・」
「モンスターに襲われてなきゃいいけど・・・」
 さきほどのようなモンスターなら、まだいい方だろう。
もっと大型で、人間だけを襲うような─ゴブリンなどだったら、パステルも逃げ切れるかどうか・・・。
 そう思っただけで、クレイは身を震わせた。
「とっ、とにかく、早く捜し出そう」
「そうですね」
 また、森の中に声が響く。
場違いな子供の声と、森の静寂を破る大きな声が。

「ここ、あたりだって」
 少し開けた場所。
ノルがそう言ったのは、そこに着いてすぐ。
「よし、んじゃ、ここらから・・・」
 捜すか、と思ったトラップは、ふと、耳をすませた。
盗賊としての才能─きき耳をたてられるトラップは、とある茂みを目指した。
 シクッ・・・クスッ・・・・・・
ノルにも聞こえてきた鳴き声。
「おい、パステル。来てやったぜ」
 トラップが声を出す。
・・・クスッ・・・・・・スッ・・・
それでも、泣き声はやまない。
「いつもいつも、オレたちの世話ばっかやかせやがって」
 ノルも、後ろに続く。
・・・ススッ・・・シクッ・・・・・・
相変わらず、泣き声はやまない。
「いいかげんに、泣きやめよ、パステル」
 茂みの奥を覗くトラップ。
後ろから、のぞき込んだノル。
 そして、二人とも顔を見合わせた。
「女の子、だけど・・・」
「小さすぎ、だよな」
 茂みの奥─
栗毛の髪、ボロボロの服を身にまとった五、六歳の少女。
「どうしたんだ?」
「さぁ・・・」
 ノルが、その少女に手を差し伸べる。
ビクッと身を震わせる少女、目に溜まっている涙。
 そして、二人はみとれていた。
少女が涙をためる目、まるで満月のような金色(こんじき)の瞳に

「そろそろ、戻りますか?」
「まだだろ・・・」
「いえ、もしかすると、トラップたちが見つけたのかもしれませんし・・・」
「見つけてなかったら?」
「でも、ルーミィが、限界ですよ」
 そこで、ふとクレイは下を見る。
いままで一人で歩いてきたルーミィの息があがっている。
「そっか・・・」
 そこで、クレイは冷静に考えた。
─つっぱしりすぎだ─
「じゃあ、一回戻ろう」
「あっ、でも・・・」
 と、キットンがそこで引き留めた。
思わず、滑りそうになるクレイ。
「最後にもう一回、呼んでみましょうか」
「あぁ、そうだ、な」
苦笑いをうかべるクレイ。
「じゃあ、せーので・・・」
「あぁ」
キットンが、指揮をとることに。
「せーの・・・」
 すーっと息を吸う二人。
そして、一気に言葉をはいた。
『ぱーすーてーるー!!!!!』
 ・・・反応が、ない。
そして、二人が諦めた、その時。
「どぅわっ!!!」
 それは、どちらの叫びだっただろうか。
下敷きになったクレイの叫びか?それとも、上から落ちてきた男の叫びか?
 そう、落ちてきたのだ。
男が、上から。
「いってててて・・・」
 上から落ちてきた男は、上半身を起こした。
そして、次に出てきた言葉。
「あぁ〜あ、せっかく眠ってたのに・・・」
「あの、すみません・・・」
まだ、下敷きになっているクレイ。
「なんですか?」
「上、どいてくれませんか?」
あくまで、敬語のクレイ。
「あぁ、すみません」
 と、いいながらもどっこらしょ、とゆっくり立ち上がる男。
キットンが、その顔をじっくり観察する。
 黒髪が、軽いウェーブを描き、前髪は目に、横は耳に、後ろは首の真ん中あたりまで伸びている。
美青年と呼ぶに相応しい顔立ち。
 ただ、何よりキットンの目をひいたのは─その、目。
不思議な輝きを持つ、まるで満月のような金色の瞳に─


<四>─森の中で─

互いに、互いの容姿をそれこそ上から下まで見つめていた。
 先に、口を開いたのは男の方。
「あぁ、お迎えの方ですか・・・」
 一人、なにやら納得している。
つまり、ようやく、自分をどこかに送り届ける人物が来たのだ、と。
 そう思っているのだ。
「えっ!?」
 慌てるパステル。
いったい、何を言ってるのか、わからない様子。
 そこで、彼の容姿を確認する。
髪は、黒い。
 後ろの方で、ポニーテール、なのだろうか?この髪型は。
とにかく、後ろで一つに結んでいる。
 白い、マント、なのだろうか?
いや、違うのだろう。
 それを、前で交差させ、さらに、腰から太い帯で締めている。
その足下まで伸びている着物一つのみ。
 そして、手に持っているのは少々変わった─剣。
ここに、クレイかトラップがいたのなら、それが遥か遠い国で使われている、刀だ というコトがわかるだろう。
「じゃあ、案内してください」
「いや、だから・・・」
 正直、パステルは困惑した。
このズールの森の奥深くに、人がいる。
 さらに、なにを誤解しているのか、自分を案内人などと・・・。
「あの、何か勘違いしてません?」
「えっ?」
「なんで、わたしが案内人なんです?」
「違ったんですか・・・」
 ボリボリと頭をかく男。
パステルは、深々と溜息をついた。
「第一、なんでズールの森の奥深くにいるんです?」
「ず〜るの森!?」
発音しにくそうに、男はオウム返しに言葉を返した。
「あの・・・」
「なんです?」
「ここって、天国か地獄じゃないんですか?」
「はぁ?」
ますますワケのわからなくなるパステル。
「あのですね。ここは、ロンザ国のズールの森です。わかります?」
「ろんこ・・・どこです?そこ」
「あの・・・ですね」
 人をバカにしているのか?と思った。
だが、そうは思えない。
 理由─彼の微笑み。
まるで、少年のようなその微笑みが。
 パステルを、信頼させる。
「もしかして・・・」
「なんです?」
 いい加減、パステルも疲れてきた。
そして、追い打ちをかける男の言葉。
「あなたは、異人さんですか?」
「・・・はっ?」
 眉をしかめるパステル。
ズールの森の奥深く、二人は、かみあわない会話を繰り広げていった。

「に、しても・・・」
「トラップ、何も、言うな」
 頭をかくトラップ。
彼は、ノルが背負っているモノを見た。
 それは─子供。
先程見つけた、栗毛の少女。
 泣き続けること、約十分。
ようやく泣きやみ、さて、どうしようか、と二人は顔を見合わせた。
 もちろん、答えは決まっていたが。
「でも、ズールの森のこんな奥深くだぜ?普通、こんな所に子供捨てるか?」
「わからない」
 本当に困った顔のノル。
彼は、自分が背負っている少女を見た。
 今は閉じられている、彼女の瞳。
その奥にあった、金色の瞳─
「結局、パステルは見つからないし・・・」
「クレイたち、見つけたかも、しれない」
「そう願うよ」
トラップは、再び頭をかいた。
「やっかいなモノ、拾っちまったなぁ・・・」
 溜息をついたトラップ。
つられてノルも、溜息をついた。

「で、あなたは?」
「ん?」
 大きく伸びをしていた男。
それが終わったのを見計らって、キットンが声をかけた。
「なんですか?」
「いえ、いったいなんで、こんなところで・・・」
「いやぁ、昼寝をしていたんですよ」
「いえ、だからなぜこんなところで昼寝を・・・」
「木の上の方が、モンスターに襲われないでしょ?」
 笑顔でこたえる男。
キットンは、ただ呆然とするしかなかった。
「いえ、だから・・・こんな森の奥で眠らなくても・・・」
「いやぁ、いつの間にか、森の奥まで来てしまって・・・」
「それで迷って?」
「はい」
あくまで、男は笑顔である。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんです?」
「女の子、見ませんでした?金髪で・・・」
「見ましたよ」
きっぱりとこたえる男。
「どっ、どこでです?」
「ここで」
「えっ?」
「いや、木に登った後、だったかな?下の方を、女の子が通って・・・」
「どうして止めなかったんです!!!」
 クレイが怒鳴る。
その剣幕に、少々戸惑う男。
「いや、あそこから、ですか?」
 と、男は上を指した。
はるか上に、木の枝がある。
 そう、おそらく十メートルはあるだろう、木の枝─
つまり、彼はその十メートル上の木の枝の上に登り、眠って、さらに落ちたのである。
「呼び止めようにも、声が届きませんし。第一、その人の事情もわからないのに、引き留めるのもなんですし・・・」
 男の言い分にも、一理ある。
そのため、キットンもクレイも、反論できない。
「それじゃあ・・・どこに行ったのか、それはわかりますか?」
「あぁ、それでしたら・・・」
 と、男は歩き出した。
その後ろに続く、クレイたち。
「あっ、そういえば・・・」
キットンが思い出したように叫ぶ。
「あなたの名前、聞いてなかったですね」
「それでは、軽く自己紹介を・・・」
 と、男は振り返った。
紳士のように頭を下げ、頭を上げると同時に、口を開く。
「ボクの名前はグランです。よろしく」


<伍>─二人の男─

 足音が響いてくる。
男は、目を開いた。
 ゆっくりと。
近づいてくる足音。
 ドアの前で、それが止まる。
「入っていいぞ」
 ノックもしていないのに、男はこたえた。
開くドア。
「あら」
 入ってきたのは─女。
黒髪にセミロングの髪型、黒の瞳。
 美の神と言って疑われない美貌と体。
女は、ドアを閉めた。
「幹部がお揃いだなんて、珍しいわね」
「そうだな」
 中にいるのは─男三人。
Aと呼ばれた男と、スペードのJと呼ばれた男、それに、リーゼントの男の三人。
「部隊長が、三人抜けてるぜ」
Jがこたえる。
「でも、上の身分から、と考えれば・・・」
「そんなコトを話に来たんじゃないだろ?」
 リーゼントの男が、言葉を遮る。
それでも、女は不快な表情は一切見せない。
 どころか、それを楽しんでいるようにも見える。
「一応、報告を聞こうと思って、ね」
「ダイヤとハートを出している」
「文句はないだろ?」
「そうね」
 と、女はこたえた。
笑って、いるのだろうか?
「それだけじゃないんだろう?用件は」
Aが初めて口を開いた。
「相変わらず、カンがいいのね」
「で、なんだ?」
 険悪な雰囲気など、微塵もない。
この四人の間には、信頼以上の何かがある。
「クローバーを、召集したいのよ」
 沈黙が広がった。
三人の男は、それぞれに考えをめぐらす。
「そこまでする必要はないだろう」
最初に口を開いたのはA。
「あら、あくまで次の作戦用、にですけど」
「オレじゃ、信用ならないか?」
「スペードは切り札よ」
「切り札は別にあるだろ」
Jが皮肉を込めて、Qに言った。
「まぁ、待て」
と、リーゼントの男が止めた。
「クローバーは、召集しておこう」
「ご理解いただけて、うれしいですわ」
「ただし」
Qが頭を下げると同時に、男が言った。
「今度の作戦の後に、だ」
「わかりました。K(キング)」
それだけ言うと、Qは、部屋を出ていった。
「A?」
「何だ?」
「あんたは、せいぜい不測の事態にそなえておいてくれ」
「あぁ」
スペードのJも、部屋を去っていった。
「K」
「なんだ?」
「酒でも、飲むか?」
「・・・そうしよう」
数分後、この部屋にグラスを交わす音が響いた。

「だ・か・ら・・・」
「おかしな人だなぁ・・・」
 おかしいのはそっち!と、思わずパステルは叫びそうになった。
が、それものどの奥に押し込める。
 彼が、いまだに微笑んでいるがために。
「もう・・・」
 話は、遅々として進んでいない。
あれから三十分、依然、この二人はかみあわない会話を続けていた。
「もう一回言いますよ!ここは天国でも地獄でも、死後の世界でもなくって、ちゃ〜んと人が生きている、ロンザ国のシルバーリーブ村近くのズールの森です」
「だから、そこ、どこです?」
「ここです!!!」
 息を荒げるパステル。
三十分間、ずっと叫びっぱなしなのである。
「おっかしいなぁ・・・たしかに死んだと思ったんですけど・・・」
「はぁ?」
「こんなところ、見たこともないし・・・」
「じゃあ、どうやって来たんです?」
「いえ、あぁ、死ぬんだな、って思ったら・・・」
「あなた、いったい・・・」
と、パステルが問いかけた、その時だったか。
「パステル!!!」
 後ろから、声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにキットンの姿。
 続いて、クレイ、ルーミィ、シロちゃん・・・。
「みんな・・・」
 ヘタヘタと座り込むパステル。
彼女は、自分が迷っていることなど、すっかり忘れていたのである。
「よかった・・・見つかって・・・」
「とりあえず、早く戻ろう」
 クレイがパステルの手をとる。
連れだって歩いていく、六人と一匹。
 それに気付いた、パステルとクレイ。
「あのさ、クレイ」
「あのさ、パステル」
 同時に呼ぶ二人。
それに気付くか気付かないか、二人は、また同時に言った。
『この人、誰?』
 パステルが指した先にはグランが。
そして、クレイが指した先には、あの男が立っていた。


<陸>─スベテノハジマリ─

          ココハドコ
       ドウシテワタシハイルノ?
          ドウシテ?
          ナ ン デ

         サケビガキコエル
        ゼツボウノ、サケビガ
          モウスグダ
       モウスグ、オワリニスルカラ
          ス ベ テ

         キボウガウマレタ
            マタダ
          ケド、ジブンニハ
           トワニコナイ
          ゼツボウガウマレタ
             ダカラ
          ボクハミトドケルヨ
            ゼ ン ブ

「今─」
「そう、か」
 いつからだろう。
自分が、こんなにつらいと思い始めたのは。
「はやく、しないと」
「慌てるな」
「わかってる、けど─」
「おまえが失敗すれば─」
 いったい、なんの会話なのだろう?
二人だけの会話、二人だけの意志、二人だけの時間─
「・・・歯痒いな」
「しかたがないさ」
「おまえは、いいよな」
「なぜだ?」
「見届けられるから」
「バカなことを・・・」
 男─Aの方が、溜息をついた。
もう一人の男─Kは、コップをあおった。
「おまえが死ねば、オレはいない」
「どういう理屈だ?」
「そういう理屈だ」
 Aも、コップをあおる。
彼らのコップの中にあるのは、酒。
 それも、素人なら一発で昏倒しそうなシロモノだ。
「今回の計画は─」
「あぁ、失敗するワケにはいかねぇ」
「A計画、か」
「ふざけた名前だが、仕方がないだろうな」
「あぁ、なんせ、ターゲットの頭文字だから─」
 Aの言葉を、真面目にうけるK。
そして、Kは、言葉を追加した。
「この、アンダーソン一族追放計画だけは─」

「そういえば、ボクもあなたたちの名前、知りませんよ」
と、クレイたちを案内した男─グランが、にこやかに言った。
「それに、名乗るのは自分から、が礼儀でしょ?」
と、パステルと話していた男も、グランに賛同するように言った。
「オレの名前は、クレイ・S・アンダーソン。で、こっちは・・・」
「ノイ・キットンです。よろしく」
とりあえず、ペコリと一礼。
「で、こっちがルーミィにシロ」
クレイが変わりに紹介をする。
「よろしくだおう」
「わんデシ」
と、一応犬のフリをするシロちゃん。
「わたしは、パステル・G・キングです」
 最後にパステル。
男二人は、同時にうなずいた。
「随分、変わった名前ですね」
パステルと話していた男は、その後に首をかしげる。
「そうでしょうか?いい名前だと思いますけど・・・」
グランは、二度、さらに頷いた。
「で、あなたたちは?」
今度はパステル。
「あぁ、では、改めて・・・」
 と、グランは全員が見える位置に立った。
そして、クレイたちに言った時と、同じように言った。
「グランです。よろしく」
「よろしく・・・」
 差し伸べられた手。
それを、握るパステルは、あることに気がついた。
─手袋!?─
 今は、二月も終わりかけている。
と、すれば、寒がりなのだろうか?
「で、あなたは?」
 と、クレイが、もう一人の男の方を向いた。
そこであらためて、はっきりとその男の顔を見たクレイ。
 彼の顔。
まるで、子供のような微笑みが─
 そこに、ある。
「私の─」
 男は、そこでためらった。
─果たして、いいのだろうか?─
 ここで、自分の名前を名乗って。
彼らが、この名前を知っていたとしたら?
 そしたら、自分は─
おそらく、見捨てられるのだろうか?
 この場で、殺されるかもしれない。
「私の─」
 ためらいながら、もう一度呟く。
─いいんですか?─
「私の─」
 彼らは、私の言葉を待っている─
私は、それにこたえようとしている─
─本当に、いいんですか?─
「私の、名前は─」
─いいん、ですよね─
 いつの日かの記憶。
あの人の後ろ姿が、振り向いてくれた。
─いいんだ─
 そう、頷いてくれたような気がした。
もし、私の目の前で、本当にやったのなら─
─似合いやしない─
 などとからかうのだろうか?
けど、二度と─
 そうすることは、できない。
だから─今は素直に従います。
「私の名前は─」
 何回、同じ台詞を繰り返したんだろう?
けど、彼らは文句一つ言わず、黙っている。
 そして、私は。
言葉を続けた─
「沖田総司です」


<漆>─集合─

「ったく・・・」
「ゴメン・・・」
「あぁ〜あ、無駄な時間をくっちまった」
「ホント、ゴメン」
森を抜け、街道に出たパステルとトラップのやりとりが、これ。
「さってと、早いトコ行くか」
「その前に、トラップ。ちょっと・・・」
「なんだ?」
振り返るトラップ。
「紹介したい人が、いるんだけど・・・」
「あぁ、そういえば・・・」
 と、トラップはノルを見た。
彼は頷き、黙って立ち上がる。
「オレらもさ、ちっと、拾っちまったモノ、あんだ」
「なんだ?」
「そっちは?」
顔を見合わせる二人。
「じゃ、クレイ、先に・・・」
「あっ、あぁ」
 と、後ろの方に目をやるクレイ。
すると、横をグランが通っていった。
「はじめまして、グランと申します」
 前の二回と同じく、ペコリと頭をさげる。
どうやら、これが彼の流儀らしい。
 パステルだけに握手を求めたのも、彼の流儀か。
「で、こっちが・・・」
「自分でやりますよ」
と、前に出てきたのは─沖田総司。
「はじめまして、沖田総司です」
今度は、ためらいもなく、名前を告げる。
「はぁ!?」
聞き取りにくそうに、耳を傾けるトラップ。
「ですから、沖田総司です」
「・・・起きたら掃除?」
 ボソッと呟いたその言葉に。
さまざまなつっこみが入ったのは、言うまでもない。

トラップとノルの紹介も、一通り終わった、
「さ、て。で、そっちが拾ったモノって?」
 ところで、クレイがトラップたちに聞く。
すると、トラップとノルは、首をかしげた。
「それが・・・」
「子供、拾った」
『はぁ!?』
その言葉に、クレイ、パステル、キットンの三人は、声を出す。
「はぁ?」
 少し遅れて、ルーミィ。
彼女の場合、もちろん口まねである。
「ノル」
「あぁ」
 短いやりとり。
そこで、ノルは、荷物の置いてある所に歩み寄る。
 すると、彼らから見えない死角の場所から、子供を抱えてきた。
栗毛の女の子が、眠っている。
「いったい、なんで・・・」
「すみません・・・」
 と、ここで、邪魔が入った。
全員、すっかり忘れていた、乗り合い馬車。
「あっ・・・」
「待っててくれたんだ・・・」
「はい、それが仕事ですから」
と、お茶目に敬礼。
「とりあえず、シルバーリーブに行こう。話は、馬車の中でもできるし」
と、クレイがしめる、が。
「定員オーバーだぜ」
 トラップが、指摘する。
事実、この馬車は元々六人乗り。
 ルーミィやシロが小さいからといっても、ノルが乗っているため、普通の六人と対して変わりはない。
「じゃあ、ボクは御者台の方に座りますよ」
 と、グラン。
彼は、すぐさま、御者台の方に向かう。
 そんな彼に続き、次々と馬車に乗り込む六人と一匹。
最後、トラップが栗毛の女の子を積み込み、彼は気がついた。
 総司が、ただ立っていることに。
「どうした?」
「いえ・・・」
 彼は、考えていた。
これから、どうすればいいのだろう─
 今までは、あの人達について行った。
子供の頃から、ずっと。
 けど、もう、彼らは、いない。
自分は、どうすれば─
「早く乗ったらどうです?」
御者台の方から顔をのぞかせている、グランが言った。
「いや・・・でも・・・」
「こっちは開いてないから、御者台の方に行ってこい」
トラップが、ドアに手をかけながら、総司に言う。
「しかし・・・」
「早くしろよ」
それだけ言って、トラップはドアを閉めた。
「だ、そうですよ」
「けど・・・」
「何をためらっているんです?」
 グランと総司の目があった。
彼らは、見つめ合う─
 一人は、思った。
─不思議な瞳をしている─
 一人は、思った。
─不思議な笑顔をしている─
「じゃあ、遠慮なく」
「どうぞ」
 総司は、グランの手を借りて、御者台に上った。
彼の手には、刀がにぎられている。
「それじゃあ、気をつけてくださいね」
 三人並んで御者台に座っているのだ。
両サイドの─グランと総司─は、ギリギリの所に座っている。
「困るんですよ」
 グランが、呟いた。
それは、誰に聞こえるでもなく、風に溶けていく。
「あなたに、来てもらわないと」
 森を見つめたその瞳が。
不思議に輝いた。
 彼は、髪を掻き上げる。
黒い手袋のしてある─右手で


<捌>─猪鹿亭会談(1)─

「あら、また、面倒ゴトに巻き込まれた?」
 猪鹿亭についたパステル達を出迎えたリタ。
そして、彼らを見た第一声が、これだった。
「また?」
グランが、首をクレイに向ける。
「なんでもないです」
 懸命に否定するクレイ。
グランは、どっちに納得したのか、一回だけ頷いた。
「じゃ、席につきますか」
 トラップが、先頭に立って、猪鹿亭最高の大きさのテーブル、十人用に座る。
幸い、馬車が遅れたこともあって、時刻は昼と夕方の間の半端な時刻。 
 店はすいている。
「事情は、だいたい聞いた」
全員が席に座ったのを確認し、トラップがきりだした。
「質問したいコトが、いっぱいあるんでな」
「へぇ、誰にです?」
とぼけた顔でグラン。
「おまえだよ、そのうちの一人は!」
むきになって言い返すトラップ。
「何ですか?」
「なんでおまえは、ズールの森のあんな奥深くの、木の上で眠ってたんだ?」
「何で知ってるんです?木の上で眠ってたこと」
「クレイから聞いたんだ」
「ふぅ〜ん」
と、あくまでグランは知らぬ素振り。
「おい」
「なんです?」
「質問にこたえろよ」
「あっ、迷い込んだからです」
「なんでズールの森に迷い込むんだ?」
「なんででしょうね?」
「そもそも、おまえ、何者だ?」
 思いついたように、トラップが聞いた。
そこで、全員が気がついた。
 誰も、彼のコトを知らない。
「遊び人ですよ」
「はぁ?」
「親が金持ちで、私はそんな親の金を使って遊んで廻る放蕩息子」
 納得がいかない、という表情のトラップ。
だが、それ以上問いつめることもできない。
「じゃあ、次、そう・・・」
 と、トラップが総司の方向を見たまま、絶句した。
自然、彼に視線が集まる。
「あの、なぁ・・・」
「なんですか?」
「どうして椅子の上で、あぐらかいてんだよ」
そう、総司は椅子の上であぐらをかいていたのだ。
「こっちの方が、落ち着くんですよ」
と、総司はあぐらを崩さない。
「まぁ、いいけどな・・・」
と、いいながらも、多少納得いかない様子である。
「おまえは、誰だ?」
 先に、そっちから聞いた方がてっとり早いだろう。
そう、トラップは考えた。
「沖田総司です」
「いや、おまえは、なにをやってるのか、だ」
 ドクン・・・
その時、総司に緊張が走った。
─この人たちは、知っているのだろうか?─
 馬車、と呼ばれるモノで、ここまでやってきた。
まったく見たことのない、不思議な乗り物で。
 その時、まわりに広がった風景─
地の果てが、この目に見えたとき─
 森を抜けますよ、というグランの言葉に、半分眠っていた自分の目が、少しだけ開いてきた。
そして、次の瞬間、眠気そのものが去っていった。
 ここは、おそらく自分が住んでいたトコロではない。
そう、実感したのだ。
 なら、言ってもいいのだろうか─
そんな自分に、歯止めがかかる。
「武士です」
「はぁ?」
 聞き慣れない言葉に、全員が首をかしげる。
すると、ここでクレイが口を開いた。
「それは、どういう仕事なんですか?」
「まぁ・・・」
 ふと、考える。
いつもあの人たちが言っていた言葉を、平たく言えば・・・。
「ようするに、自分より上の人たちを守るために戦う、ってとこですかね」
 上とは、将軍、戦う相手は、志士たち。
今頃、あの人は─まだ、戦っているんだろうな。
 ふと、そう思った。
「騎士、のことかな?」
クレイが、眉をひそめながら、呟いた。
「あぁ、たぶんそれですよ!」
 キットンも同意。
すると、他の全員も、納得する。
「まぁ、そっちが納得できたのなら、いいんですけど・・・」
と、総司が言った時。
「注文、決まった?」
『あっ』
みごとに、一部を除いた全員の言葉が重なった。


<玖>─猪鹿亭会談(2)─

「私、B定」
「オレ、A定ね」
「はいはい、Bに、A・・・っと」
 リタが、次々に、注文をとっていく。
ちなみに、A定は、ミケドリアのコショウ炒め、B定はパウマ(小魚の一種)のフライ。
 男性陣は、全員A定、私とルーミィがB定。
そうそう「肉は食えない」という総司は、B定にしてもらってるんだ。
 ちなみに、シロちゃんは、外でお食事。
すぐに、帰ってくるらしいけど。
「じゃっ、待っててね」
 そのまま、奥の厨房に引っ込むリタ。
奥の方から「A定五つ、B定三つ」って言葉が聞こえてくる。
「で、最後に残ったのが・・・」
「この子、か」
 と、全員の視線が集まる。
視線の先にいるのは─あの、栗毛の少女。
 服が見つからず、仕方なく、ルーミィの服を着ている。
それでも、かなり小さい。
「どうしよう。親、捜しようもないし・・・」
「捜し出したって、どうせウチの子じゃありません、って言われるのがオチだぜ」
「くやしが、トラップの言うとおりだなぁ・・・」
 クレイも、頭を悩ませる。
と、その時、意外な人が名乗りをあげた。
「ボクが預かりますよ」
 と、言い出したのはグラン。
いきなりのコトに、全員が目を見開く。
「・・・なんて顔してるんです?」
「いや、以外だな、って思って」
「そんな・・・第一印象だけで、人を決めつけないで下さいよ」
 プッっと頬を膨らませるグラン。
その仕草があまりにも可愛らしかったため、全員が笑い出した。
「失礼な・・・」
「ゴメン、ゴメン。でも、以外だな」
「さっき言ったけど、親、金持ちだから、余裕あるんだ。あなたたち、冒険者でしょ?だったら、子供を世話しながら、旅するわけにもいかないでしょうし」
「じゃあ、よろしくな、この子」
 と、クレイがポンポンと、その子の頭を叩きながら言った。
そして、ふと、気がつく。
「そう言えば、この子・・・」
「どうしたの?」
「声、聞いたこと、あるか?」
全員が、ふと、沈黙におちいった、その時。
「ほら、できたよ」
 次から次に、ドンドンとお皿をのせていくリタ。
その言葉を、誰もが忘れたように、全員がその皿の上に注目した。

「ダイヤが、シルバーリーブに到着したようです」
「そう、か」
「第二のターゲットが到着するのは、おそらく三日後です」
「そう、か」
同じように頷く男─K。
「あらゆる可能性を考え、一応、Jを動かしたいのですが?」
 ジャックではなく、ただJと発音した。
その言葉の意味は、如何に?
「あぁ、黒の方を、戻していいぞ。なんなら、白も」
「白の方は、使いませんよ」
「だろうな」
 Kと会話をかわしているのは─Q。
この室内には、二人しかいない。
「そういえば」
「なんでしょうか?」
「人数が、増えている、と聞いたが」
「早いですね」
「スペードのJ(ジャック)が、少し前に来た」
「おしゃべり・・・」
溜息をつく、Q。
「身元の調査を急いでいます」
「早く頼むぞ」
「ご心配なく」
「Qの調査なら、三日以内にわれるだろうな」
 聞き耳をたてていたのだろうか。
言葉を発しながら、スペードのJが、室内に入ってきた。
「こんにちは、おしゃべりさん」
「ひでぇなぁ」
 両手を上げながら、Jは、Qの横に歩み寄る。
と、同時に、Qは、扉に向かった。
「おい」
「調査が、ありますので」
 一礼してから、外に出るQ。
室内に残されたのは、KとJだけ。
「相変わらずだな」
「変わらないよ、これだけは」
 溜息をつきながら、Kの横に歩み寄る。
彼は、机の上にある、ビンを左手でつかんだ。
「ないぞ、もう」
「・・・本当だ」
 ビンを逆さにし、たしかめるJ。
仕方なく、それをまた、机の上に乗せる。
「Aと飲んだのか?」
「あぁ」
 ここで、一つの疑問が浮かぶ。
今日、KとAは、酒を飲みかわしたのだ。
 同日、Qからの報告。
クレイたちが、総司たちと会って、まだ一日も経っていない。
 つまり、その間に、調査が行われ、報告がされた。
あまりにも、短いこの時間の間。
 あまりにも、短すぎる。
「ったく・・・楽しみにしてたのになぁ・・・」
おもいっきり背伸びをするJ。
「カリ一な」
「覚えておく」
と、Jは、ドアに歩いていった。
「そうそう・・・」
左手を、ドアノブにかけ、Jは止まる。
「今回の作戦、成功すると思うか?」
「失敗する要素が、どこにある?」
「一つ、あるんだよな」
Jは、扉を開けた。
「なんだ?」
「オレのカン」
「怖いな」
「だろ?」
 それだけ言って、Jは出ていく。
後に残されたのは、K。
「怖いな、それは」
言葉が、闇に消えていった。


<拾>─嵐の予感─

 馬車が、道を走っていく。
この前乗った乗り合い馬車より、一回り大きい馬車。
 わたしたち以外にも、旅人の服装をした人が二人乗っている。
あれから、五日が経った─
 三日前、グランと別れる。
あの、少女と一緒に─

「いやぁ、楽しかったですよ」
「オレたちも」
 グランとクレイが、軽く握手をかわす。
その後、ノルとも握手をかわしたグランは、栗毛の少女を抱えた。
「この子も、結局一言も喋らないしなぁ・・・」
「なにか、あったんでしょうね」
抱え直し、グランはキットンの言葉に耳をかたむけた。
「おそらく、ズールの森で、なにかが、あったんでしょう。そのショックで、しゃべれなくなったか・・・」
キットンの説明が終わったところで、御者さんが「そろそろ・・・」と言う。
「もう時間ですので・・・」
「それじゃあ」
 と、総司も手をさしのべる。
彼の場合、前の二人のまねである。
「どうも・・・」
 お互い、握手をかわす。
クレイだったら気付いただろう、竹刀ダコでゴツゴツとした総司の手に。
 トラップは、気付いているだろう。
彼が、自分たちと過ごしている間、一度も手袋を外さなかったグランに。
 そのどちらも、何を示すかはわからないだろうが。
「それじゃあ・・・」
「またね」
 馬車に乗っていくグラン。
そして、彼が言い残した言葉。
 何の根拠もない、けど、確信を持っている、その一言。
「また、会えますよ」
 その後、まだ言葉を続けていたグランの口。
だが、それがわたしたちの耳に届くことはなかった。

 そして、その翌日。
わたしたちが、待ちに待った、あれ、がやってきた。
「ありがとうございます・・・」
「いえ、助けてもらったのは、こちらの方ですので・・・」
 と、頭を下げたのは、キスキン国の使者。
そう、待ちに待った、お金─百万ゴールドがやってきたのだ。
「それで、こちらが勲章です」
 代表として、クレイが受け取る。
あんまり大々的にやってもらうのもあれだし、こうやって、密かにみすず旅館の台所で、全部受け取った。
 もうちょっと、マシな場所で、やればよかったなぁ・・・。
「へぇ、あなたたち、すごいんですねぇ・・・」
 と、その全てが終わったとき、総司が口を開いた。
彼は、その間・・・公園に行っているのだ。
 彼が、わたしたちと会って、その日で三日。
その間、いろいろと質問をしていたわたしたち。
 けど、
「んなもん、全部ナシだ。こいつがここにいる、それでいいんだよ」
 って言う、トラップの言葉で、わたしたちの質問は、打ち切られた。
けど、その後は、トラップもかなり呆れたみたい。
 まず、最初に起こった問題─彼が、ナイフとフォークも、スプーンも使えない、ってコト。
猪鹿亭で注文したB定、パウマのフライ。
 小魚を食べるときも、いちいち「これ、どう使うんです?」と、フォークを、取っての方を先に出して、聞いてきた。
さらに、その付属品─コンソメスープ。
 スプーンを手に、どこをどう四苦八苦しているのだろうか?と言わんばかりに、スプーンをあらゆる角度から、なめるように見て・・・。
で、結局「これ、どう使うんです?」と聞いてきた。
 それでも、トラップの言葉のため、彼のコトを聞くに聞けない。
話がずれたね。
 そう、彼が公園に行っている理由。
それは─子供と遊ぶため。
 猪鹿亭からみすず旅館に帰り、休んだわたしたち(その時にも、お風呂のコトとか、服装のコトとか、いろいろとあった)
翌日、ノルとルーミィとシロちゃんが遊びに行ってるのを見て、彼もついていって。
 そして、夕方、猪鹿亭に行こうと思って、彼らを呼びに言ったわたしは、思わず絶句した。
だって、彼のまわりに、まったく知らない子供たちが集まっていて・・・。
 楽しそうに、キャッキャキャッキャ遊んでいるんだもん。
その中に、ルーミィもシロちゃんも入っていて、ノルはニコニコとそれを見守っていた。
 なんとも微笑ましい風景に、思わず一分くらいみとれていたくらい。
その次の日も、子供たちと遊んで・・・。
 で、その日も、遊びに行っていたわけだ。

「寂しい?」
「また帰って来るんでしょう?だったら、いいですよ」
 ふと思い出して、総司に聞いてみた。
彼は、その言葉の意味を理解したらしく、すぐにこたえてくれた。
「それに、服もほしいですし」
 と、彼は自分の服装を見てみた。
言っておくけど・・・全然似合ってない。
 だって、サイズが近いからって、トラップの服を着てるんだよ?
彼はもうちょっと、シンプルで、ピシッとした格好が似合うと思うんだけど・・・。
 そうそう、そういえば、まだ、言ってなかったよね。
今、わたしたちは、エベリンに向かっている。
 お金に余裕ができたから、とりあえず、生活必需品を買ったしたい、と思って。
マリーナの店で、総司の服も買ってやりたいし。
「森、抜けた」
 ノルが、口を開いた。
前方には、ズルマカラン砂漠が広がっている。

「ターゲットが、移動したようです」
「なんだって?」
Kが顔をしかめる。
「どこに?」
「おそらく、エベリン」
Qの報告を聞き、Kは顔をしかめる。
「まずいな・・・」
 口を開いたのは、壁に背をあずけていたA。
彼は、ルービックキューブをといている。
「どうします?」
「そう・・・だな」
 Kは、考えをめぐらした。
左手で、机をトントンと叩きながら。
 左手にはめてある手袋のせいで、音が少し無機質に響く。
「すまないが・・・」
「なんだ?」
「ダイヤを、そのままエベリンに移動させてくれ。そして─」
 Kから、ある作戦が、言い渡される。
それを、受けたQ。
「わかりました。決行日は?」
「自由だ。そのかわり、決行するときは、黒をつけておけ」
それを聞くと、Qは外に出ていく。
「随分と、慎重だな」
「まぁ、な」
そう言って、Kは溜息をつく。
「スペードのJから、言われた」
「なんだ?」
「今回の作戦は、失敗するだとよ」
「根拠は?」
「カンだとさ」
 フッっとAが笑う。
彼は、完成したルービックキューブを、机の上に置いた。
「なるほど、それは怖いな」
「オレも、そう思う」


 2000年3月1日(水)21時58分〜3月17日(金)20時31分投稿の、誠さんの長編小説「うたかたの風」(1)です。

「うたかたの風(2)」にいく

「誠(PIECE)作の小説の棚」に戻る

「冒険時代」に戻る

ホームに戻る