─第二章 転がるコイン・1─
あれから一週間が経った。
あの後、帰ったクレイに待っていたのは、あのじいさんの説教かなんだかわからん怒鳴り声、だったそうだ。
一応「女性を救うことは尊いコトじゃ」とかなんとか、誉め言葉もあった、とはクレイは言ってたけど・・・。
あいつの顔を見て、それがなんの効果も示していないことがわかった。
で、その一週間、マリアは家に泊まってる。
どんな生活をしてるかっていうと。規則正しく朝起きて、どっかにふらっと出かけた後、また昼、夕とメシ時だけに帰ってきて、風呂に入って、で、寝る。
起る時間も、帰ってくる時間も、アイツの中のスケジュール、一分たりとも狂っていねぇかんじだ。
時々、本を持って帰ってくることもあるが、翌日には全て読んでる。
一度、のぞき見たことがあるんだけどなぁ・・・。
なんか、哲学的な言葉がずら〜って並んでてよ。
すぐに目をそむけた。
その間、オレは、毎日修行。
クレイは、一日二回は、家に様子見に来てた。
あの頑固者のじいさんも、こればっかりは黙認してるみてぇだ。
一度救った人間を、最後まで守り通す。
ようするに、騎士道精神がクレイに芽生えたこと。
それを、喜んでるくらいみてぇだし・・・。
話がちっと脱線したけど・・・。
親父たちは、明後日に帰ってくる予定。
まっ、その時にちゃんとした身の振り方を決めるつもりだと。
クレイは言っていた。
なぁ〜んであいつが決めるのか?って疑問もあるけど。
まっ、本人が気付いてないんだから。
気付くまで、オレは待ってるつもりだ。
「そういや・・・」
「なに?トラップ」
オレは、ふと、マリーナを見た。
「あいつ、本当に家族とかいねぇのか?」
「・・・さぁ」
「ふつーだったら、今頃、捜してます、の貼り紙が出てるはずだよな」
「うん」
町の中央、乗り合い馬車乗り場、それに出入り口。
この場所には、掲示板があって、んで、そこにいろいろと貼り紙が出されている。
今日、オレが見たのは指名手配の貼り紙と、最近起こってる通り魔の紙。
指名手配の方は、前から世間をにぎわしている大盗賊団に対して。
下っ端の証言で、一部の幹部の身元が判明。
んで、似顔絵の方も、その親族とかから聞き出し、それが張り出されていた。
通り魔の方は、夜、出歩いている冒険者が、鎧ごとすっぱり斬られてる、って話だ。
剣とかじゃ絶対不可能だから、たぶん魔法だとか。
まっ、どちらもエベリンの話で、こっちにゃ関係ないが・・・。
で、その掲示板。
もちろん、さっき行った通称『捜してます』の紙もある。
だいたいは、ペットの話(でも、こっちは町内だけ)
人の方は、エベリンでの人捜しなら、ここくらいまでは来る。
ってコトは、あいつはそれよりも遠くから来たのか・・・。
「そんなコトは、ないと思うけど・・・」
「まっ、とりあえず、決着は明後日、か」
それで、マリアの方も納得はしている。
この時、オレたちはまったく知る由もなかった。
その明後日が、それまでの人生、最悪の日になるだなんて。
「はぁ・・・」
何度目の溜息だろう。
マリアを助けてから、溜息をつく回数が増えてきた。
彼女のせいではない。
そう、あの二人の兄に、だ。
トラップの家に行くたびに、
「サラはどうするんだよ、浮気者」
とか
「いいねぇ、若いってのは」
なんて、いちいち言ってきて・・・。
今日、出かける時にも、いろいろ言われたんだよなぁ・・・。
こんなに憂鬱になるくらいなら、行かなければいいんだ。
けど・・・そうもいかない。
なんでだろうな。
やっぱ・・・自分の血のせいなんだろうか?
「あ、れ・・・」
さっき、角を曲がったのは・・・。
「マリア!」
小走りに駆け出す。
でも、マリアは止まる気配もない。
「マリア!!」
もう一度叫ぶ。
今度は、マリアは止まった。
けど、こちらを振り替えりはしない。
「マリア、どうしたんだ?」
「どうしたんですか?」
振り向くマリア。
─あ、れ?─
違和感を感じるクレイ。
これは、たしかにマリアのハズだ。
声だって、その容姿、服さえも。
それなのに、なにかが違う。
「マリア、また散歩やってるの?」
「そう、まだ散歩が趣味なのね」
他人事のような台詞。
いや、それとも少し違う。
まるで、知ってる誰かを物語っているような・・・。
「ユリア?」
マリアの声が、後ろの方から聞こえてきた。
「マリア!?」
振り向いたそこにも、マリアがいた。
そして、自分の目の前にいるマリアが、口を開く。
「久しぶりね、姉さん」
─第二章 転がるコイン・2─
「えっ・・・?」
首をかしげるクレイ。
彼を挟んでいる二人の女性を見ながら。
二人とも同じ顔をしている。
一人は笑顔を、一人は驚愕の表情を浮かべているが。
「あっ・・・あぁ」
気まずい沈黙を吹き飛ばすようなクレイの声。
「マリア、この人、姉妹なの?」
頷くこともなく、マリアは呆然と立ちつくしている。
「どうした? 紹介して・・・」
マリアの肩に手をかけて、始めてクレイは気がついた。
彼女が、震えているコトに。
「ユリア・・・どうして?」
「姉さんに会い来たの。捜したわよ、とても」
相変わらず笑っているユリア。
クレイは、その笑顔もマリアに似ている、と思った。
どこか違うと、否定している自分を知りながらも。
「前に会ったのは・・・エベリンだったから、だいたい半年ぶりかしら」
「・・・そうね」
覚悟を決めたようにマリアは頷く。
無理矢理喉を湿らせ、クレイの腕を強く握りながら。
「クレイ、紹介するわ」
「マリアの双子の妹の、ユリアです」
マリアの言葉の後に続けて、ユリアがいう。
再び起きたしじまの後に、ユリアが再び口を開く。
「何度も自殺しようとしたでしょ」
「えぇ」
否定することなく頷くマリア。
「けれど、死ねなかった」
「あなたが殺してくれないから」
「だって、姉さんに死なれたら困るんですもの」
ユリアが笑う。
「ホント、自分勝手にやられてこまっちゃう」
寒気を感じたクレイが一歩退いた。
ユリアの表情が変わったのだ。
その笑顔は変わらぬままに。
「ところで、そちらの方は?」
「クレイよ。私を助けてくれた人」
「へぇ・・・いい男ね」
無造作にクレイに近づくユリア。
別にユリアを敵視しているワケではない。
それでも、クレイはユリアが近づくにつれ、一歩ずつ退かなければならなかった。
「私がもらっちゃってもいいかしら」
心臓の鼓動が早くなる。
鼻をくすぶるいい香り。
そう・・・マリアを拾った時、嗅いだ匂いだ。
「それで、ユリア。何の用なの?」
二人の間に割ってはいるマリア。
楽しそうに笑うユリアは、マリアの耳元に口をやる。
「いい加減戻ってきてよ。姉さん」
「イヤよ」
「強情ね」
溜息をついた後、ユリアは踊るようにマリアから離れる。
「それじゃあ・・・こっちも強くいこうかしら」
「えっ?」
クレイとユリアの目線が合う。
そして、ユリアが再び笑う。
『風よ ユリアの名の下に命ずる 汝は鋭利な刃物と化し 我の目の前にいる障害を切り刻め』
風が飛ぶ。
身構えたマリアの横をすり抜けて。
それは、クレイの肩を、腕を切り裂いていく。
「なっ・・・」
「クレイ!」
倒れるクレイ。
マリアは慌てて抱え込む。
「大丈夫よ。手加減しておいたから」
人を傷つけたという罪悪感のかけらもない、といったかんじ。
「けれど、今度は殺しちゃうかもね」
指をなでながらユリアは呟く。
「ユリア!」
マリアはユリアを睨み上げる。
クレイの角度からは、その顔は見えない。
「怖いわね、姉さん。あの時みたい」
楽しげに笑うユリア。
風が、吹き荒れる。
予感がした。
─第二章 転がるコイン・3─
風が荒れ狂う。
二人の間、その周りさえも巻き込んで。
不規則に、強く、まるで生きているように。
風が、己の力を誇示するかのように。
「じっとしててください」
クレイをそっと地面に下ろし、マリアは立ち上がった。
マリアを掴もうとのばしたクレイの右手は、力無く地面に落ちる。
マリアが、クレイの手をはじいたのだ。
『風よ』
流石は双子と言うべきか。
まったく同時に詠唱が始まる。
『ユリアの名において命ずる』
『マリアの名において命ずる』
同じ声、同じトーン、同じ詠唱。
二人をうずまく風が、少し強くなる。
『汝は我が手中に集え』
『汝は我が目の前に集え』
違う詠唱。
それにリズムを狂わされたかのように、風はますます不規則になる。
『塊となりし汝は、我が目の前の敵を押しつぶせ』
『汝は我に害をもたらす風を防ぎたまえ』
二つの風がぶつかる。
立ち上がりかけたクレイは、その風圧に耐えられず、倒れる。
「・・・さすがは双子、ってトコかしら?」
「そうね」
マリアの右頬から血が流れる。
同じような血が、ユリアの右頬からも流れている。
「まわりが騒ぎ出しそうね」
「そうね」
ざわつくドーマの町中。
先程からの二人の攻防は、明らかに町中を巻き込んでいる。
「じゃっ、私はこれで失礼するわ」
大きくのびをするユリア。
彼女は髪をもてあそんだ後、クレイに手を差し出す。
「姉さんをよろしくね。かわいい騎士ちゃん」
そのては クレイの頭をなで、そのままマリアの頬をさわる。
「ケガは、ちゃんと治ささなくっちゃね」
右頬をなぞる指。
それは、マリアのケガを治していった。
「治療終了!」
くるりと一回転。
踊るような足取りで、二人から遠ざかるユリア。
「・・・どうするの? ユリア」
「とりあえず、今日はこのまま去るわね」
「それから?」
「しばらくドーマ観光。いろいろ見てみたいんだぁ」
普通の姉妹の会話に見える。
ユリアは明るく笑っているが、マリアの顔は固い。
「それが終わってから、あなたを迎えに来るから」
「私は行かないわよ」
ふと、ユリアの顔にも陰りが見えた。
「どうしても?」
「前から言ってるでしょう?」
溜息をつくユリア。
「それじゃあ、その坊や、殺すよ」
「あなたがそう言うたびに、私がどうして来たか、覚えてるでしょ?」
腕を組み、頭を下げて深く考えるフリをするユリア。
しばらくして上げた彼女の顔は、明るく輝いていた。
「じゃあ、その坊やは殺さない」
明るく笑うユリア。
「本当に?」
「本当よ」
何度も頷き、ユリアはホントよと言い張る。
訝しそうにユリアを見つめるマリア。
じゃね、と手を振って去ろうとするユリアを、クレイが止めた。
「どうしたの?」
ユリアの手を握り、離そうとしないクレイ。
女の手を握っているという自覚よりも、彼女を止めているという行為の方にしか気がいっていない。
「あなたは・・・なんなんですか?」
「マリアの双子の妹よ」
「そんなことを聞いているんじゃない!」
怒鳴るクレイ。
両耳を人差し指で塞ぎ、彼女は片目でクレイを見上げる。
「なんの目的で、彼女を・・・」
「必要だからよ」
軽く言い放つユリア。
「必要?」
「そう、必要なの」
コロコロと笑うユリア。
器用にクレイの手をはずしたユリアは、すぐにクレイから離れる。
「あなたも、よく姉さんをかばっているわね」
「何?」
「親殺しの女なんかを」
「・・・えっ?」
笑いながらユリアは走り去っていく。
しばらく呆然と立っていたクレイ。
彼の肩を、叩いたマリアは、ただこれだけ呟いた。
帰りましょう、と。
─第二章 転がるコイン・4─
「へぇ、そんなおもしれぇことあったんだ」
「おもしろくない!」
トラップの部屋にクレイの声が響く。
椅子の上に座っているトラップは、身を縮める。
クレイが全て、トラップに話したのだ。
ユリアと会ったコト、その時のマリアの慌てぶり、彼女たちの戦い、ユリアが残していった言葉、そして・・・。
─親殺しの女なんか─
その言葉が頭をよぎる。
「それで?」
「それで、って・・・」
「おまえがそれをオレに話した理由」
言われてクレイは、首をかしげた。
溜息をついて、トラップは椅子の背にもたれかかった。
「オレになにをしてほしいんだ?」
「なにをって・・・」
口ごもるクレイ。
この鈍感が、と言い放った後トラップは席を立った。
「トラップ!」
「わあってるって!」
ただそれだけを言い放ち、トラップはドアを閉めた。
「ってワケらしいんだ」
「ふぅん・・・なんか様子がおかしいと思ってたら・・・」
髪をもてあそびながら、マリーナは事なげもなく言う。
トラップはマリーナをのぞき込む。
トラップが全て、マリーナに話したのだ。
クレイから伝え聞いたこと、全部。
「それで?」
「わかってるだろうが」
ベーッと下を出すトラップ。
その顔を見て笑い出すマリーナ。
「自分から聞けばいいのに」
「オレのコトか、それともクレイのコトか?」
「両方よ」
苦笑いを浮かべるトラップ。
「あいつは口べただ。それに、マリアにそんなコト聞きたかないだろうし。
オレだって、あの女と喋るのは苦手なんだよ。
それに、女同士の方が話しやすいって、よく言うだろ?」
「私って損な役回りね」
「おまえだって興味あるだろ?」
「しょーがないわね」
立ち上がるマリーナ。
「結果、先にオレに報告してくれ」
「わかってるわよ」
振り向きもせず、マリーナはドアを閉めた。
「マリア」
「・・・マリーナ」
ベットの上で、上半身を起こしているマリア。
その細い両腕には分厚い本が握られていて、その細い足は全て毛布で覆い隠されている。
「・・・全部、聞いてるみたいね」
「わかるの?」
「風が教えてくれたの」
「そう」
マリーナはテーブルに備え付けられている椅子を運ぶ。
ベットの前に置き、腰掛けると、少し軋んだ。
よほど使い古されている。
「便利なモノね」
「そうでもないわよ」
本を閉じるマリア。
しおり代わりに、コインを挟む。
「これが原因なんだから」
─第二章 転がるコイン・5─
「私の生まれ故郷はね」
マリアが喋り始める。
閉じた本を自分の脇にそっと置いた。
「ロンザの片隅にある小さな村でね。
学校はあったんだけど、各学年に一クラスずつぐらいの小さなものよ。
私の両親は林業を生業にしていてね。
普通の家庭の、普通の男と女の間に、双子が産まれたの。
最悪の双子だったけれどね」
自嘲気味に笑うマリア。
マリーナは黙って聞いている。
その目を見て、マリアは先を続けた。
「小さい頃からおかしな能力を持っていて。風を操れたの。今みたいに詠唱して意識的に、ってワケじゃなくて、本能的に操ってたって感じ。
あんまり覚えていないんだけど、凄く大変だったらしいの。
急に手が切れたり、看板なんかが外れたりしたりしたらしいから。
それでね、両親は私たちを家に押し込めていたの。
学校なんかにだしたら、どんなコトになるかわからないでしょ?
けれど、そんなコト私たちにわかるわけがないじゃない。
ただ、親と遊びたい、外に出たいって泣き叫ぶ。
三十分もしたら、家の中はグチャグチャ。
耐えかねた両親は、私たち二人をロンザ国の魔法研究所に送ったの。
当然と言えば当然なんでしょうけど、すごい実験体が見つかったって、研究室中大騒ぎだったわよ。それが七歳の時ね。
両親はそれ相応の報酬をもらってたみたいでね。それを知ったのは、私たちが能力の制御の仕方なんかを覚えて、研究員の人たちの興味が失せてきて研究室を出たときだった。
その時、ちょうど十四歳の時だったわね。
もちろん親子の縁なんてとっくにきれてたし、私たちの村がどこの村だったなんか、覚えてるわけもない。
研究所員も世間知らずの子供二人を調べつくして、あとはポイって。
もちろん、なんにもわからないわよ。
一度もおつかいにいったこともなかったし、もちろん金銭感覚も、どうやって物を買うのかすらわからないのよ?
それから一年間は、必死に周りの環境に適応しようと頑張ったわ。
金が必要だとわかったら、他人から奪って、他人から奪うのがいけないのがわかったら、どうやって金をもらうのかを知って。
女の恥じらいってのも人から学んだのよ?
普通は母親から教えてもらうことなのにね」
語調が強くなっているのがわかる。
少し口を湿らせた後、マリアは続ける。
「十五になってユリアと別れたわ。別々に両親の居所を捜したの。
何年かけてもさがしてやろうと思ったわ。
目的なんてなんにもない。会ってなにしようってワケじゃなくて、ただ知りたかっただけなのよ。私たちが産まれ育った家と、両親の顔をね。
よく覚えてなかったからね。七歳の時っていっても、記憶なんて曖昧だから。
ある男の人の手をかりてね。
最初に突き止めたのは私だった。それからすぐに、その村に行ったわ」
「ユリアには知らせなかったの?」
ここで始めてマリーナが口を挟む。
なぜか彼女は感じたのだ。
これを聞かなければならないと。
「知らせなかったわ。だってわかるもの」
笑いながらマリアは本を開いた。
そこから、しおり代わりにしておいたコインを引き抜く。
「私たちはコインなの」
「コイン?」
頷くマリア。
彼女はそれを上に放り投げ、器用に右手で受け止めた。
「人間って表裏があるって言うでしょ? 私はねそのとおりだと思うわ。
ただ、表が善、裏が悪、ってそんな単純じゃない。
トラップなんかはそのいい例でしょうね。
マリーナ、あなたにも裏があると私は思うわ」
「クレイにもあると思う?」
「そうでしょうね」
目をつぶるマリア。
「私にとって、ユリアはコインの裏なの。
彼女から見れば、私が裏なんでしょうけどね。
だから、お互い引かれ合っている。
誰から教えられたワケでもなく、自分たちがいつの間にか気づいていた。
その時も、だから私は一足先に行って、マリアを待つつもりだった。
けれどね・・・」
目を開き、うつむくき、どこかに目線を送るマリア。
マリーナは、彼女ではなく、彼女の目線の先を追った。
「トラップ!」
ドアを蹴り開けるマリーナ。
彼女の目線の先に、慌てて階段を駆け下りるトラップの後ろ姿を見た。
「ハァー」
何度目の溜息だろう。
トラップの家の井戸端に腰をかけ、自分は溜息をつくことしかできない。
なんて無力なんだろう。
クレイは何度も自分にそう言う。
ユリアと対面したとき、自分は何もできなかった。
マリアに危害を加えるのだと、そうわかった後も。
「失礼」
声をかけられて、クレイは顔を上げた。
逆光で顔がよくわからないが、声と体格は間違いなく男だ。
「なんですか?」
「緑の長い髪の女を見なかったか?」
それがマリア、あるいはユリアを指し示すのだと。
クレイは直感的に理解した。
─第二章 転がるコイン・6─
「知っているようだね」
男はクレイを見下ろして言った。
そう、身長はクレイよりも高く、かなり大柄。
だいたい190くらいの身長にそれに見合ったガッシリとした体は、彼が着ている服ごしでもわかるぐらいだ。
青みがかった銀色の髪が同じ色に輝く銀の目を隠さんばかりに伸びている。
その髪をうざったそうに手ですくいあげた。
「マリアの方か、ユリアの方か」
男は問いただすようにクレイに言う。
「両方とも知っています」
言われるがままにこたえるクレイ。
男の何とも言い難い威圧感に押されている。
「なら、どちらかの所在はわかるかな?」
「マリアが、この家に」
「そうか」
義理程度に頭を下げて、男は躊躇することなく家に入っていく。
ドアにノックもせず、だ。
「なんだ? あんた」
マリーナに追い立てられ、ちょうど一階に下りてきていたトラップと鉢合わせになるが、男は彼を見下した後、クレイの時と同じ調子で言葉を発した。
マリアはどこだ、と。
トラップは一歩後ずさりながら、指を階段に向ける。
男は無言で階段を目指し、二段とばしで一気に階段を駆け上がる。
慌てて後を追うクレイと、それに続くトラップ。
彼らが階段を上がったときには、男はマリアの部屋の前に立っていた。
「マリア!!」
すさまじい怒鳴り声が、家の中に響きわたる。
「少ししらけちゃったね」
「えぇ」
無理矢理笑いをつくるマリーナ。
誰が見ても自然なそれは、不自然なほど綺麗に出来上がっていた。
「続きをお願い」
椅子に座り、マリーナはマリアを見つめた。
それにこたえるように、マリアは口を開く。
「私は村の宿屋で待っていた。もちろんユリアをよ。
村の人々は、まったく気づいていなかったわ。当然よね。両親は私たちを家に閉じこめていたし、第一、七年前のコトだから。
それでね、私は村の中をなにげなく探っていたの。驚いたわ。
私の記憶にあるはずだったその場所に、すごく大きな家が建っていたの。
表札には、両親の名字と、二人の名前だけ。
そこに、昔、娘がいましたって面影なんか、どこにもない。
どころか、娘を売って、その金でのうのうと暮らしているのよ?
怒りを堪えて、私は宿屋に走って帰ったわ。その日はとても泣いたわ」
マリアが言葉を切った、その時だ。
「マリア!!」
すさまじい怒鳴り声が、家の中に響きわたる。
─第二章 転がるコイン・7─
「セス」
なんの感慨も浮かないというマリアの顔。
逆にセスとよばれた男は、かなり興奮している様子。
「ユリアはどこだ?」
「ドーマのどこかにいるらしいけど」
「会ったんだな」
「えぇ」
軽く頷くマリア。
セスはマリーナを一瞥した後、すぐにきびすを返した。
もちろん、後を追いかけてきたクレイにぶつかる。
端によってかわそうとする彼を、クレイが遮る。
「なにか用か?」
「いろいろ。ありすぎて、何から言っていいのか・・・」
「どうせここに帰ってくる。それまでにまとめておけばいい」
クレイの肩をつかみ、無理矢理逆の方に押しつける。
ゴツゴツとした、とても強く見える手。
圧倒されながら、クレイはセスを見上げる。
よく見るとわかる、顔の傷跡と首筋にある一つの大きな傷。
「待てって言ってるんだから、待てばいいだろう」
その後を追っていたトラップが、セスを見上げる。
彼はトラップを見下ろし、溜息をついた。
「おまえの方は、なにを言っても無駄みたいだな」
諦めたような表情のセス。
首をかしげるトラップ。
─どういうコトだ?─
クレイには強硬な手段を使い、そして自分にはすぐに諦める男。
彼は再びきびすをかえし、マリアたちの待つ部屋に入っていった。
「オレの名前はセス。セス・ルデスだ」
マリーナが座っていた椅子に腰掛けているセス。
マリーナが座っただけで軋んだそれは、セスが乗ったことによって、さらに軋みを増している。
「そっちは?」
片目を閉じて、まずはクレイを見るセス。
「クレイです。クレイ・S・アンダーソン」
「トラップだ」
セスの顔が自分に向いているコトに気づいたトラップが言う。
「マリーナです」
その顔が自分に向く前にマリーナは口を開いた。
「それで? 用件は?」
明らかに不機嫌な様子のセス。
口ごもるクレイを見て、軽く溜息をついたマリーナがセスに近づく。
「まずはあなたとマリア、それからユリアとの関係ね。それに、なぜこのドーマに来たのか、その目的は何なのかってところかしら」
「ついでに、おまえは何者か、ってコトもな」
壁に背を預けているトラップが口を開く。
それを聞き終わって、セスは笑った。
明らかに嘲るような笑いだ。
「初対面の人間に、ずいぶんと多く質問するんだな」
「気になるんだから仕方ないだろ」
悪びれた様子のないトラップ。
彼を一瞥した後、セスはマリアを見る。
「いいのか?」
三人に話しかけるのとは、明らかに違う口調。
優しく、マリアをいたわるように彼女を見つめる。
「えぇ」
頷くセス。
─なんだろう─
クレイは自分の胸を押さえた。
彼らのこの情景を見ただけで。
胸が高鳴り、苦しくなる。
そんなクレイを見た後、トラップはセスに視線を戻す。
そのセスが、口を開いた。
「それでまず、何から答えたらいい?」
2000年6月12日(月)22時00分〜12月12日(火)21時00分投稿の、誠さんの小説「貴女の騎士」第二章です。継続中。