店内に入ると暖かい雰囲気に身体が包まれ、とても安心する。 かなり時間が遅いせいか、お客は自分以外見あたらない。 わたしは適当な席について、ここの女主人の姿を見つけた。 「モリ−おばちゃん、ミルルをひとつお願いできるかな?」 「おや?ついこの間来たばっかしだよ。それもこんな遅くにどうしたん だい?」 「ん、ちょっとね待ち合わせしてるの。あ、そうだ。ミルルもう一つ追 加しておいてよ」 「はいよ。それで悪いんだけどその二つを用意したらあとを頼んでもい いかね?わたしみたいな老人に夜更かしは天敵なのさ」 「O.K。かまわないよ」 おばちゃんがミルルの用意を始めると同時に、コロコロンとドアベルが 鳴った。待ち合わせた時間ぴったし。相変わらずマジメな性格だ。 「ごめん、待った?」 「ううん。ただわたしがはやく来ただけ。寒かったでしょう?今ちょう どミルルを頼んだとこだから、ちょっと待ってね」 「ああ、ありがとう」 そう言いながら彼はわたしの前の席に座った。 「彼女、どうだった?」 「送っていく間ずっと黙ってたよ。おれやノル、キットンも何も話しか けれない雰囲気だったな」 「まぁね。あんなコトの後じゃあしょうがないと思うわ」 「まったく。あいつは何考えてるんだ?!キットンの借金騒ぎのときの 二の舞だよ、これじゃあ。ちゃんと反省したのかなぁ」 「・・・・・アイツもたぶん・・・・あなたと同じことを考えているん だと思う。ただ表現の仕方が違うだけのコトよ」 「えっ?!」 そんなこと思いもしてなかったんだろう。彼は茶色い目を大きく開かせ た。 そこにグッドタイミングの間で湯気のたつミルル茶がわたしたちの前に 運ばれてきた。 「すまないね。パウンドケ−キは品切れになっちゃてないんだよ。これ だけになってしまうけど、いいかい?」 「いいよ、そんなに気を使わないで。こんな時間に来たわたしたちが悪 いんだもの。だから気にしないでゆっくり休んでいいよ。あとはわたし がやっとくから、ね?」 「そうかい?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかね。おやすみなさ い、お二方」 「あ、おやすみなさい」 「おやすみ、モリ−おばちゃん」 おばちゃんが奥に入ってしまうと、わたしたちはミルル茶を一口飲んだ。 「で、どこで話が途切れたんだっけ?」 「・・・・・その、アイツがおれと同じコトを考えてるっていうところ だけど・・・・それ、本当なのか?」 「そうね・・・。はっきりとは知らないわ。アイツ自身から聞いた訳じ ゃないから。わたしがなんとなくそう感じただけなの」 「でもおまえの勘って当たっていることが多いからなぁ。それに思い返 せば納得できる場面がいくつもあるんだ」 「それであなたはどうするの?このままあの人と彼女を一緒に帰しちゃ うワケ?」 わたしがそう尋ねると、彼は一瞬悲しそうな顔をしてうつむいてしまっ た。 「・・・・・もちろん、帰したくなんかないさ。大切な家族なんだ。で も・・・・彼女がそれを心から望んでいるのなら・・・・彼女が望むよ うにしてあげたいと思ってる」 「『大切な家族』ねぇ・・・・。あなたがそんなふうに思うってるとい うんだったら、アイツよりあなたの方がタチが悪いわ」 「どういうことだ?」 「これはわたしが言うモノではないわ。あなたが自分で気づかなくちゃ いけない。ううん、あなたはもう本当の自分の気持ちに気がついている はずよ。違うかしら?」 「・・・・・・」 黙り込んでしまった彼を前にわたしはため息をつく。顔はあきれていた が、しかし心の中では彼のそんな姿が微笑ましく感じられた。 人にはいろんな成長の仕方がある。そしてこうして自分の正直な気持ち に気づくことも、ゆっくりだけどもとても大切な、成長の仕方のひとつ なのだろう。 「そろそろ帰りましょうか」 「え、ああそうだな・・・・」 「あなたは先に帰ってていいよ。わたし、後片づけしていかないといけ ないからさ」 「そんなおまえ一人には任せられないよ。おれも手伝おう」 そう言ってカップを奥に持っていこうとした彼の手から無理矢理カップ を奪う。 「?」 「言ったでしょ?後片づけはわたしがやるって。それにあなたにはやる べきことがあるはず。今はそれだけを考えて」 「・・・・・ありがとう」 私の言ったことを理解し、彼は優しく微笑む。 そしてとても前向きな顔で寒い闇の中を彼女のもとへ急いでいった。
1998年3月26日(木)01時22分48秒投稿の、瑞希 亮さんの新5巻予想ショートです。