部屋の扉を開けると、ベッドにはクレイが座っていた。 クレイはちょっと驚いた顔をしているこの部屋の主に笑いかける。 「よぉ、トラップ。おれが予想していたよりもちょっと早く帰ってきたな」 「まぁな。女ナンパしようと思って街に行ったら、たくさん近寄ってきたからト ンズラしてきた。まぁおれってかっこいいから気持ちはわかるんだけど。もてる 男って奴は辛いモンだゼ」 「何言ってんだか。本当は一人でただブラブラしてきただけのくせに」 ばれたか、と苦笑しながらトラップはクレイの前にイスを引っぱり出してきて 座った。 ふとトラップの目がテ−ブルの上にあった、ある物に気づいた。 「なんでこんなとこにビ−ルがあんだ?クレイ、お前が持ってきたのか?」 「ああ、久しぶりに2人で飲み明かそうかと思って。昨日はお前の誕生日だった からみんなで飲んだろ?だから今夜はおれのおごりって事で飲もうぜ」 クレイの言葉にトラップは不思議そうな顔をしたが、それも一瞬のことでニ ヤッと笑ってテ−ブルに手を伸ばし、ビ−ルの栓を開けカラの二つのコップに注 ぎ始める。 「乾杯」 どちらからということもなく、2人は互いにビ−ルで満たされたコッ プを合わせ、一口飲む。 「お前ももう、18か。月日が過ぎていくのってホントはやいよなぁ。この頃や けにそう思うよ」 クレイはここにはないものを見るような、そんな表情で言った。 「あのなぁ、そういうことはジジイや婆サンが言うモンだゼ?この年齢で悟って るなよな」 「本当に思ったんだからイイだろ!全く、お前のその口の悪さはガキの頃から全 然変わってないな。だから誤解を受けやすいんだよ、お前は」 「『三つ子の魂百まで』って言うし、人間歳とったってそんなに変わらねえモノ なの。わかる?そういうお前だって他人に遠慮して言いたいこと言えない性格は 変わってねえじゃん」 気になっていたことを言われ「う゛っ」と呻く幼なじみにトラップはため息を つきながらイスから立ち上がり、かけてあった鍵をはずして窓を静かに開けた。 さわやかな風が若葉のかおりを運んでくる。 そのかおりに刺激され、まだ冒険者になる前の、クレイやマリ−ナと一緒に野 原で鬼ごっこをしていた頃を思い出した。 その頃は誕生日になると母親がおっきなバ−スデ−ケ−キを作ってくれ、盗賊 団の仲間やたくさんの人に囲まれてケ−キの上に立ったロウソクの火を一生懸命 消した憶えがある。 しかしいつの間にかそんなことをしなくなり、自分も当然だと思っていた。 だから2年前、仲間が自分の誕生日パ−ティ−をやってくれることになったと きは驚いたと言うよりも、ちょっと恥ずかしかった。 でも嬉しかったのも事実だ。そして他の仲間の誕生日を祝うときも口ではなん だかんだ言いながら楽しんでいた。 「なぁ、クレイ」 「ん?」 「来年もこの風が吹く頃、あいつらは誕生日パ−ティ−なんてやるのか?」 「当たり前だろ?来年だけじゃなく、これからもずっとだろうな」 「これからもずっと、か・・・」 トラップは妙にその言葉に安心していた。 目を瞑って誰も知るはずのない『これから』を思う。 「トラップ?どうかしたのか?」 クレイの声にゆっくりと目を開け振り向く。 「いや。なんでもねえよ。すっかりビ−ルが生温くなっちまったな。飲みかえ すっかな」 「あ、おれもだ。今度はおれがついでやるよ。そしたら子どもの頃の話でもしよ うぜ」 窓からはいる5月の風が2人を優しく包み込み、夜は閑かに更けていく。
1998年5月04日(月)11時58分53秒投稿の、瑞希 亮さんのトラップ誕生日記念ショートです。