−前編− 春が、そこに訪れていた。 あたたかな風が野原一面に咲く花を揺らし、青く眩しい春の空に小鳥たちは 羽を広げる。 その空の下で小さなエルフの子供と共に、きれいに洗濯された白いシ−ツを 干す、少女の姿があった。 少女は最後のシ−ツを干し終えると、カラになった洗濯物かごを持ってエル フの子供と一緒に旅館に入っていった。 旅館の中ではおかみさんが大きな鍋で昼ご飯を作っていた。すでにテ−ブル には何品か料理が人数分並んでいる。その匂いには、思わずお腹が鳴ってしま いそうになる。 ぐううう〜・・・ ・・・どうやら体は正直らしい。２人のお腹の音で彼女らの存在に気づいた おかみさんは顔に笑みを浮かべる。 「洗濯物、干し終わったのかい？パステル」 「あ、はい。今日はとってもいい天気だからすぐ乾くと思いますけど」 「ぱぁ−るぅ、ル−ミィおなかぺっこぺっこだおう！」 ル−ミィの言葉におかみさんはお玉を片手に笑った。 「今できあがったところだが、ちょっと待ってておくれ。もうすぐ主人たちも 帰ってくるだろうから。みんなで食べた方がおいしいだろう？」 「ル−ミィ、くりぇ−やとりゃ−やしおちゃんといっしょにたべるおう！」 「よしっ、ル−ミィはいい子だね。特別にあとでル−ミィには木イチゴのパイ を作ってあげよう！」 『木イチゴのパイ』という言葉に大はしゃぎをするル−ミィの姿をパステル は優しく微笑んで見ていた。 ちょうどその時、みすず旅館の入り口の扉が開き、赤茶の髪を持つ少年が入 ってきた。 「あ−腹減った〜。おっ、もう昼飯できてんじゃん！！」 続いて帰ってきた黒髪の青年が少年の頭を叩く。 「こらトラップ！『ただいま』ぐらい言えよな。ただいま、おかみさんにパス テル」 「お帰りなさい、みんな！」 「しおちゃん、ル−ミィしおちゃん帰ってくるの。まってたんだおう！」 「ただいまデシ、ル−ミィしゃん。待たせてごめんなさいデシ」 「あ、パステル。聞いて下さいよ−。今日は珍しい鳥を見ましてねぇ」 「ほらほら！！！せっかく作った料理も冷めちまうだろ？さぁ、早く手を洗っ といで！」 「こいつの言うとおりにした方がいいぞ。逆らったら何日メシ抜きになるか、 分かったモンじゃないからな」 主人とおかみに言われ、６人と一匹はみんな一緒に手を洗いにぞろぞろ移動 した。 彼らが旅館の裏で手を洗って食堂に戻ってくると、扉から１人の懐かしい人 間が入ってきたところだった。
−後編− 黒髪長髪。端整端麗。長身痩躯。 その男を見て誰よりも早く反応したのはパステルだった。 「ギア！！」 自分に駆け寄る少女にギアは優しく微笑む。 「やぁパステル。久しぶりだね。エベリンで別れてから一ヶ月半かな？あんまり 時間はたっていないけど、おれにはとても長く感じられたよ」 「はいはい。それで？今日は一体何の用なんだよ？」 少し不機嫌な声でトラップはギアに聞いた。 ギアはクスッと笑って、 「今日はパステルに届け物があるんだ」 「え？わたしに？」 「ああ。これだよ」 そう言ってギアがパステルの前に取り出したのは、小さな花束だった。 白を基調としていて、淡いピンクやブル−の花が少し入っている。 「もしかしてこれって・・・ブ−ケ？」 『ブ−ケぇぇ！！？？』 クレイとトラップの声が重なる。 「ブ−ケってなんデシか？」 動揺している２人の足下でシロがノルに尋ねる。 「花嫁、結婚式の時、持つ花束。結婚式終わった、花嫁、ブ−ケ投げる。それ、 受け取った人、次、結婚する」 「ぱぁ−る、けっこんするんかぁ？」 「ええ？！そ、それは・・・」 「んなわけね−だろ！どうしてこんな奴が結婚なんて出来ンだよ？相手がいなく ちゃ結婚はできないの。わかる？」 「なっ！ちょっとそれ、ど−いう意味よ、トラップ！！」 「ど−もこ−もそのまんまの意味だけど？」 「ま、まあまあ。落ち着いてパステル。とにかくお昼にしよう。作ってくれたお かみさんに失礼だろ？」 「それもそうよね。あ。ギア、お昼は？」 パステルの質問にギアが首を振ると、 「じゃあ、ギアって言ったけ？君も一緒に食べたらいい。うちのかみさんの料理 は最高だぞ」 主人の一言である者に対しては幸せな、ある者に対してはあまり嬉しくない食 事が始まった。 食事の間、ギアはキスキン国で起こったこと、つまりミモザ王女とナレオの結 婚について話した。 ル−ミィ・シロはあまり驚かなかったが（話の意味が理解できなかったため） 他の５人は思ってもみなかった事態に驚いた。パステル・ノル・キットンの３人 は口をあんぐり開け、クレイは飲んでいたス−プを吹き出し、トラップはイスか ら転げ落ちた。 「その結婚式の時、ミモザ王女が持っていたブ−ケがこれなんだ」 「ギアが持ってきたってコトは、あなたはミモザ王女の結婚式に招待されたんで すか？」 「いや。おれじゃなくてマリ−ナの方だ。なんでもマリ−ナはミモザ王女から 『これをパステルに渡して欲しい』と頼まれたらしい。だけど、マリ−ナは仕事 の方が忙しくて行けないから、おれが代理で来たんだ」 「マリ−ナに頼まれなくったって、どうせあんたが自分から来るだろ−が」 トラップが文句を言うが、ギアは聞こえなかったフリをした。 「よかったな、パステル。ミモザ王女からブ−ケをもらえるなんてすごいじゃな いか」 「うん。でも花嫁さんかぁ・・・憧れちゃうなぁ」 「お前にはとうてい無理だって。さっきから言ってンだろ？相手がいなくちゃし ゃ−ないって」 「トラップの言うことなんて気にするなよ。パステルだってウェディングドレス を着る日が来るって、絶対」 クレイが言ったことにおかみさんが何かを思いだし、ポンと手を打った。 「パステル、これからそのウェディングドレスを来てみないかい？」 『は？』 クレイ・トラップ・パステルが同時に拍子抜けした声を出す。 「私が結婚式で着たのが残ってるんだよ。ブ−ケもあることだし、ちょうどいい じゃないか！そうそう。主人のもあるから誰かに相手役をやってもらおうか ね？」 「あ、あのおかみさん・・・？別にそう意味で言ったわけではないんですけど」 「何言ってんだい？いつの日か結婚するときのためのリハ−サルだと思えばいい じゃないか」 「で、でも・・・」 「いいからいいから。パステルは先に二階に上がっていておくれ。さてと。それ じゃあ、花婿は・・・」 おかみさんはすっかりその気であった。座っている男性陣をぐるっと見渡し、 ついに決めた。男を人差し指でビシッと指し、 「あんたにやってもらおう！」 「お、おれ？！」 男は何も言う暇を与えられず、ご機嫌なおかみさんにパステルの花婿（役）に 仕立てられた。 月日は過ぎ、何度目かの春が彼女たちに訪れた。 純白のドレスに身を包み、花嫁は扉の前に立っていた。 「パステル？どうした？」 名を呼ばれ、パステルはゆっくりと目を開ける。 「あのね、昔のことを思い出してたの」 「昔のこと？」 隣に立つ男は聞き返した。 「何年前かは忘れちゃったけど、過去の今日のことを、ね。覚えてる？みすず旅 館でおかみさんがわたしたちを花嫁花婿に仕立てちゃったこと」 男は黙って聞いていた。なぜなら、男はそのことをパステルに言われなくとも 鮮明に覚えていたからだ。彼にとって、あの出来事は忘れられないものだったの である。 「あれ、本当になっちゃったね」 パステルは男に微笑みかける。 「現実になってよかった」 男はそう言いかけたが、止めた。 静かに花嫁の額に口づけをする。 教会の鐘の音が２人がいる場所に響く。 扉が外から開かれる。 人々の歓声と花吹雪が２人に向けられ、溢れた。 パステルは男の顔を見上げ、男は軽く頷く。 そして、あの時と全く同じ花束が花嫁の手から春の青く眩しい空に舞った。
1998年6月22日(月)14時08分45秒〜6月22日(月)16時53分03秒投稿の、瑞希 亮さんのオリジナルショートです。