人魚姫奇譚

夢見る島の伝説 〜人魚姫奇譚(1)〜

 ― 深い深い海の底に住む美しい人魚姫は嵐の夜、沈没する船から冷たい海に
   投げ出された1人の青年を助けました。人魚姫とその青年は互いに一目で
   恋に落ちてしまいます。青年と共にいるために、海の魔女に頼んで人間に
   してもらった人魚姫はその代償に声を失ってしまいました。そして、青年
   と人魚姫は幸せな日々を小さな島で過ごしたのでした ―

   ここはエルドラド島。パントリア大陸の上に位置し、島を囲む海にはドミニ
  ッシュ海流が流れ込んでいる。そのため、冬でも真夏並に暖かい(暑い)。
   夕方、島の中心部の街は観光客で溢れ、街道に沿ってずらりと並ぶ土産屋と
  宿屋は活気づいていた。
  「う〜ん、さすが世界有数の観光名所だけあるなぁ。どこの宿もいっぱいだ」
  「それに安い宿っていってもねぇ。なかなか見つからないモノだし」
  『はぁぁ』
   クレイとパステルが深〜いため息を2人同時につく。          
  「まあまあ、お二人さん。そんなに落ち込むなって。希望は捨てるもんじゃな
  くて持ってなきゃいけねぇもンなんだから。な?」
   トラップは肩を落としている2人の前で「チッチッ」と人差し指を振りなが
  ら言った。
   しかし、パステルとクレイは笑っているトラップを睨み付け、
  「トラップ〜ぅぅうう?誰のせいでこんなにわたし達が苦労しているのか、あ
  なた分かっているのかしらぁぁあ?」
  「まったくだ!!お前がカジノで調子こいて遊びすぎて、ミモザ王女の件でも
  らった報酬のほとんどを使っちゃったからだろ?!あれは本当は今回の旅費だ
  ったんだぞ!!」
  「わ−った、わ−ったよ!!おれが悪ぅございました。でも安い宿に泊まるぐ
  らいの金は残ってんだろ?」
  「そういう問題じゃないだろう−が。まぁいいや。とにかく今夜泊まる宿を見
  つけるのが先だな。このままじゃ本当に野宿するはめになるぞ」
   クレイが島の観光地図を広げ、その周りをパステル・トラップ・ノル・キッ
  トンが囲み、地図をのぞき込む。
   他の仲間が「あ−でもない、こ−でもない」と言っている間に、ル−ミィは
  いろんな人形が置いてある一軒の土産屋を見つけた。そこにはピ−タ−パンな
  どの物語、あるいは伝説上の者達の人形ばかり飾ってあった。
  「ぱ−るぅ、ぱ−るぅ」
  「なあに?どうしたの?」
  「る−みぃ、あのおみせにいってもいいかあ?」
  「え?あのお土産屋さん?でもなぁ、今取り込んでるしなぁ…」
  「いいんじゃないか?あの店でル−ミィとシロには待っててもらえば」
  「そう?クレイがそう言うのならいいけど。じゃああそこから絶対動いちゃだ
  めよ?わかった?」
  「だいじょうぶらおう!る−みぃ、あそこにいるもん」
  「わかったデシ」
   そう言って店に向かって走り出したとき、
  「きゃっ!」
   人(エルフ)は急には止まれない。ル−ミィはすぐ近くを歩いていた人間に
  モロぶつかってしまった。
  「ル−ミィ!」
   パステル達が気づき、駆け寄る。
  「すみません。大丈夫ですか?」
   ル−ミィと衝突した長い黒髪の女性にクレイは手をさしのべる。
  「ランスロット?!」
   クレイのその声に素早くクレイの顔を見上げた女性の顔には一瞬、喜びの色
  が現れたが、それも本当に一瞬の間だった。
   その深い碧の瞳から、静かに涙が流れ落ちた。
  「クレイの奴、女泣かせやがった!」
  「あ〜あ。だめじゃないですかぁ、クレイ。女の方を泣かしちゃぁ」
  「ええ?!あ、あの、どこか痛いんですか?本当に大丈夫ですか?」
   我に返った女性は急いで涙を拭く。そして立ち上がってオロオロしていたク
  レイに向き直り、
  「いいえ。わたしは大丈夫です。こちらこそごめんなさい。急に泣き出してし
  まって…」
   と、微笑んだ。
   そしてクレイが片手に地図を持っているのに気づいて、
  「どこかお探しですか?道に迷っているのでしたら、わたし地元なんでご案内
  できますが?」
  「あ、え〜と実は今夜泊まる宿を探しているんです。だけど、どこもかしこも
  満室で…」
  「そうだったんですか。ここは年中通してシ−ズンですから、そうかも知れま
  せんね。それじゃあ、どうでしょう?わたしの家に泊まっては。海の目の前な
  んですよ」
   腰まである黒髪を潮風に揺らして、その女性は彼らパ−ティのピンチを救っ
  たのだった。

語り伝えられるモノ 〜人魚姫奇譚(2)〜

 ― 青年には夢がありました。それは人魚姫と一緒になってからさらに青年の
   心の中で膨れ上がっていきました。しかし、愛する人魚姫を1人にするこ
   とはできません。思い悩む青年の姿を人魚姫は辛く思い、『私は大丈夫で
   すから。あなたは自分の夢を叶えて下さい』と、その瞳で青年に伝えまし
   た。青年は『そんなことはできない』と反対しましたが、自分を思いやっ
   てくれる優しい人魚姫を思い、ついに自分の夢を叶えることを決意したの
   でした。そして天は晴れ、風が青年の旅立ちを祝福する中、青年は島を離
   れていきます。『必ず、君の元に帰ってくるよ』と人魚姫に言い残し… ―

   長い黒髪の女性、マグノリアの家は白い洋風のどこのでもあるような家であ
  る。家のすぐ前は砂浜で、水平線では赤い夕日が残りわずかのその姿を沈ませ
  るところだった。空には無数の星達と半月より少し膨らんだ形の月が輝く。
   開かれたリビングの窓からは心地よい潮風が、静かなさざ波の音を運んでく
  る。それに混じって台所からなんともイイ匂いがしてきていた。パステルとマ
  グノリアの2人が夕食を作っているのだ。
  「しかし…このエルドラド島ですが、ちょっと変だと思いませんか?」
   唐突にキットンが言い出した。
  「なにが?」
  「街の中を歩いていて、気づきませんでしたか?クレイ」
  「いや、全く。トラップとノル、なんか変なところあったか?」
   クレイは暇を持て余していた2人に聞いてみるが、首を振るばかりだった。
  「時計ですよ。この島にある時計全てが止まっているんです」
  「ただの偶然じゃないのか?」
  「言ったでしょう。島全ての時計ですよ?それも全部針は12時をさしていま
  す。偶然とは考えにくいと思いますがねぇ」
   トラップを抜かした3人が腕組みをして考え込んでしまった。ル−ミィはシ
  ロと一緒に、考え込むクレイの真似をしている。
  「そんなに考え込まなくったっていいじゃん。これだからヒマ人は…」
  「一番のヒマ人はトラップだと思うけど?」
   できあがった料理をテ−ブルに運んできたパステルは呆れながら答える。
   パステルと共に料理をテ−ブルに置いていくマグノリアはそんな2人の姿を
  見て苦笑しながら、難しい顔をしている4人と一匹に声をかけた。
  「お待たせしてしまってすみませんでした。さあ、夕食にしましょう」
   出された料理は全ておいしかった。ほとんどがシ−フ−ドで、ここの近辺で
  しかとれないというような魚の料理もあった。
   食事の時間はパステル達の冒険談で盛り上がっていた。この島を離れたこと
  がなかったというマグノリアにとって、パステルやクレイ達が話すことは世界
  を知ることにもなった。話の内容が自然とエルドラド島のコトになったとき、
  キットンが思い出したように聞いた。
  「あの、マグノリアさん」
  「はい、なんでしょうか?」
  「この島の時計は何故、全てが12時を指したまま止まっているのですか?そ
  れがさっきから不思議でしょうがないんですよねぇ」
  「ああ、そのことでしたのね。先程皆さんが難しい顔をしていらしたのは」
   微笑みながらマグノリアは話を続けた。
  「みなさんは、人魚姫の伝説を知っていますか?」
  「えっと確か、人間になって声を失った人魚姫と青年がある島で一緒に幸せに
  暮らしてて…」
  「だけど、その青年は夢を叶えるために人魚姫をその島に置いて、旅立っちゃ
  うんだったよな?」
   クレイとパステルは顔を見合わせて話を確かめ合う。
  「お二人の言うとおりです。けど、ここで語り継がれるモノには続きがありま
  す。青年は人魚姫のもとには帰ってこなかった。そして悲しみのあまり、その
  島で人魚姫は死んでしまった、という結末になっているんです」
   マグノリアは少し寂しそうに、
  「人魚姫の伝説に出てくる島こそ、このエルドラド島だそうです。そして時計
  は人魚姫が死んでしまってからまるで動かなくなったとか」
   と言って、夜の海を見つめていた。

哀しき者の歌声 〜人魚姫奇譚(3)〜

 ― 人魚姫は毎日港に出かけては、船から下りてくる船客の中に青年の姿を探
   しました。太陽が照りつける日も、風と雨が荒れ狂う日でも人魚姫は港に
   通い続けました。そうして一年が過ぎ、五年が過ぎ…。七年目の春がその
   小さな島に訪れた頃。ある日、人魚姫は突然原因不明の病に倒れ、その体
   は見る見るうちに衰弱していきました。彼女は純粋な人間ではないため、
   短命な存在だったのです。次の日。朝早くから星が散りばめられる夜まで
   人魚姫は衰弱しきった体で、ずっと砂浜に佇んで目の前に広がる海を眺め
   ていました。『私に声があったなら』まるで透き通った海の色をした瞳か
   ら涙がこぼれます。『私の歌声があの人に届くなら。あの人は私の元に帰
   ってきてくれただろうか…』そして水平線の向こうが明るくなってきたと
   き。ついに青年の姿を見ることのないまま、人魚姫は目を閉じて永い眠り
   についたのでした。すると、彼女の体は青い光に包まれ泡となり海に還っ
   ていったのです… ―

   マグノリアは目線を海からクレイに移した。
  「人魚姫は今でもこの島に生きているんです」
  「それは…どういう意味ですか?だって人魚姫はもうとっくの昔に死んでいる
  のでしょう?」
   碧の瞳に見つめられ、クレイは少し照れながら質問する。
  「夜中に海から歌声が聞こえてくるらしいのです。それは青年を待ち続ける人
  魚姫の歌声だとか」
  「人魚姫の歌声?ああ、これのことですね?」
   いつの間に調べたのか、キットンがモンスタ−ポケットミニ図鑑の人魚の項
  目を開けていた。
  「どんなこと書いてあるの?キットン」
  「え〜とですねぇ。『人魚 エルドラド島の人魚姫伝説でも有名な幻のモンス
  タ−である。しかし、何人か人魚を目撃した冒険者がいる。報告書によれば上
  半身は人間の女性、下半身は魚の尾ひれのようになっているらしい。とても泳
  ぎが上手い。人語を話せ、とても優しい性格をしているので何もしなければこ
  ちらに危害を加えることはないだろう。ただし人魚の歌声には注意が必要だ。
  この歌声に魅入られると、その人間ははだんだんと衰弱していき死に至ること
  になる。対処法としては、歌声が聞こえないところまで逃げるしかないよう
  だ』だ、そうです」
  「おうたうたってくれるんかぁ?る−みぃ、ききたいおう!」
  「だ、だからねル−ミィ。その歌は聴いちゃいけないんだってば」
   無邪気になかなか恐いことを言うル−ミィにパステルは苦笑した。
  「どうせただの言い伝えだろ?ンなに真剣に受け止めるコトなんてねえな」
  「全くトラップは、いつもそうなんだからぁ。パ−ティのお金のことぐらいは
  真剣に受け止めてよね!」
   パステルに怒られ肩をすくめるトラップを見て、マグノリアは少し微笑んだ
  ようにも見えた。
   楽しい食事が終わり、それぞれが全員あてがわれた部屋に戻った。
   ただし、「マグノリアに用があるから」と言って居間に残ったトラップを除
  いてだが…。

月夜に響く想いは深海に消えゆきて 〜人魚姫奇譚(4)〜

  その夜、パステルは急に目が覚めてしまった。
  脇で寝ているル−ミィ達に気をつけながら身を起こして、開かれっぱなしの窓
 に向かう。
  海の匂いがする風が薄いカ−テンを揺らしていた。その向こうには白く光る月
 が満天の星空に浮かんでいる。
  パステルは窓から身を乗り出して目を閉じて耳を澄ました。
  目の前に広がる海の波の音と混じって、微かだが歌声が聞こえる。
  歌声は美しかった。しかし、その響きは哀しく切ない。
 「これが……人魚姫の歌声」
  我を忘れて歌声に聞き惚れていた自分に気づき、とっさに耳をふさぐ。
  夕食時にキットンが言っていたことが頭に蘇る。
  これを聞いてはいけない!!
  急いで窓を閉めようとしたパステルの瞳にある人物の姿が映った。
 「ト、トラップ!? 」
  あの寝起きの悪いトラップがこんな夜中に起きているはずがなかった。
  しかし、家の前の道を通っていく人物は確かに彼だ。
  目が半分閉じていて、足取りもしっかりしていない。まるで何かに操られてい
 るように見える。
 「まさか人魚姫の歌声に魅入られて……!!」
  そう思った瞬間、パステルはトラップを追いかけるため部屋を飛び出した。

トラップの謎の行動 〜人魚姫奇譚(5)〜

  他の人たちを起こしてはまずいので玄関からではなく、裏口から出ることにし
 た。
  幸い、裏口の鍵ははずされていた。パステルは静かに扉を開け、夜の砂浜の方
 へ向かった。
  外は真っ暗だったが、だんだん目が暗闇に馴れてくる。すぐ近くでさざ波の規
 則的な波音が聞こえる。
  急いで先程部屋からトラップを見た道を走っていくと、おぼつかない足取りで
 歩いている彼の後ろ姿を見つけることができた。
 「何も考えずに追いかけて来ちゃったけど…これからどうしよう…」
  道に沿って生えている木に隠れながらトラップを尾行しつつ、パステルは自分
 の考えなしの行動をちょっと後悔していた。
  ここでさっさとトラップを正気に戻せれば簡単なのだが、伝説の人魚の歌声が
 どれぐらいトラップに影響しているのか。よろよろと無気力に歩く姿を見ている
 と、どうも自分一人ではどうにもできない気がしてきた。
 「うぅ〜、クレイに事情を話して一緒に来てもらえばよかったなぁ」
 「俺のこと、呼んだ?」
  ……
 「きゃぁ〜〜〜〜んぐっ」
 「しぃ−!! お、落ち着けパステル!! 大声出しちゃダメだ!」
  叫びだそうとしたパステルの口を慌てて後ろから片手で押さえ、人差し指をた
 てて静かにするよう言ったのは紛れもなく、パ−ティのリ−ダ−であるクレイだ
 った。
 「ごめん、パステル。こんなに驚くとは思いもしなかったからさぁ…」
 「な、なんでここにクレイがいるのぉ?! 寝てたんじゃなかったの?」
  まだパステルの興奮は収まらなかったが、とりあえず2人は小声で話すことに
 した。
 「うん。だけど隣の部屋、ほら俺の隣ってパステルだったろ? そっちからさ、
 カチャって扉が開く音がしたんだ。気になったから部屋をちょっと覗いてみれば
 パステルの姿がないし。急いでトラップのところに行けばトラップもトラップで
 いない。だから探しにきたってわけ。でもまぁ、無事で何よりだな」
 「あははは。ごめんね、心配させちゃって。でもクレイ、歌声が聞こえなかっ
 た?」
 「歌声?ああ、聞こえたよ。今は聞こえないようだけど…」
  確かにクレイの言うとおりだった。あの魅力的で哀しい歌声は全く聞こえなく
 なっていた。
 「あの歌声、人魚姫の歌声じゃないかしら? わたし、そんな感じがしたの」
 「だとしたらトラップのあの行動も理解できるな。あいつがこんな夜中に起きる
 わけないし。もし、マグノリアさんが言ったとおりなら…」
 「私のこと、呼びましたか?」
  マグノリアのこの一言に今度は2人とも声にならない叫びをあげてしまった。

君への届かぬ想い 〜人魚姫奇譚(6)〜

 「どういうことだと思う?」
 「どういうことだろうなぁ?」
  一組の男女、クレイとパステルはそれぞれ買い物袋を両手に持って、観光客で
 賑わう市場を歩きながらため息をついた。
  今、2人は2日前に買ったクエストのために買い出しに来ていた。ル−ミィと
 シロはノルと一緒に今頃海辺で遊んでいるはずだ。キットンは昨夜マグノリアか
 ら聞いた海辺でも生える珍しいキノコの調査に出ていた。
 「判らないことがあり過ぎよ。まず最初にトラップはあの夜どこに行ったのか」
 「マグノリアさんが言うには人魚の歌声がないのに魅入られることはない、って
 ことだったモンな。魅入られていないということは、あの夜トラップは自分の意
 志で行動してたわけだろ?」
 「たぶん、そうでしょうね。だからそれを突き止めようと次の日の夜中また尾行
 しようと思ってたら…」
 「何故か、5日間連続で夜中ぐっすりと眠ってしまったんだよなぁ。しかも2人
 供だぜ? そんなに動いたりしてないから疲れていたわけでもないのに」
  そう、彼等は尾行に5日間連続で失敗していたのだ。キットンに頼んで眠らな
 い薬を作ってもらっても効き目はなかった。
  そしてその5日間の間に変化があったのはクレイたちだけではなかった。
 「疲れているのはトラップの方だわ。見た? あのトラップの顔」
 「ああ。夕方頃まで寝てるくせに目の下にクマ作って…何日も寝てない人間の顔
 だよ、あれは。この頃変だよな、トラップの奴。何があったのかって聞いてもは
 ぐらかすし」
 「全く、こんなに人が心配して頭悩ませているのは誰のせいだと思っているのか
 しら! 自覚がないのよ、自覚が。もうちょっと周りの人が自分のことをどう思
 っているのか、考えて欲しいモノだわ」
 『それは君自身にも言えることなんだけどなぁ…』とクレイは苦笑するしかなか
 った。でもクレイにはそんなところがまた微笑ましくも感じるのだ。
  横で何やら笑っているクレイをパステルは不思議そうに見上げる。
 「? なんで笑ってるの、クレイ?」
 「いや。何でも…」
  クレイがふと言葉を止め、前方を見つめる。パステルもどうしたのかと同じ方
 向を見た。
  2人のいる場所から一直線上に数歩離れたところに、一人の青年が立ってい
 た。クレイより少しだけ背が高いだろうか。少し長めの青銀の髪を後ろで1つに
 縛っている。青年はずっと2人を見続けていたが、ふっと右手が動き、その手か
 ら何かが投げられた。
  とっさにクレイがそれを受け取った。クレイがおそるおそる手を開いてパステ
 ルと共にのぞき込む。青年の手からクレイの手に受け渡ったモノは不思議な輝き
 を放つ小さな珠だった。
 『…彼女には私の声が聴こえない。こんなに近くにいるのに私と彼女は遠い。お
 願いです。彼女を救って上げて…』
  声が心に響いた。クレイと同じ声だった。
 「待って下さい!!あなたは一体…!!」
  2人が我に返って青年がいたところを見ると、そこに青年の姿はなかった。

隠された理由と謎のヒント 〜人魚姫奇譚(8)〜

  謎の青年に会ったその日の夕食。台所ではマグノリアが食後の飲み物の用意を
 していた。
 「そうだ、キットン」
  思い出したようにクレイが言った。
 「何か薬草とかで足りないモノはないか?今日、パステルと一緒に買い出しに行
 ったんだけどさ。キットン、朝からいなかったろ?だから何が足りないのか判ら
 なくて何もそっち関係のモノ買ってきてないんだ」
 「そうでしたか。ええと、そうですねぇ。特に買うモノもないと思いますけど…
 一応、明日わたしも街に買い出しに行ってみましょう。何か面白いモノがあるか
 も知れませんからね」
 「うん、わかった。じゃあ、出発は明後日になるかな?」
 「おい、クレイ」
  それまでル−ミィとシロが遊ぶのを見ていたトラップが不思議そうな声でクレ
 イを呼んだ。
 「買い出しとか、出発とか、何のこと言ってンだ? どっか行くのか?」
  トラップの質問に彼以外の人間が呆気にとられてしまった。
  自分に集中する視線にトラップはちょっと焦った。
 「な、なんだよ? 俺、別におかしなコト言ってないゼ?」
 「あ、そうか。ねぇ、クレイ。トラップはこの時間しか起きてないからクエスト
 のこと知らないのよ」
 「そう言えばまだトラップには事情を話してなかったンだっけか。ゴメン、ゴメ
 ン」
 「謝るのはあとでイイから、早く俺に説明しろよ。何なんだ、クエストって?」
  クレイは街のシナリオ屋で買った小さなクエストの話をした。
  そのクエストはこのエルドラド島から少し離れたところにある、『カリス』と
 いう名の無人島に眠る宝を探し出す、というものだった。
 「お宝?! どんな宝だ? 宝石か? それとも金か?!」
 「お、落ち着けよ、トラップ。全く、お宝のことになるとすぐ飛びつくんだもん
 なぁ。ま、お前らしいけど。お宝についてはまだよくわかっていないらしい。今
 まで誰も探し出せた人がいなかったんだってよ」
 「なるほどな。だったら俺達がそのお宝を探し出せば…ふっふっふ。ギャンブル
 し放だいだゼ!! ンで? いつ出発だって?」
 「明後日。さっきもクレイが言ったでしょ? 聞いていなかったの?」
 「…明後日、だと!? ダメだ!! 絶対ダメだ!!」
  突然のトラップの反対にパ−ティの仲間は全員驚いた。
 「一体何でダメなんです? 別に明後日でもイイじゃないですか」
 「だからさっきから言ってンだろ?! 明後日じゃダメなんだって!」
 「いいか、トラップ。まずは何故ダメなのか、理由を言えよ。理由ぐらい聞いた
 っていいだろう?」
  興奮していたトッラプはクレイの言葉に体をビクッと振るわせ、小声で答え
 る。
 「ワケは…言えねぇ」
 「言えない? なんでなの、トラップ? この頃変だよ。なんか私たちに隠して
 いることがあるんじゃ…」
 「とにかく理由は言えない。せめてあと3日、出発は待ってくれ。それまでにな
 んとかするから…」
  『何を?』パステルもクレイもそう言いかけたが、その前にトラップは居間を
 出て自分の部屋に帰ってしまった。
  呆然とするパステル達の前に紅茶が差しだされた。
 「あ、どうもありがとうございます。マグノリアさん。いつもいつもおいしい紅
 茶を入れてくれて。トラップったらこんなにおいしい紅茶を飲まないでいるなん
 てもったいないなぁ」
 「いいんですよ、パステルさん。きっとトラップさんにも色々事情があるんです
 わ。どうか、トラップさんの希望通り出発は3日後になさって上げて下さい。私
 からも頼みます」
  真っ直ぐな眼差しで懇願するマグノリアへの対応に困り、パステルはクレイの
 方に目で応援を頼む。
  クレイは1つ、ため息をついてからマグノリアに答えた。
 「あいつが、トラップがあんなに反対するのはマグノリアさんの言う通り、何か
 あるんでしょう。俺はあいつの幼なじみですが、こういうのは珍しいことです。
 俺はあいつの希望通り、出発を3日後にしようと今決めました」

それぞれのワケ 〜人魚姫奇譚(9)〜

  その夜は少し、風が吹いていた。
  トラップは自分以外の人間がぐっすり眠っている館を出て、ある場所に向かっ
 て一人、歩いていた。
 「さすがに一週間もこういう生活してるとツライもんがあるな…」
  意志に反して眠りにつこうとする体をなんとか起こそうとする。それでもやっ
 ぱり欠伸が連続してしまう。
 「昔から寝起き悪かったモンなぁ、俺。よくこんな夜中に起きてられるよ、全く
 よ。自分でも信じらンねぇ」
  まぁ、その分、昼夜が逆転してしまい、パステルやクレイにいらぬ心配をさせ
 ていることは変わりない。しかしこれも仲間のため、というよりも自分の為なの
 だ。
 「…あなたは本当、仲間思いで自分に強い人なのですね」
  いきなり道の左側、つまり砂浜から声が聞こえた。
 「あ、あんたか。びっくりさせないでくれよ。ここで大声は出せねぇんだから。
 そんなコトしたらパステル達に気づかれ…るわけないか。今頃俺の苦労も知ら
 ず、夢の中だもんな」
 「ええ。心配いりません。あの眠り薬は強力ですから。まさかあの晩にパステル
 さんとクレイさんがあなたを追っているなんて思いませんでしたけど」
 「盗賊であるこの俺にだって1つぐらい失敗はあるんだよ。あの時は初日で夜中
 に起きることに慣れてなかったからすっげぇ眠くて尾行されていることに気づか
 なかったんだ。ま、あの時もあんたがあいつらの気を引きつけておいてくれたか
 ら助かったし、それからだって俺が動きやすいようにしてくれた。あんたには感
 謝してるよ、サンキュ」
  トラップの素直な感謝の言葉に彼女は微笑んだ。明日満ちる予定の月が彼女の
 透き通るような肌を引き立てる。
  その彼女のどこか哀しげな微笑みにトラップはふと何かを思った。
 「…あんたは相変わらず、ここで歌っているんだな」
 「私には、それしかないんです」
  彼女は細い指を胸に前で重ね合わせ、目を瞑りまるで祈りを捧げるような声で
 言った。
 「私はあの人を待ち続けます。ずっと、いつまでも」
 「『ランスロット』との約束、か。…その約束、きっと果たせられるゼ?」
 「何故、そう思われるのですか?」
 「俺の直感。俺の勘は良く当たるんだ」
 「賭事の勘の方は調子が悪いようですね」
  彼女はくすくす笑い、トラップは頬を膨らませながらも心は穏やかだった。
 「さてと。そろそろ時間だ。ンじゃ、俺行くから」
 「今夜で最後ですね。無理をなさらないよう、気をつけて」
  彼女の言葉を背中で受けて返事代わりに手を挙げたトラップは再び目的地に向
 かって歩き出した。 

 1998年7月07日(火)17時01分54秒〜09月03日(木)00時52分07秒投稿の、瑞希 亮さんの小説です。継続中……のはずです。

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