〜Einundzwanzigst〜 メインクーン亭で夕食をとった二人は、そのままその裏手へ回り込んだ。 「現れますかねー?」 「さあな。出てくれれば、楽なんだけどな」 毛布にくるまってぼそぼそ会話している二人に、出し抜けに声がかかった。 「何やってんの? やたら怪しいわよ」 「うわあ!」 マーリンがびっくりして振り向くと、そこにはさっきのメインクーン亭のウェイトレス がいた。手に鍋をもっている。 「ああ、びっくりした。えーと……」 「ルイザでいいわ」 「ああ、ルイザさん。やっぱり、そうですか?」 「うふふふふふふー」 「怪しすぎるぞ、フロスト」 「一体何やってんの?」 「さっき、妖魔についてお聞きしたでしょ? それ関連。もしかしたら、今夜あたりこの 辺に現れるんじゃないかと思ってね」 「この辺に現れるの? 最近、確かにこの辺で妙な事件が起こってるみたいだけど、それ と関係あるのかしら?」 「その辺も、今調査してるけどね」 「ふーん。まあ、がんばってね。あたしも、この辺に何か妙なことが起こるの、気持ち悪 いと思ってるし。あとで、何か持ってくわ」 「ああ、ありがとう」 ルイザはそのまま奥のほうへ行き、しばらくして戻ってきて店の中へ入っていった。
〜Zweiundzwanzigst〜 ルイザが持ってきてくれたサンドイッチを夜食に食べたあと、毛布にくるまってしばら くして、フロストはふと物音に気づいた。 「マーリンさーん、マーリンさーん」 「ん? あ、ああ……」 どうやらマーリンはうとうとしていたらしい。フロストはため息をついて、 「マーリンさーん、何かー、みょーな音が聞こえませんかー?」 言われてマーリンは耳をすます。確かに、ごそごそする音が聞こえる。そんなに遠くで はない。 「あっちか?」 「そーですねー」 音のする方向へ向かう。そこは、ごく普通の民家だった。その庭に、何か黒いものがい る。 「あれはー?」 「しっ!」 声を出しかかったフロストをマーリンがあわてて止める。幸い、気づかれなかったらし い。その黒い影は、庭にあった何かを持つと、ささっと庭を出ていく。暗闇でよく判らな いが、どうやら布巾を持っていったらしい。 「何であんなものを持っていくんでしょーかねー?」 「しっ、静かにしろ。追いかけるぞ」 二人は、道を走るその黒い影を追いかけた。 「あれがマーリンさんを襲ったやつですかー?」 「暗くてよくわからんが、翼が見えたな。たぶん、そうだ」 黒い影は、そのまま道を走っていく。翼は、どうやら空を飛ぶようにはできていないら しい。それか、飛ぶのが苦手なのか。 そして、黒い影はある空き地の廃虚へと入っていった。
〜Dreiundzwanzigst〜 闇に包まれた廃虚。その中から、淡い光が漏れている。黒い影は、その光のほうに入っ ていった。マーリンとフロストも、その後を追う。 (それにしても、妙に青っぽいな) (やっぱりそー思いますー?) マーリンとフロストはささやきあう。確かに、辺りは青く塗られているようだ。ちょっ とペンキの臭いもする。 黒い影は、奥のほうの、これまた青いカーテンの奥に入っていった。マーリンとフロス トは、その手前で立ち止まる。奥のほうから、声が聞こえてきた。 「……御苦労様。これで、また目的に近づいたわね。お〜っほっほっほっほ! ……へく しょん」 その高笑いは、女性の声だった。 「あの声は……」 「どっかで聞いたことありますよねー」 声は、さらに聞こえる。 「ここ、いいとこなんだけどねえ……。屋根がないのがこまりものだわ……ずずっ」 鼻をすすりながらその女性がつぶやく。 マーリンは、そっと中を覗いてみた。 「……あれは」 マーリンは絶句した。予想どおりの人物がいたからだ。
〜Vierundzwanzigst〜 「セシル・S・アロット……」 マーリンは思わずフルネームでつぶやいてしまった。 「……誰!」 腰までのストレートの金髪になぜか妙に似合っている青いマント。聞きとがめた彼女が 振り向いて声をかける。傍らにいた黒い影もこちらを向いた。 彼女の眼鏡の奥の碧(あお)い目とマーリンの目がばっちり合ってしまった。 「……あなたは!」 「……やっぱりそうか……」 「やっぱり、私の目的を邪魔するのはいつも私のライバルたるあなたなのね!」 「……何のことだ?」 マーリンには身に覚えがない。もっとも、こういうのはやってるほうはあまり自覚がな いものではあるのだが。 「一体何をやってるんだ?」 「知れたことよ! 私は青で世界を征服するの! そしてそれが達成された暁には、いと しのクレイ様にこの世界を捧げるのよ! そして二人で……きゃっ♪」 セシルは言いながら横を向いて頬を両手で覆う。マーリンとフロストは目を点にしてし まった。 「はあぁぁ!?」 「そんなキャラクターでしたっけー?」 フロストはだれに言うともなく呟いた。そうではない、そうではないはずなのだが……。 マーリンはそう思いたかったが、一言、 「……ま、最後に会ってから何年も経ってるからな……」 そう呟くのがやっとであった。 「そう、私はクレイ様と……」 「ところで、クレイっていったら……」 「あのー、パステル・G・キングの小説のー……」 「そして私とクレイ様は……いや〜ん」 「『かっこいいけどなぜか貧乏くじを引いてしまう』クレイなんだろうな……」 「それしか思いつきませんねー」 どこか遠くを見ながら、頬を赤く染めつつ何か妄想を膨らませているセシルと、それを 横目で見ながらぼそぼそとしゃべっているマーリンとフロスト。 「ちょっと! 人の話は聞きなさいよ!」 マーリンはセシルと向かい合った。 「それはとにかく、何で青なんだ?」 「クレイ様はね、クレイ様はね、青が大好きなの!」 「確かにそーでしたけどー……」 「とにかく、その妖魔を使って人に迷惑をかけちゃ、いけないな」 「目的は手段を正当化するのよ!」 「……確かにそーですねー」 「……お前な……。そういう危ないことはいわないの」 「とにかく! 見られてしまったからには、生きて帰すことはできないわ。覚悟しなさい。 うふふ……。行け!」 セシルは、マーリンやフロストが今まで見たこともないような壮烈な笑みを浮かべると、 青いマニキュアを塗った指で二人を指さした。とたんに、目の前にいた妖魔、インプが二 人に襲い掛かってくる。 「ちっ! お前、いつからこんなものを操るようになった!?」 素早く後ろに下がりながらマーリンが吐き捨てる。ショートソードを抜きながらフロス トがマーリンをかばうようにして立つ。 飛び掛かって来たインプをフロストはショートソードで牽制する。最初の爪と尻尾の一 撃をかわし、そのままフロストはそのインプと睨み合った。じりじりとお互いにすきを伺 う。 マーリンは杖を構えて呪文を唱える態勢になりながら、あることを考えていた。 セシルは、学院時代は確かにマーリンのライバルだった。魔力はそんなに変わらなかっ たし、彼女は本来大地系の魔道士だった。彼女は錬金術専攻ではなかったから、専門分野 ではそんなにかちあう場面はなかったが、それでもセシルはマーリンをライバル視してい た。 セシルは当時からなかなか優れた魔道士であった。しかし、マーリンは彼女が黒魔法系 のものを使っている場面は見たことがなかった。むしろ、白系の魔法を多く使っていた記 憶がある。専攻は大地の魔法専攻だったし、卒業論文のテーマも、『大地の精霊力を高め る因子についての考察』だった(ちなみにマーリンのは、『スライムの核を利用した乾燥 剤の合成とその効果』だった)。 そもそも彼女が新しい魔法を見つけたときは、何だかんだ言ってマーリンにも見せびら かしに来てたものだった。ところが、黒魔法系のものは見せに来たことはなかった。ある 意味それより危険な魔法を見せびらかしに来たことはあったのに。 あるときなど、セシルが見せに来た大地系の魔法をかけられて、マーリンは危うく地面 に引きずり込まれそうになったことすらあったほどだから、黒魔法系だって見せに来るは ずだ。それに、黒魔法は禁止されていなかった。 (あ、そうか。セシルは、黒魔法が使えなかったな) マーリンはふと思い出した。確か、セシルは見つけて来た黒魔法を唱えても、発動しな かったのだ。他の魔道士には発動できたものであっても。 (と、考えると、やっぱりおかしいな) インプの召還とコントロールは、黒魔法の代表的なものだ。黒魔法の素養がないと思わ れるセシルにそれをつかえるわけがない。魔法は、その使用者の素養にかなり左右される。 素養がなければ、どんなに訓練してもつかえるようにはならない。また、その素養がいき なり身につくこともないとされている。 フロストに、インプが飛び掛かる。フロストは、ショートソードでそれを受け止めてい るが、多少押されているようだ。 マーリンはそれを横目で見て、セシルに目を移す。 と、マーリンは彼女の右手が黒い石を握っているのを見た。 「あれは……、シュバルツシュタイン!?」 思わず口に出してみる。 (そうか、セシルが使ったあの石には、やっぱり黒魔法が含まれていたんだな) そのとき、何かがマーリンの右足首をつかんだ。 「うわあ!!」 足首を見ると、土でできた手がマーリンの右足首をがっしりつかんでいた。 セシルはそれを見て、軽く笑うと次の魔法を唱える態勢に入った。 (ま、まずい……) マーリンは戦慄を感じ、まだ自由な左足を踏み締めると、素早く呪文を唱えた。 マーリンの杖の先に、氷の矢が生じる。セシルの周りには石つぶてが浮かび上がってき た。 (あんなもの食らったら、ひとたまりもないぞ……) 内心引きつりまくりながら、マーリンは慎重に狙いを定める。 そして、 杖の先から氷の矢が放たれたのと、石つぶてが飛び出したのはほとんど同時だった。
〜Fuenfundzwanzig〜 「うきゃあ!!」 悲鳴をあげたのは、セシルだったかインプだったか。 セシルとインプはほとんど同時に倒れた。 セシルは右手に持っていたシュバルツシュタインに氷の矢を受け、インプはフロストの ショートソードを翼に受けていた。 セシルはシュバルツシュタインを取り落とすと、そのまま気を失った。同時にインプは その姿を消した。 マーリンは、飛んできていた石つぶてを受けて軽い傷を負った。 「だいじょーぶですかー!?」 「わたしよりも、セシルが心配だな」 駆け寄ってきたフロストに、マーリンは腕から血を流しながら答えた。 ヒールをかけながらセシルを見ると、彼女はまだ倒れている。二人は、とりあえずセシ ルを自分たちが泊まっている宿屋に運び込むことにした。どうやら、怪我はしていないよ うだ。
〜Sechsundzwanzig〜 そして、長い夜が明けた。 「……ここは?」 「わたしの宿だよ。セシル、昨夜の……いや、これまでのことは覚えているかな?」 目を覚ましたセシルに、マーリンは声をかけた。 「…………」 しばらく遠い目をしていたセシルは、一言、 「あはははははは、私ったらっ! おちゃめ☆」 がく……。 マーリンとフロストは、ずっこけるしかなかった。 「とりあえず、なにがどうなってああなったのか説明してもらおうか?」 遅めの朝食を済ませたマーリンとフロストは、どこかほかのところで朝食をとってきた セシルと、自分たちの部屋に行き、そこでセシルに訊いた。 セシルはしばらく考える目をした後、口を開いた。
〜Siebenundzwanzig〜 「確か、もう4日くらい前の話になるかしらね。私は、久しぶりに「マギッシュシュタイ ン」にいったの。 そのときに親父さんに見せてもらったのが、例の「シュバルツシュタイン」ね。あなた が使えないって聞いて、私ならどうかな? って思って、試しに闇の呪文を使ってみたの。 ……すごい威力だったわ。お店の中がばっちり真っ暗になったから、すぐに光を作って 消したんだけど。 っていってもあなたには、闇を作る呪文の威力なんてわからないんでしょうけど」 「ああ、さっぱりわからん」 マーリンの答えにセシルはちょっとがくっときたが、続けて、 「そのとき、真っ暗な中で、何かが語りかけてきたの。『自分の欲望に忠実にせよ』って いってたかな? 親父さんには聞こえてなかったみたいだけどね。 そのとき、私の中で何かが吹っ切れたような気がしたの。まず、目の前にあるその「シュ バルツシュタイン」がどうしても欲しくなって、結構高かったのに買っちゃったの。それ から、その石を手にしてるうちに、えっと、あなたも知ってるわよね? 学院時代から読 んでた『冒険時代』の、ほら、私が好きだっていってた、パステル・G・キングの小説に 出てくる、クレイくん」 「ああ、覚えている」 セシルの問いかけにマーリンが答える。だてに、わざわざエベリンからストーンリバー まで取り寄せてもらって、穴があいて火がつくまで読み込んじゃあいない。ほんとに火が つきそうになって、あせったことはあったけど。 「そう、そのクレイくんのことが頭から離れなくなっちゃったの! クレイの好きな色は青だとか、不幸なクレイには幸せになってもらいたいとか、そうい うことばっかり考えるようになって、その夜ね。 なんだか私、急に暗黒魔法が使えるよーな気がしてきて、試しに頭に浮かんだ言葉を口 に出してみたの。 おどろいたわー! 急に目の前にインプが現れたと思ったとたん、そのインプが外に出 ていって、しばらくして青いマントを持って帰ってきたの! そのときにふと頭に浮かんだのが、青で世界を征服して、その世界をクレイ様に捧げよ う! っていう計画。 ……もちっとうまくやれば良かったかな?」 「……おまえ、まだやるつもりなのか? やるつもりなら、わたしは本気で止めるぞ」 マーリンの言葉にセシルはあわてて、 「冗談よ、じょーだん! あはははははは♪」 と手を振った。 「にしてもー、何で青いものを集めたらー、世界征服になるんですー?」 フロストのつぶやきに、セシルは答えて、 「決まってるじゃない! 何となくよ!」 『胸を張るなー!』 マーリンとフロストは声をそろえて、ついでにそろってセシルをどついた。
〜Achtundzwanzig〜 「なるほどねえ……」 セシルが帰っていった後、二人はおやじに事情を話すため「マギッシュシュタイン」に 行った。ことのいきさつを聞いたおやじはそうつぶやいた後、 「つまり、あの石には、欲望増幅というかなんというか、いわゆる「悪魔のささやき」効 果があったのだな。うんうん、よくわかった」 いいながらおやじは何事かノートに書き込んでいる。フロストは陳列棚を眺めているよ うだ。 「あのー、それって……?」 そこはかとない不安を覚えたマーリンはおやじに聞くが、 「あああ。企業秘密だ」 おやじに軽くあしらわれてしまった。続けて、 「ところで、見てもらいたいものがあるのだが……」 といって後ろの戸棚から取り出した石は、今度はひたすら真っ白。 マーリンはさらにいやな予感に駆られながら、 「それはいったい……?」 「ふっふっふ、これはだな、ヴァイスシュタインといってだな、闇を奪う……」 「やーめーてーくーれー!」 マーリンの絶叫が通りまで響く。 かくして、エベリンの街は今日もおおむね平和なのであった……。 END
1999年05月28日(金)20時37分09秒〜08月09日(月)23時59分27秒投稿の、わたしの小説「闇に蠢くもの」です。わたしとしても、この終わらせ方には不満が残るのですが、これをどうすればいいのかとかは正直いってわかりません。このころから長期のスランプに入ってしまいました(汗)
ちなみに、セシル・S・アロットは、万刀千剣さんがこの研究室で1000ヒットを取った記念キャラクターです。お粗末様でした。