(1) 昨日の寒さとは打って変わってうららかな春の午後。式典が終わり、教室で証書を受け 取った生徒達が三々五々、玄関から後輩たちが待つ前庭へと出てくる。 パステルは、その前庭で、ある人物を待っていた。 玄関から人が出てくるたびに、そっちに目をこらす。 「まだかな……」 パステルは、ある決意を胸に秘めていた。絶対に、あの人の第二ボタンを貰うんだ。 そして、できれば、そのとき、ほんのちょっとの勇気が芽生えれば。ずっと好きでした と、あの人に言うんだ。 さっきから、決意しては後戻り、決意しては後戻りと繰り返して、もうなんだか疲れた みたい。パステルはなんとなくぼんやりしながら思った。 そのとき、その人物が、玄関から姿を現した。 (あ……。やっぱり、二人か……) クレイとトラップが二人並んで、何か話しながら出てくるのを見たパステルは、いきな りまた決意が後戻りするのを感じた。 クレイとトラップは、そんなパステルには気づかず、声を掛けた。 「パステル!」 「ああ、クレイ、トラップ……。卒業、おめでとう!」 「ありがとう!」 クレイはにっこり笑いながら答えた。 「あーやれやれ。けったくそ悪い高校とも、これでおさらばだぜ!」 「なに言ってるんだよ。さっき一番名残惜しそうに教室の窓を見てたの、おまえだろうが」 トラップの顔が真っ赤になる。 「お、おま、だから、それは、その……」 「あっはっはっはっはっはっは」 トラップが口ごもるのを見て、クレイは笑った。久しぶりにやり込めたような気がする。 「ところで、その……。大学は、どこに行くの?」 「ああ、二人とも、地元だよ。発表はまだだけどさ。おれはとにかく、こいつの成績なら、 大丈夫だろ」 「よっくいうぜ! おれなんかよりずっといい成績のくせに、同じ大学に行くなんて言い 出した日にゃ、おれはマジであせったぜ」 「そう……。なら、まだ会えるわよね?」 「あったりまえだろ? おめえが迷わない限り、またいつものところでな」 「なによ、ふーんだ。いつものとこに行くのに、迷うもんですか」 「いや、おめえの場合わかんねえな。ほら、あれだろ? 突発性方向音痴」 「…………! 失礼ね!」 パステルはぷうとほっぺたをふくらませた。その顔がおもしろくて、二人ともまた笑う。 パステルもつられて笑った。 「クレイ! トラップ!」 離れたところから声が聞こえた。どうやらクラスメートらしい。 「おう、今行く!」 「じゃ、とりあえず元気でな。また今度会うだろうけど」 「そう……ね」 「じゃ、な!」 …………。 言えなかった。そもそも、言えるわけなかった。 パステルは二人を見送ると、深々とため息をついた。 「……パステルは、それでいいの?」 パステルははっと息を飲んだ。いつの間にか後ろにマリーナがいる。 「めったにないチャンスよ? 逃していいわけないじゃない」 「そう……。そうなんだけど」 口ごもるパステルに、マリーナが追い打ちを掛ける。 「彼、あれでももてるのよ? 大学に入ったとたん、誰かに取られちゃうかも知れないわ よ? いくら、また会えるからって、それじゃあどうしようもないじゃない? 「そうなんだけど……」 「もう方っぽのほうは、わたしが何とかするわ。任せといて! ほら、どーんと言って来 なさいよ!」 マリーナはそう言うとパステルの背中をどーんと叩いた。 「もう、痛いなあ……」 しかし、これでパステルの心にまた決意が戻ってきた。 「ねえ! ちょっと!」 マリーナが声を掛けて、一人がもう一人に声を掛けて離れていくのを見て、パステルは 残ったほうの彼のほうへと走っていった。 走ってくるパステルを見て、彼は一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに極上の笑顔でパ ステルを迎えた。その胸には、くすんだ色の第二ボタンだけが残されていた。 パステルは、なけなしの勇気を振り絞っていった。 「あの……」 梅の花は、もうすぐ満開だ。 END
(2) 昨日の寒さとは打って変わってうららかな春の午後。式典が終わり、教室で証書を受け 取った生徒達が三々五々、玄関から後輩たちが待つ前庭へと出てくる。 彼も、幼なじみとともに、玄関を出た。 彼には、ちょっとした決意があった。必ず、第二ボタンをパステルに渡す。 でも、パステルは受け取ってくれるだろうか。 話をしながら玄関を出たとたん、パステルがいた。ちょっと胸の辺りがドキッとした。 しかし、彼は思った。 (二人じゃないと、まずいよな……) 「パステル!」 「ああ、クレイ、トラップ……。卒業、おめでとう!」 「ありがとう!」 クレイはにっこり笑いながら答えた。 「あーやれやれ。けったくそ悪い高校とも、これでおさらばだぜ!」 「なに言ってるんだよ。さっき一番名残惜しそうに教室の窓を見てたの、おまえだろうが」 トラップの顔が真っ赤になる。 「お、おま、だから、それは、その……」 「あっはっはっはっはっはっは」 トラップが口ごもるのを見て、クレイは笑った。久しぶりにやり込めたような気がする。 「ところで、その……。大学は、どこに行くの?」 「ああ、二人とも、地元だよ。発表はまだだけどさ。おれはとにかく、こいつの成績なら、 大丈夫だろ」 「よっくいうぜ! おれなんかよりずっといい成績のくせに、同じ大学に行くなんて言い 出した日にゃ、おれはマジであせったぜ」 「そう……。なら、まだ会えるわよね?」 「あったりまえだろ? おめえが迷わない限り、またいつものところでな」 「なによ、ふーんだ。いつものとこに行くのに、迷うもんですか」 「いや、おめえの場合わかんねえな。ほら、あれだろ? 突発性方向音痴」 「…………! 失礼ね!」 パステルはぷうとほっぺたをふくらませた。ああ、そのほっぺたをつつきたい。ささや かな彼の願望。パステルは笑っている。この笑顔を、一人で見たい。自分に向けられる笑 顔を。 「クレイ! トラップ!」 離れたところから声が聞こえた。どうやらクラスメートらしい。 「おう、今行く!」 「じゃ、とりあえず元気でな。また今度会うだろうけど」 「そう……ね」 「じゃ、な!」 …………。 ちょっと後ろ髪を引かれる思いがした。でも、この思いはずっとひた隠しにしてきたも の。できれば、秘密にしておきたい。 でも、このまま、卒業していいのだろうか。いくらまた会えるといったって、彼女が誰 かに取られないという保証はない。そうなったら、おれはどうすればいいんだ。 けっこう女の子がくる。ボタンが減っていく。第二ボタンだけは、何とか勘弁してもらっ た。このボタン、あげられなかったら、この空にでも捨てよう。 相棒と歩きながら、そんなことを考えていた。 「ねえ! ちょっと!」 マリーナの声が聞こえた。どうやら、相棒を呼んでいるらしい。ちょっと行ってくると いって、彼はマリーナのほうへ行った。おおかた、ボタンでもあげるつもりなんだろう。 と、パステルが走ってきた。胸の辺りがズキッとして、顔に出たかもしれない。でも、 すぐ自然に笑顔になれた。 パステルの、思い詰めた表情を見て、しかし彼はなぜか安心した。 「あの……」 梅の花は、もうすぐ満開だ。 END
1999年3月1日(月)12時50分13秒〜13時02分58秒投稿の、わたしの小説第11作目です。卒業式シーズンにあわせて投稿した、わたしには珍しい季節ものです。
「彼」は、どちらでもお好きな方をどうぞ(笑)。
#わたし的に頭の中にあることはあるけど(爆)