「印刷屋さんの災難」

 わたしはシルバーリーブの印刷屋です。ほら……あなたが読んでる“冒険時代”を刷っ
てるところです。恥ずかしい話ですが、この間遭ったちょっとした事件のお話をしましょ
う。
 その日はパステルさん(この雑誌で連載してますね)の原稿のチェックをしてたんで
す。夕方近くに彼女が原稿を持ってきて、それと後たくさんの他の原稿とか。もうすぐ
印刷を始めないと、エベリンとかの本屋さんに並べられないからって、夜遅くまで。
 ……いつのまに寝てたんでしょうかね、気がついたら机の上のインクが倒れて、パス
テルさんの原稿の上に。あわてて拭き取ったけど、見事に黒いシミが…。原稿を見たけ
ど、後半部分どうしても読み取れないところがある。まあ、夜中だし、今聞きに行って
も迷惑だろうって、その日は他のチェックをして寝たんですよ。
 明くる朝。
 猪鹿亭で軽く朝食をとって、さてみすず旅館に行ってみると、パステルさんたちはも
う冒険(?)に行っちゃったあと。そういえばきのうそんな事も言ってたなあって、そ
のとき思い出しました。さて困った。このまま待ってたら多分印刷に間に合わないぞ。
かといって、パステルさんの小説を載せなかったら売れ行きにかかわるし。
 考えたあげく、パステルさんたちを追っかけることにしました。行き先をみすず旅館
のおかみさんに聞いたら、そんなに遠くないみたいだし、まだ〆切りには数日あるからっ
て、乗合馬車に飛び乗ってその町に向かったんです。
 しばらく馬車に乗ってたけど、でもパステルさんたちはみあたらない。そのうち町が
見えて来て、おかしいなって思ったとたん、馬車に激しいショックがあって、大揺れに
揺れて馬車から振り落とされたんですよ。そのときのショックで思い出しました。パス
テルさんたちはその町のほうに行くと言ったんであって、その町に行くとは言ってない。
 気は失わなかったんですが、見回してみるとまわりはスライムの展覧会。馬車はすご
い勢いで走り去ってしまった。たぶん揺れた原因はこのスライムでしょう。馬が驚いた
ので御者の人は大急ぎで走りぬけたんでしょう。そのことはいいんです。問題なのはこ
のスライム。なぜ大発生したのかは分かりませんが、ものすごい数。わたしは完全に取
り囲まれました。一匹二匹ならわたしでも何とかなるんでしょうけどねぇ。この量では
かなわない。そのうちだんだん輪が狭くなってきて、さすがにわたしでも覚悟しました。
ああ、間抜けな一日だったなあ。それもここに極まれり。スライムにやられるなんてっ
て。
 目を閉じていろいろ思ってたら、急にまわりを冷たい風が吹き抜けたんです。はっと
目の前を見たら、スライムの群れの一つが氷づけ。目を上げたら、そこに若い魔道士風
の男が。彼の顔は逆光でよく見えませんでしたが、彼の杖から霧みたいなものが吹き出
しているのを見てコールドだと悟ったころには、スライムの半分は凍って、残りは逃げ
て行く。
「やあ、助かりました」
  いや、おけががなくてよかった」
 漆黒の髪に茶色の瞳。その人は、シルバーリーブに行く途中。馬車に乗り損ねて歩い
ていたら、わたしを見つけたんだそうな。
「やあ、それならわたしもご一緒させていただきますよ」そのとき小説はもう諦めるつ
もりでした。
 彼は、マーリン・クロスロードと言って、ストーンリバー学院卒の魔道士/錬金術師
だそうで。彼いわく「なぜか氷系の呪文が得意」だそうで、もっている杖の先の宝石も
アクアマリンでした。いつもはストーンリバーにいるそうですが、
「それがなぜこんなところに?」
「いや、ちょっと珍しい材料があるって聞いて」
 なんて。それが何かは教えてくれませんでした。
 彼とシルバーリーブに着いて、一緒に猪鹿亭に入ったら、パステルさんたちがいる。
日帰りだったんですね。大慌てで原稿を直してもらってる最中、ふと気づきました。
「あ、きりのいいところで続くのにすればよかった」

END


 1998年4月27日(月)11時47分50秒投稿になっている、わたしの短編第3作目です。
 これも2作目と同様、公式ファンクラブ会誌5号のために書かれたものを小説掲示板に投稿したものです。この印刷屋さんのニックネームを「たまりん」にしようと企んでいたものの、結局そうできなかったのは、今となっては良い思い出……なのかなあ? あと、小説登場人物としてのマーリン君の初登場小説です。
 今思うとやらなくて良かったような気がしますね。
(なお、掲載されたものを読みやすいように訂正してあります)

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