彼女は、熱心に本を読んでいる。
大きな本棚がいくつも並ぶ薄暗い図書室の、本を読むために作られたのかテーブルセットがおかれた一角。彼女は椅子に座り、テーブルに備え付けてあるランプを灯し、机に向かって分厚い本を読んでいる。
ときおり上を向いては、組み合わせた手にあごを乗せ、夢見るような表情で遠くを眺める。
そしてまた本に目を移し、熱心に読む。
それを繰り返している。
図書室に誰かが入ってきた気配を感じ、彼女はふと目を上げて入り口の方を見た。そこには、青いセーターを着た男が立っていた。
彼に向かって、彼女は笑顔で軽く手を振った。
彼は曖昧に笑いながら手を振って返す。
彼女はその笑顔に少し違和感を感じて、不思議そうな目をする。
「やっぱりここにいたのか。ここかな、とはおもってたけどね、パステル」
閲覧コーナーまで歩いてきた彼は、そう話しかけた。
「うん、クレイ……。図書室を見せてもらっちゃって、悪いね」
「うんん。この間ゆっくり見せてあげられなかったからさ。いろいろとごたごたしただろ? あのとき。だから、今度はゆっくり見せてあげようと思ってたんだ」
「どうしたの? なにか用?」
さっきの表情を思い出しながら、パステルはクレイに聞いた。
「まあ、ちょっと……ね」
いい淀みながらクレイは、パステルが今まで読んでいた本に目を移した。
「何を読んでいるんだい?」
パステルはその本を軽く横目で見て、
「え? これ? うん。『デュアン・サーク 銀ねず城の黒騎士団』。久しぶりだから、つい読んじゃった。
うちにもあったんだけどね。こんなに豪華な装幀の本じゃなくって、もっと普通のやつだったから、何度も読み返してたらもうぼろぼろになっちゃった。
思い出すなあ……。よくこれを読んでは、お城の中とかいろいろ想像してたっけ……」
いいながらパステルはちょっと遠い目をした。
「良かったら、好きなだけ読んでいってよ。いつでも入れるように言っておくからさ」
「うん。ありがと、クレイ」
彼に向かってにっこりと微笑みかけ、彼女は再び本に目を落とす。
そのまま、しばらく時間が止まった。
ふわり、と空気がささやく雰囲気を聞き取ってパステルは顔を上げた。次の瞬間、彼女は背中に暖かい感触を感じる。
クレイが、彼女の背中を優しく抱いていたのだ。
「ちょ、ちょっとクレ、」
「パステル、覚えてないかな?」
うろたえるパステルにクレイは柔らかい声で言う。
「ななな、なになに?」
「呪われた城でのことさ。パステル、おれに言ってくれただろ? クレイはクレイで、それでいいって。やっぱり覚えてないかな」
「えええ、えとえと、うーん……?」
「まあ、覚えてないなら覚えてないでいいさ。でもな、そのとき思ったんだ。自分は自分で、このままいられるのか、って。
正直言って、おれはパステルがいないと自分が自分でいられるかわからないんだ。
……だから、ずっと一緒にいて欲しいんだ。おれは、パステルがパステルでいられたらいいと思ってる。自分が自分でいられるくらい、パステルもパステルでいて欲しいんだ。
おれは、今までのパステルが好きだし、今のパステルも好きだし、これからのパステルもたぶん好きでいられると思う。
パステルがパステルでいられなくなるようなことがあったら、おれは……」
そこまで言って彼は彼女から体を離した。
「まあ、返事は今聞かせてくれなくてもいいよ。気が向いたときでいいさ。それじゃ」
言うと彼は背を向け、扉の方へ歩いていく。
彼女はしばらく彼の背中を見るばかりだった。
「待って」
クレイが扉のノブに手をかけたとき、パステルは彼を呼び止めた。
クレイは、足を止めたもののそのまま後ろを向いている。
「わたしは……。クレイがクレイでいてくれるなら、わたしは何でもするよ」
「パステル……」
クレイが振り返ると、パステルは椅子から立ち上がって、
「わたしがわたしでいられるかは、ちょっと自信ないけど。
でもその前にわたしにとって大事なことは、クレイがクレイでいてくれること。
ちゃんと思い出したよ、あのときのこと。こないだ、キスキン城でも言われたもんね」
広がるような笑みを浮かべた。
「わたしがいればクレイがクレイでいられるんだったら、ずっといてあげる。
……後悔しない?」
「パステル……」
図書室の扉に大きく広がった二つの影が映っている。
その二つの影はゆっくり近づいていくと、一番上の部分から重なり合い。
−END−
1999年12月30日(木)00時17分投稿の、わたしの小説12作目です。なんだかいまいち……(汗)。なぜかクレパス(笑)
わたしがクレパスを書くとこうなります。トラパスは怖いのでまだ試してません(笑)
ああっ! 恥ずかしい!(爆笑)