「よお、パステル。また道に迷った話か?」 「失礼しちゃうわね! 違うわよ。ったく、物書いてるときは邪魔しないでっていって るでしょ! だいたい、いつも道に迷ってるだの方向音痴だのって、好きで迷ってるわけじゃない わよっ!」 「けっ……。いちいちうるさい女だぜ……」 ここはいつものみすず旅館。気持ちいい晴れた午後。いつもの通り私は小説を書いて いて。そして例によってトラップが茶々を入れてきて……。 「あれ? トラップは?」 「今でてったよ」 と、いつもの通り剣の手入れをしているクレイ。 「まったく……失礼しちゃうわよね。わたしのことなんかはいろいろ言うくせに、自分 の欠点は見て見ぬふりして……」 「まあ、あいつも悪気があるわけじゃないんだろうし。治して欲しいって思ってるのか もよ。あいつ自身のは治す気ないんじゃない? 治す気になれば治るんだろうけどな。 そう、昔な……。あ、パステルってあいつ昔おデブだったってこと……」 「知ってるわよ」 「なら話は早いな。それがどうやって今みたいになったかって言うと……」 クレイは遠い目をしていた。で、お話モードに入るわけだな。 「そう、あいつがガキのころだよ。そのころはあいつはおデブでさ。んで、親父さんと かが修行させてたんだけど、あいつはめんどくさがってあまり真面目にやってなかった んだ。 そんなある日さ。 学校帰りに……。あ、あのころは学校の帰りに近所の友達とよく遅くなるまで遊んで てさ。んで、その日はかくれんぼやったんだけどな。みんなが隠れてさ。あ、おれは鬼 だったんだよ。ジャンケンに負けてさ。んで、探したんだけどな。 ……見つからなかったんだよ。トラップが。 そのうち暗くなってきて、ほかのヤツらが帰ってもトラップは見つからなくてさ。も しかしたら……って。誘拐されたのかって思って。あいつんちにいって事情を話して。 その晩は大さわぎさ。ドーマ盗賊団総出で町中探し回って。 ……そしたら、あいつ、木の上にいたんだ。あいつ、木登りは昔から得意だったんだ けど、登りすぎて、下りられなくなったんだ。そのうち暗くなってくるし。ベソかいて たよ。 んで、トラップんちに帰ってさ。みんなが何事もなくてよかったなんて話してたら、 あのトラップの言うじーちゃんが出てきてこう言ったんだ。『木から下りられん盗賊な ど盗賊ぢゃない。そんなやつはこの家にはおらん』って。 それからだよ。あいつ本気になって特訓しはじめたんだ。あいつプライドが高いし。 何より、大好きなじーちゃんにああいわれたのが効いたんだろ。そのうちあいつ見る見 る細くなって。んで今ぐらいになったんだ。 そーゆーやつだからさ、気になるところをズバズバ言って治させようとしてるんじゃ ないかと、そう思ってね」 「へえー。そうだったの」 「ああ。あいつ、自分がどんな努力を…とか言わないだろ。テレ屋だからな」 「そうね。ふーん。わたしもがんばらないとダメかなあ」 「そうだね。でも、方向音痴ってどうやって治るんだろ?」 「知ぃらなぁい」 わたしたちがそうやって笑っていると、 「くそー。散々だった……。おい! メシだ! メシ食いにいこうぜ!」 「あっ! るーみぃ、おなかぺっこぺこー!」 さっきまで寝てたルーミィがガバッと起きてそうさけぶもんだから、わたしまでお腹 すいてきちゃった。今晩も猪鹿亭だな。 「キットン、あなたどうする?」 「先に行ってて下さい。これが終わったら行きますから」 と、いつもの通り薬草をまぜているキットン。 「そ、じゃ先に行くよ。シロちゃーん、ノルぅー、ごはん食べに行こー!」 外で遊んでたシロちゃんとノルに声をかけ、わたしたちはいつもの通り猪鹿亭にむかっ た。 窓の外はもう真っ赤。原稿用紙とペンの上に夕日がさしこんでいた。
END
1998年4月15日(水)17時57分23秒投稿となっている、わたしの生涯最初の短編です。
実はこれは、公式ファンクラブ会誌第4号「冒険時代」で、最終選考まで残していただいたという前歴がある小説です。今読むと、むっちゃ恥ずかしいですね、これ……。
これをきっかけに、いろいろと小説を書き始めました。そういう意味でも、記念碑的な小説です。
(なお、掲載されたものを読みやすいように訂正してあります)