至宝の戦い その二 〜クレイの視点で
・・・戦いが始まった。
剣と剣がうち合わされ、互いの身体に傷を作る。
(ジュディ・・・・)
オレは目の前にいる女、ジュディに向かって突きを繰り出した。
・・・オレの片割れ、・・・たった一人の妹。
なのに、至宝というだけで変わってしまった。
敵という存在に。
つらかった。やりきれなかった。
本当なら、兄妹のなかでたった一人の娘として、大切にされるはずだったのに・・・・。
(すまない)
これは彼女へ対する精一杯の謝罪だ。
・・・カッコつけるなら、「オレの命で」なんて言うんだろうけど、それだけはできなかった。
・・・待っていてくれる仲間のために。
・・・誰よりも大切な人の涙はみたくないから。
ジュディの動きは本当に、オレに似ていた。
だから、動けたはずなのに・・・・・!!
近くのがれきに足を取られたんだ。
その隙を狙って、彼女の剣が振り下ろされる。
オレはとっさに身体をひねった。
剣は額のひもを切断し、脇へそれた。
「くっ・・・」
血が流れてきて、視界を遮る。
(血が目にはいるなんて・・・)
よくよく不幸なヤツだな、オレって。
「これでおわりよ!!」
ジュディの声が耳に響く。
・・・・ごめん、パステル・・・君のこと泣かせてしまうな・・・。
覚悟を決めた瞬間、誰も気がつかなかった最後の守護石が力を発揮した。
・・・そうとしか思えないくらい、右腕の動きは早かった。
・・・そして、勝負はついた。
至宝の戦い その三〜ジュディの視点
・・・馬鹿兄貴!!
何が「帰ろうよ」だ!!
私になんて帰る場所なんかありゃしない。
寺院はなくなり、賢者様は行方知れず・・・
それに、・・・帰れっこない、ドーマの家。
私は捨てられたのよ!!あんたのために!
その当人がいけしゃあしゃあと・・・何言ってるのよ!!
・・・・ヤツの剣が脇をかすめる。
やっぱ双子なんだ、私と動きがよく似ている。
そして、待ってる人たちがいる。
それが、うらやましい。
・・・私にはセレーネがいる。
でも解る、彼女が一族に戻りたがっていること。
彼女は私を助けてくれた。何より心を。
・・・でも今日でおしまい。
これで決着がつく!!
がれきに足を取られ、こけたクレイめがけて私は剣を振り下ろした。
剣は額をかすめただけ。
でも血がヤツの視界を封じた。
チャンス!!
再び剣を振り上げたその時、
(ジュディ!!)
セレーネの思念が飛び込んできた。
(最後の守護石、ヤツの手にある剣・・・・!!)
それが最期の言葉だった。
・・・・・遠くで水晶が砕けるような、澄んだ音が聞こえた・・・・。
至宝の戦い その四
”キィィィィィィン・・・・・!!”
・・・至宝が砕ける音がした・・・・?
そんな気がしたのは、二人の戦いが悲しすぎたからかもしれない。
クレイの剣はジュディの心臓を正確に貫いていた。
「クレイ!!」
「ジュディ!!」
私の声とクレイの絶叫が交錯する。
クレイは剣を抜いて、くずれおちるジュディを抱き留めた。
「キットン!!ギア!!頼む、手当を・・・」
「・・・・いいよ、しなくって・・・」
クレイの腕のなかで、彼女はそうつぶやいた。
「ジュディ、生きろ!!生きてくれよ!!
父さんや母さんが待ってるんだぞ!!」
兄の言葉に妹は首を振った。
「・・・いいの、こうして兄さんが看取ってくれてるから・・・」
「・・・!!」
ジュディさん・・・初めてクレイのこと、「兄さん」って・・・!
クレイも笑顔と泣き顔が混じった、複雑な表情で彼女を見た。
「・・・ごめんね・・・辛い思いさせて・・・・
・・・私ね、ずっと兄さん達を恨んでるって思っていた・・・
・・・でも、本当は・・・大好きだった・・・
兄さんも・・・父さんも・・・・母さんも・・・・・」
「ジュディ!!!」
瞳から徐々に生気が抜けていく・・・・・って、あれ?
瞳の色が紫から鳶色に、変わっていく・・・・?
私の怪訝そうな顔に気づいたのか、ジュディさんは笑った。
「・・・元々ね、私の目は兄さんと同じ色なの・・・
でも・・・至宝として・・・生きようと決めたときから・・・色が変わってた・・・」
そして、私の頬をなでた。
「あなた・・・兄さんを・・・お願いね・・・」
「もういい!!しゃべるな!!」
クレイが悲痛な声で止める。
ギアとキットンが懸命に治療してくれるんだけど・・・・すでに手遅れだった。
「・・・いつか・・・・人として・・・お兄ちゃんと・・・・会いたい・・・」
それだけ言うと、しばらく目を閉じた。
・・・そして、二度と開かれるコトはなかった・・・・。
「・・・・・!!」
空が今にも泣き出しそうになっていた。
最終章 その一 壊れゆく心
・・・雨が降っている。
クレイは黙々とジュディの墓を作っていた。
そばにいるのはセレーネ。
赤の至宝の守護石。
・・・私たちはそんな一人と一匹を見ているしかなかった。
翌日、私たちはエレッセを後にした。
セレーネは残るつもりだ。
ノルから聞いた話によると、彼女は死ぬまでジュディを守る、と言っていた。
そんな彼女の毛は気高い銀色に輝いていた。
・・・クレイはゆっくりと壊れていっている。
ドーマに帰って、彼はコトの顛末を両親に話した。
お母さんは泣いていたけど・・・クレイはただ黙っていた。
そして、それ以来部屋に閉じこもったきりで、笑うことも泣くこともなく、ぼんやりと外を見つめていた。
「・・・ったく、あいつは・・・!!」
心底いらだたしげにトラップが毒づいた。
・・そう、私たちはクレイに対して、何も出来ず、無駄な日々を送っていた。
「・・さすがにクレイには辛すぎたんでしょうねぇ・・」
ため息混じりにキットンがつぶやく。
「クレイ・・・・」
・・・このまま何も出来ないの?
クレイを助けること、出来ないの?
いや!!そんなのいや!!
いつものクレイに戻ってほしい。
私が大好きなあの笑顔をもう一度見たい!!
(クレイ・・・・お願い・・・・)
気がつくと、私は涙を流していた。
「・・・クレイのヤツ・・・・」
ギアが腹立たしげにつぶやく。
そして、私の涙をふいてくれた。
「ギア・・・」
「今のあいつ、ジュディが見たらなんて言うだろうな・・・」
・・・そうだ、ジュディさんなら、きっと怒ってる。
情けない兄貴だって、なじってる。
私は決心がついた。
「・・・私、クレイのところに行ってくる。
行って怒ってくる」
「パステル・・・」
私の言葉にみんな呆れた顔をしていたけど、すぐに黙ってうなずいた。
部屋を出ようとしたとき、トラップの情けないような声が耳に入ったけど、それは聞かないようにした。
だって、「何恋敵に塩送ってンだろうな、オレ達」
って言ったんだもの!!
・・気にしない気にしない。
今はクレイのことが最優先、なんだからね!!パステル!!
最終章 その二 〜虹
「・・・クレイ・・・?」
ゆっくりと部屋のドアをあけた。
クレイは一瞬こっちを見たけど・・・すぐ外に視線を向けた。
その目は虚ろでなんの感情も伺えなかった。
「クレイ・・・らしくないよ。今のカッコ」
急に悲しくなってそうつぶやくと、ようやくここに私がいることに気づいたらしく、身体ごと向き直る。
「パステル・・・・・?」
「そんな魂抜けちゃったみたいにしてるなんて、クレイらしくない!!
もっと感情出しなさいよ!!ジュディさんのことで泣きたきゃ泣けばいいじゃない!!どうしてそんな・・・」
「オレには資格がないんだよ・・・」
「え・・・?」
一瞬クレイが何を言ってるのかわからなかった。
そんな私をよそに、クレイは震える声ですべてをぶちまけた。
「・・・だってそうだろう?
ジュディをひとりぼっちにして・・・・辛い目にあわせて・・・あげくに殺したんだぞ!!あいつを!!
たった一人の妹を!!
そんなオレに彼女を悼んで泣くなんて許されるわけない!!
許されないんだ!!」
「違う!!」
気がつくと私は泣きながらそう叫んでいた。
・・・だって、クレイ、自分を追いつめすぎてるんだもん!!
何でも自分のせいにして、追いつめて・・・・
でもジュディさん、恨んじゃいないんだよ!!
でなきゃ、あの瞬間でクレイのこと「兄さん」って呼ぶもんですか!!
確かにジュディさんに手をかけたのはクレイでも、そこまで自分を追い込む必要はないんだよ!!
「クレイ、ジュディさんは一人じゃなかったんだよ」
私の言葉にクレイはいぶかしげな顔をした。
「一人じゃなかった・・・?」
「そう、一人じゃなかったんだよ。
だって、あの時クレイがそばにいたじゃない。
たとえ決着がどういう形でついても、クレイがそばにいてくれた、
それだけで、彼女は嬉しかったって思うよ」
クレイは黙って私を見つめた。
「・・・それに、今のクレイ、ジュディさんが見たらきっと怒ってる。
私が死んで心を壊すなんて、なんていやなコトかんがえるんだ、って」
「・・・・!!」
その言葉で、ほんの少しクレイの瞳に生気が戻る。
そんな些細なことが嬉しくて・・・・
私は優しく言った。
「クレイ、ジュディさんに済まないって思ってるなら・・・・
彼女のこと、わすれちゃ駄目だよ」
「忘れるな・・・・?」
「そうよ。わすれちゃだめ。
クレイがわすれちゃったら、彼女は本当にこの世からいなくなっちゃうんだよ。
・・・だから、クレイが負い目を感じてるっていうなら・・・
ジュディ・セレス・アンダーソンのこと、わすれたら駄目なんだから!!」
しばらく、クレイはじっと動かなかった。
・・・・やがて私はクレイの腕の中に包まれていた。
「クレイ・・・」
「わすれるわけない・・・わすれてたまるか!!」
そう言ってクレイは泣いた。
夕日が最後の光を放つまで・・ずっと・・・泣いていた・・・。
夕闇があたりを包みだした頃、クレイはようやく私を解放してくれた。
・・・腕は捕まれたままだったけど。
「・・・悪い・・・心配かけた・・・」
そう言って笑った彼の笑顔は、雨上がりの虹のように綺麗だった。
「クレイ・・・」
・・・その時、私はようやく一つの結論にたどり着いた。
クレイのそばにいつまでもいよう、って・・・・